福祉事業者A苑事件(京都地方裁判所平成29年3月30日判決)

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保育園

ハローワークの求人票に記載された労働条件と入社後に提示された労働条件が異なる場合に,求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となると判断した例

1 福祉事業者A苑事件判例のポイント

1.1 雇用契約の内容

求人票は,求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので,求職者は,当然に求職票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから,求人票記載の労働条件は,当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り,雇用契約の内容となると解するのが相当である

本件では,原告は,ハローワークで本件求人票を閲覧して被告の面接を受けて採用されたものであるところ,本件求人票には雇用期間の定めはなく,雇用期間の始期は平成26年2月1日とされ,面接でもそれらの点について求人票と異なる旨の話はないまま,被告は原告に採用を通知したのであるから,本件労働契約は,同日を始期とする期間の定めのない契約として成立したものと認められる。また,定年制については,面接では被告代表者から定年制はまだ決めていないという回答がされたものの,本件求人票には定年制なしと記載されていた上,定年制は,その旨の合意をしない限り労働契約の内容とはならないのであるから,求人票の記載と異なり定年制があることを明確にしないまま採用を通知した以上,定年制のない労働契約が成立したと認めるのが相当である。

1.2 採用決定後に提示及び署名捺印させた労働条件通知書

本件では,被告代表者が同年3月1日に原告に対して本件労働条件通知書を提示し,その裏面に原告が署名押印している。

これは1.1で成立した雇用契約の雇用条件を変更することになる。

「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており,自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく,当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであり,その同意の有無については,当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷平成28年2月19日判決・民集70巻2号123頁参照)。そして,この理は,賃金や退職金と同様の重要な労働条件の変更についても妥当するものと解するのが相当である。」

雇用期間や定年制の変更は重要な雇用条件の変更に該当

「本件労働条件通知書は,被告代表者がその主要な内容を相応に説明した上で,原告が承諾するとして署名押印したものであるものの,被告代表者が求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず,他方,被告代表者がそれを提示した時点では,原告は既に従前の就業先を退職して被告での就労を開始しており,これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考えて署名押印したと認められる。
これらの事情からすると,本件労働条件通知書に原告が署名押印した行為は,その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないから,それによる労働条件の変更について原告の同意があったと認めることはできない。」

2福祉事業者A苑事件の関連情報

2.1判決情報

  • 裁判官:高松みどり
  • 掲載誌:判例時報2355号90頁,労働判例1164号44頁

2.2 関連裁判例

  • 千代田工業事件(大阪高判平2.3.8労判575号59頁)
  • 株式会社丸一商店事件(大阪地判平10.10.30労判750号29頁)
  • 藍澤證券事件(東京高判平22.5.27労判1011号20頁)
  • 八州事件(東京高判昭58.12.19労判421号33頁)
  • 安部一級土木施工監理事務所事件(東京地判昭62.3.27労判495号16頁)
  • エレクトロラックス・ジャパン事件(東京地決昭60.7.31労判457号21頁)

2.3 参考記事

 

3福祉事業者A苑事件の判例の具体的内容

3.1 主文

1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成27年4月から本判決確定の日まで,毎月15日限り15万円及びこれに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを20分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

3.2 事実及び理由

第1 請求

1 主文1項と同じ。
2 被告は,原告に対し,平成27年4月から本判決確定の日まで,毎月15日限り25万4100円及びこれに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成27年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 請求の要旨

 本件は,被告に雇用されていた原告が,主位的には,原告と被告との労働契約は期間の定めのないものであったところ,被告がした解雇は無効であると主張し,予備的には,原告と被告との労働契約が期間の定めのあるものであったとしても,被告がした雇止めは無効で,従前の契約が更新されたと主張して,①原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め,②解雇又は雇止めの日の翌日である平成27年3月1日以降分の賃金支払請求権に基づき,同年4月から本判決確定の日まで,毎月15日限り25万4100円及びこれに対する各弁済期の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,③上記解雇又は雇止めが原告に対する不法行為を構成すると主張して,民法709条に基づき,50万円の損害賠償及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年3月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。

 これに対して,被告は,原告と被告との労働契約は期間の定めのあるものであり,同労働契約は期間満了により終了し,契約は更新されていないと主張して争うほか,予備的に,契約が更新されたとしても原告には雇用契約の更なる継続に対する期待利益がないとして争うとともに,いわゆる中間収入の控除を主張している。

2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1) 被告は,平成26年3月1日から,児童デイサービスAという名称の事業所(以下「本件事業所」という。)で,障がい児童に対する放課後デイサービス事業を行う会社である。
原告は,昭和24年生まれで,平成26年1月時点で64歳であった男性であり,被告との間で労働契約を締結し(以下「本件労働契約」という。),本件事業所に指導員として雇用された者である。

(2) 被告が平成26年1月10日にハローワークに申し込んだ求人票には,次のとおり記載されていた(〈証拠略〉,以下「本件求人票」という。)。
ア 職種 管理責任者(療育・介護)
イ 仕事の内容 放課後デイサービス事業所における障がい児童に対する療育,介護等
*平成26年3月オープン予定の新しい施設です。
ウ 雇用形態 正社員
エ 雇用期間 雇用期間の定めなし 平成26年2月1日~
オ 必要な経験等 実務経験5年以上 年間180日以上勤務されている方
カ 必要な免許・資格 ヘルパー2級又は保育士又は社会福祉士 普通自動車免許
キ 賃金 基本給 月額25万円 月平均労働日数21.8日
ク 定年制 なし
ケ 就業規則 なし

(3) 被告が平成26年3月1日に作成した原告に対する「労働条件通知書」には次のとおり記載されている。この裏面には,不動文字で「本通知書に記された労働条件について承諾します。」「本通知書を本日受領しました。」と記され,同日付けの原告の署名押印がなされている。(以下「本件労働条件通知書」という。)
ア 契約期間 期間の定めあり(平成26年3月1日~平成27年2月28日) 更新する場合があり得る。
イ 賃金 25万円(サービス管理者分¥30,000基本22万円)
通勤手当 4100円
ウ 定年制 有(満65歳)

(4) 原告は,平成26年2月は,同月12日から28日までの間に11日間・合計91時間勤務し,被告から,7万7350円の給与と交通費4100円の支払を受けた(〈証拠略〉)。
原告は,平成26年3月就労分以降は,被告から,毎月基本給22万円,職務手当3万円,通勤手当4100円の支払を受けた(〈証拠略〉。ただし,平成27年2月就労分については4076円の減給処分が行われた。)。
被告における給与の支払は,毎月末日締め,翌月15日支払である。

3 争点

(1) 本件労働契約は,期間の定めのない契約か。
(2) 本件労働契約が期間の定めのある契約である場合,
ア 本件労働契約は,平成27年3月1日に更新されたか。
イ 本件労働契約は,平成28年3月1日以降も更新されたか。
(3) 原告が被告に請求し得る未払賃金の額
(4) 被告の原告に対する不法行為の成否及び損害額

第3 争点に関する当事者の主張

省略

第4 当裁判所の判断

1 争点(1)(本件労働契約は,期間の定めのない契約か)について

(1) 認定事実

前提事実及び証拠(原告本人,被告代表者)によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告は,従前から整骨院を営んでいたが,平成26年3月から,障がい児童を対象とする放課後デイサービス事業を行うこととし,本件事業所を開設することとした。そして,そのために管理責任者が必要であったところ,内定していたBが辞退したことから,被告は,管理責任者を求人する必要が生じ,ハローワークで求人をすることとした。
そこで,被告代表者は,管理責任者になれる人であることと,月給を25万円とすることを決め,その他の条件は,取締役のCに対し,できるだけ多くの人が求人に応募するように募集要領を記載するよう指示し,Cは,正社員,雇用の始期を平成26年2月1日,契約期間の定めなし,定年制なし等とする本件求人票を作成し,平成26年1月10日にハローワークに求人申込みをした。しかし,被告代表者は,実際の契約内容は契約時に改めて決めればよいと考えていたため,Cが作成した求人票の内容を把握していなかった。

イ 平成26年1月当時64歳であった原告は,E運送の仕事に従事する傍ら,ヘルパー2級の資格を持って二つの施設で夜勤の老人介護の仕事にも従事していたところ,ハローワークで本件求人票を閲覧して,給料が25万円という点と定年制がない点に魅力を感じたことから,同月17日,求人票のコピーを持参した上で,被告代表者及びCの面接を受けた。その面接において,原告は,本件求人票のとおり定年制がないことを質問したところ,被告代表者は,まだ決めていないと回答した。また,労働契約の期間の定めの有無や,労働契約の始期については特にやり取りはされなかった。
この面接後,被告は原告に対して採用する旨を連絡し,ハローワークの紹介状を求めたことから,原告は,同月24日,同紹介状をハローワーク(F職業安定所)で取得して被告に提出し,被告は,同月30日,ハローワークに,雇用予定日を同年3月1日とする選考結果通知を提出した。

ウ 原告は,本件求人票に記載された就業予定日である平成26年2月1日が近づいても労働契約書が作成されなかったことから,危険を感じ,従前の就業先のうち,一部だけを退職するにとどめた。
他方,被告は,本件事業所の開業前の同月中は業務があまりなく,他の就業予定の従業員については同月中は時給850円でのパートタイム勤務とすることとしていたことから,原告についても同様にすることとし,Cは,原告に対し,同月中は都合のいい日に出勤すれば足りるとして都合を尋ねたところ,原告は,同月1日から就業という話が曖昧になっていると感じつつも,上記のような就業状況から,同月12日以降の出勤が可能であるとして,同月中は11日間・合計91時間の就業をした。これに対しては,同年3月15日に7万7350円の給料(時給850円)及び交通費4100円が支給された。

エ 被告代表者は,平成26年3月1日からの原告の労働条件について,D社会保険労務士の助言を受けて,契約期間を1年間の有期契約とし,65歳の定年制とすることとし,その旨の本件労働条件通知書を作成した。その内容は,Bら他の従業員2名についても同様であった。
同日,本件事業所が開所し,原告は他の就業先を退職してフルタイムでの勤務を開始した。そして,被告代表者は,原告の就労開始後である同日午後3時頃,原告に対し,本件労働条件通知書を提示して説明した。それに対し,原告は,既に他を退職して被告に就業した以上,これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考え,特に内容に意を払わず,その裏面に署名押印した。

オ その後,原告は,本件事業所で就業していたが,平成26年3月18日に交通事故に遭い,休職した後,同年7月から徐々に復職したが,被告代表者の対応等に不満を抱き,平成27年1月に労働組合に相談した際,持参した本件労働条件通知書を労働組合の人が指摘したことにより,有期労働契約であることや定年制とされていることを認識した。

カ 被告は,平成27年2月末日限りで被告との本件労働契約が終了したものとして取り扱った。

(2) 事実認定の補足説明

ア 原告本人は,平成26年1月17日の面接の際に,定年制について質問したのに対し,被告代表者は,定年制はないと回答したと供述する。
しかし,被告代表者は,まだ決めていないと回答したと供述している。
そして,被告代表者は,従前から営んでいた整骨院での柔道整復師との関係では特に雇用関係という意識がなかったが,D社会保険労務士からの助言に基づいて定年制を設けたもので,求人票についてはなるべく多くの人が応募するように作成するようCに指示したものだと供述しており,この供述は,求人票の記載が応募者を誘引するためだけの空虚な記載であったことをあからさまに認める点で信用し得るものであるから,面接時点では,定年制について特段決めていなかったとの被告代表者の供述は信用することができ,原告本人の上記供述は採用できない。
イ 原告は,同年3月1日に被告代表者が労働条件通知書を提示した際には,その内容について説明をしなかったと主張する。
しかし,これに対して,被告代表者は,一言一句読み上げたと供述しているところ,原告本人も,賃金については説明を受けたと陳述又は供述している上,本件労働条件通知書は,他の従業員2名のものと同じ内容であり,特に被告代表者が内容をごまかす必要もないことからすると,被告代表者が一言一句読み上げたとまで認めるには足りないが,少なくとも主要な事項について相応の説明をしたとは認めるのが相当であり,原告の上記主張は採用できない。

ウ 本件労働条件通知書の説明について,イのとおり認められることからすると,原告は,当初からその主要な内容について認識していたと認めるべきようにも思われる。
しかし,原告本人は,これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考え,特に内容に意を払わず,その裏面に署名押印したと述べており,原告はこの時点ではいまだ被告代表者に対する不満がなかったことからすると,その内容に意を払わなかったことにも合理性がある。そして,被告代表者も,後の団体交渉の際に,本件労働条件通知書において定年制の記載があることや期間の定めがあることが問題になったときに,原告もそれをみて驚いていたと述べていることからすると,原告は,署名押印時点においては本件労働条件通知書の内容を認識しておらず,後に労働組合に相談したときに認識したと認めるのが相当である。

(3) 以上に基づき判断する。

ア 求人票は,求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので,求職者は,当然に求職票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから,求人票記載の労働条件は,当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り,雇用契約の内容となると解するのが相当である。
そして,本件では,原告は,ハローワークで本件求人票を閲覧して被告の面接を受けて採用されたものであるところ,本件求人票には雇用期間の定めはなく,雇用期間の始期は平成26年2月1日とされ,面接でもそれらの点について求人票と異なる旨の話はないまま,被告は原告に採用を通知したのであるから,本件労働契約は,同日を始期とする期間の定めのない契約として成立したものと認められる。また,定年制については,面接では被告代表者から定年制はまだ決めていないという回答がされたものの,本件求人票には定年制なしと記載されていた上,定年制は,その旨の合意をしない限り労働契約の内容とはならないのであるから,求人票の記載と異なり定年制があることを明確にしないまま採用を通知した以上,定年制のない労働契約が成立したと認めるのが相当である。

イ これに対し,被告は,本件労働契約が平成26年2月1日を始期とする期間の定めのないものと認めるのは,同年2月の原告の就業状況に沿わないと主張する。
しかし,同月の原告の就業状況が前記のようなものとなったのは,被告が,前記の内容の労働契約が成立したにもかかわらず,契約書を作成せず,また,説明もなくパートタイム契約として扱うことにより都合のいい日に出勤すれば足りるとの態度を示したことに対して,原告が自己の不利益を回避するためにした事後的な対応の結果によるものであるから,原告の同月の就業状況が前記認定のようになったからといって,当初の労働契約の内容が前記認定のものであることを否定することはできず,せいぜい,契約の始期を同年3月1日とする旨に変更されたと認め得るにとどまるというべきである。したがって,被告の上記主張は採用できない。

ウ また,本件では,被告代表者が同年3月1日に原告に対して本件労働条件通知書を提示し,その裏面に原告が署名押印している。この事実に基づいて被告は,同日での新たな労働契約の成立を主張するところ,この主張は,先に成立を認定した本件労働契約の変更を主張する趣旨を含むと解されるから,次にその点を検討する。
使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており,自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく,当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであり,その同意の有無については,当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷平成28年2月19日判決・民集70巻2号123頁参照)。そして,この理は,賃金や退職金と同様の重要な労働条件の変更についても妥当するものと解するのが相当である。

これを本件について見ると,労働契約が期間の定めのあるものか否かは,期間の定めがない場合には,死亡等を除けば,解雇によらなければ契約は終了せず,その解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効とされる(労働契約法16条)のに対し,期間の定めがある場合には,原則として期間満了により労働契約は終了し,例外的に,過去に反復して更新されたことがあり,契約を更新しないことが期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できる場合や,期間満了時に更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる場合にのみ,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合には,同一の条件で更新したものとみなされる(同法19条)という相違があり,契約の安定性に大きな相違があることから,賃金と同様に重要な労働条件であるといえる。また,定年制の有無及びその年齢も,契約締結当時64歳の原告の場合には,やはり賃金と同様に重要な労働条件であるといえる。そして,期間の定め及び定年制のない労働契約を,1年の有期契約で,65歳を定年とする労働契約に変更することには,原告の不利益が重大であると認められる。
また,本件労働条件通知書は,被告代表者がその主要な内容を相応に説明した上で,原告が承諾するとして署名押印したものであるものの,被告代表者が求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず,他方,被告代表者がそれを提示した時点では,原告は既に従前の就業先を退職して被告での就労を開始しており,これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考えて署名押印したと認められる。
これらの事情からすると,本件労働条件通知書に原告が署名押印した行為は,その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないから,それによる労働条件の変更について原告の同意があったと認めることはできない。

エ 以上によれば,原告と被告との労働契約は,期間の定め及び定年制のないものであると認められるところ,被告は,原告を解雇したこと等の本件労働契約の終了事由を何ら主張立証しないから,本件労働契約は現在もなお継続していると認められる。
なお,被告は,本件労働契約が有期の契約であることを前提とした上で,原告には被告で就労して職務専念義務を果たす意思がないと主張しており,これは,平成27年3月以降に原告が自主退職したとの主張の趣旨に解されないこともない。しかし,原告は既に平成27年5月29日に本件訴訟を提起しており,その前後に被告主張のとおり原告が他に就業して収入を得ており,本件訴訟が被告代表者のような考え方の人に対する反撃の裁判であると陳述しているとしても,それをもって,原告が被告での就労意思を確定的に放棄したとまで認めることはできないから,原告が自主退職したとも認められない。
したがって,原告が被告に対して期間の定めのない労働契約上の権利を有することの確認を求める請求は,理由がある(そのため,期間の定めのある契約であることを前提とする争点(2)ア及びイは判断の必要がない。)。

2 争点(3)(原告が被告に請求し得る未払賃金の額)について

(1) 前提事実のとおり,原告は,平成26年3月就労分以降,被告から,毎月基本給22万円,職務手当3万円,通勤手当4100円の支払を受けていたが,このうち通勤手当は原告が現実に就労したことによって初めて支払われる性質のものであるから,原告は未払賃金として請求することはできない。
(2) また,原告本人の供述によれば,原告は,平成26年3月1日に被告から就労を拒絶されて以降,①同月中にタクシー会社に就職して無線業務に従事し,月額17万円から18万円の収入を得たこと,②同月末からは昼間のタクシー乗務員の業務に従事し,平均して月額27万円から28万円の収入を得たこと,③同年7月末からは別の会社で高速タクシー乗務員の業務に従事し,月額32万5000円程度,同年11月は月額40万円程度,同年12月以降は月額22万円から23万円程度の収入を得ていることが認められる。
そして,使用者に就業を拒絶された労働者が,その期間内に他の職について利益を得た場合,使用者が労働者に拒絶期間中の賃金を支払うに当たっては,その利益額を賃金から控除することができるが,その限度は平均賃金の4割の範囲内にとどまると解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和37年7月20日判決・民集16巻8号1656頁参照)。
そうすると,本件での原告の平均賃金は25万円であるから,その4割は10万円であるところ,前記認定のとおり被告が原告の就労を拒絶した後,原告は他で就業して10万円以上の収入を得ているから,被告は未払賃金から同額を控除することができ,月額15万円を支払う義務を負うにとどまる。そして,原告の上記認定の収入状況は,本判決の確定まで継続する蓋然性があるから,原告が被告に対して請求し得る未払賃金額は,将来分も含めて月額15万円と認めるのが相当である。
したがって,本件での未払賃金の支払請求は,原告は,被告に対し,平成27年3月1日以降分として,同年4月から本判決確定まで,毎月15日限り,25(ママ)万円の未払賃金及びこれに対する各月16日から各月の賃金分に対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

3 争点(4)(被告の原告に対する不法行為の成否及び損害額)について

本件での被告による就労拒絶は合理的理由を欠くものであるが,それによる原告の不利益は基本的に労働契約上の地位が確認され,未払賃金が支払われることによって補填されるものであり,また,原告は,被告による就労拒絶後も,他で就業して本件労働契約に係る給与以上の収入を得ていることからすると,本件での被告による就労拒絶が,原告に対する不法行為を構成するとまでは認められない。
したがって,本件での原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

4 結論

よって,主文のとおり判決する。

 

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