1 労働審判手続の調停のメリット・デメリット
1.1 労働審判手続の調停とは?
労働審判手続における調停は,当事者同士の合意によって紛争の解決を図ることを目的とした手続です。
労働審判手続期日において合意が成立した場合は、合意内容が調書に記載され,その記載には強制執行等が可能となる効力が与えられます(労働審判法29条,民事調停法16条,民事訴訟法267条,民事執行法22条7号)。
1.2 労働審判手続は70%以上が調停で終了する
労働審判事件の主な終了原因には,①調停成立,②労働審判,③取り下げ,④24条決定がありますが,
調停成立:72.4%
労働審判:14.3%(うち,37%が異議が出されずに確定)
取り下げ: 8.7%
労働審判法24条1項に基づく事件の終了:3.6%
となっています。
つまり,労働審判事件全体のうち70%以上が調停で解決されており,調停による解決を前提として制度ということができます。
調停は会社及び労働者の合意による解決方法ですので、会社にもメリットがあるから合意していると考えられます。
では、調停でおわることに、会社側にどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
1.3 調停で終わることによる会社側のメリット
① 早期に解決出来る
まず,労働審判手続が調停によって終了することによる会社・社長側の最大のメリットは早期解決による時間ロスの削減です。
労働審判手続が労働審判により終了した場合,審判に不服がある当事者は異議の申し立てを行うことができます。
異議申し立てがあった場合には,労働審判は効力を失い(労働審判に基づく強制執行もできなくなります),手続は,(訴え提起等の手続を経ずに)当然に訴訟手続に移行していくことになります(労働審判法21条3項、22条1項)。
訴訟に移行した場合,会社はそれに対応することを強いられ、最低1年以上は程度は審理に時間がかかりますので,時間のロスが大幅に拡大します。
これに対して,労働審判手続で調停が成立した場合は,それにより労働審判手続は終了し,異議の申し立てや訴訟手続への移行は認められていません。
よって,調停によって確実に紛争を終わらせることができ,時間のロスが最小化できるのです。
② コストが低減できる
また,調停は話し合いによる解決ですので,労働者側も譲歩をすることが前提となります。調停を拒否してゼロサム的に労働審判や訴訟の判決をされるよりも,会社・社長側に有利な条件で合意を達成することも可能です。
また,労働審判手続で解決せずに、訴訟手続に移行した場合は、それに対応するための弁護士費用が別途発生することが通常です。これに対して、調停で労働審判手続が確実に終わることによって,訴訟への移行が無い分,それに対応するための弁護士費用が別途に発生することはありません。その意味でもコストは低減できると言えます。
③ リスクをコントロール出来る
さらに,労働審判や訴訟移行後の判決では,裁判所が最終的には労働審判や判決により白黒を付けて結論を出します。特に訴訟では,ゼロサム的な結論が出されるので,会社・社長側に有利な判決が出れば良いですが,不利な判決が出たときは,会社・社長側に甚大な負担が降りかかる可能性があります。
そこで,話し合いによる調停では,相互に譲歩することが前提となります。特に訴訟に移行した場合の判決の見通しが立たない微妙な事案では,ゼロサム的な判決に突き進むよりは,多少の負担をしたとしても合意によりリスクを確実にコントロールして解決することが合理的な場合もあります。
1.4 調停で終わることによる会社側のデメリット
労働審判手続の合意による調停で事件を終了させる場合,当然,社員(労働者)も同意することが必須の条件となります。
社員(労働者)側が同意するためには,会社・社長側にて多少の譲歩が必要となります。
また,ゼロサム的な結論を回避できる反面,白黒はっきりさせないグレーゾーンでの解決をすることになる為,会社・社長側の筋を完全に通すことは出来なくなります。
社員(労働者)より労働審判手続を申し立てられた場合,会社・社長側は感情的な違和感を持つことも多く,グレーゾーンでの解決に納得ができない気持を持つことはよくあることです。
2 労働審判委員会が労働審判をした場合(労働審判法20条)
次に、労働審判を受けることによる解決を説明していきます。
2.1 労働審判委員会の労働審判とは?
労働審判手続期日において調停成立に至らない場合は,労働審判委員会は,労働審判を行います。
労働審判は,簡単に言えば裁判所(労働審判委員会)の裁判です。
審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて,権利関係の確認,金銭の支払い等,守秘条項,その他個別労働紛争の解決のために相当と認める事項を柔軟に定める方法で行われ,殆どの場合は口頭で告知されます。
労働審判の効力は,労働審判の審判書が当事者に送達された時又は審判書の作成に代えて,すべての当事者が出頭した労働審判手続期日において労働審判の主文及び理由の要旨が口頭で告知された時に生じます(労働審判法20条4項・6項)。
前記のとおり労働審判に不服がある場合には、異議申し立てをすることが出来,異議申し立てがあった場合には,労働審判は効力を失い,手続は,当然に訴訟手続に移行します(労働審判法21条3項、22条1項)。
これに対して,告知を受けてから2週間以内に異議申し立てがなされない場合は,労働審判は確定します。確定した労働審判に基づいて強制執行などを行うことができます(労働審判法21条4項)。
2.2 労働審判がなされるのは14%程度
前記のとおり労働審判により労働審判手続が終了するのは全体の14%(うち,37%が異議が出されずに確定)程度となっています。
前記のとおり労働審判事件は70%程度が調停で終了します。
また,審理が終わった後,まずは調停による解決が模索され,当事者間で協議が繰り返されます。
それにもかかわらず,当事者間の合意が出来ないときに行われるのが労働審判という位置づけです。
2.3 判決よりは柔軟な裁判であること
労働審判は裁判所(労働審判委員会)が行う裁判の一種ですが,民事訴訟の判決よりは柔軟な解決が図れます。
例えば、解雇無効による地位確認等請求労働審判事件で裁判所が解雇は無効だと判断した場合について説明します。
民事訴訟の場合は、
【民事訴訟の判決の場合(主文)】
- 原告が被告との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
- 被告は,原告に対し,令和4年4月26日から本判決確定の日まで毎月20日限り36万円の割合による金員及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
というような判決がなされます。
①では,社員(労働者・原告)が会社(被告)との雇用契約が続いていることが確認され,②では解雇後の賃金の支払いが命じられています。
これに対して労働審判の場合は、
【労働審判の場合】
- 申立人及び相手方は,申立人と相手方との間の雇用契約が令和4年〇月〇日をもって終了したことを確認する。
- 相手方は,申立人に対し,本件解決金として,〇万円の支払義務があることを認め,これを,労働審判確定後,直ちに支払う。
- 申立人は,相手方に対する本件申立てにかかるその余の請求を放棄する。
- 申立人及び相手方は,申立人と相手方との間には,本労働審判主文に定めるほか,両者間の雇用契約に基づいて生じる何らの債権債務がないことを相互に確認する。
というような労働審判がなされます。
①では,解雇の有効無効には触れずに,一定期日における雇用契約の終了を確認します。
②では,解雇の有効無効には触れずに,一定の解決金を会社・社長側が支払うことによる解決を定めます。
③と④では,その他の債権債務が存在しないことを確認して当事者の債権債務関係の清算を確認します。
このように,民事訴訟の判決は,解雇が無効であると判断されると,雇用契約の継続及び解雇後の賃金の全額支払いが命じられます。
これに対して,労働審判では,解雇が無効であると判断されたとしても,雇用契約の終了を確認し,会社・社長側に解決金の支払を命ずることによって解決する旨の定めができます。
また,解決金額は,判決の場合の解雇後の賃金全額よりは低いことが殆どです。
このように労働審判の場合,民事訴訟の判決では実現できなかった条件を柔軟に設定し,紛争解決が図られます。
2.4 労働審判で終わることによる会社側のメリット
① 訴訟よりは早期に解決出来る
まず,労働審判手続が労働審判によって終了することによる会社・社長側の最大のメリットは訴訟よりは早期に解決できることによる時間ロスの削減です。
労働審判がなされたとしても双方当事者が異議を出さなければそれで労働審判は確定して事件は終了します。
労働時間が民事訴訟で争われた場合,平均審理期間は14.3ヶ月 1とされています。
これに対して,労働審判事件の平均審理期間は79.1日となっています。
つまり,民事訴訟に比べ,労働審判事件は約1年間早く終了することになります。
1年間も会社・社長の売上や利益に貢献しない裁判手続に時間を割くよりは,その1年間について,会社・社長の人的資源や予算を業務改善や売上向上に振り向けた方が遙かに生産性が高まるといえるでしょう。
これは会社・社長にとって大きなメリットということが出来ます。
② 訴訟よりはコストが低減できる
また,労働審判は,前記のとおり訴訟の判決よりは柔軟な解決がなされることが多くあります。
前記のとおりゼロサム的に訴訟の判決をされるよりも,会社・社長側にも配慮された条件による労働審判がなされることも多くあります。
そして,労働審判は双方当事者が異議を出さなければそれで労働審判は確定して事件は終了せることが出来ます。
また,上記のとおり事件が労働審判の確定を通じて労働審判手続の段階で終わることによって,訴訟への移行が無い分,弁護士費用が余計に発生することはありません。その意味でもコストは低減できると言えます。
③ 調停に比べて納得感が得られる
調停は,当事者の合意が前提となりますので,合意の成立の為に,社員(労働者)側にある程度譲歩した上で合意をすることが殆どです。
しかし,会社・社長としては,主張や証拠からは会社側の筋を通す必要があることもあり,社員(労働者)との調停・合意という解決に(主に心理的な)抵抗があることがしばしばあります。
また,調停・合意による解決について,会社のオーナーや株主等の利害関係人の了承を得ることが難しい場合もあります。
そこで,裁判所(労働審判委員会)が定めた労働審判を出してもらうことによって,あくまでも裁判所(労働審判委員会)の裁判という形をとることで,会社・社長側の納得や理解を得ることができることもあります。
2.5労働審判で終わることによる会社側のデメリット
① 異議申し立てがなされると紛争が長期化する
労働審判は異議申立がなされず確定すれば,それにより手続が終了し,訴訟手続に移行することもありません。
しかし,異議申立権は,当事者双方に与えられ,仮に会社・社長側が異議申立をしない場合であっても,社員(労働者)が異議申立をすることが出来ます。
そして,異議申立がなされれば,労働審判は効力を失い(労働審判に基づく強制執行もできなくなります),手続は,(訴え提起等の手続を経ずに)当然に訴訟手続に移行していくことになります(労働審判法21条3項、22条1項)。
訴訟に移行した場合,最低1年程度は審理に時間がかかりますので,時間のロスが大幅に拡大してしまいます。
このように,異議申立件が社員(労働者)にも認められていることから,労働審判による事件の終了をコントロール出来ず,事件が長期化する余地を残してしまうというデメリットがあります。
② 異議申立がなされるとコストが増大する可能性がある
同様に,異議申立がなされて手続が訴訟に移行した場合,最終的には訴訟の判決により解決がなされることになります。
その場合,ゼロサム的は結論が言い渡されることになり,会社に不利は方向で判決がなされる可能性も0ではありません。
その場合,労働審判で定められた金額を遙かに上回る莫大な額の金銭の支払いが命じられる場合があります。
異議申立件が社員(労働者)にも認められていることから,労働審判による事件の終了をコントロール出来ず,会社・社長側が負担する金額が増大する余地を残してしまうというデメリットがあるのです。
③ 必ずしも会社・社長側に有利な労働審判とは限らない
裁判所(労働審判委員会)は,審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて,個別労働紛争の解決のために相当と認める事項を柔軟に定める方法で労働審判を行います。
そして,労働審判は,直前まで行われていた調停にける当事者の意向聴取も踏まえて行われます。
つまり,会社・社長側の意向も踏まえ,現実的に解決できるラインで判断を行います。
よって,行われる労働審判の内容は,裁判所(労働審判委員会)が示した調停案に近いものになるのが通常です。
しかしながら,労働審判の内容については,裁判所(労働審判委員会)がその裁量によって定めるため,直前で示していた調停案に拘束されるものではありません。
場合によっては,調停案で示していた金額より増額した金額を労働審判で支払うよう命ずることもあります。
その意味で,必ずしも会社・社長側に有利な労働審判とは限らないというデメリットがあります。
3 会社・社長側による調停と労働審判の使い分け
労働審判事件における調停と労働審判のメリット・デメリットを踏まえ,会社・社長側の使い分けは一般的には次のようなものになると思われます。
3.1 まずは,労働審判事件の調停による終了を検討する。
労働審判手続の段階で,早期に,確実に,リスクをコントロールして解決を目指すのであれば,合意によって調停で解決することが適しているといえるでしょう。
そこで,当事者双方の主張,証拠の内容,裁判所(労働審判委員会)の心証,訴訟に移行した場合の勝算などを総合的に考慮した上で,会社・社長側として合理的な解決ラインを設定し,その範囲で合意が可能であれば,調停によって事件を終結させることが相当であると考えます。
3.2 多少不利な労働審判であっても受け入れることも検討する
調停が成立せずに労働審判がなされたとしても,訴訟による判決よりは会社・社長側にとって,紛争解決までに係る時間ロスやコストの観点から,負担が少ないことが多いといえます。
そこで,労働審判の内容が,会社・社長側にとって不利なものであったとしても,訴訟に移行した際のデメリットとの比較において応諾する(異議を申し出ずに確定させる)ことも検討した方がよいでしょう。
3.3 会社側が確実に勝てるのであれば強気の進行でもOK
これに対し,労働審判手続で出された主張や証拠の関係から訴訟に移行したとしても会社・社長側の主張が認められる可能性が高い場合は,会社・社長側の主張と大幅に乖離する裁判所(労働審判委員会)の調停案は拒否し,労働審判に対して異議を申し立ててもよいでしょう。
4 まとめ
いかがだったでしょうか?
今回は,労働審判事件の調停・労働審判のどちらが会社にとってメリットがあるかについて説明をしました。
調停・労働審判のメリット・デメリットを理解した上で対応することが重要となります。
以上,ご参考になれば幸いです。