社員への金銭の貸付・回収の方法について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
従業員への金銭の貸付
任意に金銭を貸し付けることは可能
会社が従業員からの求めに応じて、福利厚生の一環として、社員に対して任意に金銭を貸し付けることは可能です。
このような貸付は法律上強制や義務ではなく、あくまでも会社の裁量で任意に行うものであることが前提となります。
後述しますが、貸付を認めるのか否か、認める条件(正社員限定、一定期間以上在籍)、貸付条件(使途・目的、貸付限度額、返済期間、担保・保証人など)も自由に設定可能です。
なお、従業員への貸付は、反復継続して行う場合であっても、貸金業にはあたらないものとされています(貸金業法第2条1項4号)。
利息の限度額
貸付にあたり、利息や遅延損害金を定めることは可能です。
ただし、利息制限法、出資法の金利制限に反しないようにご注意ください。
利息の上限(利息制限法第1条)
元金の額 | 上限利息 |
---|---|
10万円未満 | 年率20% |
10万円以上100万円未満 | 年率18% |
100万円以上 | 年率15% |
※利息制限法の上限を超える部分の利息は無効となります。
※利息を請求するのであれば、必ず利息についての定めを記載しておく必要があります。
(利息を定めない契約を締結した場合、事後に利息の請求をすることはできません)
遅延損害金の上限(利息制限法第4条)
債務不履行による賠償額(遅延損害金)の規定は、利息制限法で定める上限利息の1.46倍までとしています。
元金の額 | 上限遅延損害金 |
---|---|
10万円未満 | 年率29.2% |
10万円以上100万円未満 | 年率26.28% |
100万円以上 | 年率21.9% |
※利息制限法の上限を超える部分の遅延損害金は無効となります。
※遅延損害金の定めがない場合であっても、金銭債務の場合は民事法定利率である年3%の遅延損害金を請求できます。
※法定利率よりも高い率の利息の定めがある場合には、それと同率の遅延損害金を請求することができます。
出資法の規制(刑事罰)
出資法第5条1項において、年109.5%または日0.3%を超える利率で利息の契約をした場合、同利率の利息を受け取った場合、その支払を要求した場合、刑事罰(年5年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金)の対象になります。なお、貸金業者の貸付の場合、年20%を超える利率は刑事罰の対象になります。
税法上の扱い
税務上、従業員への貸付が、無利息または通常の利息相当額より低い場合には、所定の利率により計算した利息の額と実際に支払う利息の額との差額が、給与として課税されることになります。
所定の利率
会社が他から借り入れて貸し付けた場合 | その借入金の利率 |
その他の場合:貸付けを行った日の属する年に応じた次に掲げる利率 | |
平成22年から25年中に貸付けを行ったもの | 4.3% |
平成26年中に貸付けを行ったもの | 1.9% |
平成27年から28年中に貸付けを行ったもの | 1.8% |
平成29年中に貸付けを行ったもの | 1.7% |
平成30年から令和2年中に貸付けを行ったもの | 1.6% |
令和3年中に貸付けを行ったもの | 1.0% |
令和4年中に貸付けを行ったもの | 0.9% |
令和5年中に貸付けを行ったもの | 0.9% |
金銭消費貸借契約書
貸付申請書
社員への貸付は、あくまでも社員からの希望や申請に基づいて行います。
その経緯を文書化するべく、「貸付金申請書」を用意して、借入希望者には記載してもらいます。
ポイント
- 借入希望額、借入理由、返済計画、連帯保証人候補者、誓約事項などを記載させる
- 給料や賞与から天引きして返済させる場合は、その旨も「誓約事項」に含めて記載する
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金銭消費貸借契約書
個々の貸付について、必ず金銭消費貸借契約書を取り交わします。
ポイント
- 通常の金銭消費貸借契約書のフォーマットをベースにする
- 完済前に退職する場合は期限の利益が喪失する旨を定める(退職後は返済されないリスクがあるため)
- 給料・賞与・退職金から天引きすることを可能にするため、相殺合意の条項を必ずいれること
- 連帯保証人を必ず着けること
従業員貸付(給料天引き)の契約書ひな形はこちら
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従業員貸付制度規程
従業員への貸付を制度として行う場合は、従業員貸付金制度規程を定めて周知するとよいでしょう。
あくまでも福利厚生の見地から会社の裁量の範囲内で行う貸付ですので、労働条件として規程にすることが必須という訳ではありません。
ポイント
- 対象者を定めること(長期雇用を前提とする正社員に限定する場合が多い)
- 貸付金の理由を定めること(想定される貸付事由を明記する)
- 貸付限度額を定めること(役職や勤続年数に応じて定める。給料額・賞与額・退職金額などを踏まえて貸倒しないように与信して決める)
- 給料・賞与・退職金から天引きすることを可能にするため、相殺合意の条項を必ずいれること
従業員貸付制度規程のひな形はこちら
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貸付金を給料や退職金から相殺・天引きする方法
相殺合意書をとる
貸付金を給料や退職金から相殺・天引きするためには、その旨労働者の同意を得る必要があります。一方的に相殺や天引きはできません。
労働基準法第24条は賃金の全額払いの原則を定め、会社・使用者が賃金債権を受働債権とする相殺は禁止されています(関西精機事件・最二小判昭31.11.2 日本勧業経済会事件・最大判昭36.5.31)。
しかし、これはあくまでも会社・使用者が、労働者の賃金債権を一方的に相殺する場合の規制であり、会社・使用者と労働者が合意により相殺する場合は例外的に許容されます(日新製鋼事件•最二小判平2・11・26)。
ただし、賃金全額払い原則の趣旨(労基法24条)から、許容されるのは、労働者がその自由な意思に基づき同意した相殺、すなわち、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限られるとされています。そして、同意が労働者の自由な意思に基づくという認定は.厳格かつ慎重に行われなければならないとされています(全日本空輸事件・東京地判平20・3 ・ 2 4労判963号47頁など)。
したがって、合意相殺により賃金からの控除をする場合には、必ず相殺合意に関する文書を取り交わしておくべきでしょう。
下記は退職金と相殺する場合の相殺合意書です。貸付金を毎月の賃金から相殺・天引きする場合は、上記損害賠償合意書を参照してください。
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前貸金の相殺禁止(労基法17条)
使用者は,労働者に対する前貸しの債権と賃金を相殺してはならないとされています(労基法17条)。
本規制は,「労働することを条件とする前貸し」が対象となります。労働者が使用者から人的信用に基づいて受ける金融,または貸金の前払いのような単なる支払い期日の繰り上げ等で,明らかに身分的拘束を伴わないと認められるものは対象とはなりません(昭22.9.13 発基17,昭33.2.13 基発90)。
解釈例規によれば,「使用者が労働組合との労働協約の締結あるいは労働者からの申出に基づき,生活必需品の購入等のための生活資金を貸付け,その後この貸付金を賃金より分割控除する場合においても、その貸付の原因、期間、金額,金利の有無等を総合的に判断して労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には,本条の規定は適用されない」との基準が示されています(昭和63・3・14基発150号)。また、住宅建設資金の融資等については、それが真に労働者の便宜のためのものであり.また労働者の申出に基づくこと,貸付期間は必要を満たし得る範囲であり,貸付金額も1ヶ月の賃金または退職金等の充当によって生活を脅威し得ない程度に返済し得ること,返済前であっても退職の自由が制約されないこと等当該貸付金が身分的拘束を伴わないことが明らかなものは,本条に抵触しないとされています(労基局、労基法上256頁)。
従って、労働者からの申出に基づき、労働者が真に必要な資金を貸し付け、無利息又は低利息で、無理のない返済金額を設定しているような場合は、労働者の退職の自由を実質的に制限するものではなく、本規制の適用はなされません。
相殺禁止に関する民法の規定
一賃金支払期の賃金又は退職金の額の4分の3に相当する部分については、会社側からは相殺することができません(民法510条、民事執行法152条、不二タクシー事件東京地判平21.11.16 労判1001号39頁)。ただし、これは会社側から一方的に相殺する場合の規制であり、合意相殺の場合には適用されません。
賃金控除の労使協定を締結する
労基法24条は賃金の全額払いを会社に義務付けていますが、同条但書は、労使協定(いわゆる24協定)がある場合に、賃金の一部を控除して支払うことを認めています。
例えば、社宅家賃や会社からの貸付金の支払いを控除して賃金を支払う場合などです。
損害賠償額を控除する場合も控除対象として記載する必要があります。
賃金控除の労使協定の書式例は次のとおりです。
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賃金控除協定に関するメモ
【どんなときに】法令に定めのないものを賃金から天引きしようとするとき
【関連条文】労基法第24条第1項ただし書
【届出の要否】届出不要
【有効期間】有効期間の定めは必須ではない
【効果】使用者が労働者の賃金から天引きすることの合法化
連帯保証人に対する請求
連帯保証
会社は法的には、社員本人の支払遅延等がなくとも、当初から、社員と連帯保証人のいずれか、または双方に同時に請求することは可能です。
もっとも、一般的には、社員本人の支払が滞りなく行われていれば、連帯保証人には請求しません。
ただし、社員本人が支払をせずに期限の利益を喪失したような場合には、連帯保証人に対して請求します。
連帯保証人に対する請求書
連帯保証人への請求書(内容証明郵便)のひな形はこちら
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