められ社会通念上相当として是認」できる場合に限られます。具体的には、① 新卒が予定どおり学校を卒業できずに留年してしまった場合、②中途採用で必要な資格が取得できない場合、③病気で就労できない場合、④経歴詐称が発覚した場合、⑤内定者研修へ参加しなかった場合、⑥会社が経営難に陥った場合などが理由として挙げられます。
採用内定取消が認められるのは,「採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できない」事実が後に判明し,しかも,それにより採用内定を取り消すことが「客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる」場合に限られる。
1 採用内定とは
1.1 定義
採用内定とは、採用内定通知のほかに雇用契約の締結のための特段の意思表示をすることが予定されていない場合には、採用内
定によって「始期付き解約権留保付きの労働契約」の成立させることをいいます。
この段階では労働契約は条件付きながら成立すると解されています。
我が国の企業が新規大学卒業者を正社員として採用する場合,一般的には以下のようなプロセスを経るのが通常です。
① 企業による労働者の募集 … 労働契約申込の誘因
② エントリーシート・履歴書提出 … 労働契約締結の申込
③ 採用試験・面接
④ 採用内々定
⑤ 採用内定通知(10月1日)… 労働契約締結の承諾(労働契約の成立)
⑥ 入社承諾書や入社誓約書の提出
⑦ レポートの提出・研修
⑧ 正式入社(翌年4月1日)
企業が新規学卒者の採用をする場合,企業による募集,労働者による応募,企業が面接や採用試験を実施し,それによって採用を決定し,採用内定を通知し,それに対し労働者より誓約書,身元保証書などの必要書類を提出し,企業によっては健康診断を実施するなどの過程を経て,入社日に入社式や辞令交付をするというプロセスを経るのが通常です。
1.2 法的性質
ではこのようなプロセスの中で,いつ,どのような労働契約が締結されているのでしょうか。
裁判例では,以下のように確立されていきました。
すなわち,企業による募集は「労働契約申し込みの誘引」であり,それに対する応募(エントリーシートの送付,必要書類の送付等),または採用試験の受験は労働者による「契約の申し込み」です。
そして,ポイント 採用内定(決定)通知の発信は,使用者による「契約の承諾」であり,これによって「労働契約」が成立します。
ただし,内定通知の段階では,申込者も学生であり,実際に会社で勤務することはありませんので,通常の労働契約とは異なります。4月1日から勤務開始となるというような「始期」が付いており,また,単位が取得できずに卒業できなかった場合は解消されるといった「解約権」も付いています。
ですので,内定通知が出た段階で成立する労働契約は,「始期付解約権留保付労働契約」であると言われています(漢字が続くので難しそうですが,実際には上記のとおり常識的なものなのです。)。。
1.3 内定取消が認められるのは限定的な場合のみ
上記のとおり解約権を留保していれば,自由に解約権を行使して内定取消ができるものではありません。採用内定取消事由については,通常は採用内定通知書や誓約書等に記載されていますが,記載されている事項に該当すれば常に内定取消事由になるものではありません。
ポイント 採用内定取消が認められるのは,「採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できない」事実が後に判明し,しかも,それにより採用内定を取り消すことが「客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる」場合に限られるのです。
他方で,内定取消事由として明示されていなかった事由についても,上記裁判例の要件に該当する場合は内定取消が可能とされています。
結局は,記載されていた内定取消事由に拘らず,上記判例の合理的理由,社会的相当性という要件をクリアするかが問題となると言えます。
そして,この要件は,解雇権濫用法理の合理性判断と共通する部分が多く,「解約権留保」という法律構成を裁判所が取ることに意味はあまりないとも言えます。
参考記事
2 具体的な内定取消し理由 6選
① 新卒が予定どおり学校を卒業できずに留年してしまった場合
採用内定取消しが有効と認められる典型例であり、認められます。
② 中途採用で必要な資格が取得できない場合
例えば、バス会社にバスによる運送業務を行うために中途採用された社員が、入社日までにバスを運転する免許を取得できない又は免許を取り消された場合には、採用内定の前提を欠きますので、内定取消しができます。
③ 病気で就労できない場合
採用内定者が病気になり、入社日から就労できない場合は、基本的には有効に内定取消しをすることが出来ます。
ただし、以下の点に注意して下さい。
新卒で入社日から数ヶ月程度で就労できる場合は要注意
新卒社員の場合、身体的なケガや病気で,医師の診断書などに基づき数カ月程度で就労できる見込みがある場合は、内定取消しが無効となりリスクがあります。
新卒社員の場合、中途採用の場合と異なり,これから数年かけて育成していくことを前提にしています。業務への影響は小さいといえますし,新卒一括採用者はこの期を逃すと新卒一括採用者としての就職ができず,その将来に大きく影響するからです。
これに対して、中途採用の場合は、即戦力として採用されていますので、入社日の時点で病気で仕事ができない場合は内定取消しが有効となる可能性が高いです。
フルタイム勤務・残業休日出勤・配置転換ができなければ内定取消し
新卒社員で、入社時点で病気であっても、時短勤務や残業なし・配置転換なしであれば勤務出来るので入社させて欲しいと主張する者もいます。
しかし、正社員は,フルタイム勤務、残業や出張はもちろん,様々な職種への配転,転勤なども想定されています。従って、1日に4~5時間しか就労できない,出張や転勤も難しいという状況の場合は、労働契約に基づく労務提供が十分にできませんので、す採用内定を取り消すことができます。
中途採用の場合は、即戦力としての勤務が前提となっていますので、完全な勤務ができない以上、採用内定取消しは有効となります。
参考記事
④ 経歴詐称が発覚した場合
経歴詐称が発覚した場合、内定取消し事由に該当します。
もっとも、履歴書等に虚偽記載があったことのみで,採用内定の取消しができるわけではありません。
その内容・程度が重大なものである場合に限り、有効に採用内定取消しをできます。
虚偽記載の内容によって,今後の労務提供に問題がある,信頼関係を維持できないなど,重大な事由でなければ採用内定を取り消すことはできません。
裁判例では、在日コリアンの採用内定者が氏名・国籍を秘匿して日本名や出生地を記載したため採用内定を取り消された事案に関し、解約権行使を適法化するほどの不信義性はないとして、採用内定取消しを違法と判断した事例があります(日立製作所事件・横浜地判昭和49・6・19労民集25巻3号277頁)。
参考記事
⑤ 内定者研修へ参加しなかった場合
内定者については、入社前に研修が実施されることがあります。ただ、このような研修への参加は、あくまで労働者の任意に委ねられるべきであり、研修に参加しないことを理由として内定を取り消すことは許されません。
裁判例には、新卒採用が内定した大学院生が入社前研修への参加を断ったところ、実質的な内定取消しがなされた事案について、「使用者が、内定者に対し、本来は入社後に業務として行われるべき研修を(入社日前に)業務命令として命ずる根拠はな」く、入社前研修は、「内定者の任意に基づいて実施されるもの」であり、「使用者は、内定者の学業を阻害してはならない」として、内定取消しを違法としたものがあります(宣伝会議事件・東京地判平成17.1.28労判890)。
⑥ 会社が経営難に陥った場合
採用内定後の経営悪化や定員超過など会社側の理由による採用内定取消しについては、整理解雇法理に準じて厳しくチェックされることになります。
基本的には,正社員と同じレベルの人員削減(内定取消し)の必要性,内定取消しの回避に向けての相当な努力が必要となります。例えば、入社日の繰り下げ、休業手当の支給などです。加えて,和解・示談による取消しに向けての努力も必要となります。その際,一定の解決金を提示することも重要な判断要素となります。
人選の合理性については,正社員より先に,採用内定者の内定を取り消すことに合理性が認められます。もっとも,採用内定者も正社員と同様ですので、パートや有期契約労働者などの非正規社員を雇用している場合には,非正規社員を内定者より優先的に雇用解消することが認められます(日本電子事件=東京地八王子支決平5.10.25労判640-55)。
3 内定取消しの進め方
内定取消しは以下のような流れで、準備し、実行します。
詳細は、以下の記事をご参照ください。
参考記事
内定取消しについては労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
内定取消しについては、労働者の雇用契約上の地位を失わせるという性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
判断を誤った場合や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より地位確認・未払賃金請求等の訴訟を起こされるリスクがあります。会社に不備があった場合、復職や過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
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このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として内定取消しに関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
コンサルティング
会社は限られた時間の中で内定取消しを適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
コンサルティングにより、内定取消しの準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、内定取消しに至るまでの内定取消し事由への該当性判定や裏付け証拠の収集などのサポートを受けることができます。
これにより企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応、労働時間制度や賃金制度についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した内定取消し問題についても、準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、内定取消し通知書や労働者との交渉文書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は、採用内々定の取り消しの理由についてご紹介しました。
採用内定の法律関係を適切にご理解いただければ、トラブルを回避することができます。
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参考裁判例
内定取消しが無効と判断された事例
大日本印刷事件事件
最高裁判所第2小法廷判決昭和54年7月20日 労判323号 19頁
(事案の概要)
Xは昭和四〇年四月一八日滋賀大学経済学部に入学し、同四四年三月一八日同大学同学部を卒業した。Yは、総合印刷を業とする株式会社である。滋賀大卒業を翌年にひかえた昭和43年7月Yの労働条件の大要を了知の上採用試験を受け、採用内定通知を得、折返し「自己都合による入社取消をせず、明年3月入社する。経歴詐称、共産主義運動関与、卒業不能、健康悪化、その他勤務不適当等の事由があればYから内定を取消しても異議はない。」と記載した誓約書を送付し、その後Yから送られた被告の近況報告等のパンフレットをよみ、Yに近次報告を送つたりしたが、昭和44年2月被告から突如内定の取消通知を受けた。Xは、受験が労働契約の申込み、内定通知が承諾であつて、内定取消は解雇であり、その理由はXの思想信条を理由とするから無効であるとして地位確認、賃金、慰藉料の支払いを求めた。
(裁判所の判断)
1 採用内定の法的性質
まず,採用内定の法的性質について,「本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたことを考慮するとき、上告人(筆者注:Y)からの募集(申込みの誘引)に対し、被上告人(筆者注:X)が応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する上告人からの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であつて、被上告人の本件誓約書の提出とあいまつて、これにより、被上告人と上告人との間に、被上告人の就労の始期を昭和四四年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の五項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解する」として,始期付解約権留保付労働契約であると判示した。
2 採用内定の取り消し事由
次に,採用内定の取り消し事由については,「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。」と判示した。その上で,「本件採用内定取消事由の中心をなすものは「被上告人はグルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかつた。」というのであるが、グルーミーな印象であることは当初からわかつていたことであるから、上告人としてはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す材料が出なかつたので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべきであり、右のような事由をもつて、本件誓約書の確認事項二、「5」所定の解約事由にあたるとすることはできない」と判示した。
3 認められた請求
(1) 過去の未払賃金,判決確定までの賃金
(2) 慰謝料 100万円
(3) 弁護士費用 50万円
インフォミックス(採用内定取消)事件
東京地方裁判所決定 平成9年10月31日 労判726号 37号
(事案の概要)
Xは、N工業大学大学院を修了後、訴外A社に勤務していたが、平成八年一二月中旬頃、A社の元同僚であったY社のBから、Y社がマネージャーを探しているので是非話を聞いて欲しいと持ちかけられた。Xは、BのほかY社役員や人事部長らと数回面接をした結果、是非入社してほしいと強く勧誘され、また,自分のキャリアアップを図ることができることなどからY社に入社することを決意し、Y社が提示した採用条件事項(コンサルティンググループのマネージャーとしての採用等)を確認の上、正当な理由がない限り入社を拒否しない旨の入社承諾書を提出した。ところが入社の約二週間前になって、Y社はXに、業績不振により経費削減、事業計画の見直しが進行しており、その結果、Xの配属を予定していたコンサルティンググループ部門自体が存続しなくなった。そこで、(1)Xの新たな職務をシステムエンジニア(SE=マネージャー待遇)としたい旨の職種の変更を申し入れ、それが無理であれば、(2)基本給の三カ月分の補償による入社辞退、または(3)再就職を図るために入社はするが、試用期間(三カ月)経過後に辞める、のいずれかを選択してほしいと申し入れた。これに対してXは、当初の約束どおりマネージャーとして雇用してほしいこと、再就職のため三カ月だけ籍を置くことは認められない、訴外A社も辞めたので全力を尽くしてY社で働きたいと申し入れたが、Y社は社内事情の変化などを理由に、本件採用内定を取り消す旨の意思表示をした。そこで,Xが、Y社の採用内定取消の無効を主張して、地位保全及び賃金の仮払いを申し立てたものである。
(裁判所の判断)
1 内定取消事由について
「始期付解約留保権付労働契約における留保解約権の行使(採用内定取消)は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である(最高裁昭和五四年七月二〇日第二小法廷判決・民集三三巻五号五八二頁参照。)。そして、採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。」として,整理解雇の4要素に沿って判断する旨判示した。
2 あてはめ
「債務者(筆者注:Y 以下同様)は、経営悪化による人員削減の必要性が高く、そのために従業員に対して希望退職等を募る一方、債権者(筆者注:X 以下同様)を含む採用内定者に対しては入社の辞退勧告とそれに伴う相応の補償を申し入れ、債権者には入社を前提に職種変更の打診をしたなど、債権者に対して本件採用内定の取消回避のために相当の努力を尽くしていることが認められ、その意味において、本件内定取消は客観的に合理的な理由があるということができる。しかしながら、債務者がとった本件内定取消前後の対応には誠実性に欠けるところがあり、債権者の本件採用内定に至る経緯や本件内定取消によって債権者が著しい不利益を被っていることを考慮すれば、本件内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできないというべきである。」と判示し,④手続の妥当性が欠けると判断した。
内定取消しが有効と判断された事例
電電公社近畿電通局事件
最高裁昭和55年5月30日 労判342号 16頁
(事案の概要)
Xは、昭和44年9月、Y公社の社員募集試験を受け、第一・二次試験とも合格し、同年11月、Y公社から(1)昭和45年4月1日付で採用する、(2)大阪北地区管理部に仮配置する、(3)採用職種は機械職見習社員とする、(4)入社前に再度健康診断を行ない異常があれば採用を取り消すことがあるとの採用通知を受け、その後、Y公社の指示どおり入社懇談会に出席し、再度健康診断を受けたところ、昭和45年3月20日、Y公社から理由を明らかにされないまま採用取消の通告を受けた。そこで、Xは、Y公社との間に右採用通知を受けたことにより入社前に再び健康診断を受け異常があつた場合を解除条件として、同年4月1日を始期とする労働契約が成立したところ、健康診断を受け異常がなかつたから解除条件は不成就となつたもので、右採用取消は、契約の解除であつて職員の免職条件を定めた同公社法31条に反し無効である、かりに、右採用取消がY公社主張のとおりXが反戦団体に加入していることを理由とするものであれば、結社の自由を侵すもので無効であるとして、右採用取消の効力停止と金員支払いの仮処分を申請した。
(裁判所の判断)
1 労働契約の成立
被上告人(筆者注:Y 以下同様)から上告人(筆者注:X 以下同様)に交付された本件採用通知には、採用の日、配置先、採用職種及び身分を具体的に明示しており、右採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたと解することができるから、上告人が被上告人からの社員公募に応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する被上告人からの右採用通知は、右申込みに対する承諾であつて、これにより、上告人と被上告人との間に、いわゆる採用内定の一態様として、労働契約の効力発生の始期を右採用通知に明示された昭和四五年四月一日とする労働契約が成立したと解するのが相当である。
2 採用内定取消事由について
右労働契約においては、上告人が再度の健康診断で異常があつた場合又は誓約書等を所定の期日までに提出しない場合には採用を取り消しうるものとしているが、被上告人による解約権の留保は右の場合に限られるものではなく、被上告人において採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合をも含むと解するのが相当であり、本件採用取消の通知は、右解約権に基づく解約申入れとみるべきである。したがつて、採用内定を取り消すについては、労働契約が効力を発生した後に適用されるべき日本電信電話公社法三一条、日本電信電話公社職員就業規則五五条、日本電信電話公社準職員就業規則五八条の規定が適用されるものでないことも明らかである。
3 本件へのあてはめ
被上告人において本件採用の取消をしたのは、上告人が反戦青年委員会に所属し、その指導的地位にある者の行動として、大阪市公安条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが判明したためであつて、被上告人において右のような違法行為を積極的に敢行した上告人を見習社員として雇用することは相当でなく、被上告人が上告人を見習社員としての適格性を欠くと判断し、本件採用の取消をしたことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから、解約権の行使は有効と解すべきである。