5分で分かる!競業避止義務に違反した退職社員へ損害賠償請求する方法(書式・ひな形あり)

退職後に、会社の顧客情報や機密情報を使って競合する会社を設立して営業する元社員に対して損害賠償請求をする要件や方法について、具体的な書式も交えて労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

社長
当社の営業部長Yが、当社社長と対立し、この度退職することになりました。Yは当社の中枢部門で永年務めてきたのですが、退職後、同業の会社の設立を行おうとしております。しかし、当社には、就業規則で退職後3年間の競業禁止規定を定めていますので、当社としては、Yに対し、競業行為の差止請求をしたいと考えています。このような場合,差止請求は認められるのでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
差止めが認められるか否かは,競業避止義務が認められるか否かによります。社員が退職後に競業避止義務が認められるためには、就業規則や誓約書において明確に根拠が定められている必要があり、かつ、内容的にも職業選択の自由を過度に制限していないことが必要となります。過度に制限した場合は無効となる場合があります。有効な場合は損害賠償請求が認められますが、損害との因果関係を証明することが困難な場合も多く、実際に認められる損害額は限定的なものになることが多いのが実情です。差し止めの仮処分手続が認められた場合は間接強制によって実現することになります。
退職後の競業避止義務は、事前に就業規則・誓約書等により競業避止義務に関する取り決めがなされていなければ原則として認められない。
特約等の有効性は、その目的、在職中の業務、協業が禁止される業務の範囲、期間、地域、代償措置の有無等を総合的に考慮されて判断される。
合意が有効な場合、逸失利益の損害賠償請求が認められるが、損害額は限定的にしか認められず、かつ、立証が難しい場合が多い。
合意が有効な場合、競合行為の差し止めを求める仮処分決定が有効な場合があり、間接強制によって実現する。

競業避止義務とは?

競業避止義務とは,勤務先の会社と競合する企業に就職し、または自ら業務を営まない義務です。

多くの企業では、従業員に対し、秘密保持義務に加えて競業避止義務を課しています。

競業避止義務を課す目的は、企業の営業秘密を保護することにあります。営業秘密とは、具体的には、技術上の秘密、顧客情報、ノウハウなどを意味します。

退職した従業員が会社の営業秘密を利用して競業行為を行った場合、長年かけて作り上げた技術やノウハウの価値が失われ、顧客を奪われ、莫大が損害が発生する可能性が高まります。

そのため営業秘密を守るために競業避止義務が課され、これに違反した場合は、損害賠償請求や差し止め請求が可能となります。

ただし、労働者には職業選択の自由(憲法22条1項)が保障されています。労働者の職業選択の自由は会社の営業秘密を守る権利と同じように重要な自由であると考えられています。

競業避止義務は、労働者の職業活動自体を禁止する義務ですので、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)を直接制約することになります。

そのため、競業避止義務の有効要件や効果については、労働者の職業選択の自由との関係で限定される場合があります。

では、どのような場合に競業避止義務が有効となり、その違反に対して損害賠償等ができるのでしょうか?以下説明を進めます。

退職後の競業避止義務は明確な根拠が必要

競業避止義務の根拠とは?

まず、従業員が会社を退職後に競業避止義務を課すためには、就業規則や誓約書に定めるなど明確な根拠が必要です。

労働者が会社に在職中は,明示の特約がなくても,雇用契約の付随義務として競業避止義務を負うと解されています。競業避止義務や兼業禁止を定める就業規則に違反したとして,懲戒処分や損害賠償請求がなされることもあります。

しかし,契約上の義務は原則として契約の終了によりなくなります。競業避止義務も特約がない限り、退職と同時になくなるのが原則です。

そのため、退職後は、競業避止義務を課すためには、競業行為を行わない旨の誓約書,合意書など明示的な根拠が必要となります。明確な根拠がない場合は、元従業員であったとしても競業避止義務違反を問うことは原則としてできないのです。

もっとも、競業避止義務を定める誓約書や合意書を取ればよいというものではありません。誓約書の内容として、職業選択の自由を過度に制約するような取り決めは、公序良俗に反するとして無効(民法90条)とされる場合があります。

つまり、後々になって無効とされないように注意をして誓約書を作成する必要があります。

では、どのような内容であれば有効と認められるのでしょうか?有効となる為の要件を説明します。

競業避止義務の規定の書式例

就業規則

第●条(競業避止義務)
1 従業員は,会社の同意がない限り、退職後1年間は,次に定める行為を行ってはならない。ただし, 会社が従業員と競業避止義務について個別に合意した場合には, 当該合意に従うものとする。
(1) 会社と競合関係にある企業ないし会社に就職し又は役員に就任すること
(2) 会社と競合する事業を自ら開業又は設立すること
(3) その他これに準ずる行為(競業避止義務の趣旨に反する行為)をすること
2 従業員は,会社より前項に定める競業避止義務に関する誓約書の提出を求められた場合,それを提出しなければならない。
3 前項の誓約書の効力は, 第1項の規定の効力に優先するものとする。

退職後の競業避止義務に関する合意の有効要件

有効要件

退職後の競業避止義務は、使用者に守るべき利益があることを前提として、競業避止義務の定めが過度に職業選択の自由を制約しないための配慮を行い、企業側の守るべき利益を保全するために必要最小限度の制約を労働者に課すものでなければ、公序良俗(民法90条)に反し無効となります

具体的には、以下の6つの要素を考慮して判断されます。

(1)守るべき使用者の利益があるかどうか、
(1)を前提として競業避止義務契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかという観点から、
(2)従業員の地位が競業避止義務を課す必要性が認められる立場にあるといえるか、
(3)地域的な限定があるか、
(4)競業避止義務の存続期間、
(5)禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか、
(6)代償措置が講じられているかといった項目について総合的に考慮した上で、競業避止合意の有効性は判断されます。
(フォセコ・ジャパン・リミティッド事件〔奈良地裁 昭45.10.23判決〕をリーディングケースとして、その後多数の裁判例も同様の視点に立っています)。

以下、(1)から(6)について、具体的に説明していきます。

(1) 守るべき使用者の利益

(1)ついて、不正競争防止法によって明確に法的保護の対象とされる「営業秘密」はもちろん、これに準じて取り扱うことが妥当な情報やノウハウについては、競業避止義務契約等を導入してでも守るべき企業側の利益と判断されます。例えば技術上の秘密、ノウハウ、顧客情報などが守られるべき利益となります。

また、「顧客の維持」それ自体も使用者の利益として認められる場合もあります。もっとも、顧客の維持を目的として競業避止義務を課すことは、顧客の自由をも制限することになりますので、慎重に検討されることにはなります。

(2) 従業員の地位

(2)については、(1)企業が守るべき利益を保護するために、競業避止義務を課すことが必要な地位にある従業員であったかどうかにより判断されます。

管理職などの幹部や技術上の秘密を持っている従業員については合意の必要性が認められやすいといえます。もっとも,実質的には、当該退職者が在職中にどのような情報に接していたか、どのような情報を持っている可能性があるのかの検討がポイントとなります。高い地位にあった従業員であっても、機密情報に接していなかった場合には、競業制限を求める必要はありません。

裁判例を見ると、形式的には執行役員という高い地位にある者を対象とした競業避止義務であっても、企業が守るべき秘密情報に接していなければ否定的に判断しています(アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件 東京地裁 平24.1.13判決)。これに対して、週1回のアルバイト従業員であっても、企業が守るべき秘密情報に接していた場合は、競業避止義務の有効性が認められています(パワフルヴォイス事件 東京地裁 平22.10.27判決)。

(3) 地域的な限定

(3)については、業務の性質等に照らして合理的な限定がなされているかという点が問題とされます。

もっとも、地理的な制限が規定されていない場合であっても、使用者の事業内容(特に事業展開地域)や、特に禁止行為の範囲との関係等を総合考慮して競業避止義務契約の有効性が認められる場合もあります。地理的な制限がないことのみをもって競業避止義務契約の有効性が否定されるわけではありません。つまり、それほど重視される要素ではないということです。

(4) 競業避止義務の存続期間

(4)について、形式的に何年以内であれば認められるというわけではなく、労働者が被る不利益の程度を考慮した上で、業種の特徴や企業の守るべき利益を保護する手段としての合理性等が判断されます。

ただ、裁判例では、概して1年以内の期間については肯定的に捉えられる傾向がありますが、2年を超えるの競業避止義務期間については、長すぎると判断される傾向があります(前掲アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件)。

(5) 禁止される競業行為の範囲

(5)について、一般的・抽象的に競業企業への転職を禁止する規定は合理性が認められない傾向にあります。

一方で、禁止対象となる活動内容(例えば、在職中担当した顧客への営業活動等)や従事する職種等が限定されている場合には、競業避止義務契約の有効性が高まります。

裁判例では、使用者の顧容に対する営業活動に限定した競業避止義務は、制限の範囲や代償措置が全くないなどの事例を除き有効とされる傾向があります。

(6) 代償措置

代償措置とは、退職者が競業避止義務を負う「対価」として受領する経済的利益です。典型的には金銭の支払いですが、株式・不動産の提供や債務免除・債務の肩代わりなどもありえます。

代償措置がなされているといえるためには、本来であれば、賃金や退職金とは別に代償措置として金銭の支払いがなされていることが必要です。ただし、給与・報酬(場合によっては退職金)の金額を決定するに当たり,本来支払うべき金額を明示し,かつ,退職後の競業避止義務を課すことも説明した上で,それも加味して最終的な報酬等の金額を決定したような場合は, その上乗せ部分を代償措置とすることも可能です。

代償措置と呼べるものが何もない場合には、有効性が否定されることが多いといえます。

ただ、上記のような明示的な代償措置を講じていない場合であっても、在職中の賃金・報酬,機密保持手当,退職金等について,代償措置に代わる退職者の不利益減少要素として考
慮する裁判例もあります。つまり代償措置とは認められないが、例えば、競業避止義務を負う対象者の賃金を高額に設定していたような場合には、肯定的に評価する材料の一つとされる傾向にあります。

総合考慮による判断

裁判所は、上記(1)から(6)を総合的に考慮して、競業避止義務が労働者の職業選択の制限し過ぎると認定評価した場合は、競業避止義務に関する合意が公序良俗に反するとして無効(民法90条)として、損害賠償請求や差し止めを認めない判断をします。

これに対して、無効とはならずに競業避止義務が有効であると判断された場合は、競業避止義務に関する合意違反を理由とした損害賠償や差し止めの判断がなされます。

競業避止義務の誓約書(書式例)

退職後の競業避止義務の誓約書(シンプル)

前述のとおり退職後の競業避止義務には明確な根拠が必要です。

そこで、退職する際に、退職後の競業避止義務を遵守する旨の誓約書を取得することが必要です。

以下は、競業避止義務を定めるシンプルな誓約書です。

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退職後の秘密保持・競業避止義務に関する誓約書(オリジナル)

競業避止義務は、究極的には、会社の機密情報を守ることに目的があります。

そこで、競業避止義務だけではなく、秘密保持についても誓約させることが有効かつ適切です。

以下は、退職時の秘密保持・競業避止に関する問題をカバーするオリジナルフォームです。

★は退職後の競業避止義務に関する誓約書(シンプル)版との違いです。

記載内容

  • ★退職後も秘密保持義務を負うことの確認
  • ★対象となる秘密の範囲(実務的に頻出の機密情報を追加し、機密情報の対象をより明確化)
  • ★退職時に保有する秘密情報を返還すること(返還のみならず、退職時に機密情報を持ち出せないように、機密情報を返還し、持ち出しさせないことを明確化)
  • ★秘密情報は会社に帰属することの確認(秘密情報は自分の権利だとの主張ができないことを明確化)
  • 競業避止義務(★基本事項に加えて、従業員の引き抜き禁止、取引先奪取の禁止を明記)
  • 競業避止義務の代償措置
  • 違反した場合の損害賠償義務
  • ★違反した場合の違約金を定めることにより、損害の立証を軽減
  • ★違反した場合の代償金の返還義務

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競業避止義務違反による損害賠償請求

競業避止義務に関する合意が有効と認められた場合、どの程度の損害賠償が請求できるのでしょうか。

会社に生じた損害が検討されます。

損害となるのは、(1)逸失利益(退職者の競業行為によって失われた利益)、(2)無形損害(競業行為により信用を毀損されたことによる損害)があります。

(1) 逸失利益

競業行為があった時に既に契約関係にあった顧客に関しては、合意違反が認められ、かつ退職者の行為によって実際に契約関係が解消された事実が認められる場合には,少なくとも当該行為がなければ短期間であっても使用者は契約維持による利益を得ていたと認められます。

そこで、競合行為によって顧客から得られるはずであった売上等の経済的利益が、相当因果関係の範囲内の損害として認められます。

損害額の計算方法

競業行為によって失った個別の顧客ごとの売上げをもとに損害額が認定されるのが通常です。

例えば、取引先企業Aとの契約及び売上が、退職した従業員の競業行為によって失われた場合、A社との契約による売上高が失われた経済的利益(損害)として計算されます。

損害額は、( 1ヶ月あたりの売上高 ー 経費 )✕ 損害発生期間 ✕ 寄与度割合 の計算式で算出されることが多いです。

その他にも、退職した社員が立ち上げた新会社の開業直後の利益を基に推計するもの、営業利益の総額を顧客人数で除して顧客1人あたりの営業利益を計算した上で,奪取された顧客件数を乗じて逸失利益を計算するもの、使用者の売上げ全体の減少額あるいは,競業行為前後の営業利益・粗利益額の差額とするものなどもありますが、ケースバイケースで最も実体に即した計算式が採用されます。

経費等の控除

売上げが減少しても,原価や給料等の経費もそれに併せて減少しますので、売上げ減少額を全てそのまま損害とは認められません。売上額から原価や経費を控除したものが損害として認められます。

では、どのような経費を控除するのかについては、諸説があり、裁判例では、(1)個別経費を控除したもの、(2)粗利益額又は粗利益率を用いて利益額を算定したもの、(3)「利益率」を用いたり, 「経費」を控除して利益額を算定したもの,(4)限界利益率(粗利益から変動経費を除いた利益を売上額で除したもの)を用いて利益額を算定したも、(5)詳細な利益率が不明であることなどの理由から利益額あるいは利益率を概算したものなどがあります。

損害の発生を認める期間

上記のとおり損害額は、( 1ヶ月あたりの売上高 ー 経費 )✕ 損害発生期間 の計算式で算出されることが多いです。

損害発生期間については、ケースバイケースで認定されますが、裁判例では3ヶ月から6ヶ月が多く1~2ヶ月程度の場合も希ではありません。これに対して、1年以上の期間が認められることは希です。

寄与度減額

退職した従業員が在職中にあげていた売上が,その従業員の属人的要素によって構築・維持されたと認められる場合、退職者の競業行為によって喪失した具体的な損失にはそもそも退職者の寄与分が含まれているとして、当該寄与分を減額するという考え方が成り立つ場合もあります。

例えば、X社の社員Yの能力が傑出して高かったため、取引先企業Aから、通常の社員の2倍の売上(1000万円)をあげていた場合があったとします。社員YがX社を競合行為をせずに退職したとしても、売上は2分の1(500万円)になります。社員Yが競合行為を行って取引先Aの売上を失ったとしても、X社に生じた損害は500万円が基準となります。この場合、社員Yの寄与度は50%として、損害から減額されるのです。

裁判例でも、使用者が小規模な家族経営会社であり,顧客の移転が退職者側と顧客との個人的信頼に大きく依拠していることを理由に損害額から約7割を控除したものや,退職者が統括していた事業部が使用者の売上げの大半を占めており,かつ当該事業部の実績は退職者の個人的資質・能力によるところが大きく,退職者が1人で退社したとしても使用者は営業上少なからぬ打撃を受けたであろうことを考慮して退職者の貢献度5割を控除した例もあります。

(2) 無形損害

逸失利益のみならず、信用毀損などの無形損害の賠償請求も出来る場合があります。

ただし、無形損害の賠償請求が認められるのは、行為態様が極めて悪質であり,顧客から契約を解除されたことによる個別的な逸失利益ではまかなえないほどの実害を受けたような特殊事例に限られます

基本的には財産的侵害(逸失利益)が填補されれば、それ以上に損害が生じていることが明らかであるような特段の事情がない限り,無形損害等は認められません。

裁判例でも、会社の名前が入っている新聞記事入りの書面を使用者の顧客に配付していった信用損傷を伴った場合、情報の持ち出し自体による信用毀損を損害と認めたもの,などに限られています。

競業避止義務違反に対する違約金の定め

上記のとおり競業避止義務違反に対しては、損害賠償請求が可能です。

ただし、損害を立証できなければ、賠償請求をしても認められないことになります。

しかし、この損害の立証は経営者にとって非常に高いハードルとなります。

例えば、退職者が競合企業へ転職し、自社の顧客を奪ったとして、その顧客を奪取したこと自体立証が難しいのはもちろん、顧客が奪われたことによる損害についても、上記のとおり算定や立証が困難な場合が多いからです。

そこで、損害賠償義務とは別に、違約金の定めをすることをお勧めします。

違約金とは、契約内容に違反した当事者が、事前の合意に従って相手方に支払う金銭です。違約金の最大のメリットは、義務違反があった場合は、損害の立証をせずとも、予め約束した違約金額を請求できることにあります。

違約金額は、想定される損害賠償額の見込額とすることが通常です。

労働基準法第16条の違約金の可否
退職後の競業避止義務の範囲を合理的に限定し、違約金額を不当に高額にしなければ可能

労働基準法16 条において「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」とされているので、競業避止義務違反の場合の違約金を定めることの可否が問題となります。

労働基準法16条の趣旨については、「労働契約の期間の途中において労働者が転職したり、帰郷する等労働契約の不履行の場合に、一定額の違約金を定めたり、又は労働契約の不履行や労働者の不法行為に対して一定額の損害賠償を支払うことを労働者本人又はその身元保証人と約束する慣行が従来我が国にみられたが、こうした制度は、ともすると労働の強制にわたり、あるいは労働者の自由意思を不当に拘束し、労働者を使用者に隷属せしめることとなるので、」これを禁止することにより、「労働者が違約金又は賠償予定額を支払わされることをおそれて心ならずも労働関係の継続を強いられること等を防止しようとするもの」と解釈されます(厚生労働省労働基準局編「令和3 年版労働基準法(上巻)」労務行政研究所)。このような趣旨からすれば、「退職後」の競業避止義務違反について違約金を設定することは、労働者の拘束・足止めをもたらすことを防止しようとする労働基準法16 条には違反しないと解釈することが可能です。

ただし、有効となるためには、退職後の競業避止義務の範囲を合理的に限定した上で、違約金の額は、従業員の職種や地位、競業避止義務違反があった場合に事業主が被ることが予想される損害の程度等を踏まえて、妥当な金額とする必要があります。無制限の競業避止義務や、高額すぎる違約金は、不当に退職者を萎縮させ、労働者の拘束・足止めの効果を生じさせる、労働基池法16 条の趣旨から無効となる可能性があります。

競業行為の中止警告(書式・ひな形)

競業避止義務違反が発覚した場合、まずは競合行為を停止するよう請求するのが通常です。

前記のとおり損害賠償請求は理論的には可能ですが、実際上、認められる要件が厳しく、会社側の立証のハードルも高いのが実情です。

競業行為の停止の警告を行い、将来の損害の発生を防ぐことが現実的な場合も多いです。

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⑷ 損害賠償請求書(書式)

競業行為により会社に損害が生じた場合には損害賠償請求書を相手方へ送付します。

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務違反による差し止めの仮処分・訴訟

不正競争防止法違反又は合意等による競業避止義務違反が肯定できる場合には,使用者は,法令又は合意等の範囲内において,退職者の行為の差止めを求めることができます

差し止めとは、裁判所が労働者に対して発する競業行為を禁止する判決(決定)です。

差し止めを求める裁判手続には、仮処分手続(決定)訴訟手続(判決)があります。しかし、競業禁止期間は通常1~2年であるため緊急性が高いところ、訴訟手続では判決までに1年~2年かかることもあるため、一般的には半年程度でスピーディに結論の出る仮処分手続を利用することが殆どです。

仮処分手続では以下のような決定がなされます。

例1
債務者は、令和●年●月●日までの間、別紙物件目録記載の金属鋳造用副資材の製造販売業務に従事してはならない。
例2
債務者は、令和●年●月●日までの間、A生命保険株式会社の取締役、執行役及び執行役員の業務並びに同社の営業部門の業務に従事してはならない。
例3
債務者は、令和●年●月●日までの間、債権者の既存顧客に対し、当該顧客の防犯設備機器の周知に向けられた
(1) 媒体を利用した宣伝広告活動の企画又は実行
(2) 販促資材等の企画・制作
(3) シンポジウム等のイベント企画・運営
(4) 情報出版物の企画・制作
の各業務を行ってはならない。

このような仮処分決定がなされた後、従業員が競業避止義務に違反した場合又は違反するおそれがある場合、間接強制の申し立てをすることができます。

間接強制とは、債務を任意に履行しない債務者に対して、一定の期間内に履行しなければ制裁を課すということを通じて債務者の意思に強制を加え、債務の実現を図る強制執行の方法を意味します。競業避止義務の場合は、競業をしてはならないという不作為義務に違反する場合に、違反行為をした1日につき●●円の制裁金を支払えという形で間接強制がなされます。

具体的には、以下のような決定がなされます。

主文
1 債務者は,令和●年●月●日までの間、別紙物件目録記載の金属鋳造用副資材の製造販売業務に従事してはならない。
2 本決定送達の日以降,債務者が前項記載の義務に違反し,製造販売業に従事したときは,債務者は債権者に対し,違反行為をした日1日につき金3万円の割合による金員を支払え

まとめ

以上おわかりいただけましたでしょうか。

今回は退職後に、会社の顧客情報や機密情報を使って競合する会社を設立して営業する元社員に対して損害賠償請求をする要件や方法について、具体的な書式も交えて解説しました。

今回も事前に会社の機密情報を使わせない、持ち出させないいことを就業規則や誓約書で確認させた上で徹底することが重要です。事後的に損害賠償も可能ですが、会社には厳しい立証責任が課されていることにも注意が必要です。

この記事がお役に立ちましたら幸いです。

参考裁判例

在職中の競業避止義務違反を肯定した事例

フレックスジャパン対アドバンテック事件

大阪地判平成14.9.11労働判例840-62

(事案の概要)
Xは,いわゆる労働者派遣法に基づく特定労働者派遣事業等を目的とする株式会社であるが,かつてXの従業員であったYら4名が,X在職中及び退職後にわたって,同業のY社と共謀して違法な方法によりXの派遣スタッフを大量に引き抜いたとして,Yら4名およびY社に対し,雇用契約上の債務不履行または不法行為に基づき,その引抜き行為による損害の賠償を求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・被告(筆者注:Y)B及び被告Aが原告(筆者注:X)のA社への派遣スタッフに対して被告会社に入社するよう勧誘し,被告Aが原告のD社への派遣スタッフに対して被告会社に入社するよう勧誘したことは明らかである。そして,・・被告Bと被告Aが飲食店「とり野菜まつや」の会合に同席し,被告Aにおいて原告の派遣スタッフに対して被告会社への移籍を勧誘したことなどからすると,被告Bと被告Aは,原告の派遣スタッフを被告会社に引き抜くことについて共謀していたものと推認することができる。」,「・・被告A及び被告Bは,原告金沢営業所の責任者というべき地位にあり,その営業活動において中心的な役割を果たすいわゆる幹部社員であったということができる。そして,このような地位にある者であれば,管轄する地区の営業状況については十分これを把握しているはずであるし,現に被告Aは自分が原告を退職すれば自分についてくる派遣スタッフもいると思っていたのであるから,被告A及び被告Bは,同被告らが突然原告を退職すれば,更に派遣スタッフが一斉に原告を退職することとなり,その結果,原告の業務運営に支障が生じることを認識していたものと推認される。ところが,被告A及び被告Bは,原告在職中に被告会社又はティ・ディ・シーへの就職が内定していながらこれを原告に秘し,突然原告に対して退職届を提出した上,退職に当たって何ら引継ぎ事務も行わず,また,原告の派遣スタッフに対して原告の営業所が閉鎖されるなどと虚偽の情報を伝え,金銭供与をするなどして被告会社への転職を勧誘し,しかも,そのまま原告在職中と同じ派遣先企業への派遣を約束するなどして原告が顧客先企業への派遣スタッフを喪失することなどにより受ける影響について配慮することなく引き抜き行為を行ったのであって,その態様は計画的かつ極めて背信的であるといわなければならない。そして,これらの事情からすると,被告A及び被告BのA社及びD社への派遣スタッフに対する勧誘行為は,単なる転職の勧誘にとどまらず,社会的相当性を著しく逸脱した違法な引き抜き行為であり,従業員として誠実に職務を遂行すべき義務に違反するもので,債務不履行ないし不法行為に該当するばかりでなく,元従業員としても著しく社会的相当性を逸脱した方法により行った勧誘行為であって,不法行為に該当するというべきである。したがって,被告B及び被告Aは,上記引き抜き行為によって原告に生じた損害を連帯(不真正連帯)して賠償する義務を負う。」とした。

エープライ事件

東京地判平成15.4.25労働判例853-22

(事案の概要)
Xは,各種工業用及び家庭用電気機械器具の販売及び設置工事等を業とする株式会社であるところ,Yは,平成5年7月1日,Xに雇用され,平成6年12月16日から同11年7月ころまで九州支社の責任者であったが,白社製品を他社に送付するように指示し,受注予定であった売買の買主を同業他社に紹介するなどして,会社に損害を与えたとして,同年8月6日懲戒解雇をされた。Xは,Yに対し,雇用契約上の債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「Yの各行為は,使用者の利益のために活動する義務がある被用者が,自己又は競業会社の利益を図る目的で,職務上知り得た使用者が顧客に提示した販売価格を競業会社に伝えるとともに,競業会社を顧客に紹介したり,競業会社が使用者の協力会社であるかのように装って競業会社に発注させたり,上司に競業会社がより安い価格で顧客と契約する可能性があることを報告しなかった行為であるから,雇用契約上の忠実義務に違反する行為であるとともに,Xの営業上の利益を侵害する違法な行為であるというべきである。」と判示して,XのYに対する損害賠償請求を認めた。

(コメント)
労働者が,労働契約の存続中に,使用者の利益に著しく反する競業行為を行ったため,就業規則の規定に従った懲戒処分,損害賠償請求がなされた事案です。

特約がないこと等を理由に競業避止義務を否定した事例

池本自動車商会事件

大阪地判平成8.2.26労働判例699-84

(事案の概要)
Xは,自動車部品の販売等を業とする株式会社であるが,取締役又は従業員であったYら13名が会社に在職中共謀の上,Xと競合する営業を開始し,Xを倒産に追い込み自らの利益を計る目的で一斉に退職したなどの不法行為を行い,その余のY3名も,Yら13名と共謀して,右不法行為に加担したなどと主張して,Yら16名に対し不法行為に基づく損害賠償を請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・会社の取締役及び従業員は,会社との間で退職後の競業を禁止する旨の合意があるなど特段の事情がない限り,退職後,同業他社に就職し,競業する内容の営業活動に従事したとしても,右行為が当然に不法行為に当たるものではないと解すべきである。そして,原告(筆者注:X)と被告(筆者注:Y)13名との間において,原告に在籍した取締役,従業員が,退職後,同業他社に就職したり,原告と競業する営業活動に従事することを制限,禁止する旨の合意や,同旨の就業規則の定めがあったことは主張立証がないのであるから,被告13名が退職後,原告と同業の林部品に就職し,原告と競業する営業活動に従事し,同社との競争の結果,原告の収入が減少したとしても,被告13名の右行為をもって不法行為に当たるということはできず,ほかに被告13名について,社会的に相当性が認められた取引上の行為の範囲を逸脱した行為があったことも認めるに足りず,違法な行為があったとは認めるに足りない。」とした。

東京貨物社事件

浦和地決平成9.1.27判例時報1618-115

(事案の概要)
Xは,イベントの設営を中心にこれに関連する業務一切を行っている株式会社であるが,Yらは,いずれも,Xを退職するに際し,Xの用意した,概ね以下の内容の「退職確認書」と題する書面に署名捺印(拇印を含む。)した。
「私議 この度 一身上の都合により 退職致したくお届け致します。
退職するに際し貴社に対し今後一切の労働債権が残っていないことをここに確認致します。なお,円満に退職するため,退職後においても貴社の機密漏洩はもちろんのこと,就業規則第45条第7項に則り,退職後3年間は同業他社に就職すること,および個人あるいは会社として同業を営むことは一切致しません。(以下省略)」

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・何人にも職業選択の自由が保障され(憲法22条1項),また,一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより,公正で自由な競争を促進すべきものとされている(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律1条参照)我が国においては,基本的には,競業禁止は,たとい合意によるとしても,無制的に許されてはならないものというべきであり,それが許されるのは,それを必要とする合理的理由があるとき,その必要を満たすに必要な範囲でのみ競業を禁止する合意が,正当な手続きを経て得られ,かつ,禁止に見合う正当な対価の存在が認められる場合に限られるものというべきである。特に,使用者と労働者との間で成立させられる競業禁止の合意については,企業者同士の間の合意に比べて,当該合意を成立させることにより利害得失についての双方の考慮の合致の結果としてのものというより,一方(使用者)の利益を守るためのみのものとして成立させられる危険が大きいから,この点はより厳格に解すべきものということができる。」,「Xの側に,本件各競業禁止特約におけるように退職後の従業員による競業を厳しく禁止するということ以外の方法で守ることの困難な正当な利益が存在したことは,本件全証拠を検討しても認めることができない。」として,仮処分命令(差止め)申立てを却下した。

東京貨物社(退職金)事件

東京地判平成12.12.18労働判例807-32

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・労働契約終了後は,職業選択の自由の行使として競業行為であってもこれを行うことができるのが原則であるところ,労働者は,使用者が定める契約内容に従って付従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり,使用者の中にはそのような立場上の差を利用し専ら自己の利のみを図って競業避止義務を定める特約を約定させる者がないとはいえないから,労働契約終了後の競業避止義務を定める特約が公序良俗に反して無効となる可能性を否定することはできないが,少なくとも競業避止義務を合意により創出するものである場合には,労働者は,もともとそのような義務がないにもかかわらず,専ら使用者の利益確保のために特約により退職後の競業行為避止義務を負担するのであるから,使用者が確保しようとする利益に照らし,競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまっており,かつ,右競業行為禁止により労働者の受ける不利益に対する充分な代償措置を執っている場合には,公序良俗には反せず,その合意は有効であると解するのが相当である。」としながら,本件については,「・・被告が同原告らから退職確認書の提出を受けたことによって退職確認書に定める内容の競業避止義務を同原告らに課すことを合意したが,被告は同原告らから退職確認書の提出を受ける際に,同原告らに競業避止義務を課することに対する代償措置を全く執っていないのであるから,その合意は公序良俗に反して無効である。」とした。

新日本科学事件

大阪地判平成15.1.22労働判例846-39

(事案の概要)
Yは,実験用動物のマウス,ラット等の飼育及びその販売,医薬,農薬,食品,化粧品等の開発研究のための薬理試験,一般毒性試験等の実施等を業とする株式会社であり,製薬会社等から医薬品等の開発業務を受託する開発業務受託機関(以下,「CRO」という。)として,医薬品等の治験を行っている。
Yの従業員であったXが,Yへの入社時および退職時に交わしたYとの競業避止義務に関する合意は公序良俗に反して無効であるとして,Xが退職後Yの競業会社で就労していることにつきYから競業避止義務違反を理由に就労行為の中止を求められたことに対し,その義務がないことの確認を求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「原告(筆者注:X)は,平成12年1月に被告会社(筆者注:Y)に就職したばかりで,・・それぞれの治験薬ないし治験手続についてのすべての知識やノウハウを得ることができる地位にあったとはいえず,被告会社が主張するような秘密保持義務と競業避止義務とを課すことにより担保する必要性は低いというべきである。」,「・・一方,被用者である原告が競業避止義務を課されることによる不利益については,・・原告が大学卒業以降被告会社を退職するまでの約17年5か月間の職業生活のうち12年近くの期間にわたって新薬の臨床開発業務に従事し,治験のモニター業務を行ってきたことに照らすと,仮に競業避止義務の内容が被告会社が主張するように被告会社の同業他社であるCROへの転職を制限するだけのものであると解したとしても,原告の再就職を著しく妨げるものといわざるを得ない。・・原告の受ける不利益が競業避止義務によって守ろうとする被告会社の利益よりも極めて大きいこと,給与支給期間中月額4000円の秘密保持手当が支払われていただけで退職金その他の代償措置は何らとられていないことにかんがみると,原告が被告会社を退職する際にした平成13年8月30日付け合意は,競業避止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても,その制限が必要かつ合理的な範囲を超えるものであって,公序良俗に反し無効であるといわなければならない。」とした。

中部日本広告社事件

名古屋高判平成2.8.31労働判例569-37

(事案の概要)
Xは,昭和37年4月,広告業を営むYに雇用され,23年11か月間在職した後,昭和61年2月末日退職した。
Xは,Yを退職し,Yと同業の広告代理業を自営したところ,就業規則上の規定に基づき退職金を全額不支給とされたため,就業規則の無効を主張して,退職金支払い請求をした。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・本件退職金が以上のように,継続した労働の対償である賃金の性質を有すること(功労報償的性格をも有することは,このことと矛盾するものでないことは,前記のとおりである。),本件不支給条項が退職金の減額にとどまらず全額の不支給を定めたものであって,退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであることを考慮すると,本件不支給条項に基づいて,・・支給しないことが許容されるのは,同規定の表面上の文言にかかわらず,単に退職従業員が競業関係に立つ業務に6か月以内に携わったというのみでは足りず,退職従業員に,・・労働の対償を失わせることが相当であると考えられるようなYに対する顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当である。」として,Xの退職金請求を認めた。

(コメント)
同事件の一審判決(名古屋地判平成元.6.26労働判例553-81)は,本件取扱いが労基法24条1項の賃金全額払いの原則に反することを法的根拠としていますが,本判決は,本判決は,退職金が「継続した労働の対償である賃金の性格を有すること」を前提に,右(退職金不支給)規定が効力をもつのは「退職従業員に,労働の対償を失わせることが相当であると考えられるようなYに対する顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当である。」としており,「背信性」が存する場合を除いて,本件就業規則の規定は「公序良俗」に反して無効であると判断したといえるでしょう。

ジャクパコーポレーション事件

大阪地判平成12.9.22労働判例794-37

(事案の概要)
退職しようとする従業員が,同業他社への転職を疑われる中で,使用者から個別に呼び出され退職理由を追及されて,使用者があらかじめ用意していた退職後競業行為を行わない旨の誓約書に署名させられた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・労使間の優劣関係を併せ考えれば,右誓約書は原告らが提出を拒絶しがたい状況の中で,意思に反して作成提出させられたものというべきであり,任意の合意といえるかには多大な疑問があるのみならず,誓約内容も,原告らが指導を担当していた幼稚園等すべてにおいて,期限を限定することもなく,他に雇用されて指導することまで制限するものであって合理性を有するものとも認められない。したがって,かかる誓約書による合意に原告らの退職後の職業選択の自由を制約する効力を認めることはできず,不法行為責任が問われている本件においても,右合意に違反したことをもって,不法行為に該当するとか,違法性を強める事情などとすることはできない。」とした。

東京リーガルマインド事件

東京地決平成7.10.16労働判例690-75

(事案の概要)
Y1は,昭和56年から平成7年5月までXの営む司法試験受験予備校の専任講師として指導の中心的役割を担っており,昭和61年以降は監査役をも務めていた。Y2は,昭和57年頃よりXに勤務し,昭和59年には取締役,同61年から平成5年12月までは代表取締役,平成6年3月までは監査役を務めていた。
Xは,平成3年11月の取締役会の決議により,本件従業員就業規則において,「従業員は,会社と競合関係にたつ企業に就職,出向,役員就任,その他形態の如何を問わず退職後2年以内は関与してはならない。従業員は,会社と競合関係にたつ事業を退職後2年以内にみずから開業してはならない。」という従業員の退職後の競業避止義務に関する条項を新設した。さらにXは,Y1Y2も出席した平成4年6月の取締役会において,本件条項と殆ど同一の条項を含む,本件役員就業規則の作成及びその内容につき説明があり,特に異論も出なかった。Y1は,平成7年5月にXを退職したが,同年4月に,Xの会長たる訴外Aとの間で,Y1の退職後の競業避止に関する合意を行った(この合意によって,Y1は,一定の条件のもと,Xとの協議を経た上で競業行為を行うことができることになった)。
Y1はすでに退職していたY2らとともに,平成7年5月に,司法試験受験指導を目的とする訴外Bを設立した。そこでXは,Y1Y2の競業行為の差止めを求めて提起した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「債務者(筆者注:Y)1は,昭和56年以降債権者(筆者注:X)の専任講師を務め,・・債権者の最高幹部として職務を遂行しており,その職務遂行上文書管理データベースを使用して受験指導用の教材及び試験問題を作成するノウハウに関わる立場にあったものということができる。しかし,このような職務内容は,同債務者の監査役としての職務権限に含まれるものではない。しかして,債権者の監査役の職務内容が実定法上委任契約終了後の競業避止義務を肯定し得るようなものであったことの主張疎明はされていないから,本件における競業避止義務特約は,もともと当事者間の契約なくして実定法上委任契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合についてのものではなく,競業避止義務を合意により創出するものであることになるところ,監査役についてまで競業行為を禁止することの合理的な理由が疎明されておらず,使用者が確保しようとする利益が何か自体明らかではなく,競業行為の禁止される場所の制限がなく,同債務者に対して支払われた退職金がその金額が1000万円にとどまり,同債務者の専任講師としての貢献が大きかったことに照らし,右退職金が監査役退任後2年間の競業避止義務の代償であると認めることはできないことからすれば,競業禁止期間が退職後2年間だけ存するという比較的短期間に限られたものであることを考えても,目的達成のために執られている競業行為の禁止措置の内容が必要最小限度にとどまっており,かつ,右競業行為禁止により労働者の受ける不利益に対する十分な代償措置を執っているということはできないから,同債務者と債権者との間の・・本件役員就業規則における退職後の競業避止義務に関する条項の内容の約定は,公序良俗に反して無効といわざるを得ない。」,「債務者2は,昭和61年4月から平成5年12月まで代表取締役の地位にあったのであり,債権者においてAが実権を把握していたにせよ,代表取締役として債権者の営業秘密を取り扱い得る地位にあったものといえるから,これに照らして考えると,委任契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合に当たり得るものと考えられ,競業禁止期間が退職後2年間だけ存するという比較的短期間に限られたものであることを併せて考えると,競業行為として禁止される職種や場所の点で問題があることを考えても,限定的な内容のものであるということができ,秘密保持義務確保の目的のために必要かつ相当な限度を超えているとは認められないから,前記競業避止義務特約が公序良俗に反して無効であるということはできない。」とした。

(コメント)
本決定は,Xの看板講師であったY1に関しては,本件役員就業規則に基づく競業避止義務は公序良俗に反して無効であるとして,本件従業員就業規則に基づく退職後の競業避止義務特約のみを認定し,右合意は,訴外Aとの合意によって,Aとの協議等を条件に免除されたものであるとして,Xは,競業行為の差止め請求権をそもそも有しないと判断しています。これに対して,代表取締役であったY2に関しては,本件従業員就業規則における退職後の競業避止義務条項はY2には適用されないが,同義務は本件役員就業規則によって黙示に合意されたものとして,Y2に対する競業行為の差止め請求権自体は認定するものの,Y2が秘密保持義務違反の行為を行い,又は行う具体的なおそれがあるとは認められないから,XによるY2への競業行為の差止め請求は認められず,その必要性もないと判断しました。 また,本決定は,退職後の競業避止義務の有効性に関して,実定法上肯定できる場合と,当事者間で創設する場合という,2つの区分けを行っている点に特徴があります。すなわち,前者の場合にはそれが同義務の内容を具体化する場合であって競業行為禁止の内容が不当でない限りは有効であるが,後者の場合には,使用者が確保する利益に照らして競業行為禁止の内容が必要最小限でありかつ十分な代償措置を要するとしています。

アートネイチャー事件

東京地判平成17.2.23労働判例902-106

(事案の概要)
Xは,昭和42年6月23日に設立された,毛髪製品の製造及び販売,並びに毛髪育成指導及び美容・理容業等を目的とする会社である。 Xの従業員であったYらが退職後,A社に入社し,毛髪製品のメンテナンス業務に従事していたところ,入社時にXに提出していた「退職した場合には原則として2年間,競業地域での同種事業を営む他社への就職が制限される。」旨の誓約書に基づき,Xが,Yらに対し,競業行為の差止め等を求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「従業員と使用者との間で締結される,退職後の競業避止に関する合意は,その性質上,十分な協議がされずに締結される場合が少なくなく,また,従業員の有する職業選択の自由等を,著しく制約する危険性を常にはらんでいる点に鑑みるならば,競業避止義務の範囲については,従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容に限定して効力を認めるのが相当である。そして,合理性を基礎づける必要最小限の内容の確定に当たっては,従業員が就業中に実施していた業務の内容,使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質,使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等,諸般の事情を総合して判断すべきである。上記の観点に照らすならば,従業員が,使用者の保有している特有の技術上又は営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり,従業員が就業中に得た,ごく一般的な業務に関する知識・経験・技能を用いることによって実施される業務は,競業避止義務の対象とはならないというべきである。」,「本件についてみると,以下の理由により,Yらが,A社において行っている業務は,Yらが,本件誓約書により負担する競業避止義務の範囲に含まれないと解するのが相当である。YらがA社で行っている業務の内容は,既に購入したかつらの使用者を対象として,営業担当者数名及び技術担当者1名によって行う,かつらのメンテナンスや美容業などであって,これらは,YらがX就業中の日常業務から得た知識・経験・技能を利用した業務ということができ,Xが保有する特有の技術上又は営業上の情報を利用した業務であることを認めるに足りる証拠はない。」とした。

競業避止義務違反が肯定された事例

チェスコム秘書センター事件

東京地判平成5.1.28労働判例651-161

(事案の概要)
秘書代行業を営むXが,元従業員であったYらに対し,退職後にXの顧客台帳を利用して顧客の勧誘を行って契約を切り替えさせたとして,債務不履行による損害賠償を請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「原則的には,営業の自由の観点からしても労働(雇傭)契約終了後はこれらの義務を負担するものではないというべきではあるが,すくなくとも,労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して,使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり,そのような働きかけをした場合には,労働契約上の債務不履行となるものとみるべきである。右の観点から,本件についてこれをみると,・・・(Yらの行為は)いずれもXに対する労働契約上の義務違反となる。」とした。

(コメント)
本件は,顧客に転送電話機を購入してもらうことが必要であり,顧客開拓にかなりのコストがかかるにもかかわらず,転送電話機を購入済みの顧客に対し,これを利用して低料金でサービスするという競業行為をなしたものであり,背信性の強いケースであったことが判断に影響していると考えられます。

三晃社事件

最判昭和52.8.9最高裁判所裁判集121-225

(裁判所の判断)
裁判所は,「原審の確定した事実関係のもとにおいては,被上告会社が営業担当社員に対し退職後の同業社への就職をある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由を不当に拘束するものとは認められず,したがって,被上告会社がその退職金規則において,右制限に反して同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき,その点を考慮して,支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも,本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば,合理性のない措置であるとすることはできない。」と判断した。

ダイオーズサービシーズ事件

東京地判平成14.8.30労働判例838-32

(事案の概要)
Xは,清掃用品,清掃用具,衛生タオル等のレンタル及び販売等を目的とする株式会社である。Yは,平成2年10月1日にA社に入社したが,同12年1月1日に,A社は事業部門をXに営業譲渡したため,A社の事業部門に属していたYを含む従業員がXに移籍した。Yは,同7年6月当時,A社の求めに応じ,「就業期間中は勿論のこと,事情があって貴社を退職した後にも貴社の業務に関わる重要な機密事項,特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる重要な事項』,『製品の製造過程,価格等に関わる事項』について一切他に漏らさないこと,事情があって会社を退職した後,理由のいかんにかかわらず2年間は,在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域(都道府県)内の同業他社(支店,営業所を含む)に就職をして,あるいは同地域にて同業の事業を起こして,会社の顧客に対して営業活動を行ったり,代替したりしない。」旨の誓約書(以下,「本件誓約書」という。)に署名押印して提出した。 なお,Xは,同13年6月15日付でYを懲戒解雇したが,Yは解雇後,C社とフランチャイズ契約を締結し,同社の支店で営業活動をしている。そこで,Xは,Yが秘密保持義務または競業避止義務に違反し,Xの顧客を奪ったとして,Yに対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償を請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・退職後の競業避止義務は,・・・期間,区域,職種,使用者の利益の程度,労働者の不利益の程度,労働者への代償の有無等の諸般の事情を総合して合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるときは,その限りで,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。・・そして,本件誓約書による退職後の競業避止義務の負担は,退職後2年間という比較的短い期間であり,在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域(都道府県)に在する同業他社(支店,営業所を含む)という限定された区域におけるものである(隣接都道府県を越えた大口の顧客も存在しうることからすると,やむを得ない限定の方法であり,また「隣接地域」という限定が付されているのであるから,これを無限定とまではいえない。)。禁じられる職種は,原告と同じマット・モップ類のレンタル事業というものであり,特殊技術こそ要しないが契約獲得・継続のための労力・資本投下が不可欠であり,D社が市場を支配しているため新規開拓には相応の費用を要するという事情がある。また,使用者である原告(筆者注:X)は既存顧客の維持という利益がある一方,労働者である被告(筆者注:Y)は従前の担当地域の顔なじみの顧客に営業活動を展開できないという不利益を被るが,禁じられているのは顧客収奪行為であり,それ以外は禁じられていない(本件誓約書の定める競業避止義務は,原告の顧客以外の者に対しては,在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域(都道府県)に在する同業他社(支店,営業所を含む)に就職をして,あるいは同地域にて同業の事業を起して,営業活動を行ったり,代替したりすることを禁じるものではない。)し,マット・モップ類のレンタル事業の市場・顧客層が狭く限定されているともいえないから,本件誓約書の定める競業避止義務を負担することで,被告が原告と同じマット・モップ類のレンタル事業を営むことが困難になるというわけでもない。もっとも,原告は,本件誓約書の定める競業避止義務を被告が負担することに対する代償措置を講じていない。しかし,前記の事情に照らすと,本件誓約書の定める競業避止義務の負担による被告の職業選択・営業の自由を制限する程度はかなり小さいといえ,代償措置が講じられていないことのみで本件誓約書の定める競業避止義務の合理性が失われるということにはならないというべきである。これらの事情を総合すると,本件誓約書の定める競業避止義務は,退職後の競業避止義務を定めるものとして合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるから,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」として,Xの請求を認めた。

東京学習協力会事件

東京地判平成2.4.17労働判例581-70

(事案の概要)
Xは,中野進学教室という名称で学習塾の経営をする会社であるが,Xの従業員であったYらが,退職し,その近くに新たに学習塾を開校するとともに,X従業員及び講師を引き抜き,また,Xの生徒名簿を利用して生徒勧誘をし,多数を入校させたことに対し,就業規則の競業避止義務違反を理由に,損害賠償の支払いを求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・年度の途中で事前に十分な余裕がないまま講師陣の大半が辞任すれば,進学塾の経営者がこれに代わるべき講師の確保に苦慮することとなり,生徒に大きな動揺を与え,相当数の生徒が該当進学熟をやめるという事態を招来しかねないというべきところ,被告(筆者注:Y)らの右行為は,一方で中野会場で会員(生徒)の教育・指導に当たっていた従業員及び講師の大半の者が,原告(筆者注:X)においてその代替要員を十分確保する時間的余裕を与えないまま一斉に退職するに至ったという事態を招来させたものであり,他方では原告の従業員として職務を行っていた際に職務上入手した情報に基づき,中野会場の会員(生徒)中約220名に対し,その住所に書面を送付してアーク進学研究会への入会を勧誘して,125名を入会させるに至ったものであって,原告の前記就業規則上の競業避止義務に違反したものであり,連帯しての損害賠償債務を負うものといわなければならない。」として,Xの請求を認めた。

ケプナー・トリゴー日本事件

東京地判平成6.9.29判例時報1543-134

(事案の概要)
Xは,アメリカ合衆国の法人であるケプナー・トリゴー株式会社の日本法人であり,主として大手企業の経営管理者,技術者及び事務者のための能率向上に関する指導,講習会,展示会の開催及び意思決定の訓練を主たる業務とする会社であるが,Yは,昭和59年1月1日Xに入社し,営業担当,インストラクターとしてXの顧客企業と直接の関わりを持ち,経営管理者,技術者及び事務者のための教育,コンサルティングの業務に従事していた者であり,平成3年9月30日Xを退職した。
Yは,Xを退職するにあたり,Xとの雇用関係終了後12か月間,同終了までにXが教育,コンサルティングを担当もしくは勧誘した相手に対し,Xと競合して教育,コンサルティングないしその勧誘をしない旨の合意(以下,「本件競業避止特約」という。)をした。

(裁判所の判断)
裁判所は,「被告(筆者注:Y)が原告(筆者注:X)との間で本件競業避止特約の合意をした事実は当事者間に争いがないところ,同特約は,被告主張のとおり被告の営業活動を制約するものであるものの,その禁止期間,業務の範囲等に鑑み,公序良俗に反すると認めるべきほどに被告の活動を過度に制約するものとはいえない。また,被告は,右合意は退職手当の支払の条件とされ,事実上強要されたものである旨主張しているが,就業規則上,退職時に誓約書を提出すべき義務が規定されている事実,被告が平成元年12月,右特約と同旨の特約を含む原告及び原告の親会社との間の社員契約書に署名している事実・・に照らし,・・その他右主張事実を認定するに足りる証拠はない。右認定事実によれば,被告は,原告と雇用関係の終了後12か月以内に,被告と原告との雇用関係の終了までに原告が教育を担当した相手に対し,原告と競合して教育を行い,本件競業避止特約に違反したものと認めることができる。」とした。

ヤマダ電機(競業避止条項違反)事件

東京地判平成19.4.24労働判例942-39

(事案の概要)
Xは,家電製品の販売等を目的とし,家電量販店チェーンを全国的に展開する株式会社であり,Yは,平成9年4月16日から同17年4月15日までの間,Xに従業員として勤務し,地区部長,茅ヶ崎店の店長等を務めた。
Yは,Xを退職するに際し,概ね次の内容の役職者誓約書を作成してXに提出した。
「この度,会社を退職するにあたり下記事項を遵守する事を誓約致します。

1.在職中に知り得た職務上の守秘事項を他に一切口外しません。
2.会社関係書類および電磁記録媒体等の情報記録媒体は,一切社外へは持ち出しません。また第三者への口外および交付はしません。
3.退職後,最低1年間は同業種(同業者),競合する個人・企業・団体への転職は絶対に致しません。(4.省略)
5.上記に違反する行為を行なった場合は,会社から損害賠償他違約金として,退職金を半額に減額するとともに直近の給与6か月分に対し,法的処置(民事・刑事ともに)を講じられても一切異議は申し立てません。」(以下省略)」

Yは,平成17年4月16日,人材派遣会社に登録し,A社(Xの競業会社であるB社の子会社)に派遣されて,労務提供を開始した。その後,Yは,同年6月1日付けで,B社に入社した。そこで,Xは,Yに対し,競業避止条項違反を理由として損害賠償を求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・このような知識及び経験を有する従業員が,原告(筆者注:X)を退職した後直ちに,原告の直接の競争相手である家電量販店チェーンを展開する会社に転職した場合には,その会社は当該従業員の知識及び経験を活用して利益を得られるが(被告(筆者注:Y)がB社に入社した後に給与等の面で優遇されたのは,被告の入社により同社が利益を得ることを示すものと考えられる。),その反面,原告が相対的に不利益を受けることが容易に予想されるから,これを未然に防ぐことを目的として,被告のような地位にあった従業員に対して競業避止義務を課することは不合理でないと解される。」として,Yの損害賠償義務を認めた。

差止めが認められた事例

トーレラザールコミュニケーションズ(業務禁止仮処分)事件

東京地決平成16.9.22労働判例882-19

(事案の概要)
Xは,医療広告・媒体戦略,医薬品の販売資材の企画・制作,医学学術サポート等の業務を行う株式会社である。Yは,平成6年3月,Xに入社し,いったん退社後,同9年10月,Xに再入社し,企画・制作業務に携わり,その後,部長級の役職を兼任したまま執行役員に就任した。Yは,同15年9月30日付でXに退職願を提出し,その後,Xの代表者にA社に転職する旨を述べその承諾を得た。 Xは,A社の業務が自社の業務と一部競合することを認識していたことから,念のため,執行役員規程の遵守等を内容とする誓約書の提出をYに求め,Yは,同年12月2日付で誓約書をXに提出し,執行役員規程で定める守秘義務,競業避止義務を遵守する旨の合意が成立した。Yは,同年12月31日付でXを退職すると,同16年1月1日付でA社の代表取締役に就任した。A社は,Yが代表取締役に就任して以降は,医療用医薬品の販促プロモーションを中心に業務展開する経営方針をとり,Yが企画制作部門において中心的役割を果たし,経営方針に沿った営業活動を行っていた。 そこでXは,Yに対して,XとYとの間に成立した競業避止等の合意に基づき,Xの既存の顧客に対し,当該顧客の医療用医薬品の周知・販促に向けられた,媒体を利用した宣伝活動の企画・実行等の5業務の差止めを求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「一般に労働者には職業選択の自由が保障されている(憲法22条1項)ことから,使用者と労働者の間に,労働者の退職後の競業につきこれを避止すべき義務を定める合意があったとしても,使用者の正当な利益の保護を目的とすること,労働者の退職前の地位,競業が禁止される業務,期間,地域の範囲,使用者による代償措置の有無等の諸事情を考慮して,その合意が合理性を欠き,労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断される場合には,公序良俗に反するものとして無効なものになると解される。」,「以上の諸事情を勘案すると,債権者(筆者注:X)と債務者(筆者注:Y)との間で成立した本件競業避止の合意は,債務者が退職した日の翌日から2年間に限り,医薬品の周知・販促に向けられた「媒体を利用した宣伝広告活動の企画・実行」等の主文第1項記載の5業務に関する競業行為を禁ずるものであると解する限りにおいて,その合理性を否定することはできず,債務者の職業選択の自由を不当に害するものとまで断ずることはできないから,公序良俗に反するものと認めることはできない。」として,Xの差止請求を認めた。

(コメント)
本決定は,本件競業避止の合意は,地域的制限を欠いているが,Xが本件競業避止の合意によって保護しようとする利益の主要なものが営業上の秘密にあって,顧客に大手製薬会社を抱えている以上,地域的制限を設けなくてもやむを得ないし,また,固有かつ独立した代償措置こそ講じられていないものの,競業を避止すべき義務を負っていないXにおける他の労働者の年間給与額と比較すると,Yの不利益の程度に見合ったものとまではいえないとしても,Yは相当の厚遇を受けていた(執行役員時に,代表者に次ぐ給与が支給されていた(退職時には年棒1500万円に迫る金額),とも判示しています。

フォセコ・ジャパン・リミテッド事件

奈良地判昭和45.10.23判例時報624-78

(事案の概要)
Xは,金属鋳造の際に使用する熔湯処理剤,鋳型用添加剤,押湯保温剤等の各種冶金副資材の製造販売を業とするものである。
Yらは,共に昭和33年3月Xの前身であるA社に入社,爾来Y1は同44年6月17日に退社するまで満10年に亘ってXの本社研究部(後に技術部,開発部と名称変更)に属し,更に退社時には豊川工場の現場の製品品質管理を担当し,Xの技術の中枢部に直接関与し,又Y2は同40年4月迄約7年間本社研究部に所属して,Xの重要極秘技術に関与し,更に以後同44年6月30日退社するまで大阪支社鋳造部本部で技術知識を有する販売員として債権者の製品販売業務に従事し,Xの顧客と接触していた。

Xは,技術的秘密を保持するためYらとの間にそれぞれ,同37年1月10日及び同41年9月5日の2回に亘り,下記の内容の契約(以下,「本件特約」という。)を締結した。

(1) Y両名は雇傭契約存続中,終了後を問わず,業務上知り得た秘密を他に漏洩しないこと。
(2) Y両名は雇傭契約終了後満2年間債権者と競業関係にある一切の企業に直接にも,間接にも関係しないこと。

Xは,退職後,競業会社の取締役に就任したYらに対し,競業行為の差止めを請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「債務者(筆者注:Y)らの主張は,要するに本件特約が債務者にとって著しく不利益なものであって,債務者の生存をすら脅やかすものであり,公序良俗に反して無効であるというにある。競業の制限が合理的範囲を超え,債務者らの職業選択の自由等を不当に抱束し,同人の生存を脅やかす場合には,その制限は公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが,この合理的範囲を確定するにあたっては,制限の期間,場所的範囲,制限の対象となる職種の範囲,代償の有無等について,債権者(筆者注:X)の利益(企業秘密の保護),債務者の不利益(転職,再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ,それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立って慎重に検討していくことを要するところ,本件特約は制限期間は2年間という比較的短期間であり,制限の対象職種は債権者の営業目的である金属鋳造用副資材の製造販売と競業関係にある企業というのであって,債権者の営業が化学金属工業の特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的に狭いこと,場所的には無制限であるが,これは債権者の営業の秘密が技術的秘密である以上はやむをえないと考えられ,退職後の制限に対する代償は支給されていないが,在職中,機密保持手当が債務者両名に支給されていたこと既に判示したとおりであり,これらの事情を総合するときは,本件特約の競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く,他に債務者らの主張事実を認めるに足りる疎明はない。従って本件特約はいまだ無効と言うことはできない。」として,Xの差止請求を認めた。

新大阪貿易事件

大阪地判平成3.10.15労働判例596-21

(事案の概要)
Xは,印字機および各種チケット,ラベルの製造販売等を業とする株式会社であり,Yは,昭和51年3月1日,Xに就職し,営業課長として,昭和63年9月以降は営業部長として,勤務を続けた。Yは,右就職時にXとの間で締結した雇用契約において,YがXを退職した場合は退職後3年間に限り,Xかあるいはその親会社であるA社かのいずれかが取り扱う商品の販売をしないなどの競業避止義務を負うことを特約した。
Yは,平成2年2月28日にXを退職した。
Xは,入社時における,退職後3年間競業行為はしないとの特約に基づいて,Yの競業行為の差止めを請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「本件で競業避止義務負担特約が有効かどうかが問題になるのは,退職後3年間の競業避止を約した部分であるが,このような特約は,企業の従業員が在職中に職務上利用しまたは知ることのできたその企業の秘密や種々の情報を退職後に利用してその企業と競合する業務を行うことによって,その企業の利益を損なうような事態を招くことを防ぐ趣旨で,企業が従業員に約束させるものである。右のような企業防衛を目的とする特約の効力を無限定に認めると,被申請人(筆者注:Y)もいうように,従業員の退職後の新たな職業,営業の選択を不当に制約してその従業員の行う公正な取引を害することにもなりかねないから,特約を有効と判断するには慎重でなければならないことはいうまでもない。しかし,本件では,被申請人は,その能力によって開拓したとはいえ,申請人(筆者注:X)の従業員として申請人の名で申請人のために開拓した得意先に対し,申請人を退職すると同時に設立して経営しているB社によって申請人の取り扱う商品と同種の商品を販売するという申請人と競合する営業行為をしているものであり,それも,被申請人が申請人の営業の全般を掌握する地位にいた者として申請人の企業利益の防衛に高度の責任を負っていたにもかかわらず,自己が右のような地位にいたために保持し管理していた顧客に関する詳細な情報を退職にさいして申請人にほとんど伝えず,B社の営業のために利用し,自己以外の申請人の従業員三名のうち二名までもB社に入社させてB社の営業に従事させ,またB社が申請人のそのような営業を承諾しているかのように読める虚偽の案内をし,あるいは申請人の在庫品をB社の営業のために無断で搬出するなど,申請人の利益を損ない,商品販売における申請人の競争力を減殺し,被申請人ないしB社に有利な状況を作り出しておいて,申請人と競合する営業をしているのである。本件で申請人が防衛すべきものとしている企業利益は,申請人の得意先ないしそれに関する顧客情報であって,特許権ないしこれに類する権利やノウハウなどほどには特別な秘密保持を必要としないものではあるが,それを従業員がその利益のために自由に利用すれば,場合によっては企業の存立にも関わりかねないこととなる点において,右特許権等の権利利益と異なることのない重要な企業利益であり,企業が合理的な範囲で従業員の在職中および退職後のその自由な利用を制約することは合理性を欠くものではないといってよい。本件のように被申請人が自己の退職後に申請人において顧客情報を利用することがほとんどできないようにしておいて申請人の得意先を奪うといった競業の行為を,その行為の申請人に対する影響がもっとも大きい退職直後の3年間に期間を限定して,特約によって禁止することは,不合理ではなく,被申請人のいう職業,営業の選択の自由や生存権を侵すものではなく,公正な取引を害するものでもないというべきである。」として,Xの差止請求を認めた。

競業行為・兼職を理由とする懲戒解雇等が有効と判断された事例

キング商事事件

大阪地判平成11.5.26労働判例761-17

(事案の概要)
Yは,コンピューター等に使用する出力用連続用紙の製造販売等を業としている会社であり,Xは,昭和36年7月1日,Yに雇用され,営業部門及び工場部門を中心として勤務してきた。この間,昭和49年2月に取締役に就任し,それ以来,平成8年3月5日まで取締役を兼務してきた。
しかし,Xは,Yの許可を受けないで在籍のままで他の会社の取締役に就任してその業務に従事したこと等を理由に,平成8年2月26日,Yより懲戒解雇された。

(裁判所の判断)
裁判所は,「原告(筆者注:X)は,被告(筆者注:Y)には秘密裏にキング商事販売に出資して取締役に就任しているが,これは,就業規則20条1号の服務規律違背であり,懲戒解雇事由にも該当するものであるというべきであり(同61条1号),また,原告は,第一営業部従業員全員を新会社へ移籍させるべく,退職届を提出させてこれをとりまとめ,部下に命じて,新会社のために被告の顧客情報等を複写して持出させたり,新規顧客を新会社の顧客として取り扱うよう指示したりしているのである(原告は,これが,顧客情報の盗出しではないなどというが,社長である正夫が強く分社に反対している状況下において,被告が右顧客情報の提供に任意に応じるとは到底考えられないところであり,そうであるからこそ,原告らも被告には秘密裏に顧客情報の複写等を行っているのであって,まさに顧客情報の盗み出し以外の何者でもない。)が,これらもまた,就業規則20条1,3,5号の服務規律違背であり,懲戒解雇事由にも該当するものであること(同61条1号)は明らかというべきである。」と判示して,懲戒解雇を有効と判断した。

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