日本ファースト証券事件

日本ファースト証券事件(大阪地方裁判所平成20年2月8日判決)

管理監督者性が肯定された例

1 事案の概要

被告は,証券会社で,従業員349名で,本社のほか8支店を有していた。
原告は,平成16年2月1日,大阪支店長として入社し,平成17年6月30日に退職した。
本件は,原告が被告に対し,時間外割増賃金等の支払いを求める事案である。

2 判例のポイント

2.1 結論

原告は管理監督者に該当するとして請求が棄却された。

2.2 理由

① 勤務内容・責任・権限

原告は支店長として,大阪支店の30名以上の部下を統括する地位(副部長1号)にあった。
被告の従業員349名中,執行役員3名,部長1号11名,副部長1号2名で,原告の職責は上位15ないし16番目に当たる。
原告は,営業計画・予算案・支店内業務分掌の立案,要員補充の申請,係長以下の社員に対する人事考課の実施,支店内規律維持・管理などを行っていた。また,1件10万円以下の資産購入・修理,証拠金請求や不良債権管理など各種の営業管理,信用取引を行う顧客調査など各種顧客管理等の権限も与えられていた。
原告自らの経営方針や営業方針に沿うように社員配置や支店内組織変更を実施,毎月各支店長と役員が出席する責任者会議へ出席し,事業経営上重要な上位職責にあり,支店の経営方針を定め,部下を指導監督する権限を有し,中途採用者の実質的採否の権限があり,人事考課を行い,係長以下の人事を原告の裁量で決することができ,昇格降格に相当な影響力を有していた。

② 勤務態様

原告の出欠の有無や労働時間は報告や管理の対象外であった。

③ 賃金等の待遇

基本給33万円,職務給8.5万円,役務給8.5万円,職責手当(副部長1号)25万円,営業手当7万円で月給82万円となり,店長以下のそれより格段に高い。
職責手当は係長以上に支給され,原告の部下の店長が20万円,次長が10万円,課長が2万円の上限となっている。
月額80万円以上の給与は職務と権限に見合った待遇である。

3 判決情報

3.1 裁判官

裁判官:上田賀代

3.2 掲載誌

労働経済判例速報1998号3頁
労働判例959号168頁

4 主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

5 理由

第1 請求

被告は、原告に対し、572万0932円及びこれに対する平成18年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は、被告を退職した原告が、被告に対し、①被告が速やかに雇用保険離職票等を交付しなかったため、再就職することができなかったとして、1か月間の給与相当損害金、②退職に伴う持株買取代金の不足額、③土曜日、祝日の出勤に対する時間外割増賃金、④これらに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで、民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払いを請求した事案である。

1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない)

⑴ 当事者

ア 被告は、有価証券の売買、有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引及び外国市場証券先物取引等を業として行う株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 原告は、平成16年2月1日に、被告の大阪支店長として入社し、平成17年6月30日をもって退職した者である。

⑵ 原被告間の雇用契約

原被告間の雇用契約の内容は、次のとおりであった。
ア 労働時間(以下略)
午前8時30分から午後5時30分まで
このうち、午前11時30分から12時30分までは休憩時間のため、所定労働時間は1日8時間
イ 休日(以下略)
日曜日を法定休日とし、ほかに土曜日、祝日及び日曜日を除く年末年始(12月31日から1月3日まで)を所定休日とする。
ウ 給与(以下略)
基本給  33万0000円
職務給   8万5000円
役務給   8万5000円
職責手当 25万0000円
営業手当  7万0000円
ほかに住宅手当、持株会奨励金等の名目での支給がある。

⑶ 従業員持株会(以下略)

ア 被告には従業員持株会(以下「持株会」という)がある。
持株会は、従業員による被告の株式取得を奨励し、もって従業員の財産形成と被告との共同体意識の高揚をはかることを目的として、従業員のための持株制度の管理とこれに付帯する事業を行う民法上の組合である。
イ 原告は、被告に入社後、持株会に加入し、毎月、定められた拠出金を給与から天引きの方法で支払い、会員からの拠出金を原資として持株会が取得した被告発行にかかる普通株式に対する共有持分(以下「持株」という)を取得した。

⑷ 退職に伴う手続き

ア 離職票等の交付
被告は、原告が平成17年6月30日に退職したことに伴い、同年7月26日、原告に対し、離職票、年金手帳、雇用保険被保険者証等を交付した。
イ 持株会の退会処理
原告は、被告を退職したことに伴い、持株会を退会した。
持株会は、原告が持株会を通じて取得した株式を買い取り、その買取代金を含む退会の清算金として、98万2035円を支払った。

2 争点

⑴ 離職票等の交付が遅れたことによる損害の有無とその額…争点1
⑵ 持株会の退会に伴う持株買取代金額…争点2
⑶ 土曜日及び祝日における就労の有無と割増賃金額…争点3
⑷ 原告は労働基準法四一条二号の管理監督者か…争点4

3 争点に対する当事者の主張

⑴ 争点1(離職票等の交付が遅れたことによる損害の有無とその額)について

(原告の主張)
ア 離職票、雇用保険被保険者証及び年金手帳は、退職を証明するものであり、再就職をする前提として非常に重要である。
それにもかかわらず、原告が被告からこれらの書類の交付を受けたのは、退職から約1か月を経過した平成17年7月26日であった。
また、被告における外務員登録が抹消されなければ、同業他社に就職して商品先物取引または証券業取引の営業を行うことができない。
イ 原告は、離職票等がないためハローワークに登録できず、失業保険の受給手続きもできず、被告における外務員登録が抹消されていないため同業他社への再就職活動をすることも事実上できないまま、1か月間を過ごさざるを得なかった。
ウ よって、原告は、被告に対し、給与相当損害金として、被告における原告の1か月分の給与相当額82万円(支給総額から住宅手当及び持株会奨励金を控除したもの)の支払を求める。

(被告の主張)
ア 求職のためハローワークに登録するには、求職公開申込書に経歴等を記入すれば足り、離職票は必要ない。
失業保険が失業認定の遅れによって減額されるといったこともない。
離職票がなくても就職活動はでき、証券業界や先物取引業界に入社することもできる。
結局、離職票等の交付が平成17年7月26日になったことによって、原告に損害は全く発生していない。
イ もっとも、証券業界や商品先物取引業界では、2社同時に外務員資格を登録することはできないことになっており、被告に登録している原告の証券外務員資格及び商品取引外務員資格が抹消されなければ、原告は同業他社に再就職することができない。
しかし、被告は、平成17年7月5日には、原告の証券外務員資格の抹消申請書類を日本証券業協力へ郵送しており、同月12日には、原告の商品取引外務員資格の抹消申請書類を日本商品先物取引協会へ郵送しており、そのころ原告の登録は抹消されている。

⑵ 争点2(持株会の退会に伴う持株買取代金額)について

(原告の主張)
ア 原告は、平成17年6月14日に辞表を提出した直後に、持株会を退会する意向を示し、持株の買取を要求したが、被告は手元不如意を理由に払戻しに応じず、原告が持株の交付を要求しても、これに応じなかった。
その後、平成17年9月後半になって脱退・解約の手続きをしてくれとの依頼があったので、原告は同月26日に退会申請書を書いて提出した。
したがって、原告が持株会を退会したのは平成17年9月26日以降である。
イ 原告は、被告に入社以来、平成17年6月分の給料時まで、合計96万9600円の拠出金を持株会に支払っている。
そして、被告は、平成17年7月26日に、一株8万円とする取締役会決議をしたから、その後に退会した原告に対しては一株8万円で計算した買取代金が支払われるべきところ、その額は141万0327円(=969600円÷55000円×80000円)となるはずである。
しかるに、被告は、98万2035円しか支払わないから、原告は、被告に対し、差額42万8292円の支払いを求める。

(被告の主張)
ア 持株会は、会員資格を被告の従業員に限定しており、規約上、「会員資格を喪失したときは退会するものとする」と定められている。
原告は、平成17年6月30日をもって被告を退職したから、同日をもって持株会の会員資格も喪失することになるのであって、この時点での払戻金額を基準とした清算がなされるべきことは当然である。
そして、規約18条4項は、「(払戻金額は)規約16条3項を参考にする」と定めており、規約16条3項は、「購入価格は直近の増資時の発行価額をもとに理事会にて決議する」と規定している。
イ 原告が持株会を退会したのは平成17年6月30日であり、直近の増資時の発行価額は、同年3月18日の増資時の一株5万5000円である。一株8万円に増資されたのは、同年7月26日であるから、原告に一株8万円で計算した払戻しを行うべき理由はない。
原告が退職時に所有していた株式数は14.77株であったから、一株5万5000円を基準として払戻金を計算すると、次のとおり98万2035五円となり、既に振込済みである。
14.77株(原告所有株式数)×55000円(買取単価)=812350円(買取金額)
812350円(買取金額)+170315円(繰越金額)=982665円(清算金額)
982665円(清算金額)-630円(振込手数料)=982035円(差引振込額)

⑶ 争点3(土曜日及び祝日における就労の有無と割増賃金額)について

(原告の主張)
ア 原告は、本件訴訟で平日の時間外手当を請求していないが、平日は午前6時40分ころには出勤し、午後8時から8時30分ころまで勤務していた上、被告に入社して以来、毎週土曜日と元日を除く祝日はすべて休むことなく出勤していた。
(ア) 土曜日に出勤するのは、営業部員同士で普段できない営業についての話し合いや商品についての勉強会、書類の整理、あるいは営業に赴くなど、しなければならない事項がいろいろあったためであり、営業部員はほとんどの者が毎週土曜日には出勤していたし、原告も、自身の営業活動に加え、部下の相談に乗るなど平日できない業務があり、毎週出勤していた。
原告の土曜日の出勤時間は午前8時半ころ、退勤時間は平日よりも早い午後3時ころであった。
(イ) 祝日に出勤するのは、外国為替証拠金取引をしている関係で、日本は祝日であっても海外は祝日休業ではないため、為替取引を行う必要があったためであり、被告自身、祝日にも出勤して仕事をするようにとの業務通達を出していた。そのため、顧客を抱えている営業部員は、祝日にも出勤しており、原告も出勤していた。
原告の祝日の出勤時間は午前8時半ころ、退勤時間は土曜日よりも遅く、午後5時ころまでであった。
イ しかるに、被告は平日の時間外手当はもちろんのこと、土曜日・祝日出勤に対して一切手当を支払っていないから、原告は、土曜日・祝日出勤に対する次の時間外割増賃金の支払いを求める。
(ア) 原告が平成16年の1年間に出勤すべき所定労働日数は248日であり、1日の所定労働時間は8時間であるから、1か月当たりの平均所定労働時間は165時間となる。
(イ) 原告の基本給与額は82万円であるから、一時間当たりの賃金は4970円である。
(ウ) 被告には所定休日に出勤した際の手当に関する規程がないため、割増賃金の最低割合である2割5分で計算すると、1時間当たりの割増賃金は6212円となる。
(エ) 原告が被告に入社してから退社するまでの間の土曜日、祝日の合計日数は別紙のとおり90日であるから、土曜日・祝日出勤に対する割増賃金は447万2640円となる。
(計算式)
1か月当たりの平均所定労働時間
248日(H16年度所定労働日数)×8時間÷12か月=165時間/月
1時間当たりの賃金
820000円(原告の基本給与額)÷165時間=4970円/時間
1時間当たりの割増賃金
4970円×1.25=6212円/時間
原告の土曜日・祝日出勤に対する時間外割増賃金
6212円×90日×8時間=4472640円

(被告の主張)
ア 原告の入社日である平成16年2月1日から、退職日である平成17年6月30日までの期間における祝日は21日、土曜日(祝日と重なっている土曜日は祝日として換算する)71日である。
しかし、為替業務日誌によれば、この間、原告が土曜日に出勤したのは平成16年5月に2日、同年10月に1日の計3日にすぎず、祝日に出勤したのは半分程度である。
しかも、原告は、土曜日・祝日に出勤しても、午後1時ころには帰っていた。
イ また、所定労働時間や賃金単価の算出についても、次のとおり反論する。
(ア) 被告における平成16年の所定労働日数は246日であるし、原告が入社した平成16年2月1日から同年12月31日までの所定労働日数は227日であるから、平成16年度の1か月あたりの所定労働日数は21日(1日未満切上げ)である。
ちなみに、これは、1年間の日数から土曜日、祝日、日曜日を差し引き、12月31日と1月1日から1月3日までの合計4日間を差し引いて、これを12で除したものである。
(イ) そして、原告の1か月当たりの賃金は82万円であるから、原告の賃金単価は4880円となる。
(計算式)
820000円(原告の基本給与額)÷21日(H16年度の1か月当たりの所定労働日数)÷8時間(1日当たりの所定労働時間)=4880円

⑷ 争点4(原告の管理監督者性)について

(被告の主張)
原告は、被告の大阪支店長の地位にあり、次の諸点からしても、労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という)に該当する。
ア 原告の権限
原告は、企業の経営方針及び労務人事管理方針の決定、労働条件の設定等に参画し、あるいは、従業員の統括と管理、業務や労務取扱上の裁量事項の決定と命令又は承認等を行っていた。その具体的な内容は次のとおりである。
(ア) 原告は、毎朝、ミーティングを実施し、そこで大阪支店の経営方針・運営方針、組織体制の変更、昇降格等を告げていた。そしてその多くは、原告が自らの権限・裁量で決めた事項であった。
(イ) 原告は、毎月1回本社で開催される責任者会議へ出席し、大阪支店の支店業績総括表を作成、提出し、報告していた。
(ウ) 原告は、社員の採用について、自ら面談を行い、その採否を決定していた。
(エ) 原告は、自らの裁量で大阪支店に所属する社員の昇降格の立案を行っていた。
なお、被告には一応の降格基準があったが、原告の裁量で基準以上の降格が行われたり、基準に該当しても降格を免れさせるといったことが行われていた。
一方、昇格基準については明確な定めがあったにもかかわらず、大阪支店ではこの基準に従わない昇格が原告のお気に入りの従業員に対して行われていた。
(オ) 原告は、経費口口座等の管理も行っていた。
イ 勤務態度
原告は自己の勤務について自由裁量権限があり、出退勤について就業規則上及び実態上厳格な制限を受けない地位にあった。
ウ 待遇
原告の職階(職務内容や責任の度合いなどによって定められる階級)及び職責(職務上の責任)は、退職時の平成17年6月当時で、従業員349名中、職階は副参事1号で上から数えて7番目、職責は副部長1号で上から数えて15番目であった。
そして、原告には、基本給や住宅手当以外に、職階に応じて支給される職務給として8万5000円が、役務給として8万5000円が、職責に応じて支給される職責給として25万円がそれぞれ支給されていた。
その額は、被告の全従業員の中で、上から数えて5%程度に入り、原告は賃金面でも管理監督者にふさわしい処遇を受けていた。

(原告の主張)
原告の被告での勤務実態は次のとおりであり、原告は管理監督者とはほど遠いなんら権限のない立場であった。
ア 権限について
原告は、単に大阪支店長という名称を与えられただけで、被告の経営方針や労務人事管理方針の決定等についてなんらの権限もなかった。
(ア) 原告は毎朝のミーティングで概略的に営業到達目標を立てて部下に示していたものの、それに拘束力はなく、原告の営業方針に従わない部下も多数いたが、原告に彼らを処分する権限はなかったし、ミーティングでの指示内容も社会人としての常識という程度のものであって、ミーティングを通じて原告が被告大阪支店の労務管理をしていたといえるような実態はない。
(イ) 大阪支店では毎月のように組織図が変わったが、原告が勝手に変えたものではなく、原告にその権限もなかった。組織図の変更についても、原告はいちいち本社に報告し、A副社長と協議した上でなければ決められなかった。
(ウ) 原告は月1回本社で開催される責任者会議に出席し、統括管理表を提出していたが、統括管理表は、大阪支店の実態の数字をまとめた程度のもので、責任者会議も、主として本社からの指示を聞くことを目的とするものであった。
(エ) 新卒の社員については、本社が一括して採用しており、各支店に何らの権限もなかった。
中途採用の場合は、大阪支店の誰からでも本社に採用の上申をし、その結果、本社のB社長ないしA副社長から大阪支店に対し、採用予定の人物及び職責も特定して、採用の稟議書を作成して本社に上げるようにとの指示があるため、その指示に基づき大阪支店の人事部に所属していた社員が稟議書を作成し、原告の印を勝手に用いて、本社に稟議書を上げていた。その後、原告が面接をしたとしてもそれは形式的にしただけであって、採用するという方針自体は本社のほうからの指示により既に決まっていた。
(オ) 昇格するか否かについても、被告では営業成績の金額しだいで昇格基準が決まっていた。
そして、本社が、毎年4~6月の営業成績の金額をもとに査定を行い、その結果、昇格させる従業員を指定し、支店に通知する扱いであった。大阪支店では、本社から指定のあった従業員について、形式上稟議書を作成していたにすぎない。仮に原告が提案したり、意見を述べたとしても、最終的にはA副社長が認めるか却下するかの決定権限を有しており、昇格についても原告に決定権限はなかった。
(カ) 降格についても、基本的に原告独自の人事権はなかった。
被告は降格についての明確な規定がなかったが、一応当時の大阪支店担当取締役であったA副社長が口頭で述べた基準が目安になっており、目標額に達しないと本社からの指示で自動的に行われており、原告の人事権によるものではない。
現に、原告自身も営業成績が悪いことを理由に降格となっている。
なお、基準に達しながら、原告かA副社長に頼み込んだ結果、温情で降格を免れた者がいるが、温情をかけるか否かについても原告に決定権限はなく、A副社長の判断次第であった。
(キ) 原告は大阪支店長であったことから、大阪支店長名義の口座を有していたが、通帳は経理がすべて管理していた。
しかも、被告においては、顧客から入金等があると即座に本社に送金するように支持されていたから、大阪支店では顧客の金銭管理を一切行っていなかった。
経費についても、被告においては、毎週初めに本社から経費として50万円が送金され、そこから小口の経費を支払い、週末には支店に一切金銭を残さないように端数まで全額通帳に入金し、翌週初めにまた50万円が本社から振り込まれるという方法がとられており、支店の口座残額が一定額を超えると本社に返金するよう指示されていたから、小口経費についても本社に管理され、支店長としての権限は何もなかった。
イ 勤務態度について
(ア) 大阪支店では外務員日誌を毎週明けに内勤の事務が全部チェックし、交通費の実費等の清算をする扱いであり、原告も他の営業部員と同様に営業をしていたから、外務員日誌は必要であった。
(イ) 出退勤に関しても、原告は時間管理をされており、労働時間はきちんと決められていた。原告に勤務時間の裁量はなく、勤務時間の拘束は一般社員と同様であった。
原告は、降格による減給以外に給与を減額されたことはなかったが、それは入社してから退職するまでの間、一日も休むことなく勤務していたからであって、休めば給与を差し引かれる立場であった。
ウ 待遇について
原告は、被告に入社する前は被告での給与以上の額をもらっていたし、先物取引業界の給与水準として被告の給与は決して高額ではない。
また、原告の給与待遇は、営業部の副参事一号で職責は副部長待遇にすぎず、被告の中でもそれほど高くない。

第3 争点に対する判断

1 争点1(離職票等の交付が遅れたことによる損害の有無とその額)について

⑴ 原告は、被告から退職を証明する離職票、雇用保険被保険者証及び年金手帳(以下「離職票等」という)が交付されなかったため、ハローワークに登録できず、求職活動が制限され、失業保険の受給手続きもできなかった上、被告における原告の外務員登録が抹消されるまで同業他社への再就職活動も事実上できなかった旨主張する。
⑵ そして、原告が被告を退職したのは平成17年6月30日であり、被告から離職票等が原告に交付されたのは同年7月26日であることは、当事者間に争いがない。
しかし、証拠(以下略)によれば、離職票等がなくともハローワークに登録することは可能であり、求職活動も可能であると認められ、これを覆すに足る証拠はない。
⑶ また、証拠(以下略)によれば、被告は、平成17年7月1日に原告の証券外務員登録の抹消申請を日本証券業協会に対して行い、同月6日には登録が抹消されていること、被告は、同月12日に原告の商品取引外務員登録の抹消申請を日本商品先物取引協会に対して行い、そのころ退職日付けで登録が抹消されていること、外務員登録の抹消にこの程度の時間を要することはごく一般的なものであることが認められ、これに反する証拠はない。
被告が故意又は過失により外務員登録の抹消手続を怠っていたという事実が認められない以上、仮に、外務員登録が抹消されるまでの間、原告の再就職活動が事実上制約されたにせよ、その責めを被告に問うことはできない。
⑷ なお、証拠(以下略)によれば、被告による離職票等の交付が遅れたことにより、原告は、直ちに失業保険の受給手続きをとることができなかったこと、健康保険への切替えができず、歯の治療を受けるのが遅れたこと等が窺えるものの、これらによって原告に具体的な損害が発生したことやその額を認定するに足る証拠はない。
⑸ したがって、争点一について、原告の主張は採用できない。

2 争点2(持株会の退会に伴う持株買取代金額)について

⑴ 持株会規約(以下略)によれば、持株会は、会員となれる者を被告の従業員と定め(4条2項)、会員資格を喪失したときには退会するものと定めている(25条)。
したがって、原告は、被告を退職した平成17年6月30日をもって、持株会の会員資格を喪失し、退会したものというべきである。
この点、原告は、退会申請書を提出するまで持株会の会員資格を失わない旨主張するが、持株会規約の明文に反する主張であって、採用できない。なお、証拠(以下略)によれば、持株会では、退会申請書が提出された順に退会処理を行っていたことが認められ、退会申請書に届出日を記載するよう求めていたにすぎないと窺われる。
⑵ 持株会規約(以下略)は、会員の退会処理として、持株会は会員の持株を買い取ることができると定め(26条)、その買取単価は直近の増資時の発行価額を参考に決する旨定めている(18条4項、16条3項)。
そして、証拠(以下略)によれば、原告は持株会に対し、退会に伴う持株の買取りを求めていたところ、退会時の原告の持株は14.77株であり、退会直近の増資時の発行価額は一株当たり5万5000円であったこと、他方、原告の拠出金のうち株式の購入に充てられなかった繰越金が17万0315円であったこと、原告は持株会からの清算金を銀行振込みの方法で受け取り、振込手数料は原告の負担とすることを承諾していたことが認められる。
そうすると、持株会が原告に支払うべき清算金は、被告の計算どおり、98万2035円(=14.77株(原告所有株式数)×55000円(買取単価)+170315円(繰越金)-630円(振込手数料))となり、これは既に原告に支払われている。
⑶ 原告の請求は、持株会の退会に伴う清算金の支払いを持株会にではなく、被告に求める点で、もとより理由がないが、それをさておいても、支払われるべき清算金は既に支払済みであって、差額は存在しない。
したがって、争点2について、原告の主張には理由がない。

3 争点4(原告の管理監督者性)について

⑴ 労働基準法41条2号にいう管理監督者が時間外手当の支給対象外とされているのは、企業経営上、労働時間、休憩及び休日に関する同法の規制の枠を超えて活動することを要請されてもやむを得ないといえるような重要な職務と権限が付与されており、また、それゆえに賃金等の待遇及びその勤務形態において、他の一般労働者に比べて優遇措置が講じられている限り、厳格な労働時間等の規制をしなくてもその保護に欠けるところがないからという趣旨に基づくものと解される。
したがって、管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にあり、出勤・退勤等について自由裁量の権限を有し、厳格な制限を受けない者をいい、これに当たるか否かについては、職位及び資格の名称にとらわれることなく、その者の職務内容、権限と責任、勤務態様、待遇等の実態に即して判断すべきである。

⑵ この観点から、本件について検討するに、掲記の証拠等によれば、次の以下の事実が認められる。
ア 原告の職務内容、権限及び責任の程度
(ア) 被告の概況((以下略)、弁論の全趣旨)
被告は、有価証券の売買、有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引及び外国市場証券先物取引等を主たる業務とする株式会社であり、平成17年6月当時、349名従業員を擁し、本社の他、札幌、仙台、盛岡、新潟、新宿、名古屋、大阪、福岡に各支店を置いていた。
被告では、職責に応じて、社員、副主任、主任、係長、課長1号、課長2号、次長1号、次長2号、店長1号、店長2号、副部長1号、副部長2号、部長1号、部長2号、執行役員というラインが設定されている。なお、被告の各支店の長は支店長と称されていたが、これは事実上の呼称である。
(イ) 大阪支店の概況(以下略)
平成17年6月当時、大阪支店は、営業部と管理部で構成され、支店長のもと33名が勤務していた。
支店内の組織は度々変更されたが、営業部は第1店、第2店のように分かれており、各店には店長を筆頭に、課長以下の社員が配置され、管理部は次長以下数名の社員で構成されていた。
(ウ) 支店長の職務及び権限(以下略)
支店長の職務権限としては、営業計画・予算案・支店内業務分掌の立案、要員補充の申請、係長以下の社員に対する人事考課の実施、支店内規律の維持・管理、1件10万円以下の資産の購入・修理、証拠金請求や不良債権管理など各種の営業管理、信用取引を行おうとする顧客に係る調査など各種の顧客管理等が認められている。
(エ) 原告の地位((以下略)、弁論の全趣旨)
原告は、入社以来、退職するまで、被告大阪支店長の地位にあった。
原告の職責は、入社当時、副部長2号であったが、平成16年10月1日付けで副部長1号に降格された。なお、平成17年6月時点で全従業員349名中、執行役員は3名、部長1号は11名、副部長1号2名であり、原告の職責は上位15ないし16番目にあたる。
(オ) ミーティングの実施(以下略)
原告は、毎朝、支店内の店長とその下の課長を集めてミーティングを実施し、その席上で、大阪支店における収支の目標を掲げ、各店に目標数値を割り当て、目標達成に向けての具体的な方策や営業方法を、店長や課長に指示していた。
また、原告は、自らの経営方針や営業方針に沿うように、たびたび社員の配置や支店内の組織の変更を実施した。
(カ) 責任者会議への出席(以下略)
被告では、毎月1回、各支店長と部長及び役員が出席する責任者会議が開催されており、そこでは、各支店長が順次、自ら作成した支店業績総括表に基づき、前月の営業成績を報告し、それを踏まえて支店としての経営方針を発表した後、役員らとの質疑応答が行われる。
原告も、大阪支店の支店長として、支店業績総括表を作成し、この責任者会議に出席していた。なお、原告が作成した支店業績総括表には、大阪支店の経営状態に対する総括と、次期経営目標等が記されている。
(キ) 社員の採用(以下略)
被告において、新規採用は、本社の人事部が入社試験を行い、合格者を対象に副社長が面接を実施して採否及び配属を決めており、現場では、この通知を受けて、その者の職務・給与について立案し、本社の決裁を受けていた。
他方、中途採用は、各支店から人員補充を要請し、本社の了解を得て、支店で募集や面接を行い、採否を決定していた。
原告は、大阪支店における営業社員の補充を要請し、補充について本社の了解を得た後、職安や就職求人雑誌に募集広告を出し、また社員からの紹介を受けて、面接を行い、その場で採否を決めていた。
(ク) 社員の降格(以下略)
被告では、明確な降格基準を定めていないものの、売上目標の70%以下が2期続けば1階級下がり、1期でも50%以下であれば1階級下がるといった一応の目安があり、そのことは支店にも周知されていた。
大阪支店でも、この目安に当たる社員については、本社のA副社長から支店長であった原告に対し、降格する旨の話があり、これに応じて、原告は、降格に伴う具体的な減給額等を決定していた。
また、原告は、降格を告げられた社員についても、目標に2、3%とどかないだけであり、来期の実績を見て欲しいといった意見を述べて、降格の猶予を求め、現に降格を免れさせた例もあった。
(ケ) 社員の昇格(以下略)
被告には、昇格基準があり、係長以下については、3か月間の新規顧客獲得件数が6件以上、入証額が600万円以上であれば1階級昇格、12件以上、1200万円以上であれば2階級昇格と定められていた。
大阪支店でも、この基準を充たす社員については昇格が実施され、原告は、昇格に伴う具体的な昇給額等を決定していた。
また、原告は、この基準を充たさない社員であっても、その者の成績と他の社員の給与額との比較から昇格を推薦する旨の意見を付けて稟議にかけ、現に昇格が認められた例もあった。
(コ) 人事考課(以下略)
原告は、かねてから、課長以上を集めて実施していた毎朝のミーティング等を通じて、係長以下の社員の人事権は原告にある旨公言していた。
そして、支店内の組織変更に伴う係長以下の社員の配置換えは、原告の意向次第で決定されていた。
(サ) 経費管理(以下略)
原告は、支店長名義で、経費口及び商品委託口の各銀行口座を管理しており、経費口口座には、本社から毎週50万円が経費として振り込まれ、消耗品や諸雑費の精算に充てられていた。
イ 労働時間に関する裁量の有無とその程度(以下略)
大阪支店では、社員の出退勤時刻をタイムカード等で管理しておらず、時間外勤務については自己申告制が採られていた。
また、支店長が時間外勤務について申告することは予定されておらず、原告の出欠勤や出退勤時刻が上位の職責者によって管理されていたという事実は認められない。
ウ 賃金等の待遇(以下略)
(ア) 被告では、職能資格制度が採用されており、初級社員、中級社員、上級社員、副主任、主任1号、主任2号、主事1号、主事2号、主査1号、主査2号、主幹1号、主幹2号、主幹3号、副参事1号、副参事2号、副参事3号、参事、参与の職階がある。
被告では、基本給のほかに、職階に応じて職務給と役務給が支払われ、営業部門において勤務時間の不規則な職種に従事する従業員に対しては営業手当が支払われる。
原告は、平成16年10月1日以降、副参事1号の職階にあり、これは平成17年6月時点で、全従業員349名中、上位7ないし9番目にあたる。
この職階に応じて、原告には、基本給として33万円、職務給として8万5000円、役務給として8万5000円、営業手当として7万円が支給されていた。
(イ) 他方、被告では、係長以上の職責者に対し、職責手当を支給しており、平成16年10月1日以降、副部長1号の職責にあった原告には、職責手当として25万円が支給されていた。
これにより、原告は、職階に応じた給与57万円のほかに、職責手当として25万円の支給を受けていたことになる。
ちなみに、原告の部下であった店長の職責手当は20万円、次長の職責手当は10万円、課長の職責手当は2万円が上限となっている。

⑶ 以上の認定事実によれば、原告は、大阪支店の長として、30名以上の部下を統括する地位にあり、被告全体から見ても、事業経営上重要な上位の職責にあったこと、大阪支店の経営方針を定め、部下を指導監督する権限を有しており、中途採用者については実質的に採否を決する権限が与えられていたこと、人事考課を行い、係長以下の人事については原告の裁量で決することができ、社員の降格や昇格についても相当な影響力を有していたこと、部下の労務管理を行う一方、原告の出欠勤の有無や労働時間は報告や管理の対象外であったこと、月25万円の職責手当を受け、職階に応じた給与と併せると賃金は月82万円になり、その額は店長以下のそれより格段に高いことが認められる。
このような原告の職務内容、権限と責任、勤務態様、待遇等の実態に照らしてみれば、原告は、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある管理監督者にあたるというべきである。

⑷ ア これに対し、原告は、大阪支店長とは名ばかりであり、経営方針の設定や社員の採否・昇降格・配置等の労務人事管理は、専ら本社のA副社長の指示によるものであって、原告には何らの権限もなかったと主張し、証拠(以下略)中にはこれに沿う部分がある。
(ア) しかし、毎朝のミーティングでの話題事項が、本社から逐一指示されてくるとは考え難い上、社員の配置や組織変更は、常に原告が支店経営上の必要性を考えて自ら発案したものであって、大阪支店を担当するA副社長の了解を得ているとは言っても、経営方針の設定や社員の配置等についての実質的な決定権限は原告にあったということができる。
(イ) また、本社が試験や面接を実施する新規採用の場合と異なり、中途採用の場合は、支店に直接応募してくるか、社員からの紹介に多くよることが多く、面接結果が唯一の資料となるところ、採否についての実質的な決定権限は面接を実施する原告に委ねられているというべきである。原告は、予め本社から採否が伝えられていた旨供述するが、にわかに信用し難い。
(ウ) 社員の昇降格についても、原告には自らの人事評価に基づき意見を述べる機会を与えられていた上、原告の意見が容れられなかった例が実際にあるのかについては証拠上明らかでない。なお、原告は、自らも降格処分を受けていることをもって、自身に人事権がなかった証拠であると主張するが、証拠(以下略)によれば、原告の降格は、部下の営業成績が悪かったことに対する管理者責任を問われた結果であることが認められ、かえって原告に支店の経営責任と労務管理責任があったことを裏付ける。
(エ) さらに、原告は、新聞の購読すら支店長が自由に決定することができないなど、経費についての裁量は著しく乏しかった旨供述するが、証拠(以下略)に照らしてにわかに信用し難い。
イ また、原告は、外務員日誌の作成を求められるなど労働時間の管理を受けており、欠勤控除されなかったのは欠勤したことがなかったからにすぎず、現に後任のC支店長は欠勤控除されていると主張する。
しかし、外務員日誌の作成が交通費の実費精算と営業経過の備忘のためであったことは、原告も認めているところであって、これをもって労働時間が管理されていたということはできない。
また、証拠(以下略)によれば、C支店長に対する賃金控除は、部下に対する監督責任を問われたものであると窺われ、少なくとも欠勤に対する控除であった否かは本件全証拠によっても判然としない。
ウ さらに、原告は、待遇としても、以前勤めていた会社では、被告での給与より、残業手当込みで月額15万円以上高かったと述べ、被告における待遇は高いものではなかったと主張する。
しかし、賃金体系も契約内容も異なる会社での給与額だけを単純に比較して、その多寡を決することはできないし、被告における月額80万円以上の給与が、原告の職務と権限に見合った待遇と解されないほど低額とも言いがたい。
エ ほかに、前記(2)及び(3)の認定を覆すに足る証拠はない。

⑷ 以上により、争点4についての被告の主張には理由があり、争点3について判断するまでもなく、原告の時間外割増賃金の請求には理由がない。

4 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

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