求人票記載の労働条件と内定通知書記載の労働条件が相違し、賃金額が合意に至らず、労働契約の成立が否定された例(労経速2493-31)
1 事案の概要
Y会社は、令和3年8月、インターネット求人サービスを利用し、新たに立ち上げる施工管理部門の責任者となり得る人材を募集した。
同求人サイトに掲載した求人情報のうち、給与については以下の通り記載されていた。
- 月給46万1000円から53万8000円(ただし、みなし残業手当45時間分(11万2680円から13万1490円) を含み、超過分は別途支給する。)及び賞与年1回(10月支給)
- 初年度年収600万円から700万円を想定
労働者Xは、令和3年9月11日、本件求人サイトを通じて相手方の求人募集に申込みをし、9月20日に相手方本社において採用面接が実施された。面接終了後に採用内定通知書の交付を受けた。本件採用内定通知書には、給与について以下のような記載がなされていた。
- 給与及び手当月額総支給額40万円(45時間相応分の時間外手当を含む)、賞与120万円(2022年10月に支給)
9月22日に、Xは、採用面接を実施したY代表取締役に電話をかけ、採用内定通知書記載の月額総支給額40万円に45時間相応分の時間外手当が含まれるか否かについて確認した。
令和3年10月7日、Xは、Y本社において労働契約書等の交付を受けたが、その場で契約書に署名押印せずに持ち帰った。雇用契約害には、給与について以下のような記載がなされていた。
- 賃金月給30万2237円、時間外勤務手当9万7763円(時間外労働45時間に相当するもの)、賞与あり(金額等は会社の判断による)
10月7日、Y取締役本部長は、Xに対して電話で状況を確認したところ、Xから基本給40万円に固定残業代が含まれるか否かについて再確認を求められる等した。同取締役本部長は、内定通知書の通りの条件であること、賃金につき固定残業代を含まず基本給40万円の希望等があるなら再度選考を行うこと等を伝えた。
Xは、10月21日、Y本社に来社し、労働契約書のうち月給の「302,237円」等の記載を二重線と訂正印で削除するとともに、月給欄に「400,000円」と加筆したものに署名押印し、提出した。
Y取締役本部長は、同月22日、Yが提示した給与条件について抗告人が了承しない以上、労働契約は締結されていない状態にあるとして、雇用契約の申込みを撤回する旨を通知した。
2 判例のポイント
2.1 主な争点
労働契約の成否
2.2 結論
労働契約不成立(却下)
2.3 理由
(1)本件求人情報どおりの条件による労働契約の成否について
債権者(※労働者X)が本件求人サイトを通じて債務者の求人募集に応募したこと(認定事実(4))は、本件求人情報どおりの条件による労働契約締結の申込みといえる(以下「本件申込み」という。)。これに対する債務者(※会社Y)の承諾があると認められるかが問題となる。
債権者は、債務者が本件申込みに対して本件採用内定通知書を交付した以上、本件求人情報どおりの条件による労働契約が成立したと主張する。
しかし、本件求人情報には年収額、月給額及び賞与が年1回支給されることが明示され、本件採用内定通知書にも月給額、賞与額及び賞与の支給時期が明示されていたことからすれば、年収額のみならず、月給額も債権者及び債務者が労働契約を締結するか否かを判断する際に重要な考慮要素であったといえるのであって、本件申込みは、初年度年収600万円から700万円、月給46万1000円から53万8000円(固定残業代45時間分を含む。)及び賞与年1回支給という条件で労働契約を締結するという意思表示とみるべきであり、本件採用内定通知書の交付についても、月給40万円(45時間相応分の時間外手当を含む。)及び賞与120万円(2022年10月支給)という条件で労働契約を締結するという意思表示とみるべきである。
そうすると、本件申込みと本件採用内定通知書による意思表示の内容は食い違っており、債務者が本件申込みに対する承諾をしたとは認められないから、本件採用内定通知書が債権者に交付されたことをもって、本件求人情報どおりの条件による労働契約が成立したとは認められない。
なお、債権者は、債務者が本件求人サイトに本件求人情報を掲載しながら、採用内定通知書において月給額を一方的に減額し、これに応じない債権者の就労を拒否するのは信義に反すると主張しているとも解されるが、使用者には契約締結の自由があるので、採用面接の内容を考慮した結果、求人情報と異なる労働条件を内容とする採用内定通知書を交付することもあり得るのであり、このこと自体が信義則に反するとはいえない。
(2)本件採用内定通知書記載の労働条件による労働契約の成否について
債権者は、仮に本件求人情報どおりの条件による労働契約が成立したと認められないとしても、少なくとも本件採用内定通知書記載の条件で雇用契約が成立していると主張する。この点については、上記で検討したところからすると、債務者による本件採用内定通知書の交付は新たな申込みとみなされるので(民法528条)、これに対する債権者の意思表示があったと認められるかが問題となる。
債権者は、本件採用内定通知書の交付を受けた後、本件採用内定通知書の月額総支給額40万円に45時間相当の時間外手当が含まれるか否かを問合せ、月給30万2237円、時間外勤務手当9万7763円(時間外労働45時間に相当するもの)と記載された労働契約書に署名押印して提出せず、入社予定日の令和3年10月21日に労働契約書の月給「302,237円」等を削除し、「400,000円」と加筆した労働契約書を債務者に提出したことからすれば、P氏が令和3年10月22日に債権者に提示した労働条件に基づく雇用契約の申込みを撤回するとメールで伝えるまでの間に、債権者が債務者に対し本件採用内定通知書に対する承諾の意思表示をしたと認めることはできない。
したがって、債権者と債務者との間に本件採用内定通知書記載の労働条件による労働契約が成立したと認めることはできない。
(3)職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われていない点について
抗告人(※労働者X)は、相手方(※会社Y)が本件求人情報で当初明示した労働条件を採用面接の過程で変更したことになるが、職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われていないので、労働条件の変更がされていないことが推定され、当初明示された条件で労働契約が成立する旨主張する。
しかし、本件求人情報の条件による労働契約が成立したとは認められないことは、上記のとおりであり、職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われたか否かといった事情は、労働契約の成否に直接影響を及ぼさない。
したがって、抗告人の上記主張は採用できない。
3 判決情報
3.1 裁判官
第一審
裁判官:中井裕美
抗告審
裁判長裁判官 渡部勇次 裁判官 湯川克彦 裁判官 澤田久文
3.2 掲載誌
- 労働経済判例速報2493号31頁