借金・給与差押・自己破産(個人再生)をした社員に対しいかなる懲戒処分ができるか?について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
借金は,基本的には業務とは無関係の私生活上の行為です。従って,借金をしたこと、借金の取り立ての電話が会社に来たこと、給与が差し押さえられたこと、自己破産をしたことなどを理由に懲戒処分を行うことはできません。借金苦に派生して別の問題(仕事が疎かになる、会社備品を着服するなど)を起こすことがありますので、別の原因で懲戒処分の対象とすることもありますので、周辺事情も調査してみてください。
借金を原因として他の問題を起こしていることもあるので調査を行う
- 会社による懲戒処分の対応【まとめ】… 懲戒処分全般についてのまとめ記事
1 借金・給与差押・自己破産(個人再生)は懲戒処分の対象となるか
1.1 私生活上の非行と懲戒処分
多くの会社の就業規則には「会社の名誉・信用を毀損したとき」,「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」などといった懲戒解雇事由が定められています。素朴な一般論としては、借金・給与差押・自己破産などは、いわば経済的な破綻に陥っていますので、これに該当するとも思えます。
しかし、労働者が私生活上の非行を行ったからといって,一概に懲戒処分ができるとは限りません。懲戒処分は,企業秩序違反に対する制裁ですから,私生活上の非行は職場の企業秩序とは関係なく,懲戒処分の対象とできないのが原則です。
もっとも、私生活であれば何をしてもよいという訳ではありません。労働者には,雇用契約締結とともに,雇用契約上の付随義務として誠実義務が生じ,その中には使用者の名誉・信用を毀損しない義務があります。従って,労働者の就業時間外の私生活上の行為であっても,それが企業秩序と関係があるものについては懲戒処分の対象となるといえます。
1.2 借金・給与差押・自己破産(個人再生)と懲戒処分
では、借金・給与差押・自己破産(個人再生)は、企業秩序と関係があるとして懲戒処分の対象となるのでしょうか。
借金・給与差押・自己破産(個人再生)は、基本的には会社の業務とは全く無関係の私生活上の問題であり,原則として懲戒処分の対象となりません。
従業員が借金・給与差押・自己破産(個人再生)をしていたとしても、企業秩序を乱すということは通常考えられませんので、懲戒処分の対象とすることはできません。
裁判例でも借金により多重債務者となった大学教授の給料が差し押さえられ、使用者である大学が法務局へ差押え金額の供託を余儀なくされたこと等が、大学の名誉・信用の侵害,職務上の義務違反を懲戒事由とする教員規則に反するとして懲戒解雇とした事案がありました。裁判所は「原告(※教授)は,平成5年11月25日付け債権差押命令により,被告に対する給与請求権が差し押さえられたのを皮切りに,以降平成18年までの間に10件以上もの上記給与請求権に対する債権差押えを受け,その合計は優に1億円を超えていることが認められる」と認定しながら「被告(学校法人)の社会的評価なり信用に何らかの悪影響を及ぼした形跡は認められない」(ので懲戒事由にそもそも該当しない)として、懲戒解雇を無効と判断しました(学校法人B(教員解雇)事件 東京地判平22.9.10労判1018号64頁)。
1.3 異動や退職勧奨で対応
会社に借金の取り立ての電話が入ったり、給料差押えがなされたりした場合、会社に迷惑をかけていることは事実ですし、当該社員の金銭管理に関する信用が失われていることも事実です。
そこで、当該社員が経理や売掛金の回収など金銭の取扱い業務を行っている場合は、金銭管理に関する信用が失われていることを理由に配置転換を行うことは可能です。
また、小さい企業で配置転換を行うこともできない場合は、退職勧奨をすることも一案です。借金が会社に発覚した場合、会社に居づらいと考える社員も多くいますので、退職に応ずる可能性は十分あります。
退職勧奨について詳しくは
1.4 他の不正行為が絡む場合
借金問題が発覚した場合、借金が原因で職務怠慢となり、会社の備品を横領窃盗している場合もあります。この場合は、職務怠慢や会社備品所有権の侵害といった別の問題が生じています。従って、別の問題が生じていないかについても調査を行うべきでしょう。
関連記事
・ 宿泊費など経費の不正請求(詐取)に対していかなる懲戒処分ができるか?
2 懲戒処分の有効要件
懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す
懲戒処分の有効要件については
3 借金問題の懲戒処分の量定
3.1 基本的な考え方
前記のとおり借金・給与差押・自己破産(個人再生)を理由に懲戒処分を行うことはできません。
3.2 裁判例データ
学校法人B(教員解雇)事件(東京地判平22.9.10労判1018号64頁)
事案:借金により多重債務者となった大学教授の給料が差し押さえられ、使用者である大学が法務局へ差押え金額の供託を余儀なくされたこと等が、大学の名誉・信用の侵害,職務上の義務違反を懲戒事由とする教員規則に反するとして懲戒解雇とした
判断:裁判所は「原告(※教授)は,平成5年11月25日付け債権差押命令により,被告に対する給与請求権が差し押さえられたのを皮切りに,以降平成18年までの間に10件以上もの上記給与請求権に対する債権差押えを受け,その合計は優に1億円を超えていることが認められる」と認定しながら「被告(学校法人)の社会的評価なり信用に何らかの悪影響を及ぼした形跡は認められない」(ので懲戒事由にそもそも該当しない)として、懲戒解雇を無効と判断した
日光産業ほか1社事件(大阪地堺支判平22.5.14労判1013号127頁)
事案:従業員が暴力団系金融業者に借金をし,会社に取立ての電話が来たことが「素行不良」という懲戒事由に該当するとして減給の懲戒処分を行った。
判断:裁判所は「借金自体は素行不良に当たるとはいえず,借金の相手方が暴力団系金融業者を名乗る人物であっても,同人物からの借金が直ちに素行不良に当たるということはできない。また,暴力団系金融業者を名乗る人物からの電話についても,電話をかけた者は,同人物であって,従業員ではないのであるから,同電話が,従業員の素行不良に当たるということはできない」として、暴力団系金融業者を名乗る人物からの電話等は懲戒事由に該当しないとして、減給の懲戒処分を無効と判断した。
3.3 民間データ
クレジットカードによる買物のしすぎで、自己破産の宣告を受けた
1位 懲戒処分なし(46.2%)
2位 戒告・けん責・注意処分(19.3%)
3位 諭旨解雇(8.8%)
3.4 公務員データ
データなし
3.5 報道データ
データなし
4 借金・給与差押・自己破産(個人再生)と懲戒の対応方法
4.1 調査(事実及び証拠の確認)
借金問題については、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。
調査するべき事実関係
□ 借金・給与差押え・自己破産の経緯
□ 備品の横領・窃盗の有無
□ 経費の不正請求の有無
□ 社内設備、私用メールの有無
□ 業務上の支障・損害
□ 発覚後の社員の態度・弁明内容
□ 通常の勤務状況・成績
調査の際に収集する資料
□ 債権差押命令
□ 破産手続に関する資料
量刑・情状酌量事情
□ 借金の経緯
□ 業務に与えた影響
□ 調査や事後対応への協力姿勢
□ 反省の態度の有無
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較
4.2 懲戒処分の進め方
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
・懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
・受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
・名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。
懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
懲戒処分のコンサルティング
懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。