持ち帰り残業をした場合、労働時間に該当するとして残業代は発生するのでしょうか。残業代を発生させないために会社がとるべき対応について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
持ち帰り残業とは
持ち帰り残業とは、業務時間外に、自宅に業務に必要な資料や貸与されているノートパソコンなどを持ち帰って業務を行うことをいいます。
持ち帰り残業は、会社の業務を行うという側面もありますが、基本的には会社の指揮命令が及ばない社員のプライベートな空間及び時間帯に行われるという点に大きな特徴があります。
持ち帰り残業が労働基準法上の労働時間1に該当する場合は、次のような労働基準法上の規制の対象となります。
- 原則として「1日8時間、1週40時間」に限られる
- 時間外労働をさせる場合は36協定を締結する必要がある
- 時間外・休日・深夜労働に対して割増賃金を支払わなければならない
- 違反した場合は刑事罰がある
そのため会社が行われる居残り残業と同じように労働基準法上の労働時間に該当するのかが問題となります。
持ち帰り残業と残業代の要否
基本的には労働時間に該当せず残業代は不要
自宅持ち帰り残業は,原則として,指揮命令下の労働とは認められず,労働時間には該当しません。残業代の支払いも必要ありません。
その理由は、持ち帰り残業は、会社の業務を行うという側面もありますが、基本的には会社の指揮命令が及ばない社員のプライベートな空間及び時間帯に行われます。
- 「オフィスの席で勤務せよ」という場所的な拘束はありません
- 食事をとる、飲酒する、テレビを見る,音楽を聴くというプライベートな空間及び時間帯で行われます
- プライベートな空間・時間帯の中で仕事をすることも自由です。
- 会社から規律的な拘束も受けません。
- 職場から帰宅することで、就業の「延長」活動とはいえません。
それゆえ、指揮命令下の労働とは認められず,労働時間に該当しないからです。
例外的に労働時間に該当し残業代が必要な場合
状況によっては、持ち帰り残業も労働時間に該当し残業代が必要な場合もあり得ます。
例えば、次のA及びBを満たすような場合は、持ち帰り残業が労働時間に該当し残業代が必要な場合もあり得ます。
A① 上司が持ち帰り残業をすることを指示し、社員がこれを承諾した場合
又は
A② 上司が持ち帰り残業を指示していないが、次の事情がある場合
- 担当業務を一定の期限までに処理しなければ人事上の不利益があること
- 持ち帰り残業をしなければ期限内に完了させるよう命じられている業務を終了させられないこと
- 上司が持ち帰り残業をしていることを認識していること
B プライベートな行為や時間とは峻別して業務を処理した場合
この場合、次の点に注意が必要です。
- 労働時間と認められるのは「プライベートな行為や時間とは峻別して行われた業務時間」に限られること
- 「プライベートな行為や時間とは峻別して行われた業務時間」を社員側で立証する必要があること
- 単にパソコンのログイン・ログアウトの記録やメール送受信記録だけでは立証として不十分であり,成果物や作成・変更履歴を示すなどしながら,その業務に専念した時間を具体的に立証する必要があること
労働時間に該当しない場合でも過重労働に注意
労働時間に該当しないからといって油断は禁物です。持ち帰り残業を管理せず放置した場合に莫大な損害賠償を請求されるリスクがあるのです。
持ち帰り残業をした時間は労働時間に該当しないとしても、過重労働の事情の一つになり、社員が精神障害(例:うつ病)や脳・心臓疾患(例:脳卒中、心筋梗塞)となった場合や過労死した場合に、安全配慮義務違反により莫大な損害賠償を命じられる場合があるのです。
持ち帰り残業に関する会社の対応策
では、持ち帰り残業に対して会社はどのように対応するべきでしょうか?
持ち帰り残業は原則禁止する
持ち帰り残業は、
- 労働時間に該当して時間外・深夜・休日割増賃金が発生するリスク
- 過重労働の事情として会社に安全配慮義務違反による損害賠償責任が発生するリスク
があります。
そこで、リスクを回避するために、持ち帰り残業は原則禁止してください。
例外は許可制とする
もっとも、例外的に業務の必要上、どうしても持ち帰り残業をさせなければならない場合もあります。
そこで、例外的に持ち帰り残業を許容するとしつつ、必ず会社(上司)の許可を必須としてください。
許可は原則として事前申請とし、緊急やむを得ない場合のみ事後申請も可としてください。
持ち帰り残業原則禁止を就業規則に明記する
また、持ち帰り残業を原則禁止することについて、就業規則に明記して従業員に周知してください。
後になって社員から「持ち帰り残業は禁止されていなかった」などという主張をブロックするためです。
第○条(残業の事前承認・確認)
1 従業員が所定労働時間を超えて勤務をする場合には,所属長から事前に時間外労働の許可および時間外労働時間数についての許可を得なければならない。緊急やむを得ない事由がある場合には,事後承認も認めるものとする。事前又は事後の許可・承認を得ない時間外労働は禁止する。
2 従業員は,業務の遂行に必要な時間数を超えて時間外労働の申請をしてはならない。
3 所属長の許可を得ずして,時間外労働または休日出勤をしても,会社は原則としてこれを労働時間としては取り扱わず、通常賃金及び割増賃金は支払わない。
4 従業員は所属長の事前の許可なく所定労働時間外(休日を含む)に自宅その他職場外において勤務(持ち帰り残業)をしてはならない。緊急やむを得ない事由がある場合には,事後承認も認めるものとする。
ルールを形骸化させない
就業規則で持ち帰り残業の原則禁止・例外許可制のルールを定めたとしても、定めっぱなしで形だけのものでは意味がありません。
実際の運用面でも原則禁止・例外許可制のルールは現実に徹底してください。特に、無許可で持ち帰り残業をしている状況を放置しないでください。
例えば、
- 持ち帰り残業をしなければ期限内に完了させるよう命じられている業務を終了させられない場合
- 上司が持ち帰り残業をしていることを認識していたのに、禁止や許可を取るよう注意しなかった場合
- 社員が持ち帰り残業の内容や時間を記録している場合
には、持ち帰り残業が労働時間に該当し残業代が発生するリスクがあります。社員が精神障害や脳・心臓疾患に罹患した場合は損害賠償責任が発生するリスクもあります。
この場合に「就業規則で持ち帰り残業は原則禁止していた。例外は許可制であったが許可を得ないで勝手に残業をした」と会社が反論しても、労働者から「原則禁止・例外許可制のルールは形だけで、実際には持ち帰り残業は恒常的に行われ、上司も認識していた(認識可能であった)」との再反論により、会社側の反論が無効化される可能性がでてしまいます。
まとめ
以上お分かり頂けましたでしょうか。
今回は持ち帰り残業が労働時間に該当して残業代を支払う必要があるかという点について説明しました。
ご参考になりましたら幸いです。