契約社員に対して、厳しい競業避止義務を課すことは可能か

社長
当社に機密性の高い情報を取り扱う部署があり、社員区分を問わず、退職後3年間の競業避止義務を誓約させています。しかし、ある契約社員が配偶者の転勤に伴って会社を退職することとなり、「やむを得ない事情で退職するのに、競業避止規定があるため、転職がうまくいかない。ついては、競業避止義務の誓約を緩めてほしい」という相談がありました。このように、契約社員に対しても厳しい競業避止義務を課すことは問題でしょうか。
弁護士吉村雄二郎
契約社員であっても競業避止義務を課すことは可能ですが、取り扱う情報の内容や対象者、期間などを考慮して同義務が合理的な範囲を超えた場合は無効となる場合があります。

1.競業避止義務の意義・根拠

競業避止義務とは、退職後に使用者と競合する企業に就職し、または自ら業務を営まない労働者の義務です。多くの企業では、労働者に対し、秘密保持義務に加えて競業避止義務を課すことで、企業の営業秘密を保護することが行われています。もっとも、競業避止義務は、労働者の職業活動自体を禁止する義務であり、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)を制約する効果を有します。そこで、競業避止義務の有効要件や効果については、労働者の職業選択の自由との関係で限定されることがあります。

また、退職後の競業避止義務を負わせるためには、明確な合意または就業規則の規定などの根拠が必要となります。

2.退職後の競業避止義務の有効要件

[1]有効要件

退職後の競業避止義務は、退職者の職業選択の自由を直接制限するので、使用者に守るべき利益があることを前提として、競業避止義務の定めが過度に職業選択の自由を制約しないための配慮を行い、企業側の守るべき利益を保全するために必要最小限度の制約を労働者に課すものでなければ、公序良俗(民法90条)に反し無効となります。すなわち、①守るべき使用者の利益があるかどうか、①を前提として競業避止義務契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかという観点から、②従業員の地位が、競業避止義務を課す必要性が認められる立場にあるといえるか、③地域的な限定があるか、④競業避止義務の存続期間、⑤禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか、⑥代償措置が講じられているかといった項目について総合的に考慮した上で、競業避止合意の有効性は判断されます(フォセコ・ジャパン・リミティッド事件〔奈良地裁 昭45.10.23判決〕をリーディングケースとして、その後多数の裁判例も同様の視点に立っています)。

[2]守るべき使用者の利益

①ついて、不正競争防止法によって明確に法的保護の対象とされる「営業秘密」はもちろん、これに準じて取り扱うことが妥当な情報やノウハウについては、競業避止義務契約等を導入してでも守るべき企業側の利益と判断されます。

[3]従業員の地位

②については、①企業が守るべき利益を保護するために、競業避止義務を課すことが必要な地位にある従業員であったかどうかにより判断されます。裁判例を見ると、形式的には執行役員という高い地位にある者を対象とした競業避止義務であっても、企業が守るべき秘密情報に接していなければ否定的に判断しています(アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件 東京地裁 平24.1.13判決)。これに対して、週1回のアルバイト従業員であっても、企業が守るべき秘密情報に接していた場合は、競業避止義務の有効性が認められています(パワフルヴォイス事件 東京地裁 平22.10.27判決)。

[4]地域的な限定

③については、業務の性質等に照らして合理的な限定がなされているかという点が問題とされます。もっとも、地理的な制限が規定されていない場合であっても、使用者の事業内容(特に事業展開地域)や、特に禁止行為の範囲との関係等を総合考慮して競業避止義務契約の有効性が認められる場合もあり、地理的な制限がないことのみをもって競業避止義務契約の有効性が否定されるわけではありません。

[5]競業避止義務の存続期間

④について、形式的に何年以内であれば認められるというわけではなく、労働者が被る不利益の程度を考慮した上で、業種の特徴や企業の守るべき利益を保護する手段としての合理性等が判断されます。ただ、概して1年以内の期間については肯定的に捉えられていますが、2年以上の競業避止義務期間については、否定的に判断される裁判例が見られます(前掲アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件)。

[6]禁止される競業行為の範囲

⑤について、一般的・抽象的に競業企業への転職を禁止する規定は合理性が認められない傾向にあります。一方で、禁止対象となる活動内容(例えば、在職中担当した顧客への営業活動等)や従事する職種等が限定されている場合には、競業避止義務契約の有効性が高まります。

[7]代償措置

⑥について、代償措置と呼べるものが何もない場合には、有効性が否定されることが多いといえます。しかし、競業避止義務を課すことの対価として明確に定義された代償措置ではなくとも、代償措置と評価し得る待遇(例えば、競業避止義務を負う対象者の賃金を高額に設定していた等)がある場合には、肯定的に評価される傾向にあります。

3.ご質問のケースについて

ご質問では、契約社員に競業避止義務を課している点が問題となっています。しかし、前記2[3]のとおり、競業避止義務を課すことが許容される従業員か否かは、企業が守るべき利益を保護するために、競業避止義務を課すことが必要な従業員であったかどうかにより判断され、正社員や契約社員といった雇用形態には必ずしも左右されません。
また、機密性の高い情報を取り扱う部署とのことですので、その情報が転職により持ち出された場合に被る社会的・経済的な不利益の程度が大きい場合には、競業避止義務契約が有効と判断されると考えられます。一方で、退職後3年間という期間は、労働者にとって比較的長期にわたるといえます。そこで、前記2の①守るべき使用者の利益ないし⑥代償措置の要素を総合考慮した上で、競業避止合意の有効性が認められるか否かを検討し、仮に無効となる可能性が高い場合には、②対象者、③地域的な限定、④競業避止義務の存続期間、⑤禁止される競業行為の範囲を合理的に限定し、適切な⑥代償措置を講ずるなどの対応を取る必要があります。

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