1 内定辞退とは
⑴ 内定辞退の法的性質
企業が行う内定取消とは逆に,複数の内定を得た内定者が内定を辞退することもあります。
この場合,企業と内定者の間には始期付解約権留保付の労働契約が成立しているので,内定辞退は内定者による労働契約の解約に当たります。
ただ,企業が行う内定取消は採用内定時に留保された解約権の行使としての性格を有していますが,内定者が内定辞退として行う解約は,民法627条1項に定める労働契約の解約権の行使としての性格を有すると解されます。
⑵ 企業の損害
企業は多額の費用と手間をかけて募集活動・選考作業・内定式・入社前研修等を行いますので,内定を辞退されると,同等の能力を有する代替要員を確保することが非常に困難であり大きな損害を受けることになるのが通常です。
そこで,企業が,学生による内定辞退の拒否や損害賠償の請求をしたいと考えることは理解できるところです。
では,このような企業による内定辞退の拒否や損害賠償の請求は認められるのでしょうか。
2 内定辞退の拒否
前記のとおり内定者が内定辞退として行う解約は,民法627条1項に定める労働契約の解約権の行使です。
このような解約権の行使は原則14日以上前に告知すれば理由の如何を問わずに自由に解約可能とになっています。
また,この解約権の行使は内定者による一方的意思表示により効力が発生しますので,企業による承諾は必要ありません。
従って,仮に企業が内定者による内定辞退に納得がいかないとしても,内定者による内定辞退の意思表示が企業に到達すれば2週間の予告期間を置けば効力が発生することになります。
よって,企業としては,内定辞退が法的に認められる以上は、拒否することはできず、内定者を説得するしか方法はないでしょう。
内定者が説得に応ずる場合は、内定辞退の申し入れを撤回することも可能です。
3 損害賠償請求
⑴ 損害賠償請求の可否
企業は採用活動に多大な費用を負担していますが,内定辞退によりこれらの費用は無駄になります。
そこで,内定辞退を受けた企業としては,無駄になった費用の損害賠償を請求したいと考えることにも一理あります。
しかし,前記のとおり内定辞退は法的に許容されていますので,内定辞退をしたこと自体は原則として違法とはいえません。
ただし,内定辞退が著しく信義に反する態様(例えば,研修等に参加しながら,入社直前に理由も無く突如として内定辞退を申し入れるような場合)でなされたときは,不法行為または債務不履行に基づく損害賠償義務を負うと解されます。
ただし,損害の範囲は,新たな採用活動に要した費用程度に限られるものと解され得ます。
内定辞退が3月31日に行われたケースにおいて「労働者たる原告には原則として「いつでも」本件労働契約を解約し得る地位が保障されているのであるから(民法627条1項)、本件内定辞退の申入れが債務不履行又は不法行為を構成するには上記信義則違反の程度が一定のレベルに達していることが必要であって、そうだとすると本件内定辞退の申入れが、著しく上記信義則上の義務に違反する態様で行われた場合に限り、原告は、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うものと解する」とした上で,内定者が入社前研修における企業による厳しい指導(内定辞退の強要に近い辛辣さを有する言動が行われた)により心理的に追い詰められたこと等を考慮し,「内定辞退の申入れは、信義則上の義務に著しく違反する態様で行われたものであるとまではいい難く、したがって、原告は、この点に関し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うものではない」と判断しました。
⑵ 内定辞退による違約金の合意
では,上記のとおり内定辞退による損害賠償請求を行うことが極めて困難であるとして,内定承諾書等に「内定承諾書提出後に辞退する場合は違約金を支払う」との記載をして,内定者に内定辞退による違約金の支払い合意をさせることは可能でしょうか。
内定者との間には始期付解約権留保付の労働契約が成立しており,労基法の適用を受けます。
そして,労働契約の不履行について違約金の定めや損害賠償額の予定をすることは労基法16条(賠償予定の禁止)に違反して無効となります。
また,前記のとおり内定辞退による損害賠償が認められる場合や損害の範囲は極めて限定的にしか認められませんので,企業が請求する損害全ての賠償が認められることはありません。
よって,内定者に内定辞退による違約金の支払い合意は労基法16条に違反し無効となり,かかる合意をもって企業が請求する損害全ての賠償を内定者に義務づけることは出来ません。
4 内定辞退の強要
最後に本設問とは直接関連しませんが,内定辞退の強要について説明します。内定取り消しには解雇に準じた厳格な規制が及ぶため,そのような規制を潜脱するべく,内定者に内定辞退をすることを強要する企業があるとして,法的紛争になることもあります。
企業が採用内定関係の信義則上の注意義務に著しく違反するような場合は,不法行為に基づく損害賠償義務を負うことがあります(前掲 X社事件)。