ただし、就業規則で私傷病休職制度がある場合は,原則として私傷病休職制度によって対応する。休職期間満了までに回復しなければ自然退職となる。
私傷病休職制度がない場合に、解雇が有効となるためには,病気によって長期間にわたり会社の業務を行えない場合に限られる。
病気による就労不能の全体像フローチャート
まずは、全体のフローチャートを整理しました。ざっとお目通しください。
こちらに関して、以下のとおり説明致します。
傷病で働けない場合は解雇事由になる
従業員が傷病によって雇用契約の本旨に従った労務提供が全くできなくなった場合(履行不能)や一部しかできなくなった場合(不完全履行)は,契約上の債務が不履行となっていますので,これらは原則として普通解雇事由に該当します。
え?病気になった場合に解雇できるの?と以外に思われるかもしれませんが、業務とは関係なく病気や怪我で働けなくなった場合は、あくまでも労働者側の個人的事情で勤務出来なくなっているので、解雇理由になるのです。
多くの会社の就業規則では,「精神または身体の障害により業務に堪えられないとき」を普通解雇事由として定めています。
業務災害の場合は解雇はできない
もっとも、業務が原因で傷病が発症し,従来の業務が遂行できなくなった場合,労基法19条1項本文の解雇制限の規定が適用されますので,療養のために休業する期間およびその後30日間は,原則として解雇は禁止されています。
業務が原因の病気や怪我の場合は、法律で保護されるのです。
例外的に療養開始後3年を経過しても治らず使用者が打切補償を支払った場合(労基法81条),または療養開始後3年を経過した日以降に傷病補償年金が支給されている場合には,労基法19条1項の解雇制限の規定が適用されなくなるので,業務災害により休業中の労働者でも,法律上解雇は可能となります。
業務上の病気の療養は終わったものの、後遺症などが残り、業務に復帰することができない場合は、この解雇禁止は適用されず、次に述べる私傷病のケースと同じ取扱いとなります。
私傷病休職制度がある場合は解雇はできない
病気の原因が業務とは関係がない場合は、私傷病(ししょうびょう)と呼ばれます。
現在多くの企業では,私傷病の場合の休職制度を導入しています。この私傷病休職制度がある場合は同制度の適用を検討する必要があり、これをせずに解雇した場合は原則として解雇は無効となります。
「私傷病休職制度」は,私傷病で欠勤ないし不完全な労務提供が2~3カ月間続いた場合に,就業規則の規定に基づいて,勤続年数に応じた一定期間の休職期間を与え,休職期間満了時に治癒していれば復職を認め,治癒していなければ当然退職(会社によっては解雇)となるというシステムです。 解雇を一定期間猶予する機能を有します。
そして,就業規則により休職制度を導入しており,かつ,休職制度の適用条件を満たす場合は,原則として所定の期間休職させて回復の機会を与えることが必要です。
休職を経ない解雇は,解雇回避措置をとらない不相当な処分として解雇権の濫用(労働契約法16条)、つまり解雇無効となる可能性が高いと言えます。
よって,私傷病休職制度がある場合は同制度の適用を検討する必要があるのです。
もっとも、上記のように休職期間満了までに治癒して復職できない場合は、当然退職、つまりオートマチックに退職になります。この当然退職は解雇よりはトラブルを避けられる傾向にあります。つまり、病気や怪我で欠勤している場合に、「クビ」と言われるよりは、一定期間回復のチャンスを与えられ、それまでに治癒しなかった場合は当然退職とした方が、労働者としても心情的に受け入れやすいのだと思います。
なお、所定の休職期間中に治癒することが客観的に困難である場合は,休職を経ることなく解雇をすることも可能です。
休職制度はあくまでも休職期間内に復職の可能性があることが前提となっているからです(岡田運送事件東京地裁平成14.4.24判決)1。
私傷病休職について詳しくは
私傷病休職制度のない場合,または適用がない場合
この場合は解雇を検討します。
前記のとおり多くの企業が,就業規則に普通解雇事由として,「身体,精神の故障で業務に耐えないとき」と履行不能を想定して規定しています。
ただし,病気や怪我で一時的に短期間欠勤した場合にすぐに解雇ができるわけではありません。
解雇が有効であるためには,病気によりある程度長期間にわたり労務提供ができない状態となっていることが必要です。
そして,労務提供が不能か否かは,労働者の担当する職務内容につき,医学的観点も考慮して判断されます。
つまり、病気に関する専門家である医師の診断や意見を踏まえた上で会社は判断する必要があります。
また,労務提供が出来ないか否かの判断は,現に担当している職務についてなされるだけでは足りない場合もあり得ます。
つまり、現職への復帰ができないならば解雇してもよいというわけではないのです。職種・職務を限定せずに雇用契約を締結した場合は職種の変更や配置転換を命ずることができます。
この場合、現に担当している職務職種だけでなく、他に命ずることが可能な職種や業務があるのであれば、配置転換・職種変更した上で、その業務や職務を行うことを前提とした復職も検討しなければならないのです。
ほとんどの会社では正社員は職種・職務を限定しないで雇用契約をしていますので、現職のみならず他の職務・職種への復帰の検討が必要な場合は多いと考えられます。
退職勧奨による円満解決
私傷病休職制度の適用や普通解雇による対応は,いずれにしても退職という効果が問題となる為,紛争となるリスクが伴います。
また,社員が私傷病により十分な労務提供を出来ない場合であっても,私傷病休職制度や普通解雇によって,必ずしも退職させることが出来る訳ではありません。
そこで,実務的には,私傷病による十分な労務提供ができなくなった社員に対して、退職勧奨により合意の上での退職を実現することも可能です。
退職勧奨に際しては,あくまでも労働者の自由な意思による退職の合意を得ることに配慮しなければなりません。労働者が明白に拒絶しているにもかかわらず執拗に退職を求める,労働者の人格を損ねるような言動を行うという態様は厳禁です。
また,私傷病により労務提供が不十分な社員に対しては,その健康状態にも配慮して行うことが必要です。特に、メンタル不調のために傷病休職となっている者の中には、会社の人間とコンタクトをとったり、自ら労働契約のことについて考えたりすること自体が負担となるケースもあるようです。本人や主治医より会社から本人への連絡や心理的負荷を与える内容を伝えることを控えるように要請されることもあります。
そのようなケースの場合は退職勧奨を行うことには慎重にならざるを得ません。退職勧奨を実施したことによって病状が悪化する事態になれば、会社が安全配慮義務違反などの責任を問われる可能性もあるからです。
そこで、メンタル不調のために休職中の者に対して退職勧奨を実施する場合は、出来れば事前に産業医に相談し、実施の可否や実施する際の注意点などを聴いた上で行うなどの配慮を行った方がよいでしょう。
参考記事
休職・解雇等の進め方(書式あり)
事実関係の確認
病気で休んでいる社員への対応については、以下の事実を確認する必要があります。
□ 身体または精神の障害等が就業規則上解雇事由となっていること
□ 病気などによる遅刻(早退)・欠勤・有給休暇取得
□ 病気などによる欠勤・遅刻(早退)・理由
□ 病状
□ 休職制度
□ 健康診断・配置転換や退職勧奨など解雇を回避する配慮を行った事実
証拠の収集
法的措置に対応する場合はもちろん,交渉による解決を目指す場合も,証拠の確保が極めて重要になります。貴社にとって有利な証拠を出来るだけ確保して下さい。
具体的には以下のような証拠を確保する必要があります。
□ 出勤簿・タイムカード(欠勤日数、遅刻・早退の日数及び時間)
□ 診断書、主治医の意見書、産業医の意見書( 病気の原因、治癒の見込み)
□ 就業規則(就業規則の規定(休職・解雇))
□ 休職発令書,休職期間満了通知,復職合意書
診断書等の取得方法について
診断書提出に関する就業規則上の根拠規定
社員に私傷病休職を適用したり、解雇をする場合、前記のとおり医師の診断書が重要な証拠となります。
もっとも、会社が社員に対して診断書の提出を求める場合は、就業規則上の根拠が必要となります。
具体的には、以下のような就業規則上の根拠を定めておくとよいでしょう。
1 会社は,従業員が私傷病を理由に遅刻・欠勤・早退する場合,医師の診断書の提出を求めることができる。なお、診断書の取得費用は社員の負担とする。
2 会社が前項の診断書を作成した医師との面談による事情聴取を求めた場合,同意書の提出等、従業員はその実現に協力しなければならない。
3 会社は必要があると考える場合は、従業員に対し会社の指定する医師への受診を求めることができる。従業員は正当な理由なくこれを拒否することはできない。
診断書の提出を命令する書式
また、社員に対しては、以下のような文書をもって診断書や産業医への受診を指示します。
記載事項
- 診断書の提出を命ずること
- 提出期限
- 提出先
- 提出しない場合のペナルティ(無断欠勤、懲戒など)
ファイルの入手はこちらから
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会社が指定する医師の受診を命令する書面(受診命令書)
記載事項
- 指定医の受診及び診断書の提出を命ずること
- 提出期限
- 提出先
- 受診しない場合のペナルティ(無断欠勤、懲戒など)
ファイルの入手はこちらから
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休職の適用
休職は前記の事実確認や証拠の確保を行った上で慎重に実行する必要があります。
この時点では、事前に専門家(労働問題を専門にする弁護士)に相談した方が良いでしょう。
退職に関わるのでリスクが高くなり、自社の判断では証拠は十分だと思っていても、実際には証拠や事実確認が不十分なことがよくあるからです。
休職についてはこちら
病気を理由とした解雇
休職制度がない場合や、休職制度があっても解雇をせざるを得ない場合は、解雇を検討します。
事前に専門家(労働問題を専門にする弁護士)に相談した方が良いでしょう。
解雇はリスクが高くなり、自社の判断では証拠は十分だと思っていても、実際には証拠や事実確認が不十分なことがよくあるからです。
解雇についてはこちら
ファイルの入手はこちらから
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労働者との交渉
解雇や休職による退職は一定のリスクを伴いますので、解雇や休職期間満了による退職の措置を行う前に,労働者と交渉して,貴社の望む結果(自主退職,低額の解決金の支払い等より有利な条件での退職等)が得られるようにします。
法的トラブルになる前の交渉の時点で解決できれば,貴社にとっても①早期解決により負担を軽減できる,②労働審判や訴訟になるより経済的コストを削減できるというメリットがあります。
参考記事
解雇については労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
解雇については、労働者の雇用契約上の地位を奪うという性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
判断を誤った場合や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より地位確認・未払賃金請求等の訴訟を起こされるリスクがあります。会社に不備があった場合、復職や過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
また、解雇をきっかけに労働組合に加入をして団体交渉を求められる場合があります。
このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。
しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート
当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。
労務専門法律相談
専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
コンサルティング
会社は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
コンサルティングにより、解雇の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、解雇に至るまでの注意指導書、弁明聴取書、解雇通知書、解雇理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応、労働時間制度や賃金制度についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した解雇問題についても、準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、注意指導書、弁明聴取書、解雇通知書、解雇理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。
詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。
5 参考裁判例
疾病を理由とする解雇等が無効と判断された事例
小樽双葉女子学園事件
札幌地裁小樽支判平成10.3.24労判738-26
(事案の概要)
Yは学校法人であり,Xは,昭和45年4月,Yに雇用され,保健体育の教諭の職にあった。Xは,平成5年10月4日,授業中に脳出血で倒れ,右半身不随となり,同6年4月まで入院治療を受けた後,復職を申し出たが,Yは,同7年12月27日,Xに対し,Xの身体状況がY就業規則第10条1号の「身体の障害により業務に堪えられないと認めたとき」に該当するものとして,同8年1月4日付けをもってXを解職する旨通告した(以下,「本件解雇」という。)。
(裁判所の判断)
裁判所は,「・・原告(筆者注:X)の身体状況が被告(筆者注:Y)高校の「業務に堪えられない」といえるか否かを判断するにあたっては,原告の前記障害によって生じうるマイナス面のみならず,様々な観点からの総合的考慮が必要となるところ,原告が前記のような障害を負っているにもかかわらず,これを克服するために懸命に努力し,業務を遂行している姿を示すことは,生徒の人格形成,発展に好影響を及ぼすなどの教育的効果も期待できるのであるから,右の点を判断するにあたっては,この点も十分に考慮に入れるべきであ」り,「原告の本件解雇時における身体状況が被告就業規則第10条第1号の「身体の障害により業務に堪えられない」場合に該当すると認めることはでき」ないとして,本件解雇を無効と判断した。
(コメント)
なお,同事件の控訴審判決(札幌高判平成11.7.9労判764-17)は,「被控訴人(筆者注:X)は本件解雇通知を受けた平成7年12月当時において,控訴人(筆者注:Y)高校における体育教諭として要請される保健体育授業での各種運動競技の実技指導を行うことはほとんど不可能であったし,教室内等の普通授業においても発語・書字力がその速度・程度とも少なくとも未成熟な生徒を対象とすることが多い高等学校の教諭としての実用的な水準に達しないことから多大の困難が予想され,とりわけ,授業・部活動中の生徒の傷害等事故の発生時に適切な措置をとることができないことが確実であり,その余の分掌事務の分担もその内容・性質と被控訴人の前記能力との相関においてその処理が不可能(例えば,学園祭における各種行事の実行指導とか,修学旅行の付き添いなど。)か,相当の困難が伴う(部活動の顧問等も簡単な口頭によるもののほかは,身体運動を伴うものは相当困難であろう。)身体状況にあったものと認められ,これらを要するに,被控訴人の身体能力等は,体育の実技の指導・緊急時の対処能力及び口頭による教育・指導の場面等において控訴人高校における保健体育の教員としての身体的資質・能力水準に達していなかったものであるから,控訴人高校での保健体育教員としての業務に耐えられないものと認めざるを得ない。」として,本件解雇を有効としています。
また,控訴審判決は,保健体育の教諭資格者として雇用された以上,就業規則の適用上,Xの「業務」とは保健体育の教諭としての労務をいい,他に公民,地理歴史の教諭としての業務の可否を論ずる余地はないとも述べています。
サン石油(視力障害者解雇)事件
札幌高判平成18.5.11労判938-68
(事案の概要)
Yは,ガソリンスタンドの経営,土砂・火山灰・火山礫の採取及び販売等を目的とする株式会社であるところ,Xは,大型特殊免許を有しており,平成8年6月1日,Yに雇用され,車両系建設機械等(いわゆる重機)を運転して,土砂,火山灰等の採取,運搬の業務に従事していた。
Xは,幼少時に左眼を負傷しており,その視力は,右眼が1.2,左眼が0.03(矯正不能)であったが,Yは,「近年視力の減退等に伴い車両の運転に支障があり,当社業務に不適格である」等を理由として,平成16年2月21日,Xに対し,同年3月31日をもって解雇するとの意思表示をした(以下,「本件解雇」という。)。
(裁判所の判断)
裁判所は,「被控訴人(筆者注:X)は,専ら,重機の運転業務に従事していたのであるが,重機には,20トンもの重量を有するものもあり,か つ,その車体上部の旋回速度は,比較的高速である。被控訴人が,このような重機を運転することは,それ自体,通常の車両の運転に比して,極めて高度の危険性を内包しているといえ,被控訴人の視力障害が,かかる危険性を助長する要因となり得ることは否定できない。しかし,他方,証拠によれば,被控訴人は,控訴人(筆者注:Y)での採用面接に当たり,実技試験として,控訴人の作業現場の責任者の面前で重機を運転し,その技能に問題がないと判断されて雇用されたこと,及び被控訴人の保有する大型特殊免許は,平成16年2月12日に更新されていることが認められる。なお,控訴人は,大型免許の取得資格のない被控訴人を,大型自動車運転業務よりも高度の能力ないし適格性を必要とする重機の運転業務に従事させることは危険であると主張するが,大型自動車と大型特殊自動車(重機)とでは,車両の仕様,用途ないし運転態様も,免許を受けるための適性試験の合格基準(道路交通法施行規則23条参照)も異にするのであるから,一眼につき視力障害のある被控訴人が大型免許を受けられないからといって,そのことから直ちに大型特殊免許を有する被控訴人を大型特殊自動車(重機)の運転業務に従事させることが危険であるとまでは認められない。これらからすると,被控訴人に上記のような視力障害があることをもって,直ちに,被控訴人が,重機の運転業務に不適格であるとまでは認められない。」として,本件解雇を無効と判断した。
(コメント)
なお,同事件の一審判決も,本判決同様,Xが実技試験として,Y社の作業現場の責任者の面前で重機を運転し,その技能に問題がないと判断されて雇用されたこと,Xの保有する大型特殊免許は,平成16年2月16日に更新されていることが認められるとし,Xに視力障害があることをもって,直ちに,Xが重機の運転業務に不適格であるとまでは認められないなどと述べて,本件解雇は客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められず,解雇権を濫用したものとして無効であるとしています。
黒川乳業事件
大阪地判平成10.5.13労働経済判例速報
平成元年から同8年7月までに合計241日間病気欠勤した従業員に対し,「身体虚弱にして業務に堪えない者」に該当するとしてなした解雇について,長期欠勤の原因は尿路結石,椎間板ヘルニア等いずれも自己の健康管理では予防し切れない疾病でやむを得ないものであり,右各疾病はいずれも一過性のもので,完治したことが認められ,「身体虚弱で業務に堪えられない」とは認められず,解雇は無効と判断した。
疾病を理由とする解雇等が有効と判断された事例
栄大事件
大阪地決平成4.6.1労判623-63
(事案の概要)
Yは,靴の修理,合鍵の作成等を業務とする会社であり,Xは平成元年11月1日,Yに雇用され,平成2年から阿倍野店に勤務し,来客の求めに応じ,その場で靴の修理,合鍵の複製等をしていた。
Yは,平成3年10月31日,Xに対し,その腰痛を理由に,11月末日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下,「本件解雇」という。)。
(裁判所の判断)
裁判所は,「債権者(筆者注:X)は自ら腰痛の後遺障害があるとして,障害補償給付の支給を請求し,大阪中央労働基準監督署は障害等級一二級に相当する残存障害があるとしたこと,また,その根拠となった医証には債権者は回復し難い旨の記載があること,債権者代理人らによる前記復職を求める通知には,債権者は治療を要する状態であるが,一人店以外の店なら就労可能である旨の記載があることは疎明資料により認められ,これらの事実に,債務者(筆者注:Y)の職場は,立ったり座ったりと腰に相当な負担のかかる職場であることを併せ考えると,債権者は債務者の職場に耐えられないといわざるをえず,右解雇を解雇権の濫用とする事情の窺われない本件にあっては,債務者に対する解雇はやむをえないと評することができる。」として,本件解雇を有効と判断した。
東京電力事件
東京地判平成10.9.22労判752-31
(事案の概要)
Xは,平成4年9月24日,Yの嘱託社員として雇用され,その後東京南支店世田谷支社料金課に配属された。Xは,Yに雇用された当時,慢性腎不全により身体障害等級一級の認定を受けていたが,YはXを採用するについて右事実を了解していた。Xは,平成5年1月13日に入院し,同月19日に実母からの生体腎臓移植手術を受け,同年2月9日に退院した。
しかし,Yは,Xが,就業規則取扱規程第二編四条一項五号の心身虚弱のため業務に耐えられない場合に該当するとして,平成9年1月28日付けでした通知により,Xに対し,同年3月31日付けで解雇する旨の予告解雇(以下,「本件解雇」という。)をした。
(裁判所の判断)
裁判所は,Xが生体腎移植手術を受けたが,体調不良でほとんど出社できなかったことを認定した上で,「・・以上認定の事実からすれば,XはYの就業規則取扱規程に定める心身虚弱のため業務に耐えられない場合に該当すると認められ,本件解雇には,相当な解雇理由が存在し,かつその手段も不相当なものでなく,解雇権の濫用には当たらないといえる。」として,本件解雇を有効と判断した。
横浜市学校保健会(歯科衛生士解雇)事件
東京高判平成17.1.19労判890-58
(事案の概要)
小学校の歯科巡回指導を行う歯科衛生士としてYに雇用されたXが,頸椎症性脊髄症による長期間の休職の後,Yからされた解雇が無効であると主張して,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた事案である。
(裁判所の判断)
裁判所は,「・・本件解雇当時,控訴人(筆者注:X)が規定3条3項2号所定の「心身の故障のため,職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えない場合」に該当する状況であったかどうかであり,その身体の状況等の調査・確認を経て,控訴人の状況がこれに該当するといわざるを得なかったことは引用に係る原判決の認定・判断するとおりである。控訴人の上記主張は,これに独自の観点から新たな要件を付するものであって相当とはいえない。控訴人の主張する就労環境の整備や負担軽減の方策は,障害者の社会参加の要請という観点を考慮しても,また,将来的検討課題として取り上げるのが望ましいことではあるにしても,本件においては,社会通念上使用者の障害者への配慮義務を超えた人的負担ないし経済的負担を求めるものと評せざるを得ない。控訴人の上記主張は採用できない。」として,解雇を有効と判断した。
(コメント)
なお、同事件の一審判決は,本判決同様,Xは,Yの業務中最も重要な意味を有することが明らかな歯口清掃検査そのものを行うことができないので,本件解雇当時,Xが勤務条件規程所定の「心身の故障のため,職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えない場合」に該当していたなどとして,本件解雇を適法と認めて,Xの請求を棄却しています。
福田工業事件
大阪地判平成13.6.28労働経済判例速報1777-30
仕事中に負傷をして休業していた労働者が,平成9年6月16日,鼠形ヘルニアの手術を受け,通院していたところ(4月分まで休業手当が支給されていたが,それ以降は不支給),6月20日,会社から復職しないなら解雇する旨通知されたにもかかわらず出社しなかったため,解雇された事案について,裁判所は,「(当該社員は)業務と関連が認められない疾病により,平成9年6月16日以降,就労が長期間不可能な状態となったのであり,平成9年7月20日当時(の当該社員は),就業規則の「精神若しくは身体上の障害のため業務に堪えられないと認められるとき」に該当するといえ,解雇は有効と判断した。
労務提供が不能か否かが問題となった事例
片山組事件
最判平成10.4.9労判736-15
(事案の概要)
Yは,土木建築の設計,施工,請負等を目的とする株式会社であるところ,Xは,昭和45年3月,Yに雇用され,以来,本社の工事部に配属されて,建築工事現場における現場監督業務に従事してきた。
しかし,Xが,バセドウ病のため現場作業に従事できないと申し出たところ.Yが「自宅治療命令」を発し,復帰までの約4か月間を欠勤扱いとして,賃金を支給せず,冬期一時金を減額したため,Xは,右業務命令は不当労働行為に当たり無効であると主張して,賃金等の支払いを請求した。
(裁判所の判断)
裁判所は,「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。」と述べ,「上告人(筆者注:X)は,被上告人(筆者注:Y)に雇用されて以来21年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが,労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず,また,上告人(筆者注:X)提出の病状説明書の記載に誇張がみられるとしても,本件自宅治療命令を受けた当時,事務作業に係る労務の提供は可能であり,かつ,その提供を申し出ていたというべきである。そうすると,右事実から直ちに上告人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず,上告人の能力,経験,地位,被上告人の規模,業種,被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。」とした。
(コメント)
なお,同事件の一審判決は,賃金請求について,Yに,職場の安全管理および秩序維持の観点からXの就労を拒否すべき格別の事情は認められず,相当性を欠くとしてXの請求を認めましたが,二審判決は,賃金請求につき,私病による不完全な労務の提供は,債務の本旨に従った履行の提供とはいえないから,原則として使用者は労務の受領を拒否し,賃金支払い義務を免れるとし,Xの提供できる事務作業は,量的,質的にわずかであったから,Yがその就労を拒否したとしても信義則に違反するものではない,として一審判決の一部を取り消しています。
そして,本判決は,二審判決がXが「債務の本旨に従った労務の提供」をしなかったと断定したことに誤りがあるとし,二審判決を破棄(差戻し)しました。
ニュートランスポート事件
静岡地裁富士支決昭和62.12.9労働経済判例速報1322-3
職種や業務内容を特定した雇用契約においては,労働者が現に就業している職務を行いうることが契約の内容となっているので,使用者において,当初の雇用契約と異なる労務を受領しなければならない義務があるわけではなく,労働者の疾病に見合う職務を見つけて就労させなければならない義務があるわけではないと判断した。