損害賠償

ケイズインターナショナル事件(東京地裁平成4年9月30日判決)

入社1週間で退職して会社に損害を与えた社員に対する損害賠償が一部認められた

1 判例のポイント

1.1 退職による損害賠償義務の発生の有無

期間の定めのない雇用契約においては,労働者は,一定の期間を置きさえすればいつでも自由に雇用契約を解約できるが,解約の効果が発生するまでは,引き継ぎ等の労務提供をする義務があるのに,これを怠り出勤しないことは雇用契約上の債務不履行として,会社が被った損害を賠償する義務が発生する

1.2 賠償するべき損害の範囲

上記雇用契約上の債務不履行により会社に発生した損害を賠償する旨の合意がなされたとしても,事案に応じて信義則の適用により賠償額は限定されることになり,本事案においては請求額200万円の3分の1である70万円に限定することが相当である。

1.3 関連裁判例

  • プロシード元従業員事件(横浜地裁平29.3.30判決 労働判例1159号 5頁)

1.4 参考記事

1.5 判決情報

  • 裁判官:赤塚信雄
  • 掲載誌:労働判例 616号 10頁

2判例の内容

2.1 事案の概要

  1. X会社は、インテリアデザインの企画設計等を目的とする有限会社であったが、平成3年6月18日、株式会社に組織変更した(なお、同年7月15日その旨の登記)。
  2. 平成2年5月当時はX会社の従業員は全員女性であった。
  3. X会社は、そのころ、A社との間で、Cビルリニューアル工事に関し、報酬1か月60万円、期間2年間とする事務室の移動計画設計業務等のインテリアデザイン契約を締結したところ、その際、A社から右業務を男性社員に担当させることを要求された。
  4. そこで、X会社は、同年同月28日、Yを、A社との右契約を担当する社員として、そのことを十分説明した上で、給与月額20万円(交通費、超過勤務手当別)の約定で雇用した。
  5. ところが、Yは、同年6月4日ころ、病気を理由に欠勤し、結局右仕事を辞めてしまった。
  6. その結果、X会社には男性社員がいなくなりA社との右契約は駄目(解約)になってしまい、少なくとも同年11月以降の月額60万円の割合の収入を失った。これら事実によれば、X会社は、A社との右契約が駄目になったことにより少なくとも1000万円の得べかりし利益を失った。
  7. Yは、X会社に対し、7月ころ、損害中200万円を支払うことを約束した。
  8. しかし,Yは損害金200万円を支払わなかった。
  9. そこで,X会社は、Yに対し、右約定の200万円及びこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求めた。

2.2 判断

1 合意の有効性

(1) Yが、X会社に対し、右損害に関し200万円を支払うことを約束したことは当事者間に争いがない(なお、X会社代表者及びY本人各尋問の結果を総合すれば、その時期は、平成二年七月ころと認められる。)。

(2) Yは、右意思表示は、X会社代表者の強迫に基づくものであると主張する。
しかし、右主張に副うY本人の供述及び書証の各供述記載部分は到底措信できない。
すなわち、X会社代表者及びY本人各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、X会社代表者がYに対し、前記損害につきそれなりに強硬な態度でその賠償を求めたであろうことは想像に難くないところである。しかし、右各証拠によれば、Yは36歳の男性であるのに対し、X会社代表者は同年齢の女性であり、しかも、右損害賠償についての交渉は、X会社代表者からの求めに応じて、YがX会社の事務所に赴き、夜の7時30分ころ、X会社代表者の他に女子職員一名が同室している状況で行なわれ、Yが抵抗したり退席しようとすればさほどの困難なしに実行可能な状況であったことが認められる。また、Yは、X会社がやくざと関係があると思っていたから、それを畏れて確約書を作成したとも供述するが、X会社ないしX会社代表者がやくざと関係がある事実を認めるに足りる客観的な証拠は全く存しない。
したがって、Yの前記供述からY主張事実を認めることはできない。

2 合意による損害賠償の範囲

(1) ところで、前記認定のとおり、X会社は1000万円余の得べかりし利益を失ったことになるものの、Yに対する給与あるいはその余の経費を差し引けば実損害はそれほど多額なものではないと認められる。
また、X会社代表者及びY本人各尋問の結果によれば、X会社は、Yを採用し、X会社の直接の監督の及ばないA社との前記契約に基づく仕事を単独で担当させるにもかかわらず、Yの人物、能力等につき、ほとんど調査することなく、紹介者の言を信じたにすぎなかったことが認められるから、X会社には採用、労務管理に関し、欠ける点があったと言わざるを得ない。
さらに、そもそも、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は、一定の期間をおきさえすれば、何時でも自由に解約できるものと規定されているところ(民法六二七条参照)、本件において、YはX会社に対して、遅くとも平成2年6月10日ころまでには、辞職の意思表示をしたものと認められないではないから(そうすると、月給制と認められる本件にあっては、平成2年7月1日以降について解約の効果が生ずることになる。)、X会社がYに対し、雇用契約上の債務不履行としてその責任を追及できるのは、平成2年6月4日から同月30日までの損害にすぎないことになる。
さらにはまた、労働者に損害賠償義務を課すことは今日の経済事情に適するか疑問がないではなく、労働者は右期間中の賃金請求権を失うことによってその損害の賠償に見合う出捐をしたものと解する余地もある。

(2) 以上のような点を考え合わせれば、本件においては、信義則を適用して、X会社の請求することのできる賠償額を限定することが相当である。
そして、前記のような諸事情及び書証及び弁論の全趣旨により認められる、Yは本件雇用契約に基づきX会社から給与等の支払を全く受けていないこと、X会社が本訴を提起するにいたった重要な要因として、Y側からの前記のとおりの客観的裏付を欠く、X会社代表者がYを「やくざを使って腕の一本や二本も折ってもどうってことはない」等語気荒く強迫して前記確約書を書かせた、これは恐喝罪に当たる等と極め付ける内容の内容証明郵便を送付したことにあると考えられること、本訴においても、Y側はX会社に対して右同様の非難を繰り返すのみで、その主張につき十分な立証ができないにもかかわらず、かたくなに話し合いによる解決を拒絶していること等をも総合考慮すると、X会社がYに対して請求することができるのは、本件約定の200万円のおおよそ3分の1の70万円及びこれに対する弁済期の経過後である本件訴状送達の日の翌日である平成三年五月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金に限定するのが相当である。

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