1 解雇回避努力義務と配転・出向
1.1 整理解雇にあたり,対象労働者について配転や出向・転籍の可能性があれば,これらの措置をとらずになした解雇は権利濫用として無効になります。
ワキタ事件(大阪地判平成12.12.1 労判808.77)では,英文タイピストとして長年,建設機械・船用機械・工作機械及びその他産業機械の製作・修理・賃貸・販売・リース並びに輸出入等を目的とする会社に勤務してきた従業員を「業績不振および業務量の減少」を理由に解雇した事案で,英文タイピストの業務だけではなく,一般補助事務も行ってきており,そのような一般補助事務職への配転が出来たにもかかわらず,そのような配転をせずに解雇されたことについて,解雇回避努力義務を尽くしたとは言えないと判断しています。また,マルマン事件(大阪地判平成12.5.8 労判787.18)では,主として家電品を販売する会社に入社後、営業職に就き、支店長などを歴任するなど長年勤務してきた従業員を,退職勧奨の後に整理解雇した事案で,同従業員が営業職以外の職種もこれを希望する旨会社に申し出ており,関連会社への出向をも含めて検討の余地はあったにもかかわらず,そのような措置をとらずに解雇したことについて,解雇回避努力義務の観点から問題があると判断しました。さらに,印刷会社の電算室に勤務していた従業員を印刷の営業に反転を検討することなく解雇した事案で,「一般的に印刷業務の経験がある者が営業を行うことは可能であり,原告らは異口同音に営業職として活躍できると言明している」事実から見て,営業職への配転を全く検討しなかったことは解雇回避努力を履践したと評価することは困難であるとされています(東洋印刷事件 東京地判平成14.9.30 労経速1819.25)。
1.2 しかし,対象労働者について配転や出向・転籍が困難である場合には,そのような配転・出向の措置をとらなくとも解雇回避努力義務が欠けたということにはならないという判断もあります。
「債務者は,ほぼ全部署を対象として希望退職の募集を行っていることや,・・・部門別人員配置計画に照らしても,他部門の余剰人員を受け入れる部署が現実に存した可能性は乏しく,・・・部門への配置について具体的に検討しなかったからといって整理解雇回避の努力に欠けていたものとは認めがたい」と判断され(レブロン事件 静岡地裁浜松支決平成10.5.20 労経速1687.3),また,人間関係上の問題を起こし他部署より当該部署へ配置させたが,当該部署においても上司や同僚との間で人間関係上の問題を生じさせ,その原因が労働者の協調性にあるような場合には,他への配転を行わなかったとしても「他部署へ配転を試みなかったことにも無理からぬ事情があるといえるから,解雇回避努力義務を怠ったとまではいえない」とされています(CFSBセキュリティーズ・ジャパン・リミテッド事件 東京地判平成17.5.26 労判899.61)。
1.3 学説も,一般論としては,職種・勤務地を限定せずに雇用される正規従業員に関しては,配転や出向・転籍の回避措置を広く認めるべきであるが,企業規模や労働者の職業能力等から回避措置を企業に期待できないときは,これを画一的に強制すべきではない(ティアール建材・エルゴテック事件 東京地判平成13.7.6 労判814.53)とされています(菅野和夫「労働法」第9版P492)。
2 勤務地・職務内容を限定した労働者の配転可能性
2.1 雇用契約上,勤務地あるいは職務内容を限定した労働者について,当該事業場あるいは勤務等が廃止された場合,配転を検討する必要があるのかが問題となります。
この点,このような場合も直ちに配転や出向措置を不要とするものではなく,解雇回避のための努力が求められると解されます(菅野和夫「労働法」第9版P492)。というのも,勤務地限定や職務内容限定の合意は,労働者に意思に反して配転(勤務場所・職務内容)は出来ないことが主な趣旨ですので,労働者が配転を望む場合で,かつ,配転・出向・転籍が可能な場合は,そのような措置を検討しないでなした解雇は解雇回避努力義務に欠けると評価されうるからです。
2.2 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件(那覇地判昭和60.3.20 労経速1244.3),ナショナル・ウエストミンスター銀行(第1次仮処分)事件 東京地決平成10.1.7 労判736.78),シンガポール・デベロップメント銀行(本訴)事件(大阪地判平成12.6.23 労判786.16)廣川書店事件(東京地決平成12.2.29 労判784.50),社会福祉法人仁風会事件(福岡地判平成19.2.28 労判938.27)が参考になります。
3 配転先の業務内容が異なったり,賃金等が低下する場合と配転可能性
配転・出向・転籍により賃金などの処遇が従来より低下したり,職務内容が変更となる場合は,配転可能性があるといえるのでしょうか?このような場合でも,会社は一応配転先・出向先・転籍先における雇用条件を従前と同水準とするよう努力した上で,労働者に提案することは必要であると考えます。なぜなら,労働者にとっては,仮に配置転換・出向・転籍で従前の雇用条件・職種が維持されないとしても,雇用が維持されることを優先してそれを望むことも十分にありうるからです。このような検討を経ずになした整理解雇は解雇回避努力義務に欠けるといえるでしょう。ただし,上記のような措置をとり,従来と雇用条件・職種が異なる(下回る)ために労働者がこれを拒絶した場合は,配転・出向・転籍の可能性は事実上ないと評価され,配転・出向・転籍をなさずに整理解雇した場合でも解雇回避努力義務は尽くされたと評価される可能性があります。
ナショナル・ウエストミンスター銀行(第2次仮処分)事件 東京地決平成11.1.29 労判782.35
4 解雇回避のための配転・出向・転籍拒否者に対する解雇
企業が解雇回避策として関連会社への出向や転籍をさせようとして拒否された場合の整理解雇の正当性も問題となります。
この点,雇用調整の必要性がそれ自体として労働者の出向義務を創設するものではなく,出向義務の存否は,就業規則や労働協約上の根拠規定と出向の諸条件に照らして当該出向が労働契約上受容されたものか否かとして判定されます。このような観点から出向義務が肯定されれば,出向拒否は解雇事由となり,この面から解雇が正当化されるといえます(つまり整理解雇ではなく,業務命令違反を理由とする解雇となります。)。これに対し,出向義務が肯定されない場合は,この者に対する解雇の有効性は整理解雇の諸要件に照らして判断されます。その判断に際しては,出向によって解雇を回避しようと努力しようとしたか否かが考慮されることになります(大阪造船所事件 大阪地決平成元.6.27労判545.15)。転籍についても同様であり,転籍拒否者の解雇の有効性は,他の解雇回避措置の可能性を含めた整理解雇の法理によって判断されます(千代田化工建設事件 東京高判平成5.3.31労判629.19 以上について菅野和夫「労働法」第9版P492参照)。