転勤命令を拒否した場合にいかなる懲戒処分ができるか?について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
懲戒処分となる前提として転勤命令が有効である必要があること
転勤命令に従わない場合の懲戒処分の量定
懲戒処分の進め方
1 転勤命令違反は懲戒処分の対象となる
長期雇用を前提とする雇用契約関係においては,使用者には転勤や職種変更に関して非常に広範囲で強い権限が認められており,労働者はこれに従う義務を負います。これが労働契約の基本です。
ところが,労働者は時として使用者の転勤や職種変更命令に正当な理由なく従わない場合があります。しかし,このような転勤命令違反は,労働契約の基本を根底から覆すものであり,円滑な業務遂行に支障が生じ,会社の秩序も維持できなくなります。
よって,転勤や職種変更命令違反は懲戒処分の対象となりえます。
2 懲戒処分の有効要件
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。
懲戒処分の有効要件については
3 転勤命令違反による懲戒処分の有効要件
上記一般的有効要件のほか、転勤命令違反違反に対する懲戒処分が有効となるためには,以下の要件を充足していることが必要です。
(1)転勤命令権限を会社が保有していること
(2)転勤命令権の行使が権利濫用に該当しないこと
転勤命令が無効であれば、社員がその命令に従わなかったとしても何ら問題はなく、懲戒処分の対象にもなりません。
そして,転勤命令が有効であるためには,(1)当該転勤命令権限を会社が保有していること,(2)当該転勤命令権の行使が権利濫用に該当しないことが要件となります。以下(1)、(2)について具体的に説明していきます。
3.1 (1)転勤等の命令の権限を有していること
転勤等の命令の根拠については,労働協約,就業規則または個別の労働契約に業務上の都合により転勤を命ずることができるとの一般的な定めがあることが必要となります。例えば、以下のような規定が必要となります。勤務場所あるいは職種を限定する特約が存しないのであれば,それを認めることができると解されています。
第●条(配置転換)
会社は業務上の必要により配転を命ずることがある。従業員は正当な理由がなければこれを拒むことができない。
3.2 (2)業務命令が権利濫用にならないこと
ただし、転勤等の命令が権利濫用になる場合、その転勤等の命令は無効となります。そこで、転勤等の命令が権利濫用とならないことが必要となります。
では、どのような場合、権利濫用となるのでしょうか?その基準が問題となりますが、一般的には次の要素を検討することになります(東亜ペイント事件 最二小判昭61.7.14参照)。
① 転勤等の命令に業務上の必要性はあるか。
② 転勤等の命令の行使の目的に不当性はないか。
③ 転勤等の命令行使がどの程度,労働者に就業上ないし生活上の不利益を与えるのか。
① 業務上の必要性
業務上の必要性がない又は乏しい転勤命令は権利濫用として無効となる場合があります。
当該転勤先への異動が余人をもって替え難いといった高度の必要性に限定されず、労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化などの事情があれば、業務上の必要性は肯定されます。
② 不当な目的
不当な目的をもってなされた転勤命令は権利濫用として無効となる場合があります。
不当な目的とは、具体的には、退職に追い込む目的や労働組合員である労働者に対する嫌がらせ(不当労働行為)目的などが該当します。
東京から仙台への転勤命令を拒否した労働者が懲戒解雇された事案において,転勤命令が労働者を東京から排除し,退職に追い込む目的をもってなされたものであったとして,当該転勤命令は無効であるとし,懲戒解雇も無効と判示した。
③ 不利益
転勤によって労働者に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を与える場合は権利濫用として無効となる場合があります。
幼児を保育園に預けている共働きの女性従業員に対し目黒から八王子市への異動を命じたところ,それに従わなかったため,出勤停止処分とし,それでもなお従わなかったので,懲戒解雇した事案において,通勤時間の増大およびそれに伴う保育園送迎への支障は,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益にはあたらないとして,懲戒解雇は有効であると判示した。
4 転勤命令違反の場合の懲戒処分の量定
では、業務命令違反の場合、いかなる種類・重さの懲戒処分を行うことが社会通念上相当なのでしょうか?懲戒処分の量定が問題となります。
4.1 基本的な考え方
転勤命令又は職種変更命令が正当である限り,同命令を拒否した場合の懲戒は,懲戒解雇を選択することが可能です。
長期雇用を前提とする雇用契約においては、転勤や職種変更命令は雇用契約の基本的要素となりますので、これを拒否することを許容することは企業の円滑な運営を大きく妨げることになるからです。
しかし,転勤命令あるいは職種変更命令を拒否したからといって,すぐに懲戒解雇処分とするのではなく,必要かつ相当な説得を行い,それでも転勤に応じない場合は懲戒解雇を行うことは可能です。
ただし,懲戒解雇を行った場合であっても退職金を不支給とすることは一般的には難しいといえます。
そこで,紛争リスク回避の観点から普通解雇を選択することも一案です。
4.2 裁判例
神戸営業所から名古屋営業所への転勤拒否を理由とする懲戒解雇の効力が争われた事案で、裁判所は業務上の必要性は優に存し、転勤が労働者に与える家庭生活上の不利益も「転勤に伴い通常甘受すべき程度のもの」であるとの判断から転勤命令の権利濫用の成立を否定し、懲戒解雇を無効と判断した原審を差し戻した。
横浜ゴム事件(津地判昭43.1.31労判57-17)
配置転換拒否を理由とする懲戒解雇が争われた事案で、裁判所は、会社の危急存亡に関する重大な時期に正当の事由なく企業再建のための配置転換を拒否し、これにより配置転換計画に齟齬をきたし、業務運営を阻害したもので、従業員賞罰規則にいう「重大な損害」を与えたときに該当するとして、懲戒解雇を有効と判断した。
メレスグリオ事件(東京高判平12.11.29労判799-17)
退職勧奨を拒否した後、東京都渋谷区の営業本部から埼玉県比企郡の本社・玉川工場への配転を命じられたが、通勤時間が従来の2倍になる等の理由で拒否した独身女性労働者に対してなされた懲戒解雇が争われた事案で、裁判所は、本件配転命令はXの職務内容に変更を生じるものでなく、通勤所要時間が約2倍となる等の不利益をもたらすものの、権利濫用と評すべきものでないが、配転の利害得失についてXが判断するのに必要な情報を提供することなくしてされた本件配転命令に従わなかったことを理由とする懲戒解雇は、性急に過ぎ、生活の糧を職場に依存しながらも、職場を離れればそれぞれ尊重されるべき私的な生活を営む労働者が配転により受ける影響等に対する配慮を著しく欠くもので、権利の濫用として懲戒解雇を無効と判断した。
4.3 民間データ
なし
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」
4.4 公務員データ
なし
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2018年9月7日改正
4.5 報道データ
なし
5 転勤命令違反と懲戒の進め方
1 調査(事実及び証拠の確認)
転勤命令違反の場合、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。
調査するべき事実関係
□ 就業規則に転勤に関する規定があるか
□ 就業規則に懲戒処分の規定があるか
□ 転勤命令に従わない理由の有無
□ 転勤命令拒否によって生ずる業務上の支障の有無・程度
□ 通常の勤務状況・成績
調査の際に収集する資料
□ 就業規則
□ 転勤命令辞令
□ 転勤命令に関して労働者とのやりとり(録音、メール・SNS等)
□ 当該社員が転勤を拒否する理由等を記載した文書、メール
□ 転勤に応ずるよう説得する文書,メール
□ 懲戒処分通知書,始末書
量刑・情状酌量事情
□ 転勤命令に応じられない理由
□ 会社の業務に与えた影響
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較
2 懲戒処分の進め方
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
・懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
・受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
・名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
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リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
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サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
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これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
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また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。