法定労働時間を超える所定労働時間(週6日・計48時間)の適法性と割増賃金の算定方法が争われた事案において,労基法13条,32条1項により,1週間当たりの所定労働時間を48時間と定める部分が無効となり,これが40時間(1日8時間,週5日勤務)へと修正され,被告が原告らに支払った月給は,上記のとおり労基法に従って修正された所定労働時間対にする対価として支払われたと解されると判断された例
1 事案の概要
コンビニエンスストアの経営等を行う被告で勤務していた原告が時間外勤務手当を請求した事案。会社側は,1日8時間✕週6日=週48時間が所定労働時間であり,月給も週48時間勤務の対価として支払っている,それゆえ,週6日勤務した場合の6日目は請求できるのは割増分だけ(0.25部分)であり,仮に週40時間となるのであれば,算定基礎賃金は月給の6分の5だけであり,その余の6分の1は40時間を超えた分の固定残業代として充当するべきである,と主張した。
2 しんわコンビ事件判例のポイント
2.1 結論
原被告間の労働契約内容は,労基法13条,32条1項により,一週間当たりの所定労働時間を48時間と定める部分が無効となり,これが40時間(1日8時間,週5日勤務)へと修正されるものと解されるとして,原告らの週40時間を超える労働時間についての時間外手当の支払を命じた。
2.2 理由
「原告らと被告との間で締結された本件労働契約は,いずれも1日8時間,週6日勤務に対してその給与を月給制で支払うことを内容とするものであるところ,これは週48時間の勤務を所定労働時間とする点で,労基法32条1項に違反することが明らかである。そのため,本件労働契約の内容は,労基法13条,32条1項により,一週間当たりの所定労働時間を48時間と定める部分が無効となり,これが40時間(1日8時間,週5日勤務)へと修正されるものと解されるところ,月給制は原則として,月当たりの通常所定労働時間の労働への対価として当該金額が支払われる旨の合意であるから,被告が原告らに支払った月給は,上記のとおり労基法に従って修正された所定労働時間に対する対価として支払われたものと解するのが相当である。」
「被告は,原告らに支払った給与は「1日8時間,週6日勤務」の対価として支払われたものである以上,①原告らが請求できるのは週1日(6日目)分のうち割増賃金分に限られ,仮に割増賃金分に限らない全額の賃金の支払を認めるのであれば,既に支払われた6分の1は労働の対価なく支払われたものとして不当利得になる,②基礎賃金についても6分の5の金額で計算し,残りの6分の1については,週1日の時間外労働に対する固定残業代の合意があったと解釈すべきである旨主張する。しかしながら,労基法13条により無効となるのは,同法の定める基準に達しない労働条件に限られるのであり,原告らの労働条件において,無効となる所定労働時間に応じて賃金の定めが修正され,被告から原告らに対し,時間外労働に対応した賃金が支払われたとみるべき事情はうかがわれない。また,原告らの労働条件について,これを定めた労働契約書や就業規則は存在しておらず,原告らとCの採用面接の際にも,給与の一部を固定残業代と解すべき合意等は何ら認められないことを踏まえると,原告らが支払を受けた賃金に,時間外労働に対応する賃金が含まれるとは認められず,被告の主張はいずれも採用できない。」
として,被告の主張を退けた。
3 しんわコンビ事件の関連情報
3.1判決情報
裁判官:新谷 晋司,中澤 亮,西脇 典子
掲載誌:労働判例1216号38頁
3.2 関連裁判例
橘屋事件(大阪地判昭和40年5月22日労民集16巻3号371頁)
牡丹湯事件(神戸地姫路支判昭和45年1月29日労民集21巻1号93頁)
松本製作所事件(大阪地判平成元年11月21日労判552号64頁)
3.3 参考記事・文献
「法定労働時間を超える所定労働時間は,直律効により法定労働時間に縮減されるが,その場合縮減されるのは労働時間(労働義務の範囲)だけで,もとの労働に対して支払われていた賃金には(時間給であることが明白である場合を除き)影響しないことが,裁判例・学説においても確立している。直律効は,労基法に定める基準に達しない部分のみを無効にするものだからである。」 荒木尚志「労働時間の法的構造」310頁(有斐閣)
「 1日10時間労働として1日8,000円の賃金が定められていた場合、労働時間については、1日10時間が法定の基準に達しないため無効となり、法定の1日8時間制に縮減されることとなる(時間外労働の協定がないと仮定する。)。しかし、この場合、1日8,000円の賃金の定めはどうなるかが問題である。一般に賃金というものは、労働時間の長さを前提として、これに応じて決められるものであることからすれば、労働時間が1日10時間から8時間に縮減されれば貸金もこれに対応して減額(右の場合は1日6,400円)されると解すべきではなかろうか ( 反対 有泉「労働基準法」106頁 、石井他「註解Ⅰ」321頁 、大阪地裁判決 橘屋事件 昭 40.5.13 などは 、いずれも、時間給であることが明確でない限り、1日8,000円は変更を受けないと説く。)。 厚生労働省労働基準局編『平成22年版労働基準法上』209頁(労務行政)
4 主文
1 被告は,原告X1に対し,別紙認容額一覧記載1のとおり,原告X2に対し,別紙認容額一覧記載2のとおり,原告X3に対し,別紙認容額一覧記載3のとおり,原告X4に対し,別紙認容額一覧記載4のとおり,及び原告X5に対し,別紙認容額一覧記載5のとおりの金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項(別紙認容額一覧1の(2),2の(2),3の(2),4の(2),5の(2)を除く。)に限り,仮に執行することができる。
第1 請求
1 被告は,原告X1に対し,467万1141円及びうち413万9148円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,106万6691円及びうち95万8494円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は,原告X3に対し,208万9647円及びうち185万8969円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
4 被告は,原告X4に対し,213万3931円及びうち189万7728円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
5 被告は,原告X5に対し,138万1207円及びうち124万1088円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
6 被告は,原告X1に対し,368万6154円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被告は,原告X2に対し,86万6538円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被告は,原告X3に対し,178万5775円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 被告は,原告X4に対し,182万7817円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10 被告は,原告X5に対し,118万6189円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,建築工事業等を業とする特例有限会社である被告において就労していた原告ら5名(以下,単に「原告ら」という。)が,被告に対し,①未払の時間外割増賃金等及びこれらに対する遅延損害金(各支払期日が各原告退職の日以前のものについては,同日まで商事法定利率年6分の割合及び同日の翌日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)所定の年14.6パーセントの割合並びに各支払期日が各原告退職の日以降のものについては,その各支払期日の翌日から支払済みまで賃確法所定の年14.6パーセントの割合)の各支払,②付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求め,また,原告X1が,被告に対し,③被告が原告X1の健康保険料等を賃金から過剰に控除していたと主張して,主位的に未払賃金請求として,予備的に不法行為に基づく損害賠償請求として,過剰控除した金員の合計2万9378円並びにこれに対する各支払期日から原告X1の退職の日まで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金及び原告X1の退職の日の翌日から支払済みまで賃確法所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実,又は,各項末尾の括弧内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 被告は,コンビニエンスストアの経営,建築工事業,土木工事業,管工事業等を目的とする特例有限会社であり,Aグループに所属している。被告の代表者として登記されているのはBであるが,同人は,Aグループの会長であるCの長女であり,被告の実質的な代表者としての意思決定は,Cが行っている。
また,Cの妻であるDは,Aグループの本部長であり,Aグループ全体の総務を統括している。
イ 原告X1は,平成28年2月1日,原告X2は,同年9月1日,原告X3及び原告X4は,同年4月11日,原告X5は,同年8月1日,それぞれ,被告に雇用され,原告X5以外の各原告は平成29年8月15日に,原告X5は同月31日に被告を退職した。
ウ なお,原告X2については,平成28年10月7日に,同月4日付けで被告取締役に就任した旨の登記がされている。
(2) 原告らと被告との労働契約(以下「本件労働契約」という。)の内容
本件労働契約の内容のうち,次の点は,原告らにおいて共通であった。
ア 雇用期間 期間の定めなし
イ 業務内容 建築工事,土木工事,管工事等
ウ 賃金支払日 毎月15日締め,当月末日払
エ 勤務日 毎週月曜日から土曜日
オ 勤務時間 午前8時30分から午後5時30分までのうちの8時間
カ 年間所定労働日数 309日
(3) 被告が原告らに対して支払った月例賃金の額
ア 被告が原告らに対して支払った月例賃金の額は,別紙1-1ないし1-5各基礎時給計算書のうち,「割増賃金の基礎となる賃金」欄記載のとおりである(なお,原告X1に対して平成29年3月以降に支払われた賃金額は,同欄記載の金額から1か月当たり2万円を減額した額である。)。
なお,被告は,原告らの入社から平成29年4月分まで,同欄記載の賃金のうち,基本給及び車両代のみを被告の名義で支払い,それ以外の賃金は,Aグループに所属する別の会社(原告X1に対しては医療法人E,その他の原告らに対しては株式会社F)の名義で支払っていた。
イ 被告は,原告らが日曜日を除く週6日のうちいずれかで欠勤をした際には,欠勤控除として相当額を給与から差し引いて支払わなかった。具体的な控除額は,原告X2に対し,平成28年11月に2万6845円(甲1の2の5・6),同年12月に4万6140円(甲1の2の7・8),平成29年1月に6万7920円(甲1の2の9・10),同年2月に2万7168円(甲1の2の11・12),同年3月に3万0106円(甲1の2の13・14),原告X5に対し,平成28年11月に1万0738円(乙1-5,弁論の全趣旨),平成29年1月に1万0864円(甲1の5の7・8),同年4月に9万8666円であった(甲1の5の13・14)。
(4) 別紙1-1基礎時給計算書記載のとおり,原告X1の平成28年4月分及び5月分の月例賃金は50万円,同年6月分から9月分までの月例賃金は51万円であったところ,被告は,横須賀年金事務所に対し,原告X1の平成28年4月から同年9月分までの標準報酬月額を30万円と届け出ていた。同期間における標準報酬月額30万円に応じた健康保険料,介護保険料,厚生年金保険料(以下「健康保険料等」という。)の折半額は合計4万4067円であったが,被告は,標準報酬月額50万円に応じた健康保険料等の折半額に相当する合計7万3445円を原告X1の同期間の毎月の賃金から控除して支払わなかった。(甲1の1の4・6・8・10・12,9,10(枝番号を含む。),乙1の1)
2 争点
争点は,①実労働時間,②本件労働契約の解釈(その帰結として,基礎賃金及び既払金の算定方法並びに被告による欠勤控除の有効性),③原告X1及び原告X2の労働基準法(以下「労基法」という。)41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)該当性,④被告による健康保険料等の控除の有効性又は違法性,⑤付加金の支払義務を課すべきか否かである。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点①(実労働時間)に関する主張
(原告らの主張)
ア 原告らの実労働時間は,原告X1に関する平成28年5月14日,同月15日,同年6月7日及び同月16日分を除いては,別紙2-1ないし2-5各労働時間計算書記載のとおりである。原告X1の同年5月14日及び同月15日における実労働時間は6時から18時であり,同年6月7日は8時30分から21時,同月16日は8時30分から21時30分である。
これらは,基本的には出勤簿に基づいており,業務日報や原告らが撮影した写真に基づいている部分もある。なお,これらの基礎資料がない日については,所定労働時間(8時間)について労働したものとしている。被告は,出勤簿及び業務日報によって原告らの労働時間を管理しており,出勤時刻については,原告X1から毎朝原告ら各人の日報がAグループ総務部に届けられたことにより,退勤時刻については,原告らが事務所兼資材置き場に戻るか被告の契約する業務用携帯電話に連絡することにより,それぞれ出勤簿及び業務日報の記載内容が適切かどうか把握していたから,出勤簿及び業務日報の記載は,少なくとも原告らが就労した時間として信用することができる。
イ 被告の主張に対する反論
(ア) 被告は,原告らが毎日原告らのみによって活動をしていた旨主張するが,原告らはG氏ら他の被告従業員とも業務に従事しているから,被告の主張は事実に反する。
(イ) 被告は,原告らが時間外労働を過大に記載したかのように主張するが,むしろ過少に申告しているものである。すなわち,出勤簿に記載する出退勤時刻は,Aグループの会長であるCの指示により,時間外手当計算の便宜のため30分単位で記載していたし,退勤時刻は現場作業を終えた時刻とされ,事務所兼資材置き場に戻り後片付けをする時間は含まれていないのである。
出勤簿の出退勤時刻について,同じ時刻が続いている旨の指摘については,上記のとおりCの指示により30分単位で記載しており,30分未満の部分を切り捨てれば同じ時刻が続いたとしても何ら不自然ではない。原告らの作業ペースが遅い旨の主張については,否認するが,そもそも原告らは出勤後退勤するまで被告の指揮命令下に置かれていたのであるから,いずれにせよ労働時間の認定に影響しない。原告らの一部が運転免許教習所に行っていた旨の主張については,勤務終了後や休日,有給休暇又は欠勤と扱われた日に通ったのであって,勤務時間中に通った事実はない。また,原告らが勤務時間中に被告を介さずに独自に請け負った業務を行った事実は存在しない。
(被告の主張)
原告らは,毎日原告らのみによって活動をしており,原告らのほかに原告らの労働事実を客観的に把握している者はおらず,また,出勤簿及び日報についても,原告X1による管理の下,いずれも原告らのみが判断できる環境で,原告らが自ら作成し,原告ら自身において確認印などを押しているものにすぎない。
出勤簿等の記載は,同じ時刻の記載が不自然に並んでおり,正確な勤務時間を反映しているとは考えられない。また,原告らの作業ペースが通常想定されるペースの2分の1程度であり,原告ら主張の全ての時間に実際に作業していたとは考えられない。さらに,原告らの一部は,勤務時間中に運転免許教習所などに通っており,加えて,勤務時間中に被告を介さずに独自に請け負った業務に従事していたことが疑われる者もいる。
以上から,原告らの実労働時間について,出勤簿ないし日報を基礎資料として,その記載のとおりに認定すべきではない。
(2) 争点②(本件労働契約の解釈)について
(原告らの主張)
ア 前提事実(2)の本件労働契約の契約内容からすると,週あたりの所定労働時間は48時間になるから,労基法32条1項,同13条により,所定労働時間は40時間となり,超過分は時間外労働となる。また,週当たりの所定労働日数は6日ではなく5日となるから,年間の所定労働日数は257日として計算することとなる。これを前提に,前提事実(3)アの月例賃金を基礎として基礎賃金を算定する。なお,被告は,原告X1の賃金について,平成29年3月以降は,それ以前と比べて1か月2万円を減額しているが,同減額に法的根拠はないから,同月以降も原告X1の賃金額に変更はない。
イ 被告は,週6日のうち1日でも休むと欠勤として扱い,原告X2及び原告X5に対し,欠勤があるとして欠勤控除を行ったことがあるが,上記のとおり週当たりの所定労働日数は5日であるから,被告のした欠勤控除には理由がないものがあり,欠勤控除相当額の賃金の一部が未払となっている。また,被告は,原告らが有給休暇を取得した場合は賃金を減額していないが,これは所定労働時間が週48時間であることを前提とした処理であり,有給休暇取得日のうち,1週につき8時間までについては労基法39条9項に基づく賃金が支払われていないことになるため,この未払賃金を請求する。
(被告の主張)
ア(ア) 原告らと被告とは,「1日8時間,週6日勤務」で「年額(月額)いくら」という契約内容に合意したことには間違いないのであるから,被告は原告らに対して,1日8時間,週6日勤務した場合の対価として給与を支払っていたと解釈すべきである。したがって,原告らが被告に請求できるのは,週1日(6日目)分のうちの割増分に限られる。また,基礎賃金の算定についても,仮に,所定労働時間を「1日8時間,週5日」で計算するのであれば,給与額については,月例給与額の「6分の5」の金額で計算しなければならない。
そして,上記のとおり,本件では,週5日の労働と,週1日の時間外労働を加えた労働時間の対価として,当該月給を定めたものと合理的に解釈すべきであるところ,原告らの月額賃金については,数式で基本給と残業代が導かれるものであるから,残業代と基本給とは明確に区別されており,これを超える労働については月額賃金に含まれていないことも当事者の合意として明確である。したがって,原告らと被告との間で,本件労働契約において,月額賃金の6分の1の賃金を,週1日の時間外労働に対する対価とする固定残業代の合意が有効に成立しているというべきである。
(イ) 原告X1の賃金の減額については,原告X1の部下に対する管理業務に行き届いていない部分があったことから,平成29年3月頃,口頭で原告X1の承諾を得て減額したものであり,原告X1からその後何らの異議が出ていないことからも,原告X1が同減額を承諾していたことは明らかである。
イ 欠勤控除に理由がない旨の主張は争う。給与は週6日勤務した場合の給与であるから,週6日勤務しなかった際に欠勤分を差し引くことは当然である。万が一,週6日目の労働について,「割増賃金分」に限らない全額の賃金を認めるのであれば,反対に,月額賃料の「6分の1」は労働の対価なく支払われたものとして不当利得になるというべきである。
(3) 争点③(原告X1及び原告X2の管理監督者該当性)について
(被告の主張)
原告X1は,その他の原告らの労働を管理監督する立場にあった者であり,かつ,自身の出退勤を自分自身で自由に管理し,管理職手当として月額10万円もの金額が支給されていることに鑑みても,管理監督者に該当する。
また,原告X2は,被告の取締役であって,経営者側に立つ者であるから,管理監督者に該当する。
(原告X1及び原告X2の主張)
ア 原告X1について
(ア) 原告X1は,被告での就労を開始した当初,営繕や草刈りなどの業務に従事しており,一作業員を超える権限や責任はなかった。その後は従前の業務に加え,被告の営業担当者の業務も行うようになったが,Cらの指示を受けて職務を行っており,受注についても,基本的に同人らの了解を得てから行うこととなっていた。
また,原告X1は,他の従業員の業務日報及び出勤簿等を受け取り,自ら押印してAグループ総務に届けていたが,勤怠の承認権限は原告X1ではなく,Aグループ本部長であるDにあった。従業員の採用についても,原告X1はC及びDに紹介するのみで,採否の決定は同人らが行っていた。その他原告X1は,被告が行うAグループの各施設のごみ収集,清掃等の業務には一切関与していなかった。
以上から,原告X1の職務の内容,権限,責任は経営者と一体的な立場にあるとは到底いえず,管理監督者に当たらない。
(イ) 出退勤についても,原告X1は,自らの判断で遅刻・早退することは許されなかった。また,他の従業員同様に,業務日報や出勤簿に出退勤時刻を記録し,欠勤の際には「届書」を作成したうえで,毎朝Aグループ本社総務に業務依頼書を受け取りに行くことからすると,他の従業員以上に勤怠管理が徹底されていたとさえいい得る。
(ウ) 待遇についても,管理監督者たる地位にふさわしい処遇とはいえない。確かに,原告X1には平成29年5月以降,管理職手当なる名目で10万円が支払われていたが,これは被告が一方的に,従前基本給として支払っていた一部の名目を管理職手当に変更したにすぎない。
イ 原告X2について
原告X2は,被告が建設業許可を受けるために取締役として形式上登記されたにすぎず,取締役就任登記の前後を通じ,原告X2が被告の業務の決定及び執行について関与することはなかった。そして,原告X2は,被告の指揮命令下において作業員として従事していた者で,出退社についての自由度はなく,賃金も月額35万円にすぎない。加えて,被告は,原告X2に対して,時間外手当を一部ながらも支払っているほか,欠勤控除も行っていることからすると,原告X2が管理監督者に該当するとはいえない。
(4) 争点④(被告による健康保険料等の控除の有効性又は違法性)について
(原告X1の主張)
被告は,原告X1の平成28年4月から同年9月分までの賃金について,実際には標準報酬月額30万円として届け出ていたにもかかわらず,標準報酬月額50万円の場合の健康保険料等の折半額に相当する金額を過剰に控除していた。
被告は,原告X1の上記期間の賃金について,標準報酬月額30万円に応じた健康保険料等の半額の限度で賃金から控除できるにすぎないから(労基法24条1項),上記期間の賃金のうち,毎月2万9378円は未払となっている。したがって,主位的に未払賃金請求として同金員の支払を求める。
また,これは,上記の金額を控除する旨を記載した給与明細書を交付することで,原告X1に対し,標準報酬月額が50万円として届け出られている旨誤信させ,上記の賃金の支払を免れたものであるから,不法行為にも該当する。したがって,予備的に,不法行為に基づく損害賠償請求として,上記金員の支払を求める。
(被告の主張)
原告X1は,結果として実際に月額50万円程度の給料を受領していたのだから,同額を基準とした健康保険料等を負担すべきである。したがって,被告が月額50万円の報酬を基準として賃金から健康保険料等を控除したことに問題はない。
(5) 争点⑤(付加金の支払義務を課すべきか否か)について
(原告らの主張)
労基法が付加金制度を設けた趣旨に照らすと,原則として全額の付加金支払が命じられるべきである。本件では,被告が原告らに月平均55時間に及ぶ相当時間の時間外勤務を強いながら,時間外労働に対する賃金の大半を支払わず,また,健康保険料等の事業主負担分の一部をも免れていた。さらに,所定労働時間が週当たり48時間という恒常的に労基法に違反した長時間労働を余儀なくさせ,時間外賃金もこれを前提に計算していた。加えて,ユニオンとの交渉でもこれを支払おうとせず,「会長方式」なる根拠不明な減額を行って支払の大半を拒んでいることに鑑みれば,被告の対応は極めて悪質であって,付加金という制裁を科すべきである。
(被告の主張)
そもそも時間外手当について未払はなく,付加金を請求される理由はない。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前提事実,証拠(甲1(枝番号を含む。),4(枝番号を含む。),5,8(枝番号を含む。),12~16,乙1(枝番号を含む。),3(枝番号を含む。),4(枝番号を含む。),6,証人C,原告X1本人,原告X2本人,原告X3本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば次の事実を認めることができ,これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 原告らは,いずれもCによる採用面接を経て被告に入社しており,採用面接の際に,Cとの間で月額の給与について合意した上で勤務を開始し,別紙1-1ないし1-5各基礎時給計算書の「割増賃金の基礎となる賃金」欄記載のとおり,月例賃金の支給を受けていた(なお,原告X1に対する平成29年3月以降の賃金額は,後記(4)ウのとおり給与が減額され,同欄記載の金額から1か月当たり2万円を除いた額が支給されていた)。
また,原告らは,入社当初より,基本的に毎週月曜日から土曜日の週6日勤務していたが,原告らがこれに異議を述べることはなかった。(以上,前提事実(3)ア,甲1(枝番号を含む。),12~16,証人C,原告X1本人,原告X2本人,原告X3本人)
(2) 原告らの主な業務は,Aグループ施設の営繕や草刈り,水道工事,木工事,内装工事等であり,原告ら以外の従業員と共に作業する日もあった。原告らは,出勤すると被告の事務所兼資材置き場に集合し,その日の業務内容を確認してから各現場に移動して作業していた。また,現場作業終了後は事務所兼資材置き場に立ち寄り,後片付けを行ってから退勤していた。(甲12~16,原告X1本人,原告X2本人,原告X3本人)
(3) 出勤簿(甲4(枝番号を含む。)),クリーン業務日報(乙3(枝番号を含む。)。以下「日報」という。)及び届書(乙4(枝番号を含む。))の作成状況
ア 原告らの出勤簿は事務所兼資材置き場に備え置かれ,原告ら自身が毎日出退勤の際に記載することとされており,原告X1が毎月1回,業務依頼書を取りに行く際に,原告ら5名分と他の従業員の分の出勤簿をAグループ総務に届けていた。(甲4(枝番号を含む。),12~16,原告X1本人,原告X2本人,原告X3本人)
イ 出勤簿に記載すべき出勤時刻は,原告らが事務所兼資材置き場に出社した時刻,退勤時刻は基本的に現場作業を終える時刻と指示されており,原告らは,いずれも前記指示に従って,現実に出社した時刻あるいは現場作業を終えた時刻を基に,30分単位で出退勤時刻を記載していた。(甲4(枝番号を含む。),12~16,原告X1本人,原告X2本人,原告X3本人)
ウ 日報は,原告らが毎日の現場,勤務内容及び各作業を行った時間を記載した書面であり,原告らは原則として,当日退勤前又は翌朝に日報を記入し,所定の箱に入れるなどの方法により原告X1に提出し,これを原告X1がAグループ総務に届けていた。その際,総務担当職員がおらず,CやDが在室していた場合には,同人らのサイン又は押印をもらい,確認を受けていた。(甲12~16,乙3(枝番号を含む。))
エ 原告らが有給休暇等で仕事を休む際には,届書という書面にその旨を記載し,原告X1を通じて本部長であるDへ提出していた(乙4(枝番号を含む。),甲12,原告X1本人)。
(4) 原告X1の就労状況及び賃金の減額
ア 原告X2,原告X3,原告X4,原告X5は,いずれも原告X1がCに紹介して入社したという経緯があり,原告X1は,上記4名の管理監督を行うようCから指示されていた。原告X1は,入社当初は草刈りや営繕などの業務に従事することが大半であったが,途中からこれらの業務に加え,他の従業員への業務の割り振りを命じられるようになった。原告X1は,被告の総務から業務依頼書を受け取り,その内容に従って他の原告らに業務を割り振ったうえ,原告X1自身も他の従業員と共に労働時間の半分以上は現場作業に従事していた。また,業務実施のために道具購入などの費用がかかる際には,購入前にCの了解を得てから受注していた。(甲6の3,12,乙6,証人C,原告X1本人)
イ 日報,届書及び休日出勤・時間外勤務伺書には所属長の決裁欄が設けられており,原告X1を含む原告らの所属長決裁欄には,原告X1が自ら押印していた。もっとも,原告X1が押印しただけでは有給休暇等として承認を得られるものではなく,D,C又は総務担当職員のチェックを経た上で有給休暇等と取り扱われる運用がなされていた。(甲12,乙3~5(いずれも枝番号を含む。),原告X1本人)
ウ Cは,平成29年3月頃,原告X1に対し,同人の部下に対する管理監督が行き届いていないことなどを理由に給与を2万円減額する旨を告げ,同月分以降,医療法人E名義での支払額が18万円に減額されて,合計49万円が毎月支払われた。(甲1の1の1~29,12,乙6,証人C,原告X1本人)
その後,同年5月分からは,医療法人E名義での支払がなくなり,被告名義による基本給20万円,管理職手当10万円,職務手当18万円及び車両代1万円として,総額としては変わらない合計49万円が毎月支払われるようになった。(甲1の1の1~29)
(5) 原告X2の取締役就任の経緯
原告X2は,建設業の経験があり,入社からしばらく経った頃に,被告から建設業の許可を受けるために名義を貸して欲しいなどと頼まれてこれを承諾し,前提事実(1)ウのとおり,平成28年10月7日,同月4日に被告取締役に就任した旨の登記がされた。被告取締役就任の登記の前後を通じて,原告X2の業務内容や待遇に変化はなく,被告の経営判断等に関与したり,取引先に対して自らが取締役である旨を紹介したりすることはなかった。(甲5,13,原告X2本人,証人C)
2 争点に対する判断
(1) 争点①(労働時間)について
ア 認定事実(3)アないしウのとおり,被告における従業員の出退勤管理は,出勤簿に基づいてなされており,原告らは,原則として毎日これに出退勤時刻を記載し,毎月1回,原告X1を通じて被告に提出していたこと,原告らは日々の業務内容を,当該業務に従事した時間とともに,原則として毎日,日報に記載していたこと,この日報についても,原告X1を通じて被告に提出し,総務担当者やD,Cの決裁を得ていたことからすれば,出勤簿及び日報には,原告らの出退勤時刻が概ね正確に記載されているものと推認するのが相当である。
これに対し,被告は,出勤簿等に同じ時刻の記載が不自然に並んでいることや,原告らは毎日原告らのみによって活動しており,他に労働事実を客観的に把握している者がいなかったことなどを根拠に,その記載内容の信用性を争っている。しかしながら,認定事実(3)イのとおり,原告らは,出勤簿について30分単位で出退勤時刻を記載していたのであるから,同じ時刻の記載が多く並んでいるからといって,何ら不自然ではなく,出勤簿等の記載内容の信用性を減殺するとはいえない。また,原告らの労働事実を客観的に把握している者がいなかったから,出勤簿等が信用できないなどと主張する点は,原告ら労働者の労働時間を管理する義務を負っているのは,使用者である被告自身であることからすれば,およそ失当といわざるを得ない。その点は措くとしても,これらの出勤簿及び日報は,いずれも被告に提出され,毎日ではないにせよ,被告側が決裁をした上で管理していたものであるところ,被告から原告らに対し,その記載内容に疑義があるなどの指摘をした等の事実も認められないことからすれば,これら出勤簿等の信用性がないとは到底いえない。なお,原告らにおいても,出勤簿や日報に記載した時刻は,必ずしも正確な労働時間を反映させたものではない旨を述べているが,その趣旨は,実際には記載した出勤時刻よりも早く出社していたり,記載した退勤時刻以後も片付け等をしたりした日が存在するというものであり,出勤簿等に記載された出退勤時刻よりも実際の労働時間が殊更短いことを疑わせる客観的証拠は見当たらない。
以上からすると,出勤簿及び日報の記載は,原告らが少なくともその時間は業務に従事していたことを示す証拠として,基本的に信用することができるというべきであり,これらのうち,特に出退勤時間が意識的に記載されていたのが出勤簿であったことを踏まえると,原告らの労働時間は,出勤簿がある場合には出勤簿により,出勤簿が存在しない日については日報に記載された出退勤時間により認定するのが相当である。なお,出勤簿及び日報がいずれも存在しない日については,原告ら及び被告との間で定められた所定労働時間に従い,8時30分から17時30分と認定するのが相当である。
イ 原告X1の労働時間について
原告X1は,出勤簿及び日報の記載が存在しない以下の各日について,所定労働時間とは異なる労働時間を主張するため,以下個別に検討する。
(ア) 平成28年5月14日及び同月15日
原告X1は,上記2日間は,「△△」にAグループが出店したため,少なくとも6時から18時までの間はその業務に従事したと主張する。しかしながら,同日に「△△」が開催されたこと自体は認められるとしても(甲7の1,7の2),原告X1が所定労働時間を超えて上記のとおり業務に従事したことを示す客観的な証拠は見当たらないため,所定労働時間の限りで労働時間を認めた。
(イ) 同年6月7日及び同月16日
原告X1は,上記2日間は,原告X3及び原告X4と共に,介護老人保健施設Hで就労しており,両名と同じく,同年6月7日については21時まで,同月16日については21時30分まで業務に従事していたと主張する。しかしながら,原告X3及び原告X4が同年6月7日については21時まで,同月16日については21時30分まで,同施設内でそれぞれ業務に従事していたことは日報の記載から認められるものの(乙3の3の51及び59,乙3の4の46及び54),原告X1についてはこの2日間についての出勤簿及び日報がいずれも存在せず,施設内を撮影した写真として提出されている甲6(枝番号を含む。)についても,原告X1が上記時刻まで同施設内で作業に従事したことを客観的に示すとはいい難い。したがって,所定労働時間の限りで労働時間を認めた。
ウ その他の原告らの労働時間について
(ア) 同年5月21日及び同月22日
出勤簿(甲4の3の1,4の4の1)によれば,原告X3及び原告X4はこの2日間,Aグループの婚活パーティー(甲8(枝番号を含む。))に出席したものと認められ,出勤簿記載の時刻(記載のない部分は所定労働時間)に従い,同月21日の勤務時間は5時から17時30分,同月22日の勤務時間は8時30分から15時と認めた。
(イ) 同年11月10日及び同月11日
原告X3,原告X4及び原告X5は,この2日間について,取引先が行った宿泊研修に参加した旨主張する。上記原告らの出勤簿(甲4の3の6,4の4の6,4の5の4)によれば,出退勤時刻の記載がないものの,「◇◇会」「研修」との記載が認められる。これらの記載は,原告らが主張する業務に従事した事実を伺わせるものであり,宿泊研修に参加したのであれば,出勤簿に出退勤時刻を記載できなかった点についても合理的に説明可能であるため,この2日間については所定労働時間の限りで業務に従事したものと認めた。
エ なお,被告は,原告らの一部が勤務時間中に運転免許教習所などに通ったり,被告を介さずに独自に請け負った業務に従事していたりしたことが疑われるなどと主張するが,これらの事実を示す具体的な証拠は存在せず,被告の主張は認められない。
オ 以上より,原告らの実労働時間は,別紙2-1ないし2-5各労働時間計算書記載のとおりと認められる。
(2) 争点②(本件労働契約の解釈)について
ア 原告らの基礎賃金及び基礎時給について
(ア) 前提事実(2)及び認定事実(1)によると,原告らと被告との間で締結された本件労働契約は,いずれも1日8時間,週6日勤務に対してその給与を月給制で支払うことを内容とするものであるところ,これは週48時間の勤務を所定労働時間とする点で,労基法32条1項に違反することが明らかである。そのため,本件労働契約の内容は,労基法13条,32条1項により,一週間当たりの所定労働時間を48時間と定める部分が無効となり,これが40時間(1日8時間,週5日勤務)へと修正されるものと解されるところ,月給制は原則として,月当たりの通常所定労働時間の労働への対価として当該金額が支払われる旨の合意であるから,被告が原告らに支払った月給は,上記のとおり労基法に従って修正された所定労働時間に対する対価として支払われたものと解するのが相当である。
(イ) これに対して,被告は,原告らに支払った給与は「1日8時間,週6日勤務」の対価として支払われたものである以上,①原告らが請求できるのは週1日(6日目)分のうち割増賃金分に限られ,仮に割増賃金分に限らない全額の賃金の支払を認めるのであれば,既に支払われた6分の1は労働の対価なく支払われたものとして不当利得になる,②基礎賃金についても6分の5の金額で計算し,残りの6分の1については,週1日の時間外労働に対する固定残業代の合意があったと解釈すべきである旨主張する。
しかしながら,労基法13条により無効となるのは,同法の定める基準に達しない労働条件に限られるのであり,原告らの労働条件において,無効となる所定労働時間に応じて賃金の定めが修正され,被告から原告らに対し,時間外労働に対応した賃金が支払われたとみるべき事情はうかがわれない。また,原告らの労働条件について,これを定めた労働契約書や就業規則は存在しておらず,原告らとCの採用面接の際にも,給与の一部を固定残業代と解すべき合意等は何ら認められないことを踏まえると,原告らが支払を受けた賃金に,時間外労働に対応する賃金が含まれるとは認められず,被告の主張はいずれも採用できない。
(ウ) 以上を前提に基礎時給の算定方法について検討すると,本件労働契約における年間所定労働日数は,週6日勤務であることを前提に309日とされていたところ(前提事実(2)),前記のとおり一週間当たりの所定労働時間が48時間から40時間に修正される結果,週当たりの所定労働日数は5日と修正されるため,309日から52日(365日÷7)を差し引いた257日を年間所定労働日数となり,月平均所定労働時間は,別紙1-1ないし1-5各基礎時給計算書の「月所定労働時間(時間)」欄記載のとおり認められる。
(計算式)257日×8時間÷12
(エ) そして,被告は,原告X1に対し,同人の部下に対する管理監督が行き届いていないことなどを理由に賃金を平成29年3月以降1か月2万円減額しているが(認定事実(4)ウ),減額に際してはCが原告X1に対して一方的に前記理由を告げたのみであり,賃金減額に係る具体的理由が十分に説明されたとはいい難く,これに対して原告X1が異議を述べなかったという点を踏まえても,労働条件の不利益変更につき,原告X1が自由な意思に基づいて同意したとは認められない。したがって,2万円の賃金減額について合意があったと評価することはできず,同月以降の原告X1の賃金は,平成29年2月分までと同様の月額合計51万円と認められる。
(オ) 以上の検討から,原告らの基礎時給は,別紙1-1ないし1-5各基礎時給計算書の「賃金単価」欄記載のとおりとなる。
なお,原告らの各入社月については,一部の証拠において月例賃金の額が入社翌月以降より低額であったり,月の途中から勤務を開始したりしたことにより実際には月当たりの所定労働時間が翌月以降と比較して少なくなると考えられる部分があるものの,本件全証拠によっても,当事者間において,特に入社月のみを低額の賃金単価で雇用する合意があったことを伺わせる事実は認められないため,弁論の全趣旨により,各入社月においても翌月以降の賃金単価と同額の賃金単価であったと認定する。
イ 有給休暇取得分の未払賃金について
被告は,原告らが有給休暇を取得した場合は賃金を減額していないものの,これらは週当たり48時間,6日間勤務であることを前提として支払ったものと認められる。そして,前記のとおり,原告らに支払われた月給はいずれも週当たり40時間(5日間)勤務に対する対価であると解釈する結果,有給休暇取得日のうち,1週につき8時間(1日分)までについては,賃金が支払われていないこととなるから,原告らは,1週につき8時間(1日分)の有給休暇を取得した分について,労基法39条9項に基づき未払賃金の支払を請求できると解するのが相当である。
以上に従って計算すると,原告X1については平成28年11月に18時間分,平成29年1月に16時間分,同年4月に8時間分,同年8月に8時間分,原告X2については同年3月に8時間分,同年5月に8時間分,同年7月に8時間分,同年8月に8時間分,原告X3については同年1月に8時間分,同年8月に16時間分,原告X4については同月に16時間分,原告X5については同年4月に8時間分の未払賃金が発生し,その金額は,各時間に上記基礎時給を乗じて,別紙3-1ないし3-5各未払賃金計算書の「未払有給休暇分」欄記載のとおりとなる。
ウ 原告X2及び原告X5に対する欠勤控除分の未払賃金について
被告は,原告X2及び原告X5に対して,週6日のうち1日でも欠勤した場合には欠勤控除として相当額を賃金から差し引いていると認められるところ(前提事実(2),(3)イ),前記のとおり週当たりの所定労働日数が5日と修正される結果,週5日を割らない欠勤について控除した部分については理由がないと解され,当該控除分は未払賃金として支払われるべきである。
その算定方法について検討するに,被告が行った前提事実(3)イの欠勤控除額は,必ずしも出勤簿に記載された欠勤日数と控除額が対応しておらず,計算根拠が不明確といわざるを得ない。そこで,実際に控除された金額と,本来控除されるべき金額(週5日を割った欠勤部分に相当する金額)との差額を計算することにより,被告が支払うべき未払賃金額を算定すべきであり,その金額は別紙3-2及び3-5の各未払賃金計算書の「未払所定内賃金」欄記載のとおりとなる。
(3) 争点③(原告X1及び原告X2の管理監督者該当性)について
ア 原告X1について
被告は,原告X1がその他の原告らを管理監督する立場にあり,管理職手当として毎月10万円が支給されていたことや,出退勤を自由に管理できたことなどを根拠に,管理監督者に該当すると主張する。しかしながら,原告X1の主たる業務内容は,他の従業員らと共に現場作業に従事することであった上,部下の管理監督業務として行っていた内容についても,被告の業務依頼書に従って他の原告らに業務を振り分け,他の原告らの出勤簿等を総務に届けるというごく単純なものであり,有給休暇等の決裁権限などの労務管理権限は有していなかったうえ(認定事実(3)ア,ウ,エ,(4)ア,イ),本件全証拠によっても,被告の経営判断に関与したり,業務遂行に当たって広範な裁量が認められたりしていた事実は認められない。また,原告X1は,平成29年5月より管理職手当として10万円を受け取っているが,これは従前支給されていた基本給48万円の総額を変えることなく,その一部を管理職手当という名目で支給されるようになったに過ぎず(認定事実(4)ウ),この手当が管理監督者の報酬として支払われたと評価することは困難である。さらに,原告X1は他の原告らと同様に出勤簿等による出退勤管理を受けており(認定事実(3)),原告X1が自らの出退勤時刻を自由に定められる状況にはなかったものと認められる。
以上からすれば,原告X1が労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にあったとは認められず,管理監督者に当たるとは認められないというべきである。
イ 原告X2について
被告は,原告X2が被告の取締役に就任していることを根拠に,管理監督者に該当すると主張する。しかしながら,取締役への就任登記は,被告が建設業許可を得ることを目的として形式的に行われたものであり,実際に被告の経営に携わった事実等は認められない(認定事実(5))。また,その業務内容や出退勤管理の状況,報酬等の待遇面においても,他の原告らとの間に何ら違いがなく(認定事実(3),(5)),管理監督者に該当するとは認められない。
(4) 争点④(被告による健康保険料等の控除の有効性又は違法性)
前提事実(4)のとおり,被告は横須賀年金事務所に対し,原告X1の平成28年4月から同年9月分までの標準報酬月額について30万円と届け出ているため,本来であれば健康保険料等として標準報酬月額30万円を基準とした折半額である合計4万4067円のみを原告X1の賃金から控除すべきであるところ,実際には,標準報酬月額50万円を基準とした金額に相当する合計7万3445円を控除していたことが認められる。そして,上記健康保険料等は,健康保険法167条1項,厚生年金保険法84条1項に基づき,賃金全額払の原則の例外として賃金から控除することが認められているところ(労基法24条1項ただし書),被告における上記処理は,法令上許される控除額を超えて原告X1の賃金から健康保険料等の名目で控除しており,上記原則に反するものである。
これに対し,被告は,結果として原告X1が月額50万円の賃金を得ていたため,これに相当する健康保険料等を賃金から控除したことに問題はないと主張する。しかしながら,上記健康保険料等の控除は,賃金全額払の例外として法令上の根拠を有する範囲に限り認められるものであり,原告X1の健康保険料等は,実際の賃金額と異なる被告の届出に基づき,標準報酬月額30万円を基準として定められていたものであるから(甲9),被告において標準報酬月額30万円に応じた健康保険料等を超えて,原告X1の賃金から控除を行う法令上の根拠はないというべきである。したがって,被告の主張は採用できない。
以上から,平成28年4月分から同年9月分について,本来控除すべき金額との差額である1か月当たり2万9378円について,被告が原告X1に対する未払賃金として支払義務を負うと認められる。
したがって,原告X1について,上記期間につき,別紙3-1未払賃金計算書の「未払所定内賃金」欄記載のとおり,未払賃金が認められる。
(5) 以上を前提とすると,原告らの未払賃金等は,時間外手当として支払われた既払金を控除した額となるため,別紙3-1ないし3-5各未払賃金計算書の「未払賃金額」欄記載のとおりとなり,被告は,これにその支払期日が原告らの退職の日以前のものについては,その支払期日の翌日から退職の日まで商事法定利率6分の割合による遅延損害金及び原告らの退職の日の翌日以降賃確法6条1項所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金並びにその支払期日が退職した日の後のものについては,その支払期日の翌日以降賃確法6条1項所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負う。
(6) 争点⑤(付加金の支払義務を課すべきか否か)について
被告の原告らに対する未払の割増賃金額は,最も少額である原告X2についても確定遅延損害金を加えて100万円を超えており,最も高額である原告X1については400万円にも上ること,被告は原告らとの間で,1日8時間,週6日勤務という明らかに労基法に違反した契約を締結させていることに加え,被告においては就業規則や賃金規程が存在せず,原告らとの間でも労働契約書を作成していないこと,原告X1に対して健康保険料等を過剰に控除し,賃金の一部を支払っていなかったことからすれば,被告は全体として労基法軽視の態度が著しく,賃金未払は悪質であるといわざるを得ない。したがって,被告に対しては,別紙3-1ないし3-5各未払賃金計算書記載のとおりの付加金の支払を命じるのが相当である。
第4 結論
よって,原告らの請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,付加金の支払請求に対する仮執行宣言については,付加金の支払義務はこれを命ずる判決の確定により発生するものであって仮に執行する余地はないからこれを却下することとして,主文のとおり判決する。
裁判官 新谷 晋司,中澤 亮,西脇 典子
別紙認容額一覧
1 原告X1の請求について
(1) 460万8024円及びうち408万4686円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
(2) 368万6154円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
2 原告X2の請求について
(1) 106万6691円及びうち95万8494円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
(2) 86万6538円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
3 原告X3の請求について
(1) 208万4018円及びうち185万4150円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
(2) 178万5775円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
4 原告X4の請求について
(1) 212万8304円及びうち189万2909円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
(2) 182万7817円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
5 原告X5の請求について
(1) 138万1207円及びうち124万1088円に対する平成30年3月30日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
(2) 118万6189円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員