業務命令拒絶と懲戒処分

業務命令に違反した場合、いかなる懲戒処分・解雇ができるか?

  • 2019年2月26日
  • 2022年5月23日
  • 懲戒

業務命令に違反した場合、いかなる懲戒処分ができるのでしょうか?労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

社長
当社の営業社員Xは,近年営業成績が芳しくありません。上司はXに対して,再三にわたり注意指導を行い,顧客の優先順位,営業ルート,顧客へ提示する資料や説明文句,顧客訪問後のフォローなどをこと細かに指示命令しました。しかし,Xはプライドが高く,上記指示命令に従いませんでした。結局,Xの営業成績は下降したままの状況となっています。当社はXに対して懲戒処分を検討していますが,いかなる懲戒処分が適当でしょうか?
弁護士吉村雄二郎
日常的な業務に関する指示・命令を正当な理由なく拒否することは,円滑な業務遂行に支障を生じさせ,会社の秩序も乱すものとして,懲戒処分の対象となります。懲戒処分としては,まずは,口頭または書面による注意・指導を行い,それでも改善されなければ,譴責・戒告等の軽い懲戒処分を選択します。それでも改善がなされず業務に支障が生じているという場合には,二度目の懲戒として減給処分を行い,それでも改善しなければ,出勤停止・降格などを経て,最終的には懲戒解雇ではなく、普通解雇を検討するべきでしょう。
業務命令に従わない場合に懲戒処分の対象となること
懲戒処分となる前提として業務命令が有効である必要があること

業務命令に従わない場合の懲戒処分の量定
懲戒処分の進め方

1 業務命令違反は懲戒処分の対象となる

労働契約では,労働者は「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」,使用者は「使用する労働者に対して賃金を支払う者」と定義されています(労働契約法第2条)。つまり,会社は,労働契約に基づいて,労働者を「使用」する権限=労働者の労務提供に対し指揮命令権を有しています。そして,労働者は,使用者の指揮命令に沿って労働する義務を負っています。これが労働契約の基本です。
ところが,労働者は時として使用者の業務命令に正当な理由なく従わない場合があります。しかし,このような業務命令違反は,労働契約の基本を根底から覆すものであり,円滑な業務遂行に支障が生じ,会社の秩序も維持できなくなります。つまり、労働契約において許されない所業といえます。
よって業務命令違反は懲戒処分の対象となりえます。

弁護士吉村雄二郎
会社が行う業務命令は広い概念であり,日常的な業務内容に関する①指示命令のみならず、②転勤・出向・転籍に関する命令、③時間外・休日労働に関する命令なども業務命令の一種といえます。本ページでは,①日常的な業務内容に関する指示命令に違反する場合に限定して解説をすることとし、②配転命令違反,③時間外労働命令違反に対する懲戒処分については,別のページにて解説をします。

2 懲戒処分の有効要件

懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。

懲戒処分の有効要件については

知っておきたい懲戒処分の有効要件

① 就業規則に懲戒規定明記
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
参考記事
懲戒に関する就業規則の規定例
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。

3 業務命令違反による懲戒処分の有効要件

上記一般的有効要件のほか、業務命令違反に対する懲戒処分が有効となるためには,以下の要件を充足していることが必要です。

A 前提として業務命令が有効であること
B 懲戒処分の一般的有効要件を満たすこと

業務命令違反が懲戒処分の対象となるためには,その前提として当該業命令が有効であることが前提となります。業務命令が無効であれば、社員がその業務命令に従わなかったとしても何ら問題はなく、懲戒処分の対象にもならないからです。

そして,業務命令が有効であるためには,(1)当該業務命令権限を会社が保有していること,(2)当該業務命令権の行使が権利濫用に該当しないことが要件となります。以下(1)、(2)について具体的に説明していきます。

(1)業務命令権限を有していること

先述のとおり労働者は使用者の指揮命令に沿って労働する基本的義務を負っています。日常業務の労務指揮はまさに労働契約の本質ですから,就業規則や労働契約書に規定がなくても,常に会社は社員に対する日常業務に関する業務命令権を有しています

(2)業務命令が権利濫用にならないこと

次に、業務命令が権利濫用になる場合、その業務命令は無効となります。そこで、業務命令が権利濫用とならないことが必要となります。
では、どのような場合、権利濫用となるのでしょうか?その基準が問題となりますが、一般的に次の要素を検討することになります(東亜ペイント事件 最二小判昭61.7.14参照)。

① 業務命令権行使に業務上の必要性はあるか。
② 業務命令権行使の目的に不当性はないか。
③ 業務命令権行使がどの程度,労働者に就業上ないし生活上の不利益を与えるのか。

①…業務上の必要性は、業務を命ずる何らかの理由があれば認められます。ただし、業務上の必要性が低い場合は、他の要素と相俟って濫用と評価される可能性があります。

②…日常的な業務の指示命令については、嫌がらせ目的など不当な目的であることが明白な場合以外は、権利濫用となることは殆どないでしょう。

③…不当な目的で権利濫用となる場合の具体例としては、会社が営業を担当していた社員を退職させたいと考え、全く必要のない電話営業や飛び込み営業をさせた場合、①業務上の必要性はなく、②退職に追い込みたいという不当な目的があり、③当該社員に著しい精神的苦痛を与えるため、この業務命令は権利濫用として無効となります。従って、この命令に社員が背いたとしても懲戒処分は無効となるのです。

4 業務命令違反の場合の懲戒処分の量定

では、業務命令違反の場合、いかなる種類・重さの懲戒処分を行うことが社会通念上相当なのでしょうか?懲戒処分の量定が問題となります。

4.1 基本的な考え方

業務上の必要性が認められる日常業務に関する命令に従わない場合,懲戒事由に該当しますが,日常業務に関する命令違反が著しい秩序違反となることは想定されずいきなり懲戒解雇とすることは一般的には困難です。
まずは,口頭または書面による注意・指導を行い,それでも改善されなければ,議責等の軽い懲戒処分を選択します。そして,その後も一向に改善がなされず業務に支障が生じているという場合には,二度目の懲戒として減給処分を行い,それでも改善しなければ,出勤停止・降格などを経て,最終的には懲戒解雇ではなく、普通解雇を検討するべきでしょう。軽微な業務命令違反が繰り返されたとしても、懲戒解雇を正当化できるほどの秩序違反とはならないことが多いからです。

4.2 裁判例

日本通信事件(東京地判平24.11.30労経速2162-8)
従業員が,社内ネットワークシステムに関するアクセス管理者権限を不正に保持していることを理由になされた管理者権限の抹消を命じる業務命令を拒否したことを理由に懲戒解雇された事案において,裁判所は,懲戒解雇を無効と判断した。
三井記念病院〔諭旨解雇等〕事件(東京地判平22.2.9労判1005-47)
従業員が,配転に伴う執務場所の移動命令に3カ月間従わなかったこと,約4カ月半の間,職種別業務マニュアルの整備,業務進捗報告書の提出等,多岐にわたる特命事項の一部に従わなかったことを理由に諭旨解雇された事案において,裁判所は,命令違反による業務上の支障は大きくなく,命令違反の背景には上司との意見等の対立があり,解雇という形で当該社員に責任を負わせるのは相当でないと判示し,諭旨解雇を無効と判示した。

4.3 民間データ

なし
※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」

4.4 公務員データ

なし
※「懲戒処分の指針について」(人事院)2018年9月7日改正

4.5 報道データ

なし

業務命令違反に対する懲戒処分の進め方

1 調査(事実及び証拠の確認)

業務命令違反の場合、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。

調査するべき事実関係

□ 業務上の指示命令に根拠があるか
□ 業務命令に従わなかったことに正当な理由の有無
□ 違反した頻度,回数,期間
□ 業務命令違反によって生じた業務上の支障の有無・程度
□ 注意指導や戒告・譴責の有無,回数
□ 注意等の後の社員の態度
□ 通常の勤務状況・成績

調査の際に収集する資料

□ 業務命令を行ったメール・SNS等のやりとり
□ 当該社員が業務命令に従わなかった理由等を記載したメール
□ 目撃者の証言
□ 注意指導を行った文書,メール
□ 懲戒処分通知書,始末書

量刑・情状酌量事情

□ 業務命令違反の具体的態様・悪質性
□ 会社の業務に与えた影響
□ 業務命令違反がなされた場所・時間帯
□ 反省の態度の有無
□ 業務命令に従わなかった経緯・理由
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較

2 懲戒処分の進め方

1 不祥事の発覚
内外からの通報、上司・同僚による発見、本人申告等などにより不祥事が発覚します。
2 事実調査
懲戒処分に該当する可能性のある事案が発生した場合は,懲戒処分の前提として事実の調査を行います。
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
3 処分の決定
調査により認定された事実に基づいて懲戒処分を行うか否か,行う場合の懲戒処分の種類・程度を決定します。
参考記事
・もう迷わない!分かりやすい懲戒処分の判断基準
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
4 懲戒手続
懲戒委貞会の開催、弁明の機会付与等を行います。
参考記事
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
5 懲戒処分の実施・公表
決定した懲戒処分を当該社員へ文書により通告します。
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
6 再発防止措置
懲戒処分を行っただけでは再度同じ不祥事が生ずる可能性があります。
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。

懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を

弁護士に事前に相談することの重要性

懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには労務専門の弁護士事前に相談することとお勧めします

労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート

当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。

労務専門法律相談

懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。

懲戒処分のコンサルティング

懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。

労務専門顧問契約

懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。

業務命令拒否による懲戒処分に関する裁判例

日本通信事件 東京地判平24.11.30労経速2162-8

従業員が,社内ネットワークシステムに関するアクセス管理者権限を不正に保持していることを理由になされた管理者権限の抹消を命じる業務命令を拒否したことを理由に懲戒解雇された事案において,裁判所は,懲戒解雇を無効と判断した。

裁判所は,「懲戒解雇権は,単に労働者が雇用契約上の義務に違反したというだけでは足りず,当該非違行為が企業秩序を現実に侵害する事態が発生しているか,あるいは少なくとも,そうした事態が発生する具体的かつ現実的な危険性が認められる場合に限り発動することができるものと解され」るとしたうえ,本件業務命令違反は,会社の企業秩序を現実に侵害し,あるいは,その現実的かつ具体的な危険性を有する行為であるとは認められないと判示した。また,本件懲戒解雇にあたって,会社は当該従業員に対し,「実質的な弁明を行う機会を付与したものとはいい難く,その手続には看過し難い敢庇があるものといわざるを得ない」とし,以上より,本件慾成解雇は権利を濫用したものとして,無効であると判示した。

三井記念病院〔諭旨解雇等〕事件 東京地判平22.2.9労判1005-47

従業員が,配転に伴う執務場所の移動命令に3カ月間従わなかったこと,約4カ月半の間,職種別業務マニュアルの整備,業務進捗報告書の提出等,多岐にわたる特命事項の一部に従わなかったことを理由に諭旨解雇された事案において,裁判所は,命令違反による業務上の支障は大きくなく,命令違反の背景には上司との意見等の対立があり,解雇という形で当該社員に責任を負わせるのは相当でないと判示し,諭旨解雇を無効と判示した。

裁判所は,移動命令違反については,事務遅滞や職員の士気の低下等,本件施設の業務に悪影響を及ぼした形跡がないとして本件諭旨解雇事由に当たらないとする一方で,特命事項違反については,前年度と同じプログラムを提出したり,教育計画書の提出を拒否したりするなど,態様の悪いものも見受けられ,また,被告の代表者理事らに対し,施設長らを強く批判して,処遇に関する不満を綿々と書き連ねた上申書を送付するなど,労使間の信頼関係を損なう行為を特命に従わない代わりに行っており,諭旨解雇事由に当たると判示した。

もっとも,原告は,特命事項に従って問題のない成果物を作成したこともあり,また,原告の特命事項違反の背景には,原告と施設長らの意見,方針等の対立が顕著に認められ,その経緯において,原告は.施設長に対し,攻撃的で対立的な対応に終始しているが,一方,同施設長らの姿勢も歩み寄りを見せようとせず,柔軟性を欠いたものにとどまっているという事情を重視して,「このような双方の意見等の対立を背景とする特命事項違反の結果を,解雇という形で原告に負わせるのは相当でない」と判示し,諭旨解雇を懲戒権の濫用により無効と判示した。

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