懲戒処分には、譴責、戒告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇といった種類が定められていることが一般である。それぞれの特調や注意点について、書式もふまえて、労働問題専門の弁護士がわかりやすく説明します。
・譴責 始末書を提出させて将来を戒める処分。
・戒告 通常,将来を戒めるのみで始末書の提出を伴わない処分。
・減給 制裁として,賃金から一定額を差し引く処分。
・出勤停止 就労を一定期間禁止する処分。
これらのほか,昇給停止や停職,降格などを定めている例もある。
労働契約解消を前提とする懲戒
・懲戒解雇 制裁罰としての解雇。最も重い処分。
・論旨解雇 懲戒解雇を多少軽減した懲戒処分。
譴責・戒告・訓戒
内容
いずれも労働者の将来を戒める処分ですが、戒告(かいこく)・訓戒(くんかい)が始末書の提出を求めないのに対し、譴責(けんせき)は始末書の提出を伴うことが多いという点で、一般的に戒告のほうが軽い処分です。
また、譴責・戒告は,多くの場合,昇給や賞与の支給などにおいて人事考課上不利益に考慮されます。
書式・ひな形
注意点
注意・指導(非懲戒処分)と区別する
会社は,業務命令に従わない社員,あるいは企業秩序を乱す社員に対し,その中止や是正を求めて注意・指導をすることができます。ただ,これは懲戒処分ではなく,会社が有する労務指揮権行使の一環として行われるものであることに注意が必要です。
すなわち,注意・指導及び戒告・譴責は,会社が社員に対して将来を戒めている点で外形的には変わりはありません。
しかし,懲戒処分ではない注意や指導は,労働契約上当然に行えるものですので,就業規則その他の労働契約上の根拠は必要としません。また,法律上の規制もありません。
これに対し,戒告や譴責については,懲戒処分ですので,就業規則上の根拠が必要となります。また,法律上の規制もあります(労働契約法15条)。
よって,会社としては,注意・指導又は戒告・譴責の懲戒処分のいずれを行使するのかは意識し,かつ,明確にすることが重要です。
譴責処分による始末書を提出しない者に対する処分は出来ない
譴責処分を受けた者が始末書を提出しなかった場合,そのことを理由に,さらに懲戒処分を行うことはできません。始末書による反省の意思の表明を強制することは思想・良心の自由の保障(憲法19条)との関係で許されないとされているからです。
これに対して,顛末書(事実の経過を示した報告文書)は,思想・良心とは関係ない為,業務命令によって命ずることができます。この命令に背いた場合は,業務命令違反で懲戒処分をすることは出来ます。
減給
内容
減給の懲戒処分とは,労働者が労働義務を履行し、賃金請求権が発生しているにもかかわらず、制裁として賃金から一定額を差し引く処分を意味します。
書式・ひな形
注意点
① 労基法91条による減給の限界が定められている
減給については労働基準法(以下、労基法)91条で、減給できる1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期の総額の10分の1を超えてはならないとされています。詳細は下のリンク記事をご参照ください。
減給の限界に知りたい場合は
② 遅刻・早退・欠勤に伴う賃金カットは減給の懲戒処分ではない
遅刻・早退・欠勤の場合は,不就労分については,ノーワークノーペイの原則により賃金を控除することが出来ます。これは減給の懲戒処分ではありません。もっとも,15分遅刻した場合に,30分単位で賃金を控除するような場合は,減給の懲戒処分とみなされることがありますので注意が必要です。
③ 賞与査定は減給の懲戒処分ではない
例えば,賞与の査定期間中に懲戒処分に相当する非行があった場合,それらの事情を斟酌して賞与額を査定することは許されますし,減給の懲戒処分とはなりません(同旨 マナック事件・広島高裁平成13年5月23日判決 労判811号21頁)。
④ 出勤停止に伴う賃金減額は減給の懲戒処分ではない
懲戒処分としての「出勤停止」処分に伴って貸金が減額される場の減額は,減給の懲戒処分ではありません。これは出勤停止処分の結果として労務提供がなされないことによる賃金控除によるものです(ノーワークノーペイ)。労務提供がなされたにもかかわらず貸金が減じられることとなる減給とは異なります(昭和23年7月3日基収2177号)。
⑤ 配転や降格に伴う賃金減少は減給の懲戒処分ではない
労働者に非行があったことを理由として配転や降格を実施した結果,貸金が減少したとしても,減給の懲戒処分には該当しません。これも,人事異動や降格の結果,職務内容や責任ないし権限が変化することによる効果であって,懲戒処分としての「減給」にはあたらないからです(昭和26年3月14日基収518号参照)。
⑥ 実務的なポイント
上記①のとおり減給の懲戒処分には法的な限界がありますし,労働契約法15条による規制もあります。他方で,②~⑤の場合は減給の懲戒処分には該当せず,法的な限界や労働契約法15条の規制はありません。
そこで,減給の懲戒処分が出来る場面であっても,②~⑤の処理が可能な場合は,リスク回避の観点から②~⑤の処理を行うことを検討することも一案です。
出勤停止・停職・懲戒休職
内容
出勤停止の懲戒処分とは,労働契約を存続させながら、制裁として一定期間(一般には7日から10日程度)労働者の就労を禁止することをいいます(「停職」「懲戒休職」と呼ぶ例もあります)。
出勤停止の場合、労働者の帰責事由によって労務提供がなされないので、出勤停止期間中はノーワーク・ノーペイの原則により賃金が支給されないのが普通です。また、いわゆる危険負担(民法536条2項)の問題も発生しません。ただし、就業規則に出勤停止期間中も賃金を支払う旨が規定されている場合は払う必要があります。
なお、出勤停止による賃金の不支給は減給の懲戒処分には当たりません。
書式・ひな形
注意点
① 懲戒処分としての出勤停止の期間の日数
出勤停止期間の上限については、法令による制限はないので、公序良俗に反するような著しく長期間なものでない限り、就業規則でどのように設定しても有効性が否定されることはありません。
実務的には、7日以内、10日以内、14日以内、1カ月以内、3カ月以内などさまざまな例がありますが,7日以内や10日以内が多い(労務行政研究所 労政時報3949号-18.4.13、懲戒制度の最新実態[図表13]参照)とされています。
② 業務命令としての自宅待機と区別する
懲戒処分としての出勤停止と業務命令としての自宅待機は異なります。
いずれも労働者の労務提供を禁ずる点では共通します。
しかし,出勤停止は,懲戒処分としてなされるものに対して,自宅待機は,業務命令として行うものですので、就業規則等の根拠は無くとも行うことが可能です。また,業務命令としての自宅待機期間中は,会社側の都合によって労務の提供を拒否することになるので、その期間について原則として賃金を100%補償する必要があります(民法536条2項)。また、年休の取得要件である全労働日の80%以上の出勤率との関係では出勤として取り扱うことになります。
降格・降職
内容
降職の懲戒処分とは,職位を解き若しくは引き下げる処分をいいます。例えば,課長職を解いて,主任職とする場合などを意味します。
降格の懲戒処分とは,職能等級制等を採用している場合で,従業員の職能資格や等級を引き下げることをいいます。また,職務等級制を採用している場合には,給与等級(グレード)を引き下げることをいいます。
降職及び降格に伴い,職位ごとに定められた役職手当の減額,資格・等級ごとに定められた基本給の減額などが生じます。
書式・ひな形
注意点
人事権行使としての降格・降職と区別することが重要です。
降格や降職は,人事権の行使としても行うことが出来ます。この場合、懲戒処分ではありませんので、労働契約法(以下、労契法)15条の懲戒事由該当性や処分の相当性判断に服することはありません。よって,懲戒処分としての降格・降職と明確に区別する必要があります。
>>人事権行使としての降格・降職については,「能力不足を理由に賃金カット(減額)できるか?」をご参照ください。
諭旨解雇・諭旨退職
内容
諭旨解雇の懲戒処分は,一般的に、懲戒解雇相当の事由がある場合で本人に反省が見られる場合に,解雇事由に関し本人に説諭して解雇するものであり,懲戒解雇を若干軽減した懲戒処分です。
諭旨退職は,労働者に退職願の提出を勧告し、それに応じない場合は懲戒解雇するという形式をとります。
いずれも懲戒解雇より一段軽い懲戒処分の一種であり、退職金がある場合には、自己都合に準じた退職金を支払う又は一部減額した退職金を支払う例が多いとされています。
書式・ひな形
注意点
① 諭旨退職の退職届は辞職ではないこと
諭旨退職により出される退職届は,通常の本人意思による辞職(労働契約解約の意思表示)としての退職届ではありません。したがって,労働者が退職届を提出したとしても,労働者が争う場合は,諭旨退職という懲戒処分の有効性が裁判で争われることになります(菅野和夫『労働法〔第10版〕』494頁)。
② 退職勧奨による退職届の提出と区別すること
これに対して,「懲戒解雇事由はあるが,貴殿の将来を考慮し,退職届を提出するのであれば受理する」といって退職届を自主的に出させるのは,諭旨退職処分ではなく,退職勧奨です。
この場合,労働者が退職届を提出した場合は,辞職の効果が生ずることになります。
懲戒解雇
内容
懲戒解雇とは,重大な企業秩序違反者に対する制裁として行われる解雇であり、懲戒処分の中で最も重い処分です。
解雇の予告またはそれに代わる解雇予告手当の支払い(労基法20条)をせずに即時に行われ、退職金がある場合には、退職金の一部または全部不支給を伴うことが通常です。
また,懲戒解雇は,労働者にとっての極刑を意味し,労働者にとって死刑のイメージとなります。懲戒解雇された事実は,労働者にとって再就職の大きな障害ともなり,不利益性が非常に高いものです。それゆえ,懲戒解雇の有効性は極めて厳格に審査されます。
書式・ひな形
注意点
①懲戒解雇だからといって 解雇予告が100%不要という訳ではない
懲戒解雇の場合は,解雇予告を行わず,解雇予告手当も支払わないといった対応をしている会社も多いですが,懲戒解雇であれば当然に解雇予告も解雇予告手当の支払いも不要になるという訳ではありません。
解雇予告・予告手当手続きの要否は,あくまで解雇につき労基法20条1項但書に定められる「労働者の責に帰すべき事由に基いで解雇する場合」であって,所轄労働基準監督署長の認定を受けたかどうかによって決まるのです。したがって,懲戒解雇にも,即時解雇し得る場合と解雇予告または予告手当の支払いを必要とする場合とがあります。
② その他留意点
以下の記事をご参照ください。
・ 懲戒解雇した場合,退職金を没収(不支給)・減額できるか?
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
懲戒処分のコンサルティング
懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。
参考裁判例
始末書の提出しない者に対する処分が許されないとされた例
福知山信用金庫事件
大阪高裁昭和53年10月27日判決(労判314号65頁)
(判断内容)
「そこで,本件誓約書を提出しなかったことが,これ迄の被控訴人らの行為と相まち,本件解雇を正当ならしめるものであったかどうかについて考えるに,控訴人の要求した誓約書には包括的な異議申立権の放棄を意味するものともうけとれる文言が含まれていて,内容の妥当を欠くものがあったばかりでなく,そもそも本件のような内容の誓約書の提出の強制は個人の良心の自由にかかわる問題を含んでおり,労働者と使用者が対等な立場において労務の捷供と貸金の支払を約する近代的労働契約のもとでは,誓約書を提出しないこと自体を企業秩序に対する素乱行為とみたり特に悪い情状とみることは相当でないと解する。そうだとすると,本件においては,被控訴人らの本件誓約書の不提出並びにこれに関連する諸情状を考慮に入れでも,解雇の正当性を基礎づけることはできず,結局本件解雇は懲戒権の濫用としてその効力を生じないものと判断せざるを得ない。」
(同様の立場の他の裁判例)
丸住製紙事件・高松高裁昭和46年2月25日判決(労民集22巻1号87頁)
豊橋木工事件・名古屋地裁昭和48年3月14日判決(判時722号98頁)
九十東鋼運輸倉庫事件・大阪地裁堺支部昭和53年1月11日決定(労判304号61頁)
甲山福祉センター事件・神戸地裁尼崎支部昭和58年3月17日判決(労判412号76頁)
中央タクシー事件・徳島地裁平成9年6月6日決定(労判727号77頁)など)
(懲戒処分が許されるとした裁判例)
エスエス製薬事件(東京地判昭42.11.15労判54-27)
あけぼのタクシー事件(福岡地判昭56.10.7労判373-37)
黒川乳業〔労働協約解約〕事件(大阪地判平17.4.27労判897-43)