社員が経歴詐称をしていた場合、いかなる懲戒処分ができるのでしょうか?労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
当社では,懲戒解雇事由として,「労働契約締結時に,最終学歴や職歴等,重大な経歴を偽り,会社の判断を誤らしめたものは,懲戒解雇とする」旨規定しています。
そこで,当該社員を懲戒解雇することは可能でしょうか?また,調査や処分決定のポイントについても教えてください。
ご相談のケースでは,当該社員が偽った経歴の部分について貴社は採用時に重視していなかったとのことですので,懲戒解雇事由である「重大な経歴の詐称」には該当しないと考えられます。よって,懲戒解雇をすることは難しいと言わざるを得ません。もっとも,懲戒事由の定めにより,懲戒解雇より軽い懲戒処分を行うことが可能な場合もあります。
採用時の資料などを調査して事実認定を行うこと
処分の量定は,詐称した経歴が与える影響,動機,入社後の勤務態度等を考慮して決める
- 会社による懲戒処分の対応【まとめ】
… 懲戒処分全般についてのまとめ記事
1 経歴詐称は懲戒処分の対象となる
経歴詐称とは,労働者が,採用時に,履歴書への記述や面接などを通して会社に申告する自らの学歴,職歴,犯罪歴の有無などに虚偽があった場合をいいます。
職歴や学歴、資格取得などを偽る経歴詐称は、労働者の適正配置や人事管理等に多大な支障を来す行為です。また、労働契約の基盤である信頼関係を破壊するものでもあります。
そのため、経歴詐称は、懲戒処分の対象となります。そして、懲戒処分の中でも、懲戒解雇事由として定められることが一般です。
もっとも、いかなる経歴詐称もすべて懲戒解雇相当ということではなく、経歴詐称による解雇が有効とされるためには、「重要な経歴の詐称」に該当することが必要とされます。
「重要な経歴詐称」とは何かというと、一般論としては、(1)その経歴が当該労働者の採否に決定的な影響を与えること、すなわち、真実の経歴が申告されていれば、その労働者を採用することはなかった場合であって、しかも、(2)そのような事実があれば採用しないということに社会的な相当性があること(つまり,他の会社でも採用しなかったといえる場合)が要件だとされています。
具体的には,採用面接時の着目度合い,その詐称の内容や本人の職務,入社後の状況などを踏まえて検討をすることになります。
2 懲戒処分の有効要件
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す
懲戒処分の有効要件については
3 経歴詐称による懲戒処分の量定
それでは、経歴詐称が発覚した場合、いかなる懲戒処分とするべきでしょうか。懲戒処分の量定が問題となります。
学歴詐称
例えば,高卒の学歴を「大卒」と過大に申告をして詐称していた場合,それに伴い採用時の貸金が業務等の待遇も異なることも多く,業務に影響を与えかねないといえ,懲戒処分の対象となり得ます。
また,逆に,大卒の学歴を高卒であるといわば過小申告した場合でも,懲戒処分の対象となりえます。例えば,採用時に社員の学歴や年齢構成のバランスを図るために会社が高卒者のみを採用することを明確な方針としていたような場合には,大卒であるにもかかわらず高卒と偽って採用されることは,会社の方針に明確に反することになります。その場合は懲戒解雇も許されるといえるでしょう(同旨 スーパーバッグ事件 東京地裁昭和54年3月8日判決(労判320号43頁))。
また,出身大学を詐称する場合も,かかる詐称がなければ採用されることはなかったであろうとみられる場合は,懲戒処分の対象となります。
卒業学部の詐称についても,専門性の高い業務との関係で,卒業した学部の専門性に着目した採用を行った場合には,懲戒処分の対象となります。
大卒を高卒と申告し,三社での勤務歴を秘匿していた従業員を,「経歴を詐りその他の詐術を用いて雇用された場合」との懲戒事由に該当するとして懲戒解雇した事案で,懲戒解雇を有効と判断した。
川崎製鉄所事件(神戸地判昭30.6.3)
「新制高等学校二年中退」を「新制中学校卒業」と申告した従業員を,「年令住所経歴扶養家族数等雇入れの際の調査事項を偽りその他不正の方法を用いて雇い入れられた者」との懲戒事由に該当するとして懲戒解雇した事案において,懲戒解雇を無効と判断した。
職歴詐称
職歴は,とくに中途採用の場合,採用を判断するにあたり重要な情報です。なぜなら,その労働者を採用するかどうかの決定的な動機となることに加え,採用後の業務内容や貸金設定にも大きく影響するからです。
したがって,職歴詐称は懲戒処分が認められる余地が大きいといえます。量定としては懲戒解雇・諭旨解雇が認められる余地も大いにありますが,それより軽い降格・停職処分や普通解雇による対応も考えられます。
職務に必要なJAVA言語のプログラミング能力がほとんどなかったにもかかわらず,その能力を有しているかのような職歴を経歴書に記載し,採用面接時にも同趣旨の説明をして,ソフトウェアの研究開発や製作を行う会社に採用された従業員を,経歴詐称を理由に懲戒解雇した事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
生野製作所事件(横浜地川崎支判昭59.3.30)
溶接の熟練工の雇入れを目的としていた会社に対し,労働者が面接時に職歴欄記載の企業において一貫して溶接作業に従事していた旨虚偽の事実を述べ,また,実際に従事することとなる作業の内容をみせたところ「これなら自信がある」と述べたため同会社に採用されたものの,実際には溶接の熟練工として期待された技能を著しくかけ離れた技能しか有しておらず,採用後の現実の業務に種々の支障が生じさせた労働者を諭旨解雇した事案において,諭旨解雇を有効と判断した。
北海道宅地建物取引業協会事件(札幌地判平23.12.14)
税理士登録をしていた事実を履歴書に記載しなかった労働者を,経歴詐称を理由に譜責処分をした事案において,懲戒処分を無効と判断した。
X社事件(岐阜地判平25.2.14)
採用直前の3カ月間,風俗店に勤務していたことを履歴書の職歴欄に記載しなかった労働者を懲戒解雇した事案において,軽微な経歴詐称であるとして懲戒解雇を無効と判断した。
犯罪歴
採用後に犯罪歴が発覚した場合,犯罪歴のある者の採用などはとんでもない,即時解雇をしたいと考える会社も多いものと思われます。
しかし,犯罪歴があることを隠していた場合も経歴詐称といえますが,職歴詐称のように労務提供や賃金の評価に重大な影響を及ぼすとはいえない場合も多くあります。
例えば,飲食店のコックとして採用した者が,過去に酔った上で他人に暴行してしまった前科があったとしても,そのことで採用不採用の決定,採用後の賃金等の条件,コックとしての業務等に支障が生ずるとは考えにくく,懲戒処分を行う必要性も認められないでしょう。
しかし,犯罪歴の内容によっては,他の従業員の動揺を招く可能性が十分に考えられます。たとえば,女性が多く働いている職場において,男性従業員に過去に性犯罪歴があることが判明すれば,女性従業員の業務遂行に悪影響を与えることは明らかです。このような職場では,性犯罪歴がわかっていれば採用しなかったといえるでしょう。
このように,犯罪歴詐称については,犯罪の内容や性格等によって,実際の業務や企業秩序にどの程度の影響を与えるのかを十分に吟味した上で,懲戒解雇,普通解雇等を検討することになります。
名誉棄損罪で服役をしていた事実を隠し,その期間海外において経営コンサルタント業に従事していたと虚偽の申告をしていたことが経歴詐称にあたるとして懲戒解雇した事案において,懲戒解雇を有効と判示した。
豊橋総合自動車学校事件(名古屋地判昭56.7.10)
女性教習生と不倫関係となったことや採用時より約18年前の刑罰歴(窃盗罪で懲役1年6月執行猶予3年の刑に処せられ,その後窃盗罪で懲役8月の刑に処せられ,従前の執行猶予が取り消され,各刑に服した事実)を秘匿して雇用されたことを理由に懲戒解雇をした事案において,懲戒解雇を無効と判断した。
病歴
病歴詐称による懲戒処分について,明確に論じた裁判例は今のところありません。
労働者の病歴は極めてセンシティブな情報であり,採用選考の際,その全部または一部が秘匿されていることがあります。
しかし,労働者が健康であることは,重要な採用条件といえます。人材を募集をしている業務の内容によっては,応募者の健康状態によっては採用不採用の決定や雇用条件などにも影響を及ぼすといえます。
また,会社には採用の自由及びそれに伴う調査の自由が認められており,採用時において,病歴と現在の健康状態を確認することは可能です。
よって,病歴の詐称によって,入社後の業務遂行や配置に支障をきたすような場合は,病歴詐称を理由に懲戒処分を行うことも十分可能であると考えます。
最終学歴や職歴,賞罰に加えて採用選考時に必ず確認しておきたいのが,病歴と現在の健康状態です。健康であることは,重要な採用条件であり,病気のために労働契約で約束した労務提供に支障をきたすこともありえます。そこで,企業としては,採用する前に健康診断を実施して健康状態を把握するとともに,再発の可能性がある病歴については十分に質問をしておくべきでしょう。
3.3 民間データ
業務に重大な支障を来すような経歴詐称があった場合
1位 懲戒解雇(46.5%)
2位 諭旨解雇減給(37.8%)
3位 降格・降職(18.0%)
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」
3.4 公務員データ
データなし
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正
3.5 報道データ
2018.11.26 大卒を高卒と偽り勤務 38年でバレて懲戒免職 神戸市職員
2022.4.1 虚偽学歴を記載 合格の臨時助教諭、埼玉県教委が懲戒免職
報道データ詳細は
対応方法
1 調査(事実及び証拠の確認)
経歴詐称については、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。
調査するべき事実関係
□ 詐称された経歴の内容
□ 採用の採否,雇用条件,配置等に与えた影響
□ 採用過程における重視した程度
□ 採用過程における発見の難易,詐称の計画性・悪質性
□ 採用後の勤務状況,職務内容及び評価
調査の際に収集する資料
□ 履歴書,職務経歴書,病歴報告書等採用過程で労働者から提出された資料
□ 当時の募集要項,求人票
□ 採用面接時のやりとりの記録
□ 採用決定にかかる社内決裁書類,選考過程の記録
□ 採用後の人事記録,人事考課記録
量刑・情状酌量事情
□ 詐称した動機・経緯に酌量の余地があるか
□ 詐称による業務上の支障の程度の軽重
□ 懲戒処分の事情聴取への対応・協力の誠実さ
□ 反省の態度の有無
□ 入社後の勤務態度
□ 詐称が他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較
2 懲戒処分の進め方
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
・懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
・受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
・名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
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労務専門法律相談
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詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
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また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
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継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。
経歴詐称と懲戒処分に関する参考裁判例
採用時に自己に不利益な経歴の自発的告知義務を否定した裁判例
学校法人尚美学園事件
東京地判平成24・1・27労判1047号5頁
前勤務先におけるパワー・ハラスメント等の不告知等を理由とする解雇を無効と判断している。
経歴詐称した社員への損害賠償請求を認めた裁判例
KPIソリューションズ事件
東京地判平成27・6・2労経速2257号3頁
中途採用労働者の経歴詐称を理由とする解雇につき,労働者は重要な職歴・職業能力等を詐称した結果,会社業務に混乱をもたらした等として有効と判断するとともに,会社による損害賠償請求についても,労働者が経歴詐称を前提に賃金を増額させたことから,詐欺による不法行為の成立を認めて一部認容している。
判決は,経歴詐称の解雇事由該当性について,労働者の真実告知義務を前提に,使用者が重視した経歴,詐称経歴の内容,詐称方法,詐称による企業秩序への危険の程度等を総合的に判断する必要があるとの慎重な判断方法を示しており,説得力がある。