解雇後の賃金(バックペイ)請求に関して,労働者が同業他社に入社した日以降,会社で就労する意思を確定的に放棄したとして,再就職後の期間については,賃金請求権が発生しないとされた例
1 事案の概要
原告は,平成12年4月,A株式会社(以下「A」という。)に入社し,営業職として勤務してきたが,平成19年5月20日,同社を退職し,同月21日,被告に,期間の定めのない雇用契約により営業職の正社員として雇用された。 原告の試用期間は平成19年6月21日から6か月間で,所属は営業担当部署である「ウエルスマネージメント本部」,肩書は課長とされた。
被告は,平成19年9月3日,「営業担当として採用したが,営業担当としての資質に欠けるので,就業規則19条2項(試用期間中に不適と認められるときの解雇)により解雇する」として,原告を同日付で解雇した。 原告は解雇の有効性を争いながらも,平成19年11月1日付けで同業他社に再就職した。本件は,被告を試用期間中解雇された原告が,当該解雇は無効であるとして,雇用契約に基づき,被告に対し,地位確認及び賃金の支払を求めた事案である。
2 ニュース証券事件判例のポイント
2.1 結論
解雇は無効であり,原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有するとし,解雇後の賃金請求権は認められるが,請求をできるのは原告が同業他社に再就職するまでの期間に限られると判断した。その他,解雇による慰謝料として150万円を認めた。
2.2 理由
1 本件解雇(留保解約権の行使)の有効性について
解約権の留保は,採用決定の当初において当該労働者の資質・性格・能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされているものと解されるが,ただ,その一方で,当該試用労働者は既に労働契約関係に組み込まれている以上,留保解約権の行使には解雇権濫用法理(労契法16条)の基本的な枠組が妥当する。留保解約権の行使は,解約権留保の趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し,社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解するのが相当である。
平成19年5月21日から同年9月3日までの期間の原告の手数料収入は高いものとはいえないが,わずか3か月強の期間の手数料収入のみをもって原告の資質,性格,能力等が被告の従業員としての適格性を有しないとは到底認めることはできず,本件解雇(留保解約権の行使)は,客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当として是認することができない。
2 未払賃金請求権
「原告は,「原告は,平成19年11月1日以降,他社に就職して中間収入を得ている。したがって,平成19年11月1日以降は,民法536条2項に基づき,中間収入の4割を控除した月39万円(65万円×0.6。但し平成19年11月1日から同月15日まではこれに15/30を乗じた19万5000円)の給与並びに毎年6月末日及び12月末日に各63万円(105万円×0.6)の賞与の各支払を求める。」としているが,本件においては,原告は,本件解雇後,被告を相手方にして東京労働局に斡旋を申請し,金銭的な解決を求めていたこと(甲8,21,乙9),法令等により証券会社間の従業員の兼業は禁止されており,証券外務員資格の登録を抹消しないと他の証券会社で証券営業をすることは禁止されているところ,原告は新たな気持ちで証券営業に復帰する意思で,平成19年11月1日,C株式会社に入社し,証券外務員資格登録を行ったこと(甲8,乙7),原告は,労働審判においても,労働者たる地位の確認は求めず,金銭解決を求めていたこと(甲21,弁論の全趣旨)等の事実が認められるのであって,これらの事実に照らせば,原告は,C株式会社に入社した平成19年11月以降,被告で就労する意思を確定的に放棄し,本件雇用契約を終了させる旨の本件解雇を承認したものと認められる。原告は,「被告に戻りたいという気持ちはある」などと陳述しているが(甲21),前記事実に照らし,原告の陳述は採用できない。してみれば,原告の平成19年11月1日以降の給与及び賞与の請求はいずれも理由がない。」
3 不法行為に基づく損害賠償請求について
原告は,被告の社長らの勧誘に応じてAを退社して被告に入社したにも関わらず,試用期間の満了を待つことなくわずか3か月ほどで成績不振を理由に解雇されるに至っているのであって,本件解雇に至る被告の対応は性急にすぎ,本件解雇は無効かつ違法なものといわざるを得ない上に,原告は突然の解雇により顧客の信頼も少なからず損なわせたものと認められるのであるから(甲21,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨),これらの事実に照らせば,原告の被った精神的苦痛を慰謝するには150万円とするのが相当である。
3 ニュース証券事件の関連情報
3.1判決情報
裁判官:三浦 隆志
掲載誌:労働判例980号18頁,労働経済判例速報2034号3頁
3.2 関連裁判例
3.3 参考記事
4 ニュース証券事件の判例の具体的内容
主文
1 被告は原告に対し,金25万0846円及びこれに対する平成19年10月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告に対し,金33万5484円及びこれに対する平成19年11月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は原告に対し,金69万8250円及びこれに対する平成19年9月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は原告に対し,金69万8250円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告は原告に対し,金165万円及びこれに対する平成19年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
8 この判決は,1項ないし3項及び5項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し,金332万6198円及びうち金105万円に対する平成19年7月1日から,うち金149万4868円に対する同年9月21日から,うち金25万0846円に対する同年10月21日から,うち金53万0484円に対する同年11月21日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は原告に対し,平成19年12月から本判決確定の日まで毎月20日限りそれぞれ金39万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は原告に対し,平成19年12月から本判決確定の日まで毎年6月30日及び12月31日限り各金63万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 被告は原告に対し,金149万4868円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告は原告に対し,金275万円及びこれに対する平成19年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が被告に対し,被告が原告にした本件解雇が無効である旨主張して,①労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める(請求1)ほか,②平成19年10月分の未払給与25万0846円及びこれに対する給与支払日の翌日である同年10月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支払(請求2),③平成19年10月16日から同月31日までの未払給与33万5484円及びこれに対する給与の支払日の翌日である同年11月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(請求2),④主位的には平成19年11月1日から同月15日までの未払給与として,予備的には不法行為に基づく損害賠償(賃金相当額の逸失利益)として19万5000円及びこれに対する給与の支払日の翌日である同年11月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(請求2),⑤主位的には平成19年12月から本判決確定の日まで毎月20日限りの未払給与として,予備的には不法行為に基づく損害賠償(賃金相当額の逸失利益)として,それぞれ39万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(請求3),⑥主位的には平成19年12月から本判決確定の日まで毎年6月30日及び12月31日限り未払賞与として,予備的には不法行為に基づく損害賠償(賞与相当額の逸失利益)として各63万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(請求4),違法な解雇がなされたとして,⑦不法行為に基づく損害賠償として慰謝料・弁護士費用合計275万円及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成19年9月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(請求6)をいずれも求める上に,未払の賞与が存する旨主張して,⑧平成19年6月分の賞与105万円及びこれに対する賞与の支払日の後の日である平成19年7月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支払(請求2),残業代が支払われていない旨主張して,⑨時間外・深夜・休日勤務手当として149万4868円及びこれに対する最後の給与支払日の翌日である同年9月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支払(請求2)と⑩付加金149万4868円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(請求5)を求めるものである。
1 前提となる事実
(一) 本件雇用契約の締結等
原告は,平成12年4月,A株式会社(以下「A」という。)に入社し,営業職として勤務してきたが,平成19年5月20日,同社を退職し,同月21日,被告に,期間の定めのない雇用契約により営業職の正社員として雇用された。(争いのない事実,乙3)
原告の賃金は,毎月15日締めの20日払いであり,毎月の給与は65万円,賞与は毎年6月と12月にそれぞれ105万円(但し賞与規程に基づいて算出された額がこれを上回るときはその金額)とされた。(争いのない事実)
但し,原告及び被告作成の平成19年5月21日付雇用契約書(甲1,以下「本件雇用契約書」という。)には,原告の業績や原告が就業規則や雇用契約に違反する行為をした等の理由によっては賞与を支給しない場合もあると規定されている(3条1項)ほか,原告の報酬額については,原告の勤務態度や目標に対する業績が著しく悪い場合には本件雇用契約締結後6か月を経過した後に見直すことがある(3条2項)と定めている。(甲1)
本件雇用契約書は,原告の試用期間を平成19年6月21日から6か月間としている(1条)。(甲1)
原告の所属は営業担当部署である「ウエルスマネージメント本部」で肩書は課長とされた。(争いのない事実)
(二) 原告の成績
原告は,平成19年5月21日から同年9月3日まで被告にて勤務していたが,この期間の原告の手数料収入は同年6月が63万8000円,同年7月は41万2000円,同年8月は11万4000円であり,3か月間の平均額は38万8000円である。原告の預かり資産は,平成19年6月は2200万円,同年7月は3100万円,及び同年8月は3800万円であった。(争いのない事実)
(三) 本件解雇
被告は,平成19年9月3日,「営業担当として採用したが,営業担当としての資質に欠けるので,就業規則19条2項(試用期間中に不適と認められるときの解雇)により解雇する」として,原告を同日付で解雇した。(争いのない事実)
(四) 就業規則及び給与規定
就業規則(乙1)19条には以下の規定がある。
会社は,新たな従業員として採用したものに対し6か月の試用期間を経て正従業員に任用する。ただし,特別の事由のある場合は,試用期間を短縮し,または試用期間を経ないで正従業員に任用することがある。(1項)
会社は採用期間終了までに不適と認められたときは,解雇することができる。(2項)
給与規定(乙2)には以下の規定がある。
①3条
賃金の構成と体系は,次のとおりとする。(1項)
基準内賃金 基本給,業績給
基準外賃金 時間外勤務手当,休日勤務手当,通勤手当
前条に関わらず,月30時間までの時間外勤務については,みなし残業時間として,基準内賃金に含めるものとする。(2項)
②19条
時間外勤務手当は,正規の就業時間に加えて月30時間を超えて勤務することを命じ,その勤務に服した社員に支給する。(1項)
時間外勤務手当の額は,月30時間を超えた時間外勤務1時間につき1時間当たりの算定基礎額に100分の125を乗じて得た額とする。(2項)
③20条
休日勤務手当は,休日に勤務することを命じ,その勤務に服した社員に支給する。(1項)
休日勤務手当の額は勤務1時間につき,1時間当たりの算定基礎額に100分の135を乗じて得た額とする。(2項)
④25条
賞与とは,定期賞与及び臨時賞与の3種類とする。(1項)
定期賞与は,夏期は6月,冬期は12月に会社の営業成績と社員の勤務成績及び評価を勘案して支給する。(2項)
⑤27条
定期賞与は算定期間が夏期は前年10月1日より当年の3月31日までとし,冬期は4月1日より9月30日までとする。
(五) 解雇予告手当等
被告は原告に対し,平成19年9月分の賃金として38万4091円を支払済みである。また,被告は原告に対し,平成19年9月12日ころ,解雇予告手当として66万5063円を支払った。(争いのない事実)
2 争点
(一) 解雇無効を理由とする地位確認及び賃金請求
(原告)
(1) 平成19年9月2日付でされた本件解雇は無効であるところ,原告の賃金は月額65万円である。被告は原告に対し,平成19年9月分の賃金として38万4091円を支払済みであり,また,被告は原告に対し,平成19年9月12日ころ,解雇予告手当として66万5063円を支払済みであるところ,これらは平成19年9月分の未払賃金26万5909円及び同年10月分の未払賃金65万円の支払の一部に充当する。したがって,原告は被告に対し,平成19年10月分の賃金25万0846円(65万円から前記充当分を控除)及び同年10月16日から同月31日までの未払賃金33万5484円(65万円×16日÷31日)の支払を求める。
原告は,平成19年11月1日以降,他社に就職して中間収入を得ている。したがって,平成19年11月1日以降は,民法536条2項に基づき,中間収入の4割を控除した月39万円(65万円×0.6。但し平成19年11月1日から同月15日まではこれに15/30を乗じた19万5000円)の給与並びに毎年6月末日及び12月末日に各63万円(105万円×0.6)の賞与の各支払を求める(最判昭和37年7月20日民集16巻8号1656頁)。
(2) 試用期間中の原告の営業成績は認めるが,被告の解雇に関する主張は争う。手数料収入の過大評価はかつて証券業界が自社の手数料取得ばかりを気にかけて,顧客に短期的取引を求めて負担を強いていると非難を浴びた悪習を引き継ぐものであり,現代の証券業界の常識から大きく乖離している。
原告の営業成績の推移はサブプライムローン問題を原因とする世界的規模で下落した当時の相場状況,就労期間が短く営業基盤が未確立であったこと,原告が中長期的視野で顧客の利益を考える証券営業のスタイルを堅持したこと,原告の前職Aとの関係等の諸般の事情を抜きには判断できない。原告が被告で勤務していた平成19年6月初めから同年8月末までの3か月間はサブプライムローン問題による世界同時株安の影響によって日経平均株価は1万8000円から15800円へと2200円(12パーセント以上)も下落し,同年の最安値を何度も更新する状況にあった。このような下げ相場では,原告の顧客である富裕層の個人投資家を含め,自分の財産が日々目減りしている者ばかりであり,どこまで株価の下落が続くか先が見えない状況であったことから,投資家に新たな投資行動を呼びかけるのは難しい状況にあったし,移管により手数料収入を得るための基盤となる顧客を取り込むことができなかった。また,原告は,入社から1~2か月ほどの間,被告代表者より,「Aにばれないように動け」と厳命されていたので,A時代の顧客への働きかけについては極めて慎重にならざるを得なかった。原告が中途採用であることや被告の規模如何については解雇を是認する事情とはならない。証券外務員と正社員である原告とでは成績評価や給与の基準が全く異なり,証券外務員の手数料収入基準を原告の成績と結びつけて論ずることはできない。入社時の相場の状況や社内在籍期間の長さ,業界経験の長さが違う従業員を比較して原告の営業成績を評価することはできない。
被告は,原告が顧客に対し,将来の値上がりが確実であると誤解させるおそれがある発言をしていたとか,原告が追い証の入金期限までに顧客と連絡がつかないという稚拙な対応をしたことがあったなどと主張するが,そのような事実は一切ない。
被告は原告が再度のチャンスを拒絶したと主張するが,その見直し額は約62パーセント(40万円)もの減俸という非常識な内容であった。
(被告)
(1) 争う。
(2) 被告は,試用期間中の原告の成績,顧客対応能力,その他被告の従業員として要求される資質を調査,観察し,その結果,被告の従業員としての適格性を欠くと判断して留保解約権を行使した。証券営業に求められる最も重要な資質はいうまでもなく営業能力,すなわち,証券会社の商品を多くの顧客に売り,より多くの手数料収入を獲得する能力であり,証券営業における評価基準はこの手数料収入が最も重視されるものである。原告の試用期間中における手数料収入は平成19年6月は63万8000円,同年7月は41万2000円,同年8月は11万4000円であり,3か月間の平均額は38万8000円であって自己の給与分にも達していない。しかも,その成績は月を経るごとに下降しているが,これは転職直後は旧客からの注文を受けたものの,その後は新規に顧客を開拓できず,旧客からの注文も減少傾向であったことの証左である。このことからすると,原告の成績が今後改善される見込みがあると判断することは困難であった。なお,当時,個人投資家の新規の投資意欲が完全に冷え込んでいたわけではない。原告は証券営業を7年間経験しており,小規模の証券会社である被告は原告を即戦力として採用したのであるから,原告がどのような資質能力を備えているかを判断するには3か月という期間で十分である。なお,営業実績と連動して給与が決定される外務員の場合,給与額は手数料収入の35パーセントから45パーセント程度とされている。原告は正社員であり,会社にとっては固定費を必要とすることから,求められる成績の水準は外務員よりも高いものである。原告は他の正社員と比較しても手数料収入が低い。被告代表者が原告に対してAにばれないように動けと厳命した事実などない。
原告は顧客に対し,将来の値上がりが確実であると誤解させるおそれがある発言をしていた。また,原告は,担当の信用取引の顧客につき預託率が低下してきた際,その対応をめぐって二転三転した上に,追い証の入金期限までに当該顧客と連絡がつかないという稚拙な対応をしたことがあった。このため,被告は原告に対し,信用取引の新規買い建てを禁止した。
原告は,上司から,旧客の既存の取引に積極的に営業活動をするよう助言を受けていたにも関わらず,旧客について被告の口座に移管しなかった。
被告は原告に対し,給与の減額をした上での再度のチャンスの付与をしたにもかかわらず,原告はこれを拒絶した。
原告は,平成19年8月30日午後7時30分ころ,被告の事務所内応接室においてB役員と面談した際,「要求が拒否されるならば訴訟する。会社の決定的な不利な情報を持っている。」等と発言し,被告を脅迫した。原告の上記行為は懲戒解雇事由(就業規則70条4号,9号,11号及び71条)に該当する。
(3) 原告は,C株式会社に入社した平成19年11月以降,被告で就労する意思をなくしている。このことは,原告が,労働審判申立書において,被告における賃金とC株式会社との差額賃金の支払のみを求めており,労働契約上の地位の確認や将来にわたる賃金の支払をもとめていないことからも明らかである。
(二) 解雇無効を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(予備的請求)
(原告)
仮に,平成19年11月1日以降の未払賃金及び賞与の請求が認められなかった場合,原告が被告から支払われるべき毎月の賃金65万円と原告が平成19年11月1日以降にCから得ている毎月の賃金60万円との差額5万円は,無効な解雇がなければ原告が確実に得ることのできた無効な解雇と相当因果関係の認められる金員である。また,Cとの契約は賞与の支払われないものであり,現に賞与の支給もないから,平成20年夏期賞与以降毎期105万円の賞与相当額が損害となる。
(被告)
争う。
(三)慰謝料及び弁護士費用相当額の請求
(原告)
本件解雇に至る被告の対応はあまりに乱暴かつ恣意的であって,原告の人格権を侵害するとともに,原告が育んできた大切な顧客との信頼関係を失わせた。これらの被告の行為による原告の精神的苦痛を金銭的に評価すれば250万円を下らない。また,原告は,本件の解決のために弁護士に訴訟遂行を委任することを余儀なくされたが,弁護士費用相当額の損害は25万円である。
(被告)
争う。本件解雇は有効であり原告の人格権を侵害しない。被告は,紹介者として当然である原告担当の顧客に引継ぎ等の事務をしたにすぎない。
(四) 平成19年6月の賞与請求
(原告)
原告と被告との間では,平成19年6月末に賞与として105万円を支払う旨の合意があった。B役員は原告に対し,平成19年5月21日,雇用契約書を作成する際,入社して間がないが同年6月に賞与を支給することを明言し,支給しないと年収額が違ってしまうことを理由として説明していた。また,被告代表者は,原告との面接の際,年990万円を支払うとしており,給与と賞与はその割り振りにすぎない。雇用契約書3条は,賞与について年2回支給するとしているし,賞与を含む報酬額は1年後に見直すとしているのであり,5月入社の原告に夏期賞与が支給されないと,雇用契約書にある105万円を年2回支給するとする条項が意味をなさなくなる。
(被告)
争う。原告主張の合意は存しない。被告の給与規定によれば,平成19年5月に入社した原告には同年夏期賞与の算定期間における勤務が存在しない。被告の執行役員兼管理本部長Bが原告に対して同年6月に支給される可能性はあるかもしれないと述べたにすぎない。年収とは,賞与が満額支給される入社後半年ないし1年後の金額を意味しており,入社後初回の賞与は保障されていないことがむしろ通常である。
(五) 時間外・深夜・休日手当請求
(原告)
(1) 被告の就業時間は午前8時30分から午後5時30分であるところ,原告は,被告から,午前7時50分には必ず出勤しているように命じられていたし,午後7時10分ころに終わる終礼の時刻以前に勤務が終わることもなかった。日々の始業時刻及び終業時刻は別紙1ないし4に記載のとおりである。原告は1労働日につき少なくとも2時間20分(朝40分,夜1時間40分)の時間外労働を行っていた。営業日誌(乙13)に外交の記載がある場合はこれに基づき労働時間を記載している。なお,外交の際の顧客との面会時間は一律20分とみている。原告は,別紙に記載のとおりの休日労働を行っている。土日休日出勤する際は,上司の承認を得てから行っていた。
被告は時間外・深夜・休日手当を一切支払っていない。
一日の所定労働時間は8時間であり,原告の年間総労働時間は1960時間である。原告の賃金は年収990万円の年俸制であるから,990万円を1960時間で除した5051円が原告の1時間あたりの賃金額である。
したがって,原告は被告に対し,別紙1ないし4に記載のとおり,時間外・深夜・休日手当合計149万4868円の支払を求める。
(2) 被告の,管理監督者に関する主張は争う。原告は,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にない。原告が被告入社時に関しアピールしているとしても,残業代請求権を放棄する趣旨ではないし,原告のアピールによって労働基準法の適用を免れることにはならない。
(3) 被告の,給与規定19条に関する主張は争う。給与規定19条は,月30時間までは時間外手当等を支払わないとするものであり労働基準法37条1項に違反する。また,仮に,時間外手当等が基本給に含まれているとしても,本件においては,基本給のうち時間外手当等にあたる部分が明確に分けて合意されていない。
(被告)
(1) 争う。原告が社内で勤務している際に午後7時10分ころに終わる終礼の時刻以前に原告の勤務が終わることがなかった旨の原告主張の事実は認めるが,その余の事実は否認する。被告が原告に対し午前7時50分には必ず出勤するよう命じた事実はないし,社外に外出している部分について被告が指示したことはない。また,被告が原告に対して休日勤務を命じた事実もない。仮に,原告が原告主張の時間に営業活動を行っていたとしても,それは被告の指揮監督下に行われたものではない。
1時間あたりの賃金額が5051円である旨の原告主張は争う。原告の賃金は年俸制ではなく,賞与は割増賃金の基礎に含まれない。このことは雇用契約書(甲1)や就業規則の規定(乙1)から明らかである。
(2) 原告は課長職にあり,このような地位に対応して,自己の勤務時間の管理等について自由な裁量と権限を有していたのであるから,原告は管理監督者(労働基準法41条2号)にあたる。原告は,入社にあたり「勤務時間はいくらでもやらせていただきます。」とアピールしていたとおり,時間外手当が支給されないことを理解していたし,これが証券営業マンの業界の慣行でもある。
(3) 被告の給与規定では,月30時間を超えて時間外労働をした者について時間外手当を支給することとし,月30時間を超えない時間外労働に対する部分は基準内賃金に含まれるとしている。したがって,仮に,原告に時間外労働が存在するとしても,月30時間分までは時間外手当が発生しない。原告の給与は65万円で,その年齢からすれば高額であり,時間外手当等が給与に含まれているとしても不当ではない。
(六) 付加金請求
(原告)
原告は被告に対し,時間外・休日手当合計149万4868円の支払を求めており,労働基準法114条,37条の規定に基づき同額の付加金の支払を求める。
(被告)
争う。
第3 争点に対する判断
1 「解雇無効を理由とする地位確認及び賃金請求」について
(一) 被告は,原告の3か月間の手数料収入は低く今後も改善の見込みがないなど,原告は被告の従業員としての適格性を欠いており,本件解雇(留保解約権行使)は有効であると主張する。
しかしながら,被告の主張は採用できない。
(二) 解約権留保の趣旨・目的は,企業が従業員の採用にあたっては,採用決定の当初の段階ではその者の資質,性格,能力等が当該企業の従業員としての適格性を有するか否かについての必要な調査を十分行えないために,後日における調査や観察に基づいての最終的な決定を留保することにあり,かかる趣旨に照らせば,留保解約権の行使による解雇については通常の解雇よりも広い範囲で認められてしかるべきではあるが,法が解雇に制限を加えている趣旨や企業が一般的に個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあること,試用者は,従来勤務していた企業を退職したばかりか,本採用を期待して他企業への就職の機会と可能性をも放棄している等の事情もまた存するのであるから,これらの事情に照らすと,留保解約権の行使は,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合に限り認められるとするのが相当である(最判昭和48年12月12日民集27巻11号1536頁参照)。本件雇用契約書(乙1)には,本件雇用契約における原告の試用期間を6か月とする規定(1条)が置かれており,本件雇用契約においても,留保解約権の趣旨・目的は,6か月の試用期間内の調査や観察に基づいて,原告の資質,性格,能力等が被告の従業員としての適格性を有するか否かについて最終的な決定を留保したものと解されるから,この趣旨,目的に照らし,本件解雇(留保解約権の行使)が,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されるか否かを検討することになる。
(三) この点に関し,本件においては,後掲各証拠等によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,Aに勤務中の平成19年1月ころからいわゆるステップアップを考えるようになり,転職先を探し始め,転職サイトにも掲載していたところ,同年3月中旬,同サイトで原告を知った被告の担当者が原告に面接を求めてきたので,同月19日,被告を訪れた。原告は,被告の採用担当者との面接の際には,被告が原告に期待することとして,Aでの実績や経験を生かして営業基盤の底上げ,顧客の拡大をして欲しいと告げられたが,営業ノルマの話は一切されなかった。採用担当者との面接後被告の社長が登場し,原告が他の証券会社への採用面接が進んでいることに触れると,社長はいきなり「何だ,うちにこないのか?」と言い,原告が「来るも来ないも,まだお会いしたばかりで,私がどれくらいの者かもわからないでしょうし・・・」と告げると,社長は「俺は君と話して分かるよ,それに職務経歴書やメールの文章も見た,すぐうちに入社しなさい」とその場での判断を迫ってきた。原告もそこまで言われては光栄にも感じ,被告への入社の決意を述べることとなった。(争いのない事実,甲8,弁論の全趣旨)
(2) 原告は,平成19年5月20日,Aを退職し,同月21日,被告に,期間の定めのない雇用契約により営業職の正社員として雇用された。(争いのない事実,乙3)
(3) 原告は,平成19年5月21日から同年9月3日まで被告にて勤務していたが,この期間の原告の手数料収入は同年6月が63万8000円,同年7月は41万2000円,同年8月は11万4000円であり,3か月間の平均額は38万8000円である。原告の預かり資産は,平成19年6月は2200万円,同年7月は3100万円,及び同年8月は3800万円であった。(争いのない事実)
(4) 原告は,平成19年7月上旬以降,ウエルスマネージメント部長や営業担当役員Dから,「社長からペースが遅いとの指摘が出ている。」「このままでは給料の見直しも考えざるを得ない。」と言われたりしたが,被告からノルマや必達数字を示されたことはなかった。(争いのない事実)
(5) Aは原告に対し,平成19年7月12日付「当社顧客への投資勧誘行為の停止要求について」と題する書面により,原告がAの顧客に対して行っている投資勧誘の電話等は退職時の誓約に違反するのでこれを停止するよう求めるとともに,繰り返される場合には損害賠償請求の提訴の用意がある旨通告した。(甲11,18)
原告は,Aの手前,Aの顧客には遠慮しながら投資勧誘を行うことを余儀なくされた。(甲18)
(6) 平成19年7月28日の日本経済新聞朝刊は,米住宅ローン問題に端を発した信用リスクへの不透明感から同月26日の米株式市場が急落したことを受けて,同月27日の東京株式市場においても日経平均株価が大幅に続落し,同年5月1日以来,約3か月ぶりの安値水準に達した旨報じた。なお,その後も株価は下落を続けた。(甲10,20の12及び13)
(7) 原告は,日々の業務内容を営業日誌(乙13)に記録していた。営業日誌からは,原告が地道に営業活動を行っていたことが窺われる。(乙13)
(8) 原告は,平成19年8月27日,B役員及びD役員から呼び出され,成績不振が理由で解雇の方向に話が進んでいることを告げられた。原告は驚き,営業開始後まだ3か月であり,あまりにも性急であると訴え,せめて試用期間の6か月の実績を見て欲しいこと,自分の採用を決めた社長と直接面談したいことを申し入れた。翌28日B役員から回答があり,給与を65万円から25万円に減額した上であと1か月だけ猶予か,それが嫌なら解雇を受諾すること,社長は面談しないことが告げられた。その際,B役員は,「9月に頑張って成果を上げれば10月からの給料は見直してまた上げてもらえるのではないか。」と話した。原告は給与減額の上1か月解雇猶予を選択した。原告はB役員に対し,これまでの実績だけでも他の入社半年ないし8か月の従業員の営業成績と比べても遜色はないのになぜ自分だけが解雇なのか尋ねたところ,「君は期待度が高すぎた,だから給与も高い。」と述べた。原告は,翌30日朝,B役員から,月給を65万円から25万円へ変更する旨の給与変更合意書への署名を求められたが,署名捺印を断り,同日夜,B役員に対し,改めて試用期間残り3か月について従前通りの待遇を求めた。被告は,平成19年9月3日,「営業担当として採用したが,営業担当としての資質に欠けるので,就業規則19条2項(試用期間中に不適と認められるときの解雇)により解雇する」として,原告を同日付で解雇した。原告は,顧客との連絡や説明の機会を確保するため,夕方まで時間がほしいと被告に願い出たが,被告は,原告に対して荷物を整理してすぐに出て行くようにと申し渡し,顧客への説明等は会社側で考えるというものであった。当時の相場状況は,アメリカのサブプライム住宅ローン問題という外的要因により世界的な同時株安の状態にあり,個人投資家へ新規ないし変更の投資活動を呼びかけるのは極めて困難な状況にあった。(争いのない事実)
(四) 以上の事実に照らせば,なるほど平成19年5月21日から同年9月3日までの期間の原告の手数料収入は高いものとはいえないが,わずか3か月強の期間の手数料収入のみをもって原告の資質,性格,能力等が被告の従業員としての適格性を有しないとは到底認めることはできず,本件解雇(留保解約権の行使)は,客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当として是認することができない。被告は,「原告の試用期間中における手数料収入は平成19年6月が63万8000円,同年7月は41万2000円,同年8月は11万4000円であり,3か月間の平均額は38万8000円であって自己の給与分にも達していない。しかも,その成績は月を経るごとに下降しているが,これは転職直後に旧客からの注文を受けたものの,その後は新規に顧客を開拓できず,旧客からの注文も減少傾向であったことの証左である。このことからすると,原告の成績が今後改善される見込みがあると判断することは困難であった。」と主張するが,本件においては,原告の成績が改善される見込みがない旨の被告主張を裏付けるに足りる証拠は全く存しないし,かえって,営業日誌(乙13)からは成約可能であった取引の存在が窺われるばかりか,当時は,米住宅ローン問題に端を発した株価の下落や急激な円高の進行等が進行していたことが認められる上(甲20,乙13),前記のとおり,原告にはAから「当社顧客への投資勧誘行為の停止要求について」と題する書面を送付され,同社の手前,当時はAの顧客には遠慮しながら投資勧誘を行うことを余儀なくされていたという事情も存するのであるから,原告の成績が今後改善される見込みがなかったと断ずることはできない。
また,被告は,「原告は証券営業を7年間経験しており,小規模の証券会社である被告は原告を即戦力として採用したのであるから,原告がどのような資質能力を備えているかを判断するには3か月という期間で十分である。」と主張するが,なにゆえ3か月で十分であるのか明らかでないし,本件雇用契約書(乙1)には,本件雇用契約における原告の試用期間を6か月とする規定(1条)が置かれている上に,原告の報酬額も前記契約締結後1年経過ごとに原告の勤務状況及び業績に基づき見直すとしつつも,原告の勤務態度や目標に対する業績が著しく悪い場合には本件雇用契約締結後6か月を経過した後に原告の報酬額を見直すことがあるとしているのであって(3条),これらの規定によれば,被告も,6か月の試用期間が経過した時点で,原告の勤務態度や目標に対する業績が著しく悪い場合には報酬額の見直しを行い,試用期間内の調査や観察に基づいて従業員としての適格性が否定される場合には最終的な決定として留保解約権の行使を行う趣旨であったと解されるのであり,被告の前記主張はにわかに採用しがたい。
なお,被告は,外務員や他の正社員の営業収入を例にあげて本件解雇には理由があるとしているが,個々の従業員の置かれた立場は様々であって,これらを捨象して単に手数料収入の金額如何で解雇の成否が判断されるべきものとは解されないし,前記のとおり,わずか3か月強の期間の手数料収入のみをもって原告の資質,性格,能力等が被告の従業員としての適格性を有しないとは認めることはできないのであるから,この点に関する被告の主張も採用することができない。
(五) 被告は,「原告は顧客に対し,将来の値上がりが確実であると誤解させるおそれがある発言をしていた。また,原告は,担当の信用取引の顧客につき預託率が低下してきた際,その対応をめぐって二転三転した上に,追い証の入金期限までに当該顧客と連絡がつかないという稚拙な対応をしたことがあった。このため,被告は原告に対し,信用取引の新規買い建てを禁止した。」と主張するが,本件においては被告の主張を裏付けるに足りる証拠は全く存せず,営業日誌(乙13)にもその種の記載が存しないなど,被告の主張は採用できない。
また,被告は,「原告は,上司から,旧客の既存の取引に積極的に営業活動をするよう助言を受けていたにも関わらず,旧客について被告の口座に移管しなかった。」と主張するが,本件全証拠に照らしても,原告が殊更に移管をしなかったという事情は窺えず,かえって,営業日誌(乙13)によれば,原告は顧客に対し被告の口座への移管を求めていたと認められるから,被告の主張は採用できない。
被告は,「被告は原告に対し,給与の減額をした上での再度のチャンスの付与をしたにもかかわらず,原告はこれを拒絶した。」とも主張するが,本件解雇には客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当として是認することができないのであるから,給与の減額を拒絶したことをもって解雇理由とするのは相当ではない。
さらに,被告は,「原告は,平成19年8月30日午後7時30分ころ,被告の事務所内応接室においてB役員と面談した際,『要求が拒否されるならば訴訟する。会社の決定的な不利な情報を持っている。』等と発言し,被告を脅迫した。原告の上記行為は懲戒解雇事由(就業規則70条4号,9号,11号及び71条)に該当する。」と主張するが,本件においては被告主張を裏付けるに足りる証拠が存しないし,訴訟提起を告知すること自体では直ちに脅迫するものとも断じがたいから,被告の主張は採用できない。
(六) 以上のとおりであるから,本件解雇(留保解約権行使)は客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当として是認することができず,無効である。してみれば,原告が被告に対して,平成19年10月分の賃金25万0846円(65万円から前記充当分を控除)及び同年10月16日から同月31日までの未払賃金33万5484円(65万円×16日÷31日)の支払を求める請求は理由がある。
更に,原告は,「原告は,平成19年11月1日以降,他社に就職して中間収入を得ている。したがって,平成19年11月1日以降は,民法536条2項に基づき,中間収入の4割を控除した月39万円(65万円×0.6。但し平成19年11月1日から同月15日まではこれに15/30を乗じた19万5000円)の給与並びに毎年6月末日及び12月末日に各63万円(105万円×0.6)の賞与の各支払を求める。」としているが,本件においては,原告は,本件解雇後,被告を相手方にして東京労働局に斡旋を申請し,金銭的な解決を求めていたこと(甲8,21,乙9),法令等により証券会社間の従業員の兼業は禁止されており,証券外務員資格の登録を抹消しないと他の証券会社で証券営業をすることは禁止されているところ,原告は新たな気持ちで証券営業に復帰する意思で,平成19年11月1日,C株式会社に入社し,証券外務員資格登録を行ったこと(甲8,乙7),原告は,労働審判においても,労働者たる地位の確認は求めず,金銭解決を求めていたこと(甲21,弁論の全趣旨)等の事実が認められるのであって,これらの事実に照らせば,原告は,C株式会社に入社した平成19年11月以降,被告で就労する意思を確定的に放棄し,本件雇用契約を終了させる旨の本件解雇を承認したものと認められる。原告は,「被告に戻りたいという気持ちはある」などと陳述しているが(甲21),前記事実に照らし,原告の陳述は採用できない。してみれば,原告の平成19年11月1日以降の給与及び賞与の請求はいずれも理由がない。
2 不法行為に基づく損害賠償請求(逸失利益,慰謝料及び弁護士費用相当額の請求)について
原告が被告に入社してから解雇に至るまでの経緯は前記のとおりであって,原告は,被告の社長らの勧誘に応じてAを退社して被告に入社したにも関わらず,試用期間の満了を待つことなくわずか3か月ほどで成績不振を理由に解雇されるに至っているのであって,本件解雇に至る被告の対応は性急にすぎ,本件解雇は無効かつ違法なものといわざるを得ない上に,原告は突然の解雇により顧客の信頼も少なからず損なわせたものと認められるのであるから(甲21,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨),これらの事実に照らせば,原告の被った精神的苦痛を慰謝するには150万円とするのが相当である。
なお,原告は,「原告が被告から支払われるべき毎月の賃金65万円と原告が平成19年11月1日以降にCから得ている毎月の賃金60万円との差額5万円は,無効な解雇がなければ原告が確実に得ることのできた無効な解雇と相当因果関係の認められる金員である。また,Cとの契約は賞与の支払われないものであり,現に賞与の支給もないから,平成20年夏期賞与以降毎期105万円の賞与相当額が損害となる。」とし,逸失利益も損害になると主張しているが,前記のとおり,原告は,C株式会社に入社した平成19年11月1日以降,自ら被告で就労する意思を確定的に放棄したものと認められるのであるから,以後の賃金及び賞与相当額については被告の不法行為と相当因果関係のある損害とは認めることはできない。
弁論の全趣旨によれば,原告は本件の解決のために弁護士に訴訟遂行を委任することを余儀なくされたものと認められるところ,不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は15万円である。
3 平成19年6月の賞与請求について
原告は,「原告と被告との間では,平成19年6月末に賞与として105万円を支払う旨の合意があった。」と主張するが,本件においては,原告の主張を裏付けるに足りる証拠はないし,かえって,原告作成の「あっせん申請書補足」(乙9)によれば,原告自身も「かくいう私も,入社したばかりであるから期待はしていなかった。」(4丁11行目)としているのであって,この記述に照らせば,原告と被告との間には,平成19年6月末に賞与として105万円を支払う旨の合意はなかったものと認められる。なお,原告は,「B役員は原告に対し,平成19年5月21日,雇用契約書を作成する際,入社して間がないが同年6月に賞与を支給することを明言し,支給しないと年収額が違ってしまうことを理由として説明していた。」と主張するが,これを認めるに足る証拠は存しないし,仮に,B役員が原告に対して同年6月に賞与を支給する旨発言していたとしても,その発言をもって原告と被告との間に同年6月末に賞与を支給する旨の合意が成立したとまでは直ちには認めがたいところである。また,原告は,「被告代表者は,原告との面接の際,年990万円を支払うとしており,給与と賞与はその割り振りにすぎない。」とも主張するが,本件雇用契約書上は年俸額が記載されていない上に賞与の金額自体増額ないしは不支給の場合があることをも定めている(3条但し書以下)のであるし,「雇用契約書3条は,賞与について年2回支給するとしているし,賞与を含む報酬額は1年後に見直すとしているのであり,5月入社の原告に夏期賞与が支給されないと,雇用契約書にある105万円を年2回支給するとする条項が意味をなさなくなる。」とも主張しているけれども,必ず報酬額が改定されるわけではなく,原告の主張は必ずしも妥当しない。本件雇用契約書3条は「賞与規程」の存在を前提としているところ(同条但し書),被告の給与規定(乙2)によれば,平成19年5月に入社した原告には同年夏期賞与の算定期間における勤務が存在しないのであって(27条),以上の諸点にかんがみれば,「原告と被告との間では,平成19年6月末に賞与として105万円を支払う旨の合意があった。」旨の原告主張は採用することができない。
4 時間外・深夜・休日手当請求及び付加金の請求について
(一) 1日の労働時間が8時間であることは当事者間に争いがなく,原告は平成19年度の労働日が245日であると主張するところ被告はこれを明らかには争わないので,年間の総労働時間は1960時間となる。前記のとおり,賞与については本件雇用契約書上増額ないしは不支給の場合があるとされており,本件賞与は年俸制における賞与のように支給が確定したものとはいえないから,これを除外した780万円を年間給与総額として前記総労働時間1960時間で除すと1時間あたりの賃金額は3979円59銭となる。
原告は,「被告の就業時間は午前8時30分から午後5時30分であるところ,原告は,被告から,午前7時50分には必ず出勤しているように命じられていた」と主張するが,本件においてはこれを裏付けるに足りる証拠はない。原告が社内で勤務している際に午後7時10分ころに終わる終礼の時刻以前に原告の勤務が終わることがなかったとの事実については当事者間に争いがないところ,乙第13号証及び弁論の全趣旨をも併せ斟酌すれば,終業時刻については別紙1ないし4の同欄に記載のとおりであると認めることができる。原告は,別紙3及び4記載のとおり,平成19年7月14日及び同月15日に各7時間,同年8月11日及び同月12日に各8時間の休日労働をした旨主張しているところ,なるほど原告が土日にも出社して「頑張っていた」事実は窺われるけれども(甲18),本件においては,その日及び労働時間を裏付けるに足りる客観的な証拠がなく,原告の主張は採用できない。原告は前記休日労働を裏付ける証拠として手帳を証拠として提出しているが(甲13の2及び3),その記載からは原告主張の時間の労働があったか否かは判然とせず,前記手帳の記載をもって原告主張の休日労働を裏付けることはできない。
以上のとおりであるから,原告の時間外労働時間は140時間10分(8410分,このうち1時間は深夜時間にあたる。)の限度で認めることができるところ,1時間あたりの賃金額は3979円59銭であり,1時間あたりの時間外手当は4974円48銭,深夜手当は994円89銭となるから,時間外手当は69万7256円(円位未満切捨),深夜手当は994円(円位未満切捨)の限度で認めることができる。
(二) なお,被告は,「原告は課長職にあり,このような地位に対応して,自己の勤務時間の管理等について自由な裁量と権限を有していたのであるから,原告は管理監督者(労働基準法41条1項2号)にあたる。」と主張する。
しかしながら,管理監督者とは労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者をいうと解されているところ,本件証拠上,原告に経営会議に出席するなどして被告の人事や経営に関与する権限があったとは認めることができないし,新卒従業員の採用や部下の人事考課権を有していたとの事情も認めることができず,その職務の内容,権限,責任等に照らすと,原告については労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者であったとは認めることができない。被告の管理監督者に関する主張は理由がない。
被告は,「原告は,入社にあたり『勤務時間はいくらでもやらせていただきます。』とアピールしていたとおり,時間外手当が支給されないことを理解していたし,これが証券営業マンの業界の慣行でもある。」などと主張しているが,時間外勤務を規制し割増賃金を定めた労働基準法は労働条件の最低の基準(同法1条2項)を定める強行法規であって,当該従業員の意思や業界の慣行如何にかかわらず適用されるべきものであるから,被告の主張は到底採用できない。
(三) 更に,被告は,「被告の給与規定では,月30時間を超えて時間外労働をした者について時間外手当を支給することとし,月30時間を超えない時間外労働に対する部分は基準内賃金に含まれるとしている。したがって,仮に,原告に時間外労働が存在するとしても,月30時間分までは時間外手当が発生しない。原告の給与は65万円で,その年齢からすれば高額であり,時間外手当等が給与に含まれているとしても不当ではない。」と主張するところ,なるほど被告の給与規定3条2項,19条にはその種の規定が置かれている。しかしながら,割増賃金を基準内賃金に含まれるとすると,通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分との比較対象が困難であり,労働基準法所定の割増賃金額以上の支払があるのかどうかの判断が不可能であるため,労働基準法37条の規制を潜脱するものとして違法であると一般に解されているところであり,また,判例も,基本給のうち割増賃金にあたる部分が明確に区分されていて,かつ,労働基準法所定の算定方法による額がその額を上回るときはその差額を支払うとされている場合にのみかかる支払方法は適法とされているのである(最判昭和63年7月14日労働判例523号6頁参照)。本件においては,その全証拠に照らしても,原告の基準内賃金のうち割増賃金にあたる金額がいくらであるのか明確に区分されているとは認められないから,被告の前記主張は採用することができない。
(四) 以上のとおり,被告は原告に対し,時間外手当として69万8250円を支払うべき義務を負っているところ,被告はなお労働基準法37条に違反し,この義務を履行していないから,同法114条に基づき,69万8250円の付加金を課すのが相当である。
第4 結論
以上のとおりであるから,原告の請求は主文の限度で理由がある。