ビーダッシュ事件(東京地方裁判所平成30年5月30日判決)

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ビーダッシュ事件

雇用契約の途中で固定残業代制度を導入することとし,社労士による社員説明会を開催し,雇用契約書に署名・捺印を得たが,そもそも固定残業代制度の導入は雇用条件の不利益変更に該当し,社員の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したとはいえないとして,固定残業代制度に関する同意が無効となると判断された例

1 事案の概要

原告は、平成24年8月14日、インターネット関連の広告代理業等を目的とする株式会社である被告との間で、無期雇用契約を締結した。
基本給は、契約締結時は40万円とされ、その後45万円に昇給し、遅くとも平成25年12月には50万円となった。なお、基本給という名称ではあるが、被告はこれに一定の残業代が含まれていたことを雇用契約の当初より説明し労働者の了解を得ていたと主張している。
平成26年1月31日、被告は、社労士のアドバイスを受けて基本給を39万円、固定残業代を約13万円とする固定残業代制度として制度を明確化することとし、就業規則等を変更の上で労基署に提出した。同年4月分の給与の支払から、原告を含む被告の従業員に対し同固定残業制度が適用され、時間外割増賃金40時間分と深夜割増賃金10時間分が固定残業代をもって充当されることとなった。
原告は、同社を平成27年12月31日に退職した。

2 ビーダッシュ事件判例のポイント

2.1 結論

そもそも雇用契約書等の明確な証拠が存在せず,雇用契約の当初より基本給に残業代が含まれていたとは言えない。よって,雇用契約の途中から従来の基本給額を減少させ,減少分を固定時間外手当と固定深夜手当に割り振る形で固定残業代制度の導入することは,労働条件の不利益変更に該当する。

そして,社労士による説明会や雇用契約書の新たな締結などが行われているものの,固定残業代制度の導入による不利益(固定残業代制度の導入によって基本給が減少すること,従前残業代が払われていなかったことなど)の実質的な説明がなされておらず,社員の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したとはいえない

よって,固定残業代制度の導入は無効であり,従来の基本給をベースに残業代が発生する。

2.2 理由

1 基本給に割増賃金は含まれていたか(就業規則変更前の固定残業代制度の有効性)

原告も雇用契約締結当初に年俸制である旨の説明を受けたことは認めるが、割増賃金が含まれる説明があったことは明確に否定している。そして、契約締結時に交付された雇用通知書には「基本給400,000円(月額)」との記載しかなく、そのうち割増賃金に相当する額又は時間外労働として想定されている時間数はもちろん、割増賃金が含まれていることすら記載されていない。
また、原告の職種の平均年収が約400万円から530万円であること、将来に期待できる人材として採用したもので通常より賃金水準も高いと解されることからすれば、むしろ原告の年俸40万円×12=480万円は割増賃金を含まないと解した方が自然である。
さらに、被告代表者自身、固定残業代は何時間分の残業を想定しているのかを意識していなかったということから、差額が生じた際にその精算をする合意内容となっていたとも認められない。
なお、被告主張の説明内容では、固定残業代制度に同意したと評価することはできない。
以上より、既払分を認めることはできない。

2 就業規則変更の有効性

「使用者が提示した労働条件の変更が賃金に関するものである場合には,当該変更を受入れる旨の労働者の行為があるとしても,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており,自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく,当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重になされるべきである。そうすると,賃金に関する労働条件の不利益変更にかかる労働者の同意の有無については,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるのが相当である。」

原告は「上記年俸制の基本給を基本給と固定時間外勤務手当に分けて支給することなど本件固定残業制度の内容については,一応説明を受け,理解することができたということができる」。また,原告が署名捺印した新しい雇用契約書の真正に成立したといえる。

しかし,就業規則変更により基本給は11万円の減額となるから、その不利益は大きい。そして、「本件固定残業制度採用前の本件雇用契約において,年俸制の基本給の中に割増賃金が含まれていたと認めることはできず,全てが基本給であるから,従前の賃金体系において,時間外労働を行った場合には,当該基本給に応じた割増賃金が支払われるべきであったが,被告から原告に対し,割増賃金は支払われることはなかった(弁論の全趣旨)。そうであるにも関わらず,本件説明会においては,漠然と従前の賃金体系又は割増賃金が支払われていないことが違法である可能性があることの説明がされた(上記1⑶ウ(ア))のみであって,本来的には当該基本給に応じた割増賃金が支払われるはずであったことなどについて原告に対し,明確に説明がされたとはいえない。
そして,C社労士及び被告代表者は,原告に対し,本件固定残業制度の採用に伴う基本給の減少が形式的なものにとどまる,総額としては支給される額は変わらないとも説明している(上記1⑶ウ(ウ),⑸イ)が,原告の新賃金体系と従前の賃金体系を比較すれば,正に割増賃金の基礎となる基本給が減少するのであり,基本給の減少は,形式的なものにとどまるものではない。その上,原告の新賃金体系においては,基本給(引いては発生する割増賃金の額)が減少するのみならず,発生した割増賃金についても,固定時間外勤務手当分は既払となるのであるから,総額として支給額が減少することがないという説明も誤っているといわざるを得ない(従前は支払われるべき割増賃金が支給されていなかったことから,支給総額が給与明細上抑えられていたに過ぎず,この違法な支給状態と原告の新賃金体系の下で支給される賃金の額に差がなかったとしても,原告に不利益がないということはできない。)。
そうすると,C社労士及び個別の面談における被告代表者の説明は,従前の制度に関する誤った理解を前提としたものであり,原告に対し,原告の新賃金体系が適用されることによって,原告が受ける不利益の程度について正確かつ十分な情報を提供するものとはいえない」。
そうすると,「原告が本件雇用契約書に押印し(上記(ア)),本件固定残業制度の内容の説明を受け,従業員代表として被告の就業規則に意見を述べたこと(上記(ウ))が認められるとしても,原告の新賃金体系への変更は,上記アで検討したとおり,原告に著しい不利益をもたらすものであるところ,上記(エ)で検討したとおり,被告の原告に対する説明内容は不正確かつ不十分なものであったことから,原告が本件雇用契約書に押印したとしても,これが原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したとはいえず,原告による有効な同意があったとは認められない。」

3 ビーダッシュ大学事件の関連情報

3.1判決情報

裁判官:大野 眞穗子

掲載誌:労働経済判例速報2360号21頁

3.2 関連裁判例

山梨県民信用組合事件(最二小判平成28年2月19日 労判1136号6頁)…不利益変更の同意の要件

ワークフロンティア事件(東京地判平24.9.4 労判1063号65頁 裁判官 早田尚貴)…雇用途中の同意有効

今井建設ほか事件(大阪高判平28.4.15 労働判例1145号82頁)…同意無効

サンフリード事件(長崎地判平29.9.14 労働判例1173号51頁)…同意無効

マーケティングインフォメーションコミュニティ事件 (東京高裁平26.11.26労働判例 1110号 46頁)…基本給の減額を伴う固定残業代制度の同意無効

プロポライフ事件(東京地判平成27年3月13日 労判1146号85頁)…基本給の減額を伴う固定残業代制度の同意無効

3.3 参考記事

固定残業代の有効要件について

3-4 吉村コメント(社労士の損害賠償責任)

この事件は,社労士の助言を得て固定残業代制度を導入したところ,結果的に,固定残業代制度が無効となっています。この事案において,社労士は,会社に対して損害賠償責任を負うのでしょうか?

固定残業代制導入の有効要件については最高裁判例でズバリの内容のものはありませんし,雇用契約の途中から固定残業代制度を導入する合意が有効となる裁判例もあります。よって,事後的に固定残業代制度が無効となっても,社労士の善管注意義務違反はないと考えられます。

ただ,会社(社長)によっては「社労士に裏切られた。大丈夫って言っていたのに!(`Д´)」などと怒って責任追及する人もいるかもしれません。よって,社労士の先生はお気を付けくださいませ。

具体的には,顧問契約書において免責事項を明記する(法令解釈が確立していない事項については,事前にリスクの説明をし,クライアントにて最終決断した事項については免責する等)や事前に固定残業代制度が無効となるリスク説明する(録音,書面など形に残す)などを対応をした方がよいでしょう。

4 ビーダッシュ事件の判例の具体的内容

>>ビーダッシュ事件の判決内容詳細はこちら

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