高知放送事件(最高裁 昭和52年1月31日判決)

宿直勤務の際,寝過ごしにより2週間に2度の放送事故を起こしたアナウンサーに対する能力不足を理由とする解雇が無効となった裁判例

1 判例のポイント

アナウンサーとしての責任感にかけ,率直に自己の非を認めないという点で,労働者に非があるとしつつも,本件が悪意ないし故意によるものでなく過失による寝過ごしであること,先に起きてアナウンサーを起こすべき担当者も寝過して原稿を渡さなかったのに,同担当者はけん責処分にとどまっていること,事故について謝罪の意を表していること等の事情から,本件解雇を無効とした。

2 裁判例の内容

2.1 事案の概要

Y会社は、テレビ・ラジオの放送事業会社であり、ⅩはY会社のアナウンサーであった。Ⅹは、昭和43年2月22日から23日にかけて、Aと宿直勤務に従事したが、寝過ごしたため、23日午前6時から10分間放送されるべき定時ラジオニュースを放送することができなかった。また、同年3月7日から8日にかけて、Bと宿直勤務に従事したが、寝過ごしたため、8日午前6時からの定時ラジオニュースを約5分間放送できなかった。Ⅹは、この8日の事故については、上司に事故報告をしておらず、1週間後にこれを知ったC部長から事故報告書の提出を求められ、事実と異なる事故報告書を提出していた。Y会社は、Ⅹの以上の行為は就業規則所定の懲戒事由に該当するので懲戒解雇とすべきところ、再就職など将来を考慮して普通解雇として処分をした。Ⅹは、解雇は無効であるとして従業員として雇用契約上の地位の確認を求めて訴えを提起した。1審・原審とも本件解雇は解雇権の濫用にあたり無効としたため、Y会社は上告した。

2.2 判断

⑴ 被上告人の前記行為は、就業規則一五条三号の普通解雇事由にも該当するものというべきである。

⑵ しかしながら、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。

⑶ 本件においては、被上告人の起こした第一、第二事故は、定時放送を使命とする上告会社の対外的信用を著しく失墜するものであり、また、被上告人が寝過しという同一態様に基づき特に二週間内に二度も同様の事故を起こしたことは、アナウンサーとしての責任感に欠け、更に、第二事故直後においては卒直に自己の非を認めなかった等の点を考慮すると、被上告人に非がなしということはできないが、他面、原審が確定した事実によれば、本件事故は、いずれも被上告人の寝過しという過失行為によって発生したものであって、悪意ないし故意によるものではなく、また、通常は、ファックス担当者が先に起きアナウンサーを起こすことになっていたところ、本件第一、第二事故ともファックス担当者においても寝過し、定時に被上告人を起こしてニュース原稿を手交しなかったのであり、事故発生につき被上告人のみを責めるのは酷であること、被上告人は、第一事故については直ちに謝罪し、第二事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力したこと、第一、第二事故とも寝過しによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと、上告会社において早朝のニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかったこと、事実と異なる事故報告書を提出した点についても、一階通路ドアの開閉状況に被上告人の誤解があり、また短期間内に二度の放送事故を起こし気後れしていたことを考えると、右の点を強く責めることはできないこと、被上告人はこれまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くないこと、第二事故のファックス担当者山崎はけん責処分に処せられたに過ぎないこと、上告会社においては従前放送事故を理由に解雇された事例はなかったこと、第二事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること、等の事実があるというのであって、右のような事情のもとにおいて、被上告人に対し解雇をもってのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある。したがって、本件解雇の意思表示を解雇権の濫用として無効とした原審の判断は、結局、正当と認められる。

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