大学院卒で一般採用された社員が数カ所にわたり配置転換されるも職務上の能力が欠けるとしてなされた解雇が無効と判断された例
1 判例のポイント
1.1 どのような場合に能力不足を理由として解雇が認められるか
就業規則の「労働能率が劣り向上の見込みがない」との解雇事由について,解雇が有効となるためには「平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり,著しく労働能率が劣り,しかも向上の見込みがないときでなければなら(ず)」,しかも「(人事考課において下位10パーセント未満の孝課順位であったとしても)右人事考課は,相対評価であって,絶対評価ではないことからすると,そのことから直ちに労働能率が著しく劣り向上の見込みがないとまでいうことはできない」
1.2 どのような場合に労働能力向上の見込みがないといえるか?
「債務者(会社)としては,債権者に対し,さらに体系的な教育・指導を実施することによって,労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり(実際には,債権者の試験結果が平均点前後であった技術教育を除いては,このような教育・指導が行われた形跡はない。),いまだ,『労働能率が劣り向上の見込みがない』ときに該当するとはいえない」
1.3 関連裁判例
- フォード自動車(日本)事件(東京高裁昭59.3.30労働判例 437号41頁)
- 持田製薬事件(東京地裁昭和62年8月24日決定 労働判例503号32頁)
1.4 参考記事
1.5 判決情報
- 裁判官:松井千鶴子
- 載誌:労判770号34頁・判タ1050号129頁
2判例の内容
2.1 事案の概要
Ⅹは、Y会社において、人材開発部人材教育課、企画製作部企画制作一課、開発業務部国内業務課等の部署に次々と異動を命じられたが、その後、所属部署から、与える仕事がないと通告され、他の部署での仕事も見つからなかったので、退職勧告を受けた。
Ⅹはこの退職勧告を受け入れなかったため、Y会社は、就業規則19条1項2号の「労働能率が劣り、向上の見込みがない」という解雇事由にあたるとしてⅩを解雇した。なお、Ⅹの人事考課の順位は下位10パーセント未満であり、Ⅹと同じ考課結果の従業員は、約3500名の従業員のうち200名であった。Ⅹは、解雇は無効であるとして、従業員としての地位保全等の仮処分を申請した。
2.2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実を含む。)
1 債務者の概要
債務者は、もともと昭和二六年に米国資本で創業され、インスタント写真や駐留軍キャンプでのゲーム機の製造やゲームセンターの運営などを行っていたが、その後、日本娯楽物産株式会社として設立され、業務用娯楽機械の製造を開始し、国内のゲームセンターや観光地のゲームセンターなどで使用される業務用ゲーム機器の製造販売を行うようになり、さらに家庭用のゲーム機器の市場拡大に伴い、昭和五九年にCSKが資本参加した後は、家庭用ゲーム機器の製造販売に算入し、セガサターン、ドリームキャストなどの家庭用ゲーム機器メーカーとしても知られるようになり現在に至っている。
平成一〇年四月時点で、債務者の資本金は、三九一億五三五〇万二五二一円、従業員数約三五〇〇名であり、国内及び海外に多数の営業所を設置している。
2 債権者の担当業務等
(一) 債権者は、平成二年三月、広島大学大学院社会科学研究科博士課程前期を修了し、同年四月一日、試用期間を三か月として債務者に入社し、同年七月一日、正式採用された。なお、債権者の同大学院での専攻はイギリス史であった。
債権者は、債務者に入社すると、人事部採用課の配属となり、採用事務に従事した。具体的には、学校訪問の際の書類の取り揃え、会社説明会の会場セッティング及び司会、第一次面接などであった。この間の平成二年六月、債務者の役員が札幌に会社説明会に行く際、債権者はあらかじめ現地でその準備しておくことを命じられていたにもかかわらず、寝過ごして乗るべき飛行機に乗り遅れ、東京の空港でたまたま会った当該役員にその場で帰されたことがあった。
(二) 平成二年九月一日、債権者は、人材開発部人材教育課へ異動した。人材開発部は、社員教育を行う部署であるが、それまで、債務者においては、社員教育に関する業務は人事部の一業務とされていたのを平成二年九月に独立させ、新設されたもので、部員は、志水部長、女子従業員、債権者の三名であり、同年一一月一日、松沢教育係長が着任して四名となった。
債権者は、同課において、係長クラスの研修に同行したのは一回だけで、平成三年二月ころから、同年二月入社予定の学卒者三一〇名に対する研修のための場所の設定、バスの手配、人員名簿の作成、部屋割り、カリキュラム作成の補助的業務に従事するようになり、同年四月一日から長野県志賀高原で実施された三泊四日の学卒者の研修に同行もした。ところが、研修開始当日、悪天候のため、志賀高原への到着が遅れ、研修のカリキュラムが大幅に変更される事態となり、トレーナーから苦情が出たりしたことがあったが、債権者は、トレーナーや受講者に対するカリキュラム変更の説明を行うなど研修を円滑に進行させるための業務を的確に行えなかったため、松沢係長は、志水部長と相談の上、人材開発部人材教育課では、債権者に代えて新卒者を受け入れることにした。
(なお、この点、債権者は否定するが、債権者もカリキュラムの変更について苦情を受けたことは認めていること、債権者の異動が右研修の直後であることからすると、債権者の陳述書(甲一二)の記載は採用できず、右のとおり認定することができる。)。
(三) 平成三年五月一日、債権者は、企画制作部企画制作一課に異動した。異動当初、債権者はイギリス史専攻ということで、その英語力に期待されていたが、海外との折衝には不十分であったため、同業務は行わず、主として国内の外注管理に従事し、同年七月下旬から同課が解散された平成五年七月まで株式会社ゲームアーツ(以下「ゲームアーツ」という。)を担当していた。
債務者では、ゲームソフトの一部を外注していたため、その外注の開発制作過程の管理が必要であった。具体的には、外注先を訪問して進捗状況を確認したり、督促したり、同時にソフトの検査と評価、バグの検査などの品質管理業務を行っていた。
当時債権者が管理を行っていたソフトの一つである「雀皇登竜門」は、平成五年一〇月に発売されている。しかし、ゲームアーツは、債務者に対し、債権者とはうまくコミュニケーションが取れず、開発に支障があるので、担当者を代えて欲しいとの苦情を述べたため、平成五年七月以降担当者が債権者から大岡良樹に交代した。
(なお、この点、債権者は否定するが、後記のとおり、債権者は平成五年七月から開発業務部国内業務課に所属することになったが、それは、組織変更によるものであったから、債権者が同課で従前と同様の業務に従事することに支障はなかったはずであるにもかかわらず、平成五年七月以降、ゲームアーツの担当者が交代し、債権者は外注管理に従事しなくなったことからすれば、右のとおり認定することができる。)
なお、債権者は、企画制作部企画制作一課に所属していた当時、エルダー社員に指名されていたことがあった。エルダー社員制度は、各部署で指名された先輩社員が、新入社員に業務を指導するというものである。
(四) 平成五年七月一日、企画制作部企画制作一課は解散され、開発業務部国内業務課に移管されたため、債権者は同課の配属となった。債権者の主たる業務は、それまでも一部行っていたアルバイト従業員の雇用事務、労務管理及び品質検査業務であった。具体的には、アルバイト従業員の包括的な指導(実務指導は、個々の担当従業員が行う。)、作業マニュアルの作成及び配布などであった。債権者は、アルバイト従業員の雇用契約書のひな形を作成し、同課でそれを使用していたこともあったが、債務者には統一的な雇用契約書がすでにあり、他部署で債権者が作成したものが使用されたことはない。
平成六年九月一日、債務者の組織変更により、債権者の所属は第二設計部(後に第二開発部と名称変更された。)ソフト設計課の所属となったが担当業務に変更はなかった。同課に所属中の平成六年一二月から平成七年一月までの間、電気、コンピュータ、債務者の製造品の説明などの技術教育が九回行われたところ、債権者は、病気で欠席した一回を除き、すべて出席し、その際実施された試験の結果は平均点前後の得点であった。
(五) 平成九年八月一日、組織変更に伴い、債権者の所属はCS品質保証部ソフト検査課となったが、債権者の担当業務は、それまでと大きな変更はなく、主としてアルバイト従業員の雇用事務、労務管理、業務知識の教育並びに品質検査業務であり、ホームページによる業務知識等を電子文書化し、掲示した。債権者は、他の従業員にフレームワークを作成させた上、ホームページを作成しており、その内容は、主として業務に直接関連するものであったが、一部アルバイト従業員同士の私的なやりとりも含まれていた。ホームページの作成については、債権者は業務命令を受けたわけではなかったものの、上司は、これを知りながら、作業の中止を指示したことはない。もっとも、ホームページは、本件解雇後削除されている。そのほか、同課において、債権者は、一時的に、ソフト検査チームのジェネラルマネージャーが担当していたISO九〇〇二導入に関する文書のファイル等補助的業務を命じられて行っていたことがあった。
3 債務者における人事考課
(一) 債務者においては、人事考課規程(乙八)に従って、役員を除く全従業員を対象として、毎年三月、五月、一一月の合計三回人事考課が実施されている。三月は昇給考課、五月及び一一月は賞与考課であり、一般従業員に対しては、一次考課者は課長(チームマネージャー)であり、二次考課者は部長となっており、最終的には経営会議で決定される。経営会議では、主として部門間の甘辛調整が行われる。
考課項目は、昇給考課の場合、仕事の成果三〇点、能力発揮四五点、執務態度二五点の合計一〇〇点満点で、能力発揮にウエイトが置かれるが、賞与考課では、仕事の成果三〇点、能力発揮三〇点、執務態度四〇点の合計一〇〇点満点で、執務態度にウエイトが置かれる。
具体的には、仕事の成果では、仕事の正確度、会社への貢献度、目標達成度の三項目、能力発揮では、理解力、判断力、企画力、折衝力、指導統率力、実行力の六項目、執務態度では、規律性、企業意識、計画性、協調性、積極性の五項目にそれぞれ分かれており、それぞれにAからEまでの五段階評価及び点数が付される。五段階評価や各項目の点数は、考課者の考課の目安となるもので、従業員に対しては公表されていない。例えば、仕事の正確度でみると、「仕事は大変緻密で、難しい仕事でも出来ばえは非常に優秀で誤りも全くないに等しく、仕事の結果は極めて信頼できた。」に該当すれば、A、五点の評価となり、「仕事は粗雑で仕事の出来ばえも悪く、誤りも多く仕事の結果に信頼が置けなかった。」に該当すれば、E、一点の評価となる。そして、最終的には、その合計点数に応じて、〇から一〇までの一一段階評価が決定され、五が標準とされるが、全体の平均は五以下になるように調整されて経営会議に提出される。
(二) 実際の考課点をみると、九、一〇の評価となることはほとんどなく、平成九年冬季賞与時はいずれもなし、平成一〇年昇給、夏季賞与、冬季賞与時にそれぞれ九評価が一名、一〇評価はいない。
各考課点の従業員の分布割合をみると、五とされた者は、平成九年冬季賞与時が五三・一パーセント、平成一〇年昇給時が五〇・六パーセント、同年夏季賞与時が五四・一パーセント、同年冬季賞与時が四二・五パーセントとなっている。一方、三以下の評価では、それぞれ四・五パーセント、三・九パーセント、四・四パーセント、七・三パーセントとなっている。
(三) 債権者の考課結果は、平成九年昇給時が四、同年夏季賞与時が三、同年冬季賞与時が四、平成一〇年昇給時が三、同年夏季賞与時が三、同年冬季賞与時が二と評価され、勤怠順位については、平成九年、平成一〇年夏季、冬季ともいずれもAからEまでの五段階評価で最高のAと評価されている。
平成一〇年について、債権者の各項目ごとの評価をみると、概ねC評価であるが、平成一〇年昇給時では判断力(能力発揮)の項目、同年夏季賞与時では会社への貢献度(仕事の成果)の項目、同年冬季賞与時では会社への貢献度及び目標達成度(いずれも仕事の成果)の項目がそれぞれ低くなっている。
4 本件解雇に至る経緯
(一) 債権者は、CS品質保証部ソフト検査課に勤務していた平成一〇年一一月中旬、上司から「当部には与える仕事はない。社内で仕事を探せ。」と通告された。このような場合、債務者内では、人事部を介して各部署に面接の申入れをして、先方と折り合えばそこに配属されることになる。
そこで、債権者は、お客様相談室、営業企画部商品企画チーム、アミューズメント施設人事チーム、ソフト推進部に面接を申入れ、面接を受けたが、主として「前向きな意欲が感じられない。」などの理由で、結局、異動は実現しなかった。また、債務者は、債権者の希望に従って開発企画部への異動も検討したが、これも実現しなかった。その後、平成一〇年一二月になって、債務者は債権者に対し、退職勧告をした。
ところで、債権者が第二設計部ソフト検査課に所属していた平成九年三月当時、同部から人事部に対し、債権者の異動依頼があったので、人事部としては、アミューズメント施設の面接をセッティングしたが、債権者は、アミューズメント施設では従来の仕事が活かせず、しかも全国を転勤しなければならないことから、これを拒否したことがあった。また、同時期、債権者は、上司から配置転換の希望を出すように言われ、イギリス現地法人を希望したことがあったが、実現しなかった。
(二) その後、債権者は、平成一〇年一二月一〇日付け書面(甲三)で、パソナルーム勤務を命じられた。パソナルーム勤務に際しては、所属は未定で特定の業務はなく、私物の持込みは禁じられるとともに、みだりに職場を離れない、外出するときは人事部へ電話連絡をするといった条件が付されていた。
パソナルーム勤務は、通常、異動候補者が受入れ先を探しはじめて一か月後に命じられており、これまで九名がパソナルーム勤務となり、そのうち二名がパソナルームから債務者内の部署に異動している。パソナルームは、もと売店であったところの一部で机二脚、いす五脚、ロッカー一台、内線電話一台のみの窓もない部屋であった。
債権者は、担当業務もないまま、パソナルームに勤務していたところ、平成一一年一月二六日付け書面(甲四)で、同年三月末日をもって退職するよう勧告を受けた。しかし、債権者には、退職の意思はなかったため、同月二八日、全日本金属情報機器労働組合大田地域支部セガ・エンタープライゼス分会(以下「組合分会」という。)に入会し、労働条件に関する交渉を組合分会に任せた。
(三) その後、債務者は、債権者に対し、平成一一年二月一八日付け書面(甲五)で、就業規則一九条一項二号に該当するとして、同年三月三一日をもって解雇する旨の意思表示をした。
債務者は、平成一〇年四月以降の組合分会との交渉の中で、人員削減を行っていくことを表明するとともに、過去一年間の人事考課の平均が三点台の従業員を「ぶら下がり」と称していた。
また、債権者のパソナルーム勤務、本件解雇に関し、債務者は、組合分会との交渉の中で、過去一年間の人事考課の平均が三点であること、札幌の件や協調性がないことなどを理由として述べた。
なお、債務者は、債権者に対し、退職勧告をしたのと同時期、過去一年間の人事考課の平均が三点台である従業員約二〇〇名の中から、各部署で約一三〇名をリストアップし、最終的に債権者を含む五六名に対し、退職勧告をしており、債権者を除く従業員は全員これに応じた。
2.3 本件解雇の効力
1 まず、債務者の主張する本件解雇事由について検討する。
(一) 債務者は、まず、人事部採用課所属当時、債権者が規律を遵守しようとせず、自己主張が極端に強く、仕事に積極的に取り組む姿勢がないとし、札幌で行われた会社説明会に寝過ごして出席しなかったことを解雇事由として主張し、陳述書(乙一四)にも同趣旨の記載がある。しかし、右陳述書の記載(ただし、札幌の件は除く。)について、債権者はこれを否定する上、その内容は具体性を欠いており、直ちに採用することはできない。
また、債権者が人事部採用課に所属していたのは、入社直後から五か月間であり、札幌の件も含め、そのほとんどが試用期間中である。そして、その間、債権者がその業務遂行態度について、札幌の件を除けば注意や指導を受けた形跡はなく、入社後三か月を経過して債務者に正式に採用されたことからすると、当時労働能力ないし適格性が欠如していたということはできない。
これに対し、債務者は、従来問題のある従業員でも試用期間経過後正式に採用しなかったことはない旨主張し、陳述書(乙一七)には同趣旨に記載もあるが、それは前例がなかったというにすぎず、正式採用しないという措置を採り得たことに変わりなく、また、就業規則一九条一項四号(甲六)によれば、債務者においては、試用期間中の従業員でさえ、解雇する場合があることを想定していることからしても、債権者に労働能力ないし適格性が欠如していたとすれば、債務者としては、解雇あるいは正式採用しないといった方法を取ることができたのである。それにもかかわらず、債務者が債権者を試用期間の経過後、正式に採用していることからすれば、債務者の主張は採用できない。
また、債権者の人材開発部人材教育課への異動についても、債務者に正式採用されてから二か月後のことであることからすると、債権者に労働能力ないし適格性がないことを理由として行われたものであると認めることはできない。
(二) 債務者は、人材開発部人材教育課所属当時、債権者が業務内容を把握できず、把握しようという努力もしなかった旨主張し、陳述書(乙一八)には同趣旨の記載がある。しかし、右陳述書の記載についても、債権者は否定する上、その内容は具体性を欠いており、直ちに採用できない。
また、債務者は、平成三年二月ころの係長クラスの研修における対応を問題にするが、当時、債権者は、すでに学卒者の研修の準備に従事しており、係長クラスの研修には一度しか同行せず、その際も特に研修員から何かを依頼されたことはなかった(前記一2(二)、甲一二、乙一四)というのであるから、研修員から苦情が出たとする陳述書(乙一四)の記載は採用できない。
債務者は、平成三年四月に行われた学卒者の研修において、債権者が受講者に対し、傍若無人な態度を示したため、社内の評判が悪かった旨主張する。松沢課長の陳述書(乙一四)には、松沢課長が債権者に対し、トレーナーや受講者に対するカリキュラム変更の説明を指示したにもかかわらず、債権者がこれを拒否した旨の記載があるが、これを裏付ける疎明はなく、直ちに採用することはできない。しかし、右研修の際、債権者がカリキュラムの変更の説明を行うなどの研修を円滑に進行させるための業務を的確に行えなかったことは前記一2(二)のとおりである。
(三) 債務者は、企画制作部企画制作一課所属当時、債権者には英語力がなかったために平成四年八月に当初担当したヨーロッパの外注管理から外さざるを得なかった旨主張し、陳述書(乙二〇)には同趣旨の記載がある。しかし、債権者は、同課に所属して間もない平成三年七月下旬ころから国内の外注管理に従事し、ゲームアーツを担当していた(前記2(三)、乙一九)ことからすると、右陳述書の記載は直ちに採用できない。もっとも、当時、同課が、海外の外注先とのソフト開発を開始したこと(乙七四)、債権者がイギリス史を専攻していたこと(前記一2(一))からすると、債権者は、その英語力に期待されていたことは推測に難くなく、それにもかかわらず、平成三年七月下旬から国内の外注管理に従事していたことからすれば、債権者に期待されただけの英語力はなく、その結果、海外の外注管理の担当にはならなかったということはできる。そして、債権者がゲームアーツからの苦情により、結局、国内の外注管理業務から外されたことは前記一2(三)のとおりである。
(四) 債務者は、開発業務部国内業務課、第二設計部ソフト設計課、CS品質保証部ソフト検査課における債権者の担当業務は、主として技術的知識を必要としないゲームソフトのバグチェックとアルバイト従業員の出退勤の管理にすぎなかった旨主張する。
そして、各陳述書(乙二一ないし乙二四等)には、債権者の主たる業務がソフトのバグチェックと三ないし四名のアルバイト従業員の出退勤の管理だけであり、いつもぶらぶらしており、さしたる仕事をしている様子はなかった等の記載がある。
しかし、ソフトのバグチェックは、主としてアルバイト従業員の行う業務であったこと(甲一二)、第二設計部ソフト設計課、CS品質保証部ソフト検査課の主たる業務がゲームソフトのバグチェックとハードチェックが一つになったもので、ソフトとハードの整合性チェックであり、単純なソフトのバグチェックではなかったこと(甲一二、乙二一、乙二二)からすると、前掲各陳述書の記載部分は直ちに採用できず、債権者が主としてソフトのバグチェックに従事していたものということはできない。
また、債権者は、開発業務部国内業務課所属当時、作業マニュアルの作成及び配布などアルバイト従業員の包括的な指導や雇用契約書の様式の作成、CS品質保証部ソフト検査課所属当時には、アルバイト従業員向けにホームページを作成するなどしていたほか、補助的な業務とはいえ、ISO九〇〇二導入関連の文書の管理、保管業務なども行っており(前記一2(四)、(五))、その成果はともかく(前記一2(四)、(五)のとおり、債権者の作成した雇用契約書は使用されておらず、本件解雇後ホームページも削除されていることからすると、債権者の業務遂行が債務者によって高く評価されていたとまでいうことはできない。)、債権者の担当業務が単純なアルバイト従業員の出退勤の管理であったということはできない。
さらに、債権者はいつもぶらぶらしていてさしたる仕事をしている様子はなかった旨の記載は、極めて抽象的であり、採用できない。
なお、ホームページの作成について、陳述書(乙二二)には業務違反であるとの記載もあり、債権者が上司の指示によってホームページを作成したものでないことは、前記一2(五)記載のとおりであるが、同課では右ホームページの作成は周知されていたにもかかわらず、債権者の上司がそれを中止させた形跡もないこと(前記一2(五))からすると、業務違反ということはできない。
(五) 債務者は、第二設計部ソフト設計課所属当時、債権者が技術教育を受けたにもかかわらず、債権者には向上心がなく、講義の内容を理解しようとしなかったため、労働能力が向上しなかった旨主張する。
しかし、債務者の主張を裏付けるに足りる疎明はなく、債権者は、病欠した一回を除いてすべて出席し、試験の結果も平均点前後の得点であった(前記一2(四))ことからすると、債務者の主張は採用できない。
2 債権者の能力評価
右のとおり、債権者は、人材開発部人材教育課において、的確な業務遂行ができなかった結果、企画制作部企画制作一課に配置転換させられたこと、同課では、海外の外注管理を担当できる程度の英語力を備えていなかったこと、ゲームアーツから苦情が出て、国内の外注管理業務から外されたこと、アルバイト従業員の雇用事務、労務管理についても高い評価は得られなかったこと、加えて、平成一〇年の債権者の三回の人事考課の結果は、それぞれ三、三、二で、いずれも下位一〇パーセント未満の考課順位であり、債権者のように平均が三であった従業員は、約三五〇〇名の従業員のうち二〇〇名であったこと(前記一3(一)ないし(三))からすると、債務者において、債権者の業務遂行は、平均的な程度に達していなかったというほかない。
人事考課については、債務者内で各従業員へのフィードバックが指示されている(乙三八)にもかかわらず、具体的にどのような方法によって行われていたのか判然とせず(陳述書(乙六一)によっても、「何ができるか、強みは何か」と質問した程度の記載しかなく、債権者の陳述書(甲九、甲一四)には、人事考課の結果やその理由について、上司から説明されたことはない旨の記載がある。)、その点に問題がなかったとはいえなくもないが、正当性がないとする債権者の主張は採用できない。右人事考課は、役員を除く全従業員を対象に行われ、多岐にわたる項目について、複数の考課者によって行われた結果を調整する方式になっており(前記一3(一))、考課項目には抽象的なものもあり、主観の入り込む余地が全くないとはいえないとしても、相当程度に客観性は保たれているというべきであるし、特に債権者について恣意的な査定が行われたことを窺わせるような事情もない。また、債権者は、各考課項目の評価のほとんどがCであったことから、債権者が少なくとも平均以上の評価を得ていたとの主張もするようであるが、右人事考課は、平均が五以下になるように調整されて経営会議に提出されること(前記一3(一))からも明らかなように、絶対評価ではなく、相対評価であることからすれば、C評価の考課項目がほとんどであるからといって、平均以上の評価ということはできないのであって、この点に関する債権者の主張も採用できない。
3 「労働能力が劣り,向上の見込みがない」といえるか
ただ、右のように、債権者が、債務者の従業員として、平均的な水準に達していなかったからといって、直ちに本件解雇が有効となるわけではない。
債務者は、就業規則一九条一項二号「労働能力が劣り、向上の見込みがない」に該当するとして、本件解雇を行っているので、債権者の業務遂行がこれに該当するかどうかについて検討されなければならない(なお、債権者は、このようなあいまいな基準で従業員を解雇することは許されない旨主張するが、本来解雇は自由であり、それが権利の濫用に当たる場合には、解雇が許されないものであると解するのが相当であるところ、こうした観点から考慮すれば、就業規則一九条一項二号の解雇事由も、債務者が従業員を解雇し得る場合を制限する規定であることは明らかであり、必ずしもあいまいであるとはいえず、債権者の主張は採用できない。)。
そこで、就業規則一九条一項各号に規定する解雇事由をみると、「精神又は身体の障害により業務に堪えないとき」、「会社の経営上やむを得ない事由があるとき」など極めて限定的な場合に限られており、そのことからすれば、二号についても、右の事由に匹敵するような場合に限って解雇が有効となると解するのが相当であり、二号に該当するといえるためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならないというべきである。
債権者について、検討するに、確かにすでに認定したとおり、平均的な水準に達しているとはいえないし、債務者の従業員の中で下位一〇パーセント未満の考課順位ではある。しかし、すでに述べたように右人事考課は、相対評価であって、絶対評価ではないことからすると、そのことから直ちに労働能率が著しく劣り、向上の見込みがないとまでいうことはできない。債務者は、債権者に退職を勧告したのと同時期に、やはり考課順位の低かった者の中から債権者を除き五五名に対し退職勧告をし、五五名はこれに応じている(前記一4(三))。このように相対評価を前提として、一定割合の従業員に対する退職勧告を毎年繰り返すとすれば、債務者の従業員の水準が全体として向上することは明らかであるものの、相対的に一〇パーセント未満の下位の考課順位に属する者がいなくなることはありえないのである。したがって、従業員全体の水準が向上しても、債務者は、毎年一定割合の従業員を解雇することが可能となる。しかし、就業規則一九条一項二号にいう「労働能率が劣り、向上の見込みがない」というのは、右のような相対評価を前提とするものと解するのは相当でない。すでに述べたように、他の解雇事由との比較においても、右解雇事由は、極めて限定的に解されなければならないのであって、常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできないからである。
債務者提出にかかる各陳述書(乙一八、乙三五、乙五八、乙六一、乙七五、乙七九等)には、債権者にはやる気がない、積極性がない、意欲がない、あるいは自己中心的である、協調性がない、反抗的な態度である、融通が利かないといった記載がしばしば見受けられるが、これらを裏付ける具体的な事実の指摘はなく、こうした記載は直ちに採用することはできない。
また、学卒者の研修における業務遂行が的確ではなかったために人材開発部人材教育課から異動させられたり、企画制作部制作一課においては、海外の外注管理を担当するだけの英語力がなかったり、国内の外注先から苦情を受けるなど対応が適切でなかった事実はあるものの、企画制作部制作一課に所属当時、エルダー社員に指名されたこともあり(前記一2(三)、なお、債務者は、他の従業員が多忙であり、債権者には、大した担当業務もなかったことから指名されたにすぎず、債権者の能力とは関係ない旨の主張をするが、新入社員の指導は、債務者にとっても重要な事項であることは容易に推測できるところ、労働能力が著しく劣り、向上の見込みもないような従業員にこうした業務を担当させることは、通常考えられず、債務者の主張は採用できない。)、平成四年七月一日に開発業務部国内業務課に配属されて以降、債権者は、一貫してアルバイト従業員の雇用管理に従事してきており、ホームページを作成するなどアルバイトの包括的な指導、教育等に取り組む姿勢も一応見せている。
これらのことからすると、債務者としては、債権者に対し、さらに体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり(実際には、債権者の試験結果が平均点前後であった技術教育を除いては、このような教育、指導が行われた形跡はない。)、いまだ「労働能力が劣り、向上の見込みがない」ときに該当するとはいえない。
なお、債務者は、雇用関係を維持すべく努力したが、債権者を受け入れる部署がなかった旨の主張もするが、債権者が面接を受けた部署への異動が実現しなかった主たる理由は債権者に意欲が感じられない(前記一4(一))といった抽象的なものであることからすれば、債務者が雇用関係を維持するための努力をしたものと評価するのは困難である。
したがって、本件解雇は、権利の濫用に該当し、無効である。