無期転換の際に労働条件を変更する方法について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
無期転換とは
無期転換の内容
労働契約法(以下「労契法」)18条は、有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合は、有期契約労働者の申込みにより期間の定めのない労働契約(無期労働契約)が成立することを定めています。これを無期転換といいます。
具体的には同条1項では次のように要件効果を定めています。
要件
- 同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間が5年を超える有期契約労働者が、
- 使用者に対して、契約期間満了日までの間に、無期労働契約の締結の申込みをすると、
効果
- 使用者が当該申込みを承諾したものとみなされて、契約期間満了日の翌日から労務が提供される無期労働契約が成立する
労働条件明示義務(2024年4月1日以降)の改正
労働条件明示義務に関する厚生労働省令の改正
厚生労働省令(労基則5条1項1号の2)の改正により、2024年4月1日以降、有期労働契約の社員について「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)及び無期転換後の労働条件の明示が必要になります。
初めて無期転換申込権が発生する有期労働契約が満了した後も有期労働契約を更新する場合は、更新のたびに、無期転換申込機会と無期転換後の労働条件の明示が必要になります。
具体的には、厚生労働省のモデル労働条件通知書では、以下の記載がサンプルとされています。
【労働契約法に定める同一の企業との間での通算契約期間が5年を超える有期労働契約の締結の場合】
本契約期間中に会社に対して期間の定めのない労働契約(無期労働契約)の締結の申込みをしたときは、本契約期間の末日の翌日( ○年○月○日)から、無期労働契約での雇用に転換することができる。
この場合の本契約からの労働条件の変更の有無( 無 ・ 有(別紙のとおり) )
変更が与える実務に影響及び注意点
無期転換権が契約更新のタイミングで労働条件通知書の必須記載事項となりましたので、無期転換する社員が増加することが予想されます。
使用者としては、無期転換する社員が増えることを前提に、就業規則等の整備が必要となります。
また、無期転換後の労働条件については、後述のとおり「別段の定め」がない限り、契約期間を除き同一の労働条件となります。
この「別段の定め」については①就業規則において定められる場合,②個別契約において定められる場合がありますが、今回の改正で労働条件通知書での記載が必須となり、記載なき場合は、「別段の定め」の存在を主張することが認められないリスクがあります。
2024年4月1日以降の労働条件通知書については
2024年4月1日からの労働条件通知書の変更ポイント解説【書式・ひな形あり】
無期転換後の労働条件の原則
労働者の無期転換申込権の行使により無期労働契約が成立した場合、当該労働契約の内容である労働条件は、原則として、契約期間を除いて、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件と同一となります。
ただし、契約期間を除き別段の定めをすることは可能です(労契法18条1項)。「別段の定め」とは、労働協約、就業規則及び労使間の個別合意(労働契約)をいいます。
すなわち、無期転換後の労働条件は、「別段の定め」があればそれにより、定めがなければ有期労働契約時の労働条件と同一ということになります。
無期転換に際して、労働条件を変更するためには、労働協約、就業規則及び労使間の個別合意(労働契約)で別段の定めをする必要があります。
参考通達
就業規則で労働条件を変更する方法
就業規則に労働条件を変更する方法について、無期転換社員用の就業規則を定めた時期を場合分けして説明します。
①有期雇用契約の締結当初から無期転換社員用の就業規則がある場合
この場合、労働条件変更の場面ではなく、当初から存在する就業規則による契約内容の規律が問題なります。
労契法7条により、当該就業規則が合理的な内容であり、周知されているならば、当該就業規則の定める労働条件が労働契約の内容になります。
ただし、2024年4月1日以降は、前述のとおり「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)及び無期転換後の労働条件の明示が必要になります。
就業規則の定めているだけではなく、「無期転換申込権」が発生する更新の段階で、労働条件通知書などに無期転換後の労働条件を記載する必要があるのです。
この労働条件の明示を怠った場合は、それが無期転換権後の労働条件の変更はないものとして、すなわち、別段の定めはなく、従前の有期労働契約と同様の労働条件であると取り扱われる可能性が高いので、ご注意ください。
②無期転換後に無期転換社員用の就業規則の制定により従前の労働条件を不利益変更する場合
この場合、労働者の無期転換申込権の行使により有期労働契約時の労働条件と同一の無期労働契約が成立します。
その後に、就業規則で労働条件を不利益に変更する場合、労働条件の不利益変更に当たります。
そのため、労働者の同意(労契法9条類推)あるいは就業規則の不利益変更の合理性(労契法10条類推)があれば、当該就業規則に定める労働条件が労働契約の内容になります。
なお、2024年4月1日以降は、前述のとおり「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)及び無期転換後の労働条件の明示が必要になることは、①と同様ですのでご注意ください。
③ 無期転換申込権が発生していないか、発生していても行使していない段階で、無期転換社員用の就業規則の制定により従前の労働条件を不利益変更する場合
この場合、形式的には無期労働契約成立前に就業規則で労働条件を定めたものといえますが、実質的に従前の労働条件の不利益変更としての側面を持つことは否定できません。
そのため、②と同様に労働者の同意(労契法9条類推)あるいは就業規則の不利益変更の合理性(労契法10条類推)があれば、当該就業規則に定める労働条件が労働契約の内容になると解されます。
なお、2024年4月1日以降は、前述のとおり「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)及び無期転換後の労働条件の明示が必要になることは、①と同様ですのでご注意ください。
④-1 雇用契約書兼労働条件通知書による同意・合意の取得
実務上は、無期転換を申込む有期契約労働者は、無期転換社員用の就業規則に同意する場合が殆どです。
2024年4月1日以降は、前述のとおり「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)及び無期転換後の労働条件の明示が必要になります。
これを利用して、無期転換権行使の労働条件を明示した労働条件通知書に「同意」を得る形や、雇用契約書兼労働条件通知書で「合意」を得ることも可能です。
こうすることで、仮に、無期転換時の就業規則の効力を労働契約法10条の問題として争われても、労働契約法9条の反対解釈により無期転換社員用の就業規則が適用されるとの主張が可能となります。
雇用契約書兼労働条件通知書(有期_契約社員)
契約社員を対象とした、労働条件明示義務(労基法第15条)を充足しながらも、必要最小限度のシンプルなバージョンです。
雇用契約書兼労働条件通知書(有期_パート社員)
パート社員を対象とした、労働条件明示義務(労基法第15条)を充足しながらも、必要最小限度のシンプルなバージョンです。
④-2 無期転換申込書による同意の取得
無期転換申込時に無期転換社員用の就業規則の適用についても同意を取得することもお勧めです。
株式会社○○○○
代表取締役○○○○ 様
無期労働契約転換申込書
私は、現在の有期労働契約の契約期間の末日までに通算契約期間が5年を超えますので、労働契約法第18条の規定に基づき、期間の定めのない労働契約への転換の申込みをします。
また、上記転換後においては、無期転換社員就業規則が適用されることも同意いたします。
無期転換前の有期労働契約において、契約更新時に変更していた事項は、無期転換後も定期的に見直し及び変更を行うことがあること、無期転換後は、勤務地限定・職種限定は解除されることについても同意します。
○年○月○日
住所 東京都○○区○○○○
氏名 甲野 太郎 ㊞
無期転換社員用の就業規則作成時の注意点
最低基準効(労契法12条)の取扱
就業規則で定めた労働条件は最低基準(それ以下の条件を個別労働契約で定めても無効)となります。もし変更・例外があるなら、その点をあらかじめ就業規則でも定めておく必要があります。
就業規則とは別の条件合意(労契法7条但書、労契法10条但書)
就業規則によっても規定・変更できない労働条件とされているもの(労契法7条但書、10条但書)の取扱いに注意してください。
無期転換時に、労働者が、個別に無期転換後の就業規則に同意すること(個別の限定合意について、無期転換後は効力がないこと)を文書で確認しておく必要があります。
無期転換後も定期的に労働日や労働時間を変更したい場合
有期契約の更新時に労働日・労働時間等を変更していた場合で、無期転換後も同様の変更を行う場合には、無期転換後の就業規則等で、当該条件を定期的に変更できる根拠規定を設けておきます。
(労働時間、休憩及び休日)
第○条 無期転換社員の労働時間、休憩及び休日等については、有期契約労働者就業規則第○条から第○条までを準用する。ただし、無期転換前の有期労働契約において、契約更新時に変更していた事項は、無期転換後も定期的に見直し及び変更を行うことがある。
ク 有期労働契約の更新時に、所定労働日や始業終業時刻等の労働条件の定期的変更が行われていた場合に、無期労働契約への転換後も従前と同様に定期的にこれらの労働条件の変更を行うことができる旨の別段の定めをすることは差し支えないと解されること。
勤務地限定・職種限定の合意の解除
有期契約である間、勤務地や職種が限定の合意がなされている場合があります。
これら限定の合意を、無期転換後は正社員に準じた人材活用をするために解除する場合があります。
しかし、労働契約法7条但書や同法10条但書を理由に、就業規則によっては変更されない「合意」があると主張して、勤務地や職種の変更を拒否される可能性があります。
そこで、無期転換社員になることで配転範囲が広がるのであれば、無期転換前の限定を解除し、配転範囲が広がる点について確認する方が安全です。
無期労働契約に転換することで、基本的には長期雇用が前提となります。
無期契約となることで、企業としては、雇用維持のために、勤務地や担当職種の限定を外して、様々な場所・業務で業務を従事してほしいとのニーズがあります。もっとも、上記限定を外すことで、解雇をする場合には、解雇回避措置として「他の勤務地・業務に配属することで雇用を維持すべき」必要性が生じます。正社員と同じ教育・訓練のシステムをとらず、そのための経験も踏ませていないのに、無期転換社員に広範囲の配転を行って、企業及び本人に成果が上がるのか?という点も検討の余地があるでしょう。また、無期転換社員であっても、契約期間以外は有期の時と同じ働き方とする例も多くあり、無期転換を契機に正社員に準じた活用をしない場合も多くあります。その場合は、無期転換をしたとしても、勤務地や担当職種は限定したまま据え置くという場合もあります。企業の実情に応じて、検討する必要があります。
個別合意(労働契約)によって労働条件を変更する方法
個別合意による変更の注意点
労働者が無期転換申込権を行使する際に、あるいは行使した後に、労使の個別合意により労働条件を変更することは可能です(労契法8条)。
ただし、無期労働契約の労働条件を従前より不利益に変更する場合は、真に合意が成立したという認定は慎重に行われます。労働者にその事情を十分説明し、同意を得る必要があります(山梨県民信用組合事件最高裁二小平28. 2.19判決)。
なお,労働者との個別合意が転換後に適用を受ける就業規則の規定(労働条件)を下回ることになる場合には, その合意の効力は認められず, より有利な就業規則の規定が
適用されること(労契法12条)にも注意が必要です。就業規則と矛盾が生じないように、合意による例外を認める規定を、あらかじめ就業規則でも定めておく必要があります。
雇用契約書兼労働条件通知書による同意・合意の取得
2024年4月1日以降は、前述のとおり「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)及び無期転換後の労働条件の明示が必要になります。
これを利用して、無期転換権行使の労働条件を明示した雇用契約書兼労働条件通知書で「合意」を得ることも可能です。
無期労働契約申込書による同意の取得
無期転換申込時に無期転換社員用の就業規則の適用についても同意を取得することもお勧めです。
株式会社○○○○
代表取締役○○○○ 様
無期労働契約転換申込書
私は、現在の有期労働契約の契約期間の末日までに通算契約期間が5年を超えますので、労働契約法第18条の規定に基づき、期間の定めのない労働契約への転換の申込みをします。
また、上記転換後においては、別紙の労働条件が適用されることも同意いたします。
無期転換前の有期労働契約において、契約更新時に変更していた事項は、無期転換後も定期的に見直し及び変更を行うことがあること、無期転換後は、勤務地限定・職種限定は解除されることについても同意します。
○年○月○日
住所 東京都○○区○○○○
氏名 甲野 太郎 ㊞
質問のケースの回答
設問では無期転換後に「週5日・8時間勤務」の労働条件とすることについて、就業規則に規定がありません。
従って、原則として、無期転換後も従前の「週3日・6時間勤務」の労働条件が存続することになります。
ただし、就業規則の規定がないとしても、無期転換後の労働条件について、前記のとおり就業規則の規定または労使間の個別合意(労働契約)によって従前の労働条件を変更することが可能です。
もっとも、労働契約にとって労務の提供は重要な要素であり、その中でも、労働義務を負う時間数を長くするのは、重要な労働条件の不利益変更といえます。所定労働時間を大幅に増加させることは、増加時間分に見合う賃金(時給)が支払われるとしても、不利益変更に該当すると解されます。
従って、就業規則の規定または個別合意によって変更するとしても、前記のとおり慎重に手続を進める必要があります。
なお、無期転換後の労働条件を「週5日・8時間勤務」とすることは可能ですが、それに応じられないことを理由に、無期転換申込権の行使を拒否することはできません。