能力不足を理由に解雇するための要件や必要な証拠、注意点、解雇の進め方について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
当社の就業規則には,「業務遂行能力,勤務成績が著しく劣り,または業務に怠慢で向上の見込みがないと認められたとき」に解雇できるとの規定がありますが,この規定に基づく解雇を検討しているところです。解雇しても問題はないでしょうか?
ジェネラリストとして採用した場合と,スペシャリストとして雇用された場合とでは,能力不足の判断基準が異なる
ジェネラリストの場合,単なる職務上の能力が不足していることを理由に「能力不足」として解雇することは難しい
スペシャリストの場合,期待された能力・技能を発揮できなければ,ジェネラリストの場合以上に,解雇が認められやすい
1 能力不足を理由に解雇できる
労働者は労働契約に基づき、賃金に見合った適正な労働を提供する義務を負っています。
それゆえ、能力不足や勤務成績不良は労働義務の不完全履行とされ、解雇理由となり得ます。
就業規則においても、普通解雇事由の一つとして「労働能率が劣り、向上の見込みがないこと」等と規定されることが多くあります。
2 解雇の一般的有効要件
解雇を有効に行うためには、一般的要件を満たす必要があります。
参考記事
3 能力不足を理由として解雇の有効要件
では、能力不足を理由とした解雇はどのような場合に有効となるのでしょうか?
合理的理由
実際に能力不足や勤務成績不良の社員を解雇するためには、
当該労働契約において求められる職務遂行能力の内容・程度を検討した上で、職務達成度が著しく低く、職務遂行上の支障または使用者の業務遂行上の支障を発生させるなど、「雇用の継続を期待し難いほど重大な程度」に達していることを要します。
社会的相当性
次に、能力や適性に問題があり「合理的理由」が肯定されても、解雇をすることが社会通念上相当であることが必要です。
本人の努力や指導・教育・研修によって能力改善の可能性があり、配転・降格・出向等によって当該労働者を活用する余地があれば、それら措置によって雇用を継続する努力(解雇回避措置)が使用者に求められます。
解雇回避措置を取らずにいきなり解雇した場合、社会通念上の相当性を欠くとして解雇が無効となることが多いです。
これに対し、指導・教育や配転によってもなお能力・適性が向上せず、改善の余地がないと判断される場合(例:何度も指導しても改善しない場合や指導に従わない態度を示している場合)は、労働契約の継続を期待することが困難となるため、解雇の社会通念上の相当性が肯定されます。
なお、使用者が解雇回避措置を行うべき方法、期間、程度などについては、企業規模、当該企業における労働者の配置・異動の実情、難易等によって異なります。例えば、大企業の場合は、財務的な体力もあり、様々な業務や職場がありますが、中小企業の場合は、財務的な体力はなく、業務や職場も限られています。
定期的に大幅な人事異動を繰り返し、財政的にも余裕がある大企業の場合は十分な解雇回避措置が求められます。
これに対し、従業員がごく少人数で財政的にも余裕のない中小企業の場合は最小限度の解雇回避措置で足りるとされるケースが多いです。
ジェネラリストとスペシャリストで判断基準が異なる
以上は能力不足を理由とした解雇の一般的基準ですが、雇用契約上、従業員に求められる能力に応じて、もう少し分析的に検討が必要です。
- ジェネラリスト:新卒採用や中途採用の総合職など,特別なスキル・役割・成果等を特定しない雇用の場合
- スペシャリスト:高度な専門性を期待して中途採用された高度専門職、地位や職種を限定した契約の幹部職員や専門職
①と②では、能力不足の判断基準が異なる為,分けて検討する必要があります。
① 新卒採用等,特別なスキル・役割・成果等を特定しない雇用の場合
我が国においては,一般的に新卒の総合職として採用される者は,職種・職務の限定はなく社内に於ける様々な職務を通じてキャリアを形成していくことが予定されています。
それを前提にすれば,単なる職務上の能力が不足していることを理由に「能力不足」として解雇することは難しく,企業経営や運営に現に支障が生じあるいは損害が生ずるおそれがある場合など著しい能力不足であることが客観的に認められる場合にはじめて能力不足と言い得ることになります。
また,能力に問題がある場合でも,適切な指導や教育をすることや,別の部署に配置転換することで,能力を発揮できることも多くあります。そのため、企業側が解雇回避措置をとったか否かが厳しく問われることになります。
従って,その様な解雇回避措置をとらずに,いきなり解雇をすることは,解雇の相当性を欠くと言えます。
② 地位が特定された幹部職員,職種・職務が特定された専門職の雇用
例えば,新規事業を早期に立ち上げるために,職務経験を有する者を地位や役職(例えば、部長など)を特定して中途採用した場合やスペシャリストを職種・職務を特定して中途採用したような場合です。
このように,労働者が有する能力,経歴,経験に着目して労働契約を締結した場合に,当該労働者が期待された能力・技能を発揮できなければ,一般の新卒労働者以上に,解雇が認められやすくなります。
これは,雇用契約上,その労働者に求められる能力・技能が特定され,会社側もこれに見合った賃金を支払うという関係があるため,能力・技能を発揮できなければ,それだけで重大な債務不履行に該当するといえるからです。
そして,地位が特定された社員を能力不足を理由に解雇するに先立ち,使用者は降格、配転や職種変更等をせずに解雇することが可能と言われています。
これも雇用契約上、その労働者の職位、職務や職種を特定されているので、降格、職種変更、配転はそもそも想定されていないからです。
4 能力不足社員に対する対応
以上をまとめて、能力不足社員への対応を整理します。
フローチャート
4.1 能力不足の確認
能力不足とは、A 会社が雇用契約上要求する能力と、B当該社員の実際の能力が、ミスマッチとなっている状態のことをいいます。
そこで、能力不足の有無や程度の確認は、AとBを明らかにすることで判断します。
A会社が雇用契約上要求する能力
会社が当該社員に要求する能力については、就業規則上の規定、雇用契約書、職務記述書(ジョブディスクリプション)に明記されていればそれにより、明記されていない場合は常識的な解釈により導きます。
例えば、当該社員が課長であった場合、就業規則上で課長という職位に要求される能力基準・要件が規定されている場合は、その基準・要件が当該社員に要求されている能力になります。また、就業規則が定める人事制度として、職能資格等級制度を採用しており、職能資格について能力要件が明記されている場合はそれによります。
また、中途採用の場合は、雇用契約書とあわせて職務記述書(ジョブディスクリプション)が明記されている場合はそれが基準となります。明記されていない場合であっても、採用時に提出した職務経歴書や採用時の役職などから求められる能力水準を導きます。
中途採用の場合の雇用契約書の中の規定例
第〇条(地位及び職務)1 甲は、乙の○○分野における深い知識および〇年の実務経験を評価し、○○部門の営業部長として乙を雇用するものとし、乙は、その知識、経験および能力を十分に発揮し、当該地位において、次項に定める職務を遂行するものとする。
2 乙は、○○部門の営業の責任者として、同部門の強化のため、営業戦略の策定、営業計画の立案および実行の管理、部員の増員および育成のための計画立案を行うほか、経営および関連部門との調整、その他これらに付随する職務に従事する。詳細は、別紙「職務記述書」記載のとおりとする。
第〇条(成果)
甲は、乙が20ⅩⅩ年Ⅹ月までに次の成果を実現することを期待し、乙はこれを了解する。
① ○○部門における売上げ〇〇円超
② ○○部門の営業を単独で担える部員○名の育成
B 当該社員の実際の能力
実際の能力、実績は下記5を参考に事実認定を行います。特に、業務改善指導書により問題点と指導内容を明記することで能力不足をクリアにすることができます。
4.2 業務指導
能力不足が明らかになった場合は、業務指導を行います。具体的には、「業務改善指導書」などを用いて、問題点の指摘、改善のための指導、改善期間を定めて、期間中に適宜面談を実施してフィードバックを行います。
業務改善指導書(業務指導確認書付き)
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ポイント
- 指導内容だけではなく、指導の前提となる業務上の問題点も記載します。
- 指導内容はできるだけ定量的に判断可能なものにします。具体的な数値目標を定めます。サンプルは営業件数などを定めていますが、成約件数、売上高などの目標を設定することもあります。達成状況を客観的に評価するためです。
- 改善期間を設定し、定期面談を実施して改善の経過を記録します。面談時に改善状況を確認し記録に残します。
- 指導を受けたことの証拠として、業務指導確認書を一体化させ、署名捺印を得ます。署名だけでなく、業務改善計画を提出される場合もあります。
懲戒処分通知書や始末書はこちら
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
4.3 改善した場合
改善した場合は一旦改善指導は終了しますが、再び問題が生ずることもあるので人事記録には残しておきます。
4.4 改善しない場合
C 再び業務指導を行う(4.2と同じプロセスを行う)
【新卒社員や地位・職種・職務を特定していない社員の場合】
能力不足の内容や程度、本人の改善の姿勢などに応じて、業務指導のプロセスを繰り返します。場合によってはDの職種変更や配置転換等を実施し、その後も能力が不足する場合は業務指導を行います。
これを「雇用の継続を期待し難い」といえるまで繰り返します。
【地位・職種・職務を特定した中途採用社員】
これに対して、地位・職種・職務を特定した中途採用社員の場合は、基本的にはDの降格や配置転換は予定されておらず、また、基本的には「即戦力」であることを期待されていますので、3ヶ月~6ヶ月程度で「雇用の継続を期待し難い」といえるか否かを判定します。
その結果、Dの降格や配置転換のプロセスを経ずに、Eの退職勧奨、Fの解雇へ進みます。
D 解職・降格・職種変更・配置転換を行う(地位・職種・職務を特定しない場合)
【新卒社員や地位・職種・職務を特定していない社員の場合】
能力不足により与えられた職位・役職・職能資格等級に求められる水準に達しないことが明らかになった場合は、職位・役職の解職、職能資格等級制度上の等級の引き下げ(降格)を行います。それに伴い、職位・役職に紐付けられていた手当(職位手当・役職手当など)は不支給となり、等級に紐付けられていた賃金も減額となります。
同様に能力不足により与えられた職種や職務を全うできない場合は、職種や職務を変更します。それに伴い賃金が変更する場合もあります(職種に紐付いた手当の不支給など)。
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受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
E 退職勧奨
C・Dでは、雇用契約を維持することが難しい場合(特に、地位・職種を特定して中途採用された場合等)は、解雇を検討することになりますが、その前に退職勧奨を実施します。
F 解雇
C・D・Fによっても解決できない場合は、普通解雇を実施することになります。
5 ポイントとなる事実及び証拠
5.1 能力不足を理由に解雇する場合に重要となる事実と証拠
証拠に基づいた事実関係を確認し、解雇の可否を判断します。
- 労働者の能力不足等が,就業規則上解雇事由となっていること
【証拠】
□ 就業規則 - (特に中途採用者の場合)採用時に一定の能力が前提とされていたこと
【証拠】
□ 求人広告
□ 履歴書・職務経歴書
□ 雇用契約書、職務記述書(ジョブディスクリプション) - 労働者の成績が,解雇がやむを得ないと考えられるほど低いこと
【証拠】
□ 人事考課の資料
□ 賞与の査定書
□ 営業成績等パフォーマンスを客観的に示す資料 - 労働者の能力が,解雇がやむを得ないと考えられるほど低いこと
【証拠】
□ 試験等における成績等の資料
□ 労働者が作成した文書等で,能力不足が明らかとなるもの(誤りが多く含まれている文書等)
□ 始末書,顛末書
□ 取引先等からのクレーム文書等 - 能力不足が原因で,業務に支障が生じたこと
【証拠】
□ 取引先からのクレーム等
□ 会社の損害金額の試算表
□ フォローした同僚の残業・メール - 能力不足について,会社が注意指導、警告等を行ったこと
【証拠】
□ 業務指導書
□ 注意書
□ 懲戒処分通知書
□ 注意書兼警告書 - 配置転換や退職勧奨など解雇を回避する配慮を行った事実
【証拠】
□ (配置転換を行った場合)辞令
□ 退職勧奨を行った状況に関する報告書等
5.2 能力不足を証明する書式例
業務改善指導書(業務指導確認書付き)
懲戒処分通知書や始末書はこちら
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
解雇の進め方
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・すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
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・社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
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・10分でわかる!解雇予告除外認定のやり方【書式・ひな形あり】
解雇については労務専門の弁護士へご相談を
弁護士に事前に相談することの重要性
解雇については、労働者の雇用契約上の地位を奪うという性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。
判断を誤った場合や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より地位確認・未払賃金請求等の訴訟を起こされるリスクがあります。会社に不備があった場合、復職や過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。
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しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。
リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには、労務専門の弁護士に事前に相談することとお勧めします。
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サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。
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詳しくは
サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。
労務専門顧問契約
人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応、労働時間制度や賃金制度についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した解雇問題についても、準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
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詳しくは
労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。
解雇の裁判例データ
解雇が適性か否かは、過去の裁判例と比較対象することが有益です。
能力不足を理由とする解雇等が無効と判断された事例
セガ・エンタープライゼス事件
東京地決平成11年10月15日労働判例770号34頁
(事案)
会社Yが、平成2年入社の大学院卒正社員であるXを、人事部採用課、人材開発部人材教育課、CS品質保証部ソフ卜検査課等に配置の後、同10年12月、所属未定、特定業務のない「パソナルーム」に配置していたが、人事考課平均値が三点台であるXを含む五六名に退職を勧告し、Xのみが応じなかったところ、就業規則の解雇事由「労働能率が劣り、向上の見込みがないと認めたとき」に当たるとして(通常)解雇したため、Xが右解雇を無効として、地位保全および賃金仮払いの仮処分を求めたものである。
(判断)
本件では、Xの業務能力が争われたが、本決定は、「Xは、人材開発部人材教育課において、的確な業務遂行ができなかった結果、企画制作部企画制作一課に配置転換させられたこと、同課では、海外の外注管理を担当できる程度の英語力を備えていなかったこと、外注先から苦情が出て、国内の外注管理業務から外されたこと、アルバイト従業員の雇用事務、労務管理についても高い評価は得られなかったこと、加えて、平成10年のXの三回の人事考課の結果は、それぞれ三、三、二で、いずれも下位10パーセント未満の考課順位であり、Xのように平均が三であった従業員は、約3500名の従業員のうち200名であったことからすると、Xの業務遂行は、平均的な程度に達していなかった」旨認めた。
しかし,本決定は、Yは就業規則所定の「労働能率が劣り、向上の見込みがないと認めたとき」は限定的に解すべきであり、それに該当するといえるためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分で、「著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないとき」でなければならないと判示し、Yにおける人事考課は相対評価であって絶対評価ではないから、直ちにこれに当たるとはいえないとした。
また,本決定は、Yが、教育、指導によりXの労働能率を向上させる余地があったのにこれを怠った事実を加えて、本件解雇を権利の濫用に当たり無効と判断した。
判例詳細はこちら
セガ・エンタープライゼス事件(東京地裁平成11年10月15日決定)
エース損保事件
東京地決平成13年8月10日労働判例820号74頁
(事案)
本件は,債務者の従業員であったX1,X2が,平成13年3月13日に会社Yから解雇の意思表示を受けたが(以下「本件解雇」),これには労働協約違反の違法があり,Xらには解雇事由がなく,解雇権濫用に当たり無効であると主張して,地位保全および賃金仮払いを求めた事案である。
Yは損害保険業務を主たる目的とする株式会社で,X1は,昭和48年に入社し,本件解雇当時は勤続27年の53歳,X2は昭和51年に入社し,勤続24年の50歳であった。Yは,平成11年7月頃,人員削減のために希望退職の募集,全社員の配置を異動させる制度の導入を決め,平成11年12月に,X1は熊本支店へ,X2は前橋支店に配転となった(以下「本件配転」)。Xらは本件配転まで地方支店での勤務経験を有しなかった。
(判断)
本決定は,解雇権濫用法理を示しつつ,「長期雇用システム下で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり勤続してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は,労働者に不利益が大きいこと,それまで長期間勤続を継続してきたという実績に照らして,それが単なる成績不良ではなく,企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり,企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し,かつ,その他,是正のため注意し反省を促したにもかかわらず,改善されないなど今後の改善の見込みもないこと,使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと,配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきである」として,Xらに対する解雇を無効とした。
判例詳細はこちら
エース損害保険事件(東京地方裁判所平成13年8月10日決定)
マルマン事件
大阪地判平12.5.8労判787号18頁
経営不振を理由とする人員削減の実施に際して,人事考課のA~Eの5段階中Dランクに評価づけられたことをを理由に退職勧奨の対象者とされ,これを拒否した管理職を配転および降格した後に,指名解雇した事案であり,判決は,原告の営業成績自体は被告の経営姿勢に沿わない部分があるとしても平均的なレベルであったと認定し,降格処分は効力を認めることができないとし,解雇も無効と判断した。
千代田生命保険相互会社事
東京地判平9.10.28労判748号145頁
営業成績不良を理由に解嘱された事案であるが,成績不良に陥った原因は,営業所長から依頼された公金横領者捜索への協力等のストレスによる体調不良であって,本件解嘱は解雇権濫用に当たり無効と判断している。
森下仁丹事件
大阪地判平成14年3月22日労働判例832号76頁
(事案)
被告は医療品等の製造・販売を営む株式会社であり,原告は昭和44年以来,被告に雇用され,被告の支店等で就業し,その後平成12年4月より被告本社マーケット開発部の職にあった。この間,原告による業務課の業務において,コンピュータ入力等のミスが発覚し,決済までに修正するように命じられたが原告はこれを放置し,別の新たなミスを生じさせていった。なお,12年8月31日に,原告は同年1月の入力ミスにより決算書が誤って作成されたことについて,始末書を提出した。その後,原告は被告から「技能発達の見込みがないと認めたとき」との解雇事由に基づき,同年12月31日付で解雇する旨の意思表示を受けるに至った。これに対して原告が当該解雇は解雇権濫用に該当するとして地位確認等を求めた。
(判断)
本判決は,次の5点を指摘し,未だ原告について被告の従業員としての適格性がなく,解雇に値するほど「技能発達の見込みがない」とまではいえないとして,本件解雇は解雇権濫用に当たり無効であるとして原告の地位確認等の請求を認容した。
①原告はリストラの対象とされた平成8年以前には,おおむね標準の評価を受けていたこと,②8年4月以降11年3月までの成績については,被告の営業自体が不振であったことなども考慮すれば,原告の成績不振を一概に非難できないこと,③11年10月以降の業務は原告にとって慣れない業務であったこと,④被告では原告がミスなく業務を行うことができる職種もあること,⑤被告の就業規則では人事考課の著しく悪い者等について,降格という措置も予定されていること。
オープンタイドジャパン事件
東京地判平成14.8.9 労判836-94
(事案)
X(当時44歳)は,人材紹介会社から会社Yを紹介され,採用面接を経て平成12年12月16日Yから事業開発部長として年俸1300万円で採用する旨の採用決定通知を受領,同27日,「試用期間中,本人の実務修習状況と素質を勘案して会社が辞退を勧告した場合は,無条件,即時辞退すること」と記載された誓約書に署名押印し,就労した。
しかし,Yは,①業務遂行の速やかさに欠け,Yの今後の事業運営の方針に適合しないと判断される,②Y社代表者の業務上の指揮命令に従わない。③経歴書記載の「経験」および「実積」がYの期待する水準に達していないこと。④業務運営上必須とされる語学力(英語力)がYの期待する水準に達していないこと。を理由として,13年1月24日,Xを解雇する旨口頭で告知し,同26日付通知書には,Xを事業開発部長として,3か月の試用期間を付して採用したが,その業務適格状況を観察した結果,Yの業務運営方針に適合しないと判断せざるを得ないので,本採用拒否を通知する旨が記載されていた。
(判断)
① 試用期間の有無について
本判決は,まず,YはXの業務遂行状況をみて事業開発部長としての業務能力および適性の有無を判断し,良好であれば取締役にする予定で本件試用期間をXと合意したもので,同合意は有効に成立したと判断した。そして,Yの解約告知の理由が,試用期間の趣旨,目的に照らし,「客観的に合理的理由があり,社会通念上,相当」であるかどうか,という枠組みで判断する旨明らかにした。
② 本件解約告知の効力について
Y主張の前記各解雇理由については,いずれもXの業務遂行能力が不良であったと認めることは出来ないと判断した。とりわけ,「Xの事業開発部長としての能力がYの期待どおりでなかったとしても,2か月弱でそのような職責を果たすことは困難というべきであり,Xの雇用を継続した場合にXがそのような職責を果たさなかったであろうと認めることはできない」と判示し,本件解約告知は「客観的に合理的な理由があるとか,社会通念上是認することができる」といえず,無効と判断した。
(コメント)
本件は,事業開発部長として,地位を特定して採用された事案です。その意味で,他の事案同様,事業開発部長としての能力が欠如している場合は解雇事由に該当し得ます。また,本件は,試用期間中の本採用拒否の事案であり,本採用後の解雇のケースと比べ解雇が有効となりやすい事案でありました。
しかし,解雇が無効となったのは,Y主張の解雇理由が,いずれも証拠上不十分で事実認定されず,Xを事業部長として能力不足であると認めるに足りる事実がなかったことが原因であると考えられます。
能力不足を理由とする解雇等が無効と判断された事例
三井リース事件
東京地決平成6年11月10日労経速1550号
(事案)
リース事業を営む会社に採用された労働者が,採用後,国際営業部,海外プロジェクト部及び国際審査部に順次配転されたが,当該労働者は,いずれの部署においても業務に対する理解力が劣り,自己の知識・能力を過信し,上司の指示を無視して思いつきで取引先と折衝したり,支離滅裂な発言をしたため,実質的な業務から外さざるを得なくなり,その後,当該労働者が,国内法務の業務を希望したため,日常業務を免除して3ヶ月間法務実務の研修の機会を与えたが,その結果も不良で法務担当者としての能力・適性に欠けたため退職勧奨をしたところ,これを拒否されたので解雇した事案である。
(判断)
裁判所は,「債権者は、配置転換することにより活用の余地が十分にあるのであるから、これをせずに債務者が債権者を解雇したのは許されないと主張するけれども、前記のとおり、債務者は、債権者と雇用契約を締結して以降、国際営業部、海外プロジェクト部及び国際審査部に順次配置転換し、担当業務に関する債権者の能力・適性等を判断してきたものであり、特に国際審査部においては、債権者が国内法務の業務を希望したことから、債権者の法務能力及び適性を調査するため、約三か月間、日常業務を免除し、法務実務に関する研修等の機会までも与えたものの、その結果は法務担当者としての能力、適性に欠けるばかりでなく、業務遂行に対する基本的姿勢に問題があると評価されたことから、債権者をさらに他の部署に配置転換して業務に従事させることはもはやできない、との債務者の判断もやむを得ないものと認められる。」などとし,解雇を有効と判断しました。
(コメント)
いくつかの部署に配転してみても,どの部署でも職務を遂行できず,客観的に職務遂行能力が不足していること,会社において教育訓練,研修の機会を与えても労働者に改善の見込みがなかったことが,解雇を有効にしたポイントとなっているものと考えられます。
日本エマソン事件
東京地判平成11年12月15日 労経速1759.3
(事案)
空調装置等の製造販売、輸入等を業とする株式会社Yに、採用面接時において他社での経験を説明したことによってシステムエンジニアとして十分な技術・能力を備えた技術者として評価されて入社したXが、システムエンジニアとしての技術・能力はもとより、アプリケーションエンジニアとしての技術・能力も不足し、かつYにおいて実施された現場指導、教育訓練等を受けたにもかかわらず、その成果が上がらず、また出勤状況をはじめとする日常の勤務成績・態度(顧客会議等の遅刻、不完全な月報の提出・不提出など)が組織の一員としての自覚を欠いた不良なものであり、Yが改善努力を求めても改まらなかったため、業務遂行能力、勤務成績及び勤務態度の不良を理由に、就業規則に基づき解雇した事案
(判断)
被告は、原告の勤務態度には改善努力が認められず、被告にとって容認可能な範囲の限界を超え、とりわけ、同年八月八日から一一日までの欠勤は容赦できない行為である旨の判断の下に、同月三一日、三〇日間の予告期間を置いて同年九月三〇日付けで解雇する旨の本件解雇をしたことが認められる。
「原告は、システムエンジニアとしての技術・能力を備えた技術者として被告に雇用されたのに、システムエンジニアとしての技術・能力はもとより、アプリケーションエンジニアとしての技術・能力も不足し、かつ、原告の技術的水準を向上させるべく、被告において、現場指導、教育訓練等を続けたが、原告の意欲が乏しかったため、その成果が上がらなかったこと、一方、出勤状況を初めとする日常の勤務成績・態度は、組織の一員としての自覚を欠いた不良のもので、改善努力を求めても改まらなかったことを認めることができるから、本件解雇は、」有効であると判断した。
(コメント)
中途採用で,システムエンジニアとして十分な技術・能力を備えた技術者として評価されて入社したため,当初予定されていた能力が発揮されないことで,能力不足と評価されやすいかったと言えます。加えて,許されない欠勤を継続するなど,日常の勤務態度も悪かったという点も考慮されています。さらに,「現場指導、教育訓練等」により能力を発揮する機会を与えた点,及び,「種々の方法を通じて原告の申述を聞いたほか、観察期間を設けて勤務態度等の改善努力の有無を観察する措置をとった」点で解雇の相当性が認められていると言えます。
日水コン事件
東京地判平成15年12月22日 労判871.91
(事案)
本件は.システムエンジニアとして被告Yに中途採用された原告Xが.Yから解雇の意思表示(以下「本件解雇」)を受けたが,Xには解雇事由がなく,また.本件解雇は解雇権の濫用に該当するとして,Yに対し.労働契約上の地位の確認,ならぴに解雇後の賃金および遅廷損害金の支払いを求めた事案である。Yは,建設コンサルタント業を営む会社であり.Xは平成4年3月1日付で,YにSEとして中途採用された。Xは入社後,Yの総務本部企画管理部管理課に配属され,その後会計システム課に配属され.平成12年3月31日までの8年間、SEとして財務・会計システムの運円にかかわる業務に従事していた.
(判断)
「原告は,被告からコンピューター技術者としての豊富な経験と高度の技術能力を有することを前提に,被告の会計システムの運用・開発の即戦力となり,就中,将来は当該部門を背負って立つことをも期待されて,SEとして中途採用されたにもかかわらず,約8年間の同部門在籍中,日常業務に満足に従事できないばかりか,特に命じられた業務についても期待された結果を出せなかった上,直属の上司であるAの指示に対し反抗的な態度を示し,その他の多くの課員とも意思疎通ができず,自己の能力不足による業績不振を他人の責任に転嫁する態度を示した。そして,人事部門の監督と助力の下にやり直しの機会を与えられたにもかかわらず,これも会計システム課在籍中と同様の経過に終わり,従前の原告に対する評価が正しかったこと,それが容易に改善されないことを確認する結果となった。このように,原告は,単に技術・能力・適格性が期待されたレベルに達しないというのではなく,著しく劣っていてその職務の遂行に支障を生じており,かつ,それは簡単に矯正することができない持続性を有する原告の性向に起因しているものと認められるから,被告就業規則59条3号及び2号に該当するといえる。」として解雇を有効と判断した。
(コメント)
まず,システムエンジニアとして豊富な経験と高度の技術能力を有する即戦力として中途採用されていたので,当初予定されていた能力が発揮されないことで,能力不足と評価されやすかったと言えます。加えて,直属の上司の指示に対し反抗的な態度を示し,その後,約8年間で数度配転されてやり直しのチャンスを与えられたが,能力を発揮することができず,かえって業績不振を他人に転嫁する態度を示すなどしていた点も解雇を有効と判断とした基礎になったと考えられます。
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フォード自動車事件
東京地判昭和57.2.25労判382号25頁 東京高判昭和59.3.30労判437号41頁
(事案)
Xは,昭和51年9月13日、試用期間90日の約束で,外資系の大企業であるY会社の「人事本部長」(組織上社長に次ぐ最上級管理職4名のうちの1名)として雇用され、52年1月14日、試用期間の満了とともに、Yの「パーマネント・エンプロイー」となった。入社後,Y会社は,Xに人事本部長としての職務に適応する訓練並びに従業員やその職務についての認識を深めてもらい,組織の再編成の役に立つと考え,55の給与職(事務職)について,担当者との面接や分析などを含めたレポート作成を命じた。その前から,Xは,その執務態度について,人事の分野に注意努力を集中すべきこと,課せられた事務は自ら処理して能力を実証すべきこと,連絡文書は自ら起案すべきことを重ねて指導されていた。にもかかわらず,Xは5つの職の者との面談を済ませただけで,要求されていた職務を著しく怠るなど執務態度の改善がみられないため,会社は就業規則の解雇事由ににあたるとして,昭和52年9月1日,Xを解雇した。
(判断)
① 地位の特定の有無
まず、X・Y間の雇用契約が「人事本部長」という地位を特定したものか否かが問題となった。これは,解雇事由としての「業務の履行又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当と認められる場合」の該当性をいかなる職務を基準として判断するか,すなわち,「人事本部長」としての適格性の有無を基準に判断すべきか,「従業員」としての職務能力の有無を問題とすべきか,を判断するための前提問題である。
この点,判決は,Y会社がXを中途採用する経緯等を詳細に認定した上で,「以上の事実を総合すれば、本件契約は、人事本部長という地位を特定した雇用契約であると解するのが相当である。」と判断した。
② 解雇事由該当性の有無
本件雇用契約は,「人事本部長という職務上の地位を特定した雇用契約であつて、原告の特段の能力を期待して中途採用したという本件契約の特殊性に鑑み、前記(一)の原告の執務状況を検討すると、特に(イ)機会あるごとに、自己に課せられた仕事を部下に委譲する形ではなく、自ら仕事を担当する(デイレクターという形ではなく、被告会社のいうワーキング・マネジヤーとして)という方法で執務することを期待されていたにもかかわらず、執務開始後約六か月になつてもそれが改善されなかつたこと、(ロ)ジヨブ・オーデイツトの目的の一つが、人員整理の際の余剰人員を見つけることにあることを認識しながら、人員整理の完了した後である昭和五二年四月二〇日までに、五五の職のうち五人に面接したのみで、原告に要求されていた職務を著しく怠つていたこと、とりわけ、同年三月にb社長に対し同月末日までに面接を完了する予定であると報告しながら、全くそれを行わなかつたこと、(ハ)被告会社の執務方法に習熟する機会を与えられながら、かつ、被告会社においては社長の決裁だけでなくフアスパツクの承認が必要である事項が留保されていることを認識し、さらに、部下の助言を無視して規則違反を行つた等の原告の執務態度は、被告会社の期待した人事本部長としては規則(ト)にいう「業務の履行又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当と認められる場合」に該当し、ひいては、規則(リ)にいう「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」にも該当する、と解するのが相当である。」と判断した。
③ 配置転換等により解雇を回避する必要性の有無
Xは,解雇をするためには,「同人の業務の履行又は能率が極端に不良で、これを矯正したり他に配置換えをする等の余地がなく、被告会社から排除する以外に方法がない場合でなければならない旨」主張した。
しかし,判決は,「本件契約が前記二2において認定のとおり人事本部長という地位を特定した雇用契約であるところからすると、被告会社としては原告を他の職種及び人事の分野においても人事本部長より下位の職位に配置換えしなければならないものではなく、また、業務の履行又は能率が極めて悪いといえるか否かの判断も、およそ「一般の従業員として」業務の履行又は能率が極めて悪いか否かまでを判断するものではなく、人事本部長という地位に要求された業務の履行又は能率がどうかという基準で規則(ト)に該当するか否かを検討すれば足りるものというべきである。」として,Xの上記主張を排斥しました。
(コメント)
地位の特定された中途採用者に対する解雇が有効になった事案で,その特定された地位に応じた能力がないことをもって解雇事由となり,また,会社は配置転換等により解雇を回避する義務を負わないとしている点,留意すべきである。
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フォード自動車(日本)事件(東京高裁昭和59年3月30日判決)
持田製薬事件
東京地決 昭和62.8.24 労判503-32
(事案)
Yは,各種医薬品,化粧品,医療機器の製造販売及び輸出入等を目的とする会社であり,昭和50年代後半以降の医療業界における競争に打ち勝つために,昭和60年4月にマーケティング部を新設し,同年5月,リクルート人材センターの紹介により、マーケティングプラン策定等のため、Xを,マーケティング部部長として採用した。しかし,Xの勤務状況は上記責務に応えるものではなく、雇用契約を維持するに足りるものではないとして,昭和61年2月28日,解雇がなされた。
(判断)
裁判所は,まず,「債権者が採用された経緯によると、債権者は、マーケティング部部長という職務上の地位を特定し、その地位に相応した能力を発揮することを期待されて、債務者と雇用契約を締結したこと明らかであるが、債権者が、人材の斡旋を業とする株式会社リクルートの紹介によって採用されていること、及びその待遇に鑑みると、それは、単に、斯待に止まるものではなく、契約の内容となっていたと解せられ」ると判示し,Xが地位特定社員である点を認定した。
そして,Xの「勤務態度を検討すると、債権者は、営業部門に実施させるためのマーケーティング・プランを策定すること、そのなかでも、特に薬粧品の販売方法等に具体的な提言をすることを、期待されていたにも係わらず、執務開始後七ヶ月になっても、そのような提言を全く行っていないし、そのための努力をした形跡もないのは、マーケティング部を設立した債務者の期待に著しく反し、雇用契約の趣旨に従った履行をしていないといえるし、サラリーマン新党からの立候補を考えたことについても、当選すれば、職業政治家に転身することになるのであるから、債務者にとっては、債権者が、途中で職務を放擲することにほかならないのであり、その影響するところは、一社員が市民として、政治に関心をもって、行動したという範躊に止まっていないこと明らかで、これによって、債務者が、債権者の職務遂行の意思について、疑念を抱いたとしても、債権者は、甘受すべきである。」と判示し,解雇事由に該当する旨判断した。
なお,「念のために付言すると、債権者は、マーケティング分の責任者に就任することで、雇用されたのであるから、解雇するに際し、債務者は、下位の職位に配置換えすれば、雇用の継続が可能であるかどうかまでも、検討しなければならないものではない。」として,会社は,配置転換等による解雇回避措置を講ずる義務がないことを明らかにしている。
(コメント)
マーケティング部長としての,マーケティング能力の欠如があったことに加え,会社の事前の承認なくサラリーマン新党の参議院比例代表区候補予定者となっていたなど,職務態度に問題があったことが顕著な事案であった点留意すべきである。
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ヒロセ電機事件
東京地判 平成14.10.22 労判838-15
(事案)
Xは,父がインド人,母が日本人であり,日本人女性と婚姻して日本国籍を有する者であり,Y会社(以下,Y)の技術センター品質管理部主事として平成12年11月に会社に雇用され,品質管理に関する専門知識,英語・日本語の語学力が必要とされる海外クレーム対応と品質情報収集の業務に従事していた。しかし,Xが業務命令に従わず,同僚への誹膀・中傷,職場規律違反を繰り返し,業務の進め方や知識・技能・能率を学ぶ姿勢がなく,業務上要求される英語力にも問題があるとして,就業規則37条2号の解雇事由である「業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り将来の見込みがないと認められたとき」に該当するとして,平成13年3月14日に解雇された。
(判断)
本判決はまず,本件雇用契約は,「原告の職歴,特に海外重要顧客であるN社での勤務歴に着目し,業務上必要な日英の語学力,品質管理能力を備えた即戦力となる人材であると判断して品質管理部海外顧客担当で主事1級という待遇で採用し,原告もそのことは理解して雇用された中途採用の事案であり,長期雇用を前提とし新卒採用する場合と異なり,被告が最初から教育を施して必要な能力を身につけさせるとか,適正がない場合に受付や雑用など全く異なる部署に配転を検討すべき場合ではない。労働者が雇用時に予定された能力を全く有さず,これを改善しようともしないような場合は解雇せざるを得ないのであって,就業規則37条2号の規定もこのような趣旨をいうものと解するのが相当である。」と判示した。
その上で,Xの「業務遂行態度・能力(「業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り」)について見るに,原告は,実はN社ではさしたる勤務経験を有さず品質管理に関する知識や能力が不足していた。また,前記原告の作成した英文の報告書にはいずれも自社や相手先の名称,クレーム内容,業界用語など到底許容しがたい重大な誤記,誤訳」がある等,「期待した英語能力にも大きな問題があり,日本語能力についても,原告が日本語で被告に提出する文書を妻に作成させながら,自己の日本語能力が不十分であることを申し出ず,かえって,その点の指摘に反論するなど,客観的には被告に原告の日本語能力を過大に評価させていたことから,当初,履歴書等で想定されたのとは全く異なり極めて低いものであった。さらには,英文報告書は上司の点検を経て海外事業部に提出せよとの業務命令に違反し,上司の指導に反抗するなど勤務態度も不良であった。このような点からすると原告の業務遂行態度・能力は上記条項に該当するものと認められる。」とした。「次に,これらの点の改善努力(「将来の見込みがない」)については,本採用の許否を決定するに際し,日本語能力や他からの指導を受け入れる態度,すなわち協調性に問題があるとされ,原告において改善努力をするという約束の下に本採用されたのであるから,上司の指摘を謙虚に受け止めて努力しない限り被告としては雇用を継続できない筋合いのものであった。しかるに,本採用後,原告が日本語能力等の改善の努力をした形跡はなく,かえって,その後さらに英語力や品質管理能力にも問題があることが判明したにもかかわらず,原告の態度は,」上司から「正当な指導・助言を受けたのに対し,筋違いの反発をし,品質管理に関する知識や能力が不足しているにもかかわらず,ごくわずかの期間にすぎないN社での経験や能力を誇大に強調し,あるいは,H2のサポートを断り,「上司の承認を得る」という手続を踏まずに報告書を提出するという業務命令違反をし,さらには,S部長ら上司からの改善を求める指導に対し自己の過誤を認めず却って上司を非難するなど,原告はその態度を一層悪化させており,原告は被告からの改善要求を拒否する態度を明確にしたといえるから,これらの点の改善努力は期待できず,上記条項に該当するものと認められる。」として,Xには「業務遂行に誠意がなく知識・技能・能率が著しく劣り将来の見込みがない,というべきであり,就業規則37条2号の定める解雇事由がある。」と判断した。
(コメント)
地位が特定された事案ではないが,労働者の経歴に鑑み専門的な職務能力を有する即戦力として中途採用された場合は,長期雇用を前提とした新卒採用の場合とは異なり,労働契約時に期待された能力を発揮できない場合には,配置転換等の解雇回避措置なくして解雇が有効になる点判示したものである。
本件は,Xに期待していた職務能力(語学力)欠如が著しく,かつ,上司の指導等を謙虚に受け止めない姿勢が顕著かつ著しかった点に留意すべきである。
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プラウドフッドジャパン事件
東京地判平成12.4.26 労判789-21
(事案)
Xは、コンサルティング・サービスなどを業とする外資系企業であるYに平成7年4月10日、インスタレーション・スペシャリスト(以下「IS」)として中途採用され、被告との問に期間の定めのない雇用契約を締結(年俸770万円)した。その後、平成9年3月12日、YはXに対し、職務遂行能力を欠くとして、同月17日付けで解雇する旨の意思表示をした。
(判断)
① 無能力の判断基準について
この点,Yは、Xが外資系企業であるYにISとして中途採用され、収入も年俸770万円と高額であることなどから、例えば、終身雇用制の下で新卒者を雇用する場合とは異なり、ISとしてYが期待する一定の能力、適格性を備えていることが雇用契約の内容となっていることを前提として、本件就業規則に該当するかどうかが検討されなければならないと主張した。 これに対し,判決は,Yの募集広告には「経験不問という記載」があり,また,Yにおいてはオフ・ザ・ジョブ・トレーニングが完備されていることも併せ考えれば、Yにおいては「ISとして採用された社員が入社後のトレーニング及び実務における経験を重ねることによりISとしての能力や適格性を高めていくことが予定されているものと認められ、」そうであるとすると、「被告がISとして雇用した社員が被告に入社するまでに経営コンサルタントとして稼働した経験がない場合には、その社員との間に締結した雇用契約においては雇用の時点において既にISとして求められている能力や適格性が平均を超えているか、又は、少なくとも平均に達していることが求められているということはできないのであって、その場合には、一定の期間ISとして稼働し、その間にISとして求められている能力や適格性が少なくとも平均に達することが求められているものというべきである。」と判示した。
② 解雇理由の有無について
本判決は、原告のISとしての能力および適格性について、原告は平成7年4月10日に被告に雇用ざれた後、同年6月6日から平成8年9月27日までの間に5つのプ口ジエク卜に従事してきたが、そのうちの一つを除くプ口ジエクトにおいて、原告はISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していない状態が入社以来一年半にわたって断続的に続いてきたのであり、「今後も原告を雇用し続けてISとして求められている能力や適格性を高める機会を与えたとしても、原告がISとして求められている能力や適格性の点において平均に達することを期待することは極めて困難であった」とし,就業規則の解雇事由に該当するとした。
さらに本判決は、被告は原告をプ口ジエクトから外した後に、原告に対し別の職務を提供して原告の雇用を継続しようとする提案をし、原告との間でその後約三か月間にわたる交渉を重ねたものの、原告との間で妥協点を見出すことができず、さらに交渉が中断してから二か月余りが経過した平成九年三月一二日に至って本件解雇に及んだという経緯を併せ考えると、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないということはできず、権利濫用には当たらないとした。
(コメント)
本件は,専門職の中途採用の事案ですが,同種の専門職の経験がある者を即戦力として採用した場合と異なり,職務未経験者を一定期間専門職として育成することを前提として採用した場合は,一定の期間その専門職として稼働し、その間にその専門職として求められている能力や適格性が少なくとも平均に達することが求められていると判断しました。
そして,Xの能力不足を基礎付ける事実を客観的証拠や間接事実から詳細に認定した上で,解雇には合理的理由があると判断しました。
また,一応他職種への転換による解雇回避も試みた点も評価し,社会通念上相当であると判断しました。
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プラウドフットジャパン事件(東京地裁平成12年4月26日判決)
エイゼットローブ事件
大阪地決平成3.11.29 労判599-42
(事案)
Xは,アパレル業界の営業等の経験があること,得意先も相当数あること,年間1億円の売り上げを約束したこと等から,婦人服の製造販売を業とするYに,平成2円4月2日付けで,営業課員としては2番目に高い給与で採用された。しかし,Xは,目標売上額の30%した達成できず,返品率も高いこと,新規開拓店舗数も少ないこと等から,Yは,平成2年11月22日,解雇を通知した。
(判断)
Xは「アパレル業界における営業の経験者として採用され、採用時の面接において年間売上目標一億円を約束し、またYによって、半期の売上目標額として五〇〇〇万円が設定されたが、いずれも経験者とすれば達成可能な数字であったのに、Xの実績はこれを大きく下回るものであったうえ、上司の注意指導にもかかわらずXは営業成績を向上させようとする意欲がなかったということができる。従って、Xの営業成績は不良であって、Y会社の就業規則一〇条三号の「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められた場合」の普通解雇事由に該当するというべきであるから、本件解雇は正当」であると判断した。
(コメント)
営業の即戦力として中途採用され,かつ,採用に際して目標売上金額が設定されていた点が,特徴的な事案です。
テサテープ事件
東京地判平成16年9月29日 労経速1884.20
(事案)
会社の販売代理店へ出向を命じられ異議なく同意した労働者が,出向先での営業成績が極めて劣悪で,出向先の就業規則に定める所定就業時間に従わず(会社より出向先の所定就業時間が増加する代償として月額5万円の手当を支給したにも拘わらず労働者はこの受け取りを拒否し,法務局へ供託している。),会社から出向先での売り上げ目標を達成する旨の書面による回答を求めたところ,販売店営業の経験がある者又は空白のない現役を出向させるべきであるとの回答をしたため,出向を解除し,会社が解雇をした事案である。
(判断)
出向先では,「営業経験のない新入社員であっても6ヶ月間で合計60万円の粗利を計上しているにもかかわらず,原告は,被告の営業で稼働していた際にはユーザーに対する飛び込み営業の経験まで有し,かつ,自ら営業を希望しておきながら出向先において,6ヶ月間でわずか売り上げ124万4000円,粗利23万円しか計上できなかった上,平成15年1月以降についても6ヶ月間は粗利10万円を達成できない旨表明し,・・・(中略)・・1日の平均自動車走行距離はわずか108キロメートルにすぎないなど,原告の職務遂行能力の欠如は著しく,就業規則の解雇事由に該当するとして解雇を有効と判断した。
カジマ・リノベイト事件
東京高判平成14年9月30日 労判849P129
(事案)
Xは,Y会社に平成7年6月入社以来,工務部において工事の見積もり,契約,出来高管理,労務安全管理等の業務に従事していたところ,上司の指示に対する不服従,誹謗等に対しYから4回にわたりけん責処分を受け,始末書の提出を求められたが,提出しなかった。Xは,これらのトラブルをめぐり,労働省婦人少年室等に相談したり,労基署に労基法違反の申告を行い,また,全国一般「女性ユニオン東京」(組合)に加入した。Yは,9年4月18日付でXに対し就業規則違反を理由に解雇通告をした。これに対して,Xは,本件解雇はXが公的機関に相談,申告し,労働組合に加入したことによるもので不当労働行為に当たり,解雇権の濫用で無効と主張して,従業員としての地位確認,未払賃金・時間外手当の支払い,時間外手当不支給の違法行為に対する付加金,慰謝料の支払いを求めて提訴した。
一審判決は,(1)本件けん責処分の理由とされた事由はいずれも,上司と部下との意見の対立や行き違いを原因とするものにすぎず,社会通念に照らし重大な問題とはいえないから,本件解雇は権利の濫用に当たり無効とした。Y控訴。
(判断)
Yが主張する解雇理由として,「(1)E部長,K副部長及びD部長に対する侮辱的発言,(2)時間外労働制限の指示に対する不服従,(3)控訴人において使用していない用語の使用,(4)遅れて提出された下請からの請求書への受理年月日記載指示に対する不服従,(5)パソコンの代わりに電卓を使用するようにとの指示に対する不服従,(6)集計表の編てつ方法の指示に対する不服従,(7)新規工事入手報告書のコピー作成の拒否と同僚に対する侮辱的発言,(8)現場や下請からの電話でD部長に無断で勝手なやり取りをすること,(9)取引業者(L)からの労務費請求に対し請求書が遅れたとしてD部長に無断で支払を翌月にする旨の連絡をしたこと,(10)被控訴人個人のパソコンのファックスモデムを社内に持ち込んでファックス送信を行ったこと,(11)派遣社員の指導を誠実に行わなかったこと,(12)収入印紙税額一覧表を上司に無断で下請会社に配付したこと,(13)優先的に作成する書類があるのに不急の注文書等を作成したこと,(14)新入手工事概要報告書のコピー作成等の指示不服従,(15)不要書類の無断作成,(16)控えるように指示されている休憩時間中の作業,(17)上司の机上書類を無断で読んだりすること」を認定した上で,「これらの事実はこれを一つ一つ取り上げると比較的些細なものが多いように思われるが,企業全体として統一的・継続的な事務処理が要求される事柄について,被控訴人は独自の見解で合理的であると考えて上司の指示に従わず自己の事務処理方針を変えないという態度が顕著である。」「これらは従業員一人一人が自分の好みで行うということになると企業全体としての統一性が保たれず非能率,更には過誤にも通じるおそれがあるほか,人事異動の際に(休暇取得時等に他の者が代って仕事をする場合でも)支障が生ずるものであり,いずれも軽視することができないものである。」とした。また,上司の指示に対する不服従も「自分の方が正当であるとして自己の方針に固執して上司の指示を聞かないという被控訴人の姿勢が顕著である。」とし,「このような態度はそれぞれについてYの事務の進行に支障をもたらすものである上,職場全体の秩序,人間関係に悪影響を及ぼすものである。」と判示した。その他,ニフティに社内に問題があると掲載するなどした行為がYないしその従業員の信用・名誉を毀損するものであると判示した。
また,Xに反省の機会を与えるとの意図の下,合計4回のけん責処分を行ったものの,Xに反省の態度が見られなかったと認定した上で,本件解雇が権利の濫用に当たるということは出来ないと判断した。
(コメント)
本件解雇理由となった事実関係は,いずれも些細な出来事であるが,「一つ一つの事実は些細にみえても,企業全体としての統一性,職場全体の秩序,人間関係への悪影響からすれば,重大な服務規律違反行為」になるとし,解雇の合理的理由があると判断した点がポイントである。なお,一審判決は,各事実を「社会通念上,さほど重要でない」として解雇を無効とした。4回のけん責処分により反省の機会を与えたという点が解雇の相当性を補強する重要な事情であることは言うまでもない。
ユーマート事件
東京地判平成5年11月26日 労判647P59
(事案)
Yは、食品類の加工・販売、特に弁当等の加工・販売を業とする会社であり、その正社員は6,7名で、女子事務員1名のほか、そのほとんどが店長として配属されていた。Xは,Yに,平成元年三月入社し、店舗において、弁当等販売店の店長となるための研修を受けた後、数店舗にて店長として勤務してきたが,就業規則の普通解雇事由「就業情況または成績が著しく不良で就業に不適と認められたとき」に該当するとして,被告は平成4年6月原告を解雇した事案である。それに対し,Xは同解雇が違法無効であるとして,損害賠償請求を提起した。
(判断)
「被告における店長の重要な業務として、商品及びパートタイマーの管理業務があるが、原告の店長としての勤務状況は、商品及びパート従業員の管理能力に欠け、いわば成り行きまかせの店舖運営であった。また、店舗において弁当等の食品の製造・販売を業とする被告においては、接客態度は第一次的なことであるが、原告は、態度やことば使いが横柄、乱暴で、客と喧嘩して揉めるなど接客態度が不良であり、接客業務に携わる従業員としての適格性に欠ける行動があった。」と判示し,そして,会社の規模・従業員構成からして「店長以外への配置転換も困難であったと認められる」とした上で,解雇を有効と判断した。
(コメント)
数店舗を異動し,かつ,指導・注意が度々なされていた点が認定されており,これが前提となっている。
また,小規模会社ゆえに店長以外への配置転換は困難としている点も留意すべきである。
日本ストレージ・テクノロジー事件
東京地判平成18年3月14日労経速1934号
再三の指導・注意に拘わらず,勤務態度を改めなかった労働者に対する解雇を有効とした。