社員が残業や休日出勤を拒否したり、逆に無許可で勝手に残業した場合、いかなる懲戒処分ができるのでしょうか?労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
懲戒処分となる前提として残業・休日出勤命令が有効である必要があること
命令に従わない場合の懲戒処分の量定
懲戒処分の進め方
1 残業・休日命令違反は懲戒処分の対象となる
会社は,労働契約に基づいて,労働者を「使用」する権限=労働者の労務提供に対し指揮命令権を有しています。そして,労働者は,使用者の指揮命令に沿って労働する義務を負っています。これが労働契約の基本です。
そして、会社に時間外・休日労働を命ずる権限がある場合、その命令に労働者が正当な理由なく従わないこと(命令違反)は,労働契約の違反となります。このような命令違反は、円滑な業務遂行に支障が生じ,会社の秩序も維持できなくなります。
よって,業務命令違反は懲戒処分の対象となります。
2 懲戒処分の有効要件
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。
懲戒処分の有効要件については
3 時間外・休日労働命令違反による懲戒処分の有効要件
では,どのような場合,時間外・休日労働の命令違反に対する懲戒処分が有効となるのでしょうか?
懲戒処分が有効となるためには,以下の要件を充足していることが必要です。
(1) 時間外・休日労働の命令権限を会社が保有していること
(2) 当該業務命令権の行使が権利濫用に該当しないこと
時間外・休日労働命令が無効であれば、社員がその業務命令に従わなかったとしても何ら問題はなく、懲戒処分の対象にもならないからです。
そして,業務命令が有効であるためには,(1)時間外・休日労働命令権限を会社が保有していること、(2)当該業務命令権の行使が権利濫用に該当しないことが要件となります。以下(1)、(2)について具体的に説明していきます。
3.1 (1)時間外・休日労働の命令権限を有していること
3.1.1 就業規則に定めがあること
まず、時間外・休日労働を命ずる権限は雇用契約をしていれば当然に求められる権限ではありません。従って、時間外・休日労働を命ずるためには、その旨就業規則や雇用契約書に根拠規定を定めておく必要があります。
実務では、就業規則には以下のような時間外・休日労働を命ずる定めをしていることが一般です。ない場合は規定しましょう。就業規則の定めがない場合は雇用契約書に定めて下さい(就業規則の定めがある場合でも雇用契約書に定めます。)。
1 業務の都合により会社は所定労働時間外、所定休日労働、深夜(午後10時から午前5時)労働をさせることがある。ただし、これは労働基準法第36条に基づく協定の範囲内において行う。
3.1.2 三六協定を締結すること
また、労働基準法では、法定の労働時間を超えて時間外・休日労働を命ずる場合は、使用者と事業場の過半数労組,それがないときは過半数代表者が書面による労使協定(36協定)を締結し,労基署に届け出た上で、その労使協定で定めるところに従って行わなければならないとされています(同法36条)。
従って、三六協定を締結し、これを所轄の労働基準監督署へ届け出を行う必要があります。
3.2 (2)業務命令が権利濫用にならないこと
3.2.1 権利濫用とは
次に、時間外・休日労働命令が権利濫用になる場合、その業務命令は無効となります。そこで、時間外・休日労働命令が権利濫用とならないことが必要となります。
では、どのような場合、権利濫用となるのでしょうか?その基準が問題となりますが、一般的には
② 目的に不当性はないか。
③ どの程度,労働者に就業上ないし生活上の不利益を与えるのか。
を検討することになります(東亜ペイント事件 最二小判昭61.7.14参照)。
3.2.2 時間外労働命令の場合
業務上の必要性や緊急性,業務に与えた影響の大きさ,労働者の拒否した事情に酌むべきものはあるかといった観点から検討をします。
たとえば,恋人とのデートや同僚との飲み会などは、時間外労働命令を拒否できる理由とはなりません。これに対し、幼い子供がいる女性従業員が、終業時間直前に時間外労働が命じられ、子供の送迎(他に頼む人いない)などを理由に拒否した,といった場合には,業務命令権の濫用となるおそれもありますし,また,それをもって懲戒処分を行うのは,相当性を欠き,懲戒権の濫用として無効となる可能性が高いといえます。
3.2.3 休日労働命令の場合
所定休日の労働は、勤務日の残業に比べて、労働者の私生活に与える負担が大きなものになります。それゆえ、上記時間外労働命令の場合に比べて、より高度な業務上の必要性が要求され、労働者への負担がないように配慮する必要があります。
たとえば、所定休日の直前に休日出勤を命ずる場合で、所定休日に私的な先約があったとします。この場合、その社員しか日曜日に当該業務に対応できる人がおらず,その日に対応しないと損害が生ずること明白といった事情がない限り,休日労働命令拒否を理由に懲戒処分することはで難しいと考えられます。
4 業務命令違反の場合の懲戒処分の量定
では、業務命令違反の場合、いかなる種類・重さの懲戒処分を行うことが社会通念上相当なのでしょうか?懲戒処分の量定が問題となります。
4.1 基本的な考え方
業務上の必要性が認められる時間外・休日労働命令に従わない場合,懲戒事由に該当しますが,その命令違反が著しい秩序違反となることは想定されず懲戒解雇とすることは一般的には困難です。
まずは,口頭または書面による注意・指導を行い,それでも改善されなければ,議責等の軽い懲戒処分を選択します。そして,その後も一向に改善がなされず業務に支障が生じているという場合には,二度目の懲戒として減給処分を行い,それでも改善しなければ,出勤停止・降格などを経て,最終的には懲戒解雇ではなく、普通解雇を検討するべきでしょう。軽微な業務命令違反が繰り返されたとしても、懲戒解雇を正当化できるほどの秩序違反とはならないことが多いからです。
処分の参考になるデータを見てみましょう。
4.2 裁判例
日立製作所武蔵工場事件(最高裁平成3.11.28判決 労判594号7頁)
事案:事業所内での政治活動等により譴責や出勤停止処分を複数回受け,また,本人の手抜き作業の結果を追完・補正するために命じた残業命令を拒否し,それに対する始末書の提示命令を拒否したことから「しばしば懲戒,訓戒を受けたにもかかわらず,なお悔悟の見込みがないとき」に該当するとして懲戒解雇した事案
判断:「残業命令を発したのは上告人のした手技作業の結果を追完・補正するためであったこと等原審の確定した一切の事実関係を併せ考えると,右の残業命令に従わなかった上告人に対し被上告人のした懲戒解雇が権利の濫用に該当するということもできない」として懲戒解雇を有効と判断した
与野市社会福祉協議会事件(浦和地判平10.10.2労判750号86頁)
事案:8回にわたって地域福祉活動計画の策定会議のための残業を命じたが1回しか出席せず、度重なる遅刻、協調性を欠く言動など多数の問題行動があったため、懲戒解雇された事
判断:残業命令拒否事実について「この点原告は十分戒められるべきであるが,他方,原告の右所為は,謹責ないし減給処分といったより軽度の懲戒処分によって是正が可能であると思われるところ,本件懲戒解雇に至るまで,原告に処し先行する慾戒処分が全くなかったことなどの状況に鑑みれば,なお右所為をもって,原告を直ちに職場から排除するのもやむを得ない事由に当たるとするのは,いささか酷であり,本件懲戒解雇を是認することはできない」として懲戒解雇を無効と判示した。
JR東海〔大阪第三車両所〕事件(大阪地判平10.3.25労判742号61頁)
事案:新型車両導入に伴う教育訓練を目的とした時間外労働命令を、子どもの世話、体調不良、疲労などを理由に拒否したため、戒告又は訓告の処分とされた
判断:労働者の拒否理由は具体性を欠き正当性がないことを認定したうえ,訓練が高度の必要性を有していたこと,大多数の対象者が訓練を受講したこと,拒否回数に応じた処分等を行うことについても相応の合理性があること等の事情を考慮して戒告の懲戒処分は有効であると判示した
4.3 民間データ
なし
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」
4.4 公務員データ
なし
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正
4.5 報道データ
なし
6 残業・休日出勤命令違反と懲戒の対応方法
6.1 調査(事実及び証拠の確認)
残業・休日出勤命令違反の事案について、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。
調査するべき事実関係
□ 業務上の指示命令に根拠があるか
□ 業務命令に従わなかったことに正当な理由の有無
□ 違反した頻度,回数,期間
□ 業務命令違反によって生じた業務上の支障の有無・程度
□ 注意指導や戒告・譴責の有無,回数
□ 注意等の後の社員の態度
□ 通常の勤務状況・成績
調査の際に収集する資料
□ 業務命令を行ったメール・SNS等のやりとり
□ 当該社員が業務命令に従わなかった理由等を記載したメール
□ 目撃者の証言
□ 注意指導を行った文書,メール
□ 懲戒処分通知書,始末書
量刑・情状酌量事情
□ 業務命令違反の具体的態様・悪質性
□ 会社の業務に与えた影響
□ 業務命令違反がなされた場所・時間帯
□ 反省の態度の有無
□ 業務命令に従わなかった経緯・理由
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較
2 懲戒処分の進め方
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
・懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
・受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
・名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
懲戒処分のコンサルティング
懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。