懲戒処分の前提となる調査について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
証拠から事実認定するが、証拠には供述証拠と物的証拠がある
調査は無限定にできるわけではなく、特に従業員のプライバシー・人格権を侵害しないように配慮が必要
関連記事
懲戒の前提となる調査の必要性・重要性
懲戒処分とは、業務命令や服務規律に違反するなどして企業秩序を乱した労働者に対して、使用者が制裁として行う不利益措置(制裁罰)のことをいいます。
この懲戒処分が有効となるためには、
②処分の相当性(処分が重すぎないこと)
が必要となり、これを会社が証明する必要があります。
労働者が処分の有効性を争う場合、会社が有効要件①②を証明できないと会社は敗訴し、処分は無効となってしまいます。
処分が無効となると、過去に遡って賃金(懲戒処分により減ったり、支払われなかった賃金)の支払を命令されたり、慰謝料の支払いを命じられることになります。
このように後々になって懲戒処分を覆されないようにするためには、有効要件①、②を基礎づける事実を会社がしっかり証明できるようにしておく必要があります。
証明するためには、事実関係を基礎づける証拠を揃えておく必要があります。
この証拠を揃えるために必要かつ重要なのが調査なのです。
調査による情報の取得としては、①物的証拠(客観的証拠)と②人的証拠(供述証拠)に分かれます。
本記事では、①物的証拠(客観的証拠)の収集を目的とした調査について説明します。②人的証拠(供述証拠)は関連記事をご参照ください。
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懲戒事実の調査は誰が行うか
通常は人事部が行う
懲戒処分の調査をどの部署の誰が行うかについては、各社の経営者が定めた職務分掌により定められます。つまり経営者が決定した者ということになります。
一般的には、人事部が担当することが多いといえます。小規模企業の場合は代表取締役や取締役が担当することもあります。
社内の相談窓口との関係
社内にハラスメント相談窓口やコンプライアンス・内部通報窓口が設置されている場合、これら相談窓口に第一次的に従業員の非違行為に関する情報が寄せられることがあります。これら相談窓口に寄せられた相談内容の調査権限は経営者が職務分掌によって決定されますが、人事部とは別の部門(法務部、コンプライアンス部など)が調査権限を与えられている場合もあります。
もっとも、相談窓口に寄せられた相談内容にかかる事実関係と懲戒処分のための前提となる事実関係は重複しているにもかかわらず、例えば法務部と人事部の複数の部門が別の目的でそれぞれ調査をすることになると、重複した調査により関係者に負担をかけることになります。そこで、相談窓口に寄せられた相談で、かつ、懲戒処分の対象になる可能性のある内容のものは、当初から人事部が調査を担当するか、または、別部門と人事部の合同調査を行うなど、出来るだけ合理的に調査を進めることを検討するべきです。
外部の専門家へ委託する場合
調査に専門的な知見を要する複雑な事案や調査結果や処分結果を対外発表しなければならないような重大な事案(調査の公正さが求められる事案)については、懲戒事案の調査を第三者委員会に委ねる場合もあります(実際には大企業や比較的規模の大きい企業に限られると思われます。)。
懲戒事実に関する社員の調査協力義務について
懲戒処分の事実の調査は、社員の協力が必要となることが通常です。典型的には非違行為をした社員、ハラスメントの被害にあった社員、非違行為をした社員の上司・部下・同僚などです。これら社員には懲戒処分の調査に協力する義務があるのでしょうか。調査協力義務があるにもかかわらず、これに応じない場合は懲戒処分の対象にできることから問題となります。
① 調査に協力することが労働者の職責に照らして職務内容になっている場合
例えば、管理職などのように部下の労働者に対する指導,監督ないし企業秩序の維持などが職務内容となっており、調査に協力することが労働契約上の職務となっている場合は、当然に調査に協力する義務を負います。
② 調査に協力することが労働者の職務の内容になっていない場合
①のように調査に協力することが職務内容となっていない場合でも、労働者が労務提供義務を履行する上で調査に協力することが必要かつ合理的であると認められる場合(調査対象である違反行為の性質,内容,労働者の違反行為見聞の機会と職務執行との関連性,より適切な調査方法の有無等,諸般の事情から総合的に判断されます)場合は、使用者が行う調査に協力する義務を負うと解されます(富士重工業事件 最三小判昭52.12.13労判287号7頁)。
以上から、
まとめ
非違行為を行ったと疑われる社員に対して事実の経過を報告させる顛末書の提出を求めることや、業務に関係する書類や会社の貸与物を使用して送受信された電子メールの提出を要求することができます。
非違行為の被疑者の上司である管理職に対しても、状況を報告させる文書の提出を求めること、業務に関係する書類や会社の貸与物を使用して送受信された電子メールの提出を要求することができます。
非違行為の被疑者の部下や同僚で、非違行為そのもの又は関連事実を知り得た場合は、関連事実について状況を報告させる文書の提出を求めること、業務に関係する書類や会社の貸与物を使用して送受信された電子メールの提出を要求することができます。
これに対し,業務に関係しない書類や会社の貸与物ではない機材(例えば、個人のスマートフォン)を使用してやりとりされた電子メール・SNS履歴などについては,提出を強制することはできません。
懲戒処分のために机やロッカーの中を調査できるか
非違行為の疑いがある社員には調査協力義務がありますが、本人が協力に応じない場合、本人が使用している机やロッカーの中に証拠物があるか否かを確認する必要があります。
そして、机やロッカーは,会社の所有物であり社員には貸与しているに過ぎません。この場合、本人の同意なくして貸与した机やロッカーの中を捜索しても問題ないようにも思えます。
しかし、職場の貸与物であっても、労働者のプライバシーが全く保護されないというわけではありません。特に、机やロッカーの中に従業員が私物を収納することを許可しており、許可した以上、机やロッカーの中身は社員のプライバシー権が認められ、社員ど同意なく調査することは原則として出来ません。
同意なく机やロッカーを調査した場合は、労働者のプライバシー権侵害となり、民法上の不法行為を理由に損害賠償責任を生じさせる場合があります。
たとえば,会社内の労働者が使用するロッカーを無断で開けて私物を撮影することは,プライバシーを侵害するものであって,不法行為を構成するとして損害賠償(80万円)が認められています(関西電力事件・最高裁第三小法廷平成7年9月5日判決(判時1546号115頁))。
また、労働組合に関する情報収集のために従業員控室に盗聴器を設置した行為は,労働者のプライバシーを侵害する違法なものであり損害賠償(5万円)が認められています(岡山電気軌道事件・岡山地裁平成3年12月17日判決(労判606号50頁))。
もっとも,従業員のプライバシー権が保護されるとしても、ロッカーや机の中に、いわば不可侵の治外法権が成立するわけではありません。例外はあります。
懲戒の対象となる行為をしたことが他の証拠等から合理的に疑われ,かつ、机やロッカーに重要な証拠が存することが合理的に疑われる場合で、本人が任意の協力を拒否する場合は、同意なく探索行為が認められる場合もあると考えられます。ただし、就業規則上の根拠規定を定めておく必要があります。
以上から
まとめ
机やロッカーの中はプライバシー権で保護されており、原則として社員の同意なく調査することはできない
例外的に、懲戒の対象となる行為をしたことが他の証拠等から合理的に疑われ,かつ、机やロッカーに重要な証拠が存することが合理的に疑われる場合で、本人が任意の協力を拒否する場合は、同意なく探索行為が認められる場合もある。ただし、就業規則上の根拠規定が必要。
懲戒処分のためにパソコン・メールを調査できるか
メールのモニタリング
会社のメールを利用する場合
従業員の非違行為についてメールが重要な証拠となる場合があります。従業員が会社のメールを利用してやりとりをしている場合、そのメールを送受信履歴をその社員に無断で会社は調査することはできるでしょうか。会社のメールであっても従業員が私的に利用する場合もありプライバシー権の保護との関係で問題となります。
会社のメールは私的に利用される場合のありえますので、社員のプライバシーが一切保護されないわけではありません。
もっとも、会社のメールは業務のために利用することを前提としており、また、会社のシステムを利用している性質上、労働者も高度のプライバシー保護を期待することはできず、合理的な範囲での保護を期待しえるにとどまります。
それゆえ、会社は会社メールのモニタリングは基本的に従業員の同意なく行うことが可能であり、例外的に社会通念上相当な範囲を逸脱した場合のみプライバシー権侵害として違法となるにとどまります。
つまり、懲戒処分の調査に合理的な必要がある場合に、社内のメールサーバーに蓄積された情報を調査することは違法とはなりません。
例外的に違法となる場合は、例えば、① 職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、② 責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合、③社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の窓意に基づく手段方法により監視した場合などです。
裁判例でも、セクハラの調査の過程で異常な電子メールの使用が問題となった事案で,会社メールの送受信であっても従業員のプライバシーが一切保護されないわけではないとしつつ,「利用者において,通常の電話装置の場合とまったく同程度のプライバシー保護を期待することはできず,当該システムの具体的情況に応じた合理的な範囲での保護を期待し得るに止まる」として,上司によるメール調査行為は不法行為にはあたらないとされました(F社Z事業部(電子メール)事件 東京地裁平13.12.3判決 労判826号76頁)。
社内における誹諦中傷メールの発信者特定のためになされた電子メールの閲読行為については,事情聴取により当該対象者が送信者である疑いを拭い去ることができず,また,同人の多量の業務外の私用メールの存在が明らかになった以上行う必要があるとし、その内容は業務に必要な情報を保存する目的で会社が所有し管理するファイルサーバー上のデータ調査であることから,社会的に許容し得る限界を超えて同人の精神的自由を侵害した違法な行為とはいえないと判断しています(日経クイック情報(電子メール)事件 東京地裁平14.2.26判決 労判825号50頁)。
参考記事
メールのモニタリングの注意点については、以下の記事もご参照ください。
社員のメールをモニタリングする場合の注意点について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。 社長 当社のある社員が当社の機密情報をライバル会社へ漏洩している疑惑があります。ついては当該社員の社内メールをモニタ[…]
社員個人のメール
社員が会社のメールシステムではなく、個人的に利用するメール(例えば、gmailなど)を使っていた場合は、業務上利用するメールシステムとは異なり、開示を強制したり、メールデータを無断で閲覧したりすることはできません。
もっとも、従業員の私的メールに業務に関連するデータが含まれている蓋然性が高い場合は、労働契約上の調査協力義務に基づいて、メールの開示を命じること自体は可能です(開示を義務付けるためには、事前に就業規則にデータ開示命令に関する根拠規定を設けておくことが望ましいといえます)。
本人が開示命令に応じなかった場合は、開示を強制したり、内部のデータを無断で閲覧したりすることはできませんので、そのような本人の対応を前提に処分を検討します。
まとめ
会社メールを利用しているときは、懲戒処分の調査に合理的な必要がある場合に、社内のメールサーバーに蓄積された情報を調査することは認められる。
① 職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、② 責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合、③社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の窓意に基づく手段方法により監視した場合などはプライバシー権侵害となり違法となりえる。
個人メールを利用している場合は、メールデータを無断で閲覧したりすることはできないが、私的メールに業務に関連するデータが含まれている蓋然性が高い場合は、労働契約上の調査協力義務に基づいて、メールの開示を命じること自体は可能
パソコンの調査
会社が貸与したパソコン
従業員の非違行為についてパソコンに残されたファイル・ログなどのデータが重要な証拠となる場合があります。パソコンには残されたデータのみならず、過去のパソコン操作のログが残されていることが多いからです。貸与したパソコンについて、会社が社員に無断で調査することはできるでしょうか。貸与したパソコンであっても従業員が私的に利用する場合もありプライバシー権の保護との関係で問題となります。
貸与パソコンは私的に利用される場合のありえますので、社員のプライバシーが一切保護されないわけではありません。
もっとも、貸与パソコンは業務のために利用することを前提としており、私的な利用は禁止されていることが一般です。また、会社の備品ですので労働者も高度のプライバシー保護を期待することはできず、合理的な範囲での保護を期待しえるにとどまります。
それゆえ、会社は貸与パソコンの調査は基本的に従業員の同意なく行うことができ、例外的に社会通念上相当な範囲を逸脱した場合のみプライバシー権侵害として違法となるにとどまります。
つまり、懲戒処分の調査に合理的な必要がある場合に、貸与パソコンに蓄積された情報を調査することは違法とはなりません。
例外的に違法となる場合は、例えば、① 職務上従業員の貸与パソコンの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、② 責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合、③社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の窓意に基づく手段方法により監視した場合などです。
社員個人のパソコン
社員が個人所有のパソコンを使っていた場合は、貸与パソコンとは異なり、開示を強制したり、パソコンの中のデータを無断で閲覧したりすることはできません。
もっとも、従業員のパソコンに業務に関連するデータが含まれている蓋然性が高い場合は、労働契約上の調査協力義務に基づいて、データの開示を命じること自体は可能です(開示を義務付けるためには、事前に就業規則にデータ開示命令に関する根拠規定を設けておくことが望ましいといえます)。
本人が開示命令に応じなかった場合は、開示を強制したり、内部のデータを無断で閲覧したりすることはできませんので、そのような本人の対応を前提に処分を検討します。
まとめ
貸与パソコンを利用しているときは、懲戒処分の調査に合理的な必要がある場合に、パソコンに蓄積された情報を調査することは認められる。
① 職務上従業員の貸与パソコンの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、② 責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合、③社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の窓意に基づく手段方法により監視した場合などは貸与パソコンであっても調査は違法となる場合がある。
個人所有のパソコンを利用している場合は、データを無断で閲覧したりすることはできないが、パソコンに業務に関連するデータが含まれている蓋然性が高い場合は、労働契約上の調査協力義務に基づいて、データの開示を命じること自体は可能
所持品検査・身体検査
所持品検査・身体検査とは
所持品検査とは従業員がカバンや机の中に不正に取得した会社の金銭や企業機密を記録した媒体等を隠していないか検査することです。
身体検査とは身体(制服や私服等)に不正に取得した会社の金銭や企業機密を記録した媒体等を隠していないか検査することです。
所持品検査・身体検査を実施する要件
所持品検査・身体検査を実施するためには、
② 権利濫用にあたらないこと
という要件を満たす必要があります。
① 就業規則に根拠規定があること
所持品検査や身体検査は,職場秩序の確保ないし労務の管理及び企業財産の保全等のために行われます。しかし、労働者のプライバシーや人格権等の侵害となるリスクがあり、当然に認められるものではありません。
そこで,所持品検査や身体検査を行うためには,就業規則等で根拠規定を定めることが必要です。
会社は、職場秩序の確保、労務の管理及び企業財産の保全等の必要がある場合は、理由を明示に上、所持品検査・身体検査を行うことができる。従業員はこの検査を拒むことはできない。
② 権利濫用にあたらないこと
所持品検査等は従業員のプライバシーの侵害のおそれがありますので、就業規則に根拠規定を定めたからといって会社が自由に実施できるわけではありません。
①検査を必要とする合理的理由があり,②検査方法が一般的に妥当な方法と程度で実施され,③制度として画一的に実施されるものであること,④明示の根拠に基づくものであることが必要となります(西日本鉄道事件(最二小判昭43.8.2判時528号82頁))。
(1)合理的な理由の例
金融機関、旅客運送業、警備会社などで業務上金品を取り扱う従業員に対して、金品等持ち出し防止のため
企業機密に接することができる従業員に対して、企業秘密持ち出し防止のため
(2) 社会通念上相当といえる方法・程度の例
会社から従業員に貸与している机,ロッカー等については,検査の必要性の程度に応じて,本人の同意を取った上で、本人立ち会わせたり,所属長のみの立ち会いとしたり,本人に開けさせて視認のみとしたり,その方法ないし程度に注意して行う。
これに対して、従業員個人所有のカバン、通勤に利用する自家用車については、会社資産や機密情報などを隠す現場を目撃したなどの疑う理由が相当程度ある場合に限り、かつ、本人の同意を得て、本人に開示させる方法でおこなうなど慎重な対応が必要となります。
身体検査はよりプライバシーの侵害・人格権侵害のおそれが高い方法ですので、なお一層の慎重さが必要です。
所持品検査に関する裁判例
西日本鉄道事件(最二小判昭43.8.2判時528号82頁)
所持品検査の事案について、①検査を必要とする合理的理由があり,②検査方法が一般的に妥当な方法と程度で実施され,③制度として画一的に実施されるものであること,④明示の根拠に基づくものであることという要件を定立し、鉄道会社が金品の不正隠匿の摘発・防止のために,乗務員に対し脱靴を求めることは適法とした。また、靴の中を検査するための脱靴を拒否した従業員に対する懲戒解雇が有効とされた。※③画一的に実施する理由は、特定の従業員だけを所持品検査の対象とすると、その従業員が何らかの非違行為を行ったかのような外形が生じてしまい名誉が毀損されるおそれがあるため
神戸製鋼所事件(大阪高判昭50.3.12 労判226号48頁)
従業員が新聞4ないし5部をはだかのまま小脇にかかえて作業場へ入門しようとした際、守衛が同一日付の同一新聞であるなら数部も不必要であるとして、就業規則に基づき点検を要求し、従業員がこれを拒否した事案。裁判所は、守衛による私物点検について、携帯物件の形状、数量、その他諸般の状況から見て持込の許されない物品を所持していると疑うに足りる相当な事由がある場合に限り点検をなしうるのであつて、単なる見込だけによつて所持品検査をすることは、思想信条の調査につながり、人の自由を制限する虞があるから許されないとし、点検を拒否したのは正当と判断した。
芸陽バス事件(広島地裁判昭47.4.18(労判152号18頁))
バスの車掌が乗務終了後一旦かばんの所持品検査を受けたが、未検査のボストンバッグをもつたまま附近の自家用車にのりこみ、すぐ出てきてのこりの所持品検査を受けたものの、自家用車の検査を拒み、懲戒解雇に処せられた事例である。裁判所は「検査の対象となるものは乗務と密接に関連するもの、すなわち、服装検査のほか、乗務に際し会社から命ぜられて業務上携帯した物品、乗務に際し特に携帯した私物に限られる。乗務員が通勤に衣装する自家用車内は、完全に個人の領域であるから、原則的には検査の対象とならない。次に述べるような特段の事情のある場合に始めて検査が許される。所持品検査は乗務時の状態をそのままさらさなくては意味がないからといって、所持品検査前あるいは所持品検査中に、係員の許可なく乗務員が自家用車内に乗り込んだときは、乗務員に対し自家用車内から出ることを求めることができる。同じように、係員の許可なく乗務員が検査の対象となる私物などを自家用車内に持ち込んだときは、乗務員に対しこれを車内から取り出して提示することを求めることができる。そして、乗務員が許可なく自家用車内に乗り込んだうえ車内に金品を隠したり、許可なく私物などを持ち込んだうえその中の金品を隠したりするように、車内において不正取得を疑わせる客観的な行為をしたときに、始めて車内検査そのものを求めることができる。許可なく自家用車に乗り、許可なく私物などをこれに入れたとしても、右のような客観的行為はなく、単に係員がその態度は不審だと思っただけで、車内検査を求めることができるわけではない。」と判示し、単に係員がその態度は不審だと思っただけで車内検査を求めることができるわけではないとし、懲戒解雇を無効と判断した。
日立物流事件(浦和地判平3.11.22 労判624号78頁)
引越業務において客の物品が紛失したことから,営業所長が引越作業員に対して本人の明示の同意を得ずにブラインドを下ろした室内で実施した,身体に触れる形での所持品検査を違法とした(慰謝料30万円)。西日本鉄道事件の4要件を前提に、明示の根拠がなく、かつ、従業員の明示の同意もなかったことを理由とした。
東陶機器事件(福岡地裁小倉支部昭46.2.12判決 労判152号27頁)
多量の銅地金類や金属製品が使用・貯蔵されている工場からの持ち出しを防止する観点から、従業員の工場出入時に,守衛が不審な物を所持すると判断した場合に,当該物件が何たるかにつき質問し,納得できないときは中を開けて見せるよう求める方法によりなされた所持品検査につき,違法と断定することはできない判断した。
帝国通信工業事件(横浜地裁川崎支部昭50.3.3 労民集26巻2号107頁)
テレビ・ラジオ等の電子機器の部品製造メーカーにおいて,製造過程で使用する道具を新聞紙に包んでいる従業員(所持品検査を拒否した従業員とは別の従業員。かねてから機密漏洩の疑いをもたれていた。)がいるとの情報に基づき,退門する者に対し一斉検査として,鞄その他の所持品を守衛所前のカウンターに乗せてもらい,本人にこれを開けてもらった上で守衛が中を確認し,場合によってはポケットの上から手で触れてみて確かめるという方法によりなされた検査につき,その具体的必要性,実施方法等の点からみて違法であるとはいえないと判断した(なお、所持品検査拒否による懲戒解雇は無効と判断された)
セコム事件(東京地判平成28・5・19労経速2285号21頁)
警備会社で業務上金品を取り扱う従業員を対象とする所持品検査・防犯カメラ撮影につき,業務上正当な目的による措置と判断し,不法行為を否定した
なお、上記裁判例にもありますとおり、所持品検査が適法であり、それを拒否したことを理由に一定の懲戒処分はありえますが、懲戒解雇までは認められないことが多いので注意が必要です。
調査会社(探偵)を使った素行調査
調査会社を利用する必要性
懲戒事由のなかには会社が立証をすることが困難な事実があります。
例えば、特に業務時間外の兼業、外回りの営業社員のような会社外で仕事をしている者の職務専念義務違反(サボリ)、秘密情報の漏洩の事実の立証は難しいことがあります(もっとも、最近では外回り営業マンの動きを貸与スマートフォンや貸与営業車両のGPSログで記録する方法があります。)。
このような調査のための合理的な必要性がある場合、調査会社の利用は許容されます。もっとも、対象者に無断でその私的領域における行動を監視し,情報を収集することはプライバシーの侵害になるおそれがありますので、必要性及び相当性を考慮して実施しなければなりません。
調査会社を使った素行調査の裁判例
ジャムコ立川工場事件(東京地八王子支判平17.3.166労判893号65頁)
事例:休職期間中の従業員が別企業のオートバイ店の店長としてテレビ番組に映っていたことから兼職の疑いが発覚した。そこで、会社は調査会社に調査を依頼し,従業員がオートバイ店で作業しているところなどを撮影した写真を添付した報告書が調査会社から提出され,それを証拠として訴訟で提出した。
判断:「被告は,原告及びその家族を,その私的生活領域において,その承諾なく,撮影したものであるといえる。しかし,被告の調査の目的は,二重就労という懲戒解雇事由にあたるかどうかの事実の確認をするというものであって,正当である。そして,原告がオートバイ店の店長としてテレビに出ていたという情報を入手したというのであるから,調査に着手するだけの必要性もあった。また,本件写真撮影は,原告の私的生活領域とはいえ,住宅の内部等ではなく,集合住宅の共用部分や,公道上,ガラス張りのオートバイ店の内部を,ある程度離れた距離から写真撮影.したというものであり,本件報告書は,被告における懲戒処分の検討,本件訴訟の証拠等,前記目的の範囲内で使用されたにすぎないものであって,原告のプライバシー,肖像権の侵害の程度も,さほど重大なものとまではいえない。以上のような,本件写真撮影の目的,手段・方法,権利侵害の程度等によれば,本件写真撮影は,原告の受忍限度内であって,違法性を欠くと認めるのが相当である」として会社の不法行為責任を否定した。
ファーストリテイリングほか(ユニクロ店舗)事件(名古屋高判平20.1.29労判967号63頁)
裁判所は,「私立探偵を使って控訴人の行動調査をしたり,控訴人の元同僚である被控訴人FR従業員に陳述書を作成させ,証拠として提出したことについては,控訴人の病状が理解困難なものであり,被控訴人会社らが控訴人の病状に疑念を抱かざるを得ない状況にあったことからすれば,訴訟行為として是認される範囲内の行為といえる」として,不法行為責任を否定した。
まとめ
以上、お分かり頂けましたでしょうか。
懲戒処分の前提として事実の調査は不可欠です。懲戒処分の前提事実については会社が立証責任を負いますので、不十分な調査に基づいて懲戒処分を実施し、後で労働者に争われた場合に証明できないと敗訴します。敗訴すると懲戒解雇が無効になったり、過去の賃金や慰謝料の支払いを命じられるリスクがあります。
その意味で、特に重い懲戒処分を実施する場合には念には念を入れて調査を実施する必要があります。
もっとも、調査は労働者のプライバシーの侵害や人格権の侵害になるおそれがありますので、それら労働者の権利にも配慮して行う必要があります。
それぞれの調査方法のポイントや注意点を押さえて、実施してください。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
懲戒処分のコンサルティング
懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。