公表する必要性,個人が識別できないような必要最小限度の公表方法となるよう配慮すべき
懲戒処分の公表
懲戒処分は、企業のルールに違反した従業員に対して行われる、企業の秩序を維持するための制裁罰(ペナルティー)です。
懲戒処分というペナルティーを科すことによって、その従業員に違反行為であることを理解させ再発防止を図ると共に改善の機会を与えるという①教育とい側面があります。
さらには、企業のルールに違反した場合、会社は懲戒処分をもって厳正に対処することにより、②他の従業員への戒め、同種違反を抑制するという側面もあります(一罰百戒)。
懲戒処分の①教育という側面からしますと、懲戒処分は本人だけに伝えればよく、他へ公表する必要は高くないと思われます。
しかし、②の他の従業員への戒めという側面からしますと、懲戒処分を公表することが、同種事案の再発予防に繋がるといえます。ここに懲戒処分を公表する合理性必要性があります。
また、懲戒処分の対象となったルール違反行為が、社内のみならず、社外の関係者を巻き込んだような場合には、社外に対しても懲戒処分について公表する必要がある場合があります。例えば、ある従業員が取引先に対して水増し請求をし、売上代金を着服横領していたような場合、損害は社内だけでなく、水増し請求を受けた取引先にも及びます。取引先からは損害賠償請求を受けるのみならず、信頼も失い取引関係が失われることもあります。この場合に、取引先との関係で失った信用を取り戻すためには、損害の補填を行うのみならず、不正を犯した従業員を厳正に処分した上で、再発防止を徹底することを取引先関係者に報告する必要もあります。
このように懲戒処分については、社内外に公表する必要性合理性がある場合は存在します。実際にも企業によっては就業規則に懲戒処分が公表されることを明記している場合もあります。
懲戒処分の公表は名誉毀損に該当する
しかし、従業員が懲戒処分を受けたという事実を公表することは、内容如何によっては、その従業員の名誉を毀損し、不法行為による損害賠償責任が発生する可能性があります。
名誉毀損にいう名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価のことをいいます。
そして、①社会的評価を低下させる事実を流布したこと、②①により被害者の社会的評価が低下したこと、③違法性があること、④故意又は過失、⑤損害の発生及び額、⑥因果関係が認められる場合は、損害賠償義務を負うことになります(不法行為責任 民法709条・710条)。
懲戒処分を受けたという事実は、その従業員が会社内で規律違反を犯したことを意味し、社会的評価を低下させることになります。
よって、懲戒処分の公表を行うことは、名誉毀損の不法行為として損害賠償義務を発生させる場合があるのです。
裁判例でも、懲戒解雇を行い、個人名を含めた公表を行ったケースで、裁判所は「一般に,解雇,特に懲戒解雇の事実およびその理由が濫りに公表されることは,その公表の範囲が本件のごとく会社という私的集団社会内に限られるとしでも,被解雇者の名誉,信用を著しく低下させる虞れがあるものである」(泉屋東京店事件・東京地裁昭和52年12月19日判決(判タ362号259頁)として、会社に慰謝料30万円の支払いを明示ました。
違法とならないように懲戒処分を公表する方法
懲戒処分の公表は、名誉毀損に該当する場合があるとしても、全く許されないわけではありません。
名誉毀損に該当しないような内容、方法や違法性をなくす方法によって、懲戒処分を公表することは可能です。
以下、違法とならないような懲戒処分公表の注意点を説明します。
真実であること
まず、懲戒処分の根拠となる事実が真実であることが前提となります。
前提事実が真実ではない場合は、懲戒処分それ自体の有効性も怪しくなり、仮に無効な懲戒処分であった場合は、その公表は違法となります。
氏名その他対象者を特定する情報は公表しないこと
懲戒処分の公表は基本的に個人の社会的評価を低下させる名誉毀損行為となります。
また、懲戒処分の目的である他の従業員への戒めという側面との関係でも、懲戒対象行為とそれに対する処分内容だけ公表すれば、目的は達成できるといえます。対象者をいわば「さらし首」にすることまでは必要はないといえます。
従って、氏名その他対象者個人が識別できない形で情報を公表することとし、事案の概要、懲戒処分の種類、所属部署、役職程度にとどめることが適当であると考えます。
なお、公務員に関する懲戒処分に関してですが、人事院では懲戒処分の公表指針(平15.11.10 総参-786)を定めています。公務員と民間企業の従業員では立場は異なります(公務員の方が公表の必要性相当性が認められる)が、参考になります。
1 公表対象
次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
(1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分
(2) 職務に関連しない行為に係る懲戒処分のうち、免職又は停職である懲戒処分
2 公表内容
事案の概要、処分量定及び処分年月日並びに所属、役職段階等の被処分者の属性に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。
3 公表の例外
被害者又はその関係者のプライバシー等の権利利益を侵害するおそれがある場合等1及び2によることが適当でないと認められる場合は、1及び2にかかわらず、公表内容の一部又は全部を公表しないことも差し支えないものとする。
前掲の裁判例(泉屋東京店事件)では、「当該公表行為が正当業務行為もしくは期待可能性の欠如を理由としてその違
法性が阻却されるためには,当該公表行為が,その具体的状況のもと,社会的にみて相当と認められる場合,すなわち,公表する側にとって必要やむを得ない事情があり,必要最小限の表現を用い,かつ被解雇者の名誉,信用を可能な限り尊重した公表方法を用いて事実をありのままに公表した場合に限られると解すべきである」と判示し、必要やむをえない事情がある場合は、個人名の公表も可能となる余地があると解することができます。
例えば、会社の営業販売員が社外の人間と共謀して、会社に無断で架空の金融商品を知識のない不特定多数の老人に売りつけるという詐欺行為を繰り返していたような事案があったとします。また、会社は被害者の全貌を把握しきれていない状況が残り、かつ、社外の共謀者が会社の名をかたって同種の詐欺を行う可能性もあるような場合を想定します。このような事案では、未だ把握されていない被害者の救済及び新たな被害の阻止のためには、当該営業社員を懲戒解雇したこと、その理由となる事実関係を社内外に公表する必要が強くあります。この場合、事態の収拾がつくまでの期間、対象となる社員の個人名等を含めた公表を行うこともやむを得ないといえます。上記事案で社員が逮捕され、マスコミで報道されたような場合は、信用を回復するために厳正なる懲戒処分を行ったことを公表することもやむを得ないといえます。このような場合は、公表期間等に配慮すれば、正当業務行為として違法性が阻却されると考えられます。
処分の公表期間
懲戒処分の公表期間は、懲戒処分を社内に周知して注意喚起を図るという目的に必要な範囲に限定するべきです。
実務的には、1週間では短いと思われ、1ヶ月程度で十分ではないかと考えられます。
公表の方法
懲戒処分を公表する媒体については,制限はありません。
公表方法
- 文書の掲示
- 書面の回覧
- 社内報に記載
- イントラネットの掲示板に掲載
もっとも、社外の人間が閲覧できる状態にすることは、事後の被害拡大あるいは会社の損害発生やその拡大を防ぐといった観点から必要でない限り,控えた方がよいでしょう。
名誉毀損の違法となる可能性があるので、「退職に伴い担当者が変更すること」といった程度を顧客に知らせるにとどめておいたほうが無難です。
参考裁判例
営業担当課長が会社と競合する業務を営み,受注の横流しなどしたことを理由として,出勤停止処分および普通解雇をした事案です。裁判所は出勤停止処分及び解雇は有効としました。しかし、解雇および解雇までの自宅待機の事実を取引先に文書で通知した使用者の行為は,名誉を毀損する意図で行われたもので,不法行為に当たるとして会社に慰謝料30万円の支払を命じました(東京貸物社(解雇)事件・東京地裁平成12年11月10日判決(労判807号69頁))
- 詳しくは
- 「原告を不都合な事情で平成7年9月14日付けで解雇したこと,それまで原告を自宅待機としていること,退職後は原告の言動に責任は負いかねることを各取引先に通知している。右の通知文書……は,原告の行為そのものについては「不都合な事情」と記載するにとどまり,具体的な事実を摘示していないが,「原告の解雇」,「自宅待機」と記載し,事実を具体的に摘示している。そして,解雇や自宅待機は,それが事実であっても,右文書を読んだ各取引先が原告は何らかの責められるべき行為によって被告を解雇されたものと理解するのは容易に推認できるところである。」,「被告からすれば,取引先との関係で,原告が担当していた顧客に対し,担当者の変更を通知する必要性は否定できないが,それ以上に原告を解雇等した事実を広く取引先に通知しなければならない必要性を認めるに足りる証拠はないことからすると,右のような文書の送付はことさら原告の名誉を毀損する意図で行われたものと解せられるのであって,被告の右文書の送付は不法行為に当たるというべきである。」とされ,30万円の慰謝料の支払いが命じられました。
関連企業との懲戒処分に関する情報共有は問題ないか
出向先と出向元の場合
出向により,出向者との関係で出向元および出向先は双方とも使用者になります。従って、出向開始後に取得される雇用管理にかかわる個人情報については,いずれが先に取得したのかを問わず,両社が取り扱うことが当然の前提となっているものと解されます。それゆえ出向元・出向先の両社が出向者の個人情報を取り扱うことについて、出向者の同意が存するものと解されます。
したがって,出向期間中の非違行為に関しては,出向元・出向先双方とも情報を共有して対処し得るということになりますから,両社で懲戒処分に関する情報を共有することも可能であると考えます。
グループ企業(別法人)の場合
関連子会社ないしグループ会社の場合、法人格を異にする以上,個人情報保護法23条の第三者提供に関する規制が及びます。
個人情報保護法23条1項は,あらかじめ本人の同意を得ずにその個人データを第三者に提供することを禁じています。グループ会社が別法人である以上,同項の「第三者」に該当することになるから,上記の規制に服することとなり,提供前に本人の同意をとる必要があります。この同意は口頭でも差し支えありませんが,明確にするために、同意書を得ることが通常です。
なお、就業規則に個人情報保護に関する規定を設け,そこにグループ内の企業に情報提供することがある旨定めることによって,個々の労働者からの同意に替えることができると解されます。
公表文書の書式・ひな形
懲戒処分の社内公表文書例
ファイルの入手はこちらから
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まとめ
以上、おわかりいただけましたでしょうか。
懲戒処分の公表は、内容によっては名誉毀損として損害賠償義務が発生する場合がある
名誉毀損とならないよう、真実であることを前提に、個人が識別できないような形で必要最小限度の内容及び期間で公表を行うべき
ということがポイントとなります。
ご参考になれば幸いです。
懲戒処分は労務専門の弁護士への相談するべき
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
懲戒処分のコンサルティング
懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書、懲戒処分の公表文書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書、懲戒処分の公表文書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。