コメット歯科

コメット歯科クリニック事件(岐阜地方裁判所平成30年1月26日判決)

マタニティ・ハラスメント的な使用者の言動により精神疾患で休職していたXが、休職期間満了で退職扱いとされた事案において、当該精神疾患の業務起因性を認め、当該退職扱いは、Xが業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって、労働基準法19条1項類推適用により無効であるとされたほか、ハラスメント行為について、一定の不法行為が認定された裁判例

1 事案の概要

Xは、平成22年、歯科医院(以下「本件クリニック」)に歯科技工士として採用され、被告Y1(本件クリニックの院長)と期限の定めのない雇用契約を締結していた。Xは、平成25年12月末から産休および育休を取得し、平成27年1月に復職した。復職翌日から、被告らはXに労働条件の(不利益な)変更を申し入れ、Xはこれに同意しなかった。さらに、Xは平成27年1月中に第二子の妊娠が発覚したため、被告らに対してさらに産休および育休を取得したい旨申し入れた。Y2はXの仕事外しを職員に指示した。また,Y2は朝礼で暗にXを非難するような発言をした。さらに,平成27年2月に根拠の無い減給の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」)を行った。平成27年3月18日に早退して以降、体調不良(以下「本件精神疾患」)を理由に出勤せず、休職状態となったところ、被告Aは、就業規則所定の6カ月を満了したとして、平成27年9月16日をもって、Xを一般退職扱い(以下「本件退職扱い」)とした旨の通知を行った。そこで,Xは上記退職扱いが無効であるとしてY1に対する地位確認及び賃金の支払い,上記懲戒処分は無効であるとして減額された賃金差額の支払い,ハラスメントが不法行為に該当するとしてY1~Y3に対して慰謝料の支払い等を求めて訴訟を提起した。

2 コメット歯科クリニック事件判例のポイント

2.1 結論

Xの精神疾患発症はYらの言動によって精神的負荷を負った結果であるとして業務起因性を認め,労基法19条1項類推適用により上記一般退職扱いが無効であるとして、Xが労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し、未払賃金の支払を命ずるとともに、被告らの行為の一部につき不法行為を構成する違法な嫌がらせと認定し,損害賠償請求の一部(退職扱いしたことにつきY1に100万円,ハラスメント発言をしたことにつきY1とY2に連帯して50万円)を認容した。

2.2 理由

1 本件懲戒処分の有効性

本件懲戒処分は、①労働局へXが虚偽の事実を申告したこと②Xが反抗的態度をとったこと③Y2が要求する報告書を提出しなかったこと④平成27年1月に育休明けの出勤日に出勤しなかったことを理由とする。しかし,①〜④の事実関係が存在するとは認められない。また、仮に被告らの主張する懲戒事由たる事実の一部やそれに類する事実が認められるとしても、減給という比較的重い本件懲戒処分に見合うような悪質性は認められない。
したがって、本件懲戒処分は、無効である。

2 Xの精神疾患の業務起因性

Yらによる①平成27年1月の復帰後,月給制から時給制への変更,手当の削減等不利益な内容の条件変更を要求されたこと,②新たな妊娠が発覚した後に歯科技工書をXに渡さないという仕事外しをしたこと,③根拠のない懲戒処分をしたこと,④朝礼で暗にXへの当てつけとも言える内容の発言をしたことが認められる。

Xは、Yらの行為によって精神的負荷を受けており、かつ、Xがもともと精神疾患を発症していなかった上、精神疾患を発症させるようなその余の事情も認められなかったことからすれば、これらの精神的負荷の積み重ねによって、Xが本件精神疾患を発症したものと優に推認できる。
以上によれば、Xの精神疾患の発症には、業務起因性が認められる

3 Xに対する各行為の違法性

被告Y2の各行為のうち、①Xの有給休暇の取得を拒絶したこと、②Xに対して技工指示書を渡さなかったこと、及び③朝礼においてXを非難する目的と評価できる例え話をし従業員らに挙手を求めたこと、については不法行為が成立する。
被告Y1は①につき最終の決定権者と認められ、②につき指示を出していたものと認められるため、被告Y1につき共同不法行為が成立する。また、③については、院長であるY1が使用者責任を負う。Y1とY2には慰謝料50万円(と弁護士費用5万円)の支払い義務が存する。

4 懲戒処分の違法性

本件懲戒処分は無効であり、被告Y1には本件における懲戒事由の不存在につき過失が認められる。よって、被告Y1の行った懲戒処分は違法であり、不法行為を構成する。

5 本件退職扱いの違法性

本件退職扱いは、Xが業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって、無効である(労基法19条1項類推適用)。
これに加え、Xの退職日につき一貫性がないこと、休職事由該当性の有無について特段の検討もしていないことからしても被告Y1の行った退職扱いは違法であり、不法行為を構成する。Y1には上記4の懲戒処分と併せて慰謝料100万円(と弁護士費用10万円)の支払い義務が存する。

3 コメット歯科クリニック事件の関連情報

3.1判決情報

裁判官:鈴木基之、中畑章生、足羽麦子

掲載誌:労働経済判例速報2344号3頁

3.2 関連裁判例

  • アイフル(旧ライフ)事件(大阪高判平24.12.13 労判1072号55頁)
  • 乙山青果ほか事件(名古屋高判平29.11.30 労判1175号26頁)
  • 損害賠償請求事件(大阪地判平30.3.1)
  • 損害賠償等請求事件(東京地判平27.10.2)

3.3 参考記事

主文

1 原告が,被告Y1に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告Y1は,原告に対し,328万7874円及び別紙1「支払額」欄記載の各金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告Y1は,原告に対し,平成30年8月から本判決確定の日まで,毎月末日限り月額21万8000円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告Y1は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成27年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告Y1及び被告Y2は,原告に対し,連帯して,55万円及びこれに対する平成28年3月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は,原告に生じた費用の2分の1及び被告Y1に生じた費用の5分の4を被告Y1の負担とし,原告に生じた費用の4分の1及び被告Y2に生じた費用の2分の1を被告Y2の負担とし,原告に生じたその余の費用,被告Y1に生じたその余の費用,被告Y2に生じたその余の費用及び被告Y3に生じた費用については,原告の負担とする。
8 この判決は,第2項ないし第5項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求(以下,個々の請求の趣旨を各項の番号を用いて,「請求の趣旨1」などと表記する。)

1 主文1項と同旨
2 被告Y1は,原告に対し,239万1903円及びこれに対する平成28年3月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告Y1は,原告に対し,平成28年3月から本判決確定の日まで,毎月末日限り月額21万8000円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告Y1は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成27年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告Y1は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成27年2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告らは,原告に対し,連帯して,220万円及びこれに対する平成28年3月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被告らは,原告に対し,連帯して,12万9580円及びこれに対する平成29年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 請求内容

本件は,歯科技工士として被告Y1に雇用された原告が,労働契約又はこれに関連する被告らの不法行為に基づいて,以下の請求をした事案である。

⑴ 請求の趣旨1

被告らによる産前産後休暇(以下「産休」という。)及び育児休業(以下「育休」という。)の取得に関する嫌がらせ等の違法な行為によりうつ病を発症したために休職に至ったにもかかわらず,被告Y1が,原告の休職事由が休職期間の満了日までに解消されなかったことを理由に原告を一般退職扱いとしたことについて,業務上の傷病の療養のために休業する期間中において当該労働者を退職させることは許されない(労働基準法(以下「労基法」という。)19条参照。)と主張して,被告Y1に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認

⑵ 請求の趣旨2

ア 主位的請求

被告Y1に対する労働契約に基づく未払賃金1万9520円(違法な懲戒処分に基づく減給処分による未払賃金)及びこれに対する平成28年3月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金並びに平成27年3月1日から平成28年2月までの確定未払賃金237万2383円(既払金を除いたもの)及びこれらに対する平成28年3月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払請求

イ 予備的請求

(ア) 被告Y1に対する労働契約に基づく未払賃金1万9520円(違法な懲戒処分に基づく減給処分による未払賃金)及びこれに対する平成28年3月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金

(イ) 被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払請求

⑶ 請求の趣旨3

ア 主位的請求

被告Y1に対する労働契約に基づく平成28年3月以降の毎月の賃金及びこれらに対する遅延損害金の支払請求

イ 予備的請求

被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払請求

⑷ 請求の趣旨4

被告Y1による原告の一般退職扱いについての,被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払請求

⑸ 請求の趣旨5

被告Y1による違法な懲戒処分についての,被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払請求

⑹ 請求の趣旨6

被告らによる原告の産休及び育休の取得に対する違法な嫌がらせにつき,共同不法行為又は被告Y1については使用者責任に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払請求

⑺ 請求の趣旨7

請求の趣旨6記載の違法な嫌がらせにつき,共同不法行為又は被告Y1については使用者責任に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払請求

2 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

⑴ 当事者等

ア 被告Y1は,岐阜市内において,歯科医院「被告クリニック」(以下「本件クリニック」という。)を営む歯科医師であり,本件クリニックの院長である。
イ 被告Y2は,本件クリニックの副院長であり,被告Y3は,本件クリニックの事務局長である。
ウ 甲は,本件クリニックの従業員であり,本件クリニック在職中,原告よりも先に妊娠,出産をした者である。
エ 原告(旧姓はX’)は,平成22年3月8日に本件クリニックに歯科技工士として採用され(なお,同日から同年5月31日までは試用期間であり,原告が本件クリニックの正社員となったのは同年6月1日である。),本件クリニックに勤務していた者である。原告は,平成23年頃,乙株式会社(以下「本件株式会社」という。)への転籍を命じられたことがあったが,平成27年1月27日以降も,被告Y1との間で雇用契約を締結していた。
オ 原告と被告Y1との間の雇用契約(以下「本件契約」という。)は,期間の定めのない雇用契約であり,平成25年4月以降の固定給は月額21万8000円,締日は毎月10日,支払日は毎月末日であった。
また,平成24年4月23日に改訂された本件クリニックの就業規則(以下「本件就業規則」という。)の内容の一部は,別紙2記載のとおりであった(乙3)。

⑵ 原告は,平成25年4月10日に婚姻し,その頃第一子を妊娠したため,同年6月1日,被告らに妊娠の報告を行い,平成25年12月末から産休及び育休を取得した。なお,原告は,平成26年1月4日に第一子を出産した。
⑶ 原告は,平成27年1月13日,本件クリニックに復職した。
⑷ 原告は,平成27年1月23日,第二子の妊娠が判明したため,被告らに対し,産休及び育休を取得したい旨申し入れた。
⑸ 原告は,平成27年2月27日頃,以下の事案1及び事案2を懲戒事由として平成27年2月分の給与から7520円が控除される減給の懲戒処分を受けた(以下「本件懲戒処分」という)。
また,被告Y1は,原告に対し,平成27年2月分の給与については,本件クリニックの賃金規程17条2項に基づき,精勤手当1万2000円を支給しなかった。
ア 事案1(本件就業規則39条1項4号(31条2項違反))
原告が,①労働局に対して,本件クリニックの従業員である他の妊婦を例に挙げた上で本件クリニックが妊産婦に対して不当に時短を命じている旨の虚偽の報告をして,同妊婦と本件クリニックとの間の信頼関係を損なったこと,②原告と被告Y1が①に関する事実関係を確認する際に同妊婦が同席していたところ,原告が,声を荒げて反抗的な態度をし,上長の名誉を傷つけるとともに,同妊婦にショックを与えて本件クリニックのスタッフ間の信頼関係を損なったこと,③①に関する報告書を求められたものの,原告が報告書としては考えられない文書を提出したこと。
イ 事案2(本件就業規則39条1項1号)
原告が,平成27年1月3日に育休が終了しているにもかかわらず,規定の届出,本件クリニックへの相談,同意又は了解を得ず,出勤日を一方的に定めて,同月13日から出勤を開始したこと(同月4日から同月9日までの6日間については,無断欠勤とみなす。)。    (以上,甲7ないし9)
⑹ 原告は,平成27年3月16日,本件クリニックを早退して,丙メンタルクリニックを受診したところ,不安抑うつ状態と診断され,同月17日から1か月の休養加療を要する旨の診断を受けた。(甲10)
原告は,その後,平成27年3月18日,体調不良を理由に本件クリニックを早退し,同月20日,体調不良を理由に本件クリニックに出勤しなかった。原告は,同月18日の早退以降,一度も本件クリニックに出勤せず,休職状態となった(以下「本件休職」という。)。
さらに,原告は,同年4月11日,丙メンタルクリニックにおいて,不安抑うつ状態であり,同月17日から3か月の休養加療を要する旨の診断を受けた。また,原告は,同年8月12日,丙メンタルクリニックにおいて,抑うつ神経症と診断され,それ以降,本件口頭弁論終結時においてもなお休養加療を要する状態が続いている(以下,これらの原告の不安抑うつ状態及び抑うつ神経症をまとめて「本件精神疾患」という。)。(甲30の1ないし10)
⑺ 原告は,平成27年6月19日,第二子を出産した。
⑻ 被告Y1は,原告代理人弁護士に対し,平成27年10月7日付け被告Y1代理人弁護士名義の書面により,原告が同年3月に提出した休職願による休職期間が満了する同年9月16日をもって,本件就業規則所定の6か月の休職期間を満了したため,一般退職扱い(以下「本件退職扱い」という。)とした旨の通知(以下「本件退職通知」という。)をした。(甲13)
⑼ 原告は,平成29年7月11日,第三子を出産した。(原告本人)
⑽ 本件クリニックでは,毎朝午前8時30分頃から55分頃までの間,本件クリニックに勤務する全従業員(平成27年2月当時は約35人程度)が参加する朝礼が行われているところ,朝礼において,午前8時45分頃から55分頃までの間,被告Y1及び被告Y2が事務連絡や訓示等を行っている。(被告Y2)

3 争点及びこれに関する当事者の主張

〜省略〜

第3 当裁判所の判断

1 認定事実

前掲前提事実に後掲括弧内に掲記の証拠(ただし,後掲括弧内に掲記の証拠のうち,以下の認定に反する部分は採用しない。)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。

⑴ 原告は,平成25年4月頃,第一子を妊娠したため,平成25年6月1日,夫とともに被告らに第一子の妊娠の報告をした。
原告は,本件クリニックにおける産休や育休に関する規定を確認すべく,同月3日,被告Y3に本件就業規則のコピーを交付するよう依頼したところ,被告らは,同月4日の朝礼において,原告を含む従業員らに対して本件就業規則の一部のコピーを配布した。(甲36,原告本人)

⑵ 原告は,平成25年8月21日,被告Y3に対し,第一子の出産予定日が平成26年1月19日であることから,同月6日から産休を取得したい旨告げた。(甲36)

⑶ア 原告は,平成25年11月6日,同月22日に予定されていた妹の結婚式に出席するために有給休暇(本件有給休暇)を取得しようと考え,被告Y1に対して有給休暇願を提出した。(甲16)
なお,上記有給休暇願には,特記事項として,「治療やサービスに支障をきたす場合,有給休暇の月日の変更をお願いすることがあります。(時季変更)」,「2連休の前後に有給休暇を取得し,3連続,あるいは4連続となる有給休暇の取得は避けるようお願いします。」などの文言が記載されていた。(甲16)
イ 被告Y3は,上記原告の申出について,同月8日,原告に対し,同月22日は本件クリニックの休診日の間の開業日に該当するため,本件有給休暇の取得は承認できず,休む場合には欠勤となる旨回答した。また,被告Y3は,同人の回答に反発した原告に対し,「ただで働かせ,給与出せって言うわけ。お祝いしろってことか。」と言った。(甲21の1,24,36,乙1,原告本人)
ウ 原告は,同月9日,被告Y3に対し,本件有給休暇の取得の不承認について被告Y1及び被告Y2も同じ意見か尋ねたところ,被告Y3の言うことを信用するように言われた。そのため,原告は,被告らに妹の祝い金と思われてまで有給休暇を取得したいとは思わなかったことから,本件有給休暇の取得自体を断念した。(甲21の2,24,36)
エ 原告は,同月16日,被告Y3に対し有給休暇願の返却を求めた際,被告Y3との間で,下記のとおりのやり取りをした。

原告:局長(注:被告Y3)に「お祝い金,出せってことか」って言われて,で,それで,副院長(注:被告Y2)たちも同じ見解だって言われたんで,それ,そこまでして私休みたくないんで,結婚式出ないことにしました。
被告Y3:あ,本当。はい。結婚式のお祝い出すなって副院長たちが言ったっていうのは全然…。
原告:言ったってことじゃないです。局長が言われて同じ見解だっていうことであれば,同じことなんで。
被告Y3:ああ,それはちょっと違うな。
原告:そうやって…。
被告Y3:お前けんか売るつもりか。
原告:それ,大丈夫ですか。
被告Y3:お前の方は大丈夫かい。
原告:ふふふ。同じ見解だって言われたんで,私はそのとおりに受け取ったんですけど。
被告Y3:お前馬鹿か。そんなことまで,細かいことまで言うわけないじゃないの。それは私の意見。
原告:私は全部全て一緒ですかって御質問させていただいたんです。
被告Y3:どこにそ…お前ふざけるな。それは言いがかり。
原告:私はそれは傷ついたんですけど。
なお,上記やり取りの際,被告Y3が特別大きな声を出すことはなかった。(甲21の3,24)
オ 原告は,同月17日,本件有給休暇の取得に関し,被告Y2と面談したが,その際,被告Y2は,原告に対し,原告が同月22日に休暇を取得した場合,結果的に4連休となってしまうところ,本件有給休暇の取得を承認すると,本件クリニックの繁忙度に関係なく,他の従業員らの士気を下げることにもなりかねないこと等から,有給での休暇の取得は認めず,無給での休暇の取得であれば認める旨の説明をした。(甲21の4,24,原告本人)
また,被告Y2は,上記説明に際し,有給休暇を取得して友人の結婚式や葬儀に出席することを例に挙げ,「給料もらって行こうなんて浅ましいよ。もし,それを給料っていうふうにしていうなら,それはそのお友達に逆に御祝儀だ,お香典出すのと同じ。あるいは,その金額を御祝儀出すのと同じっていう。つまり,うちの会社としては何のメリットもないのに,それを余分に出すっていうことになってくるの。」などと発言した。(甲21の4,24,原告本人)

⑷ 原告は,平成25年12月末から,第一子の産休及び育休に入った。なお,原告は,平成26年1月4日,第一子を出産した。
原告は,産休及び育休に入る前,被告Y1に対して復職日の記載のある届出を提出していなかった。(原告本人)

⑸ア 原告は,平成26年12月6日,被告Y3と面談し,復職時期について協議した際,被告Y3に対して,復職日につき平成27年1月13日を希望する旨を伝えたところ,被告Y3は,原告に対し,原告の復職希望日について被告Y1及び被告Y2に伝えると告げた。(甲21の5,24,原告本人)
その後,原告は,被告Y3から,原告の本件クリニックへの復職日を同日とする旨の電話連絡を受けた。(甲36,原告本人)
イ この点,被告らは,原告の復職時期は平成27年1月4日であると主張し,被告Y3は,平成26年12月6日に原告と上記ア記載の内容について話したことは覚えていないと供述するが,上記の認定に反するものであり,採用できない。
また,被告Y2は,原告が第一子を出産したのが平成26年1月4日であるところ,産休及び育休は出産日から1年間である以上,原告の復職日は平成27年1月4日であると供述するが,原告が平成27年1月4日から復帰したいと被告らに伝えたといった事情は認められないし,同日に予定されていた本件クリニックの新築建物の内覧会における原告の担当業務があらかじめ定められていなかったことに加えて,原告の復職予定日が不明である場合,被告らにおいて,事前に原告と連絡を取って復職予定日を尋ねることも容易であったと考えられるのに,特段原告と連絡を取った形跡がないことからすれば,被告Y2の上記供述もまた採用できない。

⑹ア 原告は,平成27年1月13日,本件クリニックに復職した。
イ 被告Y2及び被告Y3は,同日,原告に対して,正当な理由なく欠勤,遅刻を重ねた場合には懲戒処分の対象になり得るし,育休は同月3日までであったのであるから,約1週間の無断欠勤が生じている旨注意したと供述する(乙25,26,被告Y2本人,被告Y3本人)が,そもそも,原告は,平成26年12月6日時点で,被告Y3に対して本件クリニックへの復帰希望日等を伝えているのであるから(認定事実⑸),原告が無断欠勤をしたとはいえない。したがって,被告Y2及び被告Y3の上記供述は,採用できない。

⑺ 原告は,平成27年1月14日,社会保険労務士同席の下,被告Y2及び被告Y3との間で,復職後の勤務条件について話合いをした。
被告Y2及び社会保険労務士は,原告に対して,終業時刻を午後4時30分とすること,子育ての関係で遅刻や早退をする場合,精勤手当は不支給となるところ,そのような不利益を避けるために時給の給与体系(いわゆるパートタイム勤務)に変更することを提案した。(甲36,乙25,乙26,被告Y2本人,被告Y3本人)
原告は,上記提案について,納得することができなかったため,承諾をしなかった。(甲36)

⑻ 原告は,平成27年1月17日,本件クリニックの同僚2名から,被告Y2から原告を午後4時30分に帰宅させるよう指示を受けたと聞かされたことから,被告Y2及び被告Y3と面談し,原告の勤務条件についての話合いをした。
その際,被告Y2は,原告に対して,契約上は明確に決まっていないものの,被告Y2としては原告の勤務時間を午後4時30分までにしてほしいと思っている旨告げるとともに,「もう今パートの状態だからね。」と発言した。これに対し,原告がその旨について記載した書面の交付を求めたところ,被告Y2及び被告Y3は,原告に対して,勤務時間について記載した書面を交付すること及び今後話合いをする場を設けることを約束した。(甲36,甲21の6,24)

⑼ 被告Y3は,平成27年1月19日,原告に対し,本件書面を交付した。本件書面には,復職後の原告の勤務条件について,午前8時30分から午後4時30分までの7時間を就労時間とすること,残業はなしとすること,その間の診療終了後の役割,勉強会等への参加は免除すること,1か月から最長6か月までの期間を時給制とし,その後月給制とすること,時給は1170円(交通費,昼食手当は別途支給する。)とすること,社会保険及び雇用保険は継続することが記載されるとともに,「独身で働いていた時と異なり,母として,妻として,仕事を続けることは充分な計画や配慮が必要となります。お子さん,あなた,ご主人の三人四脚の生活が十分軌道に乗るまではこのようにして様子を見ては如何でしょうか。以上,提案させて頂きます。」との記載があった。(甲4,甲36,原告本人)

⑽ 原告は,平成27年1月20日,被告らとの間で,復職後の勤務条件について再度話合いを行った。
その際,原告が,被告らに対して,本件書面に記載された時給1170円の計算根拠等を尋ねたところ,被告らは,同時給の計算根拠等について説明した。
また,被告Y2は,原告に対し,時間給になる点及び残業代が支給されない点を除けば従前と変わらず正社員であること,原告の第一子の産休及び育休中に本件クリニックの従業員の人数が増えたため,本件クリニックにとって人件費の負担が増加していること,子育てをしながらの勤務は困難であると思われることから,まずは時短での勤務がよいのではないかと考えていることなどを話した。
さらに,被告Y1は,原告に対し,「Xさんね,もう一つ繰り返しになるけど,あなたが休んでる間,ラボが回るようにうちも人材確保してるわけ,既にね。だから,前の状況とは違うんだよってこと。」,「それは,できるだけ理解してほしいわけ。」,「もうXさんいなくても回っていくんですよ,十分。回っている。」などと述べた。
被告Y2も,原告に対し,「なんで1年間も休んでたのか。私は気がしれない。本当にお金が欲しい人は。」と述べた。
被告らの上記説明に対して,原告が,本件書面記載の勤務条件に合意できない場合にはどうなるのかと尋ねたところ,被告Y2は,また話合いという形にはなるが,本件クリニックにおいて引き続き勤務したいという気持ちがあれば,本件クリニックに合わせてもらう必要がある,勤務条件についてどうしても折り合いがつかない場合には,原告を解雇はしないものの,原告が退職することも含めて決めてほしいなどと回答したことから,原告は,再考してみる旨返答した。   (甲21の8,24)

⑾ 原告は,平成27年1月22日,労働局を訪れ,復職後の原告の勤務条件に係る被告らの提案等について相談した。
その際,原告は,労働局の職員に対して,原告以外にも,被告らとの間で産休・育休後にパートタイム勤務になるという話をした本件クリニックの従業員がいる旨の話もした。
原告の相談を受けた労働局の職員は,原告に対し,被告らにおいて,原告が育休を取得している間に従事させる業務がなくなったことや,妻・母として仕事を続けるには十分な配慮が必要なことを理由として,1日の所定労働時間を8時間から7時間に減らすとともに,精勤手当が支給されない労働契約への変更を強要している場合には,育児・介護休業法に抵触している可能性があるとして,今後本件クリニックの調査を行う旨告げた。(甲6,21の14,24,36)

⑿ 原告は,平成27年1月23日,被告Y1及び被告Y3に対して,第二子の妊娠が判明したため,再度産休及び育休を取得したいこと,第二子の産休及び育休後も本件クリニックで稼働したいことを告げた。
これに対して,被告Y1は,「妊娠してどうするつもりなの。」,「自分の都合ばっかりでこっちの不利益は考えないの,じゃあ。」などと述べ,被告Y3も,「また産休やるの。」などと述べた。
これに対して,原告は,本件クリニックの不利益を考慮し,第一子の育休から復帰した最初の1か月間については時給制とすることを了承していたが,それ以降については従前と同様の勤務条件での正規雇用でなければ受け入れられないし,辞めるつもりもないと反論した。被告Y1は,「時短には応じないと折り合いはつかないと思うよ。」,「結局,折り合わないと物別れになっちゃって裁判とかなっちゃうわけだよね。」などと原告に話したが,原告も,必要に応じて「これはただの時短ではないので。」,「なら,だったらもうなんか解雇っていうふうにしてくださいっていう…。」などと反論した。
最終的に,被告Y1が,原告に対し,本件クリニックの資産状況が芳しくないことから,勤務条件について譲歩できないか考えてほしいと申し入れたところ,原告も,被告Y1及び被告Y3に対し,再考する旨告げた。(甲21の9,36)

⒀ 被告Y2は,平成27年2月6日付けのブログにおいて,「どんな人材が必要なのか?」という題名で,「今 会社を内側から倒産に追い込む,ガンのような存在って何だと思いますか?実は,ブラック企業よりもブラック社員が怖い!のです。」という内容の電子メールが頻繁に送られてくるとした上,会社が繁栄するためには,経営者や上司,先輩の指導を受け入れる素直さを持つ従業員が必要であるという趣旨の記事を投稿した。(甲15の1)

⒁ 労働局の職員は,平成27年2月10日,本件クリニックを訪問し,対応した被告Y2及び被告Y3に対して,被告らが原告以外の別の妊婦に対してもパートタイム勤務となるよう圧力をかけているということの真偽等について質問をするとともに,被告Y2との間で,原告と本件クリニックとの間に生じている問題等について2時間程度話をした。(甲21の15,乙25,26)

⒂ 原告は,平成27年2月13日,被告Y1及び甲の同席の下,被告Y2と面談した。その際,原告は,被告Y2から,原告が労働局に相談をした際,被告らが甲に対して産休及び育休の後にパートタイム勤務になるよう圧力をかけたことにつき話した事実の有無等について問われたため,被告らが甲に対して圧力をかけたという話はしておらず,甲が産休及び育休の後にはパートタイム勤務になるという噂を聞いたにすぎないと答えた。これに対して,被告Y2は,原告に対し,その噂の出所について尋ねたが,原告が誰から聞いたかは分からないと答えたため,誰から聞いたか分からない話であれば,作り話であって本件クリニックに対する中傷であるなどと述べた。(甲21の14,24)
原告は,同日,退勤する際,被告Y2から,同人に対する失礼な言動に関する報告書を翌日までに提出するよう求められたため,同月14日,「昨日,朝礼の後の内容についての件で帰宅時に副院長がおっしゃられた『私に対してあなた失礼なこと言ったわよね』ということが私には理解できませんでしたので,報告することは出来ません。以上のことを報告致します。」と記載した同月13日付けの報告書を提出した。(甲5,36)
他方,甲は,同月13日頃,被告Y1に宛てて,「私は,経営者に妊娠・出産・育児・将来に関して,相談に乗って頂いたり一緒に考えて頂いたりしていますが,時間短縮やパート勤務,非正規雇用にする等の圧力を受けた覚えは全くありません。また,他の人にそのような話をした事実も全くないことを申し上げます。」と記載した同日付けの書面を提出した。(乙2)
なお,甲は,平成28年6月15日付けで,原告が,甲から上記書面に署名すべきか否か相談を受けたものの,同人を巻き込みたくなかったことから署名するように答えた旨の原告の主張に関し,上記書面に自らの意思により署名しており,原告の同主張は事実無根であること,上記書面に署名をすべきか原告を含む第三者に相談したことも,第三者から署名するよう促されたこともないこと,このようなことに巻き込まれ迷惑しており,とても不愉快に思っていることなどを記載した書面を作成した。(乙11)

⒃ 被告Y2は,平成27年2月13日,本件クリニックに勤務する2名の歯科技工士に対し,原告が本件株式会社の従業員であることから,法律上歯科技工士としての仕事をさせることはできない旨の労働局からの指導を受けたこと,原告が労働局に対し被告らが原告や甲に対してマタニティハラスメントを行っていると訴えたものの,被告Y2が誰から甲が圧力をかけられていると聞いたのか尋ねても,これに回答しない原告の態度に照らし,原告は,勤務条件に関する自分の主張を通すために外部に対して作り話をすることにより本件クリニックの評判をおとしめる行動をとっているため,被告Y2としては原告との雇用関係を継続するのは難しいと思っていることを理由として,今後,原告に対して技工指示書を渡さないよう指示した。また,その際,被告Y2は,被告Y1も技工指示書を原告に渡さないよう言っていると話した。(甲21の15)
原告は,同月12日から同月22日までの期間,技工指示書を渡されなかった。(甲36,原告本人)

⒄ア 被告Y2は,平成27年2月16日の朝礼において,里親が,旅から1年ぶりに帰還した里子であるA子に対して,1年前とは家族間の取決め等が変わっていたことを踏まえて,家族とA子が一致団結できるか確認するために門限等の制約を課したところ,A子は,これに不満を持ち,管理局の管理長に対して,別の里子であるB子も里親によるいじめを受けていると訴え出た,そのため,管理局から事情聴取を受けた里親は,驚いてA子とB子に事実確認をしたところ,B子はいじめを受けたことはないと話し,A子は,いじめを受けたと噂で聞いたが,誰から聞いたかを里親に明かすことはできないと答えた,という内容のたとえ話をした。
そして,被告Y2が,A子の態度につき,里親に対する失礼な態度だと思う者は挙手するよう求めたところ,ほとんどの従業員らが挙手した。(甲21の16)
イ 被告Y1は,同日の朝礼において,本件書籍を取り上げ,攻撃をしてくる人の攻撃の内容を吟味すると,言いがかりや八つ当たりであったり,論旨が一貫していないこともあること,攻撃をしてくる人は,過去にひどく傷ついた経験があったり,発達障害の一種であるアスペルガー症候群であったりすること等の話をした。(甲21の17)
なお,被告Y1は,従前の朝礼においても,書籍を用いて訓示等をしたことがあった。
ウ 原告は,上記アの朝礼の後,同僚から,同朝礼における被告Y2のたとえ話は,原告についての「話だったよね。」などと話しかけられた。(原告本人)

⒅ 労働局長は,平成27年2月16日付けで,原告が育児休業から復帰したところ,被告Y1から,母として,妻として,仕事を続けるには十分な配慮が必要なことを理由に1日の所定労働時間を8時間から7時間に減じるとともに精勤手当が支給されない労働契約への変更を強要されたという内容の原告からの紛争解決のための援助の申立てについて,被告Y1に対し,本件クリニックの対応につき是正措置を講ずることを要請する旨の勧告を行った。
上記勧告に係る勧告書には,本件クリニックの講ずべき事項として,原告に対して労働契約内容の変更についての働きかけをこれ以上行わないこと,女性についてのみ婚姻していること,子を有していることを理由として,正社員について所定労働時間を8時間から7時間に減じ,精勤手当を支給しない雇用形態への変更を勧奨することを直ちにやめることなどが記載されていた。   (以上,甲6)

⒆ 被告Y1は,平成27年2月17日の朝礼において,本件書籍を取り上げ,理由のない攻撃に対する対処法について,攻撃をされた人は,自分が悪いなどとネガティブに反応するのではなく,相手が脅威を感じているから攻撃してくるなどと理解するのが賢明であるなどという趣旨の話をした。(甲21の19,24)

⒇ア 被告Y2は,平成27年2月18日の朝礼において,一生懸命に行うことが大事であって利己的でいては前に進めないと話した上,本件クリニックの歯科技工士が,患者に喜んでもらうため,遅くまで残業し,難しい技工に取り組んだことを立派なことだと褒めたたえ,ひたむきに一生懸命仕事をする人に仕事が与えられる旨の話をした。(甲21の20,24)
イ 被告Y1は,同日の朝礼において,身近な人からの攻撃について,虐待されて育った人は責められているように感じやすいこと,相手が大切にしているものを軽くあしらうと攻撃されてしまうこと等の話をした。(甲21の21,24)

(21) 被告Y2は,平成27年2月20日の朝礼において,許可された場合を除き残業することはできないことを伝えた上で,自己犠牲的,献身的な気持ちを持った気持ちのよいスタッフだけが本件クリニックに集合しているが,気持ちや動機の点では小さな漏れも許さないという趣旨の話をした。(甲22の22,24)

(22)ア 被告Y2は,平成27年2月21日の朝礼において,残業してはならないとの業務命令を受けたにもかかわらず,業務命令を無視して残業をした従業員がいたとして,申請のない残業や早出は認められない旨の話をした。(甲21の23,24)
イ 被告Y1は,同日の朝礼において,攻撃をしてくる人は,知らず知らずに余計な一言を言ってしまっていることがあり,空気が読めないといわれるタイプの人に多く,感情をコントロールせず,周りのことを考えないために,他人を傷つけることを言ってしまうなどの話をした。(甲21の24,24)

(23) 被告Y1は,平成27年2月23日の朝礼において,攻撃をしてくる人は,自分の意見を押し付ける決めつけ体質であるが,このようなタイプは心が傷ついている人であるなどと話した。(甲21の25,24)
また,原告は,同日,被告Y3から,「労働局からの指導に従う。」と言われ,それ以降,被告らから勤務条件の変更等を求められることはなくなった。(甲36)

(24) 被告Y1は,平成27年2月25日の朝礼において,曖昧なことに不安を感じやすく,曖昧のままにしておけない人や,発達障害,アスペルガー症候群の人は,曖昧なものに耐えられないため,攻撃してくるという趣旨の話をした。また,被告Y1は,うつ病の人は,感情をコントロールしにくく,さ細なことで食ってかかってくるなどという話もした。
これを受け,被告Y2は,曖昧は大切であり,はっきりさせないことも大切な方法であると話した。(甲21の26,24)

(25)ア 被告Y2は,平成27年2月27日の朝礼において,厚生労働省の3つの原則として,①やってくださいと命じられたことをやり,やらないでくださいと言われたことはやらないという忠誠心,②当該企業で具体的に何ができるか考えて提案すること,③チームワークとして仲間の人間から信頼されることが大切である旨の話をした。(甲21の28,24)
イ 被告Y1は,同日の朝礼において,LANケーブルに不具合が生じた場合,インターネット回線そのものに不具合が生じるというたとえ話を用いて,本件クリニックも大きな組織として働いているものの,個々の従業員の状況が全体に影響を及ぼすことから,従業員一人一人が,職務に忠実に,かつ,皆でチームワークよくやっていくことが非常に大切である旨の話をした。
また,被告Y1は,本件書籍を用いて,攻撃をしてくるのは,アスペルガー症候群や発達障害など性格の偏りがある人や心が傷ついている人であるなどという趣旨の話をした。    (甲21の29,24)

(26) 被告Y2は,平成27年2月27日,被告Y3及び本件クリニックの4名の従業員らの立会いの下,原告に対して,本件懲戒処分についての説明を行った。
その際,被告Y2は,原告に対し,本件懲戒処分は2つの事案を対象としていることから,1つの事案につき1日分の賃金を半減すること,精勤手当は支給しないこと等を告げた。   (甲21の27,24)

(27)ア 被告Y1は,平成27年2月28日の朝礼において,攻撃を防ぐ方法について,攻撃をされたときに自分が悪いと思うのをやめるなどという趣旨の話をした。(甲21の30,24)
イ 原告は,同日,本件株式会社から,原告につき育児休暇終了の日の翌日から,育児休暇前と同じ労働条件で復帰することに同意すること,本件就業規則7章に定める懲戒処分を受けた者に対しては精勤手当を不支給とすることがある旨の定めを理由として,平成27年2月分給与の精勤手当は支給しないものとすること等が記載された通知書を受領した。(甲9)

(28) 被告Y1は,平成27年3月2日の朝礼において,攻撃をかわす方法について,攻撃をされてショックを受けた場合,自己否定の悪循環に陥ってしまうこともあるが,自分の人生そのものが否定されたわけでもないと考えれば気持ちよく生きていくことができる,上司から否定的なことを言われた場合,自分の全てを否定されるような絶望感を持つ人もいるが,このような上司は,ネガティブなコメントを言うしか気が済まないタイプにすぎないと考え,生返事をしておいたり,「頑張りますから御指導お願いします。」などと言ったりして対処することもできる,要するに攻撃に対する対処法を知っておくのが混乱を防ぐ,という趣旨の話をした。(甲21の31,24)

(29) 被告Y1は,平成27年3月3日の朝礼において,身近な人から攻撃されないためのポイントとして,上司からの理不尽な叱責を例に挙げ,攻撃をしてくる人は,相手に配慮して優しくする余裕がないから,八つ当たりをしてしまうところ,そのような相手の状況を踏まえると,攻撃をされたとしてもショックを受けないで済むという趣旨の話をした。(甲21の32,24)

(30) 被告Y1は,平成27年3月4日の朝礼において,攻撃してくる人の状況を冷静に判断すれば,余裕を持って攻撃に対応することができるという趣旨の話をした。(甲21の33,24)

(31) 被告Y1は,平成27年3月7日の朝礼において,他者に対する攻撃が癖になっている人は,周りにとっても不愉快な存在だが,自分自身も有害物質を吸い込んでおり,自分自身のことも嫌っている場合が多い,攻撃的な上司を例に挙げ,上司に余裕がないから攻撃をしてくるということを理解すれば,余裕が生まれるなどという趣旨の話をした。(甲21の35,24)

(32) 被告Y1は,平成27年3月9日の朝礼において,自己肯定感の低い人ほど他人からの行動を攻撃であると捉えやすく,他人の言動に敏感で,少しのことでも脅威として考えてしまうことがあること,相手方が困っているからこそ攻撃してくるのだという視点を持つことが大切であるなどという趣旨の話をした。(甲21の36,24)

(33)ア 被告Y2は,平成27年3月10日の朝礼において,一人一人の潜在能力を発揮する舞台を作るのが自身の使命と考えており,心の良い人については潜在能力を開かせるが,心の悪い人については潜在能力を開くことは遠慮願いたいこと,人のために貢献する気持ちが大事であること等の話をした。また,被告Y2は,人は目上の人や仲間に対する物の見方を通じて成長するなどという趣旨の話もした。(甲21の37,24)
イ 被告Y1は,同日の朝礼において,相手を攻撃したとしても相手からの協力は得られないのであるから,効果的な攻撃などはない,攻撃をしてくる人を困っている人と考えることによって,自分は攻撃された被害者ではなく自由な他人になることができ,攻撃する人を冷静に見ることができるなどという趣旨の話をした。(甲21の38,24)

(34) 原告は,平成27年3月11日午前7時30分頃,被告Y3に対して,体調不良により休みたい旨の連絡をし,本件クリニックに出勤しなかった。(甲11,36)

(35) 被告Y1は,平成27年3月13日の朝礼において,攻撃をしてくる人に対する対処法について,相手との関係性に応じて対応の仕方を変えるのがよいとして,重要な人たちから攻撃を受けた場合には関係を改善しなければならないが,相手によっては聞き流せばよい場合もあるなどという趣旨の話をした。(甲21の39,24)

(36)ア 被告Y1は,平成27年3月16日の朝礼において,嫌なことを言われたときの対処法について,店員に不愉快なことを言われた場合を例に挙げ,当該店員の態度の理由について,当該店員が,個人的にストレスを抱えていたとか,解雇宣告された直後だったなどと考えることによって,余計な一言を言わず,できるだけ不愉快な思いをせずにその場をやり過ごすことができ,賢く対処できるなどという趣旨の話をした。(甲21の40,24)
イ 原告は,被告Y1に対し,同月11日の病欠について,体調不良にて休んだことを理由として,同月16日付けの有給休暇願を提出し,有給休暇の取得を申請した。
これに対し,被告Y2は,同日の朝礼後,原告を呼び止め,本件就業規則上有給休暇の取得については2週間前までに届出の提出が必要であるところ,同月11日の病欠については,事前の届出が提出されていない以上承認することはできない旨告げた。
なお,本件就業規則上,有給休暇は,特別の理由がない限り少なくとも2週間前までに,所定の手続により届けなければならないとされていた。(本件就業規則18条3項)    (甲11,36,乙3)
ウ 原告は,同月16日,本件クリニックを早退し,丙メンタルクリニックを受診したところ,不安抑うつ状態であり,同月17日から1か月の休養加療を要する旨の診断を受けた。(甲10,36)

(37)ア 被告Y1は,平成27年3月17日の朝礼において,相手の発言に意味付けをしないことによって,相手からの更なる攻撃をかわすことができるなどという趣旨の話をした。(甲21の41,24)
イ 被告Y3は,同月11日の病欠に関する有給休暇願を,原告に返却したが,同有給休暇願には,被告Y2によって,有給休暇の取得に関し,「非承認」に丸印が付けられていた。(甲11,36)

(38)ア 被告Y2は,平成27年3月18日の朝礼において,歯科業界を取り巻く環境は厳しいことから,歯科技工士は残業手当のない長時間残業も多く,20代の歯科技工士の離職率が8割にも及んでいるところ,本件クリニックにおいて従業員らが稼働することができることは感謝すべきことである,患者のために心を一つにし,フォローし合って仕事をすることが大切であるなどという趣旨の話をした。(甲21の42,24)
イ 被告Y1は,同日の朝礼において,攻撃をしてくる友人や職場の先輩を例に挙げ,できるだけ不愉快な思いをせずにその場をやり過ごすための方法等についての話をした。(甲21の43,24)
ウ 原告は,同日,本件クリニックを早退した。(甲36)

(39) 原告の夫である丁は,原告がうつ状態のため平成27年3月17日から1か月の休養加療を要すると診断されたことから,休職に関わる書類一式の郵送を依頼する旨の書面を作成し,同月20日,被告Y1に対し,同書面を簡易書留で郵送したところ,被告Y1は,同月30日に同書面を受領した。(甲12,36,乙15,16)

(40) 原告及び丁は,平成27年3月30日付けで,原告について,休職期間を同月17日から同年4月16日までとし,不安抑うつ状態による休養加療を理由とする休職願を作成し,被告Y1に対し,同休職願に診断書を添付して郵送した。(甲36,乙17,18)

(41) 原告は,平成27年4月11日,丙メンタルクリニックを受診し,不安抑うつ状態であり,同月17日から3か月の休養加療を要するとの診断を受けた。原告及び丁は,同月15日付けで,原告について,休職期間を同月17日から同年7月16日までとし,不安抑うつ状態による休養加療を理由とする休職願を作成し,被告Y1に対し,同休職願に診断書を添付して郵送した。
なお,原告及び丁は,上記休職願において,被告Y1に対して,傷病手当の手続について依頼した。(甲36,乙19,20)

(42) 被告Y3は,平成27年4月28日,原告に対し,傷病手当金支給申請書を郵送した。(甲22の1及び2,乙24)

(43) 原告は,平成27年6月19日,第二子を出産した。なお,原告は,第二子の出産については,本件クリニックに対し,休職届等の届出をしていない。
原告は,原告訴訟代理人を通じて,同年7月13日,被告Y1に対し,原告が同年6月19日に第二子を出産したことを連絡するとともに,育休中の社会保険料の免除の手続を行うことを依頼した。(甲36,乙6,弁論の全趣旨)

(44) 被告Y1は,被告ら訴訟代理人を通じて,平成27年7月29日付けで,原告訴訟代理人に対し,原告が長期間欠勤しているが所定の届を提出していないこと,育児休業中の社会保険料の免除の手続については,原告が医師の証明書(出産予定日等)を提出する必要がある旨連絡した。(乙6)

(45) 被告Y1は,被告ら訴訟代理人を通じて,平成27年8月7日付けで,原告訴訟代理人に対し,原告が休業届を提出しないまま欠勤を継続しており,本件就業規則所定の懲戒解雇の対象(無断欠勤が14労働日に及んだ場合)となったこと,同年6月及び7月分の社会保険料の自己負担分7万1380円の支払がされていないこと,出産予定日及び出産届について証明書がない以上,社会保険料の免除の手続もできないこと,同年8月10日までに社会保険料の自己負担分の支払並びに出産予定日及び出産届の提出がないときには,社会保険の対象から外す旨連絡した。(乙7)

(46) 原告は,原告訴訟代理人を通じて,社会保険料の免除の手続に関して,医師の証明書に代えて,母子手帳の写しで代替できないか尋ねたところ,被告Y1から,被告ら訴訟代理人を通じて,平成27年8月11日付けで,母子手帳では社会保険料の免除の手続に必要な書類として認められない旨の返答を受けた。(乙8,弁論の全趣旨)
なお,満3歳未満の子を養育するための育児休業及びこれに準ずる休業(以下「育児休業等」という。)期間については,事業主の申出により,健康保険・厚生年金保険の保険料は,被保険者分及び事業主分とも徴収しないものとされている。
また,被保険者から育児休業等取得の申出があった場合,事業主が育児休業等取得者申出書を日本年金機構に提出することとされており(なお,同申出書以外の添付書類は特段要求されていない。),同申出は,被保険者が同申出に係る休業をしている間に行わなければならないとされている。(甲20)

(47) 被告Y1は,被告ら訴訟代理人を通じて,平成27年8月19日付けで,原告訴訟代理人に対して,社会保険料の免除のためには,原告から本件株式会社に対し病院の証明を添付して出産予定日と出産日の双方の届出をする必要があり,同月25日までに必着で必要書類を郵送すること,同日までに必要書類が郵送されない場合には,育児休業給付金の手続等に協力することはできず,今後の社会保険の継続を打ち切ることも考えること等について連絡した。(乙9)

(48) 原告が,前記(47)の連絡を受け,本件株式会社に対して,要求された必要書類を郵送したところ,本件株式会社から,平成27年8月27日付けで,社会保険料の免除の手続につき,法律上出産日から56日以内に全ての書類を提出する必要があったところ,原告からの必要書類の到着が遅れたために,社会保険料の免除が認められなかったこと,原告の休業届上の休業期間満了日である同年7月16日を過ぎ,同月17日から同年8月27日まで42日間の無断欠勤が続いていることや出産予定日及び出産日の正式な届が長期間提出されなかったことから懲戒解雇を予定しているが,原告の希望があれば自主退職として事務手続を行う意向であること,原告が自主退職を希望する場合には同月26日をもって本件株式会社から退職扱いとすること等について連絡を受けた。(乙10)

(49) 本件株式会社は,平成27年9月7日付けで,離職年月日を同年8月30日,離職理由を「自己都合」として,原告に係る雇用保険被保険者資格喪失届を公共職業安定所に提出した。なお,原告は,平成28年8月9日,離職票の交付を受けた。(甲28の2ないし4)
(
50) 被告Y1は,平成27年10月7日,被告ら訴訟代理人を通じて,原告訴訟代理人に対し,出産に際して休職願が提出されていないこと,同年3月に提出された休職願を前提とする休職期間が,同年9月16日をもって本件就業規則所定の6か月を満了したために,一般退職扱いとなり,健康保険も停止せざるを得なくなった旨連絡をした。(本件退職扱い。甲13)

(51)ア 原告は,第一子の育休中である平成27年1月12日頃までは,食事の支度,掃除,洗濯等の家事全般と育児を行っていたが,同年2月頃から,腹痛や頭痛,食欲不振や熟睡できないといった症状を呈するようになり,買物に行ったり,子供と公園で遊んだりすることができなくなった。また,原告は,情緒不安定になったことから,掃除洗濯などの片付け,金銭等の管理,子供に対する愛情表現が十分にできないときもあり,自己嫌悪からますます気持ちが落ち込む状況に陥った。そのため,原告は,原告の両親や祖母に原告宅に来てもらい,家事や育児の支援を受けていたが,原告,丁及び子らが平成27年8月に原告の実家に転居した以後は,原告の両親及び祖母から,家事については全面的に,育児についても多くの面で協力を受けるようになった。(甲36,原告本人)
イ 原告は,平成27年7月17日から平成29年10月16日まで,抑うつ神経症による休養加療を要すると診断されており,現在に至るまで,月1回の頻度で,丙メンタルクリニックを受診し,投薬治療やカウンセリングを受けている。(甲30の2ないし10,原告本人)
また,原告は,平成28年7月15日,右急性感音難聴を発症し,戊耳鼻咽喉科において通院治療を受けたが,同年8月25日頃には軽快した。(甲33)
原告は,丙メンタルクリニック及び戊耳鼻咽喉科における治療費や薬剤費等として別紙3「治療費一覧表」の「日付」欄記載の各年月日に,「治療費」欄記載の金額を支出した。(甲31の1ないし29,32の1ないし18,34の1ないし3,35の1・2)
ウ 原告は,本件精神疾患を発症して丙メンタルクリニックを受診するまでは,精神的な要因で医療機関を受診したことはなかった。(原告本人)

2 争点1について

⑴ 事案1について

ア 前提事実⑸のとおり,事案1は,原告が,①労働局に対して,本件クリニックの従業員である他の妊婦を例に挙げた上で本件クリニックが妊産婦に対して不当に時短を命じている旨の虚偽の報告をして,同妊婦と本件クリニックとの間の信頼関係を損なったこと,②原告,被告Y1及び同妊婦が同席して①に関する事実関係を確認する際に,声を荒げて反抗的な態度を示し,上長の名誉を傷つけるとともに,同妊婦にショックを与えて本件クリニックのスタッフ間の信頼関係を損なったこと,③①に関する報告書を求められたものの,原告が報告書としては考えられない文書を提出したことである。

イ このうち,①に関しては,前提事実及び認定事実に照らしても,原告が,労働局に対し,被告らが主張するような虚偽の報告をした事実は認めるに足りないし,甲が,原告と被告らとの間の紛争に巻き込まれ,迷惑を被り,不愉快に感じていたとしても,それ以上に,甲と被告らとの間の信頼関係が損なわれたとまで認めることもできない。また,原告と被告らとのやり取り等によって,本件クリニックの業務に何らかの支障が生じた等の事情もうかがわれない。
また,②に関しては,原告が,被告Y2から,労働局において,被告らが甲に対し産休及び育休の後にパートタイム勤務になるよう圧力をかけたことにつき話した事実の有無等について問われた際,甲が産休及び育休の後にはパートタイム勤務になる旨の噂の出所については分からないと回答したことはあった(認定事実⒂)ものの,かかる原告の態度が,もとより被告らの名誉を傷つけるような反抗的な態度であったということはできないし,甲にショックを与えて本件クリニックの従業員間の信頼関係を損なう行為であったと評価することもできない。
さらに,③に係る報告書は,原告が,退勤する際に,被告Y2から,突然,同人に対する失礼な言動に関する報告書を提出するよう求められて作成したにすぎない(認定事実⒂)ところ,同報告書自体が,歯科技工士である原告において職務上作成すべきものとはいえないこと,報告の対象(被告Y2に対する失礼な言動)も漠然とした不明確なものであることからすれば,被告らにとって,原告の作成した同報告書の内容が乏しいものであったとしても,そのことが本件クリニックにおける服務規程に違反し,懲戒事由に該当するものとは到底認められないというべきである。

ウ 以上によれば,事案1に関し,原告が本件就業規則5章に定める服務の規定に違反したということはできないから,同規則39条1項4号所定の懲戒事由が存在するとは認められない。

⑵ 事案2について

ア 前提事実⑸のとおり,事案2は,原告が,平成27年1月3日に育休が終了しているにもかかわらず,規定の届出,本件クリニックへの相談,同意又は了解を得ず,出勤日を一方的に定めて,同月13日から出勤を開始し,同月4日から同月9日までの6日間にわたり無断欠勤をしたことである。

イ しかし,原告が,平成26年12月6日,被告Y3に対し,本件クリニックへの復職日につき平成27年1月13日を希望する旨を伝えたところ,後日,被告Y3が,原告に対し,原告の復職日を同日とする旨の電話連絡をしていること(認定事実⑸ア)からすれば,原告の本件クリニックへの復職日は,被告らとの事前の調整を経て,同日と決定していたことが認められる。したがって,原告が同月4日から同月9日までの間本件クリニックでの勤務をしなかったことが無断欠勤に当たると評価することはできない。
ウ 以上によれば,事案2に関し,原告が正当な理由なく欠勤,遅刻を重ねたとはいえないことから,本件就業規則39条1項1号所定の懲戒事由が存在するとも認められない。

⑶ 小括
以上の次第で,本件懲戒処分は,そもそも被告らが処分の基礎とした懲戒事由が存在するとは認められない。また,仮に,被告らの主張する懲戒事由たる事実の一部やそれに類する事実が認められるとしても,減給という比較的重い本件懲戒処分に見合うような悪質性は,到底認めることはできない。
したがって,本件懲戒処分は,無効であるというべきである。

3 争点2について

⑴ 勤務条件の変更の提案について

被告らは,原告が平成27年1月13日に本件クリニックに復職した直後から,原告に対して,正社員の立場を維持しつつ,終業時刻を午後4時30分とするとともに,給与体系を時給制にすること,これに伴い精勤手当を支給しないことという勤務条件に変更する旨の提案を行っていた(認定事実⑺ないし⑽,⑿)。
他方,原告は,被告らからの上記提案に対しては,被告らとの折り合いをつけるための話合いには応じる姿勢を取っていたものの,一貫して拒絶の意思を示しており,被告らの対応について,労働局に相談したことに照らし,その意思は強固なものであったと認められる。
もっとも,このような態度を示す原告に対して,被告らは,度重なる勤務条件の変更の申入れをするとともに,原告の譲歩の必要性を説いているところ,原告は,これらの被告らの対応によって,一定程度の精神的負荷を受けたものと考えられる

⑵ 原告の業務に関する対応について

認定事実⒁ないし⒃によれば,原告が,労働局を訪れ,復職後の原告の勤務条件に係る被告らの提案等について相談をした結果,労働局の職員が,本件クリニックを訪問して,聴き取り調査を行ったこと等を契機として,被告Y2が,本件クリニックの歯科技工士らに対し,原告に対して技工指示書を渡さないように指示したことが認められる。
このような被告Y2の対応は,原告が被告らによる勤務条件の変更の提案を受け入れなかったことや,労働局に相談したことに対する制裁的な意味合いを有するものであったと評価することができる。また,本件クリニックにおける従前と同様の勤務条件での勤務を希望する原告にとっては,第一子の育休を取得したことや第二子を妊娠したことにより,本件クリニックで従事できる業務がなくなったと認識させかねない出来事であったと考えられるから,原告に対しては相当程度の精神的負荷を生じさせるものといえる

⑶ 本件懲戒処分について

被告Y2は,原告に対して,本件懲戒処分についての説明を行うに際し,本件クリニックの4名の従業員らを立ち会わせた(認定事実(26))ところ,その理由について,被告Y2は,本件クリニックに勤務する社会保険労務士や被告ら訴訟代理人から,証人を立てておいたほうがよいとの助言を受けたなどと説明する(被告Y2本人)。しかしながら,前記2で説示したとおり,そもそも本件懲戒処分が無効であり,原告からすれば謂れのないものであったことに加えて,本件懲戒処分についての説明の際,本件クリニックの従業員らを証人としたことによって,原告と被告らとの間の紛争の存在及びその内容が本件クリニックの従業員らにも明確に伝わる可能性が高まったことからすれば,本件懲戒処分に係る一連の被告らの対応によって,原告が相当程度の精神的負荷を受けたものというべきである。

⑷ 朝礼における被告Y2及び被告Y1の訓示について

ア 前提事実及び認定事実に照らしても,被告Y1及び被告Y2が,本件クリニックの朝礼において,原告を名指しするなど直接的に原告に係る話題を持ち出した事実は認められない。
イ もっとも,認定事実⑷,⑾,⒁,⒂及び⒄によれば,被告Y2は,当時の原告の状況に酷似した内容のたとえ話をしており,原告の同僚らも,当該たとえ話が原告のことを指しているものだと理解できる内容であったことからすれば,原告において,被告Y2が朝礼の訓示において原告を暗に非難する内容の話をしていると考えることも無理からぬところであり,原告は,本件クリニックの他の従業員らの面前で自分自身のことを非難されていると考えることによって,強い精神的負荷を受けたものというべきである。
ウ 加えて,被告Y2が,平成27年2月27日,本件クリニックの4名の従業員らの立会いのもと,原告に対し,本件懲戒処分についての説明を行ったこと(認定事実(26))を踏まえると,同日以降は,全員ではないとはいえ,本件クリニックの従業員らにおいても,原告と被告らとの間に紛争が生じていることを認識しながら,朝礼において,被告Y1及び被告Y2の訓示を聞くようになったことがうかがわれる。
そうすると,被告Y1にその意図がなかったとしても,原告と被告らとが対立していた当時の状況を前提とすれば,原告において,本件書籍を題材とする訓示における「攻撃をしてくる人」が原告を指すと捉え,被告Y1や被告Y2が朝礼の訓示において原告を暗に非難する内容の話をしていると考えることも無理からぬところであり,原告は,本件クリニックの他の従業員らの面前で自分自身のことを非難されていると考えることによって,強い精神的負荷を受けたものというべきである
エ 以上の次第で,訓示の内容や訓示がされた時期等に鑑み,少なくとも平成27年2月16日の朝礼における被告Y2の訓示,同月27日以降の朝礼における被告Y1の訓示については,原告の本件精神疾患発症の原因として捉えられるべき事実と評価するのが相当である。

⑸ 小括

原告には,上記説示のとおり,被告らの行為によって精神的負荷を受けており,かつ,原告がもともと精神疾患を発症していなかった上,本件精神疾患を発症させるようなその余の事情が認められないことからすれば,これらの精神的負荷の積み重ねによって,原告が本件精神疾患を発症したものと優に推認することができる
以上によれば,本件精神疾患の発症には,業務起因性が認められる

4 争点3について

⑴ 被告Y1について

ア 原告は,被告Y1が,平成27年1月20日,原告に対してした「戻ってきてもらっても困る。」との発言が不法行為を構成すると主張する。
この点,被告Y1が,同日,原告に対して,「戻ってきてもらっても困る。」との発言をした事実は認められないものの,認定事実⑽のとおり,同様の趣旨の発言(「もうX’さんいなくても回っていくんですよ,十分。回っている。」など)をしていたことは認められる。
しかし,結局,原告と被告らとの間で,勤務条件についての話合いを継続する方向で,同日における話合いが終了したことからすれば,被告Y1の発言をもって,違法な発言であるとまでいうことはできない。

イ 原告は,被告Y1が,平成27年1月23日,第二子の妊娠を報告した原告に対して,「妊娠してどうするつもりなの。」,「時短には応じないと折り合いはつかないと思うよ。」,「結局,折り合わないと物別れになっちゃって裁判とかなっちゃうわけだよね。」などと発言し,これらの発言が不法行為を構成すると主張するところ,認定事実(12)のとおり,被告Y1がこれらの発言をした事実が認められる。
しかしながら,これらの被告Y1の発言の内容は,原告への配慮を欠く不適切なものであったと評価し得るものの,一方で,原告もこれらの被告Y1の発言に対し適宜反論していること,結果的には原告の勤務条件が不利益に変更されることはなかったこと(認定事実⑿,(27)イ)からすれば,これらの被告Y1の発言によって,原告が,萎縮したり,自己に不利益な勤務条件の変更を受け入れざるを得なくなったなどの事態が生じたわけではない
したがって,これらの被告Y1の発言について,不適切ではあるものの,違法であるとまで評価することはできない

ウ 原告は,平成27年2月中旬頃から被告Y1が原告を無視するようになり,この行為が不法行為を構成すると主張するが,仮に挨拶をしないなど原告を無視する行為があったとしても,これが直ちに違法な行為であると評価することはできない

エ 原告は,平成27年2月16日から同年3月17日まで間の各朝礼における被告Y1の発言が不法行為を構成すると主張する。
しかし,認定事実⒄,⒆,⒇,(22)ないし(25),(27)ないし(33),(35)ないし(37)に照らせば,被告Y1の各朝礼における訓示の内容が,原告において,自らを暗に非難する内容の話をしていると捉えたり,本件クリニックの従業員らが原告のことを指す話であると考えたりする可能性がある内容ではあるものの,他方において,直接原告を名指しするものではなく,本件書籍を取り上げ,被告Y1の感想等を交えながらその内容を紹介するにとどまるものであって,その内容自体,組織の内外において攻撃をしてくる人に対する対処法や,そのような人の特徴を述べたものとして,それなりの一般性を有するものであり,殊更に原告を対象として行われたものとまでは認め難い。
したがって,各朝礼における被告Y1の発言について,不法行為が成立するということはできない。

オ 原告は,被告Y1が,原告に対し,本件休職に際し,休職に必要な手続についての説明をせず,原告が正式な休職扱いになっているかについての連絡をしなかったこと及び復職に関する手続の説明もしなかったこと,本件休職後も社会保険料支払の請求をする一方で,産休及び育休の取得や社会保険料の免除に係る手続の案内等を一切行わなかったこと並びに出産の際に休職願が必要である旨の説明をしなかったことをもって,被告Y1に不法行為が成立すると主張する。
しかし,本件休職に関し,被告Y1の原告に対する対応が必ずしも十分であったとはいえないものの,被告Y1が,原告に対し,休職に必要な手続についての説明,原告が正式な休職扱いになっているかについての連絡及び出産の際に休職願が必要である旨の説明をそれぞれすべき個別の法的義務を負っていたとまでは認められない。また,原告が既に第一子について産休や育休を取得していることに照らせば,被告Y1が,原告に対し,第二子に関しての産休及び育休の取得や社会保険料の免除に係る手続の案内等を行うべき法的義務を負っていたとも認められない。
したがって,この点に関する原告の主張は,採用できない。

カ 以上によれば,原告が主張する被告Y1の各行為について,いずれも人格権侵害による慰謝料請求権の発生を肯認し得るまでの不法行為と評価することはできない。

⑵ 被告Y2について

ア 原告は,その妹の結婚式に出席するために本件有給休暇を取得しようとしたところ,被告Y2が,有給休暇の取得を阻止する言動に及んだ上,原告に対し「給料もらって行こうなんて浅ましい。」等の発言をしたことについて,不法行為が成立すると主張するところ,認定事実⑶のとおり,本件有給休暇の取得が不承認とされたこと及び被告Y2が「給料もらって行こうなんて浅ましいよ。」などの発言をした事実が認められる。
(ア) 有給休暇の取得について,使用者は,有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならず,例外的に請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては,他の時季にこれを与えることができるとされている(労基法39条5項)。
本件において,被告Y2は,有給休暇ではなく無給での休暇であれば原告の休暇の取得を認めるとしていること,その理由として,本件クリニックの繁忙度に関係なく,他の従業員らの士気を下げることにもなりかねないこと等を挙げている(認定事実⑶)ところ,これらの事情が,本件有給休暇の取得によって本件クリニックにおける歯科診療等の正常な運営を妨げるような事情に当たるということはできない。
したがって,被告Y2が本件有給休暇の取得を拒絶したことは,労基法が定める有給休暇制度の趣旨に反する違法なものというべきである。
(イ) 他方で,被告Y2が,本件有給休暇の取得を拒絶するに際して,「給料もらって行こうなんて浅ましいよ。」などと発言したことについては,労基法が定める有給休暇制度の趣旨に反する不適切かつ不相当なものであったとは認められるものの,上記(ア)とは別個に慰謝料の支払を命じなければならないほどの高度の違法性があるとまで認められない

イ 原告は,被告Y2による平成27年1月14日から同年2月中旬頃までの不利益な勤務条件への変更の勧奨が不法行為を構成すると主張する。
認定事実⑺ないし⑽,⑿,(27)によれば,原告は,被告らとの間で,復職後の勤務条件の変更(勤務時間の短縮及び時給の給与体系への変更)について,第一子の育休からの復職後に初めて話合いをした平成27年1月14日には,上記勤務条件の変更の提案に対して承諾しなかった(認定事実⑺)ものの,同月17日には,被告らの提案する勤務条件の詳細について記載した書面を交付すること及び今後話合いをする場を設けることを求めたこと(認定事実⑻),被告らは,原告の上記要求に基づき,同月19日に,原告に対し本件書面を交付し(認定事実⑼),同月20日に,原告との間で,復職後の勤務条件に係る再度の話合いを行ったこと(認定事実⑽)が認められる。
この点,原告が被告らの提案した復職後の勤務条件の変更について承諾していない時点において,被告Y2が本件クリニックの他の従業員らに対し原告を午後4時30分に帰宅させるよう指示したこと(認定事実⑻)や,被告Y2が,同月20日に行われた原告の勤務条件の変更に係る話合いの際,原告が本件書面記載の勤務条件に合意できない場合には,原告が退職することも含めて決めてほしいなどと発言したこと(認定事実⑽)については,説得の方法としてはいささか強引であり,不相当な面があったことは否定できない
もっとも,同月23日に行われた原告の勤務条件の変更に係る話合いまでは,原告は,勤務条件の変更について難色を示す態度をとっていたものの,話合いの最後には,再考してみるなどとして被告らによる提案を持ち帰り検討する姿勢を見せている(認定事実⑿)。また,被告Y2は,労働局の職員による調査を受けた同年2月10日以降は,原告に対して,勤務条件の変更を勧奨するなどの働きかけを行っていない。
そうすると,原告の勤務条件の変更について,上記のとおり,原告に対する説得の方法に不相当な面があったことや,原告が,平成27年1月22日,労働局を訪れ,復職後の原告の勤務条件に係る被告らの提案等について相談をしたこと(認定事実⑾)が認められるとしても,他方において,被告Y2が,一応勤務条件の変更に係る話合いの場を設け続けることに応じており,原告に対し,勤務条件の変更につき選択の余地を許さないといった程度まで強硬な説得を行ってはいないこと,労働局の職員による調査を受けた以降は,原告に対して,勤務条件の変更を勧奨するなどの働きかけを行っていないことに照らせば,原告の主張する被告Y2の行為が違法であるとまで認めることはできない。
また,勤務条件の変更の勧奨に伴う被告Y2の各発言について,その内容が適切であるとまではいえないものの,慰謝料の支払を命じなければならないほどの違法性があるとまで認められない。

ウ 原告は,被告Y2が,平成27年2月12日から同月22日までの間,原告に対して,技工指示書を渡さず,仕事を与えなかったことが不法行為を構成すると主張するところ,被告Y2が,同月13日,本件クリニックの歯科技工士らに対して,今後,原告に対して技工指示書を渡さないよう指示し,その結果として,少なくとも同日以降は,実際に原告に対し技工指示書が渡されなかった事実が認められる(認定事実⒃)。
この点,被告Y2が,上記指示に際して,原告に対し技工指示書を渡さない理由について,原告が本件株式会社の従業員であることから,法律上歯科技工士としての仕事をさせることができない旨の労働局からの指導を受けたことを挙げている(認定事実⒃)が,同月23日以降は,原告に対する技工指示書の交付が再開されたことからすれば,労働局からの指導が,原告に対する技工指示書の交付を禁止する理由であるとはにわかに信用し難い。
また,被告Y2が,本件クリニックの歯科技工士らに対し,同人としては原告との雇用関係を継続するのは難しいと思っていることをも理由として,原告に対して技工指示書を渡さないよう指示していること(認定事実⒃)からすれば,上記指示に当たり,被告Y2には,原告が退職するよう仕向けるための嫌がらせの意図があったことがうかがわれるところ,勤務条件の変更のための勧奨行為としては著しく相当性を欠くというべきである。
したがって,原告の主張する被告Y2の上記行為は,不法行為を構成する。

エ 原告は,被告Y2が,平成27年1月30日以降,原告が挨拶をしても無視するようになったことにつき,不法行為を構成すると主張するが,仮に,被告Y2がこのような行為に出たとしても,同行為につき慰謝料の支払を命じなければならないほどの違法性があると認めることはできない。

オ 原告は,被告Y2による,平成27年1月20日の朝礼における原告に対する非難やブログへの原告に対する当てつけのような記事の掲載が不法行為を構成すると主張する。
しかしながら,原告が主張するように,被告Y2が同日の朝礼において,「被告クリニックのために何ができるかよ。私が,私がじゃだめよ。」と発言したとしても,原告を名指しで非難するものではない上,本件クリニックの従業員らに対する一般的な訓示と理解することも十分可能な内容であることから,被告Y2の当該発言が違法であるとは認められない。
また,認定事実⒀のとおり,被告Y2がブログに原告の主張する内容の記事を投稿した事実は認められるものの,やはり原告を名指しするものではない上,その内容が原告に対する当てつけと評価することも困難であることから,上記ブログへの記事の投稿が違法であるとは認められない。

カ 原告は,被告Y2の平成27年2月16日から同年3月18日までの各朝礼における発言は,本件クリニックの従業員らの面前で原告の人格を否定するような言動であって,不法行為を構成すると主張する。
(ア) 被告Y2の平成27年2月16日の朝礼におけるたとえ話については,正に被告らが原告の勤務条件の変更に関する勧奨を行っている最中になされたものであり,また,その内容についても,認定事実⑷,⑾,⒁,⒂,⒄に照らし,里親については本件クリニックを,A子については原告を,B子については甲を,管理局については労働局を,それぞれ指すものと理解することは容易であり,かつ,原告の同僚らも,原告の勤務条件に関するたとえ話であると推測することが十分に可能であったというべきである。しかも,被告Y2は,たとえ話をするにとどまらず,たとえ話におけるA子の里親に対する失礼な態度について同意を求めるために,本件クリニックの従業員らに挙手までさせているところ,もはやたとえ話を用いた一般的な注意喚起や指導の域を逸脱しているというべきであって,このような被告Y2の言動は,本件クリニックの従業員らの面前で,原告の被告らに対する態度を非難する目的で,行われたというほかない。したがって,被告Y2の上記言動は,その時期,内容及び態様に照らし,著しく相当性を欠く違法なものと認められる。

(イ) 被告Y2が,平成27年2月20日及び同月21日の各朝礼において,許可された場合を除き残業することはできないこと,残業してはならない旨の業務命令を受けたにもかかわらず,業務命令を無視して残業をした従業員がいたなどの話をしたことが認められる(認定事実(21),(22))。しかし,上記当時,原告と被告らとの間で,現に原告の就業時間について問題になっており,仮に,被告Y2の上記話によって,本件クリニックの従業員らにおいて,残業することができないにもかかわらず,原告が残業をしたことを認識することができたとしても,一般的に必要のない残業を禁じること自体は合理性を欠くものでもないことからすれば,被告Y2の上記行為が直ちに不法行為に当たるということはできない。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)以外の日の各朝礼における被告Y2の訓示についても,その内容等に照らし,殊更に原告だけを対象とし,原告を非難する目的での発言とは認められないことから,直ちに不法行為に該当するとは認められない。
キ 原告は,被告Y2が原告の平成27年3月11日の病欠につき,有給休暇の取得を承認しなかった行為について,不法行為を構成すると主張する。
しかしながら,証拠(乙3)によれば,本件就業規則において,有給休暇の取得については2週間前までに所定の手続を行わなければならないとされていると認められるところ,そのような手続要件を課したとしても,有給休暇の取得を事実上不可能ならしめるものとまで評価することはできない。そうすると,原告の同日の有給休暇の取得については,本件就業規則が要求する手続要件を履践してないものであるから,被告Y2が,本件就業規則を根拠に,同有給休暇の取得を不承認としたことについて,直ちに不法行為に該当すると認めることはできない。

ク 小括
したがって,原告が主張する被告Y2の各行為のうち,本件有給休暇の取得を拒絶したこと,平成27年2月13日から同月22日までの間,原告に対して,技工指示書を渡さなかったこと及び同月16日の朝礼において,たとえ話をし,従業員らに挙手を求めたことについては,不法行為が成立するというべきである。
他方において,原告が主張する被告Y2のその余の行為については,いずれも人格権侵害による慰謝料請求権の発生を肯認し得るまでの不法行為と評価することはできない。

⑶ 被告Y3について

ア 原告は,被告Y3が,本件有給休暇の取得に関して,結婚式に行くのに給料を払うのは本件クリニックが祝い金を出すも同じという趣旨の発言をしたり,原告に対し「お前馬鹿か。」などと発言したりしたことについて,不法行為を構成すると主張する。
確かに,前記⑵で説示したとおり,本件有給休暇の取得の拒絶自体は違法であると認められるものの,被告Y3の言動は,原告に対する配慮を欠き,不適切であるとはいえ,その発言の内容等に照らし,直ちに慰謝料の支払を命じなければならないほどの違法性があるとはいえない。

イ 原告は,被告Y3が,原告に対し,平成27年1月19日に本件書面を手渡したり,同月23日に,被告Y1とともに,勤務条件の変更の提案を承諾するよう働きかけたなどの行為が,不法行為を構成すると主張する。
しかし,被告らが勤務条件の変更に対する原告の明確な拒絶の意思を認識したのは,労働局の職員による調査を受けた同年2月10日以降であると考えられるところからすれば,被告Y3の原告に対する説得の方法が,その発言の内容等に鑑みていささか強引であり,不相当な面があったことは否定できないものの,勤務条件の変更についての話合いの継続中に行われたものであることをも踏まえると,不法行為を構成する違法なものとまで認めることはできない。

ウ 原告は,原告が第二子の妊娠を報告した際に,被告Y3が「また産休やるの。」などと発言した行為が,不法行為を構成すると主張する。
確かに,原告が平成27年1月23日に被告Y1及び被告Y3に対して第二子の妊娠を伝えた際,被告Y3が「また産休やるの。」などと述べた(認定事実⑿)ところ,このような被告Y3の発言は,不適切な発言であるといわざるを得ないが,同日の協議において,最終的に,原告が被告らの提案する勤務条件の変更を再考する旨告げていること等からすれば,被告Y3の当該発言によって,原告が第二子に係る産休及び育休の取得を諦めたり,勤務条件の変更を受け入れざるを得なくなったりしたわけではない。そうすると,被告Y3の上記発言が,直ちに不法行為を構成するということはできない。

エ 原告は,被告Y3が,平成27年2月中旬頃以降,原告が挨拶をしても無視するようになったことにつき,不法行為を構成すると主張するが,仮に,被告Y3がこのような行為に出たとしても,同行為につき慰謝料の支払を命じなければならないほどの違法性があるとまで認めることはできない。

オ 原告は,被告Y3が,平成27年2月16日,原告に対し,同日を含む4日間については,午後4時30分までの勤務とするよう指示した行為について,不法行為を構成すると主張する。しかし,このような被告Y3の指示自体について,慰謝料の支払を命じなければならないほどの違法性があるとまで認めることはできない。

カ 以上によれば,原告が主張する被告Y3の各行為について,いずれも人格権侵害による慰謝料請求権の発生を肯認し得るまでの不法行為と評価することはできない。

⑷ 共同不法行為及び使用者責任の成否について

ア 被告Y3について

(ア) 前記⑵で説示したとおり,被告Y2が本件有給休暇の取得を拒絶したことについて不法行為が成立するものの,本件有給休暇の不承認の決定をしたのは被告Y2であり(認定事実⑶),被告Y2と被告Y3とが本件有給休暇の取得の不承認の決定を共同して行ったことを認めるに足りる証拠はないから,本件有給休暇の取得の拒絶に関し,被告Y2と被告Y3の共同不法行為が成立するとは認められない。
(イ) 前記⑵で説示したとおり,被告Y2が,平成27年2月13日から同月22日までの間,原告に対し,技工指示書を渡さなかった行為について不法行為が成立するものの,被告Y2と被告Y3とが同行為を共同して行ったことを認めるに足りる証拠はないから,原告に対し,技工指示書を渡さなかった行為について,被告Y2と被告Y3の共同不法行為が成立するとは認められない。
(ウ) 前記⑵で説示したとおり,被告Y2が,平成27年2月16日の朝礼において,たとえ話をし,従業員らに挙手を求めた行為について不法行為が成立するものの,被告Y2と被告Y3とが同行為を共同して行ったことを認めるに足りる証拠はないから,被告Y2と被告Y3の共同不法行為が成立するとは認められない。

イ 被告Y1について

(ア) 前記⑵で説示したとおり,被告Y2が本件有給休暇の取得を拒絶したことについて不法行為が成立するところ,本件有給休暇の取得に係る有給休暇願の宛先は被告Y1とされていること(認定事実⑶)に照らせば,本件有給休暇の取得の不承認に関する最終的な決定権者は本件クリニックの院長である被告Y1であると推認できるのであって,被告Y2と被告Y1とが本件有給休暇の取得の拒絶につき共同して行ったものと認められるから,被告Y1と被告Y2の共同不法行為が成立する。
(イ) 前記⑵で説示したとおり,被告Y2が,平成27年2月13日から同月22日までの間,原告に対し,技工指示書を渡さなかった行為について不法行為が成立するところ,被告Y2の上記行為については,被告Y1もその旨の指示を出していたと認められる(認定事実⒃)ことからすれば,被告Y2の同行為につき被告Y1が共同して行ったものと認められ,被告Y1につき共同不法行為が成立する。
(ウ) 前記⑵で説示したとおり,被告Y2が,平成27年2月16日の朝礼において,たとえ話をし,従業員らに挙手を求めた行為について不法行為が成立するところ,本件全証拠を通覧しても,被告Y2と被告Y1とが,事前に朝礼における訓示の内容等について打合せ等を行ったと認めるには足りないことに照らし,被告Y2が独断で上記たとえ話をするなどしたと認められることから,被告Y1と被告Y2の共同不法行為が成立するとは認められない。
もっとも,本件クリニックにおける朝礼は,従業員らが全員参加するものであることに照らし,業務の一環と位置付けられていると評価できるから,被告Y2の上記行為につき,本件クリニックの院長である被告Y1は,民法715条に基づき,使用者責任を負うというべきである(なお,被告Y2の原告に対する損害賠償債務と被告Y1の原告に対する損害賠償債務は,不真正連帯債務となる。)。

5 争点4(本件懲戒処分の違法性)について

前記2で説示したとおり,本件懲戒処分は,無効であるというべきである。
そして,前記2で説示したところによれば,事案1については,本件就業規則39条1項4号所定の懲戒事由の不存在について,被告Y1に少なくとも過失が認められる。また,事案2については,認定事実⑸及び⑹に照らし,本件クリニックの院長である被告Y1が原告の復職時期を知らないとは考えられないことから,本件就業規則39条1項1号所定の懲戒事由の不存在について,被告Y1に少なくとも過失が認められる。
よって,被告Y1が行った本件懲戒処分は違法であり,不法行為を構成するというべきである。

6 争点5(本件退職扱いの違法性)について

本件退職扱いは,後記7⑴イで説示するとおり,原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって,無効であるといわざるを得ないことに加え,認定事実(48)ないし(50)のとおり,被告Y1は,原告の退職日について,平成27年8月26日とする予定であるとしたり,休職期間が満了した同年9月16日であるとしたり,あるいは雇用保険被保険者資格喪失届上では同年8月30日としたりと,その取扱いには一貫性が認められない。雇用関係の終了は,使用者にとっても労働者にとっても重要な局面であることからすれば,このような一貫性のない曖昧な取扱いによって,原告を一般退職扱いとすること自体,相当性を著しく欠くものである。
また,被告Y1は,原告の退職は休職期間満了による一般退職扱いであるとしているものの,その当時における原告の傷病の状況を照会することもなかったことからすれば,当時の原告の休職事由該当性の有無について特段の検討もしないまま,一般退職扱いとしたものであって,この点からしても被告Y1の対応は相当性を欠くものである。
確かに,原告は,同年7月16日までを休職期間とする休職届しか提出していない(認定事実(41))ものの,他方で,同月13日には,被告Y1に対し,第二子を出産したことを連絡するとともに,育児休業中の社会保険料の免除の手続を行うことを依頼していることからすれば(認定事実(43)),被告Y1としても,休職の理由については格別,原告が正当な理由により休職をすべき状況にあることを認識することができたのであるから,原告が休職届を提出していないことをもって原告に不利益に評価すべき理由はない。
したがって,被告Y1が行った本件退職扱いは違法であり,不法行為を構成するというべきである。

7 争点6(損害)について

⑴ 労働契約に基づく未払賃金請求について

ア 前記2で説示したとおり,本件懲戒処分が無効である以上,無効な本件懲戒処分を理由として控除された7520円及び精勤手当1万2000円の合計1万9520円(別紙1「業務期間」欄「平成27年1月11日から同年2月10日まで」の「支払額」欄記載の1万9520円)は,未払賃金であると認められる。

イ 前記3で説示したとおり,本件精神疾患の発症には,業務起因性が認められるところ,本件退職扱いは,原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって,無効であるといわざるを得ない(労基法19条1項類推適用)。また,使用者たる被告Y1の責に帰すべき事由によって,労働者たる原告が債務の履行として労務を提供することができなくなった以上,原告は労働契約に基づく賃金支払請求権を失わない。
もっとも,原告は,平成27年6月19日に第二子を,平成29年7月11日に第三子を,それぞれ出産している(前提事実⑺,⑼)ところ,第二子の出産前にも産休及び育休の取得を希望し(認定事実⑿),育休中の社会保険料の免除も申請しようとしていたこと(認定事実(43))からすれば,第一子の出産時と同様,少なくとも出産日の2週間前から産休の取得を予定し(認定事実⑵,⑷),出産後1年間については育休を取得していたものと考えられるから(第二子につき平成27年6月6日から産休を開始,平成28年6月20日に復職。第三子につき平成29年6月28日から産休を開始,平成30年7月12日に復職。),当該期間については,賃金支払請求権は発生しない(本件就業規則20条2項,22条2項)。
したがって,原告は,被告Y1に対し,平成27年3月18日から同年6月5日までの期間(ただし,原告は,平成27年3月支払分(同月10日締め)の給与として20万5156円の,同年4月支払分(同月10日締め)の給与として3万8461円の各支払を受けたことを自認しているところ,被告らも明確にこれを争っていないことに照らせば,これらの賃金は既払いであると認めることができる。),平成28年6月20日から平成29年6月27日までの期間及び平成30年7月12日以降について,労働契約に基づく賃金支払請求権を有しているというべきであるところ,別紙1「業務期間」欄「平成27年2月11日から同年3月10日まで」ないし「平成29年6月11日から同年6月27日まで17日間の日割計算(1か月30日計算)」の各「支払額」欄記載の金員の合計326万8354円と,平成30年7月12日以降について,毎月末日限り,月額21万8000円の割合による金員の支払を請求することができる。

ウ 原告は,第二子及び第三子の産休及び育休期間中について,前記第2の3⑶(原告の主張)記載の被告らの一連の不法行為によって,本件精神疾患を発症したことから,原告の家事労働に係る労働能力が喪失したとして,当該期間中については,不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,月額21万8000円の支払を求めている。
しかし,前記4,5及び6で説示したとおり,被告らの不法行為に該当するのは,被告Y1及び被告Y2が本件有給休暇の取得を拒絶したこと,被告Y1及び被告Y2が平成27年2月13日から同月22日までの間,原告に対して,技工指示書を渡さなかったこと,被告Y2が同月16日の朝礼において,たとえ話をし,従業員らに挙手を求めたこと,被告Y1による同月27日の本件懲戒処分と本件退職扱いである。確かに,これらの不法行為の悪質性は,必ずしも低いとはいえないものの,原告が本件精神疾患を発症したのは,前記3,4で説示したとおり,不法行為には該当しないものを含む被告らの言動による精神的負荷の積み重ねに起因するものであることから,上記不法行為のみによって,直ちに原告の家事労働に係る労働能力が低下又は喪失したとまでは認められないというべきである。したがって,原告が主張する休業損害は,上記不法行為と相当因果関係がある損害とは認め難い。
以上によれば,この点についての原告の主張は認められない。

⑵ 本件懲戒処分及び本件退職扱いに基づく損害(慰謝料)について

ア 前記5で説示したとおり,被告Y1が行った本件懲戒処分は違法であるところ,前記⑴で説示したとおり,無効な本件懲戒処分を理由として減給された賃金の支払請求が認められることによって,その損害は回復されたものというべきである。したがって,本件懲戒処分が違法であること自体による慰謝料の支払請求は認められない。

イ 前記6で説示したとおり,被告Y1が行った本件退職扱いは違法である上,社会的相当性を著しく欠いているところ,本件退職扱いによって突然失職した原告には相応の精神的苦痛が生じたことが認められる。そうすると,本件退職扱いに係る慰謝料としては100万円が相当である。また,本件事案の難易度,訴訟遂行の経過,認容額等本件における諸般の事情を考慮すれば,弁護士費用は10万円とするのが相当である。

⑶ 被告Y1及び被告Y2の不法行為に基づく損害(慰謝料)について

前記4で説示したとおり,被告Y1及び被告Y2による本件有給休暇の取得の拒絶及び原告に対する技工指示書の不交付並びに被告Y2による平成27年2月16日の朝礼におけるたとえ話については,不法行為に該当するところ,これらによって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては50万円が相当である。また,本件事案の難易度,訴訟遂行の経過,認容額等本件における諸般の事情を考慮すれば,弁護士費用は5万円とするのが相当である。

⑷ 治療費について

原告の本件精神疾患等に係る治療費12万9580円については,上記⑴ウで説示したところと同様に,被告らの不法行為のみによって,原告が本件精神疾患を発症したとまでは認められないことから,同不法行為と相当因果関係がある損害とは認められない。

第4 結論

以上の次第で,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるからその限度で認容し,原告のその余の請求は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

労働問題に関する相談受付中

営業時間:平日(月曜日~金曜日)10:00~18:00 /土日祝日は休業