ヒロセ電気

ヒロセ電機事件(東京地裁平成14年10月22日判決)

海外勤務の経歴に着目し,業務上必要な日英の語学力,品質管理能力を備えた即戦力となる人材と判断して品質管理部海外顧客担当で主事1級の待遇で中途採用された社員が,長期雇用を前提とする新卒採用する場合とは異なり,雇用時に予定された能力を有しておらず,これを改善しようともしなかった為,研修や配転の措置をとらずになされた解雇が有効と判断された例

1 判例のポイント

1.1 雇用契約の内容及び解雇が許容される場合

本件雇用契約は,「原告の職歴,特に海外重要顧客であるN社での勤務歴に着目し,業務上必要な日英の語学力,品質管理能力を備えた即戦力となる人材であると判断して品質管理部海外顧客担当で主事1級という待遇で採用し,原告もそのことは理解して雇用された中途採用の事案であり,長期雇用を前提とし新卒採用する場合と異なり,被告が最初から教育を施して必要な能力を身につけさせるとか,適正がない場合に受付や雑用など全く異なる部署に配転を検討すべき場合ではない。労働者が雇用時に予定された能力を全く有さず,これを改善しようともしないような場合は解雇せざるを得ないのであって,就業規則37条2号の規定もこのような趣旨をいうものと解するのが相当である。」と判示した。

1.2 能力不足の有無

「業務遂行態度・能力(「業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り」)について見るに,原告は,実はN社ではさしたる勤務経験を有さず品質管理に関する知識や能力が不足していた。また,前記原告の作成した英文の報告書にはいずれも自社や相手先の名称,クレーム内容,業界用語など到底許容しがたい重大な誤記,誤訳」がある等,「期待した英語能力にも大きな問題があり,日本語能力についても,原告が日本語で被告に提出する文書を妻に作成させながら,自己の日本語能力が不十分であることを申し出ず,かえって,その点の指摘に反論するなど,客観的には被告に原告の日本語能力を過大に評価させていたことから,当初,履歴書等で想定されたのとは全く異なり極めて低いものであった。さらには,英文報告書は上司の点検を経て海外事業部に提出せよとの業務命令に違反し,上司の指導に反抗するなど勤務態度も不良であった。このような点からすると原告の業務遂行態度・能力は上記条項(普通解雇事由)に該当するものと認められる。」とした。

「次に,これらの点の改善努力(「将来の見込みがない」)については,本採用の許否を決定するに際し,日本語能力や他からの指導を受け入れる態度,すなわち協調性に問題があるとされ,原告において改善努力をするという約束の下に本採用されたのであるから,上司の指摘を謙虚に受け止めて努力しない限り被告としては雇用を継続できない筋合いのものであった。しかるに,本採用後,原告が日本語能力等の改善の努力をした形跡はなく,かえって,その後さらに英語力や品質管理能力にも問題があることが判明したにもかかわらず,原告の態度は,」上司から「正当な指導・助言を受けたのに対し,筋違いの反発をし,品質管理に関する知識や能力が不足しているにもかかわらず,ごくわずかの期間にすぎないN社での経験や能力を誇大に強調し,あるいは,H2のサポートを断り,「上司の承認を得る」という手続を踏まずに報告書を提出するという業務命令違反をし,さらには,S部長ら上司からの改善を求める指導に対し自己の過誤を認めず却って上司を非難するなど,原告はその態度を一層悪化させており,原告は被告からの改善要求を拒否する態度を明確にしたといえるから,これらの点の改善努力は期待できず,上記条項に該当するものと認められる。」として,Xには「業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り将来の見込みがない,というべきであり,就業規則37条2号の定める解雇事由がある。」

1.3 関連裁判例

  • 持田製薬事件(東京地判昭62.8.24労経速1303号3頁)
  • チェ-ス・マンハッタン・バンク事件(東京地判平4.3.27判時1425号131頁)
  • フォード自動車事件(東京高判昭59.3.30労民集35巻2号140頁)
  • プラウドフットジャパン事件(東京地判平12.4.26労判789号21頁)

1.4 参考記事

1.5 判決情報

  • 裁判官:多見谷寿郎
  • 掲載誌:労働判例838号15頁,労働経済判例速報1818号18頁

2判例の内容

第2 事案の概要

本件は,被告に雇用され勤務していた原告が,被告から平成13年3月15日付けで解雇の意思表示(以下「本件解雇」という。)を受けたが,原告には解雇事由がなく,本件解雇は解雇権の濫用に該当するから無効であるとして,被告に対し,労働契約上の地位の確認を求めた事案である。

1 争いのない事実等(末尾記載の証拠等により認定できる事実を含む。)

(1) 当事者等

原告は,昭和40年(1965年)生まれの男性(父はインド人,母は日本人である。)であり,日本人の女性と結婚して日本国籍を取得している。
被告は,コネクタほか各種電気機械器具の製造および販売などを業とする株式会社であり,郡山などに関連会社がある(国内工場)ほか,ヒロセアメリカ等の海外拠点もある。そして,国内ではT社,海外ではN社とM社を重点顧客としている。(〈証拠略〉)

(2)原告と被告の労働契約等

原告は,平成12年11月1日,別紙1〈略-編注〉記載の約定で被告と合意した(以下「本件労働契約」という。〈証拠略〉)。そして,被告の技術センター品質管理部(以下「品質管理部,という。)主事として,同部における海外クレーム対応と品質情報収集の業務に従事した。
原告の賃金は,平成13年3月当時,少なくとも月額35万4700円(基本給31万3500円,役職(主事1級)手当1万0400円,住宅手当5000円,家族手当2万円,食事手当5800円)である。

(3)被告の就業規則

被告の就業規則(以下,単に「就業規則」という。)には,以下のような定めがある(〈証拠略〉)。
第37条 会社は,従業員が次の各号の一に該当する場合は解雇する。
(中略)
2 業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り将来の見込みがないと認めたとき
(中略)
第38条 前条の解雇をなす場合には,30日前に解雇の予告をするかまたは平均賃金の30日分を支払って即日解雇とする。(中略)
第125条 次の各号のーに該当する行為があった場合は懲戒解雇とし,情状によっては諭旨退職処分にすることがある。(中略)
18 重要な経歴を偽り,または不正な方法を用いて雇い入れられたとき
(以下,略)」

(4) 本件解雇

(ア) 被告は,S品質管理部長(以下「S部長」という。)名義で,平成13年3月14日,原告に対し,解雇する旨の意思表示をする(本件解雇)とともに,解雇予告手当を従前の給与振込口座に振り込んで支払う旨通知し,これが同月15日に原告に到達した(〈証拠略〉)。
また,被告がH1人事部長(以下「H1人事部長,という。)名義で発行した同月27日付け退職証明書には,本件解雇について,原告が「業務命令に従わず,同僚への誹謗や職場規律違反を繰り返し,業務の進め方や知識・技能を自ら学ぶ姿勢もなく,業務遂行上期待される英語力にも問題があり,よって就業規則第37条第2号の解雇事由『業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り将来の見込みがないと認められたとき』に該当したとよる解雇」である旨記載されている(〈証拠略〉)。
(イ) 被告は,同月14日,原告に対し,解雇予告手当37万0375円(原告の1か月分の賃金に相当する。)を従前の給与振込口座に振り込む方法で支払った(〈証拠略〉)。

(5) 確認の利益等

被告は,本件解雇により原告との雇用契約が終了したとし,賃金も支払わない。

2 争点(争いのない事実等(4)の本件解雇の効力)

(1) 解雇事由の存否
(2)解雇権の濫用の成否

第3 当裁判所の判断

1 前提事実

証拠(〈証拠・人証略〉のほか後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)被告の品質管理部の業務(〈証拠略〉)
被告の品質管理部は,品質管理に関する監査及び指導,品質管理に関する不具合処理等の業務を行っており,国内の取引先(顧客)からのクレーム対応等を担当する国内担当チームと海外の取引先からのクレーム対応等を担当する海外担当チームに分かれている。
具体的な業務は,営業部門を通じて送られてくる顧客からのクレーム内容を確認し,その内容について調査部門である各工場に調査を指示し,調査部門から送られてきた調査結果についての調査報告書の内容をチェックし,報告書を営業部門を通じて顧客に提出する等してクレームの再発防止や製品の品質向上に寄与するものである。海外の顧客のクレームは海外事業部を通じて品質管理部に送られ,英文報告書に翻訳する作業が加わる。
品質管理に関する文書には専門用語が多く,上記海外担当チームの業務を行うには,品質管理に関する専門知識,英語及び日本語の語学力が必要である。
平成12年10月当時の品質管理部の人員構成は,責任者がS部長,K課長,リーダーがY副参事,海外顧客担当は,担当者が,Y(欧米担当), 11(アジア担当)両副参事であった。

(2) 被告が原告を採用するに至った経緯
ア 被告は,N,Mなど世界的携帯電話機メーカーとの取引の拡大に伴い,品質管理部海外担当チームにおいて即戦力となる人材,すなわち品質管理業務の経験があり,品質管理に関する知識を持ち英語力に秀でた人材を中途採用することとし,電子機器・電子部品の品質管理の経験を応募条件と明示して社員を募集した(〈証拠略〉)。
イ 原告は,略歴,職務及び業績について,別紙2〈略-編注〉のとおりの記載がある「履歴書/職務経歴書」(〈証拠略〉)を提出し,平成12年10月5日,被告の面接を受けた。この際,原告は,,学歴・職歴について前記履歴書と同様の説明を日本語で行い,日本語の読み書きができないという説明はしなかった。原告は,翌6日,被告に対し,自分の氏名はもともと「甲野一郎(コウノイチロウ)」であったが同年9月26日に家庭裁判所の許可を得て「甲野太郎」に変更したこと及び「即戦力となり精一杯頑張る,旨記載した書面をファックスにて送付した(〈証拠略〉)。これら書面に日本語の文章表記上の問題点は見当たらない。
被告は,原告の採用につき「履歴書/職務経歴書,に記載されたとおり電子部品等の品質管理の仕事の経験があること,特に被告の海外重要顧客で品質管理に厳しいN社で約4年間の勤務歴があることに着目し,品質管理能力及び英語の語学力があると判断して採用を決定した。被告は,原告に対し日本語能力を確認しなかったが,前記のとおり日本語の読み書き能力が業務上必要であるところ,日本国内で勤務する日本企業に応募したのであるから当然一定の能力を有すると考えており,原告が提出した履歴書の記載内容や前記面接の際に日本語で会話がスムーズに行えたので日本語の能力には問題がないと判断した。
そして,同年10月23日付け採用通知書にて,原告に対し,同人を被告の技術センター(横浜営業所)品質管理部に配属し,主事1級の資格で採用することを内定した旨通知し,同年11月1日に本件労働契約を締結した。

(3)試用期間中の原告の勤務状況(〈証拠略〉)
ア 原告は,品質管理部海外担当チームに配属され,欧米担当となった。直属の上司はY副参事であるが, I1副参事も先輩で職制上の上位者としてY副参事の不在時など補佐的に原告の指導を行った。
被告は,原告に対し,原告の担当業務である品質管理部海外担当チームの業務遂行に必要な能力を修得させるため,製品知識,製作工程,品質管理の知識修得の研修を実施することとし,試用期間開始後,2日間のオリエンテーション(品質管理部の業務内容についての説明)の後,技術本部(同年11月7日から同月16日まで)・工場(同月20日以降)での研修を行った。原告は,上記オリエンテーシヨンの内容及び感想を報告書にして被告に提出したが,その中で,原告は被告側から原告のキャリアについて質問を受けN社等で品質管理,品質保証,半導体の会社の工場での審査,QAエンジニア,マーケティングなどのキャリアがあり,これまでのキャリアを生かし,工場へ行き品質についての商談や不良品の削減,品質の向上の努力をすることを期待されているなどと記載した。また,その記載からは,日本語の文章表記上の問題点は見当たらない。
その後,原告は,海外担当チームの業務を実習し,クレーム報告書の作成を9件行った。
原告は,同年12月1日,ヒロセアメリカからのクレームを和訳し,これをY副参事へ電子メールで送付した。この電子メールに記載された文章には,「る」と「ろ」の使い分けが,「お」と「を」の使い分けができておらず,また,助詞の「の」の使い方が不適切である箇所があった(〈証拠略〉)。
その後,原告は,同月18日付け週報で,3件のクレームを受け付けて翻訳しヒロセアメリカへの送付及び同月13日及び14日の青森出張で訪問した訪問先に関する審査・感想を詳細に報告した。原告は被告にこの他5通の週報を提出したが,いずれも日本語の文章表記上の問題点は見当たらない。
イ Y副参事は,平成13年1月15日,S部長宛に原告の試用期間中の勤務・研修状況に関する中間報告書を提出し,処理手順は理解しているが,日本語能力は,会話の面では問題がないが,文書作成の面では,文章表現,漢字表記に問題があり,報告書作成時には日本語原文の読解力,解釈,内容確認,文章の修正等を行う際に援助が必要であり,これを克服する必要があることを指摘した(〈証拠略〉)。
同月30日,原告が送付したクレーム調査報告書につき,北米課のT主事から,クレーム調査結果・対策につき十分ではないとして,再調査・報告を要求するメールが原告, I1副参事らに入り,これを受けて,同月31日I1副参事は,原告に対し,営業部依頼のクレーム調査結果の報告書に関し,翻訳した報告書を営業部に送る際には必ず上司の承認を受けてから送るようにとの指示をした(〈証拠略〉)。
また,原告はI1副参事に対し,N社を中心として品質管理の経験が豊富であるという趣旨の話をしながら,品質管理の経験があれば当然知っているはずの,数理統計・工程能力についての知識がないのではないかと疑われるような質問をした。さらに,原告は自分のミスを指摘された場合に,謙虚に受け止めず話を逸らしたり,反論したりし,また他人のことを感情的に批判することがあった。
ウ S部長は,原告の試用期間中の勤務に関し,日本語能力(読み書き)及び他の社員との協調性に問題があると認識しており, I1副参事同席の上で原告に対し,これらの点を改善するよう求めたところ,原告は自己の非を認めず,他の者や職場が悪いなどと反論し両者間で言い合いとなったが,結局原告は指摘された点を克服していく意思があるとこれを約束した。なお,この時点でS部長は,原告に英語力及び品質管理能力の問題があるとは認識していなかった。
そこで,被告は,同年2月1日,原告を正式に採用した(本採用)。

(4)本採用後の原告の勤務状況
ア I1副参事への電子メール(〈証拠略〉)被告は,当時,コンピューターメーカーのD社と取引のあるJ社から同社に納品したPG2という重要な戦略製品についてクレームを受け,仮に取引解消となると大きな損失を被るという状況下にあった。平成13年2月1日,その件について翌2日D社を含めて会議を行う予定であることからY副参事は原告,I1副参事らに従前の交渉経過について説明するから終業時間後も残るようにと指示した。ところが,原告はこれに従わず定時に退社し,その結果原告には経過説明を行うことができず,原告は会議の実質的な内容に参加することはなかった。また,そのようなことから欧米担当の原告ではなくアジア担当の11副参事が6日渡米して先方と交渉することになった。同月5日,I1副参事はこのような経過を踏まえ原告の反省を促すため「会議の内容は理解できたのか。」などと言った。これを受けて原告は,I1副参事宛てに電子メールを送付した(Y副参事にも同一のメールのコピーを送付した。)。それには,I1のレポートが遅いこと,自分のレポートに対する要望は作成前に指摘してほしいこと,上記会議は自分が強く申し出たから参加できたが自分を参加させることはビジネスとしては常識であること,会議の前まで情報を得ていないため会議に出て初めて概要を把握できたもので,I1副参事から理解できて当然のようにいわれることは不愉快であること,「皆が原告を見ている」というI1副参事の言葉は自分としては監視されているようで不愉快であること,自分は作業に集中し定時までに全てを終わらせて無駄な残業はしていないこと,品質管理の仕事を10数年し数社の大会社を経てきた自分から見てI1副参事の指摘,意見というのは稚拙であること,自分は言葉や考え方に関して非常に厳しい見方を持っているので言動には十分注意してほしいこと等が 己載され,自己に非があると認める部分は全くなかった。なお,この文書にも日本語の表記上の問題は全くない。
イ M社のクレーム処理
(ア) 海外事業部は,海外重要顧客であるM社から「接触不良及コンタクト変形」のクレームを受け,平成13年2月5日,品質管理部に対し,正式に調査を依頼した(〈証拠略〉。処理番号Q1-00-165)。
Y副参事は,被告の郡山工場に調査分析を指示し,また,同月12日から約1週間の予定で海外出張であったため,同月9日,この件の担当を原告とし,原告に対し,前記案件について郡山工場から調査分析報告書の提出があった場合には,これを英文報告書に翻訳することを指示した(〈証拠略〉)。
(イ)海外事業部は,Y副参事が出張に出かけた後の同月13日,再びM社から「端子変色」等のクレームを受け,品質管理部に対し,これに関する調査を依頼した(〈証拠略〉。処理番号Q1-00-172)。
(ウ) 原告は,同月15日の午後,郡山工場から前記(ア)のクレーム(処理番号Q1-00-165)の調査分析結果の概略を電子メールで伝えられるとともに,和文の調査報告書を受領した(〈証拠略〉)。
(エ) I1副参事は,Y副参事が出張中であったため,Y副参事に代わって原告の業務を監督していた。
I1副套事は,原告が同月13日に依頼を受けたM社のクレーム(処理番号Q1-00-172)内容について,接触不良のクレームとして作業を進行していたところ,クレーム内容が接触不良ではなく端子変色を問題にしているように思われ,また,翌16日同副参事は地方出張で不在となることから,同月15日,原告及びH2,Y副参事に対し,原告宛のクレーム(処理番号Q1-00-172)の内容を再確認し,クレーム内容が端子変色であれば,作業内容を変更するようにとの指示とH2宛の原告からの要請があればサポートをするようにとの指示を併記したメールを送った(〈証拠略〉)。
(オ) H2は,翌16日午前,原告に対し,I1副参事の指示でサポートをするとして,同一顧客からのクレームではあるものの,クレーム内容が異なることから,報告書は別々にした方がいい,報告書ができたら確認させてほしい旨言った。しかし,原告は,自分の仕事は自分でするとしてH2のサポートを受けることを拒否した(〈証拠略〉)。
そして,原告は,同日の午後2時16分ころ,海外事業部に対し,上司らのチェックを受けないまま,前記和文調査報告書とこれを英語に自ら翻訳した英文報告書をメールで送った(〈証拠略〉)。
(カ) 原告が作成した前記英文報告書には,以下のとおりの誤訳等の問題があった(〈証拠略〉)。
a 2つの報告書に分けるようにとのH2のアドバイスを無視して,1つの報告書に前記2つの処理番号を記載した。
b 「カン合部(嵌合部)」は「connector interface」と表記すべきところ,「can junction part」と表記した。これは, 「カン合部」を「カン」, 「合」, 「部,と区切って,それぞれ「can(「缶」を意味する。),,「junction(「接合」を意味する。)」,「part(「部分」を意味する。)」と訳した結果である。
C 接触不良とは「contact faliure」と表記すべきところ,タイトル部では「CONTACTDEFECTIVE」と表記しているほか,文中では「poorcontacting」,「poorgenerating」と異なつた表記をしている。
d 材料は「Rawmaterial」と表記すべきところ,「Charge」と表記している。
e 主語の使い方に正確性を欠いているほか,材料への加工態様を受動態で表現すべきところ,能動態で表現しているため,「材料が加工する。」というような文章になっている。
f 「同軸シールド線」は「coaxialshield line」と表記すべきところ,「same axis shield line」と表記した。これは,「同軸」を「同(じ)」,「軸」と区切って,それぞれ「same(「同じ」を意味する。)」,「axis(「軸」を意味する。)」と訳した結果である。
g 報告書の末尾には,前記英文報告書を作成した者を「Engineer」として表記することになっており,原告の名前を記載すべきであるにもかかわらず,「H2」として,作成に関わってないH2の名前を記載した。その他,用語の不統一や不適切な翻訳が相当数あった(〈証拠略〉)。
(キ) 被告の海外事業部は,同日夕刻,前記英文報告書の作成者をH2と誤解し,H2に対して誤訳の点を抗議した。
この抗議の対応にはH2とI1副参事が対応した(原告は退社していた。)。そして, 11副参事は,翌17日午前2時半過ぎに,接触不良のクレーム(処理番号Q1-00-165)についての修正した報告書を提出し直すとともに,原告に対し,上司の承認を得ずに送付してはいけないときつく言ったのに同じ過ちを繰り返したこと,作成者がH2になっていたためH2に迷惑をかけたこと,誤訳や表記ミスがあったので専門用語を勉強すること,ノ一ツの「日英用語集」をよく見ること,決まった業界用語に従うこと,一つの報告書に2つの処理番号を書かないこと等,クレーム処理の方法を厳しく注意した電子メールを送付した。(〈証拠略〉)
ウ K電子有限公司のクレーム処理
(ア) 海外事業部は,平成13年2月23日,顧客であるK電子有限公司から携帯電話用充電器のカバーケースの表面に傷(スクラッチ)が発見されたとのクレームを代理店である信邦社経由で受け(処理番号Q1-00-181),この調査を品質管理部に正式に依頼した。その際のクレーム処理票には,カタカナで「スクラッチ」や英語で「scratches」と数か所に記載され,また問題箇所の写真が添付されており,その写真の脇には,「傷」を「scratches」と表記している説明書きがあった。品質管理部では,この案件について,原告を担当者とした。
原告は,同年3月2日,調査部門である郡山工場から和文の報告書を受領し,これを英訳して,英文報告書を作成した(〈証拠略〉)。
(イ) 原告の前記英文報告書には,以下のような誤訳等があった(〈証拠略〉)。
a 原告は,クレーム対象である「カバーケース」を「hippo-case」(「hippo」とは,動物の「カバ」を意味する。)と,「傷」を「crack」(「裂け目,割れ目」を意味する。)と訳した。1枚余りの報告書の中にこの2種類の誤訳が1枚目に15か所,2枚目に5か所あった。
b 原告は,被告の社名を「HEROSE」,香港を「HONKKONG」と,信邦社を「SINBBON」と誤記した(正しくはそれぞれ「HIROSE」,「HONGKONG」,「SINBON」である。また,これらはクレーム処理票には正しいスペルで記載されている。)。
(ウ) その他にも,原告の作成した英文報告書には,相手先の誤り,初歩的なもの,重大なものを含め誤訳が多数あった(〈証拠略〉)。
(エ) 解雇の数日前,S部長,Y副参事は,原告に対し,前記表記・翻訳は初歩的な誤りである旨,原告は英語力や品質管理能力,協調性につきい改善を要することを指摘した。すると,原告は,S部長やK品質管理課長, 11副参事,H2に対し,「Y副参事は能力がなく,自分の上に立てるリーダーとは認めない。」などと他の社員を非難することに終始し,改善ないし努力を約束しなかった。
エ 早期離席
原告は,昼休みの休憩時間(正午から)の5分位前に席を離れたまま戻らないことがあり,特にY副参事やI1副参事が不在の時は,15分位前に離席することがあった。

(5) 原告の日本語の読み書き能力について
この間,原告はY,I1両副参事らに日本語の読み書きが不得手であるとか,調査報告書の英訳ができないと申し出たことはなく,原告は,履歴書のほか自宅に持ち帰って作成することのできる日本語の文書を自宅で妻に作成させていた(〈人証略〉)。

(6)本件解雇手続
S部長及びK課長は,平成13年3月14日,原告と面談し,前記(4)の事実から品質管理能力,協調性,語学力を欠くことを指摘・説明した上で,自主退職を勧告した。しかし,原告は自己の責任を認めず,Y副参事を非難するなどして自主退職を拒否した。
このため,S部長は,これ以上の説得は困難と判断し,同日をもって解雇する旨原告に口頭で告知する(本件解雇)と共に解雇予告手当を渡そうとしたところ,原告が受領を拒否したので,後日振込むと伝えた。

(7) 本件解雇後に判明した事情
原告が採用面接時に提出した「履歴書/職務経歴書」(別紙2)〈略-編注〉の記載は,少なくとも以下の点で事実と異なっていた(〈証拠略〉)。
(ア) 日本A社(洗剤・化粧品の紹介販売等)での職歴について
在職期間は,1988年(昭和63年)9月から1996年(平成8年)2月までではなく,1990年(平成2年)11月から1997年(平成9年)7月までである。
また,業務は,技術部品質管理のグループリーダーであったことはなく,マーケティング部の品質検査のアシスタントである。
(イ) Nジャパン社(携帯電話の輸入販売等)での職歴について
在職期間は,1996年(平成8年)3月から1999年(平成11年)12月までの3年10か月ではなく,1998年(平成10年)3月から同年7月までの4か月である。
以上の認定に対し,原告は,採用面接の際,H1部長から英語だけでする仕事である旨説明された旨供述するが,被告は国内勤務を前提として品質管理経験者を募集していたのであり,品質管理部の業務内容からして,日本語の読み書きを行わずに仕事を行うことはあり得ないこと,原告自身,実際の業務内容が面接時の説明とは異なっており,このような仕事であれば原告側から就職を断るとしながら,業務内容に対しクレームを述べなかったと不自然な供述をしていること(原告本人)から,原告の同供述は採用できない。その他,上記認定に反する原告本人の供述(陳述書を含む。)は採用できない。

2 争点(1)アに対する判断

(1)就業規則37条2号該当性

ア 本件は,原告の職歴,特に海外重要顧客であるN社での勤務歴に着目し(前記1(2)イ),業務上必要な日英の語学力,品質管理能力を備えた即戦力となる人材であると判断して品質管理部海外顧客担当で主事1級という待遇で採用し,原告もそのことは理解して雇用された中途採用の事案であり,長期雇用を前提とし新卒採用する場合と異なり,被告が最初から教育を施して必要な能力を身につけさせるとか,適正がない場合に受付や雑用など全く異なる部署に配転を検討すべき場合ではない。労働者が雇用時に予定された能力を全く有さず,これを改善しようともしないような場合は解雇せざるを得ないのであって,就業規則37条2号の規定もこのような趣旨をいうものと解するのが相当である
そこで前記前提事実等に証人I1を併せ検討する。
まず,原告の業務遂行態度・能力(「業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り」)について見るに,原告は,実はN社ではさしたる勤務経験を有さず品質管理に関する知識や能力が不足していた。また,前記原告の作成した英文の報告書にはいずれも自社や相手先の名称,クレーム内容,業界用語など到底許容しがたい重大な誤記,誤訳や「カバーケース」を「hippo-case」と誤訳した点のように英語の読解力があれば一見して明らかであるものを含め多数の誤記・誤訳があり,期待した英語能力にも大きな問題があり,日本語能力についても,原告が日本語で被告に提出する文書を妻に作成させながら,自己の日本語能力が不十分であることを申し出ず,かえって,その点の指摘に反論するなど,客観的には被告に原告の日本語能力を過大に評価させていたことから,当初,履歴書等で想定されたのとは全く異なり極めて低いものであった。さらには,英文報告書は上司の点検を経て海外事業部に提出せよとの業務命令に違反し,上司の指導に反抗するなど勤務態度も不良であった。このような点からすると原告の業務遂行態度・能力は上記条項に該当するものと認められる
なお,原告は,K電子有限公司のクレーム処理の英文報告書の誤記,誤訳について,「被告が見直す暇もないほど急がせたために生じたミスである。」と述べるが,当時,原告は一見して明らかな誤訳を見直す時間もないほど多忙ではなく (〈証拠・人証略〉),また,仮に原告にその主張のような英語の読解力があるならば,原告が供述するとおり翻訳ソフトで翻訳しただけで全く見直しをしなかったということになり,仕事に対する誠意を著しく欠くものとしてやはり上記条項に該当するといわなければならない。
次に,これらの点の改善努力(「将来の見込みがない」)については,本採用の許否を決定するに際し,日本語能力や他からの指導を受け入れる態度,すなわち協調性に問題があるとされ,原告において改善努力をするという約束の下に本採用されたのであるから,上司の指摘を謙虚に受け止めて努力しない限り被告としては雇用を継続できない筋合いのものであった。しかるに,本採用後,原告が日本語能力等の改善の努力をした形跡はなく,かえって,その後さらに英語力や品質管理能力にも問題があることが判明したにもかかわらず,原告の態度は,前記1(4)ア,イ(オ),ウ(エ)など,I1副参事から正当な指導・助言を受けたのに対し,筋違いの反発をし,品質管理に関する知識や能力が不足しているにもかかわらず,ごくわずかの期間にすぎないN社での経験や能力を誇大に強調し,あるいは,H2のサポートを断り,「上司の承認を得る」という手続を踏まずに報告書を提出するという業務命令違反をし,さらには,S部長ら上司からの改善を求める指導に対し自己の過誤を認めず却って上司を非難するなど,原告はその態度を一層悪化させており,原告は被告からの改善要求を拒否する態度を明確にしたといえるから,これらの点の改善努力は期待できず,上記条項に該当するものと認められる
イ 以上によれば原告には「業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り将来の見込みがない,というべきであり,就業規則37条2号の定める解雇事由がある。

3 争点(2)に対する判断

(1) 就業規則の定める解雇事由に該当する事実がある場合でも,解雇に処することが著しく不合理であり,社会通念上相当なものとして是認することができないときには,解雇権の濫用として無効になると解するのが相当である。

(2) そこで検討するに,原告が指摘する点のうち(ア)及び(カ)は解雇後の事情であり直ちに権利濫用の判断に影響を与えるようなものではなく,(イ)及び(オ)については前記2のとおり,当初予定されたよりも原告の能力は大幅に低いものであり,(ウ)は前記のとおり事実の存在が認められず,(エ)は,会社の業務を他人に行わせるということは債務不履行に他ならない上,それが被告の原告に対する評価に誤解を与える性質のものであることを考慮すると何ら解雇権の濫用を基礎付けるものではない。ましてや,原告が重要な経歴(特にN社の在職期間)を詐称しており(原告は,「履歴書/職務経歴書」は原告の妻が原告から具体的内容の指示を受けずに作成し,原告はその内容を確認しないまま提出したと供述するが,仮にそうだとすると原告は正確な内容の履歴書を提出しようという意欲すらないといえる。),本件解雇が入社後4か月半程度でされたものであることからすると,本件解雇は,解雇に処することが著しく不合理であり,社会通念上相当なものとして是認することができないとは到底いえない。なお,被告が原告に退職を求めた際に原告の主張するような状況があったとしても,そのことがこの判断に影響をおよぼすことはない。

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