休職中の社会保険料を請求する方法について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
休職期間中の社会保険料(労働者負担分)の負担
社会保険料の源泉控除
被保険者(労働者)と事業主(会社)は、社会保険料(健康保険料および厚生年金保険料)につき、それぞれ保険料額の2分の1を負担します(健康保険法161条1項、厚生年金保険法82条1項)。
事業主(会社)は、社会保険料につき、被保険者(労働者)負担分を含めて納付する義務を負っています(健康保険法161条2項および厚生年金保険法82条2項)。
また、事業主は、通貨で賃金を支払う場合には、そこから社員の負担すべき前月分の保険料を控除することを認められています(健康保険法167条1項、厚生年金保険法84条1項)。
上記控除は、労働基準法 24条1項の賃金の全額払い原則の例外の一つである「法令に別段の定めがある場合」として認められています。
ただし、社会保険料を賃金から控除できるのは、前月分の保険料に限られます(健康保険法167条1項、厚生年金保険法84条1項 昭2.2.5 保発112)。
社会保険料の労働者負担分の立替及び求償
社会保険料の労働者負担額について事業主が立替納付を行った場合、個人負担分については、当該労働者に対して求償できます。
法律構成としては、民法上の不当利得(民法703条)が根拠となります。
例えば、渡辺工業(住友重機横須賀工場)事件( 横浜地裁平19.12.20判決労判966号21ページ)においては、「原告ら本人負担分の社会保険料は、あくまでも被保険者である原告らが負担すべきものであるから、これを立て替えて納付した被告渡辺工業は、原告らに対し、上記立替額を求償することができる」と判示されています。
なお、本事件では、「被保険者本人の負担すべき保険料についても事業主に納付義務を課している法律の規定(健康保険法161条l項、167条1項、厚生年金保険法82条2項、84条1項)により、被告渡辺工業自身が負う納付義務に基づいて原告ら負担分の保険料を納付した」ものであること等に鑑み、「求償債務は、期限の定めのない債務として成立し、履行の請求を受けたときから遅滞に陥るものというべき」ともされています。
休職期間中の社会保険料の労働者負担分
社会保険の適用がある社員が休職に入った場合も、雇用契約関係自体は継続しているため、引き続き社会保険は適用されます。
このため休職期間中も社会保険料の労働者負担分について納付義務が生じます。問題はこの徴収方法となります。
休職期間中の社会保険料(労働者負担分)の徴収
基本的な方法
休職期間中も社会保険料の労働者負担分について納付義務が生じます。
休職前においては、社会保険料を賃金から控除できますが、休職期間中は無給であることが多く、社会保険料を賃金から控除することができません。
そのため、賃金から控除する方法以外の方法により回収する必要があります。
方法としては、2つあります。
- 休職期間中に毎月回収する方法
- 休職期間中は会社が労働者負担分を立替し、休職期間終了後に回収する方法
以下、説明します。
①休職期間中に毎月回収する方法
まずは、休職期間中に労働者から、社会保険料の労働者負担分を支払ってもらう方法があります。
②の休職期間中は会社が労働者負担分を立替し、休職期間終了後に回収する方法ですと、休職期間が長引く場合など、事例によっては立替金額が100万円~200万円程度になる場合もあり、特に復職せずに退職する場合などは未回収のリスクが生じてしまいます。
それゆえ、企業としては、休職期間中に、毎月回収する方法が原則であると考えられます。
社会保険料の労働者負担分を振込
休職期間中に労働者から、毎月の傷病手当金の受給後に支払い指定日を設定して、会社に労働者負担分を振り込んでもらう方法が一般的です。
具体的には、会社から労働者へ請求書を送付し、所定の期日までに振り込んでもらいます。
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休職期間中の傷病手当金の代理受領
労働者の中には、毎月の社会保険料の自己負担分を支払いを怠る人がいます。滞納額が積み重なった挙げ句、復職せずに退職する場合は、不良債権化するリスクがあります。
そこで、労働者の傷病手当金を、労働者の希望に基づき、会社が傷病手当金を受け取ったうえで、会社が立て替えている社会保険料や住民税等を控除した上で、従業員へ残金を振り込むといった方法も可能です。
また、かつての傷病手当金の様式には、「受取代理人」の欄があり、「本申請に基づく給付金に関する受領を下記の代理人に委任します。」という文言のもと、協会けんぽから代理人に対し給付金の支払いが行われてきました。
ところが、2023年1月から様式が変更され、傷病手当金の様式から「受取代理人」の欄が削除されました。
健康保険法では被保険者へ給付金を支払うことが原則であることから、今回、原則に立ち戻って、被保険者への確実な給付金の支払いを行うため、給付金の振込口座は原則として被保険者のものに限られることになりました。受取代理人への支払いがなくなった背景には受取代理制度を悪用した不正受給が発生のしていたことがあるともされています。
この様式変更により、傷病手当金の代理受領ができなくなったかのように思われます。
しかし、傷病手当金の様式は変更されましたが、受取代理は、現時点においても可能であると解されます 1。
旧様式についても、2023年1月以降も使用できるとされています(ただし、新様式で申請した場合に比べて、事務処理等に時間を要することがあるため、協会けんぽは新様式の使用を案内しています。)。
ただし、保険者が健保組合の場合に関しては個別に確認が必要です。
② 休職期間経過後に回収する方法
休職期間中の個人負担社会保険料を会社が立て替え、休職期間終了後に支払ってもらう方法です。
休職期間が長いと、会社の休職期間中の個人負担社会保険料が相当の金額に上り、事例によっては100万円、200万円を超えることがあります。
休職期間終了後にまとめて一括で振り込んで支払ってもらう方法のほか、給料・賞与・退職金から控除して回収する方法があります。
休職期間終了後にまとめて一括で振り込んで支払ってもらう方法
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給料・賞与・退職金から控除(相殺)して回収する方法
給与や賞与から控除して回収する、退職する場合は退職金から控除して回収するなどの方法がありますが、文書の合意が必要です。
次の項で詳細に説明します。
社会保険料の立替金を給料・賞与や退職金から相殺・天引きする方法
相殺合意書をとる
前記のとおり法律上、社会保険料の労働者負担分は賃金から控除することが認められています。
ただし、控除ができるのは、前月分の保険料に限られています(昭22.2.5保発112)。
従って、法律の規定の基づいて、前々月以前の保険料または将来発生するであろう保険料を控除することはできません。別途、労働者の同意または労使合意が必要となります。
このように、前月分を超える社会保険料の労働者負担分の立替金を給料・賞与や退職金から相殺・天引きするためには、その旨労働者の同意を得る必要があります。一方的に相殺や天引きはできません。
労働基準法第24条は賃金の全額払いの原則を定め、会社・使用者が賃金債権を受働債権とする相殺は禁止されています(関西精機事件・最二小判昭31.11.2 日本勧業経済会事件・最大判昭36.5.31)。
しかし、これはあくまでも会社・使用者が、労働者の賃金債権を一方的に相殺する場合の規制であり、会社・使用者と労働者が合意により相殺する場合は例外的に許容されます(日新製鋼事件•最二小判平2・11・26)。
ただし、賃金全額払い原則の趣旨(労基法24条)から、許容されるのは、労働者がその自由な意思に基づき同意した相殺、すなわち、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限られるとされています。そして、同意が労働者の自由な意思に基づくという認定は.厳格かつ慎重に行われなければならないとされています(全日本空輸事件・東京地判平20・3 ・ 2 4労判963号47頁など)。
したがって、合意相殺により賃金からの控除をする場合には、必ず相殺合意に関する文書を取り交わしておくべきでしょう。
退職金から相殺する場合の相殺合意書
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復職後に賃金・賞与から相殺・天引きする場合の合意書
基本バージョン
連帯保証ありバージョン
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休職願・復職願に社会保険料の労働者負担分の立替金の返済を記載する場合
社会保険料の労働者負担分の立替金の返済に関する合意書を本人が拒否する場合はないとはいえません。
そこで、休職開始前に提出させる「休職願」や復職前に提出させる「復職願」に、社会保険料の労働者負担分の立替金の返済に関する記載を入れることも一案です。
「休職願」 に社会保険料の自己負担分の支払い方法を含めるバージョン
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「復職願」に社会保険料の自己負担分の清算を含めたバージョン
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「復職願」に社会保険料の自己負担分の清算を含めたバージョン(連帯保証人追加)
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相殺禁止に関する民法の規定
一賃金支払期の賃金又は退職金の額の4分の3に相当する部分については、会社側からは相殺することができません(民法510条、民事執行法152条、不二タクシー事件東京地判平21.11.16 労判1001号39頁)。
ただし、これは会社側から一方的に相殺する場合の規制であり、合意相殺の場合には適用されません。
社員の同意がある場合には、会社からの一方的な意思表示ではありませんので「相殺」に該当せず、上記民法510条および民事執行法152条2項の相殺禁止条項の適用はありません(日新製鋼事件最高裁二小平2.11.26判決、大鉄工業事件大阪地裁昭59.10.31判決、大阪市交通局事件大阪地裁昭60. 9.24判決)。
裁判例の中には、事業主が社会保険料等の立て替え払いを続け、事業主が退職金の約65%に当たる立替金を一括で退職金から控除した事案において、当該立替債務と退職金債権と相殺することも有効であると判断したものもあります(医療法人社団十全会事件東京地裁平6.7.25判決)。
賃金控除の労使協定を締結する
労基法24条は賃金の全額払いを会社に義務付けていますが、同条但書は、労使協定(いわゆる24協定)がある場合に、賃金の一部を控除して支払うことを認めています。
例えば、社宅家賃や会社からの貸付金の支払いを控除して賃金を支払う場合などです。
社会保険料の本人負担分の立替金を控除する場合も控除対象として記載する必要があります。
賃金控除の労使協定の書式例は次のとおりです。
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賃金控除協定に関するメモ
【どんなときに】法令に定めのないものを賃金から天引きしようとするとき
【関連条文】労基法第24条第1項ただし書
【届出の要否】届出不要
【有効期間】有効期間の定めは必須ではない
【効果】使用者が労働者の賃金から天引きすることの合法化
身元保証人に対して請求する方法
身元保証
身元保証契約とは、労働者が労働契約上、使用者に対して負い得る損害賠償債務を広く担保する継続的保証契約です。
もっとも、身元保証契約の対象となる主債務は「故意または過失によって損害を与えた場合の賠償責任」であることが通例であり、社会保険料の労働者負担分の立替金の返済債務は「賠償責任」に該当するかは微妙なところもあります。
そこで、確実に支払いを担保するためには、社会保険料の労働者負担分の立替金の返済債務について連帯保証をしてもらうことが確実です。
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連帯保証
連帯保証は別途合意を得る必要があります。
前記のとおり復職願や弁済合意書に連帯保証の記載を追加するなどして連帯保証人を確保します。
会社は法的には、社員本人の支払遅延等がなくとも、当初から、社員と連帯保証人のいずれか、または双方に同時に請求することは可能です。
もっとも、一般的には、社員本人の支払が滞りなく行われていれば、連帯保証人には請求しません。
ただし、社員本人が支払をせずに期限の利益を喪失したような場合には、連帯保証人に対して請求します。
傷病手当金の支給申請書の記載事項は、省令で定められています(健保則84条)。
1項11号は、振込先の口座に関して次のように規定しています。
イ 払渡しを受けようとする預貯金口座として、公金受取口座を利用しようとする者…払渡しを受けようとする預貯金口座として、公金受取口座を利用する旨
ロ イに掲げる者以外の者…払渡しを受けようとする金融機関等の名称
参考行政通達
「請求は(被保険者)本人でなすべきも現金の受領は代理人でよい」(昭3・3・20保理572号)
「手当の受領方を(略)事業主代理人に委任させ、毎月1回ないし2回に一括して受任者に支払うこと。この場合においても、請求名義人は被保険者である(略)」(昭17・1・9社保発5号)
これらの法令・通達に変更はありませんので、現時点においても代理受領は可能であると解されます。
傷病手当金の様式は変更されましたが、受取代理の仕組み自体は継続していると厚生労働省保険局保険課は説明します。一方、協会けんぽの都道府県支部の中には、例外的に特別な事情がある場合にのみ代理を認めるという支部がありました。その他、保険者が健保組合の場合に関しては個別に確認が必要です。