1 ここが問題
労働者の一方的な意思による退職(以下、「辞職」といいます)は、貴社に重大な損害を発生させる恐れがあります。このような辞職が法的に認められるのか、貴社がとり得る対応は何か、が問題となります。
2 辞職について法律が定めるルール
[1]雇用期間の定めのない場合
2週間の予告期間をおけば、労働者はその理由の如何(いかん)を問わず辞職することができます(民法627条1項)。この場合、辞職の申し入れの日から2週間が経過すれば雇用契約は終了することになります。ただし、期間によって報酬を定めた場合(例えば月給制の場合)には、解約の申し入れは次期以後についてすることができ、当期の前半までに行わなければならないとされています(民法627条2項)。当期の前半に申し入れをした場合は次期以後に、当期の後半に申し入れをした場合は次々期以後に労働契約を終了させることができます。
以上は、期間の定めのない雇用契約に関し、使用者が解雇を行う場合は、30日前に解雇予告(ないし解雇予告手当の支払い)をしなければならないこと(労基法20条1項)、解雇の合理的理由および社会的相当性が必要となること(労働契約法16条)とは異なります。
[2]雇用期間の定めのある場合(有期雇用契約)
労働者は「やむを得ない事由」がある場合でなければ、期間途中で辞職することはできません。また、やむを得ない事由がある場合でも、それが労働者の過失によって生じたもので、使用者に損害が生じた場合には、その損害を賠償する義務を負います(民法628条)。
ただし、契約期間の初日から1年を経過した後は、いつでも自由に辞職することができることが暫定的に認められています(労基法附則137条)。この規定は、従来有期雇用契約の最長期間は1年(例外3年)とされていましたが、2003年の法改正により契約期間の上限が3年(例外5年)に延長されたことを受けて暫定的に定められました。もっとも、この労基法の定めは、一定の事業の完了に必要な期間を定めた場合、専門的知識等を有する労働者および60歳以上の労働者との有期労働契約には適用されません。
3 辞職が法的に認められる場合
ご質問のケースについては、以下のように考えられます。
①当該従業員は、契約期間3年の契約社員であり、入社より1年が経過しているとのことですので、労基法附則137条により理由の如何を問わず辞職することが可能であると思われます(ただし、この場合でも、民法627条1項により2週間の予告期間が必要です)。なお、「辞職の申し入れは口頭でも可能ですが、トラブルを避けるためには、書面による方法が望ましいといえます。
②また、仮に同労基法附則の規定が適用されない場合であっても、やむを得ない事由がある場合は辞職が可能です。やむを得ない事由とは、期間満了まで労働契約を継続することが不当・不公正と認められるほどに重大な理由が生じたことをいい、例えば使用者が労働者の生命・身体に危険を及ぼす労働を命じたこと、賃金不払い等の重大な債務不履行、労働者自身が負傷・疾病により就労不能に陥ったこと等が挙げられます。当該従業員は明確な理由を述べず、就労環境にも問題はなかったとのことですが、事情聴取等により明らかにする必要があります。
③辞職が法的に認められる場合は、貴社としては拒否することはできず、当該従業員を説得するしか方法はないでしょう(ただし、やむを得ない事由が労働者の過失によって生じた場合には、貴社が受けた損害につき賠償請求をする余地があります)。当該従業員が説得に応ずる場合は、辞職の申し入れを撤回することが可能です。
4 辞職が法的に認められない場合
「やむを得ない事由」がなく辞職が法的に認められない場合でも、現実問題として就労の意思のない労働者に労務の提供を強要することはできません。貴社としては、当該従業員と十分に話し合い、説得するしか方法はありません。そして、労働者が辞職の申し出をし、以降の労務提供を拒否した場合の問題解決は、損害賠償として処理されることになります。
辞職した労働者に対して、辞職による損害賠償を請求した裁判例はほとんど見られません(期間の定めのない雇用契約に関し、期間途中での辞職について、労働者に損害賠償を認めた例として、ケイズインターナショナル事件[東京地裁 平4.9.30判決 労判616号P10]があります)。ただ、最近では、特定のプロジェクトの遂行のために、高額の費用を費やして、高度の専門的知識を有する労働者をヘッドハント(有期雇用契約)する例が見られます。そこで、例えば特定のプロジェクトを遂行するために不可欠な専門性を有する人材として当該従業員を採用した場合に、辞職によりプロジェクトが頓挫し損害を被ったことを理由に損害賠償請求をすることなどは可能であると思われます。