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職務命令違反で懲戒解雇できる?

ご質問

当社は,経営合理化のため、全国に散在している工場を集約することを決定しました。そこで、一部の従業員には、転勤を要請しました。しかし,ある従業員は,転勤に応じようとしません。このような職務命令に従わない従業員は即刻懲戒解雇としたいと考えておりますが,このような場合,懲戒解雇は認められるのでしょうか?

回答

転勤命令を拒否したからといって、すぐに懲戒解雇又は普通解雇をすることは許されません。会社としては、まず、赴任日を超えてでも転勤に応じるように、(転勤命令に基づく)新職場への就労を説得し、拒否の理由を聞き、疑問点に答えるなどし、拒否理由の解消に努める必要があります。それでも応じない場合に,懲戒解雇を検討することになります。

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  • 業務命令に背いたからといって直ちに解雇をすることは出来ない。
  • 業務命令の根拠や濫用にあたらないことが前提となる。

解説

1 業務命令の根拠はあるのか?

会社の業務命令を労働者が拒否したことに対して会社が懲戒処分を行うためには,まず,会社がその業務命令の根拠を持っていなければなりません。ここで業務命令の内容としては,大きく3つに分けて説明できます。1つは,「請求書を作成しろ」などの日常業務の労務指揮権です。2つ目は,時間外労働命令などの業務遂行全般についての労働者に対し必要な指示・命令の権限である業務命令権です。3つ目は,従業員の採用から解雇まで企業における労働者の地位や処遇に関する使用者の決定権限である人事権です。これらについて,根拠が必要になるのです。
この点,日業業務の労務指揮権は,労働契約の本質ですので,労働契約を締結した段階で使用者が命令権を取得していると解されます。時間外・休日労働,所持品検査などの業務命令,人事権としての異動命令などは,就業規則に権限の根拠規定が必要になります。

2 日常業務を拒否した場合

日常業務に対する労務指揮,例えば,「この資料をまとめろ。」「営業に行け」などの日常業務に対する命令は就業時間中になされるものですが,これを拒否したというだけで懲戒解雇をするのは重きに失すると言えます。解雇が正当化されるとすれば,上司からの繰り返し指導・注意を受け,懲戒処分としてのけん責などを通じて改善の機会が与えられた後でも改善の見込みがない場合に普通解雇として解雇がなされる場合だと考えられます。従って,日業業務の労務指揮権に違反した懲戒解雇は無効である可能性が高いと言えます。

3 時間外労働命令などの業務命令を拒否した場合

休日労働を命ずる場合は,労働者の私生活の自由との衡量が必要になると解されます。従って,休日労働の必要性が大きい場合,たとえば,その労働者しか日曜日にその業務に対応できず(非代替性),その日に対応しないと具体的に損害が生ずる(損害性)といった事情がない限り,その命令拒否を理由に懲戒処分をすることはできないと考えられます。
他方で,時間外労働命令(残業)の場合は,根拠規定がある以上は,ある程度の制約を受けるのはやむを得ず,懲戒処分の可能性はあります。ただ,いずれにしても上記2と同様に懲戒解雇を正当化することは難しいと思われます。

4 人事権に基づく職種変更・転勤命令を拒否した場合

一方、職種変更・転勤命令や出向命令を拒否した者については、最終的には、懲戒解雇を選択することも可能とされています。なぜなら,職種変更・転勤のような異動命令は,雇用保障の見返りとして使用者に認められた強い権限と考えられているからです。
もっとも,転勤命令を拒否したからといって,すぐに懲戒解雇又は普通解雇が正当化される訳ではなく,以下のような慎重な手続が必要と考えられます。

① 元の職場(現在の職場)への労務提供を、文書により明確に拒否する。
② 業務上の必要性、人選理由などを何度も説明し、(転勤命令に基づく)新職場への就労を説得する。
③ 拒否理由を十分に聞き、疑問点に答え、拒否理由の解消に努める(上記②と併せて、少なくとも2週間~1か月間を充てる必要がある)。
④ 元の職場(現在の職場)に後任者が決まっていれば、予定通り就労させる。
⑤ 説得期間中、新職場では、一時的な応援を受けるなどの暫定措置で対応する。
⑥ どうしても説得に応じない場合は、内容証明郵便で赴任の最終期限を通知し、応じない場合には懲戒解雇となることを警告する。

このような慎重な手続を経ても転勤を拒否したような場合に,懲戒解雇を選択することも可能となると言えます。逆に言えば,このような手続を経ずに懲戒解雇された場合は,無効となる可能性があると言えます。

対応方法

1 まずは弁護士に相談!

問題のある社員に辞めてもらうために貴社が採れる手段は,ケースバイケースですが,退職勧奨,普通解雇,懲戒処分などが挙げられます。もっとも,従業員にとっても生活の糧となる収入が途絶えることになりますので,安易な措置はトラブルを生み,かえって貴社に混乱とコストの負担をかけることにもなりかねません。
まずは,なるべく早くご相談下さい。相談が早ければ早いほどとりうる手段は多いものです。
弁護士は,あなたのご事情を伺い,具体的対応策をあなたと一緒に検討し,最善の解決策をアドバイスします。
貴社のケースでは解雇は有効になるのか否か,具体的な対策として打つべき手は何か,証拠として押さえておくべきものは何か等をアドバイスします。

2 証拠の収集

法的措置に対応する場合はもちろん,交渉による解決を目指す場合も,証拠の確保が極めて重要になります。貴社にとって有利な証拠を出来るだけ確保して下さい。

3 労働者との交渉

まずは,法的措置に進む前に,労働者と交渉して,貴社の望む結果(問題社員の退職,解雇,低額の解決金の支払い等より有利な条件での退職等)が得られるようにします。 裁判に訴えられる前の交渉の時点で解決できれば,貴社にとっても次のようなメリットがあります。

①早期に解決できることにより,人的負担が回避できる。

法的手続に進んだ場合,労働者に関係する従業員(同僚・上司)はもちろん,経営者にも時間・労力・精神的負担を割くことを要求されます。この負担が日常業務に加わることで,かなりの負担感となります。交渉で解決することによりかかる人的負担が早期に回避できます。

②労働審判・訴訟等の法的手続に進んだ場合より解決金の水準が低い

一般に法的手続に進む場合に比べ,企業が支払う解決金の金額は低いものとなります。

4 裁判対応

労働者との間で交渉による解決が図れない場合は,労働者は自己の権利の実現を求めて裁判を起こす可能性が高いと言えます。具体的には,賃金仮払い仮処分手続,労働審判手続,訴訟手続などがありますが,労働者が事案に応じて手続を選択して,自己の請求の実現を目指すことになります。貴社としては,かかる労働者の法的請求に適切に対応する必要があります。

労働問題.comの対応

1 経験豊富な弁護士に相談

労働問題は適用される法律が難解で事実関係が極めて複雑であり,また,貴社が採るべき対応策はケースバイケースで決めざるを得ません。貴社独自で調査の上でのご対応が,時に誤った方法であることも多分にございます。
そこで,まず,労働問題について豊富な経験実績を有する弁護士にご相談下さい。ご相談が早ければ早いほどとりうる手段は多いのが実際ですので,トラブルが少しでも生じましたら出来るだけ早期にご相談されることをお勧めいたします。
労働問題.COMでは,常に労働問題を専門的に取り扱う経験豊富な弁護士が直接対応させていただいております(原則的に代表弁護士である吉村が対応させて頂きます。)。裁判のリスクを踏まえながら,法律上の問題点を指摘しつつも,抽象的な法律論に終始することなく,貴社が採るべき具体的な対応策を助言いたします。早期のご相談により紛争を未然に防止することが出来た事例が多数ございます。また、その後の交渉・裁判対応においても有利な対応を取ることが出来ます。

2 継続的なご相談・コンサルティング

労使間のトラブルは一時的なものではなく,長期化することがしばしばあります。ケースバイケースに採るべき対応策や確保すべき証拠も異なりますし,時々刻々と状況が変わっていき,その都度適切な対応をとることが必要です。この対応が間違っていた為に,その後の交渉や法的措置の段階で不利な状況に立たされることもままあります。
労働問題.COMでは,経験豊富な弁護士が,継続的なご相談を受けコンサルティングを行います。初期の段階より貴社にとって有利な対応をアドバイスしていきます。それにより,その後の交渉・法的措置にとって有利な証拠を確保でき,適切な対応をとることで,万全の準備が出来ます。また,継続的に相談が出来ることにより安心して他の日常業務に専念していただくことができます。

3 貴社を代理して労働者(弁護士,労働組合)と交渉いたします。

労働者の対応は様々ですが,貴社へ要求を認めさせるために,様々な働きかけをする事が多いのが実情です。労働者が弁護士や労働組合を介して,会社に対し各種の請求を行い,交渉を求めることはよくあることです。弁護士や労働組合はこの種事案の交渉のプロですので,貴社独自で臨むことで,あらぬ言質や証拠をとられ,本来了承する必要のない要求まで認めさせられることもしばしばです。貴社独自でのご対応は,一般的には困難であることが多いといえます。
そこで,労働問題.COMでは,労使間の交渉対応に精通した弁護士が,貴社に代わって交渉の対応を致します。具体的には,貴社担当者から詳細なヒアリングを実施し,証拠の収集等の準備を行った上で,弁護士が法的根拠に基づいた通知書を出し,適切に交渉することで,貴社にとって有利な結論を,裁判を経ずに勝ち取ることも可能となります。

4 裁判対応

労働者が労働審判,仮処分,訴訟などの裁判を起こしてくる場合が近時急増しています。かかる裁判への対応は法律で訴訟代理権を独占する弁護士のみが対応することができます。 但し,労働問題を適切に対応することができるのは労働問題について豊富な経験実績を有する弁護士に他なりませんが,労働問題は極めて特殊専門領域であるため,経験実績がない又は乏しい弁護士が殆どである実情があります。
労働問題.COMでは,労働事件を専門分野とし,裁判対応の豊富な経験実績を有する弁護士が常時対応させていただいております。貴社に対し,最善の弁護活動をお約束いたします。

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参考裁判例

業務(職務)命令違反を理由とする懲戒(諭旨)解雇が無効と判断された事例

株式会社東谷山家事件

福岡地裁小倉支決平成9.12.25労働判例732-53

(事案の概要)

Yは,酒類の製造販売,一般貨物運送,ガソリンスタンド経営等を業とする商事会社であり,Xは,平成3年2月,Yの正規社員として採用され,トラック運転手として稼働してきた。
しかし,Xは,髪の毛を短髪にして黄色く染めて勤務し,理髪店に行って黒く染め直してくるようにとのYの指示に従わず,始末書の提出にも応じなかったため,諭旨解就業規則第44条の4号(素行不良にして・・・社内の風紀秩序を乱したとき),5号(所属長又は関連上長の業務上の指示,命令に従わないとき)及び8号(会社の規則,通達などに違反し,前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき)に該当する行為を行い,かつ,これら「けん責」に該当する事項が再三に及んでいるため,就業規則第46条1号(・・・違反が再度におよぶとき)に該当するとして,平成9年7月16日,Yより諭旨解雇処分(以下,「本件解雇」という。)を受けた。

(裁判所の判断)

裁判所は,「債権者(筆者注:X)は,当初,会社側から髪の色を元に戻すよう要求され,「自然に元に戻す」と返答していたが,会社側の要求が変わらないため,自ら白髪染めである程度染め戻すなどしたものの,会社側は本件解雇に及んでいる。この間における会社側の言い分は,すでにみたように,要約すれば,「髪の色は自然な色でなければ困る。少しでも色がついていてもだめだ。なぜもとに戻せないのか。髪の色は自然な色でなければならないというのが会社の方針である。この会社の方針に従いたくないというのなら辞めてもらうしかない。」というにある。これに対して,債権者は当初個人の好みの問題と反論していたが,次いで,自ら白髪染めで染め直すなどしており,一応対外的に目立つ風貌を自制する態度に出ていたことがうかがえるところ,債務者(筆者注:Y)は追い打ちをかけるように始末書の提出を債権者に求めるに至っている。このような債務者側の態度は,社内秩序の維持を図るためとはいえ,労働者の人格や自由への制限措置について,その合理性,相当性に関する検討を加えた上でなされたものとはとうてい認め難く,むしろ,あくまで債権者から始末書をとることに眼目があったと推認され,Yの専務らの態度(債権者に対する指導)が「企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内」の制限行為にとどまるものとはいまだ解することができない。以上要するに,債権者が頭髪を黄色に染めたこと自体が債務者会社の就業規則上直ちにけん責事由に該当するわけではなく(債務者もこのような主張をしているとは解されない。),上司の説得に対する債権者の反抗的態度も,すでにみたように,会社側の「自然色以外は一切許されない」とする頑なな態度を考慮に入れると,必ずしも債権者のみに責められる点があったということはできず,債権者が始末書の提出を拒否した点も,それが「社内秩序を乱した」行為に該当すると即断することは適当でない。してみると,本件解雇は,解雇事由が存在せず,無効というべきであるが,仮に,債権者の右始末書の提出拒否行為に懲戒事由に該当する点があったとしても,本件の具体的な事情のもとでは,解雇に処するのが著しく不合理であり,社会通念上相当として是認することができない場合に当たることは明らかであり,いずれにしても,本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効というべきである。」と判示して,諭旨解雇を無効と判断した。

(コメント)

本決定は,企業秩序維持・確保のため企業が労働者に必要な規制,指示,命令等を行うことが許されるが,おのずとその本質に伴う限界があり,特に,労働者の髪の色・型,容姿,服装などといった人の人格や自由に関する事柄について,企業秩序の維持を名目に労働者の自由を制限しようとする場合には,具体的な制限行為の内容は,制限の必要性,合理性,手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請されると解されるとしています。

S社(性同一性障害者解雇)事件

東京地決平成14.6.20労働判例830-13

(事案の概要)

Xは,平成14年3月4日,女性の服装,化粧等(以下「女性の容姿」という。)をして出社し,配転先である製作部製作課において在席したが,しばらくしてYから自宅待機を命じられ,その後,就労しなかつた。Yは,3月5日から8日までの,女性の容姿をして出社してきたXに対し,それぞれ以下のとおり記載された通知書を発し,自宅待機を命じた(以下,下記1,2の命令を「本件服務命令」という。)。
「就業規則57条(服務義務),58条(服務規定)に基づき下記事項を命じるとともに,自宅待機を命じます。

1 女性風の服装またはアクセサリーを身につけたり,または女性風の化粧をしたりしないこと。
2 明日は,服装を正し,始業時間前に出社すること。

なお,今後も貴殿が上記命令に従わない場合には,当社就業規則に基づき厳重なる処分をすることとなりますので,その旨付記します。」
しかし,Xは,その後も本件服務命令(女装で出勤しないこと等)に全く従わなかったため,同年4月17日,Yより懲戒解雇された。

(裁判所の判断)

裁判所は,「債権者(筆者注:X)は,従前は男性として,男性の容姿をして債務者(筆者注:Y)に就労していたが,1月22日,債務者に対し,初めて女性の容姿をして就労すること等を認めるように求める本件申出をし,3月4日,本件申出が債務者から承認されなかった後に最初に出社した日,突然,女性の容姿をして出社し,配転先である製作部製作課に現れたのであり,債務者社員が債権者のこのような行動を全く予期していなかったであろうことを考えると,債務者社員(特に人事担当者や配転先である製作部製作課の社員)は,女性の容姿をした債権者を見聞きして,ショックを受け,強い違和感を抱いたものと認められる。そして,債務者社員の多くが,当時,債権者がこのような行動をするに至った理由をほとんど認識していなかったであろうことに加え,一般に,身体上の性と異なる性の容姿をする者に対し,その当否はさておき,興味本位で見たり,嫌悪感を抱いたりする者が相当数存すること,性同一性障害者の存在,同障害の症例及び対処方法について,医学的見地から専門的に検討され,これに関する情報が一般に提供されるようになったのが,最近になってからであることに照らすと,債務者社員のうち相当数が,女性の容姿をして就労しようとする債権者に対し,嫌悪感を抱いたものと認められる。また,債務者の取引先や顧客のうち相当数が,女性の容姿をした債権者を見て違和感を抱き,債権者が従前に男性として就労していたことを知り,債権者に対し嫌悪感を抱くおそれがあることは認められる。さらに,一般に,労働者が使用者に対し,従前と異なる性の容姿をすることを認めてほしいと申し出ることが極めて稀であること,本件申出が,専ら債権者側の事情に基づくものである上,債務者及びその社員に配慮を求めるものであることを考えると,債務者が,債権者の行動による社内外への影響を憂慮し,当面の混乱を避けるために,債権者に対して女性の容姿をして就労しないよう求めること自体は,一応理由があるといえる。しかし,債権者が,平成●●年●月●●日以降,●に通い,性同一性障害(性転換症)との診断を受け,精神療法等の治療を受けていること,同年●●月●●日,妻との調停離婚が成立したこと,債権者が受診した上記●の医師が作成した平成●●年●月●●日付け診断書において,債権者について,女性としての性自認が確立しており,今後変化することもないと思われる,職場以外において女性装による生活状態に入っている旨記載されていること,債権者が,同年7月2日,家庭裁判所の許可を受けて,戸籍上の名を通常,男性名である「●●」から,女性名とも読める「●●」に変更したことは,前提となる事実のとおりである。・・また,疎明資料によれば,債権者が,幼少のころから男性として生活し,成長することに強い違和感を覚え,次第に女性としての自己を自覚するようになったこと,債権者は,性同一性障害として精神科で医師の診療を受け,ホルモン療法を受けたことから,精神的,肉体的に女性化が進み,平成13年12月ころには,男性の容姿をして債務者で就労することが精神,肉体の両面において次第に困難になっていたことが認められる。これらによれば,債権者は,本件申出をした当時には,性同一性障害(性転換症)として,精神的,肉体的に女性として行動することを強く求めており,他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると,多大な精神的苦痛を被る状態にあったということができる。そして,このことに照らすと,債権者が債務者に対し,女性の容姿をして就労することを認め,これに伴う配慮をしてほしいと求めることは,相応の理由があるものといえる。このような債権者の事情を踏まえ(れば),・・債務者社員が債権者に抱いた違和感及び嫌悪感は,債権者における上記事情を認識し,理解するよう図ることにより,時間の経過も相まって緩和する余地が十分あるものといえる。また,債務者の取引先や顧客が債権者に抱き又は抱くおそれのある違和感及び嫌悪感については,債務者の業務遂行上著しい支障を来すおそれがあるとまで認めるに足りる的確な疎明はない。のみならず,債務者は,債権者に対し,本件申出を受けた1月22目からこれを承認しないと回答した2月14日までの間に,本件申出について何らかの対応をし,また,この回答をした際にその具体的理由を説明しようとしたとは認められない上,その後の経緯に照らすと,債権者の性同一性障害に関する事情を理解し,本件申出に関する債権者の意向を反映しようとする姿勢を有していたとも認められない。そして,債務者において,債権者の業務内容,就労環境等について,本件申出に基づき,債務者,債権者双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても,なお,女性の容姿をした債権者を就労させることが,債務者における企業秩序又は業務遂行において,著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はない。以上によれば,債権者による本件服務命令違反行為は,懲戒解雇事由である就業規則88条9号の「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり,また,57条の服務義務に違反するものとして,懲戒解雇事由である88条13号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」には当たり得るが,・・懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできない。」と判示して,懲戒解雇を無効と判断した(判決文中,●表記は原文のとおり)。

(コメント)

本決定により,現在の段階においては,その障害の原因,機序,治療方法等において必ずしも明確にされているとはいえない性同一性障害の労働関係上の問題について,初めて司法判断が示されました。本決定は,企業側がXの要求を拒否したこと自体にはそれなりの理由があったとしつつ,性同一性障害者であるXの特殊な背景事情に適切な対応ないし配慮をしなかった点を重く見て,総括的に本件懲戒解雇処分を権利の濫用として無効とし,仮処分を認容する形においてX側の主張を一応受け入れました。仮処分事件ながら,性同一性障害者である従業員に対する企業側の職場環境に関する一定の配慮義務を明示的に認めた初の事例と位置づけることができるでしょう。

業務(職務)命令には理由がなく,それに従う義務はないと判断した事例

イースタン・エアポートモータース事件

東京地判昭和55.12.15労働判例354-46

(事案の概要)

Yは,全日本空輸株式会社(以下全日空と略称する)のパイロツト等の送迎を業とするハイヤー会社であり,XはYに雇用されているハイヤー運転手である。
しかし,Xは,昭和52年3月ころより鼻下に髭をたくわえていたところ,Yは,昭和53年2月1日,Xに対し「次の勤務日までに必ず髭をそるように。もし髭をそらないときは,ハイヤー乗車勤務につかせない」との業務命令を発した(以下本件業務命令という)。Xは,本件業務命令に従わないで出勤したところ,Yは,Xに対しハイヤーに乗車勤務させず,事業所内に待機することを命じた(以下,本件下車勤務命令という)。

(裁判所の判断)

裁判所は,「被告(筆者注:Y)会社は,一般旅客運送を業とする会社であり,ハイヤー営業が収入源を殆んど一手に支えるものである。ハイヤー営業においては,人的機構や物的設備が顧客を中心として構成され,全体として安全,確実な輸送はもとより,寛ぎのある快適なサービスの提供が重要視されることから,ハイヤー運転手は,服装,みだしなみあるいは言動,応接態度には常に留意して顧客を接遇することが要請されるのであつて,被告会社としてもハイヤー運転手のサービス提供のあり方について事業経営上格別の努力を払ってきた。すなわち,ハイヤー運転手は,運転技術のみならず服装,みだしなみ,挙措,言行等についてもハイヤーサービスの提供にふさわしい品格を保持すべきであるとして,「乗務員勤務要領」によりサービス提供に関する一般的かつ基本的な事項を具体的に指示し,これを日常勤務の上で十分発揮することを徹底して教育し,その履践を求めていたものである。そうであるとすれば,右「乗務員勤務要項」は,被告会社の定める規則又は諸規程に該当しないとしても,被告会社が,ハイヤー業務の特殊性を直視してハイヤー運転手がハイヤーに乗車勤務する上で遵守すべき服務を規律したいわゆる業務上の指示・命令の一にほかならないと解するのが相当である。先にのべたとおりハイヤー運転手は,業務の性質上顧客に対して不快な感情や反発感を抱せるような服装,みだしなみ挙措が許されないのは当然であるから,被告会社がこのようなサービス提供に関する一般的な業務上の指示・命令を発した場合,それ自体合理的な根拠を有するから,ハイヤー運転手がそれに則ってハイヤー業務にあたることは,円満な労務提供業務を履行するうえで要求されて然るべきところである。のみならず,被告会社が,原告(筆者注:X)を採用するにあたってもハイヤー業務の特殊性および顧客に対するサービスに徹することを説示した上で,「乗務員勤務要領」を交付してその履行を教育・指導していたものであるから,原告は,これに従った労務提供義務を負うことは明らかである。従って,原告は,「乗務員勤務要領」により指示された車両の手入れ,身だしなみを履践することはもちろん髭をそるべきこともまた当然である。そこで,「乗務員勤務要領」に記載されている"ヒゲ"が本件のような口ひげをも指すか否かが問題となる。(なお,原告が,被告会社と労働契約を結んだ際,口ひげをはやしてハイヤーに乗車勤務しないとの労働条件が明示的に右契約の内容とされたことを認める証拠はない)。・・右「乗務員勤務要領」が作成された当時においては,髭に対する観念が未だ一般化していなかつた状況を考えると,口ひげに対する規制をも念頭においてこれを作成したと解することは困難である。かてて加えて,本件発生に至るまでの間,被告会社においては,海外旅行等に伴う事情があつたとはいえハイヤー運転手が口ひげをはやしたままハイヤーに乗車勤務することを了知していた事実も認められるし,又,被告会社が右ハイヤー運転手や原告に対し口ひげを規制したのは,口ひげが「みつともなく,お客に不快感を与える」からであり,「就業規則には関係ない」ことを言明しているのであつて,そうであるとすれば,被告会社は,右「乗務員勤務要領」の「ヒゲをそる」旨の箇条により従業員の口ひげをも一般的かつ一律に規制し得ると考えていたか否か甚だ疑問であるといわざるを得ない。むしろ,被告会社は,ハイヤー運転手に端正で清潔な服装・頭髪あるいはみだしなみを要求し,顧客に快適なサービスの提供をするように指導していたのであつて,そのなかで「ヒゲをそること」とは,第一義的には右趣旨に反する不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様,奇異なひげ」を指しているものと解するのが相当である。従って,「乗務員勤務要領」にもとづいて原告の口ひげを規制すべく本件業務命令を発したとする被告会社の主張は理由がない。」と判示して,口ひげをそる労働契約上の義務がないことを認めた。

業務(職務)命令違反を理由とする懲戒解雇が有効と判断された事例

モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド事件

東京高判平成17.11.30労働判例919-83

(事案の概要)

Xは,Yに雇用されて,包括的長期為替予約を内容とする金融商品「フラット為替」の販売に従事していたが,日本公認会計士協会が平成15年2月に包括的長期為替予約についてヘッジ会計の適用に関する監査上の留意点(以下,「本件留意点」という。)を発表したことから,これがXの従事する営業行為を阻害するものと考えて,同年9月にその不当性を主張する論文を経済雑誌に寄稿し,10月には協会に対し本件留意点の撤回を求める内容証明郵便を送付するとともに,いわゆる5大監査法人に対しても本件留意点を盲信して監査業務を行うことは背信行為であるとする内容証明郵便を送付し,協会に対しては更に平成16年4月1日に不法行為に基づく慰謝料の支払を求める訴訟(以下,「別件訴訟」という。)を提起するなどし,この別件訴訟の取下げを命じる被控訴人からの業務命令にも従わなかった。
これらのXの一連の行動に対し,Yは,平成16年4月7日には,事前に相談のないまま別件訴訟を提起したことを理由にけん責処分(以下,「本件けん責処分」という。)を行い,同月26日には,別件訴訟の取下命令に従わないなど,被控訴人の定める行為規範や業務命令に違反する就業規則違反があったことを理由として,懲戒解雇の意思表示をした。また,Yは,同年9月6日,予備的に普通解雇の意思表示をした。

(裁判所の判断)

裁判所は,「控訴人(筆者注:X)は,別件訴訟の提起は憲法上認められた裁判を受ける権利及び表現の自由の発露といえる適法かつ正当な行為であると主張するが,・・本件留意点については被控訴人(筆者注:Y)において組織体として対応すべきものであって,個々の従業員が被控訴人の組織体としての検討や方針を離れて,自分の判断により行動する権限を有するものではないから,一従業員である控訴人が自分の判断のみにより,訴訟の提起という方法で本件留意点に対抗しようとすることは許されないものである。また,このような行動は,被控訴人の事業活動の一環としての面を有するものであり,当然に被控訴人の指揮命令権限が及ぶ。したがって,被控訴人は,このような就業規則や本件行為規範に違反する訴訟の提起に対しては,業務命令として訴訟の取下げを命じることもできるというべきである。控訴人は,平成16年4月7日以降,F室長,B弁護士やC本部長らから別件訴訟の取下げを勧告され,4月21日には業務命令として訴訟の取下げを命じられたが,4月23日,この業務命令には従わないとの通知をしたものであり,就業規則7条に違反する。」,「本件けん責処分は,事前に直属の上司又は法務部に相談することなく別件訴訟を提起したことに対して行われたものであり,その趣旨は,前後の事実関係からすると,控訴人の本件の一連の行動のうち無断で独自に別件訴訟を提起した点をとらえて,それが懲戒処分の対象となる重大な非違行為であることを認識させ,その後の対応として速やかに別件訴訟を取り下げ,これまでの行為を反省させるためのいわば第一次的処分としてされたものであり,けん責書が控訴人の今後の行為にも触れていることからしても,控訴人においてその後の真摯な反省と対応がされた場合には,その余の行為は改めて問題にはしないという意図の下で,軽いけん責処分を選択したものと認められる。そして,そのような被控訴人の意図や本件けん責処分の趣旨は,控訴人も当然に認識しており,あるいは容易に認識し得たものというべきである。ところが,本件においては,控訴人は別件訴訟の取下命令に従わなかったばかりか,自分の行為を反省する素振りも見せなかったため,これまでの事実経過を踏まえて別件訴訟提起後の行為を評価し,最終的な処分として懲戒解雇がされたものであり,これを一事不再理ないし二重処罰の禁止に触れると評価すべきものではない。」と判示して,懲戒解雇を有効と判断した。

(コメント)

同事件の一審判決は,懲戒解雇の効力について,本件留意点に関するXの一連の行動を,12に及ぶ非違行為を反復継続して故意または過失に基づいて行ったものと認定し,規律違反の程度は重大とする一方で,Y社が損害を被ったり,その具体的な危険が生じたとまでいうことはできないこと,本件懲戒解雇の理由として大きな比重を占めていることが明らかである行為(Xが別件訴訟の取下命令に従わなかったこと)は非違行為とはいえないこと,他事例における従業員の処分との均衡などを考慮して,本件懲戒解雇は,処分として重すぎるというベきで,懲戒権を濫用したものとして無効とするのが相当であると判断しましたが,普通解雇については,「XY間の信頼関係は,既に破壊され,それが修復される可能性はないといわざるを得ないから,Xについて,雇用の継続を困難とする重大な理由があ」るとして,有効と判断しました。
本判決後,Xは東京高裁に上告提起したが,民訴法316条1項2号(上告状に上告の理由がなく法定期間内に上告理由書を提出しないとき等)に従い却下とされ,最高裁への上告受理申立についても民訴法318条1項により受理すべきものとは認められないとされました。

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