従業員が病気や怪我で長期間欠勤している場合、就業規則に傷病休職に関する規定がある場合は、その適用をする必要があります。もっとも、具体的に、確認や検討するべき資料やポイント、休職の書式やひな形がわからないということも多いでしょう。そこで、傷病休職を開始する際のポイントやひな形・書式について説明します。
1 傷病休職とは
1.1 傷病休職制度の概要
傷病休職とは傷病に基づく欠勤が長期間にわたる場合に「休職」処分とし,「休職期間中に休職事由が消滅せず復職しないときは自動退職(当然退職又は解雇)とする」旨定めている休職です。
従業員が自己都合で病気や怪我により仕事が出来なくなった場合、雇用契約上の労務提供義務を果たせないことになります。
回復まで長期間を要するような場合は本来であれば解雇の対象となります。
しかし、就業規則で傷病休職の定めがある場合は、解雇を猶予して傷病の回復を待つことが制度として決まっていますので、休職をさせずに解雇することはできません。
そこで、従業員が病気や怪我で長期間欠勤しており、就業規則で傷病休職の定めがある場合は、傷病休職の開始を検討する必要があります。
1.2 傷病休職を開始する流れ・進め方
まずは傷病休職を開始する流れを確認しましょう。
従業員が傷病で長期欠勤する可能性が判明
従業員が病気や怪我で休み、有給休暇を全て消化し、さらに長期間(20日以上)休む可能性があることが判明します。
就業規則上の休職開始の要件を確認
就業規則を休職に関する規定を確認して、休職発令の要件を確認します。
休職事由は何か
前置きとしての欠勤期間の確認
傷病に関する認定資料(主治医の診断書、産業医の診断書等)の確認
労働者からの休職の申出は必要か、必要な場合の書式は適切か
休職事由の該当性判断
休職事由に該当するか否かを会社が判断します。
会社の休職命令の発令
休職命令が必要な場合は、休職命令書は発行します。
2 休職事由
就業規則で規定した休職事由に該当する場合に傷病休職が開始されます。一般に以下のように定められていることが多い休職事由について見ていきましょう。
2.1 一定期間の傷病欠勤と就労不能
第●条(休職)
従業員が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。ただし、復職が見込まれることを前提とする。
(1) 業務外の傷病による欠勤が6か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
多くの企業では、上記規程例のように所定の期間の病気欠勤期間及び欠勤期間が経過しても就労可能な状態とならことが、休職発令の要件として定められます。
2.2 断続的な出勤と欠勤が繰り返される場合
上記のとおり休職開始の要件として3ヶ月の欠勤期間が設定されることが多いですが、実務的には、継続的に3ヶ月欠勤せずに、出勤と欠勤を繰り返しまだらに欠勤する従業員もいます(特にメンタルヘルス不調者)。
会社からすれば、完全に傷病から回復していないので本来の仕事を任せる訳にもいかず、中途半端な状態で仕事されるくらいなら、いっそ休職させたいという場合もあります。
このような場合、休職を開始することができるのでしょうか。
まず、就業規則上、「業務外の負傷もしくは疾病により、欠勤が連続して3カ月に及んだ場合、または、同一または類似の業務外の負傷もしくは疾病により欠勤の初日から90日間の出勤率が50%未満の場合には、傷病休職を発令する」というように、取り扱いが明確にされているならば、それによることができます。
まだら休みに対応するべく、一定期間における出勤率で絞りをかけて、休職開始の要件を設定したものです。
上記のような明文の規定がない場合でも、①同一または類似の傷病が原因で出勤と欠勤が繰り返され、②そのような出勤状態では本来の担当業務を全うすることができない(債務の不完全履行)場合は、③当該従業員に労務を受領しない旨を伝えることにより、④欠勤扱いとすることで、上記欠勤期間の要件を満たすことができると解されます(参考 日本郵政公社事件 大阪地裁平15. 7.30判決 労経速1847号21頁)。
ただ、解釈上の疑義を残さないように休職事由で、上記のように出勤率で絞りをかけるほか、「身体及び精神の傷病に関連して労務提供が不完全である場合」を休職事由に加え、仮にまだら出勤をしてきても病気や怪我に関連して労務提供が不十分である場合は休職事由となることを明記するべきと考えます(下記の規程例を参考にしてください。)。
2.3 休職期間満了までに復職する可能性がない場合
私傷病休職は傷病から回復するための期間を与えて解雇を猶予するための制度です。休職期間中に回復する見込みがないのであれば、解雇を猶予する必要もないため、休職措置をとる必要はありません。
実際上も主治医から休職期間を超える療養治療が必要であるとの診断書が提出されることが通常ですので、診断書を前提に休職を経ずに退職とすることも多くあります(解雇はせずに退職届を出してもらうことが通常です。退職届を提出しない場合は解雇とします。)。
上記は休職制度から導かれる当然解釈ですが、疑義を排除するためにも就業規則に明記した方がよいでしょう。
2.4 別の業務であれば労務提供可能な場合
現職の業務が遂行できないとしても、職種限定者でなければ、その従業員が配置される現実的可能性がある他の業務を行うことが可能で、かつ、行うことをその従業員が拒否しないのであれば、別の業務を行わせるべきであり、傷病休職を発令することは許されないという結論になります。
2.5 就業規則の規程例
上記の問題点を踏まえリスク回避のための規程例を示すとしますと、以下のような規定になります。
第●条(休職)
1 従業員が次の各号のいずれかに該当するときは、会社は所定の期間の休職を命ずることがある。ただし、休職期間満了までに復職が見込まれることを前提とする。
(1) 業務外の傷病による欠勤が連続3か月に及んだ場合、または、同一または類似の業務外の負傷もしくは疾病により欠勤の初日から90日間の出勤率が50%未満の場合
(2) (1)のほか、身体及び精神の傷病に関連して労務提供が不完全である場合
3 休職事由の該当性判断
3.1 判断は会社が行う
休職の開始要件である就業規則上の休職事由に該当するか否かは会社が判断します。
世の中では、休職を労働者の当然の権利として誤解されていることもあり,規定の仕方としても労働者の当然の権利ととられかねない定め方をしている例もよく見かけます(例えば、厚生労働省のモデル就業規則はその一例です。厚生労働省は役所の性質上労働者に有利な政策をとることを肝に銘ずるべきです。)。その定めは労働契約内容となり、使用者を拘束することになりかねません。
しかしながら,本来は私傷病で労務提供が不能または不完全となっている場合は、普通解雇事由に該当するのが原則であり、休職は解雇猶予のために会社が認めた恩典(福利厚生)に過ぎません。休職を認めるか否かは会社の決定事項とするべきであり、労務管理上も会社が主体となって休職発令の裁量を行使することを原則と考えるべきです。
就業規則の規定も、会社の裁量により休職命令を行うことを明確にするために「従業員が次の各号のいずれかに該当するときは、会社は所定の期間の休職を命ずることがある。」と「命ずることがある」とするべきです。
3.2 医師の診断書・意見書を踏まえて判断する
休職事由に該当し休職のいかなる期間発令するかの判断には、医学的な根拠が必要となります。
そこで、就業規則では、病気欠勤扱いを開始する場合や傷病休職の開始のために、一定期間の療養を要する旨の主治医作成の診断書の提出を条件とするべきです。
病気欠勤や休職は、前記のとおり解雇を回避して回復の機会を与える恩典(福利厚生)ですので、恩典を受けるためには主治医の診断書の提出を義務づけられることは当然というべきです。メリットを受けるのであれば、そのための負担を甘受することも道理というわけです。
なお、医師作成の診断書が提出されない場合、客観的に療養のために休職とすることが必要と認められるのであれば、会社の判断で病気欠勤や休職を開始させることは可能です。
病気欠勤や休職の開始により、懲戒処分や解雇処分の猶予を与えることは、一般に社員に有利な対応であり、特段問題はないと解されます。
診断書の提出等に応じない場合は、正当な病気欠勤とはならず、休職事由にも該当しないと判断することが可能です。その場合は無断欠勤を続けることと同じ状態となりますので、解雇等の処分が可能になります。
第●条(休職の開始)
3 従業員に第1項第1号又は第2号の事由が認められる場合、休職命令の判断の前提として、会社は従業員にその主治医作成の診断書・意見書の提出を求めること、もしくは、会社の指定する医師の診察を受けさせ診断書の提出を命じることができる。診断書は会社が必要と判断した都度再提出させることができる。
4 従業員が前項の診断書の提出等に応じない場合は、会社は休職事由がないものと判断することができる。
3.3 傷病休職の要件は会社の立証責任がある
傷病休職は、「病気」のために「就労不能」であることにより就労を免除または禁止する措置ですが、その主張・立証責任は会社にあります。
つまり、立証できなければ、休職期間中の賃金(バックペイ)を遡って支払う義務が発生し、訴訟において裁判所から支払いを命じられることになります。
この点に留意し、上記休職事由該当性の判断を慎重に行う必要があります。
4 休職命令発令の手続
4.1 傷病休職命令書を発行する
就業規則で「下記事由が認められる場合は、休職を命ずることがある」という定めをした場合、休職期間満了による退職の効果を生じさせるためには、休職命令の発令が必要となります。
裁判例でも明示黙示の休職発令が認められないため、休職期間満了時の退職の効果は認められないと判示したものがありますので注意が必要です(北港観光バス(休職期間満了)事件 大阪高裁平26.4.23判決)。
4.2 従業員の同意の要否
前記3.1のとおり休職は会社の裁量で開始する制度ですので、客観的に休職の開始要件が認められる場合は、従業員の同意なく発令することは可能です。
もっとも、傷病休職は従業員の解雇を回避して傷病からの回復の機会を与えるという意味で労働者にメリットがありますが、休職期間中の賃金・賞与は支払われない(ただし、健康保険組合の傷病手当金を受給できる場合がある)等のデメリットもあります。
そのため、トラブル回避の観点から休職の開始や内容について従業員の同意があることが望ましいともいえます。
そこで、傷病休職の適用を望む従業員から休職願を提出させることや、傷病休職命令に対する同意書を取得するという方法も一案です。
傷病休職は前記のとおりメリットがあり、基本的には従業員の希望に沿ったものであることが一般的には多いので、必要性はそれほど高くはないといえます。
4.3 傷病休職命令書のひな形・書式
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4.4 休職願のひな形・書式
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