採用面接で企業が応募者に対して過去の病歴(既往歴)や健康状態について質問することは可能です。
しかし、健康状態や既往歴の情報は、センシティブな個人情報に該当しますので、外部に漏れては大変です。一定の配慮が必要となります。
そこで、採用面接で病歴や健康状態を質問する方法について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
採用前に健康状態の調査は可能
使用者には採用時の調査の自由が保障されている
使用者は応募者を採用するかしないかを決める際、当然のことながら応募者に関する情報を確認する必要があります。
ご存じのとおり一旦採用を決定し労働契約が成立しますと、解雇に関する厳しい法規制(解雇権濫用法理 労働契約法16条)の縛りを受けます。
仮に、採用後に、無能力であること、協調性がないこと、健康状態が悪いこと、その他社員としての適性がないことが発覚したとしても、簡単には解雇などにより退職させらることはできません。
このように厳しい出口規制がなされている我が国の労働契約においては、入り口(採用)の段階でいかに応募者の適性を見極めることが、非常に重要です。
そのため、使用者は、誰を労働者として採用するかについての自由(採用の自由)を有し、さらに、採否の判断資料を得るために、応募者の身辺を調査したり、応募者から一定の事項を申告させるなど、調査の自由が保障されています。
「企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない」と述べ、調査の自由を肯定する。
健康状態や病歴の調査も可能
では、応募者の健康状態や病歴に関する情報も取得してよいのでしょうか?
個人情報保護が強く主張される昨今、健康情報や病歴などセンシティブな情報は取得していけないのではないか、とも思えますので問題となります。
結論としては、応募者の健康状態や病歴に関する情報も取得することは可能です。
というのも、応募者が採用後の業務を円滑に行える健康状態・精神状態であることは,極めて重要です。
せっかく期待をもって採用したのに、もともとの持病が原因で、欠勤を繰り返したり、予定された業務を円滑に行えないというのは、会社からしては何のために採用したかわかりません。
病気のために完全にしか働けないのであれば、労働契約で約束した労務提供の債務不履行として普通解雇事由に該当することになります。
もっとも、債務不履行であったとしても、簡単には解雇できません。休職制度がある場合は、解雇前に、休職制度を通じた回復の機会を与えなければなりません。
最終的には退職や解雇が可能であるとしても、復職又は退職(解雇)までの間、労務提供が不可能又は不十分な状態が継続することになりますので、使用者としては、想定した労働力が得られない状況が続くことになります。
代替人員の確保や既存人員との調整などのコストが増えることになります。
採用前の健康状態や病歴が原因で、採用後に病気で十分なパフォーマンスを発揮できないのであれば、採用はしたくないというのが使用者の本音です。
ですから,採用する前に、応募者の健康状態や既往歴を確認することは、非常に重要なのです。再発の可能性がある病歴、特に精神疾患については十分に確認をする必要があります。
また,高年齢者を雇用する場合には,高血圧,心臓疾患などの病気がないかを確認することが重要です。
採用前に健康状態を調査する方法
採用前に健康状態を調査するために必要な手続
採用前に健康状態や病歴を調査することは可能ですが、これらの情報は非常にセンシティブな情報ですので、取扱いには注意が必要です。
具体的には、以下のような手続を踏む必要があります。
- 利用目的を通知・公表する
- 取得する情報の範囲を検討する
- 応募者から同意を取得する
以下、具体的に見ていきましょう。
① 利用目的を通知・公表する
応募者の健康情報を取得できるとしても、無目的に取得できるわけではありません。
健康状態は、あくまでも「採用後の勤務に耐える健康を保有しているかを見極めるという目的」のために限定して取得します。
そして、健康情報は、個人情報保護法上の「個人情報」に該当するため、取得前に利用目的を通知・公表する必要があります。
個人情報保護法に基づき,利用目的を特定して(個人情報保護法17条)、採用応募者に通知・公表する必要があります(同法21条)。
具体的には、事業場のイントラネットでの掲載のほか,パンフレットの配布,事業場の担当窓口の備付け.掲示板への掲示等があり,労働者本人に認識される合理的かつ適切な方法で行う必要があります。
労働者個人に通知する方法の例としては,応募者のメールアドレスへの(一斉)メール配信等の方法があります。
また、後記のとおり個人情報取得に関する同意書に明記する方法もあります。
② 取得する情報の範囲を検討する
また、応募者の健康情報を取得できるとしても、無制限に取得できるわけではありません。
健康状態は、あくまでも「採用後の勤務に耐える健康を保有しているかを見極めるという目的」のために限定して取得します。
具体的には、一般的な健康診断で取得される健康状態(既往歴含む)の範囲内で情報を取得します。
参考(雇入時健康診断項目 労働安全衛生法規則43条)
- 既往歴及び業務歴の調査
- 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
- 身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査
- 胸部エックス線検査
- 血圧の測定
- 貧血検査(血色素量、赤血球数)
- 肝機能検査(AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GT(γ-GTP))
- 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
- 血糖検査(空腹時血糖または随時血糖)
- 尿検査(尿中の糖および蛋白の有無の検査)
- 心電図検査
ただし、HIV感染症やB型肝炎,C型肝炎などの職場において感染する可能性の低い感染症や,色覚異常などの遺伝情報については,取得すべきではありません。
取得した場合は、不法行為として,損害賠償を請求される可能性があります。
HⅣ感染症やB型肝炎,C型肝炎は,通常の業務において労働者が感染したり,感染した労働者が他の労働者に感染させたりすることは考えにくいといえますし,就業上の配慮を必要とするものでもないからです。
また,色覚検査の結果などの遺伝情報についても,就業上の配慮を行うべき特段の事情がある場合を除いて,取得するべきではありません。
③ 同意の取得
健康情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当するため、取得の前に本人の同意が必要となります(個人情報保護法20条2項)。
同意を取得する場合、必ず労働者から個別に同意書等を取得することまでは必須とはされていません。採用に際して健康情報等の取得に関して応募者に周知している場合は、応募者が健康情報を提出したことをもって、同意の意思は示されたと解することも可能です。
しかし、同意があることを明確にするためには、同意書等を取得しておくことが望ましい対応です。
健康状態を質問するために便利なフォーマット
上記①~③の手続は難しいように見えます。
しかし、以下の当事務所オリジナルの「健康状態質問票」を利用することで、採用面接前にアンケートのように記載してもらうことで、①~③の要件を満たすという優れものです。
ポイントは、利用目的を明示しつつ、健康情報についての任意の回答を求めるという形で同意を取得する点です。
また、文書での回答のほか、必要に応じて会社が指定する病院(医師)における健康診断の受診についても同意を求めています。
書類取得のタイミングは、健康情報について面接などで質問する前とするとよいでしょう。
健康情報を質問するための書式はこちら
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健康状態の提供は応募者の判断によりなされる任意のものです。応募者が同意せず、健康情報を提供しない場合、応募者の健康状態は「不明」ということになります。会社は、健康状態不明であることを前提に、採否を決定できます。健康状態が不明の者よりも、健康状態が明らかな者を採用するということは、使用者の採用の自由の範囲内で認められます。
健康情報を取得の実施
応募者の同意を得た後、文書の回答による方法、面談での質問、健康診断の実施などにより、健康情報を取得します。
「企業には,経済活動の自由の一環として,その営業のために労働者を雇用する採用の自由が保障されているから,採否の判断の資料を得るために,応募者に対する調査を行う自由が保障されているといえる。そして,労働契約は労働者に対し一定の労務提供を求めるものであるから,企業が,採用にあたり,労務提供を行い得る一定の身体的条件,能力を有するかを確認する目的で,応募者に対する健康診断を行うことは,予定される労務提供の内容に応じて,その必要性を肯定できる」(B金融公庫〔B型肝炎ウイルス感染検査〕事件=東京地判平15.6.20労判854号5頁)
健康情報(既往歴)を偽った場合に解雇はできるか
採用内定後に虚偽が発覚した場合の内定取消し
採用内定によって「始期付き解約権留保付きの労働契約」の成立しており、採用内定取消が認められるのは,「採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できない」事実が後に判明し,しかも,それにより採用内定を取り消すことが「客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる」場合に限られると解されています。
もっとも、病歴を含む経歴詐称が発覚した場合、内定取消し事由に該当します。
ただし、履歴書等に虚偽記載があったことのみで,採用内定の取消しができるわけではありません。その内容・程度が重大なものである場合に限り、有効に採用内定取消しをできます。
この点、労働者が健康であることは,重要な採用条件といえます。人材を募集をしている業務の内容によっては,応募者の健康状態によっては採用不採用の決定や雇用条件などにも影響を及ぼすといえます。
よって,重大な病歴(重大な疾病であり、労働力の評価や適正な配置を誤らせるようなもので、使用者がその病状を知っていたら採用しなかったであろうといえる場合)の詐称によって,入社後の業務遂行や配置に支障をきたすような場合は,病歴詐称を理由に内定取消しを行うことも十分可能であると考えます。
参考記事
採用後に虚偽が発覚した場合の懲戒解雇
経歴詐称については、就業規則にも懲戒事由の一つとして定められていることが多く、懲戒処分が可能とされています。
参考記事
病歴詐称による懲戒処分について,明確に論じた裁判例は今のところありません。
労働者の病歴は極めてセンシティブな情報であり,採用選考の際,その全部または一部が秘匿されていることがあります。
しかし,前記のとおり労働者が健康であることは,重要な採用条件といえ、担当業務の内容によっては,応募者の健康状態によっては採用不採用の決定や雇用条件などにも影響を及ぼすといえます。
よって,重大な病歴(重大な疾病であり、労働力の評価や適正な配置を誤らせるようなもので、使用者がその精神障害を知っていたら採用しなかったであろうといえる場合)の詐称によって,入社後の業務遂行や配置に支障をきたすような場合は,病歴詐称を理由に懲戒解雇を行うことも十分可能であると考えます。
裁判例
「履歴書の健康状態の欄には、総合的な健康状態の善し悪しや労働能力に影響し得る持病がある場合にはこれを記載するのが通常というべき」とし、その詐称について懲戒解雇事由あるいは普通解雇事由に該当することがあり得ることを認めた(サン石油[視力障害者解雇]事件 札幌高裁 平18.5.11判決、英光電設事件 大阪地裁 平19.7.26判決等)
公務員の採用試験において、健康調査表における「引きつけの発作(てんかん)をおこしたことがありますか」との質問に、てんかんの発作を隠すために「いゝえ」と回答した者が、その後勤務時間中に引きつけの発作を起こしたことにより、虚偽が発覚し、心身の故障のため職務遂行に必要な適格性を欠くとして分限免職された事案において、「秘匿された病歴が右能力の判定に影響を及ぼす虞の少い軽度のものであるならば、右秘匿をもって直ちに分限免職を相当とする理由となし難い」と判示した(福島市職員事件 仙台高裁 昭55.2.8決定)。
(参考)採用時における調査に関する各種規制
個人情報保護法
取得目的の明示
個人の経歴は,個人情報(個人情報保護法2条)に該当するため、申告を求める場合,その取得の目的すなわち採用選考のためにという目的を明示する必要があります。
要配慮個人情報の取得
病歴や犯罪歴は「要配慮個人情報」として規定され,原則として本人の同意がない限り取得することができません(同法2条3項・17条2項)。
このことにより、病歴や犯罪歴については,信義則上の申告義務があるとはいえず,使用者がこれらについて質問をしても,労働者はこれに答える義務はありません。
もっとも,労働者が積極的に嘘をついてよいということではありません。
病歴や犯罪歴は,労働者が労務提供をできるか否かを判断するために非常に重要な情報です。
したがって,実務においては,病歴や犯罪歴について,採用選考のためであると明示したうえで申告を求めるべきです。
利用
利用目的を達成するのに必要な範囲での利用に限られます。利用の態様によっては,不適正利用の禁止(19条)に該当する吻合もあるので,注意が必要です。
管理
採用応募者の情報について、安全管理措置(個人情報保護法23条以下)を実施する必要があります。
管理の場面で特に注意が必要なのは、消去の努力義務(個人情報保護法22条)です。不採用者については、不採用が決まって連絡した時点で、採用活動・採用選考という利用目的がなくなりますので、消去する努力義務の対象となります。
旧雇用管理事例集では, 「不採用者の個人情報など,採用活動の上で必要とされなくなった情報については,写しも含め.その時点で返却,破棄又は削除を適切かつ確実に行うことが求められる。」とされています。
不採用者の個人情報をAIを利用する場合には,利用目的に、「将来の採用選考の促進及び効率化に向けた研究のため」を追加しておくことが必要があります。
本人対応
応募者から, 同人に対する浄化について開示請求がされた場合でも,採用選考を開示することは, 「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」(個人情報保護法33条2項2号)に該当するため, 開示する義務はないと考えられます。
利用停止等(個人情報35条5項)については, 利用する必要がなくなった場合に該当し、対応をする必要があります。利用停止等が請求された場合には, 利用目的に「将来の採用選考の促進及び効率化に向けた調査・利用のため」といった記載がない限りは,原則として利用停止等を行わなければなりません。
職安法5条の5「休職者等の個人情報の取扱い」についての規制
同条項は「公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者、特定募集情報等提供事業者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(次項において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。」と定めています。
同条に関して労働省(当時)が定めた指針(平11労告141号)では,労働者の募集等にあたり,以下の個人情報については,「収集してはならない」としています。ちなみに、健康状態や病歴は含まれておりません。
- 人種,民族,社会的身分,門地,本籍,出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
- 思想および信条
- 労働組合への加入状況
法令違反については職業安定法に基づく行政指導や改善命令等の対象となることがあり、改善命令に違反した場合は罰則(6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が科せられる場合もあります。
例外的に「特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって,収集目的を示して本人から収集する場合」に限り,これらの個人情報を収集することができるとしています。
上記指針に加えて厚生労働省は「公正な採用選考をめざして」というWebサイトやパンフレットを公表し、本人の適性と能力以外を採用基準としない採用選考を雇用主に求めています。
とくに,下記14項目を「就職差別につながるおそれがある」として,採用選考時に配慮すべきであるとしています。
1本籍・出生地に関すること (注:「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることはこれに該当する)
2家族に関すること(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)(注:家族の仕事の有無・職種・勤務先などや家族構成はこれに該当する)
3住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など)
4生活環境・家庭環境などに関すること
本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)の質問
5宗教に関すること
6支持政党に関すること
7人生観、生活信条に関すること
8尊敬する人物に関すること
9思想に関すること
10労働組合に関する情報(加入状況や活動歴など)、学生運動など社会運動に関すること
11購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること
採用選考の方法
12 身元調査などの実施 (注:「現住所の略図」は生活環境などを把握したり身元調査につながる可能性があります)
13 本人の適性・能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用
14 合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施
※ 14に関連し、厚労省のパンフレットには、血液検査や既往歴の質問を行ってはならないかのような記載があります。
しかし,職安法は,募集・紹介・供給に関する規制法であって,採用に関する規制法ではありません。つまり、求人・応募後の採用選考のプロセスにおいて、従業員の健康状態や病歴を質問、健康診断の実施等を行うことを規制していません(規制できません)。「公正な採用をめざして」は本来規制できないことを定めたものであり、法的な規制の効力はありません(行政のプロパガンダ・お願いに過ぎません)。
おわりに
以上、お分かり頂けましたでしょうか。
- 健康状態や病歴は、センシティブな情報ゆえに採用時に質問したり、健康診断や血液検査を求めてはいけないとも思えます。
- しかし、企業には採用の自由、そして、調査の自由が認められていますので、業務上必要な範囲内で、応募者の健康状態や病歴を質問したり、健康診断を受診させることもできます。
- もっとも、個人情報保護法の「要配慮個人情報」に該当しますので、目的の特定・周知、同意の取得を行った上で、情報を取得することになります。
- 同意をしない場合は、健康状態や病歴の情報は取得できませんが、健康状態や病歴は不明であることを前提に、採用・不採用を決定することは可能です。
ご参考になれば幸いです。