当初の雇用契約は求人票の記載内容等から期間の定めのない契約であると認められたが,その後締結された契約により期間の定めのある雇用契約に変更されたと判断された例
1 千代田工業事件判例のポイント
1.1 雇用契約の内容
「職業安定法一八条は、求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所に対し、その従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示すべき義務を定めているが、その趣旨とするところは、積極的には、求人者に対し真実の労働条件の提示を義務付けることにより、公共職業安定所を介して求職者に対し真実の労働条件を認識させたうえ、ほかの求人との比較考量をしていずれの求人に応募するかの選択の機会を与えることにあり、消極的には、求人者が現実の労働条件と異なる好条件を餌にして雇用契約を締結し、それを信じた労働者を予期に反する悪条件で労働を強いたりするなどの弊害を防止し、もって職業の安定などを図らんとするものである。かくの如き求人票の真実性、重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。」
「これを本件について敷衍するならば、控訴人は、本件求人票の雇用期間欄に「常用」と記載しながら具体的に雇用期間欄への記載をしなかったものであるから、控訴人の内心の意思が前認定のとおり期間の定めのある特別職を雇用することにあったにせよ、雇用契約締結時に右内心の意思が被控訴人に表示され雇用期間について別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、右内心の意思にかかわりなく、本件求人票記載の労働条件にそった期間の定めのない常用従業員であることが雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。」
1.2 雇用条件変更の有無
「控訴人は被控訴人との間で、昭和五七年一〇月二二日付契約書(乙第三号証、以下「本件契約書」という。)により、被控訴人の雇用期間を昭和五七年一〇月二二日から昭和五八年四月二一日までとする旨を合意(以下「本件合意」という。)したものであるから、本件雇用契約は、期間の満了により終了した」と主張する。
そして,「被控訴人が本件契約書中「(嘱託)」との記載部分を除いた「今般貴社に於て左の条件に依り特別職として勤務する事を契約致します。一、期間 昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日まで 一、就業規定に依る」との部分(以下従前の用法とは異なり右部分のみを「本件契約書」という。)に署名捺印したことは、被控訴人の自認するところである以上、被控訴人が本件契約書記載の文言どおりの合意をしたことを否定することは困難であって、右文言によれば、被控訴人は控訴人に対し、本件雇用契約の期間を昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日までと合意をしたことは明らかである。」
2千代田工業事件の関連情報
2.1判決情報
- 裁判官:(控訴審)舟本信光,井上清,渡部雄策,(第一審)中田耕三,土屋哲夫,下野恭裕
- 掲載誌:判例タイムズ737号141頁,労働判例575号59頁,労働経済判例速報1419号5頁
2.2 関連裁判例
- 株式会社丸一商店事件(大阪地判平10.10.30労判750号29頁)
- 藍澤證券事件(東京高判平22.5.27労判1011号20頁)
- 八州事件(東京高判昭58.12.19労判421号33頁)
- 安部一級土木施工監理事務所事件(東京地判昭62.3.27労判495号16頁)
- エレクトロラックス・ジャパン事件(東京地決昭60.7.31労判457号21頁)
- 福祉事業者A苑事件事件(京都地判平29.3.30日労判1164号44頁)
2.3 参考記事
3千代田工業事件(控訴審)の具体的内容
3.1 主文
原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
右部分につき、被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
3.2 事実
第一 申立
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 主張(省略)
二 控訴人の追加主張(抗弁)
仮に、本件雇用契約締結時、期間一年の特別職(嘱託)とする旨の合意の存在が認められないとしても、控訴人は被控訴人との間で、昭和五七年一〇月二二日付契約書(乙第三号証、以下「本件契約書」という。)により、被控訴人の雇用期間を昭和五七年一〇月二二日から昭和五八年四月二一日までとする旨を合意(以下「本件合意」という。)したものであるから、本件雇用契約は、期間の満了により終了した。
三 右主張(抗弁)に対する被控訴人の異議
控訴人は、本件契約書につき、原審において本件雇用契約が期間一年の特別職であることを確認した趣旨であると釈明しながら、当審において新たに雇用期間の変更を合意したことの根拠として主張するのは、時機に遅れた攻撃防禦方法であり、却下されるべきである。
四 右主張(抗弁)に対する被控訴人の認否及び反論
被控訴人が本件契約書(但し、「(嘱託)」との記載部分を除く。)に署名捺印したことは認める。しかしながら、被控訴人は、前叙のとおり、岡村より「共済会に入るか入らないかの違いだからたいしたことはない。女子とか高齢者とかも皆書いている。」との説明を受けたため、格段重要な書類ではなく、その言葉どおりの意味しか持たず、期間の定めのない常用の地位に変更はないと思って署名捺印したに過ぎず、その際期間の定めのない常用従業員の地位を解消したうえ、新たに期間の定めを合意する趣旨の重要な労働条件の変更であることの明示を受けていない。従って、本件合意は、何らの法的効果を発生させるものではない。
第三 証拠〈省略〉
3.3 理由
一 請求原因1(控訴人の業種)及び3(本件雇用契約の終了通告と賃金の不払等)の各事実、並びに同2の事実中、被控訴人との控訴人が本件雇用契約を締結したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 控訴人は、本件雇用契約締結時その期間を一年と約した旨主張するので、この点につき判断する。
1 控訴人の就業規則等における雇用期間及び雇用形態等の定めについて
(一) 〈証拠〉によれば、控訴人の就業規則五〇条六号には「雇傭期間の定めある者が期日満了となり会社が延長しないとき」と、同第五二条には「社員の停年は男子満五五才、女子満五〇才に達したときとする。但し業務の都合に依り特に必要と認められた者に限り、准社員として引き続き雇入れることがある。」と、給与規定一条但書には「臨時雇及嘱託については、この規定を適用しないものとする。」とそれぞれ定められていることが認められる。
(二) 従って、控訴人の就業規則等からすれば、控訴人の従業員には、雇用期間の定めのある者、雇用期間の定めのない者、定年までの雇用を前提とした者、「准社員」、「臨時雇」及び「嘱託」という雇用形態ないし呼称の者の存在を予定していることが判明する。
2 控訴人従業員の従前における雇用期間及び雇用形態等について
(一) 〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定に反する〈証拠〉は前掲証拠と対比して措信し難く、ほかにこの認定を覆すに足る証拠はない。
(1) 控訴人は、昭和五八年一一月二一日改正前の就業規則を作成した昭和四九年一一月ころ以降、新規に学校を卒業した者を対象として毎年三月ころに定期的に雇用する者と、職業安定所等を通じ必要に応じて不定期に雇用する者とにその給源を分かち、前者で雇用した者を「正社員」と、後者で雇用した者を当初主として給与規定上にその存在を予定されている「嘱託」と、後日主として「特別職」とそれぞれ呼称していたものであるが、特別職とは右給与規定上の臨時雇又は嘱託等正社員ではない者を指すものであった。
(2) 正社員と特別職とでは、その給源を異にしているだけでなく、その選考方法及び労働条件等についても顕著なる差異があった。すなわち、(1)選考方法等について見れば、正社員は、必要書類も志願書、履歴書、成績証明書、推薦書、健康診断書、戸籍謄本及び写真等多岐にわたり、筆答試験と面接試験等の結果等を総合して選考され、雇用契約後試用期間中に専門的な研修が実施されるのに対し、特別職は、必要書類も志願書、履歴書及び写真を要するのみで、筆答試験はなく面接試験のみの簡単な手続で選考され、雇用後試用期間を設定される場合においても一切研修は実施されない。(2)雇用期間について見れば、正社員は、期間の定めのない終身雇用を前提として雇用され、退職金の支払を受けられるのに対し、特別職は、一年以内の期間の定めのある雇用契約を締結し、当初の期間満了後更新される者もあったとはいえ大部分の者が更新されることなく短期で雇用契約を終了しており、退職金も支払われない。(3)雇用契約の形式等について見れば、正社員は、試用期間経過後契約書を作成することなく「正社員に任ず」との辞令が交付されるのに対し、特別職は、試用期間が設定されない場合はもとより、設定される場合でもその経過後辞令が交付されることはなく契約書を作成し、更新される際にも契約書を書き換える。(4)給与及び手当等について見れば、正社員は、給与規定の全面的適用を受け、月給制であり、役職・皆勤・住宅・家族・時間外勤務・休日勤務・深夜勤務・通勤・給食補助及び生産報奨金(特別)の各種手当を受け、年間五ないし六か月分のいわゆる賞与を年二、三回支給されるのに対し、特別職は、給与規定の適用を受けず、日給月給制であり、正社員に支給される各種手当のうち、通勤及び給食補助手当のみを支給され(もっとも、特別職は時間外・休日・深夜勤務すること自体予定されていない。)、一回について一か月分にも満たない少額の賞与を年二回を限度として支給されるに過ぎない。(5)勤務時間について見れば、正社員は、午前八時から午後四時四五分までであるのに対し、特別職は、午前八時三○分から午後四時四五分までを原則とし、各人の個人的事情を斟酌して就業時間の調整を受ける余地があった。
(3) 控訴人は、かくの如く正社員と特別職とを給源及び労働条件等で区分しており、正社員が定年退職後特別職(就業規則五二条では准社員と呼称されているとはいえ、実際にかかる呼称が使用された形跡はなく、あくまで嘱託又は特別職と呼称されていた。)として再雇用されることはあっても、特別職が正社員に登用されたり、正社員の給源を新規学校卒業者以外の者に拡張したりする例外的措置は少なくとも本件雇用契約締結以前には存在しなかった。
(4) ちなみに、本件雇用契約締結直前の昭和五七年三月時点における控訴人従業員は、正社員が三四名、特別職が六名であった。
(二) 右認定事実から明らかなように、控訴人は、従業員を正社員と特別職とに峻別し、雇用期間等の労働条件はもとより給源においても顕著なる差異を設けていたことが判明する。
3 本件求人の意図ないし目的について
(一) 〈証拠〉は前掲証拠と対比して措信し難く、ほかにこの認定を覆すに足る証拠はない。
(1) 控訴人は、昭和五六年八月ころまでにコンピューターによるパイプの曲げ形状を測定する三次元パイプ測定器を開発すると共に、NCパイプベンダーとこれを連結して曲げ加工と形状測定とをコンピューター制御するシステムを開発し、民間団体の考案功労賞を受賞するなど業界から好評をもって迎えられ、これらに関連して設計業務も多忙となりその合理化と効率化を図って、同年一〇月ころから設計業務にコンピューターの導入を計画し準備を進めていたとはいえ、設計図面のトレース・整理・補修・補充等に手が回らずこれら設計関連業務に停滞を惹起する事態に至ったので、当面における右設計関連業務の停滞解消を目的として、トレースの能力を持つ従業員二名の募集を決定したが、その際トレーサーとしての能力等の高い優秀な人材が応募してくるようなことがあれば、右設計関連業務の停滞解消後も期間を更新して雇用を継続しても良いとの考えもあった。
(2) 控訴人は、昭和五七年一月一九日淀川職安に対し、原判決別紙求人票記載のとおりの求人をしたものであるが、本件の争点に即してより具体的にいうならば、雇用期間欄の「常用」と「臨時」の選択肢のうち「常用」に丸印を付け、常用と臨時に跨がって設けられている「 月 日から 月 日まで」との具体的雇用期間欄を補充することなく空白のままとし、定年制欄の「有( )歳」と「無」の選択肢のうち「有」に丸印を付け、五五歳と記載した。
(3) 控訴人は、昭和五七年一月二七日本件求人票を見て応募してきたトレーサー検定二級の資格を持つ片岡順子と同年二月一日付で三か月の雇用(試用)契約を締結し(但し、雇用名義人は控訴人の販売部門を担当する千代田工販株式会社であるが、役員、営業所等が共通であり、控訴人の一部門に過ぎないと認められる。)、試用期間の満了した翌日である同年五月一日から七月三一日まで、次いで同年八月一日から昭和五八年一月三一日まで、更に同年三月一日から昭和五九年二月二九日までの間それぞれ期間の定めのある特別職としての雇用契約を締結ないし更新している。
(二) 以上認定事実からすれば、控訴人が本件求人票により求人をした意図ないし目的は、正社員を雇用することにあるのではなく、期間の定めのある特別職を雇用することにあり、控訴人は、かかる内心の意思のもとに応募者との間で期間の定めのある特別職として雇用契約を締結せんと考えていたことは否定し難いものである。ところが、控訴人の右意図ないし目的は、本件求人票の記載に表示されているとは到底いえず、かえって「常用」としながら具体的な雇用期間欄への記載をすることなく定年を五五歳と明記したことは、右意図ないし目的を逸脱して、期間の定めのない常用従業員を求人していると読み取れるものである。
4 本件求人票の意義について
(一) 職業安定法一八条は、求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所に対し、その従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示すべき義務を定めているが、その趣旨とするところは、積極的には、求人者に対し真実の労働条件の提示を義務付けることにより、公共職業安定所を介して求職者に対し真実の労働条件を認識させたうえ、ほかの求人との比較考量をしていずれの求人に応募するかの選択の機会を与えることにあり、消極的には、求人者が現実の労働条件と異なる好条件を餌にして雇用契約を締結し、それを信じた労働者を予期に反する悪条件で労働を強いたりするなどの弊害を防止し、もって職業の安定などを図らんとするものである。かくの如き求人票の真実性、重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。
(二) これを本件について敷衍するならば、控訴人は、本件求人票の雇用期間欄に「常用」と記載しながら具体的に雇用期間欄への記載をしなかったものであるから、控訴人の内心の意思が前認定のとおり期間の定めのある特別職を雇用することにあったにせよ、雇用契約締結時に右内心の意思が被控訴人に表示され雇用期間について別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、右内心の意思にかかわりなく、本件求人票記載の労働条件にそった期間の定めのない常用従業員であることが雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。
(三) 控訴人が本件求人票に記載の経過及び趣旨等について縷々主張する点(原判決事実摘示五1)についての当裁判所の認定、判断は、次に補正するほか、原判決理由説示二2(一)及び(二)(一九枚目表一行目から二〇枚目表一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。
(1) 一九枚目表一行目冒頭の「(一)」を「(1)」に、四行目の「前掲」から一九枚目裏六行目末尾までを「本件求人票の記載は、右3(一)(2)認定のとおりであるところ、「常用」という言葉の意味するところは必ずしも一義的に明らかなものでないことは後示(6(二))のとおりであるとはいえ、本件においてより重要なのは、常用としながら具体的な雇用期間欄への記載をすることなく定年制を有りとして具体的に五五歳と記載した点である。」にそれぞれ改める。
(2) 一九枚目裏七行目冒頭の「(二)」を「(2)」に、一二行目の「一ないし三、同第二四号証」を、「二、第二〇号証」に、末行の「同第四五号証並びに」を「第四五号証、成立に争いのない甲第三号証の一、三、第二四号証、」にそれぞれ改める。
(3) 二〇枚目表一〇行目の次に改行のうえ次のとおり加える。
「(3)控訴人は、求人票記載の意義及び効果について主張するが、求人票には、当該求人にかかる真実の労働条件を記載すべきことは、職業安定法一八条が求人者に科した義務であって、たとえ控訴人主張のとおり、具体的労働条件ではなく制度を記載するとの誤解に基づいて右義務に違反した労働条件を記載した場合であっても、右特段の事情のない限り、かかる記載事項が雇用契約の内容になることを否定しうるものではないと解すべきである。このように解しても、求人者は、雇用契約締結に際し、労働基準法一五条に従って労働条件明示義務を履行することにより雇用契約の内容になることを防ぐことができるものであるから、何ら求人者に負担を科するものではなく、控訴人のこの点の主張は採用し難い。」
5 被控訴人の求職と雇用契約の締結等について
被控訴人が淀川職安で本件求人票を見て期間の定めのない常用従業員を募集しているものと理解して控訴人に応募し、面接試験を受けたうえ本件雇用契約を締結するに至った状況等についての当裁判所の認定は、次に補正するほか、原判決理由説示二1冒頭及び同(一)ないし(三)(一六枚目裏五行目から一八枚目表七行目まで)と同一であるから、これを引用する。
(一) 一六枚目裏五行目冒頭に「前掲甲第三号証の一ないし三、第二〇、第二四号証、乙第六ないし第八号証、第四五号証、」を加え、同行の「第三号証の一ないし三、同」と、六行目一番目の「同」と、同行の「同第二四号証、」と、同行末尾の「同」から七行目の「四五号証、」までとをいずれも除き、一一行目の「結果」の次に「、並びに弁論の全趣旨」を加える。
(二) 一七枚目表一行目から二行目にかけての「職に就きたいと考えていたところ、」を「職に就きたいと考え、本件雇用契約の相当以前から公共職業安定所の紹介や新聞広告を見て数度求人先に応募したけれども、いずれも採用を拒否され困窮していたところ、」に、四行目の「原告」から一一行目の「とおりであって、」までを「被控訴人は、従前若干トレーサーの経験があったのでそれを生かせ、かつ、長期間安定して稼働できる職場を希望して求人ファイルを探した結果、本件求人票を見つけたものであり、その」にそれぞれ改める。
(三) 一七枚目裏一二行目から一八枚目表一行目にかけての括弧書を除く。
(四) 一八枚目表四行目から六行目にかけての括弧書を除く。
6 右特段の事情の有無について
(一) 控訴人は、遠越準一相談役らが昭和五七年四月二一日被控訴人を面接した際及び岡村が翌二二日被控訴人に試用の契約書を作成させる際に、それぞれ雇用期間一年の特別職であると説明してその了解を得た旨主張し、〈証拠〉は右主張にそうものである。確かに、控訴人が本件求人票に基づいて求人した際における意図ないし目的は、期間の定めのある特別職を雇用することにあったものであるから、その旨を被控訴人に対し明示した可能性もなくはない。しかしながら、(1)〈証拠〉及び被控訴人本人は、試用期間の明示はあったけれども雇用期間の明示はなかった旨供述しており、被控訴人が控訴人に応募した主たる動機の一つは、長期間継続して勤務できることにあったのであるから、真実右の旨を明示したと仮定したならば、被控訴人が本件求人票との相違について確認するのが自然であるにもかかわらず、かかる確認をした形跡は窺えず、被控訴人の右供述等の信用性を俄には否定し難いこと、(2)証人青野佳人及び同安達益三は、かつて控訴人の求人に応募して雇用されたものであるが、いずれも雇用契約締結時控訴人より雇用期間についての明示はなかった旨証言していること、(3)片岡順子は、本件求人票に基づいて被控訴人より先の昭和五七年二月一日付で特別職として雇用されたものであるところ、右3(一)(3)認定のとおり、同人の雇用期間は、昭和五七年二月一日から四月三〇日までが試用期間、五月一日から七月三一日までが特別職契約期間、八月一日から昭和五八年一月三一日までが同更新期間になっていることからすれば、同人の雇用期間は六か月であったと推認されるが、どうして同人と被控訴人との間に雇用期間について差異があるのか、トレーサー検定二級の資格を持つ同人の方がどうして被控訴人より雇用期間が短いのか、期間の定めが便宜的なものに過ぎるのではないかとの疑問を払拭できず、ひいては控訴人が真実予め雇用期間の定めを明示したかについて若干の疑問を抱かざるを得ないこと、(4)〈証拠〉によれば、控訴人における雇用期間の管理はかなり杜撰であると窺われること、(5)被控訴人の面接と契約書作成(〈証拠〉)の衝に当たった右遠越及び岡村は、本件雇用契約が特別職のものであると考えていたことから期間の定めのあることを当然視する余りこれを告知せず、かつ、告知しない限り一年の期間が設定されるものと誤解してこれを告知しなかったのではないかとの疑いもあること、これらの諸事情を斟酌するならば、右遠越及び岡村の供述及び供述記載は未だ採用するに足りず、ほかにこれを認めるに足る証拠はない。
(二) 控訴人は、被控訴人が正社員ではなかったとして縷々主張(原判決事実摘示三)を展開する。
(1) 確かに、本件求人票には、「常用」としながら具体的な雇用期間欄への記載をせず定年を五五歳と明記しているとはいえ、「常用」という言葉は、それ自体必ずしも明確な枠組みを持った一義的に明らかなものとは解し難く、一般的に雇用期間の定めのないことを意味するのかも疑問なしとせず(ちなみに、〈証拠〉によれば、現在の公共職業安定所の実務では、雇用期間が四か月以上の場合は「臨時」ではなく「常用」に丸印を付けるように指導していることが認められる。)、あくまで「臨時」と対置される概念であって、終身雇用を前提とする正社員と一致する概念とは到底解し難いし、賃金が日給月給制であり、退職金制度がなく、通勤手当を除く各種手当がなく、就業時間について相談に応ずる旨を明記されていたことを総合して斟酌するならば、本件求人票の記載から正社員を募集していると読み取ることは困難であるから、終身雇用を前提とする正社員であることが本件雇用契約の内容になっていると解することはできない。なお、被控訴人は、正社員として雇用された旨主張し、〈証拠〉はこれにそうものであるとはいえ、右2で認定した控訴人における正社員と特別職との峻別状況及び〈証拠〉に照らして到底措信し難く、ほかに被控訴人が正社員として雇用されたと認めるに足る証拠はない。
(2) しかしながら、被控訴人が正社員ではないことの故に、当然期間の定めのある特別職になるものと解することはできない。なんとなれば、控訴人にあっては、特別職を期間の定めのある従業員と位置付けているとはいえ、それは就業規則にも定められていない内部的な処理に過ぎないものであって、それが表示されて承諾されるなど右特段の事情の存在を認め難いものである以上、当然には求職者との雇用契約の内容になるものではなく、従前の内部的処理に反するとはいえ、期間の定めのない特別職の地位を否定することはできないからである。
(三) ほかに右特段の事情の存在を認めるに足る証拠はなく、この点の控訴人の主張は採用し難い。
7 そうすると、本件雇用契約は、控訴人が期間の定めのある特別職として締結する内心の意思を有していたものであっても、それが表示されて被控訴人との間で合意されるなど右特段の事情の存在も認め難い以上、本件求人票の記載にそって期間の定めのない常用従業員であることを内容として成立したものというベきである。
三 控訴人は、本件契約書により、被控訴人の雇用期間を昭和五八年四月二一日までとする本件合意をしたと主張する。
1 被控訴人は、控訴人の右主張が時機に遅れた攻撃防禦方法であるとして異議を述べる。
本件記録によれば、原審における控訴人の本件契約書に関する主張は明瞭を欠いていたところ、控訴人は、被控訴人主張のとおり釈明したにもかかわらず、当審において右主張をするに至った経過が認められるとはいえ、後示のとおり本件契約書に署名捺印したこと自体は当事者間に争いがないものであって、それが従前の雇用期間を確認した趣旨なのか或いはこれを変更した趣旨なのかは、従前の労働条件がいかなるものであったかによって異なる法的評価の側面が強く、原判決が本件雇用契約締結時における期間一年の合意の存在を認めなかったため、控訴人が当審において予備的に本件契約書を新たな合意の根拠として主張することには何ら不当と目すべき点はなく、もとより右主張を追加したことによって新たな証拠調べが必要となって本件訴訟の完結が遅延するといった事情も存在しないものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法とはいえず、この点の被控訴人の異議は理由がない。
2 被控訴人が本件契約書中「(嘱託)」との記載部分を除いた「今般貴社に於て左の条件に依り特別職として勤務する事を契約致します。一、期間 昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日まで 一、就業規定に依る」との部分(以下従前の用法とは異なり右部分のみを「本件契約書」という。)に署名捺印したことは、被控訴人の自認するところである以上、被控訴人が本件契約書記載の文言どおりの合意をしたことを否定することは困難であって、右文言によれば、被控訴人は控訴人に対し、本件雇用契約の期間を昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日までと合意をしたことは明らかである。
3 ところが、被控訴人は、本件契約書に署名捺印したことにつき、岡村の説明により格段重要な書類ではなく、その言葉どおりの意味しか持たず、期間の定めのない常用従業員の地位に変更はないと思って署名捺印したに過ぎず、その際期間の定めのない常用従業員の地位を解消したうえ、新たに期間の定めを合意する旨の重要な労働条件の変更に当たるとの明示を受けていないから、本件合意は、何らの法的効果を発生させるものではないと主張し、〈証拠〉は右主張にそうものである。
(一) そこで、本件雇用契約締結後終了通告までの状況について見るに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定に反する〈証拠〉はその余の前掲証拠と対比して措信し難く、ほかにこの認定を覆すに足る証拠はない。
(1) 控訴人は、被控訴人との本件雇用契約において三か月間の試用期間を設定したものであるが、この間における被控訴人の労働状況・能力・態度等について必ずしも良好なものとは評価せず、殊に保育所に預けている幼児を抱えていた事情があったにせよ、他の従業員と比べて子供のために早退せざるを得ない土曜日はもとよりそれ以外の日における早退も多かったため、試用期間の満了をもって本件雇用契約を解消することを検討し、被控訴人に対しその旨を警告したところ、被控訴人より陳謝と反省の言葉と共に雇用契約の継続を涙ながらに訴えられたため、躊躇しつつもしばらく様子を見ることにしているうち試用期間が経過した。
(2) 控訴人は、被控訴人の試用期間が経過したにもかかわらず契約書を作成していなかったため、岡村をして、昭和五七年一〇月二二日ころ被控訴人に対し本件契約書に署名捺印を求めさせたところ、被控訴人はこれに署名捺印した。
(3) 控訴人における正社員と特別職との峻別状況、労働条件等の差異は、右二2で認定したとおりであり、被控訴人が控訴人に雇用されて以降の処遇はまさに特別職のそれであったものであるし、被控訴人が本件契約書に署名捺印したのは雇用されてから約六か月経過しており、被控訴人自身「退職金のない者というか、そういう女の人らだけ書いているという区分」が存在し、かつ、自らがそれに当たることを認識していた旨を供述しているものであるから、被控訴人は、遅くともこのころまでには特別職(その呼称は格別正社員ではない者)の存在及び自らがそれに当たるものであることを認識したうえ、本件契約書に署名捺印したものと推認される。
(4) 控訴人は、本件合意以後における被控訴人の労働状況・能力・態度等について依然良好なものとは評価せず、また、設計関連業務の停滞も解消し、昭和五八年三月には正社員を雇用するし、導入したコンピューターの本格的稼働の目処も立ったところから、昭和五七年一二月ころ本件雇用契約を更新しないことに決定しその旨を被控訴人に通告した。
(二) 右認定事実を前提として考えるに、本件契約書には、期間の定めと就業規定(就業規則を指すことは明らかである。)により特別職として勤務するとしか記載されておらず、素直に読みさえすれば、その意味するところは簡単明瞭であって、難解な点や不明瞭な点は存在せず容易に理解できない筋合いのものではなく、現に〈証拠〉によれば、被控訴人自身が「六か月ごとに契約する特別職の用紙にサインする」と記載していると認められるからして、右の点に関する被控訴人本人の弁解の供述にもかかわらず、被控訴人には新たに期間の定めを合意したことの認識があったことを否定することは困難であって、期間の定めのない常用の地位に変更はないと思って署名捺印したに過ぎない旨の〈証拠〉は措信し難いものである。しかるところ、(1) 被控訴人は、岡村が労働条件の変更を伴う重要書類であることを糊塗しないしは詐術を弄して本件契約書に署名捺印させたかの如く主張し、〈証拠〉はこれにそうものである。しかしながら、前示のとおり、控訴人にあっては、正社員と特別職とを峻別し、被控訴人と期間の定めのある特別職としての雇用契約を締結したと考えていたものであり、従前から被控訴人以外の特別職についても同様の契約書(〈証拠〉)を少なからず作成していたものであるから、本件契約書を作成するに当たって当然の契約書を作成する意図のもとに行われたものと推認されこそすれ、重要書類であることを糊塗しないしは詐術を弄する意図があったとは認め難く、〈証拠〉は、何ら首肯するに足る根拠はなく、単なる推測の域を出るものではないから措信し難く、ほかに右主張事実を認めるに足る証拠はなく、この点の被控訴人の主張は理由がない。
(2) 被控訴人は、労働条件変更の明示がなかった旨主張する。確かに、本件合意は、被控訴人の労働条件について、期間の定めのないものから期間の定めのあるものに変更する結果を招来するものであるとはいえ、それはあくまで双方間の合意に基づくものであるから、明示の有無を問題にする余地は乏しいものであるし、期間の定めのない常用従業員の地位が解消されること自体を明示しなかったとしても、それは本件合意の当然の効果であって、現に被控訴人には、新たに期間の定めを合意することの認識があったものである以上、何ら労働条件明示義務に欠けるところはないというべきであって、この点の被控訴人の主張は理由がない。
(3) なお、〈証拠〉の「六か月ごとに契約する特別職の用紙にサインする」との記載からすれば、被控訴人は、本件合意により期間の定めをすることの認識をしていたとはいえ、それは六か月ごとに更新されるものと期待し理解したものと推認される。しかしながら、かかる期待や理解を持っていたことの故に、本件合意が何らの法的効果を発生しないということはできないし、本件合意に際してかかる内心の期待や理解を控訴人に表示したと認めるに足る証拠もない。
(4) また、本件雇用契約は、被控訴人において本件契約書に署名捺印したことにより、期間の定めのない契約から期間の定めのある契約に変更する結果を招来したものであるが、そのこと故に本件合意が何らの法的効果を発生するものではないと解しがたいことは前示のとおりであるし、更新を拒絶した点を見ても、本件は、期間の定めのある雇用契約が反覆更新されていた事案ではなく、控訴人にあっては、期間の定めのある特別職は過去少なからず存在し、期間満了後更新される者もあったとはいえ大部分が更新されることなく雇用契約を終了しており、被控訴人の長期間雇用継続の希望は控訴人に認識されていたとはいえそれはあくまで希望に過ぎず、控訴人がこれを承諾したとか、更新を期待できる客観的状況にあったと認めるに足る証拠もないところであり、その他本件に表れた諸事情を総合考慮しても、本件雇用契約の更新拒絶が信義則に反し権利の濫用に当たると解することもできない。
(三) ほかに本件合意の成立及び効力に消長を来すべき事情についての主張・立証はなく、この点の被控訴人の主張は採用し難いところである。
4 そうすると、本件雇用契約は期間の満了により終了し、被控訴人は控訴人の従業員たる地位を喪失したことになる。
四 以上によれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求はいずれも失当として棄却すべきところ、これを一部認容した原判決は不当であるから、右部分を取り消して棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
4千代田工業事件(第一審)の具体的内容
4.1 主文
1 原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、金74万5200円及びこれに対する昭和58年11月27日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、昭和58年11月以降毎月25日限り、各金12万円(ただし、毎年7月、12月については各金15万円)を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを10分し、その9を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
6 この判決は、第2、3項に限り、仮に執行することができる。
4.2 事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
⑴ 原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。
⑵ 被告は、原告に対し、金88万9633円及びこれに対する昭和58年11月27日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
⑶ 被告は、原告に対し、昭和58年11月以降毎月25日限り、各金12万2000円(ただし、毎年7月、12月については各金28万3700円)を支払え。
⑷ 訴訟費用は被告の負担とする。
⑸ 第2、3項について仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
⑴ 原告の請求を棄却する。
⑵ 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
⑴ 被告は、機械器具、工具の製造等を業とする会社である。
⑵ 原告は、昭和57年4月21日、左記労働条件にて被告に雇用され(以下「本件雇用契約」という。)、翌日から設計課岩本伸一の指導の下でトレース業務に従事し、その後試用期間も無事経過し、入社以来設計室にてトレース業務を担当している。
記
職種 トレーサー
雇用期間 常用にて期間の定めなし
就業場所 淀川区本社
作業内容 設計室におけるトレース作業、その他
賃金 毎月20日締め25日払い月額12万2000円 ただし、7月、12月に夏季及び冬季一時金を付加する。
⑶ 被告は、原告に対し、昭和58年4月6日付け内容証明郵便にて、雇用期間の満了を理由として、同月21日の経過により本件雇用契約が終了する旨通告し、同月22日以降、原告の就労を拒否し、左記のとおり合計金88万9633円の賃金を支払わない。
記
昭和58年5月20日締め、同月25日支払分 金11万7933円
同年6月20日締め、同月25日支払分 金12万2000円
同年7月20日締め、同月25日支払分 金28万3700円 (夏季一時金16万1700円を含む)
同年8月20日締め、同月25日支払分 金12万2000円
同年9月20日締め、同月25日支払分 金12万2000円
同年10月20日締め、同月25日支払分 金12万2000円
⑷ 原告に支払われるべき夏季及び冬季一時金は、合計年間金32万3400円が相当である。
⑸ よって、原告は、被告に対し、被告の従業員たる地位を有することの確認を求めるとともに、本件雇用契約に基づき、昭和58年4月22日から同年10月20日までの未払給料合計金72万7933円と夏季一時金16万1700円の合計金88万9633円及びこれに対する弁済期の後である昭和58年11月27日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金、並びに昭和58年10月21日以降の毎月の給料として、同年11月より毎月25日限り金12万2000円(ただし7月及び12月には夏季及び冬季一時金として各金16万1700円をこれに付加する。)の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
⑴ 請求原因1の事実は認める。
⑵ 同2の事実のうち、原告は、昭和57年4月21日、被告に雇用されたこと、その労働条件として、就業場所は淀川区本社、賃金は毎月20日締め25日払いで月額基本給12万円であること、同22日から設計課岩本伸1の下で勤務していたこと、その後試用期間が経過したことは認めるが、その余の事実は否認する。
⑶ 同3の事実は認める(ただし賃金支払義務及びその金額については争う。)。
⑷ 同4は争う。
3 被告の主張
原告と被告とは、昭和57年4月21日、雇用期間を翌22日から昭和58年4月21日までの1年間とする特別職として雇用契約を締結した。すなわち、
【原告を採用するに至った経緯】
⑴ 被告は、昭和57年初めころ、設計部門にコンピューターを導入することを決め、かねてから業務繁忙のため渋滞していた設計書類の複写、整理及び保管その他の雑用を、右導入までの半年ないし1年程度で処理できるとの見通しを立て、右雑務に従事する者の採用が必要と判断し、昭和57年1月、淀川公共職業安定所(以下「淀川職安」という。)に求人紹介を申し込んだ。
⑵ 原告は、昭和57年4月21日、同職安の紹介により被告を訪れ、被告の遠越準1相談役及び丹羽敏郎と面接した。遠越準1らは、原告に、雇用期間1年間の特別職としての勤務者である旨明言し、原告もこれを了解した。
⑶ 被告の労務人事担当の岡村良一(以下「岡村」という。)は、翌22日、原告に対し、身分は1年契約の特別職で当初の3か月間は試用期間であると説明し、原告はそれを了解したうえで、試用の契約書に署名押印した。
⑷ 原告は、設計事務の補助及び雑用に従事したにとどまるものであり、被告において、将来独立した製図担当者としての基礎的訓練を組織的、系統的に受けてはいない。これは原告の雇用期間がコンピューター導入までの1年間限りと予定されていたからである。
【原告の採用手続及び労働条件(特別職)】
⑴ 採用手続について
被告は、就業規則所定の採用手続により採用された者を正社員としているところ、正社員の採用については、新規学卒採用とし、自筆入社志願書、写真、戸籍謄本、契約書などに加えて、学校の卒業見込証明書、同成績証明書、推薦書、健康診断書などの書類を提出させ、筆答式の学力試験などを実施した後、1人1人と面接のうえ、これらを総合評価して採用を決定している。しかるに、原告の場合は、新規学卒者ではなく、入社志願書及び写真の提出を求めたにとどまり、それ以外に、学校の卒業見込証明書、同成績証明書、推薦書、健康診断書などの書類の提出を求めていないうえ、筆答式の学力試験もなく、単に1、2時間程度の面接によって採用した。
⑵ 新入社員研修
正社員については、試用期間中に新入社員研修を実施しており、現に昭和57年4月入社組についても実施しているが、原告には右研修を実施していない。
⑶ 辞令
正社員については、1ないし3か月間の試用期間が設けられ、試用期間終了後には本採用辞令を交付しているが、原告の場合は3か月間の試用期間はあったものの、その終了後本採用辞令を交付していない。
⑷ 勤務時間等
被告の就業規則では、正社員については、就業規則所定の休日のほかは労働日として、日々始業午前8時、終業午後4時45分、休憩午後0時ないし0時45分までの実働7時間30分、週45時間勤務となっており、時間外勤務や休日出勤をすることがあり、日宿直勤務や出張勤務に服する場合もある。しかるに、原告の労働条件は、休日や休憩等は正社員の場合と同じであるが、日々始業午前8時30分、終業午後4時45分の実働7時間、週42時間勤務と定められ、時間外勤務、休日出勤、日宿直勤務や出張勤務をすることが予定されていなかった。また、原告は遅刻や早退が多かったが、遅刻や早退を理由として正社員であれば受けるはずの懲戒等の取扱を受けなかった。
⑸ 手当、賞与及び退職金
①被告の就業規則のうち給与規定は、正社員のみに適用され、正社員でない臨時雇や嘱託については適用がない(給与規定1条)。
②正社員には諸手当が支給されるが(給与規定9、10条等)、原告は、通勤手当と給食補助手当の支給を受けたにとどまり、正社員には支給されるべき役職手当、皆勤手当、生産報奨金(特別手当)、住宅手当、家族手当、時間外勤務手当、休日勤務手当、深夜勤務手当などの支給を受けていない。
③正社員には、賞与が支給される。賞与の支給は1応年2回であるが、臨時賞与が年1、2回支給されることもある(就業規則36条、給与規定18、19条)。原告には、賞与の名目で年2回金員が支給されているが、これは被告が支払義務を負う賞与とは異なり、金1封としての寸志にすぎず、実際には昭和57年度中に賞与は年3回支給されたが、原告は2回受給したにとどまり、原告は受給する権利を有する身分ではなかった。
④正社員には退職金が支払われるが(給与規定20条)、原告は退職金支給の対象者とされておらず、正社員であれば、退職金共済事業団に対する掛金を被告が負担し、給与支給明細書の別途支給欄に計上されるが、原告のそれには計上されていない。
⑹ 以上のとおり、原告の労働条件は被告の正社員のそれと異なるものであり、このような取扱について、原告は被告に対し、何ら異議を述べていないが、これは原告が雇用期間の定めのない正社員でなく、雇用期間1年の特別職の地位にあることを認識していたからである。
【その他、雇用期間が1年と定められたことを裏付ける事実】
⑴ 岡村は、昭和57年10月ころ、原告に対し、身分は特別職で雇用期間は昭和58年4月21日までであること、期間の延長はしないことなどを説明し、契約当初の雇用期間を確認したうえで、「今般貴社に於て左の条件に依り特別職(嘱託)として勤務することを契約致します。期間昭和57年10月22日より昭和58年4月21日まで」と記載された契約書に署名押印を求めたところ、原告は、何ら異議なく署名押印した。
⑵ 原告は自ら、昭和58年1月19日に作成された措置理由証明及び申告書の就労形態記載欄につき「嘱託」に丸印を付した。
⑶ 原告が、雇用保険の失業給付請求のため、淀川職安へ提出した雇用保険被保険者離職票-1には、被保険者資格の喪失原因は「2」(契約期間の満了等に該当する。)と記載されており、しかも原告は職安所長に対し右喪失原因の訂正を求めなかった。
⑷ 原告の在勤中における怠業率は高く、職場での勤務態度が芳しくなかった。このことは原告が正社員としての自覚を持っていなかったことを物語っている。
(その他省略)
第3 証拠(省略)
4.3 理由
第1 争いのない事実
請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告は、昭和57年4月21日被告に雇用されたこと、その雇用条件として就業場所は淀川区本社、賃金は毎月20日締め25日払いであること、原告は同月22日から設計課岩本伸一の下で被告に勤務していたこと、その後試用期間が経過したこと並びに同3の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実のうち月額基本給の額は12万円の限度において当事者間に争いがない。
第2 雇用期間の有無について
1 一応の認定
証拠を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 原告は、夫と離婚し2歳の子供をかかえ、自分や子供の生活の糧を得るため、職に就きたいと考えていたところ、昭和57年4月から子供を保育所で預かってもらえるようになったので、同月初めごろ、仕事を見つけるため淀川職安を訪れた。原告の希望する条件は、従前の経験を生かせるトレーサーという職種で、安定して長く働ける職場ということであった。淀川職安の求人票ファイルは、パート、臨時職と正社員とは別になっており、原告は正社員のファイルの中から、右希望条件に合う3通の求人票を見つけた。その中には被告の本件求人票があり、同求人票の記載内容の要旨は別紙のとおりであって、雇用期間の欄には「常用」とあるのみで期間の定めの記載がないので、原告は被告の提示した労働条件は、期間の定めのない常用であると理解した。
(2) 原告は、本件求人票に経験2年以上とあるが、トレーサーの経験が半年程度しかなく、また土曜日の午後は子供を保育所に迎えに行かなければならないため勤務できないが、本件求人票には土曜日の終業時間は午後4時45分までとの記載があったため、職安の担当者に相談したところ、担当者が電話で尋ね、被告からはそれでも良いから面接に来いとの返事であったので、同月21日、被告を訪れ、被告の相談役遠越準一と面接し、同人から被告の事業内容や労働条件について説明を受け、明日から来てくれと言われ採用が決まった(原告が昭和57年4月21日職安の紹介により被告を訪れ、遠越準一相談役と面接したことは当事者間に争いがない。)。
(3) 原告は、翌22日、被告の経理労務担当の岡村から職務内容の説明を受け、被告の設計課において岩本伸一の下で勤務するようになり(原告が4月22日から被告の設計課において岩本伸一の下で勤務するようになったことは当事者間に争いがない。)、そのころ3か月間の試用契約書に署名押印した。
ところで、職業安定法18条は求人者に対し、求人の申込に当り、労働条件を明示すべき義務を定めており、求人票は右労働条件明示義務に従って記載されるものであるところ、右規定の趣旨は、現実とは異なった好条件につられて応募した労働者に対し劣悪な労働条件を強いること及び労働者が労働条件が不明なために不利な労働条件を押し付けられることを防止することにあると解せられ、応募する労働者としても、求人票に記載された労働条件が労働契約の内容となることを期待し、その記載内容を見てどの求人者に応募するか決めるものであるから、求人票の記載内容は、労働契約締結時にこれと異なる合意をするなどの特段の事情がない限り、当事者の合意により労働契約の内容となると解するのが相当である。
したがって、原告は、雇用期間について「常用」とのみ記載のある本件求人票によって、被告に応募したものであるから、特段の事情がない限り、本件雇用契約には期間の定めがないということになる。
2 右特段事情の有無について
(1) 被告は、本件求人票の雇用期間欄「常用」に丸印を付したのは、常勤・非常勤の用語例のように、雇用期間の定めがあっても日々勤務者であれば常用に該当すると理解したと主張するが、前掲甲第3号証の2によれば、本件求人票の雇用期間欄には、常用と臨時のいずれかに丸印を付するようになっており、その横に括弧書きで「 月 日から 月 日まで」と臨時の期間の記入欄があり、定年制の欄には「有り55歳」と記載されていることが認められ、前掲乙第7、8号証及び証人遠越準一、同岡村良一の各証言によれば、本件求人票は当時の人事担当の責任者である丹羽が記載したものであるが、丹羽は不明な点については職安の担当者と相談しながら本件求人票を記載したこと、被告はそれまでに毎年のように職安を通して求人を募集していること、本件求人手続全般に遠越準一が関与していること、職安への提出前に被告代表者が本件求人票に目を通していることが認められるのであるから、被告が右主張のように誤解するとは考えられず、被告の右主張は失当である。
(2) 被告は、本件求人票の記載を重視すべきでないと主張し、その理由として、(ア)原告の応募は本件求人票の有効期間の経過後であること、(イ)被告は既に同一求人の関係で1名を採用していること、(ウ)求人票には職安の係官において適宜記載する部分もある旨主張するが証拠によれば、(ア)の点については、本件求人票の有効期間は原告の応募後である昭和57年4月30日まで延長されていたことが、(イ)の点については、本件求人票では採用人数2名と記載されており、被告は2名採用する予定であったことが、(ウ)の点については、職安側で求人者の意向も確かめず勝手に求人票に記載することは考えられないのみならず、本件で問題となっている雇用期間欄及び定年制の欄は被告側で記載していることがそれぞれ認められるので、被告の右主張は失当である。
(3) 被告は、本件雇用契約締結時に、雇用期間を昭和57年4月22日から昭和58年4月21日まで1年間とする旨合意したと主張し、前掲乙第7、8号証、証人遠越準一、同岡村良一の各証言には、これに副う部分があり、更に右合意を推認させる事実として、被告の主張1ないし3のとおり主張するので、以下検討する。
(1) 被告は、コンピューター導入までの短期間に限り、設計事務の補助及び雑用に従事する者の雇用を必要としており、そのために本件求人票により求人募集した旨主張するが、本件求人票の記載内容は前認定のとおりであり、雇用期間は「常用」と記載されているのみならず、仕事の内容として「設計室にてトレース作業並びに図面の整理その他」と、必要経験年数として「2年以上」と記載されており、本件求人票の記載内容そのものからしても、短期間に限り雑用を行う者の募集とは解せられないし、証拠によれば、原告と遠越準一との面接の際、原告のトレース経験の年数やトレースの検定資格の有無の話が出ていたこと、遠越準一自身本件の仮処分事件の審尋の際に「トレーサーの検定資格を有し、2年以上の実務経験がある人が応募してきたら常用として採用してもよいと考えていた。」旨述べていることが認められるので、被告としてコンピューター導入までの短期雇用という考えがあったとしても、遠越準一がそのことを10分理解していたか否かは疑問であり、特にこれを採用条件として原告に明示したとは到底認めることができない。
(2) 被告は、原告の採用手続及び労働条件は被告の正社員のそれとは異なる旨主張し、証拠を総合すれば、原告は、新規学卒者ではなく、職安を通して採用された者であり、面接の際に入社志願書及び履歴書を提出したにとどまり、それ以外に学校の卒業見込証明書、同成績証明書、推薦書、健康診断書などの書類の提出を求められておらず、筆答式の学力試験もなく面接のみによって採用された者であること、原告は新入社員研修を受けておらず、3か月間の試用期間はあったが、その終了後本採用辞令の交付を受けていないこと、被告の就業規則では、勤務時間は、始業午前8時終業午後4時45分、又は始業午前8時30分終業午後5時15分と規定されており、会社は社員に対し、時間外勤務、休日出勤、日宿直勤務や出張勤務を命ずることができるが、原告の場合、当初に申し出た育児の都合もあってその勤務時間は、始業午前8時30分終業午後4時45分であり、その余の時間外勤務並びに休日出勤、日宿直勤務及び出張勤務に従事したことはなかったこと、原告は欠勤や早退が多く、その分の賃金は減額されたが、それを理由として懲戒処分は受けていないこと、原告は通勤手当と給食補助手当の支給を受けていたが、その余の手当の支給を受けていなかったこと、原告は退職金支給の対象者と扱われていなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない(右事実のうち、原告は、新規学卒者ではなく、職安を通して採用された者であること、筆答式の学力試験を受験しておらず、面接によって採用された者であること、原告には3か月間の試用期間があったこと、原告の勤務時間は始業午前8時30分であることは、いずれも当事者間に争いがない。)。
右認定事実によると、原告は、その名称を特別職と称するか否かはともかくとして、いわゆる正社員とは労働条件を異にする従業員として採用されたものであり、原告もこのことを認識していたことが認められ、したがって、その限りにおいて正社員と別異の取扱を受けることがあるものと解されるが、右認定の労働条件の差ゆえに本件雇用契約が当然1年の期限付きであると結論付けることはできない。けだし、右のような労働条件であることと雇用期間の定めがないこととはなんら矛盾するものでないからである。
(3) 被告は雇用期間が1年と定められたことを裏付ける事実として、(ア)原告が「期間昭和57年10月22日より昭和58年4月21日まで、特別職(嘱託)」と記載された契約書に署名押印したこと、(イ)原告は昭和58年1月19日に作成された措置理由証明及び申告書の就労形態記載欄の「嘱託」に丸印を付したこと、(ウ)原告は淀川職安へ被保険者資格の喪失原因が契約期間の満了等と記載されている雇用保険被保険者離職票-1を提出したこと、(エ)原告の怠業率は高く勤務態度が芳しくなかったことを主張する。そもそも、右(ア)ないし(ウ)の事実は、本件雇用契約締結後半年以上経過した後のことであり、それ以前に後記(4)認定のとおり、本件雇用契約に期間の定めがないことを窺わせる事実が認められるので、右事情を重視すべきであるとの主張は疑問であるが、以下検討する。
① 原告が、昭和57年10月か11月初めごろ、岡村の求めにより、「今般貴社において左の条件に依り特別職として勤務することを契約致します。期間昭和57年10月22日より昭和58年4月21日まで」と記載された契約書(乙第3号証)に署名捺印したことは当事者間に争いがない。
証拠によれば、原告の署名当時右契約書には「嘱託」との記載はなかったこと、原告から特別職の意味について質問されたところ、岡村は「共済会に入るか入らないかぐらいの違いだからたいしたことはない。」「女子とか高齢者とかも皆書いている。」と説明したので、原告も今まで給料や交通費の受渡しの際、岡村の求めに応じて、押印することがあったため、特別重要な書類と思わず署名押印したことが認められ、右認定に反する証拠は措信しない。
② 証拠によれば、原告は、昭和58年1月19日、子供を保育所で預かってもらうために区役所へ提出する措置理由証明及び申告書(甲第4号証の2)の就労形態欄を空白にして被告に提出したところ、岡村が就労形態欄の嘱託に丸印をして原告に渡したこと、これに対し、原告は自己の労働契約上の地位について不安を感じたため、岡村に対しそのことについて尋ねたところ、同人から前記昭和57年11月初旬ごろ署名した契約書(乙第3号証)を見せられそれには特別職という記載があったため、原告は昭和58年1月29日に大阪府労働部労政課を尋ね相談したことが認められ、右認定に反する証人遠越準一、同岡村良一の各証言は措信しない。
③ 原告の雇用保険被保険者離職票-1(乙第57号証)には被保険者資格の喪失原因は「2」(契約期間の満了等に該当する。)と記載されていることは当事者間に争いがないが証拠によれば、原告は職安に対し、「被告との間の雇用契約につき提訴中である」との留保を付けて雇用保険の失業給付の支給を受けていることが認められる。
④ 証拠によれば、原告は主として保育所に預けてある子供のことで早退が多く、また欠勤も多かったことが認められるが、それだからといって、原告が短期雇用者であると認識していたこととは直接結び付かない。
(4) 証人遠越準一は「面接の際、特別職で雇用期間は1年以内と説明し、原告もこれを了解した。」旨、同岡村良一は「翌4月22日に、同様の説明をし、原告もこれを了解した。」旨証言しているが、他方両人は、その際原告から本件求人票記載の労働条件と異なるとの質問や抗議はなかった旨証言しているところ、原告が長く働ける職場を捜しており、本件求人票によって被告の提示した労働条件は期間の定めのない常用であると理解して、被告の面接に臨んだことは前認定のとおりであり、証人前道淳子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件求人票と面接の際被告の提示した労働条件とは異なる旨職安に報告しておらず、他の求人者へ就職しようともしていないことが認められるところ、右各証人の証言のように雇用期間1年以内の特別職であるとの説明を受けたならば、原告はこれを簡単に承諾するとは思われず、職安へ報告するなり、他へ就職しようとするものと考えられるから、右各証言の信ぴょう性には疑問がある。また、本件の仮処分事件において提出された岡村良一の陳述書(乙第46号証)には、右4月22日の原告に対する説明内容について書かれているのに、特別職であることや、1年以内の雇用期間の定めがあることについて説明した旨の記載がないことも不自然である。
(4) 他方、証拠を総合すれば、以下のとおり、本件雇用契約に期間の定めがなかったことを窺わせる事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告は、昭和57年5月4日、被告の雇用保険手続を代行している労務協会を通して原告の雇用保険被保険者資格取得届(甲第14号証の2の1、2)を淀川職安へ提出しているが、右取得届には、原告の職種は専門家・技術者及び管理者に該当し、雇用期間の定めはなく1年以上雇用する見込みであるとの記載がある。
(2) 原告は、昭和57年7月21日の経過により3か月の試用期間を終了し、健康保険被保険者証(甲第16号証)の交付を受けているが、その資格取得年月日、及び国民年金の被保険者から厚生年金の被保険者となった年月日は、いずれも同月21日であり、また原告の氏名のゴム印が作成され、8月分からの給料袋等に押捺されている。
(3) 原告は、昭和57年9月11日、区役所へ提出する措置理由証明及び申告書(甲第4号証の1)に職種はトレーサー、就労形態は常雇であると記載して、勤務先証明欄に被告の押印を求めたところ、被告は会社の印を押捺した。
3 以上検討のとおり、雇用期間の約定があることを窺わせる特段の事情は認められず、他方前認定のとおり、本件求人票の記載内容のほかに期間の定めがないことを窺わせる事実も認められるのであり、雇用期間の約定があるとの被告の主張に副う証拠に照らし措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、前掲甲第13号証及び原告本人尋問の結果によれば、面接の際には雇用期間についての話合いはなされていないことが認められ、本件雇用契約の内容のうち雇用期間の点については、本件求人票記載のとおり期間の定めのないものであると認めるのが相当である。
よって、本件雇用契約は現在も存続し、原告が被告の従業員たる地位を有するというべきである。
3 賃金等の請求について
証拠によれば、原告の賃金は月額12万円であること(12万円の限度においては当事者間に争いがない。)、被告は原告に対し、7月と12月の2回各3万円ずつの賞与を支給していたことが認められ、これに反する証拠はない。被告は原告に対し、賞与の支払義務を負わない旨主張するが、前述のとおり本件求人票には賞与年2回との記載があって、現実に昭和57年7月と12月の2回賞与が支給されているのであり、また前掲甲第5号証の1、2によれば、原告は臨時雇や嘱託ではないから、被告の就業規則中の給与規定の適用を受け、同規定18条により、賞与を受給する権利を有することが認められる。原告は、原告に支払われるべき夏季及び冬季一時金は合計年間32万3400円が相当である旨主張するが、前認定のとおり原告には7月と12月に各3万円ずつ一時金が支給されており、この限度において原告が受給する権利を有することは認められるものの、原告に支給すべき賞与の額が右3万円を越えるものであることを認めるに足りる証拠はない。
前掲甲第6号証によれば、昭和58年5月25日支払分の未払額については、月額12万円から既払分の4800円を控除した11万5200円であることが認められ、前認定のとおり同年6月以降支払分の毎月の月額賃金は各12万円であり、毎年7月と12月に支給される夏季及び冬季一時金は各3万円であるから、被告は原告に対し、昭和58年4月22日から同年10月20日までの夏季一時金を含めた未払給料として合計74万5200円及びこれに対する弁済期の後である昭和58年11月27日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金並びに昭和58年10月21日以降の毎月の給料として、同年11月より毎月25日限り12万円(ただし7月及び12月には夏季及び冬季一時金として各3万円をこれに付加する。)を支払う義務を有する。
4 結論
よって、原告の本訴請求は主文第1ないし第3項掲記の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条本文を、仮執行の宣言につき同法196条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
別紙 求人票
1 職種 トレーサー
2 採用人数 通勤2名
3 雇用期間 常用
4 就業場所 淀川区当社
5 仕事の内容 設計室にてトレース作業並びに図面の整理その他
6 経験年数 2年以上
7 就業時間 午前8時30分から午後4時45分まで(土曜午後4時45分まで)
8 休日 日曜・祝日
9 賃金 日給月給、毎月20日締めの25日支払基本給月額10万円~12万円 昼食手当2500円
10 皆勤手当 なし
11 家族手当 なし
12 時間外手当 なし
13 通勤手当 定額・最高1万6000円まで
14 賞与 (前年度実績)年2回
15 退職金制度 なし
16 定年制 有り・55歳
17 選考 面接選考
18 備考 就業時間(始業)については面接の際に御希望に沿う様ご相談に応じます。