本記事では、基本給について、同一労働同一賃金で不合理な待遇差と言われないためのポイントや企業側の実務対応について説明します。
基本給とは
基本給は,毎月支払われる月例賃金の中で所定内賃金として諸手当を除き,主たる賃金として支払われるものをいいます。
基本給は,時間給,日給,月給,年俸等の時間を単位として決定される定額給や出来高に応じて決定される出来高給(歩合給)があります。
そして,定額給である基本給は職務遂行能力,経験職務内容,業績成果,年齢,勤続年数などの要素,それらの要素を併用するなどして金額が決められています。
具体的には、職業能力・経験に応じた職能給、業績・成果に応じた成果給、勤続年数に応じた勤続給、職務や役割に応じた職務給・役割給など基本給の性質があります。
基本給が不合理な待遇差であるか否かのポイント(まとめ)
まずは、基本給の賃金の決定基準・ルールについて分析し,通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との賃金の決定基準・ルールに相違がある場合か否かを確認します。例えば、通常の労働者は能力・経験給を主とした月給制であるが,短時間労働者は職務給を主とした時給制である場合など、賃金の決定基準・ルールに相違があるか否かを確認します。
賃金の決定基準・ルールに相違がある場合
我が国では、正社員は長期雇用を前提とした職能給や勤続給などの賃金(月給制)の決定基準・ルールを設けている場合が多くみられます。これに対し、短期雇用を前提とする短時間・有期雇用労働者には職務の内容に応じた職務給(時給制)を設けるなどの別途の賃金の決定基準・ルールを設けている場合が実務上多くみられます。この場合が殆どではないでしょうか。
そして, このような相違の不合理性の判断について,賃金の制度設計に関しては,基本的には使用者の経営及び人事施策上の裁量判断が尊重されます。
また,基本給は,毎月支払われる月例賃金の中で主たる賃金として支払われるものであって, そもそも職務の内容や人材活用の仕組, その他の事情を総合考慮して,金額の設定をしている場合が多いと考えられます。かかる金額の設定についても,基本的には使用者の経営及び人事施策上の裁量判断が尊重されます。
賃金の決定基準・ルールの相違の理由について、長期雇用のインセンティブ・中核的な人材を確保・教育・育成・定着することであれば、①職務の内容,②職務の内容及び配置の変更の範囲(人材活用の仕組、運用など),③その他の事情を広く考慮することができ,①~③に応じた相違は,使用者の経営及び人事施策上の裁量判断が尊重され,原則として許容される(不合理とは言い難い)と考えられています。
これまでの多くの下級審判決においては,基本給, 賞与,退職金を中心に, 「長期雇用を前提とした有為な人材の確保やその定着を図る目的(の合理性)」「長期的な勤務への動機づけ」「長期雇用のインセンテイブ」等の表現で日本の雇用慣行に言及しながら, 上記給付の相違は不合理とはいえないと判示してきました。
学説(水町勇一郎教授)は, これを「有為人材確保論」と呼び、そのような使用者側の主観的・抽象的な認識・説明では不十分と非難するものもありました。
しかし、大阪医科薬科大学事件及びメトロコマース事件の最高裁判決では,基本給との関連を指摘しつつ,賞与・退職金の支給目的は「正職員・正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的」にあることを明らかにして,かかる相違が不合理ではないと明確に判断しました。
「正職員・正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的」を反映した基本給・賞与・退職金に関する賃金決定基準・ルールの相違は、広く認められる傾向にあるといっていよいでしょう。
賃金の決定基準・ルールが同一である場合
ガイドラインの記述が参考になります。
ガイドラインでは,通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定基準.ルールが同一の場合を前提とした記載としています。もっとも、上記のように, 実際には.通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で賃金の決定基準、ルールが異なる場合の方が多く,実務上はあまり参考とならないと思われます。
基本給の待遇差に関する同一労働同一賃金ガイドライン
ガイドラインの基本的な考え方
ガイドラインは、基本給であって、労働者の①能力または経験に応じて支給するもの、②業績または成果に応じて支給するもの、③勤続年数に応じて支給するものそれぞれに関して、以下のとおり基本的な考え方を示しています。
※通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に賃金の決定基準・ルールが同一であることを前提としています
(1)基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するもの(能力・経験給)
基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の能力又は経験を有する短時間・有期雇用労働者には、能力又は経験に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、能力又は経験に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。
問題とならない例
イ 基本給について、労働者の能力又は経験に応じて支給しているA社において、ある能力の向上のための特殊なキャリアコースを設定している。通常の労働者であるXは、このキャリアコースを選択し、その結果としてその能力を習得した。短時間労働者であるYは、その能力を習得していない。A社は、その能力に応じた基本給をXには支給し、Yには支給していない。
ロ A社においては、定期的に職務の内容及び勤務地の変更がある通常の労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務の内容及び配置に変更のない短時間労働者であるYの助言を受けながら、Yと同様の定型的な業務に従事している。A社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における能力又は経験に応じることなく、Yに比べ基本給を高く支給している。
ハ A社においては、同一の職場で同一の業務に従事している有期雇用労働者であるXとYのうち、能力又は経験が一定の水準を満たしたYを定期的に職務の内容及び勤務地に変更がある通常の労働者として登用し、その後、職務の内容や勤務地に変更があることを理由に、Xに比べ基本給を高く支給している。
ニ A社においては、同一の能力又は経験を有する通常の労働者であるXと短時間労働者であるYがいるが、XとYに共通して適用される基準を設定し、就業の時間帯や就業日が日曜日、土曜日又は国民の祝日に関する法律(昭和23 年法律第178 号)に規定する休日(以下「土日祝日」という。)か否か等の違いにより、時間当たりの基本給に差を設けている。
問題となる例
基本給について、労働者の能力又は経験に応じて支給しているA社において、通常の労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの経験を有することを理由として、Xに対し、Yよりも基本給を高く支給しているが、Xのこれまでの経験はXの現在の業務に関連性を持たない。
(2)基本給であって、労働者の業績又は成果に応じて支給するもの(業績・成果給)
基本給であって、労働者の業績又は成果に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の業績又は成果を有する短時間・有期雇用労働者には、
業績又は成果に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、業績又は成果に一定の相違がある場合において
は、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。なお、基本給とは別に、労働者の業績又は成果に応じた手当を支給する場合も同様である。
問題とならない例
イ 基本給の一部について、労働者の業績又は成果に応じて支給しているA社において、所定労働時間が通常の労働者の半分の短時間労働者であるXに対し、その販売実績が通常の労働者に設定されている販売目標の半分の数値に達した場合には、通常の労働者が販売目標を達成した場合の半分を支給している。
ロ A社においては、通常の労働者であるXは、短時間労働者であるYと同様の業務に従事しているが、Xは生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っており、当該目標値を達成していない場合、待遇上の不利益を課されている。その一方で、Yは、生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っておらず、当該目標値を達成していない場合にも、待遇上の不利益を課されていない。A社は、待遇上の不利益を課していることとの見合いに応じて、XにYに比べ基本給を高く支給している。
問題となる例
基本給の一部について、労働者の業績又は成果に応じて支給しているA社において、通常の労働者が販売目標を達成した場合に行っている支給を、短時間労働者であるXについて通常の労働者と同一の販売目標を設定し、それを達成しない場合には行っていない。
(3)基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するもの(勤続給)
基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の勤続年数である短時間・有期雇用労働者には、勤続年
数に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、勤続年数に一定の相違がある場合においては、その相違に
応じた基本給を支給しなければならない。
問題とならない例
基本給について、労働者の勤続年数に応じて支給しているA社において、期間の定めのある労働契約を更新している有期雇用労働者であるXに対し、当初の労働契約の開始時から通算して勤続年数を評価した上で支給している。
問題となる例
基本給について、労働者の勤続年数に応じて支給しているA社において、期間の定めのある労働契約を更新している有期雇用労働者であるXに対し、当初の労働契約の開始時から通算して勤続年数を評価せず、その時点の労働契約の期間のみにより勤続年数を評価した上で支給している。
(4)昇給であって、労働者の勤続による能力の向上に応じて行うもの
昇給であって、労働者の勤続による能力の向上に応じて行うものについて、通常の労働者と同様に勤続により能力が向上した短時間・有期雇用労働者には、勤続による能力の向上に応じた部分につき、通常の労働者と同一の昇給を行わなければならない。また、勤続による能力の向上に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた昇給を行わなければならない。
基本給の待遇差に関する裁判例(同一労働同一賃金)
メトロコマース事件控訴審(東京高判平30.2.20労判1198号5頁) 上告不受理により確定
結論:不合理ではない
正社員の長期雇用を前提とした年功的な賃金制度を設け、短期雇用を前提とする有期雇用契約労働者に異なる賃金制度を設けることも人事施策上の判断として一定の合理性があるとした上で、実際の相違が27%程度であったことを踏まえ、不合理とは判断しませんでした。
待遇差の内容
労働条件 | 正社員 | 契約社員B |
条件概要 | 月給制,65歳定年 週の所定労働時間は約38.3~39.2h 正社員560~613名, 売店業務に従事していた者は15~24名 |
時給制,65歳定年,有期1年で原則更新 週の所定労働時間は40h以内(大半は週40h) 新規採用者の平均年齢は47歳 |
本給 | 1年目:15万8000円 3年目:16万7000円 6年目:18万2000円 10年目:19万8000円 |
時給を月給換算すると 16万3000円~17万1600円程度 契約社員Bには正社員にはない皆勤手当および早番手当が支給さ れている |
職務内容、職務内容・配置の変更の範囲の相違
正社員 | 契約社員B | |
職務の内容 | 販売員不在時の代務業務のほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理エリアマネージャー業務に従事することがあった。 | 売店業務の専従とされていた。 |
変更の範囲 | 業務の必要により配置転換等(業務内容の変更等) を命じられる現実の可能性があり, 正当な理由なくこれを拒否することはできなかった。 | 務の場所の変更を命ぜられることはあっても,配置転換等を命ぜられることはなかった。 |
その他の事情
契約社員Bから契約社員A(現在は職種限定社員)および契約社員Aから正社員への各登用制度を利用することによって解消することができる機会も与えられている
大阪医科薬科大学事件控訴審(大阪高判平31.2.15労判1199号5頁) → 上告不受理により確定
結論 : 不合理ではない
正社員の賃金は勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給的な賃金としての性格を有し,アルバイト職員の賃金は特定の簡易な作業に対応した職務給的な賃金としての性格を有しており、いずれの賃金の定め方にも合理性がある。賃金格差は約2割程度(※参考 賞与を含めた年収ベースだと、平成25年度新規採用職員の約55%の水準)であり、相違の程度は一定の範囲に収まっている。職務,責任異動可能性,採用に際し求められる能力に大きな相違があることを踏まえると、一定の相違があっても不合理とは判断しませんでした。
待遇差の内容
労働条件 | 正社員 | アルバイト職員 |
基本給 | 新規採用者につき 19万2570円(月給制) |
時給950円~1030円 |
職務内容、職務内容・配置の変更の範囲の相違
正社員 | アルバイト職員 | |
職務の内容・変更の範囲 一定の相違あり |
あらゆる職種を担い,業務内容も多岐にわたり定型的作業でない業務が大半を占めていたうえ,人材の育成と活用を目的とした人事異動の実態も存在していた。 正職員の一部には, アルバイト職員と業務の内容に共通する部分があるものとして,「教室事務員」が存在していた。ただし, Yは,教室事務員の業務内容の定型性・簡便性から,一部を除いて教室事務をアルバイト職員に置き換えを進め, Xの在職時には,教室事務員である正職員は極めて少数になっていたという事情があった。残った教室事務員の正職員は,病理解剖に関する遺族対応や毒劇物の試薬の管理等, アルバイト職員が担当しない業務も担当していた。 |
更新上限は5年とされ,業務内容も定型的作業が中心であり, 人事異動も例外的・個別的事情によるものに限られていた。 |
その他の事情
アルバイト職員は、労働者の努力や能力によって正職員となることが可能である。
日本郵便(佐賀)事件控訴審(福岡高判平30.5.24労判1229号12頁) →上告不受理により確定
結論 : 不合理ではない
相違は給与体系の違いに起因するものであるところ,業務内容のうち勤務体制に関しては明らかな差異があり,それを前提に給与体系(時給制か月給制か)の相違が設けられていることから、不合理とは判断しませんでした。
待遇差の内容
労働条件 | 正社員 | 契約社員 |
基本給 | 月給制 | 時給制 時給制契約社員の勤務日数が21日以下の場合,正社員より支給額が少なくなる |
職務内容、職務内容・配置の変更の範囲の相違
正社員 | 契約社員 | |
職務の内容・変更の範囲 一定の相違あり |
特定業務に限定されず、人事異動もあり。 | 特定業務に従事するものとされ。昇任,昇格もなく,職場(特定の郵便局)・職務内容を限定して採用されており、正社員のような人事異動も行われていない。 |
その他の事情
なし
学校法人産業医科大学事件控訴審(福岡高判平30.11.29労判1463号86頁) →上告不受理により確定
結論 : 月3万円の差額の限度で不合理である
(1)本件臨時職員は30年以上の長期にわたって雇用継続され業務に対する習熟度を上げているにもかかわらず、昇給をほとんど行わなかったこと, (2)当該臨時職員と学歴が同じ短大卒の正規職員が管理業務に携わるないし携わることができる地位である主任に昇格する前の賃金水準すら満たさないこと, (3)現在では,同じ頃に採用された正規職員との基本給の額に約2倍の格差が生じていることから,正規職員との基本給の相違は「同学歴の正規職員の主任昇格前の賃金水準を下回る3万円の限度において不合理である」と判断しました。
待遇差の内容
労働条件 | 正規職員 | 臨時職員 |
基本給 | 月給制 大卒で正規職員として新規採用された場合の被告の賃金モデルは概ね採川から8~9年で主柾に昇格し、その時点での俸給は22万2000円・主任昇格前は約21万1600円 |
当初は日給制、途中から月給制 原告の基本給(月額20万2500円)※原告の職能資格等級に相当するAコース正社員と基本給の90%を上回っている。 |
職務内容、職務内容・配置の変更の範囲の相違
正規職員 | 臨時職員 | |
職務の内容・変更の範囲 一定の相違あり |
原告と担当業務が類似する正規職員のH氏は,年間講義時間数は原告の担当の約2倍,経理業務の対象となる外部資金管理は約20倍であった。 正規職員は全部署への配転や出向があり,多様な業務の担 当を予定され,人事考課制度を通じて大学の中核を担う人材として登用される可能性がある。 |
左記のとおり業務の範囲や責任の程度には違いがあった。 臨時職員は,大学病院の勤務であり,規定上異動は予定されておらず、出向もなく、業務内容の変更も予定されていない。人事考課制度の対象ではなく,将来,正規職員のような人材として登用されることも予定されていない。実際に,原告は配置転換や業務の変更がなされなかった。 |
その他の事情
原告が30年以上も臨時職員として雇用されており,採用当時に予定していなかった長期にわたる雇用状態が生じたことを「その他の事情」として考慮するべき。
産業医科大学事件の福岡高裁判決。この事案では,職能給をとっていた大学職員について,正規職員はどんどん右肩上がりに賃金が上がっているのに, 臨時職員として採用された人は転勤もないし難しい仕事もしないから賃金はそんなに上がらない……そうやって30年間勤務していたら,正規職員と臨時職員とで基本給が倍違っていました。福岡高裁は, この違いが経験・能力の違いに応じた相違として説明できるかというと, それは開き過ぎだという判断を,労働契約法20条の解釈として行いました。そして, その臨時職員の30年後の段階での仕事ぶりをみると,少なくとも正規職員だと主任に相当するぐらいの働きぶり,貢献ではあるというので,少なくとも主任に昇格する前くらいの賃金が支払われなければ不合理だという判断をし,その時の臨時職員と主任(昇格直前)との間の賃金額の差が月額3万円だったことから「月額3万円を支給してください」としました。全体で言えば100%と50%くらいの差があったのですが,3万円というのは10%くらいなんですよ。つまり,福岡高裁は,仕事の内容やキャリアが違っても100対50は開き過ぎだから,3万円-10%を補正して,最終的に100対60くらいにしなさい,という判断をしたわけです。こうした高裁判決もありますので,基本給についても,何もしなくてよいというわけではありません。(水町勇一郎「これからの同一労働同一賃金」講演録 27頁 日本法令)。