経費の不正請求(詐取)を行った場合、いかなる懲戒処分ができるか?労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
故意により、多数回かつ長期間にわたり手当を不正受給し、被害金額が高額な場合は、懲戒解雇を検討することが多い。
過失で、被害金額も少ない場合は、懲戒解雇を選択することは難しく、情状により戒告・減給・出勤停止あたりの処分となることが多い。
1 経費の不正請求(詐取)は懲戒処分の対象となる
1.1 懲戒処分の対象となる
社員(労働者)が経費の不正請求(詐取)する場合、会社に経済的損害を与え,企業運営(企業秩序)に重大な支障を及ぼすことから,懲戒解雇を含む重い処分が肯定されます。
1.2 経費の不正請求(詐取)の刑罰法規
1 人を欺いて財物を交付させた者は, 10年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により, 財産上不法の利益を得, 又は他人にこれを得させた者も, 同項と同様とする。
前条に規定するもののほか,人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り,又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者は,10年以下の懲役に処する。
1.3 事実認定は慎重に
1.4 クオカード付き宿泊プランの経費精算は不正請求(詐取)として懲戒できるか?
出張時にホテル宿泊を伴う場合は、会社の内部規程の金額や条件の範囲内でホテルを予約し、社員が立て替えたホテルの宿泊費用を、後日、会社に対して経費精算をすることが通常です。
ところが、サラリーマンの中にはクオカード付き宿泊プランでホテルに宿泊し、その宿泊代金を会社に清算させ、クオカードをポケットにいれる者がいます。クオカードは、コンビニ、ガソリンスタンド、その他店舗で商品等を購入できるプリペイドカードのことをいいます。そのまま私的に使うほか、金券ショップで換金して懐に入れる者もいるようです。ネットでも、あたかもサラリーマンが小遣いほしさに行われている裏技のように紹介されている記事があります。
宿泊プランにクオカードが組み込まれている場合、宿泊代金にはクオカード代金が含まれており、本来の宿泊代金とクオカード代金を合計した金額を基準に、それよりも若干安く設定されていることが多いです。
しかし、会社としては、クオカード分割高になった宿泊プランで宿泊し、しかも、クオカードを従業員が取得しているにもかかわらず、その宿泊費全額を精算することを認めることはありません。仮に事前に分かっていたら、清算を認めません。会社がクオカード付き宿泊プランの宿泊費を精算するのは、そのことを従業員が隠して経費精算を請求したため、会社が知ることができずに騙されていたからに他なりません。
つまり、クオカード付き宿泊プランでホテルに宿泊し、その宿泊代金を会社に清算させることは、詐欺行為にほかなりません。当然、許されないことを分かっているからこそ、サラリーマンはそのことを会社には隠しているのですから、故意による、かつ、巧妙な悪質な詐欺行為といえるでしょう。
回数が少なく、金額も数万円の範囲内にとどまり、発覚後に素直に事実を認め、クオカードの代金相当額又は宿泊費を全額会社に返納し、反省の意思を表明するのであれば、軽い処分(戒告・減給等)等にとどまるでしょう。これに対し、長期間で、被害額も10万円以上になり、しかも、発覚後会社の問い合わせに対してしらを切り、証拠隠滅を図ろうとした場合は、一発レッドカード(懲戒解雇)も可能だと考えます。当然、クオカードの代金相当額又は宿泊費は、不当利得又は不法行為を理由に全額返還が必要となります。本人が返還しなければ、身元保証人となっている故郷(くに)のおやっさんに請求可能です。払えなければ、気の毒ですが、おやっさんの実家を差し押さえてもかまいません。
サラリーマンの中には「バレへんやろ」「ホテルが答えないやろ」と思っている者がいるようですが、世の中甘く見過ぎていると言わざるを得ません。弁護士の調査権限(ときに、裁判所を使った調査方法)によれば、過去のデータはごっそり出てきます。当然、クオカード付き宿泊プランなどと間抜けな小遣い稼ぎは簡単に白日の下にさらすことができます。
バレる前に「退職して逃げる」などということも出来ません。不正取得した分は追いかけて請求することも可能ですし、払わなければ転職先の給料を差押えることもできます。要件がそろえば退職金も返還させることができます。刑事告訴に及ぶことも可能です。
1.5 社員(労働者)が逮捕・勾留された場合
社員(労働者)が刑事犯罪を起こしたような場合は逮捕・勾留されることがあります。
逮捕勾留されると会社に出勤して労務提供が長期間なされないことになります。
この場合は,逮捕勾留中の情報収集のやり方、欠勤期間中の賃金の支払いの有無などについて別途検討する必要があります。
社員が逮捕された場合の詳しい対応は
2 懲戒処分の有効要件
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す
懲戒処分の有効要件については
3 経費の不正請求(詐取)の懲戒処分の量定
3.1 基本的な考え方
それでは、経費の不正請求(詐取)の場合、いかなる懲戒処分が妥当なのでしょうか?
② 犯行の悪質性(回数、期間、隠蔽工作)
③ 故意・過失
④ 会社のチェック体制
⑤ 動機
⑥ 不正取得額の返還の有無・予定
などの諸要素を総合的に考慮して懲戒処分を決定します。
処分量定に特に重要なのは①~③であり、故意により、多数回かつ長期間にわたり手当を不正受給し、被害金額が高額な場合は、懲戒解雇を含む重い処分が可能です。
これに対し、過失で、被害金額も少ない場合は、懲戒解雇を選択することは難しく、情状により戒告・減給・出勤停止あたりの処分となることが多いと思われます。
④~⑥は故意・過失の認定や情状酌量の事情として考慮します。
3.2 裁判例データ
ダイエー(朝日セキュリティーシステムズ)事件(大阪地判平10.1.28労判733号72頁)
従業員が、慰労会での飲食代金16万4368円(20人分)を仮払いして、領収書の交付を受け、その精算にあたり、この領収書の10万円の位の「1」を「2」に改ざんして、飲食代金を26万4368円に見せかけ、経費請求をして、差額の10万円を詐取した。この領収書改ざんによる水増し請求が懲戒事由に該当するとして懲戒解雇された事案において、裁判所は懲戒解雇を有効と判断した。「偶発的な行為で金額がわずか10万円と少額であり、しかも、本件着服発覚直後、10万円を返還した」が、「被告は大型スーパーマーケットの経営等を目的とする株式会社であるから、会社の金銭の着服は、それ自体会社と従業員との間の労働契約の基礎となる信頼関係を破壊させるに十分なほど背信性が高い行為」であり、「西日本統括本部業務次長という要職に就いていたことを考えると、本件着服の背信性は一層高い」「被告が金銭に関する不正には厳罰をもって臨むことにはそれなりの合理性があり、現に、被告は、レジの不正精算、不正チェックアウト、現金の抜き取り、着服等に関与した従業員、アルバイトに対しては、たとえ被害金額が少額であっても、懲戒解雇等の懲戒処分をしてきた」ので、懲戒解雇は必ずしも苛酷であるとはいえないと判示した。
ダイフク事件(東京地判平22.11.9)
従業員が,工事代金の架空請求等による詐欺,虚偽申請のうえでの海外旅行,宿泊費の不正請求を行った(合計金額2000万円以上)ことを理由に懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効であると判断した。なお、被害額の返還(求償)を求める反訴が認められ、従業員に対して2000万円超の返還を命じた。
NTT東日本〔出張旅費不正請求〕事件(東京地判平23.3.25労働判例1032号91頁)
従業員が,日帰出張旅費につき42ヶ月の間に70万円を上回る額を過大請求し,その私的流用を理由に懲戒解雇された事案において,裁判所は,当該行為は懲戒事由に該当し,懲戒解雇を有効であると判断した。なお,同種事案で旅費の調査で私的流用の事実が認められた他の従業員も懲戒解雇処分を受けていた。
博報堂事件(東京地判平11.6.29)
従業員が,現実には行っていない業務上の請求書を取引先から提出させ,会社から手形による支払いを受けさせ,当該手形を割り引いて取得した147万円あまりを着服したこと,個人の旅行費用等,137万円及び19万円あまりを出張旅費に含ませることにより,会社から金品を詐取したことを理由に懲戒解雇された事案において,被害額が多額であること、隠蔽工作を図ったこと、言い訳に終始し反省の態度がないこと等から、懲戒解雇を有効と判断した。
日本土地建物事件(大阪地判平11.1.25)
従業員が,業務上使用した登記印紙代の立替金につき,偽造の売渡証明書107枚を利用して不正に精算請求し,少なくとも17万1200円を着服したことを理由に懲戒解雇された事案において,会社が「その行為を追及した後も不合理な弁解に終始するなど反省の色がみられないから、不正請求の金額が多額とはいえないことを考慮しても」「本件懲戒解雇が著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないとはいえず、解雇権の濫用にはあたらない」として懲戒解雇を有効と判断した。
メディカルサポート事件(東京地判平12.2.28労判796号89頁)
調剤薬局の経営を行う会社の営業社員が,私的な費消をして領収書を取得し、接待の事実がないにもかかわらず取引先を接待したとして合計約34万円(4件)の費用精算を不正に請求したことを理由に懲戒解雇された事案において,懲戒解雇を有効と判断した。
Y学園事件(大阪地判平22.5.14)
私立高校の教諭である従業員が,書道部合宿の経費に閲し,実際には支払っていない広間使用代の領収証を発行させて、PTAに施設費名目で申請して補助金を詐取したことを理由に懲成解雇された事案において,従業員には「積極的にだまし取ろうという意図がなく、部活動の活動資金に使用する目的であったこと、学校も活動費用について実態調査を行っていないこと、悪質な事案を参考としたうえで懲戒解雇としたことからすると、生徒に範を示すべき立場にあることを考慮してもなお社会通念上相当であるとは認め難く」、懲戒解雇を無効と判断した。詐取した金銭を個人的に使っていたものではなく、クラブ活動費として使っていたことや、チェック体制も不十分であったこと、過去事例との対比などが事情として考慮された。他方で、別の部活の顧問であった高校教員に対する減給処分は、部活動の費用を、架空領収書を用いてPTAから詐取したことを理由とするものであるが、それまでのやり方を踏襲したにすぎない面があること、他の被処分者との均衡を考えると重いようにも思われるが、その行為を違法と認識した上で、不審に思いながらも詐取された金員を受領したものであり、客観的合理性があり、かつ、社会通念上相当であると認められるとして、減給処分を有効と判断した。
3.3 民間データ
出張の経費を不正に上積みして請求していたことが判明した場合
1位 減給(39.4%)
2位 戒告・譴責・注意処分(31.8%)
3位 出勤停止(31.2%)
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」
3.4 公務員データ
(3) 詐取
(8) 諸給与の違法支払・不適正受給
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正
※前記のとおり民間企業の場合は同様の処分量定になるとは限らない
3.5 報道データ
2018.6.12 久留米大学の教員2人が研究費710万円を不正受給 停職処分に
2018.7.13 通勤手当を不正受給 高校男性教諭を停職1ヶ月の懲戒処分
2018.12.11 手当524万円不正受け取りでNHK副部長を懲戒免職
2018.12.14 扶養手当の不正受給 陸自隊員を減給30分の1(1ヶ月)
2019.2.15 割引制度“横取り” 柏の消防司令補 停職3カ月
2022.2.9 警官7人が交通費を不正受給、懲戒免職処分
2022.2.23 住居手当を不正受給 岡山市職員、停職の懲戒処分
2022.3.19 沖縄県からPCR検査など受託の財団法人、不明金5000万円以上 元幹部が不正請求で懲戒免職
2022.3.25 郵便局長8人、不正受給関与で懲戒解雇等 会議と偽り架空請求
2022.3.28 海自カレー、支給対象外は駄目 停職の懲戒処分
2022.4.2 知人の車に乗せてもらい通勤、届け出は電車 通勤手当70万円を不正受給 埼玉・行田市、職員を減給の懲戒処分
2022.4.8 西日本新聞社員を懲戒解雇 交通費不正受給
2022.4.13 残業時間を虚偽申告 減給の懲戒処分
報道データについては
経費の不正請求(詐取)に対する懲戒処分の対応方法
1 調査(事実及び証拠の確認)
まずは,以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。
調査するべき事実関係
□ 被害金額
□ 不正受給の日時、態様、回数、継続期間
□ 故意・過失
□ 経緯・動機
□ 余罪の有無
□ 被害弁償の有無、予定
□ 身元保証人への請求の可否
□ 社内の管理体制
□ 刑事手続の有無・結果
調査の際に収集する資料
□ 経費請求書
□ 領収書
□ 領収書の再発行・内訳明細の記録
□ その他、請求書の項目の裏付け資料
量刑・情状酌量事情
□ 被害額
□ 会社の業務に与えた影響
□ 謝罪・反省の態度の有無
□ 同種前科の有無
□ 入社後の勤務態度
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較
2 懲戒処分の進め方
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
・懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
・受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
・名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。
3 被害を弁償させる
従業員が窃取した被害金額については、当然のことながら,会社は不法行為としてその返還を請求することができます。
では、回収はどのように行うべきでしょうか。
2 身元保証人に全額弁償させる(ただし、身元保証書の限度額の範囲内)
3 賃金と相殺する(相殺同意書が必要 日新製鋼事件・最高裁第二小法廷平成2年11月26日判決(民集舶巻8号1085頁))
4 上記に応じない場合は、本人及び身元保証人へ民事訴訟等の法的手続を行う
4 被害届の提出、刑事告訴
1の調査により行為態様が悪質で被害額も多い場合は、被害届の提出や告訴なども検討する。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
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サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
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詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
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