社員が逮捕された!逮捕された社員をすぐに解雇できるのか?逮捕勾留中の給料はどうするべきか?有罪となった場合はいかなる処分が妥当か?会社が初動の為に知っておくべき7つのポイントをシンプルに説明します。
動画解説もよろしければご参照ください。
1 社員が逮捕された時のポイント(時間がなければここだけ読んでください)
1.1 基本的な対応フロー
社員が逮捕された場合の企業対応フローについて確認します。
① 社員逮捕の発覚
まず,社員が逮捕されたことがマスコミ報道や同居の親族からの連絡等により会社に発覚します。
② 事実関係の調査
逮捕が発覚したとしても,直ちに解雇等の処分をするのは軽率です。誤認逮捕や無罪の可能性もあるので,事実関係をしっかりと調査する必要があります。
③ 処分の決定
刑事処分が終了するなどして,事実関係が確定した後に処分を行います。ケースバイケースで処分を決定する必要があり,常に懲戒解雇が出来る訳ではないことに注意が必要です。
④ 処分の実施・公表
決定した処分を具体的に実施・公表します。
⑤ 再発防止措置
同種事案が再び発生しないように再発防止措置を講じます。
1.2 知っておくべき7つのポイント
① 本人が認めていない場合、刑事処分が確定するまでは処分しない
刑事処分が確定するまでは無罪推定が働いている。報道を真に受けて懲戒解雇した後,無罪放免となれば社員から訴えられる可能性が高い。本人が罪を認めていない場合は、刑事処分が確定するまでは処分は保留した方がよい。
② 事実確認は,本人からの事情聴取が基本
報道の情報,親族や弁護人からの情報提供では不正確な場合も多い。本人からの事情聴取を基本とするべき。
③ 逮捕・勾留期間中は欠勤・給料無しで対応
逮捕・勾留中は出勤出来ないので,欠勤で処理する。ノーワークノーペイの原則により無給が原則。
④ 釈放されても起訴の可能性がある場合は自宅待機(有給)又は起訴休職(無給)で対応
釈放されても起訴される可能性が残る場合,出勤を認めると職場が混乱する可能性がある。自宅待機や起訴休職で出勤はさせない方がベター。ただし、本人が罪を認めている場合は処分は可能。
⑤ 痴漢で有罪(罰金刑)となっていたとしてもクビ(懲戒解雇)に出来ないことがある
痴漢で有罪となったとしても,直ちに懲戒解雇が許される訳ではない。業務時間外の犯罪行為は,仕事とは関係無いというのが日本の労働法の考え。処分の決定は慎重に。
⑥ 懲戒処分の通知は文書で行う
口頭で告知しても良いが,言った言わないの余地を残さないよう文書で告知する
⑦ 社内外への公表は特に必要がない限り行わない
社内外への公表により名誉毀損で訴えられることもある。公表の方法は慎重に。
以上が社員が逮捕された場合の対応のポイントとなります。以下,詳細について説明します。
2 事実調査
2.1 調査の必要性
マスコミ報道などで,自社の社員が逮捕されたことが発覚した際,直ちに「解雇」などの処分を行いたいと考える会社も多くあります。
しかし,無罪推定の原則から,逮捕された時点では,白か黒かも分からない状況ですので,直ちに「解雇」などの処分を行うことは軽率でしょう。事実確認もせずに行った処分は後々争われて無効と判定されることもあります。
そこで,会社は事実の調査を行う必要があります。
調査のポイントは,
- ①事件の事実関係
- ②本人が犯行を認めているか否か
- ③マスコミ報道の有無及び内容
- ④身柄拘束によって勤務出来ない期間の有無及び長さ
- ⑤被害者から会社への抗議の有無及びその程度
- ⑥懲戒規定や解雇規定に該当するか否か
- ⑦本人に退職の意思があるか否か です。
2.2 ①本人からの事情聴取
2.2.1 本人からの事情聴取が最も重要
社員本人からの事情聴取が最も重要です。最も事情を知り得る立場にあり,かつ,会社に対して弁解を行う必要があるからです。
2.2.2 聴取するべき内容
①捜査当局(警察・検察)が示している被疑事実
逮捕・勾留される場合は,必ず被疑事実(逮捕勾留の前提となる事実関係)が本人に告げられます。被疑事実に関して起訴や判決などがなされますので,まずは被疑事実の確認が重要となります。
②本人が認めているのか否か
身柄拘束の期間や処分結果に影響があります。なお,人によっては,捜査当局に対しては「認め」,会社に対しては「実はやっていない」と否認するなど,捜査当局に対する認否と会社に伝える認否内容が異なることがありますので,注意が必要です。
捜査当局への認否が刑事処分に直結するという意味で重要ですので,そちらを特に確認するようにしてください。
③被害者との示談の有無や見込み
被害者のある事件の場合,示談の成立により勾留がなされず,起訴猶予で終わる場合もあります。
示談の有無が身柄拘束期間や最終の刑事処分に影響を与えますのでこの点も確認した方がよいでしょう。
④身柄拘束期間や最終処分の見込み
会社への復帰や会社の処分の決定に影響を与えます。
本人は捜査担当者(警察官や検察官)や弁護人から見込みを伝えられていることがありますので,確認しておきましょう。
⑤弁護人選任の有無,連絡先
通常は弁護人を選任しています。
後述のとおり本人が身柄拘束されている間は自由に本人に話を聞くことができないことも多く,場合によっては弁護人に確認をする場合もあります。
そこで,弁護人(弁護士)の氏名,事務所名,連絡先等を確認しておきましょう。
⑥退職の意思の有無
本人が犯罪を行ったことを認めているような場合,退職の意思を表明することがあります。犯罪となったとしても必ずしも解雇が出来る訳ではありません。
そこで,明白に解雇できるような場合以外は,退職届を提出させ,自己都合退職として処理することも実務的には検討するべきでしょう。
⑦最終の処分結果
捜査当局の処分結果(起訴・不起訴)や裁判所の判断(有罪・無罪,刑の内容)を確認します。
裁判所の判断については,判決書や決定書が本人に交付されていますので,それらの書面の写しの提出を求めることも一案です。
2.2.3 逮捕・勾留されている期間の対応
逮捕は72時間,それに引き続く起訴前の勾留は10日間~20日間,起訴後の勾留は数ヶ月続くことが一般です。本人が逮捕・勾留中は当然のことながら自由に本人と会って話を聞くことができません。
もっとも,勾留後は,裁判所より接見禁止という決定がなされていない限り,警察署や拘置所で本人と面会して話を聞くことが出来ます。ただし,面会時間は通常1回15分程度に限られていますので,聴取内容を事前に整理した上で面会した方がよいでしょう。
また,起訴がなされ公判が行われる場合は,公判を傍聴することが出来ます。公判は公開の法廷で行われますので,誰でも傍聴することができます。事前に公判期日・時刻等を本人や弁護人に教えてもらいましょう。
2.3 弁護人からの事情聴取
逮捕・勾留された社員は弁護人(弁護士)を選任していることが通常です。本人から話を聞けない場合は,弁護人から情報を取得することも検討しましょう。
弁護人の連絡先は本人や親族から確認します。聴取する内容は本人から聴取するべき内容と同じですが,弁護人は守秘義務を理由に回答を拒む場合もあります。
また,逮捕勾留の内容について,弁護人は本人の利益を考えて回答を控える傾向があります。このように弁護人からの情報収集が難しい場合は,本人が身柄拘束を解かれるのを待って本人から事情を聴取するべきでしょう。
2.4 本人の親族等からの事情聴取
本人が逮捕勾留されている事実は親族に伝えられていることが多いです。
本人が逮捕・勾留されたことは,本人の同居の親族から会社に連絡され発覚することも実際は多いです。親族は本人に着替え等を差し入れ,面会するなどして事情を把握している場合があります。
そこで,親族から事情を聴取することも検討しましょう。ただし,親族は必ずしも正確な事情を把握しているとも限りませんので,やはり本人からの事情聴取の補充として位置付けるべきでしょう。
2.5 マスコミ報道の確認
マスコミは捜査当局への取材に基づいて報道を行いますので,マスコミを通じて事実を把握することが可能です。また,会社名が公表の有無なども確認できます。
ただし,捜査当局がマスコミに公表する情報は限定的であり,マスコミの独自取材も不正確で根拠の乏しい憶測のようなものも実際には多くあります。
マスコミの情報に基づいて会社の処分を決定することは高いリスクを伴います。あくまでも本人からの事情聴取の補充として位置付けるべきでしょう。
3 逮捕後,刑事処分が確定するまでの出勤関係
3.1 逮捕・勾留されている期間
3.1.1 原則は欠勤処理
逮捕・勾留されている期間中は,当然のことながら会社に出勤して労務を提供することができません。原則としては欠勤として処理することになるでしょう。欠勤期間中は,ノーワークノーペイの原則により賃金は発生しません。
3.1.2 休職
就業規則に従業員が逮捕・起訴されている場合等の休職の規定がなされている場合は,休職として処理することもあります。休職期間中の賃金は無給とする例が多いのですが,就業規則で定めた内容によります。
3.1.3 有給
社員が逮捕勾留期間中に有給休暇の消化を求める場合は,有給の行使は権利であるため基本的には応じる必要があります。
3.1.4 解雇
事実調査が完了していないのに、逮捕・勾留中の欠勤を「無断欠勤」であるなどとして解雇をすることは,事後的に解雇を争われるリスクがありますので避けた方がよいでしょう。
後になって無罪放免され,解雇の理由が無かったことが判明することがあるからです。
これに対し,逮捕・勾留・起訴によって労務提供出来ないことは,労働者都合による債務不履行であるとして,普通解雇が出来るとの見解もあります(※1)。確かに,逮捕・勾留・起訴された労働者は労務提供が出来ないので債務不履行状態に陥ります。しかし,仮に冤罪の場合は,労働者には「帰責事由」が無い為,普通解雇は理論的に難しいと考えます。仮にあり得るとすれば,逮捕・勾留・起訴されたことに「帰責事由」がある場合,例えば,嫌疑がかけられている事実について労働者が全部又は一部を認めている場合や認めていないとしても刑事裁判所の一審判決で有罪判決がなされた場合に限られるでしょう。よって,労働者が「冤罪」であると罪を認めずに争っているようなケースでは,少なくとも第一審判決で有罪判決がなされない限り,普通解雇も難しいと考えます。
もっとも,マスコミ対応との関係で,会社名が出されることを回避するため,逮捕・勾留中に雇用関係を解消したい場合もあります。その場合は,本人を説得して退職届を提出させるべきでしょう。
3.2 不起訴処分で釈放される場合
検察での取り調べの結果,不起訴となることがあります。 不起訴には,以下の3パターンが想定されます。
A 「嫌疑なし」
…犯罪をやった事実が無い
B 「嫌疑不十分」
…犯罪をやった疑いはあるが,起訴するだけの証拠が不十分
C 「起訴猶予」
…犯罪をやった事実は認められるが,被害者と示談が成立し,本人も反省しており前科も無いなどの諸事情を考慮して起訴をしない
3.3 釈放・保釈された場合
3.3.1 釈放
釈放には,上記3.2のように不起訴が確定したことにより釈放される場合と,起訴をする可能性があるものの,証拠の隠滅や逃走の可能性が低く勾留を継続する必要が無い場合に釈放される場合があります。後者の場合,依然として起訴される可能性が残されています。
3.3.2 保釈
保釈とは,起訴された後に証拠隠滅のおそれが無い場合や身柄を解放する必要がある場合などに保釈保証金を納付して身柄を解放することを意味します。起訴された状態であることは変わりませんので,判決が出るまでは有罪無罪が確定しません。
3.3.3 釈放・保釈中の労務提供について
①嫌疑無し・嫌疑不十分で不起訴となり釈放された場合
この場合は,捜査機関によって犯罪をやった事実が認められていない為,本人が会社に犯罪を行ったことを認めない限り,本人の意向を確認して現職復帰させることになります。
②起訴猶予で釈放された場合
この場合は,犯罪行為自体があったことから,社内の懲戒処分等を検討することになります。
③起訴される可能性がある状態で釈放された場合・保釈された場合
A 自宅謹慎処分
この場合は,身柄拘束が解かれ出勤可能な状況にはありますので,勤務をさせることも出来ます。しかし,未だ刑事処分は確定しておらず,従業員が有罪か無罪か判明していない状況にあり,勤務させることにより職場における混乱を招くおそれもあります。 そこで,会社としては,混乱回避の観点から業務命令として自宅謹慎を命ずることが可能です。ただし,この場合,原則として賃金を100%補償する必要があります(民法536条2項)。
B 起訴休職
また,起訴休職制度(無給)が就業規則などで規定されている場合,休職を命ずることも可能です。ただし,裁判例では起訴休職の適用を,企業の対外的信用が失墜し,職場秩序の維持に傷害が生ずる場合や勾留などで不安定な労務提供となる場合のみに限定する判断をするものがあります(東京地裁昭和61年9月29日判決)ので,適用に際しては慎重に行う必要があります。
4 解雇・懲戒処分の決定
4.1 従業員が業務時間外・職場外において犯罪行為をしたことを理由に懲戒処分できるか?
犯罪行為を行った以上,当然懲戒解雇等の処分ができると考える経営者は非常に多いです。しかし,法的には,労働者の私生活上の非行については,懲戒処分の対象にならないのが原則とされています。業務時間外・職場外は,会社との雇用関係とは基本的に関係が無いというのが理由となります。
もっとも、業務時間外・職場外の犯罪行為であっても、それが重大事犯であって、企業名とともにマスコミ報道される等により会社の名誉・信用が失墜するような場合は,さすがに会社も無視できません。この場合は,例外的に懲戒処分の対象となるとされています。
懲戒処分の有効性は、①犯罪行為の性質・態様・情状(起訴の有無や有罪か否か)、②企業の業種・規模等、③従業員の職種・地位、④報道の有無、⑤過去の同種事案の処分例との均衡などの事情を総合考慮して判断されます。
4.2 [1]痴漢
強制わいせつに該当する場合と迷惑防止条例違反にとどまる場合があります。強制わいせつであれば、懲戒解雇・諭旨解雇等の重い処分も考えられます。迷惑防止条例違反であれば、出勤停止等の相対的に軽い処分にとどまることも多いです(ただし、繰り返し再犯しているような場合は、悪質であるとして懲戒解雇等の重い処分もあり得ます)。
裁判例では、地下鉄駅員の地下鉄内痴漢行為による罰金刑を理由とする諭旨解雇を無効とした東京メトロ事件(東京地裁 平27.12.25判決)や、鉄道会社従業員の条例違反の痴漢行為を理由とする懲戒解雇を有効とした(ただし、懲戒解雇の半年前に別件の痴漢行為により罰金刑に処せられ懲戒処分を受けていた)小田急電鉄事件(東京高裁 平15.12.11判決)などがあります。
4.3 [2]窃盗
軽微な窃盗(自転車窃盗や万引きなど)は、住居侵入窃盗の場合や繰り返しているなどの事情がない限り、直ちに懲戒解雇することは難しいとされます。自転車窃盗(占有離脱物横領)で起訴猶予となった社員に対する懲戒解雇を無効とした裁判例があります(日本経済新聞社事件 東京地裁 昭45.6.23判決)。
4.4 [3]薬物事犯
覚せい剤、大麻等の薬物事犯は、重大事犯といえ、薬物濫用が社会問題として認識されていることからも、懲戒解雇もやむを得ないとされています。裁判例では、大麻使用を理由とする解雇を有効とした例(日本相撲協会事件 東京地裁 平22.4.19判決)があります。
4.5 [4]暴行傷害
酒に酔った上での喧嘩で相手に対して軽い負傷を負わせたような場合は直ちに懲戒解雇することは難しいとされます。アサノ運輸事件(東京地裁八王子支部 昭46.10.16判決)では、酒席で上司に暴行を加え、負傷させたことを理由とする懲戒解雇を無効としています。
負傷の状況が軽微な事案では懲戒解雇等の重い処分を科す前に、戒告や譴責などで改悛を促し、それでも改まらない場合に諭旨解雇・懲戒解雇を検討することが望ましいといえます。
4.6 [5]交通事故
タクシー会社やバス会社など交通関係の企業を除き、過失による事故の場合でも、譴責や減給などの比較的軽微な懲戒処分は可能ですが,過去に懲戒歴がない状態で懲戒解雇等の重い処分を科すことは難しいです。飲酒運転による事故等、悪質な事案についても同様である。
宅配業者のドライバーの飲酒、酒気帯び運転を理由とする懲戒解雇を有効とした裁判例(ヤマト運輸事件 東京地裁 平19.8.27判決)などがあります。
【参考記事】
5 処分の実施・公表
5.1 懲戒処分は文書により告知する
懲戒処分の告知方法については法律に特に定めはありません。よって,文書のみならず,口頭による告知でも法的には問題はありません。
ただし,重要な事項の告知になりますので,事後のトラブルを回避する観点から文書による告知を行うのが一般です。
5.2 公表
社員に対して懲戒処分を課す場合、社内外に向けて懲戒処分内容を公表することがあります。このような公表は、非違行為によって失われた社内秩序を回復し、同様の非違行為が再発することを防止するために有効な場合も多い為,一定程度認められます。
ただし,懲戒処分を受けたという事実はその労働者の名誉やプライバシーに関わりますので,公表の仕方によっては名誉やプライバシーの侵害があったとして、会社が不法行為責任を負わされることもあり得ますので,表現方法については,事案によっては氏名や事案の特定を避けることが要請される場合もあります。
※1 石嵜信憲「懲戒権行使の法律実務」(中央経済社 第2版)のP488~によれば,「飲酒運転に限らず,死亡事故等を起こして逮捕・勾留されると,労務提供が長期間なされないことになります。この場合は,懲戒だけを検討するのではなく,当該従業員の責めに帰すべき事由によって労務提供がなされない(債務不履行)ことを理由に普通解雇も検討することになります。刑事手続上,罪が確定するまでは無罪と推定されるのが原則ですが,逮捕・勾留されている期間に労務が提供されないことについて,使用者がその不利益を負担する必要はありません。ですから,長期間労務提供がなされないことを理由とした普通解雇の有効性は認められると考えます。そして,無罪が確定した場合には,本人が受けた損害を国家賠償請求すればよいということになります。」としている。