医師への受診命令を拒否した場合、いかなる懲戒処分ができるのでしょうか?労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
受診命令違反を理由に有効に懲戒処分を行うための要件
受診命令違反による懲戒の量定・データ
懲戒処分の進め方
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1 受診命令違反は懲戒処分の対象となる
会社は,法律上の根拠または就業規則などの労働契約上の根拠(後述します)がある場合、労働者に対して医師への受診を命ずることができ、労働者はこれに応ずる義務を負います。
そして、会社に受診を命ずる権限がある場合、その命令に労働者が正当な理由なく従わないこと(命令違反)は,労働契約の違反となります。このような命令違反は、円滑な業務遂行に支障が生じ,会社の秩序も維持できなくなります。
よって,受診命令違反は懲戒処分の対象となります。
2 懲戒処分の有効要件
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す
懲戒処分の有効要件については
3 受診命令違反による懲戒処分の有効要件
受診命令違反による懲戒処分については、上記一般的有効要件に加えて、以下の点を検討する必要があります。
(1) 受診命令の権限を会社が保有していること
(2) 当該受診命令権の行使が権利濫用に該当しないこと
医師への受診命令の違反が懲戒処分の対象となるためには,その前提としてその命令が有効であることが前提となります。
受診命令が無効であれば、社員がその業務命令に従わなかったとしても何ら問題はなく、懲戒処分の対象にもならないからです。
そして,業務命令が有効であるためには,上記(1)受診命令権限を会社が保有していること、(2)当該業務命令権の行使が権利濫用に該当しないことが要件となります。
以下(1)、(2)について具体的に説明していきます。
3.1 (1)受診命令権限を有していること
3.1.1 就業規則などの労働契約上の根拠がある場合
まず、医師への受診を命ずる権限は雇用契約をしていれば当然に求められる権限ではありません。従って、受診を命ずるためには、その旨就業規則や雇用契約書に根拠規定を定めておく必要があります。
実務では、就業規則に以下の規定例ような受診を命ずる定めをします。ない場合は規定しましょう。
1 従業員は, 1年に1回,会社の指定する医師による定期健康診断を受診しなければならない。定期健簾診断の結果に異常の所見がある場合は、会社の指定する医師による再検査を受診し,その結果を会社に報告しなければならない。
2 会社は,前項の定期健康診断及び再検査以外にも,従業員に対し,健康診断の受診ないし会社の指定する医師への受診及びその結果を報告することを命ずることができる。
3.1.2 法令上の根拠があること
労働安全衛生法は,事業者に対し,労働者に対する健康診断の実施を義務づけています(66条1項)。これに対応して,労働者には,事業者が実施する法定健康診断の受診が義務づけられています。
法定健康診断を受診しない場合には,他の医師等で法定健康診断に相当する健康診断を受けてその結果を事業者に提出しなければなりません(同条5項)。
このように労働者の法定の義務となっている事項であることから,使用者は,同法に基づく健康診断を任意に受診せず,かつ他の医師による結果の証
明を提出しない労働者に対しては,その受診を命じることができます。
このように就業規則上の根拠がない場合であっても、上記法定健康診断に関しては、労働者がこれを拒否した場合、業務命令違反として懲戒処分の対象とすることができます。
3.2 (2)業務命令が権利濫用にならないこと
3.2.1 権利濫用とは
次に、受診命令が権利濫用になる場合、その業務命令は無効となります。そこで、受診命令が権利濫用とならないことが必要となります。
では、どのような場合、権利濫用となるのでしょうか?その基準が問題となりますが、一般的には
② 目的に不当性はないか。
③ どの程度,労働者に就業上ないし生活上の不利益を与えるのか。
を検討することになります(東亜ペイント事件 最二小判昭61.7.14参照)。
3.2.2 受診命令の場合
使用者が労働者に対し,健康診断その他医師の診察を受診するよう命じることは,労働者のプライバシーや健康管理に関する意思決定の自由(医師選択の自由)を制約する可能性があります。しかし、会社が労働者の健康状態を正確に把握することは労務管理上重要であり,仕事中に他の従業員に感染するおそれのある病気もありますので、企業秩序維持の観点からも,受診を命じなければならない場合もあります。
そこで、労働者の健康回復という目的との関係で、合理性・相当性があれば権利の濫用とはならないと考えられます(電電公社帯広局事件・最高裁昭和61年3月13日判決 労判470号6頁)。
具体的には、遅刻や欠勤が増えた、不合理な言動を行っているなど、何らかの不調が疑われる根拠があり、本人に任意に受診をすることをうながすなどし
てもなお状況に改善が見られないような場合に,受診を命じる場合などは権利の濫用とはなりません。
4 受診命令違反の場合の懲戒処分の量定
では、業務命令違反の場合、いかなる種類・重さの懲戒処分を行うことが社会通念上相当なのでしょうか?懲戒処分の量定が問題となります。
4.1 基本的な考え方
合理性・相当性が認められる受診命令に従わない場合,懲戒事由に該当しますが,懲戒処分の量定としては、軽い処分(譴責、減給)が相当となるのが基本です。
受診命令を拒否した場合は、まずは,口頭または書面による注意・指導を行い,それでも改善されなければ,議責等の軽い懲戒処分を選択します。そして,その後も一向に改善がなされず業務に支障が生じているという場合には,二度目の懲戒として減給処分を行い,それでも改善しなければ,出勤停止・降格などを経て,最終的には懲戒解雇ではなく、普通解雇を検討するべきでしょう。軽微な受診命令違反が繰り返されたとしても、懲戒解雇を正当化できるほどの秩序違反とはならないことが多いからです。
処分の参考になるデータを見てみましょう。
4.2 裁判例
電電公社帯広局事件(最判昭61.3.13労判470号6頁)
事案:就業規則および健康管理規程において,労働者の健康回復を目的とする健康管理者の指示に従うべき義務が定められてい。電話交換作業に従事していた従業員について,頚肩腕症候群が,より軽い作業に変更した後もなかなか軽くならない者が多かったことから,早期健康回復を目的とする精密検査の受診を病院を指定して労働者に命じた。しかし、従業員は,指定された病院が信用できない,業務上の災害として受給していた各種手当が打ち切られるおそれがあ
るなどとして,2度にわたり受診を拒否したので、戒告処分とした。
判断:裁判所は,就業規則の内容が合理的であれば労働契約の内容をなしているとした上で,受診命令についても,健康回復という目的との関係で,合理性・相当性があれば,労働契約上,労働者はその指示に従う必要があると判示した。その上で、本件の受診命令は合理性・相当性があるものであるとして,この命令に従わなかった当該労働者に対する戒告処分を有効と判断した。
京セラ事件(東京高判昭61.11.13労判487号66頁)
事案:疾病のため休職中の会社従業員が右疾病は業務に起因するものであると主張しながら会社側の指定した医師の診断を受けるのを拒否した場合につき、疾病に業務起因性がないものと認めて休職期間満了とともに退職扱いとした
判断:「従業員は、就業規則等に指定医の受診に関する定めはなく、また、労働者の基本的人権及び医師選択の自由の面からも受診の指示に従うべき義務はないと主張する。しかし、就業規則等に指定医受診に関する定めはないが、従業員の疾病が業務に起因するものであるか否かは極めて重要な関心事であり、しかも、労働者が当初提出した診断書を作成した医師から、当該疾病は業務に起因するものではないとの説明があった。このような事情がある場合に会社が従業員に対し、改めて専門医の診断を受けるように求めることは、労使間における信義則ないし公平の観念に照らし合理的かつ相当な理由のある措置であるから、就業規則等にその定めがないとしても指定医の受診を指示することができ、従業員はこれに応ずる義務があるものと解すべきである。にもかかわらず、単に就業規則等にその定めがないことを理由として受診に関する指示を拒否し続けたことは許されないところであり、会社において休職期間満了の時点で同人疾病が業務に起因するものとは認めず、復職の望みがないと判断したのはやむを得ないものというべきである。」として、休職期間満了による退職を有効と判断した。
愛知県教委(減給処分)事件(最高裁平13.4.26 判決 労判804号15頁)
事案:公立中学の教員が定期健康診断における法定健診項目である結核の有無を調べるためのエックス線検査を,放射線による危険を理由に2度にわたり拒否したしたため減給の処分とされた
判断:教員は職務遂行にあたり安衛法66条5項等の規定に従うべきであって,上司である校長はエックス線検査の受診を教員に命じることができるとし,教員が校長による受診命令を拒否したことは懲戒処分事由に該当するとして,減給の懲戒処分は有効であると判示した
4.3 民間データ
なし
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」
4.4 公務員データ
なし
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正
4.5 報道データ
なし
5 受診命令違反と懲戒の対応方法
5.1 調査(事実及び証拠の確認)
受診命令のケースは、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。
調査するべき事実関係
□ 受診命令が就業規則で定められているか
□ 受診命令に従わなかったことに正当な理由の有無
□ 違反した頻度,回数,期間
□ 命令違反によって生じた業務上の支障の有無・程度
□ 注意指導や戒告・譴責の有無,回数
□ 注意等の後の社員の態度
□ 通常の勤務状況・成績
調査の際に収集する資料
□ 受診命令を行った文書、メール・SNS等のやりとり
□ 当該社員が受診命令に従わなかった理由等を記載したメール
□ 注意指導を行った文書,メール
□ 懲戒処分通知書,始末書
量刑・情状酌量事情
□ 受診命令違反の具体的態様・悪質性
□ 会社の業務に与えた影響
□ 反省の態度の有無
□ 業務命令に従わなかった経緯・理由
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較
2 懲戒処分の進め方
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
・懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
・受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
・名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
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サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
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詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
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詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。