整理解雇事案で,解雇に異議を申し立てない旨の誓約書を提出し,解雇予告手当および解雇一時金を受領した事実があっても,解雇無効の結論が左右されることはなく,仮に被告によって合意退職の主張がされても,そのような合意は無効であるとした裁判例
1 事案の概要
被告は,ラジオ,新聞などを広告媒体として,いわゆるテレフォンショッピングの方式により,健康食品などの各種商品の販売(通信販売)を業とする株式会社である。原告ら8名は,平成14年から平成17年にかけて被告に雇用された者である。平成17年6月に新設された食品事業部へ配転又は新規採用されたが,わずか3ヶ月足らずで業績不振を理由に食品事業部を閉鎖することを平成17年9月26日に告げられ,平成17年9月30日付けで食品事業部の閉鎖を理由に解雇された。なお,上記解雇は,原告らが労働組合を結成した平成17年9月20日の直後に行われた。会社は9月27日に原告らに対して解雇予告手当及び一時金を支払い,原告らの一部から「解雇を了解し,解雇に異議を申し立てない旨の誓約書」を受領した。原告らは被告による整理解雇は要件を具備しておらず,無効であると主張して,被告との間において労働契約上の権利の存することの確認と平成17年10月分からの賃金の支払を求めた。
2 テレマート事件判例のポイント
2.1 結論
被告による整理解雇は無効であり,原告ら8名が,被告に対し,労働契約上の権利を有するとし,平成17年11月から本判決確定の日まで,従前の賃金を支払うよう命じた。また,解雇に異議を申し立てない旨の誓約書を提出し,解雇予告手当および解雇一時金を受領した事実があっても,解雇無効の結論が左右されることはなく,仮に被告によって合意退職の主張がされても,そのような合意は無効であるとした。
2.2 理由
1 整理解雇の有効性
本件整理解雇自体は,いわゆる整理解雇4要素に照らして無効である。被告は食品事業部を平成17年6月に新設し,わずか3ヶ月も経たずに同年9月に閉鎖を決定した。閉鎖しなければならない経営上の理由は無く,解雇回避措置も取っていない(会社は求人募集を行うという典型的矛盾行為を行っている。)。また,従業員に対する説明もろくに行っていない。加えて,労組結成直後に無理矢理部門閉鎖及び解雇を行っており,不当労働行為という点でも無効である。
2 解雇に異議を述べない誓約書の意味
「原告B,原告A,原告Dを除く原告は,平成17年9月27日における会社の,食品事業部を閉鎖し,同事業部の従業員を全員解雇する旨の説明を了解し,解雇に異議を申し立てない旨の誓約書を提出し,解雇予告手当及び一時金を受領しているが,これらの事情によって,既に述べた理由による本件解雇が無効であるとの結論が左右されるわけではない(被告は,合意退職を主張していない。また,仮に合意退職が主張されたとしても,解雇が無効であると判断した理由に照らすと,そのような合意もまた無効というべきである。もっとも,解雇予告手当,一時金の取得は,法律上の原因を失い,不当利得となるというべきである。)。」
3 テレマート事件の関連情報
3.1判決情報
裁判官:山田 陽三
掲載誌:労判944号61頁
3.2 関連裁判例
日本システムワープ事件(東京地判平成19.9.10労判886号89頁)
O法律事務所(事務員解雇)事件(名古屋地判平成16.6.15労判909号72頁,名古屋高判平成17.2.23労判909号67頁)
主文
1(訴えの却下)
原告らの,賃金請求のうち,本判決確定の日の翌日以降の賃金の支払を求める部分をいずれも却下する。
2(地位確認)
原告A,同B,同C,同D,同E,同F,同G,同Hが,被告に対し,それぞれ労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3(賃金請求)
(1)被告は,原告Aに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額18万3853円の割合による金員を支払え。 (2)被告は,原告Bに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額18万2485円の割合による金員を支払え。 (3)被告は,原告Cに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額17万5645円の割合による金員を支払え。 (4)被告は,原告Dに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額17万7577円の割合による金員を支払え。 (5)被告は,原告Eに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 (6)被告は,原告Fに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 (7)被告は,原告Gに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 (8)被告は,原告Hに対し,平成17年11月から本判決確定の日まで,毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 (9)原告C,同Dのその余の請求(1項の却下部分に係る請求を除く。)をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は,2項の(1)ないし(8)に限り,仮に執行することができる。
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1)(地位確認)
主文2と同じ。
(2)(賃金請求)
ア 被告は,原告Aに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額18万3853円の割合による金員を支払え。 イ 被告は,原告Bに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額18万2485円の割合による金員を支払え。 ウ 被告は,原告Cに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額17万8174円の割合による金員を支払え。 エ 被告は,原告Dに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 オ 被告は,原告Eに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 カ 被告は,原告Fに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 キ 被告は,原告Gに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。 ク 被告は,原告Hに対し,平成17年11月から毎月15日限り月額18万円の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は,被告の負担とする。
(4)仮執行宣言
2 被告
(1)原告らの請求をいずれも棄却する。 (2)訴訟費用は,原告らの負担とする。
第2 事案の概要
1 前提となる事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア 被告
被告は,ラジオ,新聞などを広告媒体として,いわゆるテレフォンショッピングの方式により,健康食品などの各種商品の販売(通信販売)を業とする株式会社である。
イ 原告ら
原告らは,いずれも被告に雇用された者であり,いずれも最終の配属先は食品事業部であった。それぞれの雇用日は,次のとおりである。 原告A 平成14年10月6日 原告B 平成15年6月23日 原告C 平成16年10月18日 原告D 平成17年4月18日 原告E 平成17年7月11日 原告F 平成17年7月19日 原告G 平成17年7月25日 原告H 平成17年8月22日
(2)食品事業部の新設
被告の事業部は,DM事業部,テレビ事業部,ラジオ事業部,新聞事業部,インターネット事業部,TS(健康食品)事業部,美容健康事業部,化粧品事業部,建材事業部(以上9事業部)と出荷部門,仕入部門及び管理部門からなっていた。 被告は,ラジオや新聞の広告を媒体として,商品(食品を含む。)を販売しており,TS事業部では,これらの顧客に対して,直接電話を掛けるなどして,継続的な商品購入につなげていく方式をとっていたが,一般の食品についても同様の方式により,継続的な商品購入を期待できる顧客を確保することを計画し,平成17年6月20日,食品事業部を新設した。
(3)原告らの雇用条件
被告における賃金の支払は,毎月末日締切,翌月15日支払であった。 原告らが支給を受けていた賃金(通勤手当を除く。)は次のとおりである。
ア 原告A 平成17年9月分 18万円 8月分 18万円 7月分 19万1560円 (上記平均 18万3853円) イ 原告B 平成17年9月分 18万円 8月分 18万円 7月分 18万7455円 (上記平均 18万2485円) ウ 原告C 平成17年9月分 18万円 8月分 18万円 7月分 16万6936円 (上記平均 17万5645円) エ 原告D 平成17年9月分 18万円 8月分 17万7764円 7月分 17万4969円 (上記平均 17万7577円) オ 原告E 平成17年9月分 18万円 8月分 18万円 7月分 18万円(日割支給を1か月分に換算) (上記平均 18万円) カ 原告F 平成17年9月分 18万円 8月分 18万円 7月分 18万円(日割支給を1か月分に換算) (上記平均 18万円) キ 原告G 平成17年9月分 18万円 8月分 18万円 7月分 18万円(日割支給を1か月分に換算) (上記平均 18万円) ク 原告H 平成17年9月分 18万円 8月分 18万円(日割支給を1か月分に換算) (上記平均 18万円)
(4)組合の結成
被告は,食品事業部を新設した際,TS事業部から食品事業部に配転となった従業員から,従前の賃金を確保するようにとの要望を受けた。 被告は,平成17年9月2日,食品事業部における賃金基準を発表したが,原告Bらは,上記基準や,その後の被告の交渉態度に不満を抱き,同年9月20日,全国一般労働組合大阪地方本部ユニオンおおさかに加入し,同組合テレマート支部(以下「本件組合」という。)を結成した(〈証拠略〉)。 本件組合は,結成と同日,本件組合の結成通知を被告に提出し,原告Bが支部長に,原告Aが書記長に就任したことを明らかにした。
(5)食品事業部の閉鎖と解雇通告
被告は,平成17年9月27日,原告Aと原告Bを除く食品事業部の従業員全員に対し,食品事業部の閉鎖と,同年9月30日をもって,食品事業部の従業員を全員解雇する旨告げた。 被告は,原告Aと原告Bに対し,平成17年9月29日付解雇通知書(〈証拠略〉)を交付し,同年9月30日をもって,解雇する旨告げた(これらの解雇を以下「本件解雇」という。)。
(6)就業規則
被告の就業規則42条3号には,「事業の縮小または廃止,その他事業の運営上やむを得ない事情により,従業員の減員が必要になった時」従業員を解雇することがある旨規定している(〈証拠略〉)。
(7)仮処分
原告らは,被告を債務者として,大阪地方裁判所に対し,本件解雇が無効であるとして,労働契約上の地位保全と賃金の仮払いを求めて,仮処分の申請をしていたところ,同裁判所は,平成18年3月8日,賃金の仮払いを命じる決定をした(〈証拠略〉/地位保全の申請は却下された。)。
2 原告らの請求(訴訟物)
原告らは,本件解雇は無効であると主張し,被告との間において労働契約上の権利の存することの確認と平成17年10月分からの賃金の支払を求めている。
3 争点
本件の主要な争点は,本件解雇の有効性(整理解雇の要件の具備)である。
第3 争点に関する当事者の主張
【被告の主張】
1 本件解雇の必要性(食品事業部の不採算性)
被告においては,従来,TS(健康食品)事業部において食品を扱っていたが,平成17年6月20日,食品事業を事業部化し,独自顧客の開拓を目指して,食品事業部が新設された。 当初,食品事業部における売上目標として,平成17年7月は3000万円,8月は6000万円,9月は9000万円,10月には1億円に到達するよう設定された。また,1人あたりの月間売上目標としては,300万円という設定であり,収益分岐点は250万円であった。 しかし,実際の売上は,平成17年7月は約1922万円,8月は約2623万円,9月は約2380万円にとどまり,目標を著しく下回るものであった。また,1人あたりの売上も収益分岐点の250万円を下回っていた。 被告は,売上目標を下回ったことから,〔1〕販売技術向上のための教育係による教育・指導の強化,〔2〕顧客対応や伝票処理のための専任者の設置,〔3〕ラジオ・新聞・カタログ媒体による食品販売の強化,〔4〕夏季商品として花咲ガニなどの商品投入といった改善策を講じたが,売上改善につながらなかった。 このため,平成17年8月18日の取締役会において,食品事業部の業績不振が問題とされ,「再構築を含めて再検討」することとしたが,その後,食品事業部全体の売上の傾向,1人あたりの売上額の傾向,独自顧客開拓の可能性,他の事業部への悪影響などを検討した結果,同年9月20日の取締役会において,食品事業部の閉鎖を決定した。 このように,食品事業部の閉鎖という経営判断はもっぱら経営上の視点からされたもので ある。
2 解雇回避措置
被告は,平成17年9月20日の取締役会において,食品事業部閉鎖に伴う従業員の取扱いについて,「可能な限り適性等を考慮し,配置転換により吸収に努める。ただし,吸収できない場合はやむを得ず解雇する。」との方針を決定した。 被告は,食品事業部に所属していた27名のうち夜間パートの4名を除いた23名について配置転換の可能性を検討した。しかし,他の部署においては,人員増強をせず,現スタッフの再教育により営業力強化をはかる方針であったため,受入れ余力のあるところはほとんどなかった。受け入れ余力のあるのは,商品企画部と受電(受注センター)であったが,商品企画部では商品についての眼力,交渉力が必要であり,受電では美しい声,やさしくて信頼感のある口調が必要であり,食品事業部にはこれらの適性を備える従業員はいなかった。 なお,被告は,平成17年9月26日付けで募集広告をしているが,求人広告の担当部署である人事部が,食品事業部の閉鎖決定を知らないまま,同年9月21日,株式会社Tに対し,求人広告の掲載依頼を行ったためである。 また,被告は,食品事業部を閉鎖した後,従業員を採用しているが,いずれも,電話営業以外の担当として採用している。
3 従業員との協議・説明
被告は,食品事業部の27名を他の部署において吸収することができないことが判明した結果,これらの従業員を解雇することとし,解雇予告手当のほか解雇一時金(3万円~10万円)を支給することとした。 また,被告は,平成17年9月27日,原告Bと原告Aを除き,個別面談をして,食品事業部の閉鎖の理由,解雇の通知,解雇予告手当及び一時金の支給について説明した。 その結果,原告B,原告A,原告Dを除く24名は,上記説明を了解した。
4 組合結成についての認識(組合結成と本件解雇との関係)
被告が,食品事業部の閉鎖を決定したのは,平成17年9月20日の取締役会においてであり,同取締役会は同日午前10時に開催され,そのころ,同決定がされた。 しかし,被告が,本件組合の結成を知ったのは,平成17年9月20日の午後4時ころであり,食品事業部閉鎖の決定において,組合の結成を理由とすることはありえない。
【原告らの主張】
1 本件解雇の正当理由の不存在
(1)食品事業部の不採算性
食品事業部は新設して3か月しか経過しておらず,業績の好不調を判断することはできない。また,食品事業部で営業を担当していた従業員のうち,4名を除いたほぼ全員が,入社3か月以内の研修中の者であった。さらに,食品事業部が扱う主力商品は,カニやフグなど冬季に売上が上がる商品であるため,閉鎖を決定したという時期は,1年中でも売上が最も落ち込む季節である。 したがって,被告の主張する不採算性には理由がない。
(2)解雇回避措置
被告は,本件解雇当時,総従業員220名ないし250名を抱え,本件解雇直前にも求人広告を出していたことから,食品事業部を閉鎖するにしても,原告らを他の事業部に配置転換するなど,解雇以外の措置をとることは当然可能であった。 特に,原告A,原告B,原告C,原告Dは他の事業部から食品事業部に配置転換されたのであるから,元の事業部に戻すこともできた。
(3)手続の相当性
被告は,解雇について,誠実な協議を行わなかった。
2 不当労働行為(団結権否定による無効)
本件解雇は,原告らが労働組合を結成し,被告に対し,基本給引き上げなどの要求を行い,団体交渉の開催を求めたため,被告においてこれを嫌悪し,被告から労働組合を排除するため,食品事業部の閉鎖,食品事業部従業員全員の解雇に至ったもので,労働組合法7条1号が禁止する不当労働行為である。
第4 当裁判所の判断
1 本件紛争を巡る経緯
前提となる事実,証拠(〈証拠・人証略〉,原告B本人,原告A本人)及び弁論の全趣旨によると次の事実を認めることができる。
(1)食品事業部の新設
ア 当事者などは,前提となる事実(1)のとおりである。 イ 被告は,ラジオ,新聞などを広告媒体として,いわゆるテレフォンショッピングの方式により,健康食品などの各種商品の販売(通信販売)を行っていた。 被告は,前提となる事実(2)のとおり,9事業部と出荷部門,仕入部門および管理部門からなっていた。 TS事業部では,直接顧客に電話をして,主に健康食品のセールスを行っていた。 被告は,一般の食品(健康食品を除く。)についても,ラジオ,新聞などの媒体を通じて商品を購入した顧客のリストを使用して,電話をかけ,セールスを行う事業部を新設することとし,平成17年6月20日,食品事業部を新設した。 ウ 被告は,TS事業部にいた原告Aや原告B,原告C,原告Dを食品事業部へ配置転換し,さらに,原告Eなどその他の原告らを新たに採用し(〈証拠略〉),食品事業部へ配属した。 なお,食品事業部新設時の構成員は23名であり(夜間パート従業員を除く。),配置転換された原告Aら4名を除く19名は新規採用であった。
(2)食品事業部における売上の目標と実績
ア 食品事業部で取り扱っていた商品 花咲ガニ,毛ガニ,ズワイガニ,魚卵,明太子,梅干しなどの食品を取り扱っていた。 なお,TS事業部では,サメ軟骨,ブルーベリーなどの健康食品を扱っていた。 イ 目標の設定 食品事業部新設当時,売上目標として,次のとおり設定した。 平成17年7月 3000万円 8月 6000万円 9月 9000万円 10月 1億円 なお,従業員1人あたりの月間売上目標については,後述する。 ウ 食品事業部における実際の売上 食品事業部における売上は次のとおりであった。 平成17年7月 1922万円 8月 2623万円 9月 2380万円
(3)本件組合結成及びその前後の経緯
ア TS事業部から食品事業部に配置転換となった従業員は,被告に対し,従前の賃金を確保するように要望していた。 被告は,平成17年9月2日,食品事業部における賃金基準を提示したが,次のとおり,TS事業部における歩合給を下回るものであった(〈証拠略〉)。 売上 TS事業部 食品事業部 0~200万円 2.75% 2.0% 200~300万円 3.0% 2.4% 300~400万円 3.5% 2.8% 400万円~ 4.0% 3.2% イ 本件組合結成 また,平成17年9月2日に提示された上記賃金基準において,固定給18万円の保障の有無についても問題となったため,原告Bらは,同年9月20日,全国一般労働組合大阪地方本部ユニオンおおさかに加入し,本件組合を結成した(〈証拠略〉)。 ウ 本件組合の結成通知 原告Bが本件組合の支部長に,原告Aが書記長に就任し,平成17年9月20日,被告に対し,本件組合の結成通知(〈証拠略〉)を提出するとともに,同書面において,同年9月27日に団体交渉を開催するよう要求した。 エ 会社の対応及びその後の経緯 上記要求に対し,被告は,平成17年9月22日付回答書によって,同年10月11日以降に変更するよう求めた(〈証拠略〉)。 これに対し,本件組合は,遅くとも同年10月初旬には開催するよう再度要求した。
(4)平成17年9月20日以降の食品事業部を巡る動き
ア 平成17年9月21日,食品事業部教育係のK(化粧品事業部から配転となった。〈証拠略〉)は,朝礼終了後,同年10月中に研修期間が終了する従業員に対し,研修期間終了後の給料や,同年11月1日以降の予定などについて話をした(弁論の全趣旨)。 イ 平成17年9月20日以降,食品事業部教育係のMは,朝礼において,これからも売上を伸ばすよう,人員も増員する旨の発言をした(弁論の全趣旨)。 ウ 被告は,平成17年9月26日,食品事業部の担当者を募集する広告を求人情報誌に掲載した(〈証拠略〉)。
(5)本件解雇通告
ア 被告は,遅くとも平成17年9月26日までに,食品事業部の閉鎖を決定し,食品事業部に所属する従業員全員を解雇することを決定した。 なお,この決定が,いつ頃なされたかについては,後述する。 イ 被告は,平成17年9月27日,食品事業部の従業員のうち,原告Bと原告Aを除く者に対し,午前10時から個別に面談する方式により,売上不振を理由とする食品事業部の閉鎖,それに伴う解雇の通知,解雇予告手当及び一時金の支給の提案について説明した。 ウ 原告Dは,被告担当者の説明に納得せず,被告の提案を拒否した。 その余の従業員は,被告の説明を聞き,その際,他の部署への配置転換の可能性を訪ねる従業員もいたが,結局は,被告担当者の説明をいったん了承し,解雇予告手当と一時金を受領した。 エ 被告は,説明を受けなかった原告Bと原告Aと,説明に納得しなかった原告Dに対し,解雇通知書(〈証拠略〉)を送付し,解雇予告手当と一時金を送金した。(アないしエについて,〈証拠・人証略〉)
(6)平成17年9月28日以降の就労拒否
本件解雇通告を受けた原告らが,平成17年9月28日,出社しようとしたところ,被告建物への立入りを拒否された。その後,かろうじて立ち入ることができたものの,食品事業部への入室はできず,3階の研修室で,待機させられた。(〈証拠略〉,原告A本人)
(7)団体交渉
平成17年10月13日,被告と本件組合との間で団体交渉がもたれたが,その場で,食品事業部の責任者であった業務部長N(以下「N」という。)と人事部担当であるP(以下「P」という。)は,同年9月26日まで,食品事業部の閉鎖のことを知らされていなかったことを認めた(〈証拠略〉)。
2 食品事業部の不採算性
(1)売上目標
被告は,食品事業部新設当時,売上目標の設定を行ったが,従業員1人あたりの売上月額200万円では,損失が発生することが予想されたため,採算性を維持するため,月額300万円を売上目標として設定し,また,食品事業部全体としては, 平成17年7月 3000万円 8月 6000万円 9月 9000万円 10月 1億円 を目標として設定したと主張し,これに沿う証拠もある(〈証拠・人証略〉)。 その一方で,原告Bは,1人あたりの目標は1日10万円,1月200万円であり,食品事業部全体で1日100万円の売上が目標であり,入社後1年以上の者については,1日15万円であったと述べる(〈証拠略〉)。食品事業部新設当時,従業員は10名であり(〈証拠略〉),1月あたりの就労日数を20日とすると,1人あたりの売上は月額200万円ないし300万円という計算になる。 しかし,1人あたりの月間売上目標については,Nが団体交渉の席においても250万円という数字を述べたりしており,少なくとも,当初から300万円が明示的に設定されていたと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。 また,食品事業部全体として考えると,平成17年7月の目標を月額3000万円としており,同年8月以降,月ごとに目標額が増加しているが(前記1(2)イ参照),上記目標額の推移は,従業員の増員を前提としており(従業員の技術が上達したとしても,上記のような売上額の増加を望めるわけではなく,売上は,一定程度従業員数に比例するものと考えられる。),実際に,食品事業部の新設後,増員されている(〈人証略〉)。もっとも,被告が,当初,何名の増員を想定していたかは不明である。このように,当初の増員計画と実際の増員との関係が不明である以上,これらの目標額と食品事業部全体の売上を比較して,目標の達成度を判断することは困難というべきである。
(2)実際の売上
食品事業部の新設後の月間売上実績は,次のとおりであった(〈証拠略〉)。 平成17年7月 1922万円 8月 2623万円 9月 2380万円 (いずれも1万円未満切り捨て) また,1人あたりの月間売上については,次のとおりであった(〈証拠略〉)。 平成17年7月 173万円(21名,平均在籍11.1名) 8月 168万円(25名,平均在籍15.6名) 9月 98万円(30名,平均在籍24.1名) (いずれも1万円未満切り捨て) 上記数値によると,1人あたり月間売上について200万円を下回っていることになる。 また,上記数値によると,全体の売上が,7月,8月に比べ,9月に減少していることが認められるが,平成17年9月27日の午前10時から個別面談により解雇通告がされたことからすると(前記1(5)参照),前日の9月26日までしか営業をしていないことが窺われ,このことも売上額減少の一因となっていると考えられる。
(3)食品事業部の業績に対する評価(売上低迷の原因及び売上確保のための方策の実施)
被告は,食品事業部が新設されたころの,平成17年6月から9月にかけての,ラジオ・新聞等の媒体を用いた販売形態による食品の売上は,順調に伸びており,しかも,食品については,商品寿命が長く,専門的知識を駆使した高度な販売ノウハウを要求される化粧品や健康食品とは異なり,魅力ある商品であれば,従業員の経験年数を問わず,いわば誰でも販売できる商品であったにもかかわらず,食品事業部における売上は,前記(2)のとおり低迷し,その後も改善する見通しは立たなかったと主張する。 たしかに,そのころのラジオ・新聞等の媒体を用いた売上が伸びていた一方(〈証拠略〉),前記(2)のとおり,食品事業部における新設後3か月間の売上は低迷していたということができる。 しかし,後述する売上低迷の原因や売上確保のための方策の実施に述べる事情を併せ考えると,上記期間における売上の低迷から,直ちに,食品事業部の業績について改善の見込みがなく,同事業部の不採算性,さらには存続の可否までを判断することは困難というべきである。
ア 売上低迷の原因1(時期及び商品の問題) 証拠(〈証拠略〉,原告B本人12頁〈以下,頁数略〉)及び弁論の全趣旨によると,被告において扱う食品は,カニやフグなどが多く,これらは冬季において売上が期待できる商品であり,それまでも,冬季に売上が伸びていたと窺えることからすると,冬季の到来を待たずに,7月から9月までの3か月の販売実績のみをもって,直ちに,将来における不採算性も断言することは困難というべきである。 この点について,被告の経営企画部の担当であったR(以下「R」という。)は,夏季向けの商品を揃え,投入したにもかかわらず売上が低迷した趣旨の供述をするが(〈証拠・人証略〉),品数は揃えたとしても,これが直ちに全体の売上増につながるべきものかどうかは不明である。
イ 売上低迷の原因2(担当者の問題) 証拠(〈証拠略〉,原告B本人)及び弁論の全趣旨によると,当時の食品事業部における在籍者数は上記のとおりであり,食品事業部新設後,従業員数を増員していったが,そのうち経験者の占める割合は低く,入社後1年以上の経験を有する従業員は4名だけであり,そのほかは,新規採用者を充てていたこと,しかも,短期間で入れ替え(退職と就職)があったことが認められ,これらの事情を併せ考えると,当初のうちは,目標となる売上を確保すること自体困難であり,7月や8月の売上を評価するにあたり,単純に平均在籍者数で除した売上高を検討するだけで,食品事業部全体としての業績に対する正確な評価をすることはできないというべきである。
ウ 売上確保のための方策の実施 (ア)なお、上記イの点につき,Rは,食品事業部新設のころ,食品事業部の売上改善策として,全体ミーティングや個別指導を実施したと述べるが(〈証拠略〉),その実施時期が,まだ食品事業部を新設したばかりであることから考えると,これらの方策は,売上が低迷していることを理由に,その改善策として実施したものとは考えにくく,新設された事業部における通常の指導であったことが窺われる(特に,何名かの従業員は入社したばかりであるから,教育,指導は当然に必要である。しかし,その何名かが,解雇に相当するような勤務成績であったというような事情は窺えない。むしろ,当初は,そのような新人を抱えていたため,思うような業績を上げることができなかったが,これらの新人が技能を習得していくことにより,売上の増加につながっていくことも期待できたというべきである。)。 また,ラジオ・新聞等の媒体を用いた販売形態による食品の売上が伸びれば,食品事業部における売上(電話勧誘による販売形態による食品の売上)も同時に伸びるはずであるという関係を認めること自体,根拠があるとは言い難い。 そもそも,被告が主張するような関係があるにもかかわらず,食品事業部の売上が低迷しているというのであれば,構造的な不採算ということはできず,むしろ従業員の資質に問題があるということになり,被告としては,食品事業部の閉鎖ではなく,従業員の教育や配置転換によって問題を解決するというのが本来のあり方と思える。 (イ)また,Rは,そのほか,顧客対応の専任者を置き,食品事業部の営業部員が販売に専念するようにしたこと,広告媒体において食品購買層の開拓に重点を置いたこと(食品に関する広告の量,割合を増やしたということと思われる。),取扱商品に工夫を凝らしたことなどの売上改善策を実施したとも述べるが(〈証拠略〉),これらはいずれも食品事業部固有の改善策というよりは,被告全体における食品の売上に結びつく措置ということができる(前述したとおり,その結果,ラジオ・新聞等を媒体とした食品の売上は順調に伸びていた。)。
(4)閉鎖の判断時期について
Rは,冬季商品については,過去の広告媒体による販売活動による既存顧客が存しており,新規顧客も得られるので,食品事業部の設立の目的は,冬季以外でも食品の売上を確保することにあり,食品事業部の採算性は,冬季の営業成績による影響を受けない夏季期間の売上状況で判断されると述べるが(〈証拠略〉),R自身が述べるとおり,冬季商品についても,既存顧客を対象に含めていることや,前記(3)アで述べた事情の存することに照らすと,新設後間もない平成17年7月ないし9月の売上状況のみで,食品事業部の採算性を判断するとの供述を直ちに信用することはできない。 また,Rは,被告では,平成11年,美容機器の訪問販売,エステサロン事業を立ち上げた後,3か月程度で,当該事業の採算性を判断し,事業閉鎖に至ったケースがあると供述するが(〈証拠略〉),これらの事業の状況がどのようなものであったかは不明であり,食品事業部の採算性の判断において対比することはできないというべきである。 たしかに,経営判断において,スピードは重要な要素であるが,これまでに検討してきた事情や,さらには後述する事情も併せ考えると,食品事業部における売上の低迷のみを,早期撤退の理由として,閉鎖を決定したかどうかについては,疑問の余地があるといわざるを得ない。
(5)まとめ
以上によると,平成17年9月20日の時点で,食品事業部の閉鎖を決定しなければならない経営上の理由を認めることは困難というべきである。
3 解雇回避措置
被告は,パートを除く23名について配置転換の可能性を検討したと主張し,被告の業務部長であり,電話セールスを扱う部門(TS事業部,化粧品事業部,美容健康事業部)の統括責任者でもあったNや,人事部担当であるPは,他の部署における受入れ余力の検討をしたと述べる。その具体的内容としては,商品企画部と受電(受注センター)に若干の余力があったが,食品事業部の上記23名の中で,商品企画や(どのような商品がヒットするか,いかに安価で仕入れるかなどの判断力と,取引先との交渉力が必要とされる。),受電(美しい声,やさしくて信頼感のある口調に加え,パソコンについての高い能力が必要とされる。)における業務の遂行に必要な能力を有する者はいなかったという(〈証拠略〉,証人P,証人N)。 しかし,NやP自身,平成17年9月26日午後5時に指示を受け,数時間程度,配置転換などによる解雇回避措置を検討したと述べるのみであるが(証人P,証人N/Pは3,4時間と述べ,Nは5時間と述べる。),そのような短時間で,十分な解雇回避措置の検討ができたとは考えにくい。しかも,平成17年9月20日の午前中に食品事業部の閉鎖を決定したというにもかかわらず,9月26日午後5時まで,何らの検討をすることもなかったというのであれば,被告において,解雇の回避が真剣に検討されなかったといわれても仕方ない。 むしろ,証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によると,被告は,本件解雇の前後を通じ,求人広告誌などにより従業員の求人を行っており,食品事業部から,これら求人をしている部門への配置転換が困難であった状況は窺えない。 以上によると,被告が,原告らを含む食品事業部従業員の配転等による解雇回避措置を検討したと認めることはできない。
4 手続きの相当性
被告の主張によっても,被告は,食品事業部の閉鎖を決定したという平成17年9月20日から,これを食品事業部の従業員に伝えた同年9月27日までの間,食品事業部の従業員に対し,何も伝えなかったというのであるから,本件解雇の通告にあたり,十分な協議や説明がなされたとはいえない。
5 本件組合結成の認識(不当労働行為)
被告は,平成17年9月20日の午前10時に開催された取締役会において,食品事業部の閉鎖が決定され,組合結成の通知を受けたのは同日の午後4時ころであるから,組合結成を食品事業部の閉鎖の理由とすることはあり得ないと主張する。 一方で,被告は,上記の決定を,平成17年9月26日午後5時ころ,取締役本部長S(以下「S本部長」という。)から,当時の食品事業部の責任者であったNや,人事部主任Pらに伝えたと主張し,NやPも同様の供述をする(〈証拠略〉)。 ところで,食品事業部の廃止の理由からすると,解雇回避措置を講じたり,また,従業員に対する説明,協議が求められるべきところ,NやPの供述どおりであるとすると,被告は,これらの措置を講じることなく徒に日時を経過させ,そして,同年9月27日になって,いきなり食品事業部の従業員に対して解雇を通告したということになるが,そもそも,同年9月20日に食品事業部の廃止が決定されたにもかかわらず,これを6日間もの間,食品事業部の責任者であるNや,人事部担当であるPにこれを告げなかったということはおよそ考えられない。 そうすると,同年9月20日の午前10時に開催された取締役会において食品事業部の閉鎖を決定したということ自体,これを認めることは困難というべきであり,むしろ,9月20日の時点では,未だ,食品事業部廃止を決定しておらず,同日の午後,本件組合の結成を知り,これを理由に,食品事業部の廃止と本件解雇を決定したということが,強く疑われる。このことは,前記2で判断したとおり,食品事業部の廃止の必要性を認めることができないことに照らすと,さらに,その疑いは強まり,本件解雇は,本件組合結成を嫌悪したことによるものであると推認することができ,不当労働行為に該当し,違法無効である。
6 まとめ
以上によると,本件においては,整理解雇の要件として,食品事業部閉鎖の合理的な理由,解雇回避措置,解雇に至るまでの手続きの相当性,いずれをとっても不十分といわざるを得ない。それだけでなく,むしろ,被告は,本件組合の結成を知り,これを嫌悪して食品事業部の廃止と本件解雇を決定したと推認することが相当であり,以上によると,本件解雇は無効というしかない。 なお,原告B,原告A,原告Dを除く原告は,平成17年9月27日における会社の,食品事業部を閉鎖し,同事業部の従業員を全員解雇する旨の説明を了解し,解雇に異議を申し立てない旨の誓約書を提出し,解雇予告手当及び一時金を受領しているが,これらの事情によって,既に述べた理由による本件解雇が無効であるとの結論が左右されるわけではない(被告は,合意退職を主張していない。また,仮に合意退職が主張されたとしても,解雇が無効であると判断した理由に照らすと,そのような合意もまた無効というべきである。もっとも,解雇予告手当,一時金の取得は,法律上の原因を失い,不当利得となるというべきである。)。 そうすると,原告らの労働契約上の権利を有する地位にあることを確認するとともに,被告は,原告らに対し,解雇後,本判決確定の日までの給与(給与月額については,前提となる事実(3)の平均金額による。)を支払う義務がある。 また,原告らの未払賃金の支払を求める請求のうち,本判決確定の翌日以降発生する賃金の請求にかかる部分は,特段の事情のない限り予め将来給付の請求をする必要があるとはいえず,訴えの利益を欠くものと解される。
第5 結論
原告らの地位確認の請求は理由があるからこれを認容し,未払賃金の支払を求める請求のうち,本判決確定後に発生する賃金の支払を求める請求にかかる訴えは不適法であるから,これを却下し,その余の請求については,主文の限度で理由があるからこれを認容し,原告C,同Dのその余の請求(上記却下部分にかかる請求を除く。)はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条,64条ただし書を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所
裁判官 山田 陽三