社員と連絡が取れず音信不通となった場合、退職・解雇するにはどうしたらよいのでしょうか。退職・解雇後の社宅の明渡し、最後の賃金・退職金の支払いなど問題が生じます。労働問題専門の弁護士が明確に解説します。
当然退職規定の適用・解雇を行うが、解雇は意思表示の到達(意思表示の公示送達)の問題がある
退職金・賃金は指定口座へ振り込むか、それができない場合は会社に保管又は法務局へ供託する
社宅は家族・親族の協力を得て明け渡してもらう
1 対応の全体像・流れの確認
まずは全体像を説明します。
このチャートに沿って簡単に全体像を説明します。
① 状況確認をする
まずは、音信不通になった従業員の状況確認をします。具体的には
- 家族に連絡を取る
- 社内の同僚から情報を収集する
- 自宅を訪問して居住確認等をする
- 警察に届け出る
などを行います。
これで所在が判明した場合は、音信不通となった理由に応じた対応をします。
具体的には
- 仕事をする気がなくなって職場放棄している場合(自己都合による怠業)
→ 無断欠勤による懲戒処分・解雇の検討をします。 - ハラスメント等を受けて出勤できない場合
→ ハラスメントに関する対応を行います。 - 退職するつもりで出勤を拒否している場合
→ 退職の意思を確認し、退職届の提出をさせる等を検討します。 - 病気で連絡ができない場合
→ 休職の適用や病気を原因とした解雇を検討します。 - 逮捕・勾留されている場合
→ 私生活上の非行を理由とした懲戒処分・解雇を検討します。
② 出勤の催告(命令)をする
音信不通であっても、会社から出勤の催告・命令をします。一見無駄なようですが、退職処理の前振りとしては重要な意味を持ちます。
③ 退職処理をする
①、②を尽くしても所在不明の場合は退職の処理をせざるを得ません。具体的には
- 当然退職規定の適用
- 解雇
- 退職(辞職)の扱い
をします。
④ 退職金・賃金の支払、社宅の明渡し等
退職が確定した後は、退職金・賃金の支払、社宅の明渡し等の対応をします。
以上が大まかな流れです。
では、具体的に見ていきましょう。
2 状況確認をする
社員が突如として出社しなくなり、かつ、連絡がとれない場合、いくつかの理由が想定されます。
- 仕事をする気がなくなって職場放棄している場合(自己都合による怠業)
- ハラスメント等を受けて出勤できない場合
- 退職するつもりで出勤を拒否している場合
- 事件・事故に巻き込まれて出勤できない場合
- 病気で連絡ができない場合
- 逮捕・勾留されている場合
いずれかの理由や所在が確認できれば、会社としては対応を決めることは可能です。
しかし、本人の所在が分からず、連絡もつかない場合は、対応を決めることが出来ません。
そこで、本人の状況確認のために以下のような方法が考えられます。
2.1 家族に連絡をとる
会社とは連絡を取れない状況になっているとしても、家族・親族とは連絡を取りあっており、家族・親族は本人の事情を知っていることも多くあります。
そこで、身元保証人となっている親族や緊急時連絡先として届け出をしている家族に連絡を取り、状況を確認します。
家族も本人と連絡が取れない状況の場合で、社員が家族と離れて一人暮らしをしている場合は、本人の自宅へ様子を見に行くことを家族へ依頼してください。場合によっては、会社の人間も同行させてもらうこともあります。
2.2 社内の同僚から事情聴取
無断欠勤をしている社員が、会社に対しては音信不通であっても、仲のよい同僚に対しては事情を伝えている場合があります。
そこで、職場の同僚や仲のよい同期社員などに、本人が出勤せず音信不通となっていることを伝え、本人の最近の状況や連絡の有無を事情聴取します。
同僚から本人へメールやSNSによって連絡を取ってもらうこともあります。
ただし、強制はできませんので、あくまでも任意で協力を求めるという形にはなります(通常は協力してくれることが多いです。)。
2.3 自宅を訪問する
自宅の訪問
家族が本人の状況を把握しておらず、本人が単身で居住しているような場合で、かつ、家族や親族が遠方に居住しており本人の様子を見に来ることが時間的に困難である場合は、会社の人間だけで本人の自宅を訪問して状況を確認する場合があります。
自宅においては、
- インターホンを鳴らし会社の人間が来訪したことを伝えて反応を見る
- 表札・ポストに本人の名前が表示されているか否かを確認する
- エアコンの室外機が作動しているか、電気のメーターが動いているかを外から確認する
- 郵便物や新聞などがポストやドアにたまっているかを外側から見る(ポストの中を勝手に見たりはしてはならない)
などを確認します。
これら確認の目的は本人がそこに居住しているのか否かを確認することにあります。
インターフォンを鳴らしたところ全く別人が居住しており本人が居住していない場合、電気メーターが動いておらずポストも閉鎖され、外から見る限り誰も居住していない場合などは、本人がそこに居住していない証拠となります。
自宅へ立ち入ることの可否
社員が会社の社宅に住んでいる場合は会社が社宅の貸主又は管理者として、部屋の鍵を保有していることもあります。
その場合、会社は貸主・施設管理権者の立場で、無断で社宅の中に入ってよいかが問題となります。
この点、会社が社宅の貸主・管理権者であったとしても、社宅内に無断で立ち入ることは、住居侵入罪(刑法130条前段)に該当し刑事責任を問われるリスクがあります。
また、民事的にもプライバシー侵害で不法行為による損害賠償責任を問われるリスクがあります。
よって、原則としては、社員に無断で社宅内にスペアキーを使って立ち入ることは出来ません。
例外的に、本人が居室内で病気や自傷行為によって倒れている蓋然性が高いという事情があり緊急性の高い場合であっても、基本的には警察の協力を得て居室内を確認するようにした方がよいでしょう。
2.4 警察へ届け出る
以上の状況確認を行っても本人の所在が判明しない場合、警察へ協力を求めることを検討します。
特定の犯罪事実があるわけではなく、行方が知れない者については、警察へ「行方不明届」を提出することを検討します。
この手続きは行方不明者発見活動に関する規則に定められています。
生活の本拠を離れ、その行方が明らかでなく、所定の届出がされた者(「行方不明者」同規則2条1項)について、行方不明者の住所または居所を管轄する警察署長へ「行方不明届」を提出することができます(同規則6条1項)。
行方不明届は、誰でも提出できるわけではなく、行方不明者の親、配偶者その他の親族、監護者、福祉事務所の職員等当該行方不明者の福祉に関する事務に従事する者、雇主等に限られます。
行方不明届が提出されたからといって、直ちに警察が捜索を行うわけではありません。行方不明者発見活動の原則は「警ら、巡回連絡、少年の補導、交通の取り締まり、捜査その他の警察活動に際して、行方不明者の発見に配慮するものとする」(同規則12条) とされており、行方不明者の側索を積極的に行うことは予定されていません。
ただし、行方不明者の中でも「特異行方不明者」に該当する場合は、警察署長は行方不明者発見のための情報収集・探索・捜査を行い(同規則20条)、行方不明者が立ち回る先に見込みが付いている場合には、それら地域の警察署長に手配して、立ち回りの有無等の調査を行わせる(同規則21条、23条) こととなり、積極的な捜索活動がなされることとなります。
もっとも、「特異行方不明者」は、①殺人、誘拐等の犯罪により、その生命または身体に危険が生じているおそれがある者、②少年の福祉を害する犯罪の被害にあうおそれがある者、③行方不明となる直前の行動その他の事情に照らして、水難、交通事故その他の生命にかかわる事故に遭遇しているおそれがある者、④遺書があること、平素の言動その他の事情に照らして、自殺のおそれがある者、⑤精神障害の状態にあること、危険物を携帯していることその他の事情に照らして、自身を傷つけまたは他人に害を及ぼすおそれがある者、⑥病人、高齢者、年少者その他の者であって、自救能力がないことにより、その生命または身体に危険が生じるおそれがあるもの、のいずれかに該当する者をいいます(同規則2条
2項各号)。
したがって、社員の遺言が見つかった場合、社員が自殺をほのめかす言動があった場合など、自殺が懸念される場合には、その点を行方不明届を提出する際に資料と共に警察に対し説明し、「特異行方不明者」としての積極的な捜索を求めていくことになります。
コラム(実務上の本音)
ただ、このような警察への届出は、第一次的には行方不明となっている社員の家族・親族にて行うことが通常です。
会社には行方不明届を提出する義務は法的にも道義的にもないのが原則です。
たしかに行方不明になった社員の安否は会社としても心配にはなりますが、基本的には業務とは無関係な社員のプライベートな事象と整理することになります。会社が社員のプライベートな問題にどこまで関与するべきなのかという問題になりますが、冷たいようですが原則として警察への捜査協力を要請するまでの関与はしないことが多いと思われます。
会社が警察へ行方不明届を提出することがあるとすれば、当該社員が音信不通となって欠勤するタイプの社員ではなく、業務に関連して精神的に悩んでいる(または、長時間残業が積み重なって疲労している)様子があり、周囲にも自殺を心配されている状況で、家族や親族が遠方にいてすぐに動けないような場合くらいかと思われます。
2.5 所在が判明した場合
所在が判明した場合は、連絡が取れなかった理由に応じて以下のような対応を行います。
仕事をする気がなくなって職場放棄している場合(自己都合による怠業)
→ 無断欠勤による懲戒処分・解雇の検討をします。
参考記事
ハラスメント等を受けて出勤できない場合
→ ハラスメントの相談対応、加害者への処分等の対応を行います。
参考記事
退職するつもりで出勤を拒否している場合
→ 退職の意思を確認し、退職届の提出をさせる等を検討します。
参考記事
病気で連絡ができない場合
→ 休職の適用や病気を原因とした解雇を検討します。
参考記事
逮捕・勾留されている場合
→ 私生活上の非行を理由とした懲戒処分・解雇を検討します。
参考記事
3 所在が判明しない場合でも必ず出勤の催促をする
3.1 出勤を催促する必要性
音信不通で連絡が取れない期間、客観的には「欠勤」が続いているという事実だけが残ります。
このまま連絡が取れずに欠勤が続く場合は、後述のとおり自動退職や解雇の手続に進むことになります。
この際、欠勤が開始された後、会社は必ず出勤の催促を証拠に残る方法で行うことが極めて重要です。というのも、
② にもかかわらず、労働者が正当な理由なく(音信不通で)出勤しなかったこと
という事実を固めておく必要があるからです。
なぜなら、労働者の中には、突如として欠勤を開始して音信不通になっておきながら、後々になって「会社から解雇されたので出勤しなかった」「会社から明日から出勤せずに辞めろと言われた」などと主張して、解雇や退職の効力を争い、欠勤開始時点に遡って賃金を請求する者がいるからです。
このような不当な請求を防御するためには、上記出勤の催促をしておく必要があるのです。
実務コラム
ホテル業を営むY社の某ホテルで勤務していた社員Xが、ある日突然会社に連絡もせずに出勤しなくなりました。Xは勤務態度に問題のある社員で、欠勤を開始する前日に上司から注意をされたことに腹を立て「こんな会社辞めてやる」と捨て台詞を残して退勤していました。過去に同じような出来事がありXは翌日には何食わぬ顔で働いていましたので、今回も同様だと上司は思っていました。ところが、翌日からXは欠勤を開始し、上司が本人の携帯電話へ連絡しても出ませんでした。会社はXが勤務する意思をなくして辞めたのだと思いました。もともと勤務態度に問題があったこともあり、文書やメールなど形に残る方法で出勤の催促などはせずに欠勤を開始した日をもって退職(自己都合)処理としました。ところが、Xは後日弁護士に依頼して「会社から解雇されたので出勤出来なくなった」「会社から明日から出勤せずに辞めろと言われた」などと主張して、解雇の効力を争い、欠勤開始時点に遡っての賃金請求及び慰謝料請求を求めて労働審判を提起しました。労働審判では解雇の有無が争点となり、会社は解雇はしておらずXが勝手に出勤しなくなり音信不通となったと主張しました。しかし、裁判所は、出勤の催促をしたという事実がなかったために、解雇又は解雇していないとしても会社が出勤を拒否したと認定し、過去に遡って賃金の支払をすべしとの裁定がなされてしまいました。外形的には欠勤を開始した事実、退職処理をした事実しか残っておらず、解雇をしていないのであれば常識的には出勤を催促するはずであり、自己都合で退職処理するのであれば退職届などが出されていて然るべきだ、と裁判所は見たのです。「解雇をしていないのであれば出勤を催促するはずだ」という「裁判所の経験則」があるので、出勤を催促しないとこのような酷い目にある可能性があります。
3.2 出勤催促の雛形・書式
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※ 内容証明郵便+配達証明付きで送付してください。同じ内容のものを普通郵便でも送付してください。
※ メール、SNSでも同内容の連絡をしてください。
4 行方不明者を解雇する
4.1 音信不通の欠勤は無断欠勤を理由に解雇できる
一般に就業規則の懲戒(解雇)事由として「正当な理由なく欠勤し欠勤が引き続き14日以上に及んだとき」といった規定を置いている場合が多くあります。
欠勤が続き連絡が取れない(行方不明の場合も含む)状況が1ヶ月程度続いた場合は、懲戒解雇も有効になる可能性が高いといえます。
また、普通解雇の理由として「懲戒事由があるとき」などと定められている場合には、懲戒解雇とせず普通解雇を選択すること若しくは懲戒解雇と同時に予備的に普通解雇を行うことも可能です。
参考記事
4.2 行方不明者に対する解雇の意思表示
解雇が可能であるとしても、労働者が音信不通の場合、解雇の意思表示の到達が問題となります。
解雇は労働契約解消の意思表示であるところ、意思表示はその通知が相手方に到達した時から効力を生ずることが原則です(民法97条1項 到達主義)。
労働者と連絡が取れず所在不明の場合、解雇の意思表示の効力を発生させる方法が問題となります。
以下、場合を分けて検討します。
4.3 社員が自宅で生活しており、単に連絡や出社を拒否している場合
2の状況確認により、社員とは連絡は取れないものの、家族・親族からの情報や自宅訪問の結果、社員が自宅に居住していることは確認できたとします。
この場合は解雇通知書を自宅へ郵送すれば解雇の意思表示を到達させることが可能となります。
解雇通知書を内容証明郵便+配達証明付きで送付すると共に、普通郵便でも送付します。また、携帯電話・メール・SNSでのやりとりが可能な場合は「○月○日にご自宅宛てに○月○日付での解雇を通知する文書を送付しましたので必ずご確認ください」という趣旨の連絡もしておきます(解雇通知書をPDFファイルで送信してもよいです)。
4.4 行方不明の場合
意思表示の公示送達の要件
意思表示の公示送達の手続
申立書記載例
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添付書類
- 申立人の資格証明書(3か月以内のもの)(申立人が法人の場合)
- 相手方の資格証明書(3か月以内のもの)(相手方が法人の場合)
- 相手方(代表者)の住民票又は不在住証明書等(3か月以内のもの)
- 戻ってきた郵便物(封筒及び書類)
- 通知書の原本(前記エの郵便書類が通知書であることが多いと思われる。)
- 通知書のコピー1部(前記1イのコピーの内の1部)
- 調査報告書
5 行方不明の場合の当然退職規定を適用する
5.1 当然退職規定とは
上述のように行方不明者に対する解雇は意思表示の到達の問題がつきまとい非常に煩雑です。これを解決する方法として従業員の所在がわからない場合には,当然退職となるように規定する方法があります。
これによれば、一定期間会社に連絡なく欠勤を続けた場合は、期間の経過により当然退職となりますので、意思表示の到達の問題を回避することが出来ます。
使用者による労働者の解雇については,30日前の解雇予告が必要とされていること(労基法20条)に鑑み,経過期間としては30日程度が適当と考えます。
5.2 当然退職の就業規則規定例
1 従業員が次の各号のいずれかに該当した場合は退職とし、各号に定める日をもって退職日とする。
・・・・・(省略)・・・・
(2) 会社に連絡がなく30日を経過し、会社がその所在を知らないとき
5.3 退職通知書
前記3.2の出勤催告書を受領したにもかかわらず、期限までに出勤や連絡をしない場合は、当然退職となります。
当然退職は、解雇と異なり、会社側から意思表示は必要ありません。
所定の欠勤期間を経過することにより、何もせずとも退職の効果が発生します。
もっとも、退職の手続もありますので、下記のような退職通知書を送付することもあります。
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6 行方不明者による退職
6.1 辞職の黙示の意思表示
従業員が会社に出勤せず、連絡も取れない状況となり、それが長期間(1ヶ月以上)継続した場合、その従業員は会社へ就労する意思を放棄したとも考えられます。
そこで、退職届などは提出していないものの、連絡もせずに長期間欠勤を続けている社員は、辞職の黙示の意思表示をしたといえるでしょうか。
辞職をしたといえれば自己都合での退職処理ができますので問題となります。
辞職の黙示の意思表示と認められるか否かは明確な基準はなく、争われた場合は最終的には裁判官の事実認定次第となってしまいます。
裁判所は労働者の辞職の意思表示については、明示的な辞職の意思表示(退職届の提出など)をしておらず、かつ、労働者本人が争う場合は、かなり慎重に事実認定をする傾向にあり、辞職の意思表示があったことを前提に退職処理することには高いリスクが伴います。
裁判例(日本教育事業団事件=名古屋地判昭63.3.4労判527-45)も,「労働者が任意退職するにあたっては,必ずしも退職届の提出等明示の退職の意思表示を必要とするものではなく,退職の意思をもって職務を完全に放棄し相当期間継続して出社しなくなるなど退職の意思が客観的に明らかになるような事実によって退職の黙示の意思表示の認定をすることは妨げられないというべきであるが,その認定にあたっては労働者の地位を不安定ならしめることのないよう慎重さが要求されるものというべく,主観的に退職の意思を固めたとか,あるいは雇用主の利益に反する行為をしたというだけで黙示の退職の意思表示があったとはいえない」と述べています。
したがって,結論的には、従業員が会社に出勤せず、連絡も取れない状況をもって、辞職の黙示の意思表示があったとして処理するべきではないと考えます。
6.2 家族・親族が退職届を提出した場合
辞職の意思表示は、労働者本人の意思に基づいて行われる必要があります。
本人が行方不明で連絡が取れない状況において、家族・親族が本人に無断で退職届を作成して会社に提出したとしても、辞職の意思表示としては効力を有しません(無効です)。
従って、この場合、家族・親族が退職届を提出したとしても、本人の意思に基づくことが確認出来ない場合は、受理せずに、前記4の解雇手続または5の当然退職規定の適用によって処理することになります。
これに対して、家族・親族が退職届を提出し、かつ、本人と連絡が取れて本人の退職の意思も確認できた場合は、退職届は本人の意思に基づくものとして処理して構いません。
7 行方不明者の退職金・給与の支払い
7.1 行方不明者の給与口座へ振り込む
給与や退職金については、行方不明となった従業員名義の口座が振込先として指定されているのであれば、従前どおり給与口座に振り込むことになります。
7.2 従前の給与支払口座への振込が出来ない場合
行方不明となった従業員名義の口座が解約されて振込が出来ない場合や、就業規則や退職金規程で退職金については別途従業員が振込先を指定する旨の定めをおいている場合は、行方不明者の口座への振込はできません。
この場合は、賃金債務が一般に取立債務(賃金は事業場で支払うので労働者が取りに来る必要がある)であると解されていることから、会社は賃金・退職金をいつでも支払えるように準備しておき、行方不明になっている従業員が取りに来れば支払えばよいことになります。または、行方不明になっていた従業員が退職金の振込先を指定した場合に支払えばよいです。期間は請求権が消滅時効にかかるまでの期間になります(賃金は3年間、退職金は5年間)。
または、法務局に供託することも可能です(民法494条1項2号「債権者が弁済を受領することができないとき」)。これにより、会社は賃金・退職金の債務不履行の責任を免れることができ、社内で時効期間満了まで管理し続ける負担を省くことができます。
7.3 行方不明になった従業員の家族が賃金・退職金の支払いを求めた場合
前述の4~6により行方不明者の退職が確定した後に、行方不明者の家族から賃金・退職金を本人の口座ではなく、家族の名義の口座へ振り込むことや直接現金で手渡すことを求められることがあります。
例えば、夫である従業員が失踪し、残された妻が退職金を支払うように求めるような場合です。夫の口座に振り込まれても妻が引き出すことが出来ず、または、音信不通の夫が振り込まれて退職金をどこかで引き下ろして使ってしまう可能性があるので、当面の生活資金として退職金の支払いを妻に支払って欲しいと懇願することがあるのです。
この場合どうするべきでしょうか。
法的な原則は上記のとおり原則としては行方不明者本人の口座へ振り込むか、または、本人が会社に受領しにくるまで会社で保管すること(又は法務局へ供託すること)ことになります。
妻に賃金・退職金を支払った場合は、事後的に行方不明者の従業員から請求された場合はそれに応じざるを得なくなり、二重払いとなるリスクがあります(二重払いとなった場合は、妻から返金を受けることになりますが、返金されない事実上のリスクが残ります。)。
そこで、法的なリスクを回避する観点からは、妻からの請求には応じないことが原則です。冷たいようですが、失踪した従業員の家庭問題には会社は関与しないという考え方も十分ありえます。
もっとも、現実的には、残された妻子に酷な場合もありますので、実務的には、家庭に問題がないことが明らかな場合、決して失踪した従業員に請求させないこと、及び、仮に従業員が請求し,会社が二重払いのリスクを負うような場合には返還するという誓約書を親族全員から会社に提出させた上で、妻に未払賃金や退職金を支払うこともあります。
しかし、家庭に問題がある場合、つまり、妻と失踪した夫である従業員との間に対立がある場合には、妻に支払った後に失踪した従業員が退職金等を会社に支払いを求めてくるリスクが高いと言えます。この場合は原則どおり妻には支払をしません。
8 行方不明者の社宅の明渡し
8.1 社宅の明渡し義務の発生
会社が従業員を雇用するにあたって提供する住居が社宅です。
社宅については、賃貸住宅のように借地借家法が適用されるかが一応論点となります。もっとも、社宅は、建物使用が使用者と従業員との間の雇用関係に密接に結びついており、会社に対して使用の対価として利用料を支払いはするものの、一般に利用料は賃料相場に比して低額とされますので、一般的には、借地借家法が不適用とされ、雇用関係等の終了に伴って、利用関係も終了すると解することが通常です(開成交通事件 東京地裁平23.3.30判決労経速2109号26頁、東京地判平29.5.23など)。
よって、行方不明者についても、前述4~6のように退職が確定した場合は、社宅の明渡し義務が発生します。
8.2 行方不明者の場合の明渡し
社宅の明渡し義務が発生したとしても、実際にどうやって部屋の明渡しを履行させるかが問題となります。
行方不明になったとはいえ、会社が当該社員に無断で社宅の中に立ち入り、残された荷物を廃棄処分することは不法行為に該当し損害賠償義務が発生するおそれがあります(自力救済禁止の原則 損害額は慰謝料数十万+廃棄した物品の弁償額など)。
それゆえ、当該社員宛てに建物明渡し訴訟を提起し、勝訴判決(債務名義)を得た上で強制執行するのが原則です。行方不明者については公示送達(裁判所の掲示板に掲示を行う)の方法により訴状を送達します。
この方法は正攻法ではありますが、時間(判決を得るまでに半年、強制執行完了まで数ヶ月)や費用(弁護士費用だけでも100万円以上、執行費用で50~60万円)を要します。
そこで、実務上は、社宅の連帯保証人となっている当該社員の家族などに、連帯保証人としての明渡し義務の履行として、明け渡しを行ってもらい、荷物を引き取って保管してもらうことが行われています。
親族が社宅の連帯保証人となっている場合、行方不明者が社宅を明け渡さない限り、明渡しまでの賃料相当損害金を親族が負担し続けることになります。それを回避したい家族・親族は明渡しに協力することが多いのです。
ただ、行方不明者に無断で明渡しをすることについて、不法行為のリスクがないわけではありませんので、家族・親族にて行方不明者本人に異議を述べさせないこと、明渡しによる損害が発生した場合は親族・家族が全面的に負担することの誓約書を取ります。
9 社内の私物の返還・処分
行方不明者に貸与していた社内の机やロッカーの中に残された衣料品や文房具などの処理も問題となります。
社内の貸与ロッカーや机の中については、社宅ほどにはプラバシー権は保護されていませんので、身元保証人の親族や家族に引き取って貰うという処理で問題ないと考えます。
10 身元保証人への請求
行方不明者が退職となった後、会社に対して残した債務の清算が問題となります。
例えば、行方不明者が何らかの不正行為によって会社に損害を与えていた場合の損害賠償義務、社内貸付の残債務などです。
社内貸付については、金銭消費貸借契約書を取り交わし、賃金・退職金と相殺することができる旨の合意がなされていることが多いのでそれほど問題はありません。
もっとも、賃金・退職金との相殺によっても債務が残るような場合は、身元保証人に請求することになります。
その場合の身元保証人への請求額等については必ずしも全額の償還ができるわけではないことは注意してください。
参考記事
11 まとめ
以上、お分かり頂けましたでしょうか。
従業員が行方不明となる場合、色々と複雑な問題が発生します。
問題を整理しながら、粛々と処理を進めていけますよう、ご参考になれば幸いです。