職場での撮影・録画・録音を禁止する方法を労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
常にスマートフォンやボイスレコーダーを持ち歩き、日常的に録音や撮影をしている社員がいます。他の社員はそれを不気味に感じクレームが出ています。注意しても「不正やハラスメントを記録している」などと反論して聞く耳持ちません。職場での録音・撮影を禁止し、これに違反した場合は懲戒処分や解雇は出来ないでしょうか。
1 労働者による録音・録画の問題点
ICレコーダーやデジタル(ビデオ)カメラ等の小型で高性能な録音・録画機器が普及しています。また、携帯電話・スマートフォンにも高性能の録音・録画機能が標準的に備わっており、音声データや画像を即時にメールやSNSで送信したり、クラウドサーバーへアップロードしたりすることも可能となっています。
これらの録音・録画機器(以下、録音等機器)の利便性を生かし、会議・ミーティング・プレゼンテーション内容の記録手段などとして労働者が業務上利用することが非常に多くなっています。
他方で、録音等機器は、企業の重要な営業秘密を持ち出される手段となり、企業の営業秘密保護の観点から脅威となりかねません。
また、営業秘密に該当せずとも、録音・録画により企業の実情を記録した(または、一部編集された)データがSNS等により拡散され、炎上し、風評被害が広がり著しい損失を生じさせた事例も、最近では報道されることが多くなりました。
このような利便性と危険性を併有する録音等機器を労働者が業務に関連して使用するに当たっては、法律または契約(合意)による規制が問題となります。
2 法律または契約(合意)による規制
2.1 秘密保持義務
秘密保持義務とは、使用者の営業上の秘密(営業秘密)をその承諾なく使用したり開示したりしてはならない労働者の義務をいいます。
判例上も、労働者は労働契約を締結することにより「労働契約にもとづく附随的義務として、信義則上、使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが、その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負う」ものとされています(古河鉱業足尾製作所事件 東京高裁 昭55.2.18判決)。
労働者が秘密保持義務に違反した場合は、会社は懲戒処分、普通解雇、損害賠償請求などの措置を取ることが可能です。
2.2 不正競争防止法
秘密保持義務に関しては、不正競争防止法が、営業秘密の不正使用・開示行為に対する法規制を整備しています。
不正競争の成立要件は、①対象となる秘密が同法で定義する「営業秘密」であること(同法2条6項)、②保有者から「示された」秘密であること(同法2条1項7号)、③不正の利益の取得または加害の目的(加害目的)による行為であること(同)の3点となっています。
これらの要件に該当する場合は、差止請求(不正行為の停止または予防請求。同法3条1項)のほか、廃棄除却請求(同法3条2項)、損害賠償請求(同法4条)および信用回復請求(同法14条)がなし得ることになっており、これらの規定は労働者にも適用されます。
同法違反の行為に対しては刑事罰が設けられており(同法21条、22条)、在職中の従業員による営業秘密の不正使用・開示に対しても刑事罰(同法21条1項5号)が定められています。
2.3 労働契約上の守秘義務
また、労働契約によって守秘義務を設定し、営業秘密やノウハウを保護することも可能です。具体的には、就業規則、秘密保持規程、秘密保持誓約書等によって、不正競争防止法上の「営業秘密」より広範囲の営業秘密やノウハウについて労働契約上の守秘義務の対象とすることが可能となります。
労働者が労働契約上の守秘義務に違反した場合は、債務不履行となり、会社は懲戒処分、普通解雇、損害賠償請求などの措置を取ることが可能です。
3 労働者による録音等機器の使用制限
3.1 秘密保持義務に違反する使用の制限
労働者は、上記秘密保持義務に違反する態様で録音等機器を使用することはできません。
例えば、会社の営業秘密やノウハウを録音等機器に保存して社外に流出、開示する行為ができないことは当然です。労働者が違反した場合は、使用者は前記のとおり不正競争防止法に基づく措置または労働契約上の措置を取ることが可能です。
3.2 録音等機器の使用それ自体の規制
また、録音等機器の使用それ自体を労働契約上制限することも可能です。
会社の機密情報や信用を守るためには、そもそも撮影・録音・録画という行為自体を禁止または制限することが有効です。
録音等を原則として禁止することにより、録音等による営業秘密のを防止することが可能となります。さらに言えば、業務時間中の録音等が、職場における自由な会話のやりとりを損なうなど、業務上の支障を生じさせることもあるからです(労働者による業務時間中のICレコーダーによる録音等を理由とした解雇を有効とした裁判例として、T&Dリース事件[大阪地裁 平21.2.26判決])。
また、撮影・録音・録画は、近時スマートフォンで行われることが圧倒的に多いため、そもそも事業場内にそれら私物の持ち込みを禁止することも有効です。
具体的な規制の方法としては、就業規則の服務規律や入社誓約書において以下のような定めを設けることが挙げられます。
4 就業規則規定例・誓約書記載例
4.1 就業規則規定例
撮影・録音・録画の禁止については、直接就業規則の服務規律に規定を置きます。
このような規定を置かないと、撮影・録音・録画したこと自体を理由に懲戒処分を行うことが難しくなりますので注意してください。
第○条(服務規律)
1 従業員は、以下の事項を守らなければならない。
(○)会社の事前の許可なく,会社に関連して、業務以外の目的で,写真撮影,録音又は録画を行ってはならない。
(○)従業員は、事業場内に、携帯電話、スマートフォン、個人パソコンその他私物を持ち込んではならない。なお、私物は業務時間中は貸与ロッカー内に保管することができる。
※ 携帯電話・スマートフォンの持ち込み禁止については、個人生活の連絡が携帯電話・スマートフォンで行われていることとの関係で、徹底することは難しい場合も多いと思います(特に、幼い子どもの母親などは保育園等から緊急連絡を受ける可能性があります)。撮影・録音・録画の禁止だけにとどめ、無理に規定しなくてもよいでしょう。
4.2 誓約書記載例
就業規則の定めだけですと「就業規則の存在は知らない」「知らない間に会社が一方的に定めた」などと弁解する社員もいます。社員に自覚させるため誓約書も取り交わすことが確実性を高めます。
入社誓約書
秘密保持誓約などを含む一般的な内容のスタンダード版です。
代表取締役 ●●● 様
誓約書
この度、私は、貴社に採用されるにあたり、下記事項を遵守することを誓約いたします。
記
1 就業規則その他諸規程(以下「就業規則等」という。)の規定内容が労働契約の内容となることを確認し、就業規則等を遵守します。
2 採用選考時又は採用決定時の提出書類や申告事項は事実と相違しません。
3 会社が業務上の必要に応じて業務命令、配置転換、職種変更、職務変更、転勤、出向、昇降格を命じた場合は、これに従います。
4 会社の事前の許可なく,会社に関連して、業務以外の目的で,写真撮影,録音又は録画を行いません。
5 会社・業務時間の内外を問わず、会社の名誉、信用その他の社会的評価を害し、企業秩序を乱すことのないように行動します。また、ブログ、Twitter、Facebook、Instagram、LINE等のSNS、Youtube等の動画サイトまたはインターネット上の掲示板を利用する場合には、別途定めるSNSガイドラインに従い、会社の名誉や信用を段損する内容又はそのおそれのある投稿は行いません。
6 会社の情報システム及び情報資産の一切が会社に帰属していることを理解し,会社が情報システム及び情報資産の保護のために必要であると認めた場合には,私の電子メール、貸与パソコンに関するデータ等を私に断りなくモニタリングすることがあることを承知し,これに同意します。
7 会社の企業秘密、営業秘篭、顧客および間係者等の企業秘密並びに個人情報(個人番号を含む)、その他職務上知り得た秘密は、在職中及び退職後において、第三者へ漏洩し、または、無断で使用しません。
8 会社の業務に専念し、在職中はもちろん退職後2年間は、会社と同じ営業地域内において、次の行為は行いません。
(1) 貴社の従業員に対し、貴社と競業関係に立つ事業への就職等を勧誘すること。
(2) 貴社と競業関係に立つ事業を自ら開業し、又は設立すること。
(3) 貴社と競業関係に立つ事業又はその提携先企業に就職し、又は役員に就任すること。
9 本誓約書の各条項に違反した場合、人事上の不利益処分や懲戒処分の対象となるほか、法的な責任(民事及び刑事問わない)を負うことを確認し、故意又は重大な過失による違反行為により貴社が被った一切の損害(社会的な信用失墜を含む)を賠償することを約束いたします。
年 月 日
住所:○○県○○市○○町○丁目○番○号
署名: ㊞
SNSに関する誓約書
下記はSNSに関する誓約書の一条項(第2条)に、撮影・録音・録画の禁止を規定しています。
株式会社○○
代表取締役 ○○○○ 様
SNSに関する誓約書
私は、会社の内外を問わず、ブログ、Twitter、Facebook、Instagram、LINE等のSNS、Youtube等の動画サイトまたはインターネット上の掲示板(以下、全て総称して「SNS」という。)を利用するに当たり、次の事項を遵守することを誓約いたします。
第1条(勤務時間中の利用禁止)
私は、勤務時間中は職務専念義務を負っていることを自覚し、就業時間中にSNSの私的な閲覧や、情報の書き込み又は画像等の掲載(以下「投稿」といいます。)は行いません。
第2条(撮影等の禁止)
会社の事前の許可なく,会社に関連して、業務以外の目的で,写真撮影,録音又は録画を行いません。
第3条(貸与PC等の私的利用禁止)
1 私は、勤務時間外であっても、貴社から貸与されているパソコンや携帯電話を利用してSNSに私的な投稿は行いません。
2 会社の情報システム及び情報資産の一切が会社に帰属していることを理解し,会社が情報システム及び情報資産の保護のために必要であると認めた場合には,私の電子メール、貸与パソコンに関するデータ等を私に断りなくモニタリングすることがあることを承知し,これに同意します。
第4条(投稿上の注意点)
私は、SNSに投稿する場合は、貴社や私自身が特定されるような情報を投稿せず、また、以下の内容を含む投稿はいたしません。
① 人種、思想、信条などに関する差別的内容・表現
② 不敬な内容、攻撃的な内容
③ 誹譲中傷や名誉毀損
④ 違法行為や違法行為を助長・肯定する内容
⑤ 営業秘密・会社業績・経営戦略・顧客情報・個人情報など業務上知り得る会社情報
⑥ 個人情報・プライバシーに関わる情報
⑦ 会社の名誉・信用を毀損し、損害を発生させる可能性のある一切の情報
第5条(トラブル発生時等の義務)
1 私は、SNSの利用に関してトラブルが生じた場合、直ちに貴社人事部へ報告・相談致します。
2 私は、私の投稿に関して、貴社が前条に違反すると判断した事項又は貴社が不適切と判断した事項については、直ちに削除又は修正に応じます。
第6条(損害賠償)
本誓約書の各条項に違反して投稿を行った場合、法的な責任(民事及び刑事問わない。懲戒処分を含む。)を負担するものであることを確認し、これにより貴社が被った一切の損害(社会的な信用失墜を含みます。)を賠償することを約束いたします。
第7条(就業規則等の遵守)
その他、貴社の就業規則及びガイドラインその他の規程を遵守いたします。
年 月 日
住所:
署名: ㊞
5 違反した場合の処分
労働者が、撮影・録音・録画により、労働契約上の守秘義務に違反した場合は、債務不履行となり、会社は懲戒処分、普通解雇、損害賠償請求などの措置を取ることが可能です。
5.1 懲戒処分
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。
懲戒処分の有効要件については
無断での撮影・録音・録画については、懲戒処分の程度は個別の事案の事情にもよりますが,重要な企業秘密を漏洩し,会社に損害を生じさせた場合,またはそのおそれがある場合には懲戒解雇が可能な場合もあります。
情報漏洩は以下の3つのパターンに分けて検討することが一般です。
② 撮影・録音・録画しただけで、第三者に開示はしていない場合
③ 内部告発・公益通報の場合
以下、3つのパターンについて説明します。
① 撮影・録音・録画し、第三者に開示した場合
この場合は、当該企業秘密の重要性,開示の目的,漏洩による会社の損害の有無・程度,企業運営への影響等を総合的に考慮し,企業にとって重要な情報で,かつ背信性が高いと認められる場合には,懲戒解雇も可能です。また、退職金の不支給も認められる場合もあります。
② 撮影・録音・録画しただけで、第三者に開示はしていない場合
撮影・録音・録画しただけの場合も、「会社の事前の許可なく,会社に関連して、業務以外の目的で,写真撮影,録音又は録画を行ってはならない」と服務規定に定めていれば、懲戒事由に該当します。もっとも、撮影・録音・録画しただけの場合は、外部へ公表はしておらず、実害は生じていません。特に第三者への開示目的が認められない単なる撮影・録音・録画は、社内ルール違反として軽い懲戒処分(戒告、減給、出勤停止、降格程度)しか認められません。
ただし、退職間近の労働者が会社の機密情報を撮影・録音・録画した場合は、自己または第三者の利益を図り,会社に被害を与えるためであったという背信的意図が推認できる場合、情報が外部に流出していないとしても、「業務上の機密を社外に漏らしたとき」に準ずる行為をしたときに該当するとして,懲戒解雇を含めた重い処分とが可能な場合もありえると考えます。
③ 内部告発・公益通報の場合
この場合、まず、⑴ 労働者の告発等が,公益通報者保護法の対象としている「公益通報」に該当する場合には,同法の関係規定により,そうした通報を行ったことを理由とする懲戒処分は許されません。
⑵次に、同法の「公益通報」に該当しない告発等であっても,①告発内容の真実性(もしくは真実であると信じるに足りる相当な理由があったか),②目的の正当性,③手段・方法の相当性の要素を総合判断し、正当な告発である場合は懲戒処分をすることはできない場合があります(大阪いずみ市民生協事件 大阪地裁堺支部平15.6.18判決 労判855号22頁)。
⑶さらに、自らの権利救済のために必要な書類を担当弁護士に手渡した場合などは、正当な理由がるとして、秘密保持義務に違反しない場合があります(メリルリンチ・インベストメントマネージャーズ事件 東京地裁平15.9.17判決 労判858号57頁)。
内部告発の場合の懲戒処分については
5.2 普通解雇
会社が服務規律で撮影・録音・録画を禁止しているにもかかわらず、これに違反して撮影・録音・録画することは、労働契約上の債務不履行にあたり、普通解雇に該当します。
撮影・録音・録画した内容、目的、外部への公表の有無などにもよりますが、撮影・録音・録画しただけでいきなり普通解雇をすることは一般的には難しいでしょう。
そこで、まずは、注意指導やけん責戒告といった軽度な処分を行い改善の機会を与え、それでも違反を続けるのであれば、減給・出勤停止などの懲戒処分を経て、普通解雇を行うことも可能であると考えます。
5.3 損害賠償請求
会社が服務規律で撮影・録音・録画を禁止しているにもかかわらず、これに違反して撮影・録音・録画し、会社に損害を与えた場合は、損害賠償請求を行うことも可能です。
まとめ
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