クルーガーグループ事件

クルーガーグループ事件(東京地方裁判所平成30年3月16日判決)

固定残業代の有効性が争われた事案において,(ⅰ)みなし残業代の支給額が営業成績により減額されており、残業代だけでなく、営業手当としての趣旨も含まれていたと認められること、(ⅱ)支給額と残業時間数の対応関係が明確でないこと、(ⅲ)超過した残業代の精算が適切に行われていなかったことから,固定残業代は無効であると判断された例

1 事案の概要

本件は、Yに雇用されていたXが、Yに対し、時間外勤務手当等を請求した事案である。Yは,(1)Yは支店長であったので管理監督者であったこと,(2)Xにはみなし残業代として5万円が毎月支払われていたことを抗弁として主張した。

2 クルーガーグループ事件判例のポイント

2.1 結論

(1) 管理監督者性 否定

(2) みなし残業代の有効性 否定

2.2 理由

1 管理監督者該当性

①原告は、C支店の支店長であったが,その権限について,C支店の従業員のシフト表の作成、副主任以下の降格、C支店従業員の査定、C支店の営業成績の管理、外勤従業員の管理等、業務内容、権限及び責任の重要性は一定程度認められるが、他方で、同権限は従業員10乃至15名のC支店内に限られており、支店間の人事異動、部下である主任・統括マネージャーの人事権、採用等の権限があったとはいえず、さらに原告が参加を認められていた支店長会議が経営上の決定がなされるものではなかったことに照らすと、権限、責任は限定的なものであった
また、②所定始業時間に遅刻したときは、遅刻分が控除され、業務内容としても、毎日定時に会社にメールで報告する業務等が存在し、さらに、C支店長になった時期から残業時間が倍になっていること等に照らすと、原告は労働時間を管理されており、かつ労働時間の裁量性は低かったというべきである。
③C支店長になったことで、1か月あたり5万円程度の賃金の増加があったが、賃金台帳から1か月あたりの残業時間が約56時間増加していること等から、賃金等の待遇は管理監督者にふさわしいものとは認められない
以上、①乃至③より管理監督者に該当するとは認められない。

2 みなし残業手当について

みなし残業代が弁済としての効力を有するためには、労働契約における基本給等の定めにつき、①通常の労働時間の賃金に当たる部分とみなし残業代に当たる部分とを判別することができること(明確区分性)が必要であり、かつ、②みなし残業代に当たる部分がそれに対応する労働の対価としての実質を有すること(対価性)が必要と解される。
そして、(ⅰ)みなし残業代の支給額が営業成績により減額されており、残業代だけでなく、営業手当としての趣旨も含まれていたと認められること、(ⅱ)支給額と残業時間数の対応関係が明確でないこと、(ⅲ)超過した残業代の精算が適切に行われていなかったこと等から、明確区分性、対価性を有しない

3 クルーガーグループ事件の関連情報

3.1判決情報

裁判官:佐久間 隆

掲載誌:労働経済判例速報2357号3頁

3.2 関連裁判例

  • テックジャパン事件(最高裁一小判平24.3.8 労判1060号5頁)
  • アクティリンク事件(東京地判平24.8.24 労判1058号5頁)
  • ザ・ウインザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高判平24.10.19 労判1064号37頁)
  • イーライフ事件(東京地判平25.2.28 労判1074号47頁)
  • 泉レストラン事件(東京地判平26.8.26 労判1103号86頁)
  • マーケティングインフォメーションコミュニティ事件(東京高判平26.11.26 労判1110号46頁)

3.3 参考記事

固定残業代の有効性のポイント

主文

1 被告は,原告に対し,7万0908円及びうち4万円に対する平成28年12月24日から,うち3万0908円に対する平成29年1月26日から,各支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員をそれぞれ支払え。
2 被告は,原告に対し,903万5125円に対する平成29年12月22日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,624万1194円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを30分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
6 この判決は,第1項及び第2項に限り,彼に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

1 主文第1項に同旨
2 被告は,原告に対し,932万0162円に対する平成29年12月22日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,624万5154円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等

本件は,被告に雇用されていた原告が,被告に対し,所定時間外労働等をしていた,有給休暇取得時の住宅手当及び家族手当が支払われていない,福利厚生及び家賃控除として控除されているものがあるとして,未払賃金,遅延損害金及び付加金を請求する事案である。

1 前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

⑴ 当事者

ア 被告は,日本放送協会との業務委託契約に基づく放送受信契約収納取次等の業務を行う株式会社である。
イ 原告は,平成21年8月頃,被告に入社し,平成28年12月23日をもって退職した者である。

⑵ 原告と被告との労働契約

ア 原告と被告は,原告を労働者,被告を使用者とする次の内容の労働契約を締結した。
(ア)仕事内容  NHK受信料回収業務
(イ)賃金    (月によって定められた賃金)基本給15万円,営業手当4万8000円
(出来高払制の賃金)歩合給,業績給
(ウ)所定時間  7時間40分(休憩1時間20分)
(エ)始業・終業 スケジュールにより決定
(オ)年間休日数 108日以上
(カ)支払日   末日締め翌月25日払(休日の場合その前日払)
イ 原告は,平成26年10月1日から退職した平成28年12月23日まで,C支店支店長であった。
ウ 月によって定められた賃金は別紙1未払賃金集計表1,歩合給及び業績給の額は別紙2未払賃金集計表2のとおりである。被告は,平成28年3月1日に給与規定を改定した(甲10。以下,この改定前の給与制度を「旧制度」,改定後の給与制度を「新制度」という。)。
エ 被告は,従業員の労働時間を静脈認証方式のタイムカードで管理していた。

⑶ 原告は,平成29年3月10日,本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著である。)。

⑷ 原告は,同年12月12日,被告に対し,未払賃金に対する遅延損害金を直ちに支払うよう催告し,被告が支払わない場合には同月21日に未払遅延損害金を元本に組み入れる意思を表示した(甲23の1及び2)。

2 争点及び争点に関する当事者の主張

⑴ 管理監督者(争点⑴)

(被告)

ア 原告は管理監督者に該当する。被告は子会社を含むグループ会社全体で社員約200名,アルバイト約30名が在籍し,被告単体でも約200名の従業員がいた。原告は,従業員のうち各地方を統括するブロック長5名に次ぐ支店長の地位にあり,ブロック長及び支店長の合計人数は11名である。
イ 経営方針の決定に参画し,あるいは労務管理に関する指揮命令権を有するなど経営者と一体的な立場にあること
(ア)支店長であった原告は,支店の従業員の勤怠管理を行い,毎月月末には翌月のシフト表を作成し,従業員の査定も毎月行い,査定書を作成して本社に提出していた。実際に受信者宅を訪問する従業員に対し,育成・指導を行い,外回りに出た従業員の携帯に電話をして指示を出していた。
(イ)原告は,C支店全体の営業成績,従業員の勤務時間などの管理を行い,人員配置・受信者宅の訪問件数,成約率などの目標を設定した見積書を作成し提出していた。
(ウ)原告は,d(以下「d」という。)ブロック長と相談しながら支店全体の営業成績の目標を設定した。そして,毎月月初に取締役,ブロック長及び支店長が本社に集まり,全体朝礼及び支店長会議に出席し,各支店の今後の見通しや業務改善策,重点目標,人員の移動・補充の必要性などが話し合われていた。原告も全体朝礼において人員補充のための求人の要望を出したり,支店長会議において発言をしていた。
(エ)原告は,C支店の副主任2名をグループリーダーに降格したが,これを決めたのは原告であり,人事権を有していた。
ウ 出退勤について厳格な規制を受けずに自己の勤務時間について自由裁量を有する地位にあること
(ア)被告は,外出する従業員に出退勤の他,外出時及び帰社時にも打刻(静脈による認証)を義務付けている。直行・直帰は原則認めていない。打刻忘れについては後日キーボード入力で編集されるが,C支店において勤怠データを編集する権限を有するのは支店長である原告のみである。遅刻した場合には給与の計算ソフト上自動的に遅刻控除がなされる。休日出勤には上司の許可が必要である。
(イ)原告は,NHK西東京営業センターや支店長会議の行われる被告本社へ外出することも多く,その場合に直行をしているが,上司であるブロック長の許可を得ているわけではない。
(ウ)原告のタイムカードには打刻忘れが多く,頻繁に編集がなされている。打刻忘れが多いと,一般の従業員であれば口頭による注意にとどまらず文書によるけん責の対象となるが,原告はこの対象となっていない。原告のタイムカードの編集につき上司であるブロック長の許可を受けていた事実はない。始業時間後の打刻は自動的に遅刻扱いとなり遅刻控除がなされるため,始業時間後に出社した場合はわざと打刻しないで適当な時間を入力していたものと思われる。原告の主張によっても月の直行は4回にすぎないが,原告の編集は月4回にとどまらず,退社時刻の打刻漏れも多い。
(エ)原告が深夜に至る時間まで支店にいたことは事実だが,在社している間に自由に休憩を取っていた。
(オ)原告は休日出勤も多いが,上司であるブロック長に事前に休日出勤の許可を取っていた事実はない。
エ 賃金体系を中心とした処遇が,一般の従業員と比較して,その地位と職責にふさわしい厚遇といえること
(ア)平成26年10月分から平成28年2月分まで,支店長であった原告は,基本給のほか,役職手当として月額4万円を支給されていた。また,被告ではNHKから貸与されたナビタンという営業用携帯端末及び現金(受信料)の管理のため,管理職のうち1人は外回りの従業員が全員帰社するまで待っていなければならないという事情があり,管理職にもみなし残業代月額5万円を支給していた。このほか,支店長である原告は,業績給として月額4万円から20万円を,貢献給として2か月に1回1万6000円,報奨金として年2回16万8000円から23万1000円,特別手当として年2回12万円から32万円を,特別歩合として年2回14万円から20万円を支給されており,これらの合計は平成27年は373万0500円,月額に平均すると31万0875円であった。
(イ)給与規定改定後の平成28年3月分から同年10月分までは,みなし残業代の支給を止めたため,役職手当が10万5000円と大幅に増額された。また,給与改定に伴い手取り額が減少しないように住宅手当の制度を新設し,原告は月額3万円支給されている。さらに,業績給として月額3万3868円から3万8355円が,貢献給として2か月に1回1万6000円,報奨金が年2回24万4074円から29万2890円,特別手当として年2回4万円が支給されており,これらの合計は8か月で200万6681円,月額に平均すると25万0835円となる。給与規定改定前より減額したのは,C支店の業績が不振であり年間一時金が支給されなかったためである。
(ウ)被告の職能グレード制は28段階であるが,原告より上位のグレードを有するのは3人のブロック長及びe支店長の4名のみであり,一番高いグレードでも原告より2段階上のC6〈2〉にすぎない。

(原告)

ア 原告は管理監督者には当たらない。
イ 経営方針の決定に参画し,あるいは労務管理に関する指揮命令権を有するなど経営者と一体的な立場にあることについての反論
(ア)原告が統括マネージャー,副主任の査定を行い査定書を作成していたことは認めるが,原告の査定はブロック長が行っていた。原告に副主任を降格する権限があったことは認めるが,部下である統括マネージャーを降格させる権限はなく,人事権は限定されていた。原告には支店間の異動を命じる権限はなかった。fの異動を原告が認めなかったかのような報告書(乙8)については,C支店の人員が減るのを避けようとしたことと,原告自身には権限がなかったことから,異動は難しいと答えたにすぎない。
(イ)原告はC支店の従業員のシフト表を作成したが,個々の従業員の実労働時間の管理は本社人事部で一括して行われていた。原告は部下に残業指示を行っておらず,行っていたのは休日の調整だけである。
(ウ)被告においては,NHKから毎月の回収件数の目標が提示されるので,毎月中旬,本社においてg取締役,h(以下「h」という。)取締役,関東東ブロック長,関東中央ブロック長,関東西ブロック長が参加する会議を開き,支店ごとの目標を設定し,支店間の応援を決めていた。原告は,dブロック長からC支店の目標の指示を受け,支店のメンバーの日々の回収件数の集計を行っていた。原告は,毎日定時(午後1時,午後3時,午後5時,午後7時,午後9時から午後10時)にC支店のメンバーから回収実績をメールで報告を受け,これをdブロック長及び支店のメンバー全員にメールで報告し,午後11時前後には役員,全国のブロック長及び支店長へC支店全体の最終結果,進捗をメールで報告していた。
(エ)被告において毎月月初に全体朝礼が開催され,代表取締役,取締役,関東のブロック長及び支店長が出席していた。また,全体朝礼のあと,g取締役から号令があれば支店長会議が行われていた。しかし,これらは前月の業績や当月の抱負の報告,g取締役から一方的に会社の現状,方向性,行事予定が報告されるといったもので,経営判断を行う場ではない。全体朝礼には一般職の従業員やアルバイト従業員も参加していた。
ウ 出退勤について厳格な規制を受けずに自己の勤務時間について自由裁量を有する地位にあることについての反論
(ア)原告が打刻忘れをしたことやその再編集をしていたことは認めるが,打刻忘れが非常に多いということはない。原告は10日ごとのNHK西東京営業センターへの直行,毎月本社で行われる全体朝礼への直行をしており,打刻ができないため出勤時間を編集していた。始業時間後に出社した場合に打刻忘れとして適当な時間を入力していたことはなく,遅刻を正直に申告していた。これにより欠勤控除も行われた。
(イ)原告が在社している時間に自由に休憩を取っていたことはなく,NHKや受信者からC支店にかかってくる電話の対応を行っていた。
(ウ)原告は事前に休日出勤の許可を取っていないが,被告はタイムカードから原告の休日出勤を認識しつつ黙認していた。
エ 賃金体系を中心とした処遇が,一般の従業員と比較して,その地位と職責にふさわしい厚遇といえることについての反論
(ア)みなし残業代の名目で5万円が支給されていたことは認めるが,みなし残業代は無効である。
(イ)被告は職能グレード制を採用し,該当するグレードに応じて賃金が決まっていた。職能グレードは最下位のメンバーから最上位のC9まで10ランクに分けられ,Cランク内はさらに最下位の〈3〉から最上位の〈1〉まで3グレードに分けられており,職能グレードは28グレードに区分されている。原告はC5の〈1〉というグレードであり,28グレード中下から16番目,上から13番目という中間よりやや上の待遇にすぎない。
(ウ)原告はC支店支店長に就任する前は本社で主任をしていたが,主任から支店長になって役職手当が2万円増額されただけである。

⑵ みなし残業代の有効性(争点⑵)

(被告)

被告は,旧制度においてみなし残業代として月5万円を支払っており,これを基礎賃金から除き,弁済があったものとして計算すべきである。

(原告)

ア 被告のみなし残業代はいわゆる固定残業代であるが,固定残業代の有効要件としては,明確区分性に加え,実質的に固定残業代の全部が時間外労働の対価としての性格を有していること,固定残業代が想定する時間外労働時間数に対する対価として労基法所定の計算方法により算出される割増賃金を下回らないこと,固定残業代の額を上回る時間外労働をしたときは差額を精算する合意が存在し,精算が実施される取扱いが確立していることが必要である。
イ これに対し,被告のみなし残業代5万円は,5万円のうちどの部分が法内残業に対する対価であるのか,法定時間外労働に対する対価であるのか明確に区分されていない。
ウ 原告が入社した時点ではみなし残業代はなく,営業手当4万8000円が毎月支給されており,これは時間外労働とは関係なく,欠勤がない者に支給され,かつ,営業成績により不支給となることもある手当であった。被告は,平成25年1月支給の賃金から営業手当を深夜・残業手当の名目で支給するようになり,同年4月支給の賃金から基本給を6000円減額し,みなし残業代5万円を支給するようになった。賃金総額を変えずに固定残業代を導入するのは不利益変更として無効であり,この経緯からすると被告のみなし残業代は営業手当に基本給の一部を組み入れたものにすぎず,時間外労働の対価としての実質を有するものではない。また,新制度においても,営業成績が規定のポイントを超えない場合はみなし残業手当を2万円とするという規定があり,引き続き営業手当の性質を有している。
エ みなし残業代が導入された平成25年4月の原告の賃金は基本給20万円,役職手当2万円であり,これを基準に32.8時間分の時間外労働に対する対価を計算すると5万4909円となる。これだけでもみなし残業代5万円を上回る上,これに貢献給,平成26年11月支給分以降2万円増額の役職手当,出来高払の賃金に対する割増賃金を考慮すれば,みなし残業代は32.8時間分の時間外労働に対する対価を下回る。
オ 被告は,原告が主任の時期,C支店長となってからの時期を通じ,32.8時間を超える時間外労働をしていることを認識しながら,みなし残業代5万円を超える時間外割増賃金を支給しておらず,精算合意やその取扱いの確立はなかった。

⑶ 未払の手当等(争点(3))

(原告)

ア 原告は,平成28年10月,同年11月から同年12月23日までの全労働日を有給休暇とする時期指定を行った。被告は,この期間に係る住宅手当及び家族手当を支給していない。
イ 被告は,平成28年10月31日締めの賃金(同年11月分)まで,原告の賃金から福利厚生の名目で毎月3000円ずつ控除してきた。
ウ 被告は,平成28年5月31日締めの賃金(同年6月分)から同年10月31日締めの賃金(同年11月分)まで,原告の賃金から家賃控除の名目で毎月控除してきた。このうち8万円については不服はないが,これを超えるものは支払われるべきである。新制度における住宅手当は旧制度において家賃補助を受けていた従業員にも受けていない従業員にも支給されるようになったので,住宅手当は家賃補助の代替措置と評価することはできず,新制度の家賃補助削減は労働条件の不利益変更として無効である。
エ これらをまとめると,別紙3未払賃金集計表3のとおりである。

(被告)

ア 原告が主張する期間について,住宅手当,家族手当,福利厚生,家賃控除それぞれの支払をしていないことは認める。
イ 平成28年3月から家賃控除を行ったのは,それまでは借上社宅12万0756円のうち4万0756円を補助し,その余の8万円を家賃として毎月の給与から控除していたものを,給与改定により家賃補助及びみなし残業代の制度を廃止し,代替措置として役職手当を4万円から10万5000円(従前の役職手当4万円+従前のみなし残業代5万円+住宅手当不足分の補填1万円+総合職による5000円アップ)とし,かつ住宅手当3万円を支給することとしたものである。制度変更は有効であるから,家賃控除を支払う必要はない。

⑷ 未払賃金の額(争点⑷)

(原告)

ア 原告が行った時間外労働は別紙4労働時間集計表のとおりである。原告は労働時間を少なく見せかけるために,退勤の静脈認証を修正して静脈認証よりも早い時刻を入力していたので,編集前のタイムカードと確定後のタイムカードを比較して遅い時間が原告の終業時刻である。
イ 住宅手当は従業員のグレードによって段階的に定められているが,住宅に要する費用に応じて支払われる賃金ではなく,除外賃金に該当しない。
ウ 未払賃金を計算すると,月によって定められた賃金を基礎に算出されるものは別紙1未払賃金集計表1,出来高払制の賃金を基礎に算出されるものは別紙2未払賃金集計表2のとおりである。未払の手当等は別紙3未払賃金集計表3のとおりである。
エ 原告は,平成29年12月12日,被告に対し,未払賃金に対する遅延損害金を直ちに支払うよう催告し,被告が支払わない場合には同年12月21日に未払遅延損害金を元本に組み入れる意思を表示した。原告は,平成26年10月分から平成28年10月分までの未払賃金にかかる遅延損害金を元本に組み入れた。組み入れ後の元本は別紙5遅延損害金組入表のとおり932万0162円である。
オ よって,原告は,被告に対し,939万1070円及びうち4万円に対する平成28年12月24日から、うち3万0908円に対する平成29年1月26日から,うち932万0162円に対する平成29年12月22日から,各支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(被告)

基礎賃金にみなし残業代,住宅手当は含まれない。住宅手当は従業員のグレードによって段階的に定められており,一定額を支給するものではない。

⑸ 付加金(争点⑸)

(原告)

割増賃金不払の事実のみでも付加金の支払が命じられるべきである。

(被告)

原告は管理監督者であり被告が支払うべき未払賃金は存在しないので付加金も発生しない。

第3 当裁判所の判断

1 認定事実

前提事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

⑴ 被告の就業規則,給与規定の改定経緯等

ア 平成19年4月1日施行,平成21年4月1日改定の就業規則では,営業手当は,外勤業務につく者に対して支給するものとし,みなし残業代を含む月額4万8000円を支給すること,みなし残業時間は東京月間37時間(仙台月間40時間,北海道月間42時間)残業したものとみなすこと,みなし残業時間を超えた場合にはその超えた分につき別途割増賃金を支給することとしている。(乙4,5)
イ 平成21年8月1日付け東京3部署給与規定には,営業手当として4万8000円が定められており,「規定の勤務日数を出勤した者に対し支給するものとする。但し,営業成績が著しく悪い場合や精勤義務を怠るものには支給しない場合もある。」と定められている。住宅手当についての定めはない。営業手当及び住宅手当について,平成22年4月1日付け東京3部署給与規定,平成23年5月1日付け本社給与規定及び平成24年4月1日付け本社給与規定も同一内容となっている。(甲13から16まで)
ウ 平成25年4月1日付け本社給与規定には,それまでの営業手当4万8000円がなくなり,みなし残業代として5万円を支給する規定が追加された。みなし残業代について,出勤日数が欠勤によりその月の所定労働日数に満たなかった場合には,出勤日数に応じてみなし残業代が4段階(0円(出勤日数0日),2万5000円(出勤日数1日から11日。16.4時間分),3万7500円(出勤日数12日から16日。24.6時間分),5万円(出勤日数17日以上。32.8時間分))に変動すること,営業成績が規定のポイントを超えない場合には,みなし残業代の金額を2万円(13.1時間)とすること,減額されたみなし残業代が支払われる者についても,そのみなされる残業時間を超えて残業する場合には,別途割増賃金を支給することが定められている。給与をまとめた表(表1)においては,みなし残業代の記載はなく,深夜残業として正社員の欄に5万円,研修社員の欄に0円の記載がある。また,これ以前には給与規定に定めのなかった住宅手当を支給するという規定が追加された。住宅手当は,会社の命により転居を伴う異動をした場合などに支給すると定められており,給与をまとめた表(表1)には「規程通り」と記載され,具体額の記載はない。みなし残業代及び住宅手当について,同年5月1日付け本社給与規定及び同年12月1日付けC支店給与規定(以下,平成25年4月1日付け本社給与規定と併せ「平成25年4月1日付け本社給与規定等」という。)も同一内容となっている。(甲17から19まで)
エ 平成26年4月1日付けC支店給与規定は,みなし残業代について平成25年4月1日付け本社給与規定等と同一内容となっているが,住宅手当についての定めはない。(甲9)
オ 平成27年6月1日付け関東西ブロック給与規定は,みなし残業代について平成25年4月1日付け本社給与規定等と同一内容となっているが,住宅手当について,「当該管理職に対しては会社の規定に従い支給するものとする。」と変更され,給与をまとめた表(表1)には「規程通り」と記載され,具体額の記載はない。みなし残業代及び住宅手当について,平成28年3月1日付け関東西ブロック給与規定(新制度)及び平成28年9月1日付け関東西ブロック給与規定も同一内容となっている。(甲10,20,21)
カ 平成28年6月24日施行のC支店就業規則は,割増賃金について,「割増賃金には外勤業務従事者のみなし残業代5万円を含むものとし,みなすこととする残業の時間は,首都圏32.8時間,仙台36.5時間,北海道38.6時間とする」と定めるほか,出勤日数等により減額されることを定めている。また,住宅手当について,会社の命により転居を伴う異動をした場合に支給することを定めている。(甲8)

⑵ 原告の労働条件等

ア 被告は職能グレード制度を採用しており,最下位のメンバーから最上位のC9まで10ランクに分けられ,Cランク内はさらに最下位の〈3〉から最上位の〈1〉まで3グレードに分かれており,28グレードに区分されている。原告は,C5の〈1〉に位置付けられていた。これは28グレードの上から13番目となるが,従業員の中で最上位のグレードは原告のグレードよりも2つ上となるC6〈2〉の関東東ブロック長1名であり,原告のグレードよりも上の従業員はブロック長3名及び支店長1名の合計4名のみであった。(甲10,乙2)
イ 被告における職位は,低い順に社員,リーダー,副主任,主任又は統括マネージャー,支店長,ブロック長となっている。被告は従来主任以上を管理監督者として扱っていたが,労基署の指導を受けてからは支店長以上を管理監督者として扱っている。(証人h)
ウ 被告の従業員等の数は平成29年6月現在,役員8名,社員202名,アルバイト32名である。各地方を統括する5名のブロック長がおり,その下に支店長6名や統括マネージャー等がいる。(乙1,14)
エ 原告の給与は,別紙6賃金労働時間一覧表のとおり,平成24年分(1月分から12月分までをいう。以下同じ。)が合計552万1525円(月平均約46万0127円),平成25年分が合計553万5378円(月平均約46万1282円),平成26年分が合計602万6358円(原告は平成26年10月からC支店長となっており,C支店長となる前の同年1月分から同年10月分までの月平均は約47万8215円,C支店長となった後の同年11月分及び12月分の月平均は62万2104円),平成27年分が合計612万4852円(月平均約51万0404円),平成28年1月分から11月分までが合計546万2440円(月平均約49万6585円)であり,C支店長となってからの25か月の月平均は51万3260円である。原告に対し,C支店長となる前は役職手当として月2万円,みなし残業代月5万円が支払われていたものが,C支店長となってから旧制度においては役職手当月4万円,みなし残業代月5万円が支払われ,新制度においては役職手当月10万5000円が支払われ,みなし残業代は支払われなくなった。(甲2,乙9の1から3まで)
オ 賃金台帳に記載された原告の残業時間及び深夜時間は,別紙6賃金労働時間一覧表のとおり,平成25年分が残業時間554時間44分(月平均46時間13分),平成26年分が残業時間762時間38分(このうちC支店長となってからの2か月分が残業時間220時間47分であり,C支店長となる前の残業時間月平均54時間11分,C支店長となった後の残業時間月平均110時間23分),平成27年分が残業時間1443時間28分(月平均120時間17分),平成28年1月分から11月分までが残業時間950時間29分(月平均86時間24分)である。C支店長となってからの25か月の月平均は,残業時間104時間35分である。
カ タイムカードから認められる原告の労働時間からすると,平成26年10月1日から平成28年10月28日までの時間外労働は,別紙7労働時間集計表及び別紙8未払賃金集計表4のとおり,法外残業時間2626時間42分(月平均105時間04分),法内残業時間461時間15分(月平均18時間27分)である。法外残業時間と法内残業時間を合計すると3087時間57分(月平均123時間31分)である。(甲4,5)
(労働時間は,平成27年8月27日の始業時間について,原告は静脈認証による午前8時57分と主張するが,シフトにより午前9時15分始業とされていたと認められるから,午前9時15分からの始業と認めるのが相当であるほかは,原告主張のとおりと認められる。タイムカードには編集前と確定後のものがあり,平成26年10月6日など,編集前は静脈認証による労働時間が記録されているものを,それよりも短く編集したものを確定後としている日があるが,これらについて原告は残業時間を少なくするよう被告から注意喚起があったために少なく編集したと供述し,静脈認証の記録があるのでその時間に会社にいたことも認められるので,かかるものについて編集前の時間を認めるのが相当である。他方,同月9日など,編集前は静脈認証により記録されているものを,それよりも長く編集したものを確定後としている日もあり,これについて原告は一度退勤後に呼び戻されることがあったと供述する。残業時間を少なくする注意喚起を受けて,残業時間を少なめに編集する一方で長めに編集するのはやや不自然さもあるが,実際に残業したとすればそれを記録する方が自然であること,かかる編集(別紙7の「打刻」「退社」欄を太い実線で囲った部分)はそれほど多くあるとはいえず,労働時間を過大に申告するために行われていたとは認められないこと,被告はこの編集後の時間をもって労働時間を確定していたことなどから,編集後の時間を認めるのが相当である。)
キ C支店における原告に次ぐ地位にある統括マネージャーの賃金は,平成26年分が583万1315円,平成27年分が538万4749円,平成28年分が509万8124円である。また,賃金台帳に記載された統括マネージャーの残業時間は,平成26年分が残業時間400.55時間,平成27年分が残業時間1130.85時間,平成28年分が残業時間489.47時間である。(乙10の1から3まで)
ク 被告の平成27年4月から平成28年3月までの売上は19億4500万円であり,そのころの従業員数は293名であって,1人当たりの売上高を計算すると663万8225円となる(乙11,13,14)。

⑶ 原告の勤務状況,C支店の状況等(甲24,乙11,12,証人h,証人d,原告本人)

ア 原告は,平成26年10月1日からC支店の支店長であった。原告がC支店長となった当時の原告の上司はi取締役であり,平成27年5月からは原告の上司はdブロック長となった。C支店において支店長である原告の部下となる従業員数は,10名から15名程度である。(甲22の1から14まで,乙1,弁論の全趣旨(原告第1準備書面))
イ 原告は,静脈認証式のタイムカードにより出退勤の打刻をしていたが,C支店において原告のみは出退勤時間の編集をすることができ,原告のタイムカードには編集が多い。平成26年10月22日,所定始業時間午後1時に対し午後1時44分に打刻して901円の遅刻控除がなされ,平成27年3月8日,所定始業時間午前8時30分に対し午前8時55分の出勤と編集により入力して512円の遅刻控除がなされている。同様に,同年7月23日に編集により24円の遅刻控除,同年10月27日に打刻により548円の遅刻控除がなされている。遅刻控除がされているのは実際に遅刻があったときであり,予め遅く出勤することにしていた日については,遅刻とならないように原告は編集を行った。他の従業員が直行・直帰や休日出勤するには上司の許可を要するが,原告は上司の許可を受けずに直行・直帰や休日出勤を行った。(甲4,5)
ウ C支店において,現金及びナビタンは鍵付きの保管庫において管理されており,その鍵の保管庫の暗証番号はブロック長,原告及び統括マネージャーの3名のみが知っていた。毎朝,保管庫からナビタンを取り出し,帰社後にナビタン及び現金を回収し,保管庫に保管していた。原告は,ナビタン及び現金の回収やその日の成果を社長,取締役,全国のブロック長,全国の支店長へ一斉送信するため,営業に出た外勤従業員が全員帰社するまでC支店において待っていた。C支店において,毎朝朝礼を行ってから外勤従業員は営業に出るが,朝礼の司会は統括マネージャー,副主任などが行うことが多く,原告が朝礼に出席する必要はなかった。管理監督者の勤務時間を減らすため,支店長と統括マネージャーの勤務時間をずらし,早番,遅番とする支店があり,C支店においても実施したことはあったが,原告は遅番をすることが多く,dブロック長から支店長は朝からいた方が良いと指示されたこともあり,元の勤務時間に戻った。
(原告が朝からいた方が良いと指示されたことについては,原告の供述に不自然・不合理な点はなく,原告の長時間労働は被告において把握されながら,抜本的な対策がされていないことに照らしても,認めるのが相当である。)
エ 被告本社人事部は,g取締役,j取締役,k監査役,原告,経理担当者らに対し,毎月,C支店の勤怠データを送り,原告の残業時間が160時間を超える月もあること(平成27年6月10日),1年間を通じて残業時間が80時間を下回っていないこと(平成28年3月9日)などを指摘した(C1の1から12まで)。
オ 原告は,毎月,翌月分の原告を含むC支店従業員全員のシフト表を作成した。また,原告は,NHK向けにC支店の月間の稼働計画,活動計画表を作成し,提出していた。この稼働計画は,月に獲得する目標契約件数などを記載したものであり,活動計画表は,C支店の従業員の勤務予定を記載したものであり,他支店からの応援などを考慮しないものである。目標を達成できそうにないときなど,支店間の調整を要するものは,dブロック長が作成していた。(甲22の1から14まで,乙15の1から3まで)
カ 原告は,C支店の部下に対し,営業成績の実現のために指示を行うなどした。また,原告は,管理業務のみならず,支店の営業成績が悪いときなどに自ら外勤業務に従事することもあった。(甲4,5)
キ 原告は,C支店の従業員の査定を行った(当事者間に争いがない。)。原告は,副主任を降格させる権限があり,C支店の副主任2名をグループリーダーに降格したことがある(当事者間に争いがない。)。また,原告は,平成28年1月31日に退職したC支店の従業員が広域に異動したいと言ったとき,「一人を認めると皆異動したいとなってしまうのでダメ」という回答をしたことがある。当該従業員の主な退職理由は収入面である(乙8)。

2 争点⑴(管理監督者)について

⑴ 判断基準

被告は原告が管理監督者に該当すると主張するところ,管理監督者性については,①業務内容,権限及び責任の重要性,②勤務態様(労働時間の裁量,労働時間管理の有無・程度),③賃金等の待遇を総合的に考慮して判断するのが相当であるから,前提事実及び認定事実を踏まえ,以下検討する。

⑵ ①業務内容,権限及び責任の重要性について

ア 原告はC支店の支店長であり,上司はC支店を含む3支店を統括するブロック長がおり,その上司は取締役となる(乙1)。原告は,C支店の従業員のシフト表の作成,副主任以下の降格,C支店従業員の査定,C支店の営業成績の管理,外勤従業員への指示など,一定の権限,責任を有していたと認められる。
イ 他方,原告の権限は従業員10名から15名程度のC支店内に限られており,支店間の人事異動,部下である主任・統括マネージャーの人事権,採用等の権限があったとまでは認められない
ウ 原告は,毎月月初に本社において行われる全体朝礼,3か月に1回程度行われる支店長会議に出席していたと認められるが,このうち全体朝礼は本社の一般従業員も参加するものであり,支店長会議は被告において決定したことを支店長に周知し,その後意見交換するというものであり,共に議事録は作っておらず,経営上の決定がなされる機会であったとは認められない(乙12,証人h,証人d,原告本人)。
エ そうすると,原告は一定の権限,責任を有していたとは認められるものの,自らの労働時間を減らすための権限や,自らの待遇向上に効果的な権限は限定的であったというべきである。

⑶ ②勤務態様(労働時間の裁量,労働時間管理の有無・程度)について

ア 原告は,C支店の勤怠データを編集でき,実際,原告の出退勤について編集が多数行われている。しかし,原告は所定始業時間に遅刻したときは遅刻控除がされており(甲5),出退勤が自由であったとは認められない。また,原告の出退勤時間からしても,所定始業時間前からの出勤,所定退勤時間を大きく過ぎてからの退勤が常態化している。
イ 原告の業務内容としても,毎日定時(午後1時,午後3時,午後5時,午後7時,午後9時から10時)にC支店のメンバーから回収実績の報告を受け,これを最終報告として毎日代表取締役,取締役,全国のブロック長及び支店長にメールで報告するという業務をしていたり,ナビタン及び現金の管理のため,ブロック長(m,n,Cの3支店を統括するため,C支店に常駐するわけではない。),原告及び統括マネージャーの3人のうち1人は外勤従業員が全員帰社するまで待たなければならなかったり,朝についても朝礼の出席は必要ないとしても支店長として朝からいた方が良いとブロック長から指示されていたりしたとすると,原告は自由に出退勤できず,長時間業務に従事せざるを得ない状況にあったといえる。また,原告は,管理業務のみならず,支店の営業成績が悪いときなどに自ら外勤業務に従事することもあったと認められる。
ウ 実際の原告の残業時間についてみると,賃金台帳上,C支店長となる前の10か月の残業時間が月平均54時間11分であるのに対し,C支店長となった後は月平均110時間23分と,約56時間増加し,ほぼ倍増している。タイムカードから認められる実労働時間を基にすると,残業時間はさらに多く,法外残業時間が月平均105時間04分,法内残業時間が月平均18時間27分であり,合計すると月平均123時間31分である。そして,被告においても,原告が恒常的に80時間を超える残業をしていることを認識していた。
エ したがって,原告は労働時間を管理されており,かつ,労働時間の裁量性は低かったというべきである。

⑷ ③賃金等の待遇について

ア 原告のC支店長となる前の賃金は月平均が46から48万円程度であったのに対し,C支店長となってからの25か月の賃金は月平均51万3260円である(12か月分は615万9120円)。一月当たり5万円程度の増額があったと認められる。
イ しかし,C支店長となってから労働時間は賃金台帳によれば約56時間増加している。5万円を56時間で除すると約892円であり,2割5分の割増も考慮すると基礎時給は約713円となって最低賃金(平成26年10月1日から888円,平成27年10月1日から907円,平成28年10月1日から932円。当裁判所に顕著である。)を下回る程度の待遇しかされていない
ウ さらに,争点⑵の判断において詳述するが,被告のみなし残業代は弁済としての効力を有さず,基礎賃金にも含まれるというべきである。そうすると,タイムカードから認められる法外残業時間の月平均105時間04分,法内残業時間の月平均18時間27分及び深夜時間に対し,ほぼ割増賃金が支払われていないこととなる。管理監督者でなければこれに対する割増賃金の請求ができるのに対し,管理監督者とすると深夜時間以外の請求ができなくなる。
エ 職能グレードのランクからしても,原告より上位に位置付けられている従業員は4名しかいないものの(乙2),28グレード中上から13番目という中間的な位置付けにとどまる。
オ 被告は,C支店の成績が悪いために出来高給が低く,増額幅が低く見えると主張するが,平均的な支店長の待遇などが示されているわけでもなく,支店長の待遇が管理監督者にふさわしい待遇とは認められない。
カ 被告は,原告の賃金はC支店の原告に次ぐ統括マネージャーの賃金と比べて年収が100万円程度多いと主張するが,当該統括マネージャーの賃金は適切に残業代を支払ったものであると認めるに足りないこと,原告の方が残業時間が多いことなどを考慮すると,年収が100万円程度高かったとしても管理監督者にふさわしい待遇にあるとはいえない。
キ 被告は,被告の規模,従業員一人当たりの売上げなどに照らして十分な賃金を支払っていると主張するが,売上げが低ければ過去の残業代の支払を免れるということにはならないから,理由とならない。
ク したがって,管理監督者にふさわしい待遇にあるとはいえない。

⑸ 以上により,①業務内容,権限及び責任の重要性は一定程度認められるが,限定的なものであるのに対し,②勤務態様(労働時間の裁量,労働時間管理の有無・程度)及び③賃金等の待遇は管理監督者にふさわしいものとは認められないから,原告がC支店支店長であった時期に管理監督者に該当するとは認められない。

3 争点⑵(みなし残業代の有効性)について

⑴ 判断基準

被告は,みなし残業代は残業代の弁済としての効力を有すると主張する。みなし残業代が弁済としての効力を有するためには,労働契約における基本給等の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分とみなし残業代に当たる部分とを判別することができること(明確区分性)が必要であり,かつ,みなし残業代に当たる部分がそれに対応する労働の対価としての実質を有すること(対価性)が必要と解される。

⑵ 明確区分性について

ア 本件請求の始期である平成26年10月1日当時の給与規定には,みなし残業代5万円,みなすこととする残業の時間は32.8時間と,金額及び時間が一応明確に記載されていた。給与明細書には,「深夜・残業手」として,平成25年3月25日支給分までは4万8000円が支払われており,同年4月25日支給分からは5万数千円が記載されている(甲12の1から20まで)。
イ しかし,被告の給与規定の変更経過からすると,平成25年4月1日より前に営業手当として4万8000円支給されていたものが同日から廃止となり,みなし残業代として5万円を支給するようになっているから,実質的に同一のものというべきである。そして,営業手当は東京月間37時間残業したものとみなすとの記載はあるが,その後のみなし残業代よりも金額が2000円低いにもかかわらず,時間は4.2時間増えているなど,月間37時間とする根拠が不明確である上,営業成績や精勤の程度によって支給されないことがあるとされていたものであるから,残業代以外の趣旨も含んでいたと認められ,残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない。
ウ 同月1日よりみなし残業代を支給するようになってからは,5万円が32.8時間分の残業時間に相当することが定められているが,依然として営業成績が規定のポイントを超えない場合にはみなし残業代が減額されるとの定めがあり,実際に営業成績により減額支給されたこともあったと認められる(原告本人)。したがって,みなし残業代となってからも,残業代以外の趣旨を含んでいたと認められ,残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない。
エ 給与規定の表1(甲17から19まで)には,深夜残業として5万円の記載があり,みなし残業代の記載はない。そうすると,みなし残業代は全てが深夜残業に対する支払なのか,法定時間外労働に対する支払を含むのか,深夜残業に対する支払としても0.25の割増部分のみなのか、その余の時間外労働に対する支払を含むのか,明確ではない。このことは,管理監督者扱いをしているものに対してもみなし残業代を支払っていることにより,さらに不明確となる。
オ みなし残業代5万円が法定時間外労働32.8時間分に対する対価とすると,1時間当たり約1219円(2割5分割増考慮)となる。基本給が20万円を所定労働時間が164時間16分(164.27)で除すると約1217円となり,概ね一致する。しかし,基礎賃金に含まれるのは基本給以外にも役職手当,住宅手当,貢献給,歩合給,業績給などがあり,特にこのうち歩合給及び業績給については出来高払制その他の請負制の賃金であり,その計算はより複雑である。また,給与規定にみなされる残業時間を超えて残業をする場合には別途割増賃金を支給する旨規定があるが,被告が管理監督者に当たらないとするC支店統括マネージャー賃金台帳(乙10の3)からすると,例えば平成28年3月25日支給分は,残業時間58.15時間,深夜時間14.98時間であるのに対し,深夜・残業として5万5025円が支払われており,このうち5万円がみなし残業代とすると,みなすこととされる32.8時間を25.35時間上回っているにもかかわらず,5025円しか支払われていないこととなり,被告において適切にみなし残業代を上回る残業代の精算が行われていたとは認められない。したがって,みなすこととする残業の時間が32.8時間と記載があるとしても,5万円という金額との対応は明確ではないといわざるを得ない。
カ 以上のとおり,被告のみなし残業代は,金額及び時間は明確に記載されているものの,その金額の中に残業代以外の趣旨も含むこと,時間がいかなる労働時間に対するものなのか明確ではないことなどにより,通常の労働時間の賃金に当たる部分とみなし残業代に当たる部分とを判別することができるとはいえない。

⑶ 対価性について

ア 上記⑵イ及びウのとおり,みなし残業代には営業手当としての趣旨も含んでいたと認められる。
イ みなし残業代においてみなすこととする時間は32.8時間分とされているが,これは首都圏のものであり,仙台36.5時間,北海道38.6時間と,基本給によりみなすこととする時間を異にしている(証人h)。したがって,毎月一定の残業が予想されることからみなし残業代を定めたというよりも,5万円という金額からみなすこととする時間を逆算したものと認められる。これは,営業手当4万8000円を東京月間37時間,仙台月間40時間,北海道月間42時間残業したものとみなしていたときも同様である。したがって,基本給の一部を名目的に残業代扱いしたにすぎないことを疑わせる。
ウ 以上に加え,上記⑵オのとおり,金額と時間の対応が明確ではないこと,適切にみなし残業代の精算が行われていたとは認められないことを併せると,被告のみなし残業代は,みなし残業代に当たる部分がそれに対応する労働の対価としての実質を有するとはいえない。

⑷ 結論

よって,みなし残業代は,明確区分性及び対価性があるとはいえず,弁済としての効力を有さず,基礎賃金に含まれるというべきである。

4 争点⑶(未払の手当等)について

⑴ 原告が退職前に取得した有給休暇の期間について被告は住宅手当及び家族手当を支給していないことが認められ,有給休暇その他休暇取得の場合には住宅手当及び家族手当を支給しない旨の定めは見当たらないことからすれば(甲8,10,21),これが支給されるべきであるにもかかわらず未払と認められる。
⑵ 福利厚生名目の毎月3000円の控除について,被告はその根拠を明らかにしないから,これは未払賃金というべきである。
⑶ 家賃控除4万0756円については,旧制度から新制度に給与制度を改定する際,住宅手当3万円の支給,役職手当の6万5000円の増額,みなし残業代5万円の廃止などに伴い行われるようになったものと認められ,これらを差引きすると4万5000円の増額となって家賃控除の金額を上回っているから,不利益変更と認めるに足りず,控除は有効というべきである。

5 争点⑷(未払賃金の額)について

⑴ 以上からすると,労働時間は別紙7労働時間集計表のとおりであり,月平均所定労働時間が164時間16分であることは当事者間に争いはなく,これによる時間外労働に対する未払賃金は,別紙8未払賃金集計表4(714万0397円)及び別紙9未払賃金集計表5(23万9413円)のとおりとなる。また,未払の手当等については別紙10未払賃金集計表6(14万5908円)のとおりとなる。

⑵ 原告は,平成29年12月12日,未払賃金に対する遅延損害金を直ちに支払うよう催告し,支払わない場合には同月21日に未払遅延損害金を元本に組み入れる意思表示をしているから,別紙11遅延損害金組入表のとおり,平成26年10月分から平成28年10月分(同年11月25日支給日)までの遅延損害金が元本に組み入れられ,平成29年12月21日現在の元本は903万5125円になったと認められる。

6 争点⑸(付加金)について

裁判所は,労働者の請求により,労働基準法37条の規定に違反した使用者に対し,この規定により支払わなければならない金額と同一額の付加金の支払を命ずることができる。本件では,被告は静脈認証により労働時間を管理し,原告を管理監督者として扱い,旧制度においてみなし残業代月5万円を支払い,新制度となってからは役職手当を増額し,期間を通じて毎月1万円程度の深夜・残業手当を支払うなどしてきたことが認められる(甲2から5まで)。しかし,付加金は未払金と同一額の支払を命じることができる旨を定めていること,付加金は労働者保護の観点から一種の制裁を課すという趣旨も有していること(平成27年5月19日最高裁判所第3小法廷決定・民集69巻4号635頁参照),被告が原告を管理監督者と扱っていたことや被告のみなし残業代に残業代の弁済としての効力を認めることはできないこと,証人hは,被告は以前支店長より下位の主任,統括マネージャーについても管理監督者扱いしていたところ,労働基準監督署からの指導を受けて支店長以上を管理監督者扱いするように変更したと供述するが,その時期,指導の経緯・内容等は明らかではないこと,付加金は裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには,裁判所は付加金の支払を命ずることができなくなると解されることなどからすれば,未払額と同一額の付加金を命じるのが相当である。その金額は,別紙8未払賃金集計表4(604万8023円)及び別紙9未払賃金集計表(19万3171円)の合計624万1194円となる。(原告作成の別紙1未払賃金集計表1の付加金合計は425万2006円,別紙2未払賃金集計表2の付加金合計は16万2806円となっているが,これは集計から漏れているものがあるものと解され,請求の趣旨は624万5154円となっているから,これを請求しているものと解される。ただし,原告は月所定労働時間を修正した訴えの変更を行っているが,付加金に係る請求の趣旨は変更していないため,別紙1未払賃金集計表1及び別紙2未払賃金集計表2の各月の付加金を合計すると624万1903円である。)

第4 結論

以上によれば、原告の請求は一部理由があるから,この限度で認容し,その余を棄却することとして,主文のとおり判決する。

別紙1(別紙)未払賃金集計表1
別紙2(別紙)未払賃金集計表2
別紙3(別紙)未払賃金集計表3
別紙4(別紙)労働時間集計表
別紙5(別紙)遅延損害金組入表
別紙6 賃金労働時間一覧表
別紙7 労働時間集計表
別紙8 未払賃金集計表4
別紙9 未払賃金集計表5
別紙10 未払賃金集計表6
別紙11 遅延損害金組入表

 

労働問題に関する相談受付中

営業時間:平日(月曜日~金曜日)10:00~18:00 /土日祝日は休業