解雇をした後に、解雇理由を追加できるか、について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
懲戒解雇の場合、解雇当時、会社で把握していなかった事実を事後的に裁判で追加主張することはできない。
懲戒解雇を普通解雇に流用することは出来ない。懲戒解雇の有効性が確実ではない場合は、予備的に普通解雇を併せて行った方が無難である。
1 普通解雇事由を追加できるか
問題の所在
解雇をする理由が一つだけではなく、就業規則の解雇事由の複数に該当するケースは少なくありません。
そのような場合において、解雇を通知する際や解雇理由証明書を発行する際に、最も明確で客観的な裏づけのある解雇事由のみを挙げるケースも多いと思われます。
ところが、後になって、労働審判や訴訟において、解雇の効力を争われた場合に、他の普通解雇事由も追加して主張することはできるでしょうか。
根拠となる事実を追加することは可能
解雇通知や解雇理由証明書において、具体的な事実を示したうえ、就業規則の一定の普通解雇事由に該当する旨を記載した場合、後に同じ普通解雇事由に該当する他の事実を追加して主張することは可能です。
たとえば、無断欠勤をしたことを理由に、就業規則の定める普通解雇事由の一つである「勤務状況が不良で従業員としての適性がないと認められたとき」(勤務状況不良)に該当するとして解雇したとします。
後に解雇権濫用であるとして争われたときに、以前から遅刻や欠勤を繰り返しており、会社から注意を受けていたことも、勤務状況不良の普通解雇事由の根拠として、追加的に主張して差支えありません。
新しい普通解雇事由も追加することができる
また、普通解雇の場合は、解雇通知や解雇理由証明書に記載した普通解雇事由とは異なる解雇事由を新たに主張することも可能です。
たとえば、勤務状況不良に基づく解雇を通知していた場合でも、その従業員が、上司に対し反抗的な態度をとっていたことなどを理由に「協調性が欠如し、他の従業員の業務遂行を支障を生じさせているとき」(協調性欠如)にも該当することを主張することも可能です。
また、解雇時に存在していた事実であれば、当時認識していなかった事実でも、同様に普通解雇の事由として主張することが許されます。
解雇理由証明書を交付するにあたっては注意が必要
会社は、従業員から請求があった場合には、退職理由等を記載した退職証明書を交付する義務があります(労基法22条1項)。
解雇をした場合において解雇予告の目から解雇日までの間に請求があったときは、解雇理由証明書を交付することになります(同条2項)。
これらの証明書は、従業員にとって重要な判断資料であり、これに記載した解雇事由と異なる事由の主張を認めると証明書の意義がなくなるから、追加主張は認められないとする考え方があります。
仮にそこまで厳しく考えないとしても、退職証明書等に記載しなかったということは、会社が解雇の事由として重視していなかったからであると受け止められ、解雇の有効性の判断において十分に評価してもらえない可能性があります。
したがって、退職証明書等に解雇の理由を記載するときは、書きやすい理由のみを記載するのではなく、万が一争われた場合のことも考えて、根拠事実が存在する理由について書き落としのないように注意する必要があります。
解雇理由証明書について詳しく
2 懲戒解雇事由を追加できるか
懲戒解雇事由の追加主張は原則として許されない
懲戒解雇後に、懲戒解雇の理由として主張した非違行為が懲戒解雇事由に該当しなかったり、当該非違行為の性質、態様その他の事情に照らして懲戒解雇の相当性が否定されたりする場合があります。
このような場合に、事後的に判明した別の非違行為を懲戒解雇事由として追加主張できるか否かが問題となります。
この点については、特段の事情がない限り、懲戒解雇当時に使用者が認識していなかった非違行為を事後的に懲戒解雇事由として追加主張することはできません。
「使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべき」であるとし、「懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできない」と判示しています。
懲戒解雇事由の追加主張が許される特段の事情
それでは、懲戒解雇事由の追加主張が許される「特段の事情」がある場合とは、どのような場合でしょうか。
上記山口観光事件最高裁判決では、特段の事情のある場合が具体的にどのような場合であるかについては特に示されることなく、労働者の「業務命令(休日出勤命令)拒否」および「無断欠勤」を理由とする懲戒解雇後に、懲戒解雇当時、使用者が認識していなかった(懲戒解雇の理由として告知しなかった)上記労働者の「年齢詐称(履歴書に虚偽の生年月日を記
載したこと)」の事実を懲戒解雇事由として追加主張することはできないとされました。
しかし、その後の裁判例で、追加主張される非違行為が懲戒解雇時に「告知された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種もしくは同じ類型に属すると認められるものまたは密接な関連性を有するものである場合には、それをもって当該懲戒の有効性を根拠付けることができると解するのが相当」であるとされ(富士見交通事件・東京高判平成13・9・12労判816号11頁)ました。
すなわち、追加主張される非違行為が、当初懲戒解雇事由とされた非違行為と密接な関連性を有する同種のものであるなどの場合には、懲戒解雇事由の追加主張が許される特段の事情があると考えられています。