あおり運転をした従業員に対していかなる懲戒処分(解雇)ができるか?

  • 2022年2月14日
  • 2022年4月24日
  • 懲戒

社有車であおり運転をした従業員に対していかなる懲戒処分(解雇)ができるか?について,労働問題専門の弁護士が分かりやすく説明します。

社長
先日、業務時間中に社用車で接触事故を起こした従業員がおり、ドライブレコーダーの映像を見たところ、“あおり運転”をしていることが判明しました。ただの接触事故であれば始末書の提出で済ませますが、社会的な批判も高まっているあおり運転が原因であることから、通常よりも重い降格や出勤停止といった処分としたいのですが、問題ないでしょうか。なお、就業規則には、交通事故に関する懲戒処分について「情状に応じて、戒告、譴責、減給、出勤停止または降格とする」と明記しています。
弁護士吉村雄二郎
あおり運転の危険性・悪質性から、降格や出勤停止処分も相当な懲戒処分となり得ます。懲戒処分の量定については、① 当該社員(労働者)が勤務する会社の業種(特にバス,タクシー等の旅客運送事業を営む会社であるか否か)、② 当該社員(労働者)が運転業務に従事する者か否か、③ 運転・事故の態様,過失の程度、④ 事故後の対応(措置義務を尽くしたか)、被害者がいる場合は示談の成否、⑤ 当該運転により生じた結果の重大性(物損や人身事故となった場合は被害の程度等)、⑥ 事案がテレビ・新開等のメディアで報道されたか、⑦ 安全運転に関する教育・指導は徹底されていたか、⑧ 反省の有無や程度などを考慮して決めます。旅客運送業のドライバーの場合は、物損人損の有無を問わずに懲戒解雇・諭旨解雇も可能な場合もあります。それ以外の業種でも、重い人身事故で結果が重大(死亡・重傷)の場合は、懲戒解雇・諭旨解雇も可能です。物損にとどまった場合もで出勤停止以上が相当でしょう。
業務中の交通事故であっても懲戒処分の対象となること
あおり運転の意味・法定刑・懲戒処分の対象となること
業務中の交通事故・あおり運転の懲戒処分の量定(考え方及び各種データ)
懲戒処分の進め方
本記事は会社の業務中に交通事故のうちあおり運転を起こした場合の懲戒処分について説明しています。

1 業務中の交通事故も懲戒処分の対象となる

1.1 業務中の交通事故が懲戒処分の対象となる場合

社員(労働者)が会社の業務時間中に業務に関連して交通事故を起こした場合、下記のような刑事処分に問われることがあります。

また、社有車の損壊による損害や、交通事故の相手方より使用者責任によって民事上の損害賠償義務が会社に発生することもあります。

よって、自動車運行場の誠実義務、注意義務を尽くさなかった点、会社の信用・名誉など社会的評価を毀損した点、会社の財産を毀損した点に、企業秩序違反があることは明白であり、懲戒処分の対象となりえます

1.2 あおり運転とは

あおり運転に明確な定義はありませんが、一般に、①自動車等の運転中に車間距離を極端に詰めて進路を譲るように強要する、②ハイビーム、パッシングや幅寄せなどによって他車を威嚇したり嫌がらせをしたりする、といった悪質・危険な運転行為をいいます (参考:警視庁HP

特に、東名高速道路上で夫婦が死亡した事故が平成29年6月にマスコミで広く報じられて以降、あおり運転は度々報道されるようになり、警察も取り締まりを強化しています。

あおり運転の典型は、他車との車間距離を詰める「車間距離不保持」であるところ、「高速道路上における車間距離不保持」による検挙数は、平成29年の6139件が、平成30年には1万1793件、令和元年13,787、令和2年11,523と高止まりの状況となっています(警察庁交通局平成29年~令和2年「交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について」参照 )。

このような状況を背景に、あおり運転は社会的に強い非難の対象となるようになりました

1.3 あおり運転の法的責任

刑事責任

まず、あおり運転により人を負傷させた場合は、危険運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法2条4号。負傷させた場合は15年以下の懲役、死亡させた場合は1年以上の有期懲役に、また、負傷させない場合であっても暴行罪(刑法208条。2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)に該当することがあります。

さらに、物損を生じさせた点について、器物損壊罪(刑法261条。3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料)に該当する可能性もあります。

道路交通法

あおり運転は道路交通法違反となる可能性もあります。

具体的には、車間距離保持義務違反(26条)、進路変更禁止違反(26条の2)、急ブレーキ禁止違反(24条)等の違反となり、刑事罰の対象にもなり得ます(3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金〔119条1項1号の3、4〕、5万円以下の罰金〔120条1項2号〕など)。

民事責任

社員が業務上で運転をしている際に、あおり運転によって人的・物的損害を生じさせた場合、当該社員は不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)を負います。

また、使用者も被害者に対し使用者責任として損害賠償義務を負い(民法715条)人身事故の場合は運行供用者責任として損害賠償義務を負うこともあります(自動車損害賠償保障法3条)。

1.4 あおり運転は懲戒処分の対象となる

労働者が業務として自動車を運転する場合、道路交通法等の法律に従って運転することはもちろん、使用者に対し不利益(経済的損害、社会的信用の毀損等)を与えないよう配慮する義務も負います。

あおり運転は、上記民事・刑事にわたる重大な法的責任を生じさせ、また、社会的非難を受ける行為であり、労働契約上の債務不履行に該当するのみならず、就業規則上の服務規律に違反し、懲戒処分の対象となります

1.5 社員(労働者)が逮捕・勾留された場合

社員(労働者)が刑事犯罪を起こしたような場合は逮捕・勾留されることがあります。

逮捕勾留されると会社に出勤して労務提供が長期間なされないことになります。

この場合は,逮捕勾留中の情報収集のやり方、欠勤期間中の賃金の支払いの有無などについて別途検討する必要があります。

社員が逮捕された場合の詳しい対応は

社員が逮捕された!10分で分かる会社が知るべき7つの対応

2 懲戒処分の有効要件

懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す

懲戒処分の有効要件については

知っておきたい懲戒処分の有効要件

① 就業規則に懲戒規定明記
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
参考記事
懲戒に関する就業規則の規定例
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。 

3 業務中の交通事故の懲戒処分の量定

3.1 基本的な考え方

それでは、業務中の交通事故の場合、いかなる懲戒処分が妥当なのでしょうか?

① 当該社員(労働者)が勤務する会社の業種(特にバス,タクシー等の旅客運送事業を営む会社であるか否か)
② 当該社員(労働者)が運転業務に従事する者か否か
③ 運転・事故の態様,過失の程度

④ 事故後の対応(措置義務を尽くしたか)、被害者がいる場合は示談の成否
⑤ 当該運転により生じた結果の重大性(物損や人身事故となった場合は被害の程度等)
⑥ 事案がテレビ・新開等のメディアで報道されたか
⑦ 安全運転に関する教育・指導は徹底されていたか
⑧ ⑧反省の有無や程度

などの諸要素を総合的に考慮して懲戒処分を決定します。

ただ、基本的な考え方としては、あおり運転がそれ自体禁圧されるべき高度に危険な行為であること、故意に行われるという点極めて悪質であること、社会的に厳しい非難を受けること等に鑑み、仮に人損・物損が生じていない場合であっても、懲戒処分としては出勤停止以上の処分が相当であると考えられます。

そして、自動車運送業のように自動車の運転自体が業務である業種の場合人損や物損が生じたケースでは処分を加重すべきです。

特に、結果が人損にまで及んだ場合には、社会的非難の高まりや使用者の名誉・信用への影響、民事上の損害賠償のリスク等に鑑みれば、過去の処分歴などを加味して、 懲戒解雇・諭旨解雇とすることも可能であると考えられます 。

3.2 運転免許の停止・取消しされた場合は普通解雇も視野に入れる

業務中の交通事故により従業員が運転免許の停止・取消し処分を受けた場合、その間、自動車の運転による業務に従事できなくなります。

雇用契約上の業務が自動車の運転による業務に特定されている場合や、自動車の運転による業務以外には職務変更ができない場合は、当該従業員の都合で労務提供が不能になります。

この場合は、雇用契約上の債務不履行状態となるため、普通解雇も可能であると考えられます。例えば、業務中の交通事故により懲戒解雇や諭旨解雇にはできない場合であっても、免許の取り消しによる労務提供の不能を理由に普通解雇も可能となるのです。

3.3 裁判例データ

あおり運転と懲戒処分について、該当なし

3.4 民間データ

営業外勤者が業務中に自動車で通行人をはねて死亡させ、本人の過失が100%であった場合

1位 懲戒解雇(45.9%)
2位 諭旨解雇(32.9%)
3位 降格・降職(20.0%)

※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」

3.5 公務員データ

(1) 飲酒運転

ア 酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職とする。
イ 酒気帯び運転をした職員は、免職、停職又は減給とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職又は停職(事故後の救護を怠る等の措置義務違反をした職員は、免職)とする。
ウ 飲酒運転をした職員に対し、車両若しくは酒類を提供し、若しくは飲酒をすすめた職員又は職員の飲酒を知りながら当該職員が運転する車両に同乗した職員は、飲酒運転をした職員に対する処分量定、当該飲酒運転への関与の程度等を考慮して、免職、停職、減給又は戒告とする。

(2) 飲酒運転以外での交通事故(人身事故を伴うもの)

ア 人を死亡させ、又は重篤な傷害を負わせた職員は、免職、停職又は減給とする。この場合において措置義務違反をした職員は、免職又は停職とする。
イ 人に傷害を負わせた職員は、減給又は戒告とする。この場合において措置義務違反をした職員は、停職又は減給とする。

(3) 飲酒運転以外の交通法規違反

著しい速度超過等の悪質な交通法規違反をした職員は、停職、減給又は戒告とする。この場合において物の損壊に係る交通事故を起こして措置義務違反をした職員は、停職又は減給とする。
(注) 処分を行うに際しては、過失の程度や事故後の対応等も情状として考慮の上判断するものとする。

※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正

3.6 報道データ

2019.1.21 岩手県教委、交通死亡事故起こした教諭を処分
2019.1.25 福島市職員を懲戒処分 自転車で人身事故
2019.1.28 スピード違反で消防士懲戒処分 中津市本部
2019.2.6 物損事故を起こして逃走 仙台市教委、教諭を減給懲戒処分
「歯医者の予約」145キロ走行で減給懲戒処分 千葉の巡査
2020.12.22 あおり運転で書類送検の中学教諭 停職3ヶ月
2022.2.11 教諭2人が速度超過で減給の懲戒処分
2022.2.16 男性看護師が帰宅途中にひき逃げ、帰宅後に警察署へ連絡 停職3か月の懲戒処分
2022.2.18 無免許運転9年、学校提出書類は偽造 女性教諭を停職6か月の懲戒処分
2022.2.28 飲酒後に車運転、ひき逃げで有罪判決 神戸市職員を懲戒免職
2022.3.1 無免許運転の消防士長を懲戒免職
2022.3.1 速度超過容疑で逮捕 掛川市の主任を減給の懲戒処分
2022.3.11 教諭に戒告の懲戒処分 運転中に大回りで左折し、対向車と衝突
2022.3.23 道警警部補が自転車の男性をひき逃げ 停職の懲戒処分
2022.3.24 横断中の歩行者男性と衝突 埼玉県人事課、死亡させた県職員を停職の懲戒処分
2022.3.29 静岡の男性中学教諭 67キロ速度超過で停職の懲戒処分
2022.3.31 対向車にドアミラー接触させた職員、警察や上司へ届け出ず 減給の懲戒処分
2022.4.6 車にはねられた自転車の男性死亡 運転の埼玉県職員を減給の懲戒処分
2022.4.8 横断歩道の中学女子、市電にはねられ重傷 赤信号を見落とした運転士を停職の懲戒処分に
2022.4.10 重傷事故で男性職員を減給の懲戒処分
2022.4.13 免許失効で運転、課長補佐を減給の懲戒処分

その他、報道データの詳細は

交通事故による懲戒処分事例【報道】

※前記のとおり民間企業の場合は同様の処分量定になるとは限らない

あおり運転による懲戒処分の対応方法

1 あおり運転の場合の確認事項

まずは,以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。

調査するべき事実関係

□ 担当業務
□ 事故の態様・経緯・救護措置の有無
□ 事故車両の所有関係
□ 被害者の被害の程度
□ 被害者から会社への抗議の有無・程度
□ マスコミ報道の有無・内容
□ 逮捕・勾留されている場合、認否・罪名・身柄拘束期間
□ 免許停止・取り消しの見込み

調査の際に収集する資料

□ 新聞・ネットニュース記事
□ 刑事処分に関する裁判書

量刑・情状酌量事情

□ マスコミ報道の内容・程度
□ 被害者の被害の軽重・示談の有無
□ 会社の業務に与えた影響
□ 謝罪・反省の態度の有無
□ 同種前科の有無
□ 入社後の勤務態度
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較

2 懲戒処分の進め方

1 不祥事の発覚
内外からの通報、上司・同僚による発見、本人申告等などにより不祥事が発覚します。
2 事実調査
懲戒処分に該当する可能性のある事案が発生した場合は,懲戒処分の前提として事実の調査を行います。
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
3 処分の決定
調査により認定された事実に基づいて懲戒処分を行うか否か,行う場合の懲戒処分の種類・程度を決定します。
参考記事
・もう迷わない!分かりやすい懲戒処分の判断基準
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
4 懲戒手続
懲戒委貞会の開催、弁明の機会付与等を行います。
参考記事
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
5 懲戒処分の実施・公表
決定した懲戒処分を当該社員へ文書により通告します。
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
6 再発防止措置
懲戒処分を行っただけでは再度同じ不祥事が生ずる可能性があります。
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。

懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を

弁護士に事前に相談することの重要性

懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

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詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。

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労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。

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