就業規則の記載事項(絶対的記載事項・相対的記載事項・任意的記載事項)について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく説明します。
就業規則
就業規則は、「労働者の就業に関する規則」であり、労働者の賃金、労働時間、退職事項などの労働条件に関することや職場内の規律などについて定めた職場の規則集です。
使用者は、10人以上の労働者を常時使用する場合は、事業場ごとに、一定の事項を記載した就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長へ届け出なければならず(労基法89条)、これを怠った場合30万円以下の罰金(労基法120条1号)が定められています。
また、就業規則に定めた事項は、それが合理的であり周知されていれば、雇用する各労働者との労働契約の内容となります(労働契約法7条本文)。すなわち、労働条件についてトラブルになった場合は就業規則に則り解決されることになります。
そこで、就業規則を作成しなければならないとして、何を定めるべきか?就業規則の記載事項が問題となります。
就業規則の記載事項の注意点
労基法その他法律が定める必要的記載事項を定める
まず、労基法89条では、①必ず記載しなければならない事項(絶対的記載事項)と、②定めをする場合は必ず記載しなければならない事項(相対的記載事項)について、次の就業規則に定めなければならないとしています(必要的記載事項)。
絶対的記載事項
① 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
相対的記載事項
これら必要的記載事項は最低限記載する必要があります(絶対的記載事項と相対的記載事項の詳細は後述します)。
また、必要的記載事項以外にも任意に就業規則に記載することができます。これを任意的記載事項といいます。
任意的記載事項は、トラブル予防の観点から、より詳細に労働条件や就業ルールを定めることができます。
労基法その他法律に違反してはならない
就業規則に記載する内容は、雇用する各労働者との労働契約の内容となります(労働契約法7条本文)が、労基法その他法律に違反する内容は定めることはできません。
仮に法律に違反する内容を定めたとしても、労基法その他法律に違反する内容は無効となります(労基法13条)。
トラブルを回避できるルールを定める
就業規則に記載する内容は、雇用する各労働者との労働契約の内容となります(労働契約法7条本文)となりますので、労使間でトラブルが発生した場合は、就業規則の内容に則って解決されます。トラブルの発生を見越して、トラブルが起きないような明確な内容を定めるとともに、トラブルが発生した際に会社が不利にならないようなルールを設定することが重要です。
後で変更することは難しいので慎重に定める
就業規則は後で変更することも可能ですが、労働者に不利益な変更については、労働者の同意が必要となり、同意が得られない場合に変更する場合は、厳しい要件が課せられます(労働契約法9条、10条)。たとえ、ミスで法律の定める水準以上に有利な労働条件を定めてしまい、あとでそれを本来の水準の条件に戻そうしても、不利益な変更に該当した場合は、労働者の同意がなければ変更は認められないのです。よって、慎重に定める必要があります。
絶対的記載事項
始業及び終業の時刻
「始業及び終業の時刻」とは、当該事業場における所定労働時間の開始時刻と終了時刻とをいいます。これによって、休憩時間に関する規定と相まって、所定労働時間の長さと位置を明確にしようとする趣旨です。
しがって、例えば労働時間について「1日 8時間とする」というような規定だけでは、本条第1号の要件を満たしません。 「始業時刻午前9時,終業時刻午後6時」というように,具体的な時刻を定めることが必要となります。
始業および終業の時刻が勤務態様、例えば、日勤勤務、交替勤務別に異なり、または職種別に異なる場合には、それぞれの勤務態様または職種ごとに規定しなければなりません。
たとえば、同一事業場において, 販売職に従事する従業員の始業・終業時刻はシフト制であり,事務職に従事する従業員の始業・終業時刻は固定時間制で始業午前9時,終業午後6時であるなど,労働者の勤務態様職種等によって始業・終業時刻が異なる場合は,就業規則に勤務態様職種等の区分ごとに始業・終業時刻をそれぞれ規定する必要があります。
ただし、業務の特性や本人の希望等により勤務態様、職種等の別ごとに始業および終業の時刻を画一的に定めないこととする場合には、就業規則では基本となる始業および終業の時刻を定め、具体的には各人ごとに個別の労働契約等で定める旨の委任規定を設けることでよいとされています。例えば、「始業・終業時刻及び休憩時間については、個別契約により定める」といった規定が考えられます。その場合には、書面により明確にすることとされている。この点は休憩時間や休日についても同様です(昭63.3.14基発第150号、婦発47号、平11.3.31基発第168号)。
始業および終業の時刻の繰り上げ、繰り下げが行われる場合には、その旨を就業規則に記載しておかなければなりません。
休憩時間
休憩時間については、休憩時間の長さ、休憩時間の与え方(一斉に与えるか、交替で与えるか等)等について具体的に規定しなければなりません。
規定例としては, 「休憩時間1時間」と時刻ではなく時間のみを定めるのでも足ります。実務上は、「休憩時間は, 午前12時から午後2時の間の1時間とする」など、一定範囲で時間帯の特定を行っておく方がよいと考えます。
休憩時間の繰り上げ、繰り下げが行われる場合には、その旨を記載しておかなければなりません。
休日
休日の定め方は、休日の日数、与え方(1週1回、または1週の特定日(例えば日曜日)等)のほか、休日の振り替え、代休等の制度がある場合はそれらの制度について具体的に記載しなければなりません。
規定例としては,「会社の休日は, 次のとおりとする。①土日、②国民の祝日」などとして,休日とする日を列挙するのが一般的です。
また, 労基法は体日を特定することは義務づけていませんので,休日付与の方法についての就業規則の定め方としては「その都度従業貝ごとに指定する日」と特定しない定め方も法的には可能です。しかし,いつ休日が付与されるのか直前になるまでわからないのでは労働者に不都合過ぎますので、実務上は先述の規定例のように,所定休日を含む休日がいつ付与されるのかについては,特定するのが通常です。
他方,所定休日を含む休日のうちどの日が法定休日であるかを特定する必要はありません。特定してしまうと、当該法定休日に就労した場合, 当然に3割5分増の割増賃金が発生することになってしまいますので,法定休日までは特定すべきではありません。
休暇
休暇には、労基法上与えることを義務付けられている年次有給休暇、産前産後の休暇および生理日の休暇のほか、育児・介護休業法に基づく育児休業および介護休業、労基法第37条第3項の休暇(代替休暇)、企業が任意に与えることとしている諸休暇(夏季休暇、年末年始休暇、教育訓練休暇、慶弔休暇等) も含まれます。それらの制度を設けている場合には、必ず就業規則で具体的に記載しなければなりません。
就業時転換に関する事項
労基法89条1号に「労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項」と規定されているように, 交替制を採用していなければ記載する必要はありません。
そして, この「就業時転換に関する事項」としては,労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合の交替期日,交替順序等に関する事項が考えられています。
賃金の決定、計算及び支払の方法
「賃金の決定、計算の方法」
「賃金の決定、計算の方法」とは、賃金ベースまたは賃金額そのもののことではなく、学歴、職歴、年齢等の賃金決定の要素と、これらを用いて形成される賃金体系のことを言います。
規程例としては、「従業員の給与は, 次の事項等を考慮して決定する」として給与決定の原則となる考慮要素を定め、給与の体系図を定めることが考えられます。
「支払いの方法」
直接現金支払い、銀行振込,定期券による通勤手当支払等の方法の記載が必要とされています。
具体的な定め方としては 「給与は,全額通貨で直接従業員に支払う。ただし,本人の申出により,銀行振込にて各自の指定する本人の預金口座に振り込むことができる」などがになります。
「賃金の締切り及び支払の時期」
「賃金の締切り及び支払の時期」は,時給か,日給か,週給か,月給か.後二者ならば週又は月の何日に締め切って何日を支払日とするかについての記載が必要となります。
割増賃金
割増賃金について特別の割増率を定めている場合にはその割増率を、また、賃金の端数計算処理を行っている場合にはその方法を記載しておかなければなりません。法定どおりの場合は記載しなくても法的には問題ありません。
昇給に関する事項
「昇給に関する事項」とは、昇給期間、昇給率その他昇給の条件等をいいます。これは昇給をするとの前提に立つ場合です。昇給を予定しない場合には「昇給はない」との規定でも問題ありません。
昇給について定める場合は、あくまでも会社に昇給の裁量を残す形で規定するべきです。具体的には「昇給する場合がある」といった定め方になります。「毎年3,000円ずつ昇給する」と具体的請求権があるかのように定めたり、「昇給する」と抽象的に定めると、昇給させない場合に労働者より昇給しないことは債務不履行であると主張される場合がありますので注意が必要です。
なお、降給については必要的記載事項ではありませんが、会社の業績や労働者の勤務成績によっては降給する必要も生じますので、降給に関する事項も任意的記載事項として定めるべきです。
退職に関する事項(解雇の事由を含む)
「退職に関する事項」は、定年制や,死亡や休職期間満了などの労使当事者の意思によらない「当然退職事由」,労働者と使用者の合意による「合意退職」,労働者の一方的意思表示による「辞職」、使用者の一方的意思表示による「解雇」、有期契約の期間満了による終了等, 当該使用者と労働者との労働契約が終了する事由をすべて記載する必要があります。
相対的記載事項
「定めをする場合」
「定めをする場合」とは、労基法89条第3号の2以下の事項について、明文の規定を設ける場合はもちろん、不文の慣行または内規として実施されている場合をも含みます。このような場合には、本条の規定により、当該事項を就業規則に記載しなければなりません。
退職手当に関する事項
「退職手当」
「退職手当」とは、①労使間において、労働契約等によってあらかじめ支給条件が明確になっていること、②その受給権は退職により在職中の労働全体に対する対償として具体化する債権であること、の要件を満たすものであればよく、その支給形態が退職一時金であるか、退職年金であるかを問いません。また、使用者が、中小企業退職金共済制度、確定給付企業年金制度等の社外積立型退職手当制度を利用して退職手当制度を設けている場合は、この要件を満たしているものと考えられるので、本号にいう退職手当に該当します。
退職手当制度は必ず設けなければならないものではないが、制度があれば、①適用される労働者の範囲②退職手当の決定、計算および支払いの方法、③退職
手当の支払いの時期について、就業規則に規定しておかなければなりません。
②退職手当の決定、計算および支払いの方法
退職手当の決定、計算および支払いの方法とは、例えば、勤続年数、退職事由等の退職手当額の決定のための要素、退職手当額の算定方法および一時金で支払うのか年金で支払うのか等の支払いの方法をいいます。
また、退職手当について不支給事由または減額事由を設ける場合には、これは退職手当の決定および計算の方法に関する事項に該当するので、就業規則に記載する必要があります(昭63.1.1 基発飾1号、平11.3.31基発第168号)。
③退職手当の支払いの時期
支払い時期は、できる限り具体的に規定すべきとされています。
確定給付企業年金制度に基づき年金あるいは一時金が支払われる場合で、保険会社の事務的理由等によりあらかじめ支払い時期を設定することが困難なときには、確定日とする必要はありませんが、いつまでに支払うかについては明確にしておく必要があるとされています(昭63.3.14基発第150号)。
なお,労基法23条1項には.労働者の退職の場合において,権利者の請求のあった日から7日以内に支払うこととする金品の返還についての定めがありますが, 退職金については,通常の賃金の場合と異なり,あらかじめ就業規則等で定められた支払時期に支払えば足りるとされています(昭26.12.27基収5483号, 昭63.3.14基発150号)。
退職金の支払については, あらかじめルールを明確にしておけば,支払時期は使用者が決定できるものであり, また,支払方法としても分割で支払うことも可能です。
臨時の賃金等及び最低賃金額に関する事項
臨時の賃金等とは
第24条第2項ただし書きで定める臨時に支払われる賃金、賞与および労基則8条各号に掲げる賃金のことです。
法第24条第2項但書の規定による臨時に支払われる賃金、賞与に準ずるものは次に掲げるものとする。
① 一箇月を超える期間の出勤成績によつて支給される精勤手当
② 一箇月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
③ 一箇月を超える期間にわたる事由によつて算定される奨励加給又は能率手当
このように「臨時の賃金等」とは,労基法89条2号で絶対的必要記載事項とされている毎月支払われるべき賃金以外の賃金をいいます。
これらの賃金については法律上支払うことが義務づけられているものではありませんが,その制度があるならば, その支給条件,支給額の計算方法,支払時期等を明確に就業規則に定めなければなりません。
また,賞与については、その性格上支給額について規定することは通常は困難ですが、その支給が制度として確立しているものであれば、支給条件、支給時期等については定めなければなりません。
食費、作業用品その他の負担に関する事項
「その他の負担」とは、社宅費、共済組合費等、労働契約によって労働者に経済的負担を課する場合をいいます。「これに関する事項」とは, 負担額、負担方法等をいうとされています。
安全及び衛生に関する事項
「安全及び衛生に関する事項」としては、労働安全衛生法、同法施行令および労働安全衛生規則等に規定されている事項のうち当該事業場において特に必要な事項の細目、これらの法令に規定されていない事項であっても当該事業場の安全衛生上必要なもの等とされています。
労働安全衛生法上、化学設備(労働安全衛生法施行令第15条第5号)や特定化学設備(同条第10号)については、一定の操作や作業の方法を定めた作業規程を定めることが必要とされています(労働安全衛生規則第274条、特定化学物質障害予防規則第20条)が、これらの規程は、本号にいう安全および衛生に関する定めとする必要はないものと考えられています。
なお、安全に関する規程の作成および衛生に関する規程の作成については、安全委員会および衛生委員会の付議事項とされています(労働安全衛生法第17条、第18条、労働安全衛生規則第21条、第22条)ので、本号の定めをする場合には、安全委員会または衛生委員会の審議を経なければならないものと解されます。
職業訓練に関する事項
「職業訓練に関する事項」とは,行うべき職業訓練の種類、訓練に係る職種等、訓練の内容, 訓練期間, 訓練を受けることができる者の資格等,職業訓練中の労働者に対し特別の権利義務を設定する場合にはそれに関する事項, 訓練終了者に対し特別の処遇をする場合にはそれに関する事項等とされています(昭44.11.24基発776号)。
職業訓練について具体的に定めをした場合, 当該職業訓練を実施するよう請求する具体的権利が労働者の側に生じる可能性が発生しますが, そもそも業務に関する訓練は,使用者が業務上の必要に応じて適宜実施すべき性質のものと考えます。よって,就業規則上の記載についても、実施自体の要否について使用者の裁量権を留保する旨を明確に定めておく必要があります。
災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
災害補償については, 労基法に規定する災害補償に関するる細目的規定,労基法又は労働者災害補償保険法を上回る補償を行う場合においては, これに関する定め等をいいます。
また,業務外の傷病扶助については, 当該事業場が健康保険法又は厚生年金保険法の適用を受ける場合にはこれらの法律で定める給付等以外の又はこれらを補充する扶助に関する規定, これらの法律の適用を受けない場合には使用者が自主的に行う扶助に関する規定等をいいます。
表彰及び制裁に関する事項
「表彰」に関しては,表彰の事由・方法・時期・手続等を記載することが考えられます。
また, 「制裁」は,就業上の諸規律の重要な事項であり,その「種類及び程度」を就業規則上明確に定める必要があり,けん責、減給,出勤停止,昇給の停止, 降格、降職、懲戒解雇等の制裁の種類・程度, 制裁事由について具体的に定めなければなりません。
特に,懲戒については,懲戒権の取得のためには, その理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度が就業規則上明記されていなければなりません。よって,懲戒権行使の前
提として, これらの事項の就業規則への記載が必要となります。
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その他事業場の全労働者に適用される定めに関する事項
「当該事業場の労働者のすべてに適用される定め」には,現実に当該事業場の労働者のすべてに適用されている事項のほか, 一定の範囲の労働者のみに適用される事項ではあるが.労働者のすべてがその適用を受ける可能性があるものも含まれると解されています。
よって,会社において旅費に関する一般的規程を作る場合には,労基法89条10号により.就業規則に定めなければならないとされています(昭25.1.20基収3751号,平113.31基発168号)。
また,休職に関する事項,財産形成制度等の福利厚生に関する事項等も,労働者のすべてに適用される事項として就業規則の中に定められるべきものと解されています。
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さらに, 欠勤日を年次有給休暇に振り替える取扱いが制度として確立している場合,就業規則に定めることが必要とされています(昭23.12.25基収4281号, 昭63.3.14基発150号)。
以上のように, 相対的必要記載事項として就業規則への記載が必要となる「当該事業場の労働者のすべてに適用される場合」については,相当広範囲に理解されることになります。
労働者の労働条件に何ら関係のない, 例えば,運動競技選手への制服貸与や楽団員への楽器貸与等のような事項は,就業規則の本来の目的からみて,労基法89条10号には含まれないものと解すべきとされています。
また,社宅の貸与規程は,鉱山における労働等の場合のように社宅が労働者のすべてに提供されているような場合は別として, 一部の幹部社員にのみ貸与されるような場合は, 通常,労働者のすべてに適用される事項とは解されないものとされています。
任意的記載事項
任意記載事項とは?
就業規則の記載事項のうち,任意的記載事項とは、絶対的必要記載事項及び相対的必要記載事項以外の事項で、使用者がそれを定めるか否かは自由とされている事項です。
例えば,就業規則の基本精神を宣言した規定や就業規則の解釈適用に関する定め,必要記載事項以外で法令で定められた事項の確認規定等がこれにあたり,就業規則に定めるか否かは使用者の自由です。