ヒゲ禁止・服装指定など身だしなみ規制に違反した社員を懲戒する方法

  • 2021年10月6日
  • 2022年7月6日
  • 懲戒

ヒゲ禁止・服装指定など身だしなみ規制に違反した場合、いかなる懲戒処分ができるのでしょうか?労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

社長
当社では、会社の窓口担当の社員には、制服の着用、派手な色の髪染め禁止など身だしなみのルールを定めています。しかし、受付社員Xは,制服の着用を一部拒否(上着を着用しない)しています。上司はXに対して,再三にわたり注意指導を行いましたが、Xは指導に従いません。当社はXに対して懲戒処分を検討していますが,いかなる懲戒処分が適当でしょうか?
弁護士吉村雄二郎
制服着用などの社内ルールを正当な理由なく拒否することは,円滑な業務遂行に支障を生じさせ,会社の秩序も乱すものとして,懲戒処分の対象となります。もっとも、身だしなみは本来個人の自由であるため、制限は会社の運営に必要かつ合理的な範囲内に限られます。懲戒処分としては,まずは,口頭または書面による注意・指導を行い,それでも改善されなければ,譴責・戒告等の軽い懲戒処分を選択します。それでも改善がなされず業務に支障が生じているという場合には,二度目の懲戒として減給処分を行い,それでも改善しなければ,出勤停止・降格などを経て,最終的には懲戒解雇ではなく、普通解雇を検討するべきでしょう。
身だしなみ規制に従わない場合に懲戒処分の対象となること
身だしなみは個人の自由であるため制限は必要かつ合理的な範囲内に限られること

身だしなみ規制に従わない場合の懲戒処分の量定
懲戒処分の進め方

1 身だしなみ規制違反は懲戒処分の対象となる

身だしなみに対する制限はできるか

会社は,企業の秩序維持の観点から必要な命令を労働者に対して行うことができます。

たとえば、お客様と接する機会の多い営業担当社員や会社の窓口・受付社員などは会社の「顔」ともいうべき存在です。これら社員の服装や身だしなみによって、顧客目線を考えている会社なのか、信用できる取引先なのか、といった点が事実上判断されることは否定できない事実です。

また、電車やバスなどの公共交通機関においては、制服や制帽を着用させることで任務と責任を自覚させるとともに、乗客に対して乗務員であること
を認識させて信頼感を与えるといった目的もあります。

病院など医療現場においては、衛生上の目的から白衣やナースウエア、マスクや帽子の使用を求める必要があります。

工場や工事現場等で安全確保のために所定の作業服、保護具等の着用を命じる必要があります。

このように、服装、髪の色,ひげの長さ,化粧やマニキュアの色,服装といった身だしなみについても,規定や業務命令によって一定の制約を課し,それに反した場合には,懲戒処分を行うことが可能です。

どこまで身だしなみを制限できるか

しかし,身だしなみ制限は、見た目や容貌など,各人の人格や自由といった権利にかかわります。そのため、会社がむやみやたらに制限できるものではありません。

制限できるのは、会社の運営上に必要かつ合理的な範囲内で,また,具体的な制限の方法が相当である範囲内に限られます。

例えば、制服の着用や業務中の服装に対する制限は、業務をしている間に限定し、業務に必要な範囲内の常識的な規制であれば、原則として認められます。

これに対して、髪の毛の色やヒゲについては、業務時間中だけ色を変えたり、ヒゲを剃ったりするわけにはいきません。一旦、変えると、職場を離れた私生活においでも,会社の規律に従った髪の毛の色やヒゲの長さ・形になります。つまり、会社の規制が、社員のプライベートにおける身だしなみを決定する権利を大きく制限することになります。

そのため、髪の毛やヒゲに関する規制は、より限定的な場合しか認められません。例えば、髪の色やひげが会社の信用性を失わせるほど不快感を与えるものである,現実的に複数の顧客からクレームが寄
せられている,といった場合でなければ,懲戒処分を課すことは困難でしょう。この場合は、懲戒処分による強制はできませんので、趣旨や目的などを丁寧に説明し,社員の任意の協力を求めていくこととなります。

イースタン・エアポートモータース事件(東京地裁昭和55年12月15日判決(労判354号46頁))
ハイヤー会社の勤務要領の「髭をそり,頭髪は椅麓に櫛をかける」との規定にかかわらず,ハイヤー運転手はひげをそらず,乗車停止処分となった。そこで、ハイヤー運転手はひげをそって乗車する労働契約上の義務のないことの確認を裁判所に求めた。裁判所は,ハイヤー運転手の業務性質上,顧客に不快感等を与える服装や身だしなみは許されないから,身だしなみについて業務上の指示命令をすることに合理的根拠があり,また,他の業種に比べでも,人の心情に依存する要素が重要な意味を持つから,ひげをそるべきことも当然とした。しかしながらも,裁判所は、禁止されている「髭」とは不快感を伴う「無精ひげ」や「異様,奇異なひげ」を指していると限定解釈を行い、当該ハイヤー運転手のひげはこれに当たらないとして,結果として、労働者の請求を認めた。

2 懲戒処分の有効要件

懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。

懲戒処分の有効要件については

知っておきたい懲戒処分の有効要件

① 就業規則に懲戒規定明記
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
参考記事
懲戒に関する就業規則の規定例
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。

3 身だしなみ規制違反の場合の懲戒処分の量定

では、身だしなみ規制違反の場合、いかなる種類・重さの懲戒処分を行うことが社会通念上相当なのでしょうか?懲戒処分の量定が問題となります。

4.1 基本的な考え方

身だしなみ規制に従わない場合,懲戒事由に該当しますが,身だしなみ規制違反が著しい秩序違反となることは想定されずいきなり懲戒解雇・諭旨解雇普通解雇とすることは一般的には困難です。
まずは,口頭または書面による注意・指導を行い,それでも改善されなければ,議責等の軽い懲戒処分を選択します。そして,その後も一向に改善がなされず業務に支障が生じているという場合には,二度目の懲戒として減給処分を行い,それでも改善しなければ,出勤停止・降格などを経て,最終的には懲戒解雇ではなく、普通解雇を検討するべきでしょう。軽微な身だしなみ規制違反が繰り返されたとしても、懲戒解雇を正当化できるほどの秩序違反とはならないことが多いからです。

4.2 裁判例

髪の色・ひげ

株式会社東谷山家事件(福岡地裁小倉支部平成9年12月25日決定 労判732号53頁)。

頭髪を短髪にして黄色に染めていたトラック運転手に対して、取引先から好ましくないとの連絡を受けたことを理由に会社は元の色に戻すように指示をした。しかし、トラック運転手は,少し茶色が残る程度に黒く染めたのみですべて黒く染めなおさず,始末書の提出も行わなかったため,諭旨解雇された事案。

裁判所は,当該トラック運転手の黄髪が会社の営業に具体的悪影響を及ぼした事情はなく、会社側の「自然色以外は一切許されない」という頑なな態度を考慮すると,必ずしも当該運転手のみに責められる点があったということはできず,始末書の提出拒否も会社の秩序を乱した行為に該当すると即断できないとして,諭旨解雇を無効と判断した。

郵便事業(身だしなみ基準)事件(大阪高裁平成22年10月27日判決 労判1020号87頁)

郵便事業会社の窓口業務を含む職務に従事していた男性が,社内の身だしなみ基準においてひげや長髪は不可とされていたにもかかわらず,ひげを生やし,髪を後ろで束ねる外貌で勤務していた。そのため、会社は人事評価上不利益に評価し、賃金減額,担当職務の限定を行い,上司からは執拗な注意がなされた。それを不服として、労働者が会社に対して損害賠償を請求した事案。

裁判所は,髪型やひげに関する服務規律は,労働契約の拘束を離れた私生活にも及び得るものであるから,事業遂行上の必要性が認められ,労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力を認められるべきであるとした。その上で、本件の身だしなみ基準は「顧客に不快感を与えるような髭及び長髪は不可とする」という内容に限定解釈して適用されるべきであり,当該労働者の整えられたひげ・長髪はこれに該当しないとして,減額された手当相当額および慰謝料(慰謝料30万円)の請求が認められた

服装・制服

国士舘事件(東京地裁昭和46年8月23日判決 労判150号69頁)

学校教師が,学校の背広上下・自ワイシャツ・ネクタイ・靴の着用の指示にかかわらず,色ワイシャツ・サンダルを着用し,ネクタイを締めていないことが解雇事由になるか争われた事案(服装に関する規定違反は解雇理由の一つとなっていた)。

裁判所は,同教師の行動は一応雇用契約上の義務不履行ではあるが,ほかにも同様の者がいたことや,この規律違反についでとくに注意をしていなかったことから,解雇理由にはならないとした(他の理由も含め解雇は無効と判断された)。

神奈川中央交通事件(東京高裁平成7年7月27日判決(労判701号91貢))

バスの運転士が,就業規則上義務づけられている制帽の着用を、故意に着用せずに乗務しており,複数回の警告や指導を行ったが是正されなかったため,減給の懲戒処分がなされた事案。運転手は,夏期に制帽着用を義務づけられることは生理的苦痛を伴い、運転に支障があるから,制帽着用義務づけは不合理であるとして争った。

裁判所は,制服制帽着用の義務づけは道路運送法に基づくものであり,その趣旨は,運転者には業務の従事中バス事業の公共性と任務の重要性を自覚させ,乗客には制服を着用している者が正規の乗務員であることを認識させ,運転者に対する信頼感を与え,業務の遂行を円滑にさせるところにあるから,合理性があり,減給の懲戒処分は有効とした。

道路運送法24条1項「一般乗合旅客自動車運送事業者又は一般貸切旅客自動車運送事業者は、自動車の運転者、車掌その他旅客又は公衆に接する従業員に制服を着用させ、又はその他の方法によりその者が従業員であることを表示させなければ、その者をその職務に従事させてはならない。」旅客自動車運送事業等運輸規則41条は、「旅客自動車運送事業者は、乗務員が事業用自動車の運行の安全の確保のために遵守すべき事項及び乗務員の服務についての規律を定めなければならない。」

東急バス事件(東京地裁平成10年10月29日判決 労判754号43頁)

バスの運転士が,就業規則上義務づけられている制帽の着用を、故意に着用せずに乗務しており,複数回の警告や指導を行ったが是正されなかったため,けん責・降格の懲戒処分がなされた事案。

裁判所は,制服制帽着用の義務づけは道路運送法に基づくものであり,その趣旨は,運転者には業務の従事中バス事業の公共性と任務の重要性を自覚させ,乗客には制服を着用している者が正規の乗務員であることを認識させ,運転者に対する信頼感を与え,業務の遂行を円滑にさせるところにあるから,合理性があり,けん責・降格の懲戒処分は有効と判断した。

4.3 民間データ

なし
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」

4.4 公務員データ

なし
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2018年9月7日改正

4.5 報道データ

なし

業務命令違反に対する懲戒処分の進め方

1 調査(事実及び証拠の確認)

業務命令違反の場合、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。

調査するべき事実関係

□ 身だしなみ規制に根拠があるか
□ 身だしなみ規制に従わなかったことに正当な理由の有無
□ 違反した頻度,回数,期間
□ 違反によって生じた業務上の支障の有無・程度
□ 注意指導や戒告・譴責の有無,回数
□ 注意等の後の社員の態度
□ 通常の勤務状況・成績

調査の際に収集する資料

□ 注意指導を行った文書・メール・SNS等のやりとり
□ 当該社員が規制に従わなかった理由等を記載したメール
□ 目撃者の証言
□ 懲戒処分通知書,始末書

量刑・情状酌量事情

□ 身だしなみ規制違反の具体的態様・悪質性
□ 会社の業務に与えた影響
□ 取引先等からのクレーム
□ 反省の態度の有無
□ 規制に従わない経緯・理由
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較

2 懲戒処分の進め方

1 不祥事の発覚
内外からの通報、上司・同僚による発見、本人申告等などにより不祥事が発覚します。
2 事実調査
懲戒処分に該当する可能性のある事案が発生した場合は,懲戒処分の前提として事実の調査を行います。
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
3 処分の決定
調査により認定された事実に基づいて懲戒処分を行うか否か,行う場合の懲戒処分の種類・程度を決定します。
参考記事
・もう迷わない!分かりやすい懲戒処分の判断基準
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
4 懲戒手続
懲戒委貞会の開催、弁明の機会付与等を行います。
参考記事
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
5 懲戒処分の実施・公表
決定した懲戒処分を当該社員へ文書により通告します。
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
6 再発防止措置
懲戒処分を行っただけでは再度同じ不祥事が生ずる可能性があります。
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。

懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を

弁護士に事前に相談することの重要性

懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには労務専門の弁護士事前に相談することとお勧めします

労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート

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労務専門法律相談

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詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。

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詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。

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また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
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詳しくは

労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。

 

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