私生活で飲酒運転をした従業員に対していかなる懲戒処分(懲戒解雇)ができるか?について,労働問題専門の弁護士が分かりやすく説明します。
懲戒処分は、①会社が旅客運送事業を営む会社であるか否か②社員が運転業務に従事する者か否か③飲酒量および運転時の呼気中アルコール濃度④飲酒運転により人身事故など重大な結果を発生させたか否か⑤事案がテレビ・新開等のメディアで報道されたかなどを考慮して決定する。
1 私生活上の飲酒運転も懲戒処分の対象となる
1.1 私生活上の飲酒運転が懲戒処分の対象となる場合
社員(労働者)が会社の業務時間外に業務とは無関係に私生活で不祥事を起こしたとしても、プライベートの時間中の出来事には企業は介入できませんので、原則的には懲戒処分の対象とはなりません。しかし、飲酒運転は以下のような刑事処分に問われる行為であり、業務時間外の不祥事であったとしても、重大な事犯に該当し、会社の信用・名誉など社会的評価を毀損するおそれがある場合には、懲戒処分の対象となりえます。
例えば、飲酒運転の場合、バス会社やタクシー会社など旅客運送事業を営む企業で、運転業務に従事している社員(労働者)が、重い飲酒運転を行い、一定の重大な結果を発生させ(人身事故など)、テレビ・新聞等のメディアに報道されたような場合は、懲戒処分の対象となります。
これに対して、事業内容の中核に運転業務等がない場合、運転業務とは直接関係のない業務に就いている場合、軽微な飲酒運転の場合、報道はなされていない場合などは、懲戒処分の対象とすることは一般的には難しいといえます。
1.2 公務員の場合とは分けて考える
しばしば新聞やテレビ等のメディアでは、公務員が飲酒運転を行ったことを理由に懲戒免職を含む重大な処分を受けていることが報道されています。これらの報道から民間企業でも懲戒解雇を含む処分が可能であるとお考えになる会社・経営者もいらっしゃいます。
しかし、公務員と民間企業の社員では立場に大きな違いがあり、同様の考え方はできません。すなわち、公務員は全体の奉仕者であり,その責任も厳しく問われます。運転業務などに従事していない公務員であっても、飲酒運転で逮捕されるような場合は、公務員としての社会的評価が毀損されます。それゆえ、飲酒運転などにより懲戒免職が認められる場合があります。
これに対し、民間企業の社員(労働者)の場合は、前述のとおり旅客運送業で運転業務を行っていたような場合でなければ懲戒処分の対象とすることは難しいのが一般です。
1.3 飲酒運転関係の刑法規定
刑法
罪名 | 対象 | 刑罰 | |
危険運転致死傷罪 | アルコールの影響により、正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、 | 人を死亡させて場合 | 1年以上20年以下の懲役 |
人を負傷させた場合 | 15年以下の懲役 | ||
自動車運転過失致死傷罪 | 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合 | 7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金 |
道路交通法
運転者の態様 | 対象 | 刑罰 |
酒酔い運転
酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態)で運転 |
運転者 | 5年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
車両を提供した者 | 5年以下の懲役または100万円以下の罰金 | |
酒類を提供した者 | 3年以下の懲役または50万円以下の罰金 | |
酒に酔った状態であることを知りながら、自己を運送することを要求又は依頼して同乗した者 | 3年以下の懲役または50万円以下の罰金 | |
上記以外で、自己を運送することを要求又は依頼して同乗した者 | 2年以下の懲役または30万円以下の罰金 | |
酒気帯び運転
身体に政令で定める基準(呼気1リットルに0.15mg/血液1mlに0.3mg)以上にアルコールを保有する状態で運転 |
運転者 | 3年以下の懲役または50万円以下の罰金 |
車両を提供した者 | 3年以下の懲役または50万円以下の罰金 | |
酒類を提供した者 | 2年以下の懲役または30万円以下の罰金 | |
自己を運送することを要求又は依頼して同乗した者 | 2年以下の懲役または30万円以下の罰金 |
1.4 社員(労働者)が逮捕・勾留された場合
社員(労働者)が刑事犯罪を起こしたような場合は逮捕・勾留されることがあります。
逮捕勾留されると会社に出勤して労務提供が長期間なされないことになります。
この場合は,逮捕勾留中の情報収集のやり方、欠勤期間中の賃金の支払いの有無などについて別途検討する必要があります。
社員が逮捕された場合の詳しい対応は
2 懲戒処分の有効要件
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す
懲戒処分の有効要件については
3 私生活上の飲酒運転の懲戒処分の量定
3.1 私生活上の飲酒運転に対する懲戒処分
飲酒運転の場合、いかなる懲戒処分が妥当なのでしょうか?
① 当該社員(労働者)が勤務する会社がバス,タクシー等の旅客運送事業を営む会社であるか否か
② 当該社員(労働者)が運転業務に従事する者か否か
③ 飲酒量および運転時の呼気中アルコール濃度
④ 当該飲酒運転により人身事故など重大な結果を発生させたか否か
⑤ 事案がテレビ・新開等のメディアで報道されたか
などの諸要素を総合的に考慮して懲戒処分を決定します。特に重要なのは①、②であり、旅客運送事業を営む会社で運送業務に従事している社員であることが重要な前提となります。その上で、③~⑤を考慮して、重大かつ悪質な事案については懲戒解雇を含む重い処分も可能です。
これに対し、旅客運送業以外で①、②を満たさない場合は、懲戒解雇などの重い懲戒処分に問うことは難しいでしょう。
3.2 酒酔い運転か酒気帯び運転か
道交法上,酒酔い運転は,「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で車両を運転した場合」,酒気帯び運転は,「血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラムまたは呼気1 リットルにつき0.15 ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で車両を運転した場合」であり,酒酔い運転の方が悪質性は高いと言えます。それゆえ,懲戒処分決定にあたっては,①酒酔い運転と②酒気帯び運転で場合を分けて検討します。
① 酒酔い運転の場合
旅客運送業を営む企業において,酒酔い運転に該当する事案の処分量定として懲戒解雇を定めることは問題ありません。ただし,事故・検挙の有無を問わずに一律に懲戒解雇を決定することは無効となるリスクがあります。したがって,事故・検挙が無いような場合など事案によっては,降格・降職等の処分も検討した方がよいでしょう。
② 酒気帯び運転の場合
酒気帯び運転に対する処分量定として懲戒解雇を定めることは問題ありませんが,実際に懲戒解雇を決定するか否かについては,慎重に検討する必要があります。飲酒行為の態様,飲酒量,飲酒後の配慮等から必ずしも情状が悪質であるとは限らず,常に懲戒処分が可能となるものではありません。また,旅客運送業を営む企業であっても,運転以外の業務に従事している従業員の場合は懲戒解雇を決定することは無効となるリスクがあります。よって,酒気帯び運転に対しては,降格・降職,減給,謹慎等の処分を含めて懲戒処分を決定した方が無難です。
3.3 運転免許の停止・取消しされた場合は普通解雇も視野に入れる
業務中の交通事故により従業員が運転免許の停止・取消し処分を受けた場合、その間、自動車の運転による業務に従事できなくなります。
雇用契約上の業務が自動車の運転による業務に特定されている場合や、自動車の運転による業務以外には職務変更ができない場合は、当該従業員の都合で労務提供が不能になります。
この場合は、雇用契約上の債務不履行状態となるため、普通解雇も可能であると考えられます。例えば、業務中の交通事故により懲戒解雇や諭旨解雇にはできない場合であっても、免許の取り消しによる労務提供の不能を理由に普通解雇も可能となるのです。
3.4 裁判例データ
バス運転手が,企業外で酒酔い運転及び暴行により罰金刑に処せられたことを理由として懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
笹谷タクシー事件(最一小判昭53.11.30)
後輩のタクシー運転手に飲酒を勧めたうえで自動車を運転させ,人身事故を誘発させた先輩タクシー運転手が,就業規則の慾戒事由である「酒気を帯びて自動車を運転したとき」を準用して懲戒解雇された事案で,懲戒解雇を有効と判断した。
京王帝都電鉄事件(東京地決昭61.3.7)
路線バスの運転士が,勤務終了後約1時間の間にウイスキーの水割り3杯とビール中ぴん1,2本程度を飲酒し,約2時間弱の仮眠をとった後,自家用車の運転中に過失致死事故を起こしたことを理由に懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
相互タクシー事件(最一小判昭61.9.11)
タクシー運転手が,勤務時間外に酒気帯び運転,安全運転義務違反により物損事故を起こし,罰金刑に処せられたことを理由に懲戒解雇された事案で,懲戒解雇を無効と判断した。
達田タクシー事件(金沢地判昭60.9.13)
タクシー運転手が勤務時間外に酒気帯び運転をし,検挙されたこと等を理由に普通解雇された事案で,解雇を無効と判断した。
ヤマト運輸事件(東京地判平19.8.27)
貨物自動車運送業のセールスドライバーが,業務終了後に帰宅途上で飲酒し,自家用車を運転中に酒気帯び運転で検挙されたことを理由に懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
京阪バス事件(京都地判平22.12.15)
バスの運転手が,出庫点呼時のアルコール検査でアルコールが感知され,出勤停止の慾戒処分を二度受けていたところ,三度日にアルコールが検知されたことを理由に諭旨解雇された事案において,諭旨解雇を無効と判断した。
3.5 民間データ
終業時刻後に酒酔い運転で物損事故を起こし,逮捕された場合
1位 懲戒解雇(48.0%)
2位 諭旨解雇(36.8%)
3位 降格・降職(23.4%)
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」
3.6 公務員データ
(1) 飲酒運転
ア 酒酔い運転をした職員:免職又は停職
※人を死亡させ又は人に傷害を負わせた職員:免職
イ 酒気帯び運転をした職員:免職、停職又は減給
※人を死亡させ又は人に傷害を負わせた職員:免職又は停職(事故後の救護を怠る等の措置義務違反をした職員は、免職)
ウ 飲酒運転をした職員に対し、車両若しくは酒類を提供し、若しくは飲酒をすすめた職員又は職員の飲酒を知りながら当該職員が運転する車両に同乗した職員:飲酒運転をした職員に対する処分量定、当該飲酒運転への関与の程度等を考慮して、免職、停職、減給又は戒告
(2) 飲酒運転以外での交通事故(人身事故を伴うもの)
ア 人を死亡させ、又は重篤な傷害を負わせた職員:免職、停職又は減給
※措置義務違反をした職員:免職又は停職とする。
イ 人に傷害を負わせた職員:減給又は戒告
※措置義務違反をした職員:停職又は減給
(3) 飲酒運転以外の交通法規違反
著しい速度超過等の悪質な交通法規違反をした職員:停職、減給又は戒告
※物の損壊に係る交通事故を起こして措置義務違反をした職員:停職又は減給
(注) 処分を行うに際しては、過失の程度や事故後の対応等も情状として考慮の上判断するものとする。
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正
※前記のとおり民間企業の場合は同様の処分量定になるとは限らない
3.7 報道データ
2022.2.10 酒気帯び運転など教員2人を停職と減給の懲戒処分
2022.2.11 横浜で酒気帯び運転、海保職員に停職の懲戒処分
2022.2.18 酒気帯び運転の消防司令補を停職6か月の懲戒処分
2022.2.22 酒気帯び運転の弁護士に業務停止2か月の懲戒処分
2022.2.24 富山大病院医師、酒気帯びで事故 出勤停止2か月の懲戒処分
2022.2.25 酒気帯び運転で事故の職員を停職6か月の懲戒処分
2022.3.1 臨時講師と教諭を懲戒処分 飲酒運転と無許可兼業
2022.3.8 酒気帯び運転で3等陸曹を停職の懲戒処分
2022.3.11 飲酒運転、衝突事故で懲戒免職
2022.3.22 大館市職員、酒気帯び運転で停職の懲戒処分
2022.3.25 普段より2倍の睡眠薬を服用、酒気帯び事故を覚えておらず 県職員を停職の懲戒処分
2022.3.26 酒気帯び運転の教諭を懲戒免職
2022.3.29 酒気帯び運転 陸士長を停職の懲戒処分
2022.3.30 酒気帯び運転で海自隊員を停職の懲戒処分
2022.4.5 市職員が飲酒運転、懲戒処分へ
2022.4.9 参事を停職の懲戒処分 酒気帯び運転
2022.4.15 国税調査官を懲戒免職 酒気帯びで人身事故
2022.4.20 飲酒運転で事故 海士長を停職の懲戒処分
2022.4.20 消防司令補が飲酒運転 懲戒処分の方針
2022.4.22 通勤中に飲酒運転で事故 男性警部を減給の懲戒処分
2022.4.23 笛吹市課長が酒気帯び運転 停職の懲戒処分
下記の記事を参考にしてください。
※前記のとおり民間企業の場合は同様の処分量定になるとは限らない
飲酒運転による懲戒処分の対応方法
1 調査(事実及び証拠の確認)
まずは,以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。
調査するべき事実関係
□ 担当業務
□ 飲酒量
□ 事故の態様・経緯・救護措置の有無
□ 事故車両の所有関係
□ 被害者の被害の程度
□ 被害者から会社への抗議の有無・程度
□ マスコミ報道の有無・内容
□ 逮捕・勾留されている場合、認否・罪名・身柄拘束期間
□ 免許停止・取り消しの見込み
調査の際に収集する資料
□ 新聞・ネットニュース記事
□ 刑事処分に関する裁判書
量刑・情状酌量事情
□ マスコミ報道の内容・程度
□ 被害者の被害の軽重・示談の有無
□ 会社の業務に与えた影響
□ 謝罪・反省の態度の有無
□ 同種前科の有無
□ 入社後の勤務態度
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較
2 懲戒処分の進め方
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
・懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
・受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
・名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
懲戒処分のコンサルティング
懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
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また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
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懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
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発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。
飲酒運転による懲戒処分に関する裁判例
千葉中央バス事件 千葉地決昭51.7.15労経速930-23
バス運転手が,企業外で酒酔い運転及び暴行により罰金刑に処せられたことを理由として懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
裁判所は,(1)当該運転手の行為は,私的行為ではあったものの,一般のバス乗客からも会社への非難を受けた。(2)新聞紙上に氏名のみとはいえ酒酔い運転手として掲載された。等の事情から,企業の業務秩序に直接の影響を及ぼし,会社の社会的評価の低下,毀損をもたらしたものとして懲戒解雇を適法と判示した。
笹谷タクシー事件 最一小判昭53.11.30判時913-113
後輩のタクシー運転手に飲酒を勧めたうえで自動車を運転させ,人身事故を誘発させた先輩タクシー運転手が,就業規則の慾戒事由である「酒気を帯びて自動車を運転したとき」を準用して懲戒解雇された事案で,懲戒解雇を有効と判断した。
原審(仙台高判昭50.10.16労判238-47)は,タクシー営業を目的とする企業においては,「常時顧客と接するものであり,安心して乗ることのできるタクシーであることが顧客から期待されているのであるから,職場外でなされた職務遂行に関係のない行為であっても,こと自動車運転に関する限り,他の企業と比較してより厳しい規制がなされうる合理的な理由があるものというべきである」としたうえで,先輩運転手の行為は,職務遂行に直接関係のない私生活上の行為ではあるが,(1)先輩運転手として後輩を指導し,酒酔い運転を厳しく注意すべき地位にあったにもかかわらず,後輩の酒酔い運転を容認し,助長したものであって,その違法性の程度は酒酔い運転行為者と同等というべきである。(2)後輩運転手も当該運転手も刑事処分を受けていないこと,また,新聞等による報道がなされなかったことを考慮しても,会社の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認めることができる。として,懲戒解雇事由に該当すると判示した。そして最高裁も,高裁判決を維持する判断をした。
京王帝都電鉄事件 東京地決昭61.3.7労経速1251-15
路線バスの運転士が,勤務終了後約1時間の間にウイスキーの水割り3杯とビール中ぴん1,2本程度を飲酒し,約2時間弱の仮眠をとった後,自家用車の運転中に過失致死事故を起こしたことを理由に懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
裁判所は,「運転に先立って仮眠をとるなど一応酒気を除くことに配慮したものと思われるが,事故後の検査時における呼気中のアルコール濃度が法定の許容限度を大きく上回っていることに照らすと,右配慮が極めて不十分なものであった」と断じ,「本件事故及び酒気帯び運転の事実は,たとえそれらが勤務時間外の私的な行為に伴って発生したものであっても,多数の生命を預かるべきバス運転士には決してあってはならない非行と評価せざるを得ない。したがって,これらの債権者の行為はその職務上の義務に著しく違反するものであり,そのような運転士がいること自体が債務者会社の信用を著しく害しかつ体面を著しく汚すものであると考えられる。そして,債務者会社は,債権者を運転士として採用したのであるから,債権者が右のような行為をした以上,債権者を他の職種に配転するなどして雇用を継続すべき義務はなく,懲戒解雇の措置をとったことはやむを得ないものと考えられる」として,懲戒解雇を有効と判示した。
相互タクシー事件 最一小判昭61.9.11労判488-11
タクシー運転手が,勤務時間外に酒気帯び運転,安全運転義務違反により物損事故を起こし,罰金刑に処せられたことを理由に懲戒解雇された事案で,懲戒解雇を無効と判断した。
原審(東京高判昭59.6.20労判488-15)は,当該運転手は「単に酒気を帯びていたにとどまらず,そのアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であった疑いが濃厚である」と認定しながらも,(1)当該運転手が自傷したほかは,その損害が比較的軽微であり,報道もなされていないこと(2)当該運転手は過去に同種の前科,前歴,懲戒歴がないこと(3)他の従業員も処分は重すぎるとの反応を示していること。(4)労基署長も解雇予告除外認定をしなかったこと(5)会社の従来の懲戒権行使は比較的寛大であったこと(6)同業他社における懲成権行使と比較して厳しいこと(7)タクシー会社が所在する県の県庁職員や同県内の公立学校教職員の飲酒運転事例においても停職以下の処分にとどまっていることなどの事情を勘案して,「本件事故が控訴訴人の社会的評価に及ぼした悪影響,その企業秩序に与えた支障の程度は,客観的にみて懲戒解雇を相当とするほどまでに重大であるとは認められない」として懲戒解雇を無効と判示した。そして最高裁も,この判断を正当であるとして控訴審判決を維持した。
なお,本判決は,1回だけの違反で直ちに適格性なしとの判定をするのは相当でないとして,普通解雇も無効と判示した。
達田タクシー事件 金沢地判昭60.9.13労判468-66
タクシー運転手が勤務時間外に酒気帯び運転をし,検挙されたこと等を理由に普通解雇された事案で,解雇を無効と判断した。
裁判所は,タクシー運転手による飲酒運転が,タクシー会社にとって社会的評価,信用を低下させる可能性が大きいと認めながらも,酒気帯び運転の内容,前後の事情,業務中か否か,会社に与えた具体的影響等をも考慮した上で解雇にすべきかどうかを判断すべきであるとして,本事案は,(1)酒気帯びの程度がかなり弱かったこと(2)新開沙汰になるなどの会社の社会的信用への悪影響がなかったこと等の事情があることを理由に,解雇を無効とした。
ヤマト運輸事件 東京地判平19.8.27労経速1985-3
貨物自動車運送業のセールスドライバーが,業務終了後に帰宅途上で飲酒し,自家用車を運転中に酒気帯び運転で検挙されたことを理由に懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
裁判ではセールスドライバーの労働者が(1)飲酒量が少量(350mlの缶ビール2本)で,飲酒後100分程度経過しており,酒気の程度が微量であったと推定されること(2)交通事故を発生させたものではないこと(3)私生活において酒気帯び運転を繰り返していたわけではないこと等の事情から,本件行為は懲戒事由に該当しないと主張した。しかし,裁判所は,会社が大手の貨物自動車運送事業者であることから,飲酒・酒気帯び運転等の違反行為があれば,「社会から厳しい批判を受け,これが直ちに被告の社会的評価の低下に結びつき,企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがあり,これは事故を発生させたり報道された場合,行為の反復継続等の場合に限らないといえる」としました。そして,「このような被告の立場からすれば,所属のドライバーにつき,業務の内外を問うことなく,飲酒・酒気帯び運転に対して,懲戒解雇という最も重い処分をもって臨むという被告の就業規則の規定は,被告が社会において率先して交通事故の防止に努力するという企業姿勢を示すために必要なものとして肯定され得る」として,懲戒解雇を適法と判示した。
京阪バス事件 京都地判平22.12.15労判1020-35
バスの運転手が,出庫点呼時のアルコール検査でアルコールが感知され,出勤停止の慾戒処分を二度受けていたところ,三度日にアルコールが検知されたことを理由に諭旨解雇された事案において,諭旨解雇を無効と判断した。
裁判所は,(1)3回行われた呼気検査について,1回目の検査の際,道路交通法上の酒気帯びの状態には至っていなかった可能性があること(2)酒気帯び状態と断定ができない者についても当然に解雇とすることが社会一般の常識であると評価することには躊躇を感じること(3)被告において道路交通法上の酒気帯びの状態と断定できなかった者であっても諭旨解雇または懲戒解雇とする運用があったかどうかは必ずしも明らかでないこと等の事情により,諭旨解雇を無効と判示した。