無効な解雇で敗訴した場合、会社が支払う賠償額【ベスト3】

  • 2022年5月19日
  • 2022年5月22日
  • 解雇

無効な解雇で敗訴した場合、会社が支払う賠償額、賃金(バックペイ)、退職に代わる解決金、慰謝料額について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

 
社長
当社には、遅刻・無断欠勤は繰り返す、外回りの営業にかこつけて喫茶店でサボっている、営業成績も最低という問題社員Aがおります。解雇したいと考えています。もっとも、解雇には厳しい法律上の規制がなされていて、解雇をした後に従業員が裁判で争うことも珍しくないと聞きました。万が一、裁判で解雇が無効となり会社が敗訴した場合、会社はどのくらいの金額の賠償額を負担しなければならないのでしょうか?やはり慰謝料は高いのでしょうか?
 
弁護士吉村雄二郎
解雇が無効となった場合、一番高額になるのが解雇後の賃金です。解雇以降、勤務をしていなくとも所定の賃金は発生し続けることになります。およそ1年~2年分の賃金相当額が発生することも珍しくありません。2番目は退職に代わる解決金です。解雇が無効となっても、その問題社員には戻って来て欲しくない、辞めて貰いたいということも多いです。その場合、解雇が無効である以上、退職に代わる解決金を支払わざるをえません。その金額は1~2年分の賃金相当額になることもあります。最後の慰謝料ですが、余程酷い解雇をしない限り発生しないか、発生しても50万~100万円程度になります。賃金や解決金に比べれば、そこまで高くはありません。敗訴した場合の金銭的負担を考え、余程明確に解雇が有効になる場合以外は、合意して退職してもらうことをお勧めします。
解雇が無効になった場合の賃金(バックペイ)
退職に代わる解決金の相場・考え方
解雇を原因とする慰謝料

第1位 賃金(バックペイ)

解雇が無効になった場合に会社が負担する金銭的負担の第1位は、解雇後の賃金(バックペイ)です。

「慰謝料」「損害賠償」が1位とお考えの経営者も多いですが、実際には、最も金額がかさむのは解雇後の賃金なのです。

どういうことか具体的に説明しましょう。

 

例えば、月給30万円の労働者Aを解雇をした事例について見ていきましょう。

  1. ある労働者の勤務態度に問題があったので,会社は2022年4月1日付で労働者を解雇したとします。
  2. その労働者は解雇に納得がいかずに,弁護士に依頼の上,解雇の3ヶ月後である2022年7月1日に解雇を争う訴訟を提起しました。
  3. 解雇を争う訴訟は一般的には1年2ヶ月程度はかかりますので,この事例でも判決は14ヶ月後である2023年9月1日になされました。第一審裁判所の判決結果は,解雇を無効とする会社側敗訴判決でした。第一審判決に納得がいかない当事者は,第一審判決に対して控訴を申し立てることができます。この事例でも会社の経営者は控訴を申し立てました。
  4. 控訴審(第二審)の判決までは,概ね6ヶ月程度の期間がかかりますので,この事案でも第2審判決が第一審判決の半年後である2024年3月1日になされました。残念ながら第二審も会社側敗訴判決となりました。第三審(最高裁判所への上告審)は認められる可能性が低いので諦め,第二審判決が確定したとします。

解雇が無効と判定された場合,

解雇後も従前と同様の雇用条件で労働契約が継続することになります。つまり,雇用契約が継続しているものの,会社が解雇をしたので,労働者が出勤できない状態が続いていたことになります。

解雇期間中の賃金については,労働者は勤務をしないとしても,それは会社が無効な解雇により出勤を拒んでいたことが原因ですので,解雇されなければ得られるはずの賃金は発生していたことになります(民法536条2項)。

この解雇期間中に支払われなかった賃金で,解雇時点に遡って支払うべき賃金は,「バックペイ」(back pay : 遡求的給与)と呼ばれています。

解雇が無効と判定された場合は,このバックペイを支払う必要があります。

上記の具体例ですと,解雇をした2022年4月から解雇無効の判決が確定する2024年3月までの23ヶ月分の賃金合計690万円を支払う必要があります。

正確には利息(年3%)がつきますので、23ヶ月後にまとめてはらうことを前提にすると約20万円の利息が発生しますので、こちらもあわせて支払う必要があります。

支払わない場合は判決に基づいて強制執行(売掛金・預金・不動産の差押え)されますので,支払に応じざるを得ません。

 
社長
どひゃ~。大体賃金2年分を遡って払わないといけないのですね。裁判が長引けば長引くほど自動的に賃金の支払い義務が積み重なるということですね。これは大きな金額ですね。

第2位 退職に代わる解決金・和解金・退職金

2024年3月に第二審を敗訴し、解雇無効を前提とする判決が確定した場合、解雇後も解雇前と同様の雇用契約関係が続いていることが確認されます。

そうなると、職場復帰をさせるのか否かが問題となります。

使用者が判決を受け入れて、当該労働者を復職させる場合、復職後は従前どおりの賃金を支払う必要があります。つまり職場に戻した上で、月給30万円の支払いをしていく必要があります。

しかし、解雇無効の判決が出されても、いったん解雇した労働者の復職を受け入れ難いという使用者も多いのが実情です。

その場合は、労働者と退職を前提とした和解をせざるを得ません。つまり、解雇はできないので、カネを払って辞めてもらわなければならないのです。

この場合、交渉カードは基本的には労働者が持っています。解決金・和解金は、退職に見合う経済的代償として、年収の1~2年分を要求される場合もあります。どうしても労働者に辞めてもらいたい場合は、この要求に応じざるを得ません。

上記具体例では、年収360万円ですので、360万円~1080万円が解決金・和解金となります。

もちろん、新たに解雇の理由となる出来事があった場合は、それを理由に解雇はできますが、ご存じのとおり解雇が有効になるハードルは高いので容易ではありません。

 
社長
うわ~、辞めてもらうためには、年収の1~2年分の賃金相当額の解決金を積まないといけないのですね。復職させた場合の社内の混乱や当該社員の定年まで賃金を払い続けることとの比較になりますが、厳しい判断を迫られますね。

第3位 慰謝料

最後に不当解雇による慰謝料です。

解雇された労働者が、解雇無効を主張して裁判を起こした場合、地位確認やバックペイの請求のほか、慰謝料を請求する事例は多くあります。

解雇が無効になったからといって直ちに慰謝料の支払いが命じられる訳ではありませんが、解雇の態様が悪質な場合は、慰謝料が認められる場合があります。

慰謝料の金額としては、バックペイのほかに50万円~100万円の範囲で判決で命じられる場合が多いです。

 
社長
ぐぬぬ、慰謝料はバックペイや退職に変わる解決金に比べれば大きな金額ではないにしても、50万円~100万円もバックペイに上乗せされるとは恐ろしいですね。

解雇が無効となった場合の費用合計

以上から、解雇をした後、裁判に発展し、第二審(控訴審)まで争った末に会社が敗訴し、従業員を退職させる場合には、以下のような最低でもコストがかかります。

実際には、これだけではなく、賃金の遅延利息、弁護士費用(数百万)が上乗せされますので、月給30万円の従業員の場合、トータルで1500万円くらいはコストがかかると思って間違いありません

また、紛争に対応するためには、事実関係を確認するための事情聴取や証拠の収集、関係者による法廷での証言などの人的負担も必要となります。

 
社長
どひゃ~、1500万円!!とんでもない金額ですね。しかも、訴訟に協力するための会社側のマンパワーもあります。本業とは別に裁判手続の協力のために多大な労力がかかっており、こちらも軽視できないですね。むしろ会社側としてはマンパワーを注いだ上に敗訴して徒労に終わるという方がダメージがでかいかもしれませんね。
 
弁護士吉村雄二郎
そうですね。解雇が無効となった場合の会社側のリスクは極めて高いことがお分かりいただけたかと思います。会社側としては、解雇にまつわるこのようなリスクを最小化することが重要となってきます。そのためには、予防と準備が重要です。

解雇紛争の予防・準備

解雇の有効要件充足のための準備

これまで述べてきたとおり、解雇を有効に行うためには、解雇権濫用法理における、①客観的に合理的な理由および②社会通念上の相当性という要件を満たす事実関係があることの確認が必要となります。

また、その事実について使用者には立証責任があることを踏まえ、文書等の客観的な証拠を必要十分にそろえることが重要となります。

合意退職の検討

ただし、解雇権濫用法理における①②の要件は抽象的であり、使用者にて文書等の証拠をそろえて解雇が有効であると判断したとしても、最終的には裁判官が自由な心証により事実認定および評価を行うという点で、見通しを立てることが容易ではなく、主張立証責任を負う使用者にはリスクが残ります。

そして、法的紛争に至り解雇が無効となった場合、前記のとおり使用者の負担は重い。

そこで、普通解雇の要件がそろうと判断される場合であっても、労働者に有利な条件(退職時期の調整、労働義務を免除しての再就職活動の許容、使用者の経費負担による再就職支援サービスの提供、上乗せ退職金や解決金の支払い等)を提示するなどして、退職の合意をすることも検討するべきでしょう。

退職合意は、解雇の前に退職勧奨を行ってなされることが多いが、解雇後に労働者が異議を唱えた後、交渉によって合意を成立させることもあり、合意は文書を作成してなされるのが通常です。

実際にも、早期解決および法的リスク回避の観点から、実務的に取られることが多い解決方法です。

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